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SNOW ROSE

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乙女の章
  Ⅰ.Praeludium


 これは、王暦になる直前の物語である。

 現王国の東に、トレーネと呼ばれる森があった。“トレーネ”とは、古い言葉で“涙”を意味している。
 そんな森の中に、ひっそりと一つの教会が建てられていた。外壁を真っ白に塗られた美しい教会である。
 この教会では七年に一度、神への捧げ物として、一人の乙女が生け贄として捧げられていたのであった。
 生け贄となる乙女は七歳の年にこの教会へと連れてこられ、以来、一度も世俗の中へと姿を見せることはなかったという。
 乙女が選ばれるのは七歳になってからであり、生まれつきではない。それを選定していたのは、原初の神に仕えていた七人の予言者達であった。
 もっとも、この予言者を選抜していたのは神ではなく、国の元老院だったのであるが…。
 その年もまた、一人の少女が乙女として森の教会へと連れられてきた。
 その少女の名はシュカと言う。
「シスター、ここはどこなのですか?」
 シュカはシスターに問い掛けた。シスターは優しく微笑み、不安そうにしているシュカに言った。
「ここは神の家ですよ。今日からあなたは、ここで暮らすことになるのです。」
 昨日のことであった。シュカの住む家に、突然予言者達が現れて言ったのだった。
「汝が家の七つの娘、正しく神の乙女なり。神へ仕えるよう、トレーネの森へ遣わせ。」
 あまりのことに両親は慌てふためいた。
「何かの…間違いではありませんか…?」
 その時の両親の言葉、母親の泣きそうな顔…。なぜか、シュカはそんなことを思い出していた。
 普通、乙女に選ばれるということは大変に名誉なことである。
 当時、乙女になった者の位は“侯爵”と同等だったという。それだけ重要視されていたということである。
 それ故に、乙女の家族にもそれ相応の待遇が約束されてもいたのだ。
 だが、昨日の両親の顔は蒼白になっていて、とてもそんなものだとは考えられなかったのだ。
 そしてその日、待遇は良かったが、まるで囚人の如くに森へと連れてこられたのだった。
「さ、中へ入りますよ。」
 開かれた大きな扉。シュカはシスターに促されるまま、その中へと入っていった。中は多くの装飾が施されてあり、シュカはまるで美術館の様だと思った。
 その中でも、聖壇の壁に描かれていたものは一層美しく、幼いシュカの目を引いた。
「シスター、あれは何ですか?」
 シュカはそれを指さし、シスターに聞いてみた。それは光に照らされたステンドグラスであったのだ。
 それは炎を意匠化したもののようである。
「あれですか?あれは愛の炎です。永久に消えることのない、神の愛を示しているのです。」
 シュカにはよく解らなかったが、何となく、それは自分を愛してくれる方のシンボルみたいなものだと感じていた。
 だが同時に、ここには無いものだとも思っていた。
 そのステンドグラスを見ているシュカを残し、先へとシスターは進んで聖堂の横にある扉の前へと来ていた。
 シスターは「シュカ、こちらへ。」と言って、いつまでもステンドグラスを見つめるシュカに来るよう促した。
 シュカはその声にハッとして直ぐにシスターの元へ行き、開かれた扉の中へと入ったのであった。
 中に入ると、そこには神父と思しき男性が三人、シスターと思われる女性が一人と、シュカより一回りほど歳が上の女の子が一人、テーブルを囲む様に椅子へと座っていた。
「よく来られた、神の乙女よ。さぁ、お座りなさい。」
 そう言ったのは、年老いた神父であった。そうはいっても、ここにいる三人の男性は、シュカから見ればかなりの高齢だ。その中でも老いている、と言う意味ではあるのだが。
 シュカは言われた通りに席に着くと、周囲の者達は次々に自己紹介を始めた。
 シュカはそのようなことなどお構い無しに、気になっていたのは目の前の料理であった。
 育ち盛りのシュカにとっては、あまりご馳走とは言い難かったが、それを埋め合わせるような甘い香りが漂っていたのである。
 その甘く鼻を擽る香りがどこからくるのか、シュカは辺りを目で見回してみた。
 そんな時、丁度自己紹介も終わったようで、シスターが小声でシュカに呟いた。
「何を食べても構わないけど、ちゃんとお祈りしないとね。」
 そのシスターの言葉に、シュカは真っ赤になってしまったのであった。
 これらがシュカがこの教会に住まうことになった第一日目の記憶である。
 但し、この夜の席に同席出来なかった一人の乙女については、誰も語ることはなかったのである。
 シュカが到着する日の朝、その乙女は神への捧げ物としてリヒトの泉へと、深く深く…その身を沈めて逝ったからである。
 シュカがその事実を知ることになるのは、その後七年経ってから。同席していたもう一人の乙女、ラノンが泉の中へとその姿を消し去る時なのである…。



 
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