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SNOW ROSE

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乙女の章
  Ⅵ-b.Largo(Actus tragicus)


 ゲオルク神父の訃報は、翌朝直ぐに大聖堂へと伝えられた。
 訃報を受けてすぐ、五十年近くこの森の教会で働き、多くの涙と旅立ちを見てきたゲオルク神父に対し、大聖堂から大司教とそして王が自ら葬儀をあげるためにこの教会へと赴いた。
 その日の森は静かに時が流れ、いつもの鳥や虫の鳴き声が無かったという。
 その静けさの中を歩き、大司教と王、そして乳香を焚いた香瓶を持った数人のお供が教会へと入った。
 彼らがシスターが開いた扉から中へと入ると、そこには二人の乙女が聖壇前に佇んでいたのであった。そこにはゲオルク神父の遺骸を納めた柩が置かれていたのである。
 二人の乙女は大司教達の到着に気付き、涙で濡れた瞳を拭って振り返り、膝を折って礼を取った。
「長き路をよくぞお越し下さいました。どうか、旅立つ者に神の祝福をお与え下さい。」
 そう言うと、二人の乙女は聖壇の前から退き、大司教達を柩へと導き通した。
 この二人の乙女は、彼らが到着するまで柩を守っていたのだと感じた大司教は、先ずは二人の乙女に祝福を授けてから聖壇前に置かれた柩へと赴いた。その後には王と乳香を持つお供が続いた。
「ゲオルク…よくぞここまで通したのぅ。後は神の御前にてゆるりと休むが良い。楽隊をこの森に入れる訳には行かなかったため、些か寂しいが…。わしが送ろう。我が友よ…。」
 実は、この大司教ヴィルバトルは俗名カール・ヨアヒム・ブリュールと言い、ゲオルク神父とは親友であった。ゲオルク神父の俗名はヘルムート・クラウス・ハインベルガーと言い、共に侯爵家からの出である。領地も隣り合わせであったため、家族ぐるみでのかなり親しい交流もあり、ゲオルク神父の死を知った大司教はショックのあまり倒れかかったという。
「まさか…先に逝ってしまうとはのぅ…。」
 大司教がそう呟くと、壁際から聞こえる筈の無い葬送音楽が聞こえてきたので、大司教をはじめ一同がそちらを振り向いた。
 そこにはヴェルナー神父、マッテゾン神父、シスター・アルテ、シスター・ミュライ、そして乙女であるラノンとシュカが凛として楽器を奏していたのであった。
 それを見た王は何かを言おうとしたが、それを大司教は止めて葬送のミサを始めたのである。
 王はそれに従い、死者へ敬礼したのであった。
 ゲオルク神父の眠る柩のは、この森に咲く種々の花々で埋められており、それは彼がどれだけ愛されていたのかを物語るもので、大司教は強く胸打たれたと伝えられている。
 それを見た王は、眠るゲオルク神父へとそっと囁いた。
「このように早く逝ってしまわれるとは…。私は貴方の考えに感銘を受け、貴方の力になりたかった。この先は何も心配せず、ゆっくりとお休みになって下さい…。」
 王はそう言い終えると、手にしていたものを柩の中へと入れた。
 それは白き薔薇の造花であった。
 白き薔薇はこの世に存在しないが、神の愛の象徴として炎と共に受け継がれていた。だが、白き薔薇だけは王家にのみその使用が認められていた。
 これを王が手渡す者は側近として認められた証でもあり、死者に贈られるというのは異例なことでもあった。
 こうした中でも、葬送音楽は鳴り響いて礼拝堂を満たし、大司教が聖文を読み上げる声が音楽に溶け込んでいた。
 葬送ミサが終わり、音楽は最後のコラールとなったが、そこで大司教を驚かせることとなる。
 演奏されたコラールは声楽を奏者が分担して歌われたが、歌詞も曲も全く違っていたのである。
 通常は“憩え、愛されし者よ”の題名で知られるコラールが奏でられるが、ここで歌われた歌詞は“神よ、悲しみを消し去りたまえ”であり、歌詞自体が知られてはいない。その上、音楽までもが今までに無い斬新なもので、前奏・間奏・後奏が付け加えられたものであった。
「これは…!」
 あまりのことに大司教は言葉が出なかった。
 そのコラールは美しく、当時としてはあまり使用されない三連符が散りばめられ、恰も揺りかごの如き印象を受けた。
「よもや…新しき歌が…。」
 横で王が感嘆しながら呟いたのであった。
 このコラールは残念なことに断片的にしか伝えられてはおらず、肝心の前奏と後奏、そして歌詞の一部が欠落しているのである。無論、原譜は完全に失われている。
 さて、この後にゲオルク神父は神の丘に近い森の中へと埋葬され、その場所が彼の永久の憩いの場所となった。
 しかし、この出来事がまさか歴史を変える第一歩であったなど、一体誰が考えられたであろうか?
 必然か、それとも偶然か…。この二人が出会わなければ、もしかしたら別の歴史があったのかも知れない。

 いや…、これは神の決め事なのである。




 
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