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相模英二幻想事件簿

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File.2 「見えない古文書」
  Ⅴ 6.13.AM11:14


 これといった成果を出せないまま数日が過ぎた。
 その間に、私は知り得た情報を一つ一つ考え直し、どう繋がっているかを整理していたが、その中で一つ疑問が浮かんだ。これさえ分かれば、この不可解な事件に終止符が打てるはずなのだ。その疑問とは…

-如月家の祖は、一体何をしたのか…?-

 だが、その答えはどこにも見当たらない。あの数え唄の真の意味を追えば、何らかの答えは出せるのだろうが、その内容を読み解くには、また別の何かが必要なのだ…。
 私が部屋で考えに耽っていると、扉のノックされる音がした。私は現実へと引き戻され、慌てて「どうぞ。」と声を掛けると、扉を開いて米沢さんが顔を覗かせた。
「失礼致します。相模様、お会いしたいと申されるお客様がいらしておりますが、只今お手透きでしょうか?」
「僕に…お客ですか?」
 私は訝しく思いつつも、とにかく会ってみることにした。自分の名を明かしてなくとも、私の名を告げているのだ。少なくとも面識がある人物だろうと考えたのだ。
 私は米沢さんに連れられ、一階にある応接室へと向かった。私の客だというのに、わざわざ応接室へ通してくれるなんてなぁ…。
「それでは、私はお茶を淹れて参ります。」
 応接室の扉の前に着くと、米沢さんはそう言って台所へと行ってしまった。私は相手が誰であっても、別にお茶を用意してほしいとは思わなかったが…それはこの家の主が許さないだろう。
 私は少しして、その応接室の扉をノックして開いた。そして、そこへ通されていた人物を見て、私は目を丸くしたのだった。
「貴方は…!?」
「やぁ、久しぶりだね。尤も、二度しか会ってはいないから忘れらてしまってたかな?」
 目の前のその人は笑いを含んだ口調で言った。その人物とは、こんな場所で人を待つ様な人物ではないのだ…。
「櫪さん!貴方、何でこんなところへ!?」
「いやぁ…キヌ大伯母様に言われてね。名前を聞いたら君だと言うし、藤崎の親友を放ってはおけないからねぇ。」
 忙しい筈だ…いや、この人が暇なんてことは有り得ない。表の顔は小説家で、それも売れっ子なんだからな…。そんな彼がわざわざ出向いてくれるなんて…キヌさん、もしかしてかなり力のある人なのか?
「でも、相模君。よくこんな仕事引き受けたねぇ。」
 私が戸惑っていると、櫪氏は何やら含みのある言い方をした。ま、大方はキヌさんから聞いてるだろうからな…。
「友人から頼まれたので…。」
「でも、ここ…出るでしょ?」
「……。」
 何で分かるんだ?キヌさんから聞いて…いや、あのキヌさんだったら言わないな。いや、その前にこの人は特別だからな。
 彼と藤崎は考え方がまるで違うが、彼らは互いに認めあっている。その力は…共に本物なのだ。
「だから大伯母様は僕自身に来るよう言ったんだな…。厄介な仕事ばかり僕に押し付けて…自分で遣れば良いのに…。」
「え…?キヌさん、何か力があるんですか?」
 私が不思議そうに問うと、櫪氏は半眼になってこう言った。
「何も聞いてないようだね…。大伯母様は、僕と同じ位の力があるんだよ。以前は僕もかなわない程だったんだ…。」
 初耳だ…。まぁ、それを自慢気に話すなんてことは無いにせよ、だったら櫪氏本人をわざわざ呼び寄せなくてもなぁ…。私はてっきり本家の弟子でも呼んでくれるとばかり思ってたんだが…。それが蓋を開けたら…当主自ら御出座しなんて…。普通だったら、仕事料なんて私の支払える額じゃないんだ。
「ま、この家じゃ僕でも梃摺るかも知れないけどねぇ。」
 私が頭の中で夢中で金額を弾き出している最中、櫪氏はふとそう呟いた。
「貴方が…梃摺る?」
 私は首を傾げて聞き返した。藤崎の話によれば、櫪氏の力はかなり強い。その彼が梃摺ると言うことは、ここにある何かは、相当な力を持っていると言うことなのだ。
「あぁ…ここ、何か惨事があったね。それも…それを隠蔽してあるなぁ…。」
「え?そんな話…調査しても出てこなかったですが…。」
「それだけ巧みに隠してあるってことさ。」
 櫪氏がそう言った時、米沢さんがお茶を運んで来てくれた。櫪氏は米沢さんにお礼を言ってお茶を啜ると、他愛もない世間話を始めたのだった。ま、米沢さんに聞かせるわけにはいかないからな…。
 米沢さんが出ていったのを確かめると、私達は話を再開したが、直ぐに話を終らせたのだった。
「さて、今日はこれでお暇しよう。僕は大伯母様の所へ居るから、何かあったら直ぐに連絡をしてくれ。夜中でも構わないから。そろそろ…何か起きそうだと大伯母様も言っていたが、僕もここへきて分かったよ。大事にならねば良いが…。」
 そう言った彼の表情は固かった。一体…此処で何が起きると言うのだろう?櫪氏はそれ以上は何も言わず、静かに部屋を出ていったのだった。
 一人になった部屋の中、私は櫪氏と話たことを如月夫人に告げるかどうか考えていた。夫人にはその“何か"は見えてないのだ。感じてはいるかも知れないが、それが異質なものだとも断定出来ない程だろうし、館にいる人間は七海さん以外、恐らくはっきりと見た人はいないだろう。
 ここまできて私は、不意にとある疑問にぶつかった。

- 何故…僕には見えたんだ…? -

 私は外来者なんだ。同じく外から入った如月夫人には見えず、使用人達にも見えてないというのは、一体どんな理由があるんだろう?
「京の影響か…?」
 そう呟いて苦笑した。だが、一つだけ理由らしきことは思い浮かぶ。単純に考えれば、私をここから追い出したいのだ。“何か"は、私が遣ろうとしていることを解っているのだ。それに…そういう友人や知人がいることにも気付いているのかも知れない。
「相模様、お話はお済みですか?」
 気付かないうちに、如月夫人が目の前へ立っていた。
「あ…すみません。少し考え事をしていたもので…。」
「構いませんわ。でも、私の依頼の件でお悩みならば、何なりと申して下さい。私も伝え忘れもありましょうし、問われて思い出すこともありましょうから。」
 如月夫人はそう言って、目の前の椅子へ腰を落ち着けた。
 私は話しておかねば厄介なことになりかねないと考え、櫪氏と話したことを率直に伝えることにした。それを伝えてどうこうなるとは思ってないが、夫人には知る権利があるだろう。娘にしろ館にしろ、現在の如月家の当主である夫人は、その全てを知っておく必要があると感じたのだ。
「では…この土地ではなく、如月一族の直系に何かがあると…?」
 全てを話し終えると、夫人は神妙な表情をして言った。あっさりと話を受け入れられた私は、何だか肩透かしな気がした。ま、ああだこうだと言い訳を並べるよりはマシなんだが…。
「はい。少なくとも、刑部家のキヌさんはそう言ってました。」
「刑部家の大奥様が…。確か、大奥様は櫪本家から嫁がれた方でしたわね。」
 私は一瞬、夫人が何を言っているのか理解出来なかった。要は、私がキヌさんの実家を勘違いしていたのだ…。
 櫪家は本家の他に、現在は四つの分家がある。その分家の中に、一つだけ同じ櫪の姓を名乗れる分家があるのだ。
 現当主から数え三代前の当主は、実は長男ではない。兄が弟よりも力が弱かったようで、弟へ全権を渡して本家を出たのだ。そこで新たに家を築いたのだが、弟は兄に敬意を表して櫪の姓を名乗ることを許したのだ。本家より東にあるため、今は東櫪家と呼ばれることもある。
 私は最初、キヌさんはこの東櫪家出身だと勘違いしたのだ。本家の娘が、まさか何の力もない刑部家へ嫁入りするとは考えられなかったからだ。
「相模様、何か?」
 私が不思議そうにしているのを見て、夫人は私の顔を覗くようにして言った。私が何を考えていたか夫人は気付いたようで、徐にキヌさんのことを話始めた。
「そうですね…相模様が不思議にお思いになるのも分かりますわ。私も多少は櫪家のことは存じています。女児は主に権力者へと嫁ぐのが習わしのようですから、現在の刑部家へキヌさんが嫁がれたことは、私も最初は不思議に思っておりました。ですが…今は亡き主人の話によれば、刑部家は以前、国の要職に就く程の力があったそうです。ですから、キヌさんが嫁がれたことも不思議ではないのです。」
「如月夫人…貴女は知っていたんですね?キヌさんのこと…。」
「はい…。私が如月へ嫁いだばかりの時の話ですが、病で倒れてしまったことがありました。医師にも原因が掴めず、主人も困り果ててしまっていたのです。その時、わざわざキヌさんが薬を持ってきて下さり、物は試しと飲んだのです。すると、私の病はたちどころに治ったのです。その際、私の看病がてらに、自分のことを語ってくれたのです。それ以来、ずっと親しくさせて頂いておりますの。」
 そうだったのか…。しかし、櫪家には多種多様な能力を持つ者が居るとは聞いていたが、薬学に秀でている人が居るなんて聞いたことないなぁ…。ま、それも一つの能力と言えなくもないか。
 私は如月夫人との会話で、あることに気付いた。キヌさんが本当に助けたかったのは、この如月夫人だったのだ。きっとキヌさんは…自分と如月夫人とを重ねているのだろう。恐らく、如月夫人も政略結婚だっただろうからな。大して人柄も知らない人物へと嫁がされた心細さをキヌさんは案じ、それを少しでも和らげようとしたのだろう…。
 その後、暫くは夫人と話をしていたが、夫人は仕事があるために部屋を出ていった。夫人が部屋を出る前、今後何かあった時には刑部家へ連絡するように伝えた。櫪氏が助力してくれることも話てあるから、夫人も心強いようだ。
 だが…一体何が起こると言うんだ?櫪氏はそろそろ何か起こると言っていたが…。それに、この館で惨事があったとも言ってたな…。
「あ…そう言えば、刑部家は何で力を失ったんだ?」
 不意に疑問が浮かび、一人呟いた。夫人の話では、以前はかなりの力を持っていたようだが、それがどうしてその力を…?
 その答えは、後で解ることになる。そして、あの数え唄の謎も…。



 
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