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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第2章 憎愛のオペレッタ  2024/08 
  最後の物語:彼方の陽だまり

 
前書き
 準備をととのえたまじょは、一人で女の子のもとへ向かいました。

 だれも信じなかったまじょは、だれかをたよるということを知らなかったのです。
 

 
 《ピニオラ》という少女。猟奇的な快楽殺人者の人格は、この世界(アインクラッド)に幽閉された末に()()()()形成されたものではない。始めから歪んでいたのである。
 端的に言うならば、彼女は元来の人格と身を置いた環境によって《人間に価値を見出せなくなった人間》である。《(パーティ)》を形成し、或いは何らかの形で他者との間に発生する関係を、人間としての当たり前を、その意義を見出す事が出来ないから徹底的に拒絶し排した。それがピニオラの人生だった。
 どこまでも面白味に欠ける世界に、まるで動物園の檻の中のような社会。他者を同格の種族と認識できなかった彼女の価値観からして、その人生は空しく暗澹としたものに違いなかっただろう。ただ誤謬を正すとするならば、ピニオラも自身を人間であると認識こそしていたのだ。コミュニティそれ自体を不必要と断じてはいない。単にそれを許すに値する《人間》がいなかったというだけ。だから彼女は周囲の存在(異質)を拒絶した。暇潰しに遠巻きに観察しては時間をやりすごす。このような乾涸びた日々は抗いようもなく彼女の生きる時間を蹂躙したというわけだ。

 常人からすればあまりにも度し難く、故に誰にも理解されない苦痛とあてのない渇望を内に抱えた少女。
 どこまでも歪で、価値あるものを求め続け、だからこそ為るべくして自身に実直な舞台作家(殺人者)へと変貌した少女。

 《柩の魔女》に至るまでの物語は、ここでは触れないにせよ、その少なからぬ異常性はこの世界(アインクラッド)で開花した異質であった。
 事実として、他者を欺く行為には罪悪感を感じることはなかったし、仕立て上げた筋書きの通りに終止符の打たれた物語には得も言われぬ充足感を覚えたことも少なくはない。これまでの延長線上にあった《暇潰し》の行き着く果てだったに過ぎないと、彼女自身は考察する。

 しかして、彼女は予想外にも他者を知り、触れ合うことで温度を知ってしまった。
 この歪んだ世界で無垢なまま在り続けた強さ、自分のような非人間にさえ向けられる優しさ。みことの持つ美点こそ、ピニオラが欲し続けたものなのだろうか。観察は模倣の域に達して、ピニオラ自身もそう在れるように不格好にも振舞っていた。
 ただの異常者であれば一笑で済む、ほんの箸休め程度の寸劇でしかなかった些末な出来事。それこそ少し昔の自分であれば腹を抱えて笑っていたかも知れないほどに、過去の価値観に照らし合わせれば滑稽であった。
 それでも、共にいた友人(みこと)の喪失は彼女が経験したことのないまでに凄絶な、さながら半身を引き裂かれるが如き苦痛を齎すこととなった。
 変化はそれだけではない。
 舌先で虚言を紡ぐだけの作業にさえ、そこから波及して発生する誰かの温もりを認識できるようになってしまったからこそ、ピニオラはこれまで感じることのなかった後ろめたさを実感することとなっていた。
 それまで知らなかったからこそ、感じなかったからこそ、その感覚はどこまでも鮮やかだった。
 白黒だった世界の視え方とは対照的な、優しく甘く満ち足りていて、そして痛くて苦しい感覚。
 知らないままでいれば苛まれることもなかったが、同時に訪れた得難い幸福を求めて、誘蛾灯に群がるように、これまでの人生では考えられないほどの熱量を以て、ピニオラはかつての同胞(観覧物)の住処へと足を踏み入れていた。

 多くのプレイヤーに恐れられ、忌み嫌われる殺人者達の巣窟。
 その様相に反して、本来は不気味な静寂に包まれる建造物は、その内部から幽かに剣戟の音が漏れ聞こえる。彼等に似つかわしくない《一方的でない命の遣り取り》の痕跡。どうやら、内部では大規模な戦闘が繰り広げられていると容易に推察できた。アルゴとの接触から入手した情報は真実であったらしい。
 一先ずはアルゴへの感謝と、お膳立ての整っている状況に胸を撫で下ろし、ピニオラはすかさずメニューウインドウをポップアップさせる。スキル欄から《隠蔽》スキルのアイコンをタップし、更に分岐するModのアイコンを幾つかタップして大きく息を整えた。
 それまでは何の気なしに出入りの叶っていた石造りの出入口から一歩踏み込めば、《笑う棺桶》から除名された自分は違える事なく侵入者だ。発見されれば殺されて然るべき。むしろ、PoHのゲームの延長線上であれば獲物として手ぐすねを引いていることも考えられる。


「………あまり、良い気分はしないですねぇ」


 殺す側と、殺される側。演じる側と、創る側。入れ替わった立場を認識させられると、やや気が重くなる。
 これまでの無味乾燥な人生感であれば、死ぬことさえ抵抗なく受け入れていたであろう自分では考えられない感情。如何なる理由があれど、今のピニオラは確かに《生》に執着を見せていた。この世界に求めていた空しい死ではなく、誰かと過ごすささやかな時間を渇望していたという条件があってこそだが、それでも劇的な変化であった。小さな変調は骨子を軋み狂わせて、既に《柩の魔女》としての在り方を破綻させていた。
 しかし、かつてより今日まで、根底に在り続けた渇望を満たすものを見出した以上、自身の変質などは些事でしかない。
 マップデータと《索敵》スキルの併用で周辺のプレイヤーの炙り出しは既に出来ている。それを回避すれば戦闘の危険性を大幅に低下させられる。安全に移動できるであろう通路に目星を付けつつ、ピニオラは速やかに《追跡》スキルのアイコンをタップし、出現した枠に《Dtgstnf》と入力する。
 本来であれば、最大で数時間前までの対象の足取りを視界に捉えるスキルであり、数日前に誘拐された相手には元来の効果など望めない。しかし、マップデータに視線を落とすピニオラは口角を吊り上げる。薄緑の光点が示すのはフレンド登録したただ一人のプレイヤー。光点は尾を引いて通路を進み、最奥の部屋を目指しているようだった。記憶が正しければ、笑う棺桶の幹部が顔見せ程度の会合に利用していた場所だと思い至る。プレイヤーの過密なエリアを避けて移動するところには相応の公平性(フェアネス)を遵守する態度が見えなくもないが、安全性など無いに等しい。抗う術を持たないみことでは、いつ気まぐれに命を落としてもおかしくはない状況に措かれていると見て相違ない。一刻も早く、しかし手を誤ることなく。不安や恐怖の只中にあっても、ピニオラはそれらの感情を乖離して思考する。一つ先の曲がり角に膠着する三つの光点、一本道を走る一つの光点、広間にて交錯する無数の光点。これまでの人間観察における蓄積が結実してか、ピニオラは淀みない足取りでそれらを通り過ぎる。止まったままなのか、動き出すのか。僅かな揺らぎだけでも雄弁過ぎるとばかりに機微を捉えては切り抜ける。その連続する思考の傍ら、アイテムポーチに手を滑り込ませては二つの硬質な矩形の面を指で撫でる。正体は逃亡用の転移結晶が二つ。潔いものでオブジェクト化して所持するアイテムは、これを除けば気休め程度の薄い着衣と得物であるカランビットのみ。

 捕縛作戦の混乱に乗じて潜入し、迅速にみことを奪還した後に転移結晶を使用し、可及的速やかに圏内へと離脱する。

 最大限無駄を省き、リカバリーも効かないほどに切り詰めた計画は、追い込まれたからこその発想と言えるだろう。内部の構造に明るいというアドバンテージがなければ、無謀の一言でしか評することの出来ないほど杜撰を極めるものの、むしろ誰もが敵との戦闘に意識を向ける現状に至ってはハイレベルな隠蔽スキルによって気取られないピニオラにとって最善策となる。自身の弱さを知るからこそ、気配を絶って秘密裏に行動する手段こそが、与えられた中で最大の勝ち目だった。

 ふと、誰も居ない曲がり角で立ち止まってはマップデータを注視する。
 緑の光点、すなわちみことの囚われている地点までは歩いて数メートルという目と鼻の先という位置関係だ。しかし、問題は広間の形状にあった。
 みことのいる広間の入口には、扉が備え付けられているのである。
 隠蔽スキルによる恩恵で、ピニオラは周囲に音や痕跡を残すことなく、看破(リピール)さえされなければ視界にさえ映らない。しかし、扉や窓といった可動式のオブジェクトを作動させて広間内に侵入する場合、その扉の動作まで隠してはくれない。ましてやここはデータで構成された空間。心霊現象の介在する余地はないし、そよ風で開くような立て付けの悪さもステータスで設定されていなければ在り得ない。不自然にも扉がひとりでに開いたならば、ピニオラはみことの傍にて待ち構える者から入口に立った時点で視線を浴びることだろう。つまりは目に見えずとも自身の存在を声高に叫ぶも同義。そのシステム的なギミックを利用しないほどPoHは甘くない。
 故に、ピニオラは一旦扉に背を向ける。視線の先にあるのは光点として確認が済んでいる一つの集団だった。彼女の見立てからして、此方を背に構えているのが笑う棺桶のレッドプレイヤー。最奥の幹部を護衛しているのか、遠くから聞こえる戦闘に向かう気配は微塵もない。この他の通路にも同様に護衛らしき集団が配置されてはいたが、例えばピニオラが通った通路の警備役であった筈の集団は彼女の放った小石の気配にざわめいた隙に呆気なく背後への通貨を許した。今回も同様に小石の音で、しかも警戒している前方ではなく守護するべき後方から、《投剣》スキルMod《意識攪乱》による反響音も駄目押しに併せれば、彼等は一応の安全確認をしてくれることだろう。彼等の手で扉が開きさえすれば、あとは有らん限りの速力を以てみことを確保しさえすれば良い。圏内に転移してしまえば、レッドプレイヤーでは追跡もままなるまい。そもそも捕縛作戦という形式で攻略組からの襲撃を受けた笑う棺桶には、ピニオラ達を追う理由など無くなってしまうのだろうが。

 ともあれ、ピニオラは足元に無造作に生成される小石を一つ摘まむ。
 隠蔽スキルが解除されないよう、モンスターを誘き寄せる時と同様に、最も効果的に作用する位置を見定める………

――――しかし、その視界の片隅で僅かに揺れた《来訪者》を目敏く捉えたピニオラは咄嗟に身を縮めた。

 天井の、松明に照らされていない影の領域から零れた漆黒の雫のように床に落下したそれは、気味の悪いことに無音。縦横に通路の折り重なる多層構造故に、侵入経路こそ無数にあれど、かの人物は接敵についてはあまり頓着はしていないらしい。あくまでも道中の手間を省く程度の感覚だったらしく、むしろ意図的に存在を晒したかのようにゆらりと立ち上がった彼を目掛けて、見張り役たちが根底に押し殺していた嗜虐の笑みを浮かべながら、各々の武器を手に殺到する。

 総勢五名。
 迎え討つ――――とはいえ、侵入者なのだが――――彼は素手。ましてやおよそ構えと呼べる姿勢はない自然体。強いて言うならば両の腕を緩く開けるだけ。その緩慢な動作は、突如として凶悪なまでの変貌を見せる。

 それは、ほんの擦れ違うような、刹那の交錯。
 振り下ろされる片手斧、その柄を支える腕の可動部()を目掛けて掌底が突き上げられる。
 同時にあらぬ方向へと圧し折れた腕は武器を取り零し、そのまま組み付いては壁に衝突させて強引に《スタン》状態を引き起こす。

 糸の切れた人形のように地に伏す斧使いを捨て置くや、黒のスーツに身を包んだ来訪者は壁を蹴り、無理矢理に打点を高くしてから刈り取るような軌道で後続の首を蹴りで薙ぎ、また一人を無力化する。そのどこまでも冷淡で作業的な戦闘行為を、ピニオラは目に焼き付けた。
 さながら嵐の如く、しかして命を奪わず、五人ものレッドプレイヤーは瞬く間に蹂躙される。
 最後の一人の頭を捕らえる握力を緩めたことで、重量物の落下音を以て場に静寂が戻る。最後に念押しの意味合いか、スタン状態で身動きの取れない彼等の口に錠剤を押し込んで、より重篤な《麻痺毒》を盛る。彼等からの追撃によるリスクを回避した侵入者はピニオラの目的地である扉の前に立った。

 ピニオラの計画にはない、イレギュラー。
 最近の彼との接触を顧みても、更に根幹を辿って、彼の性格や行動原理を思い起こしても、この場に姿を現すこと自体が在り得ない。

 彼――――《スレイド》という男は、自身と周辺の人物に関わりのない事件には、例え死人が出ていようとも、興味すら向ける事はないのだから。
 それこそ、彼は幸運にも《笑う棺桶》によって誰かを失うといった経験をしていない筈なのだ。報復の可能性はない。ましてや攻略組に属する大手ギルドとも不仲である事をピニオラは既に知っている。この作戦に参加している公算さえ危ういだろう。
 それでも、事実として彼は現れた。如何なる理由か、最深部まで潜入するほどの目的を帯びてさえいる。不可解極まる状況に当惑するピニオラ。その存在さえ知らないで、彼は最奥の広間へと続く扉を開押した。旧い蝶番の軋む音と共にゆっくりと開け放たれ、左手に片手剣をオブジェクト化させながら、繋がれた空間の先へと臆することなくスレイドは進入していく。
 その後を追うピニオラが視認したのは、やはりPoHの姿だった。
 乱雑に山積された木箱に腰掛けたその脇に、みことが意識を失っているのか横たわっている。どうやら最低限の約束は守られていたらしい。


「なんだ、意外な客が来たものじゃないか」


 気さくな言葉が、スレイドに向けられる。
 それでも、彼の後ろ姿は一切の動揺もなく、ただ静かに佇むのみ。


「おいおい、せっかく半年ぶりの再会なんだ。積もる話くらいあっても良いんじゃないか?」


 返答はない。
 まるで何もない空間に話しかけているような風情さえあるなか、PoHはフードの中で笑みを崩さない。


「わざわざ俺のところまで来たんだ。何もないってことはないだろう」
「…………………アンタには、恨みはない」


 ようやく、スレイドは小さく呟く。
 蚊の鳴くような掠れた声。しかし、その返答にPoHは笑みを浮かべる。


「だが、アンタと俺は相容れないし、生きていられると厄介だ」
「ああ、良いぜ。人間を殺すには最高に冴えた理由だ………それに、お前には見込みがある」



――――殺す前にしちゃ良い笑顔だ。ぬるま湯に浸かってたとは思えないくらいにな。 
 

 
後書き
ラフコフ討伐戦、舞台裏回。


ピニオラさんの視点寄りではありますが、潜入先で燐ちゃんとニアミスしてますね。何気に気になってる人と縁があるあたり、ヒロイン力は高めなのかも知れません。状況的にトキメキ要素が微塵もないのですが、是非もないですね。
そして、陰から見守るピニオラさんを余所に、何やら燐ちゃんとPoHさんが怪しい雰囲気になってます。燐ちゃんとPoHさん自体は圏内事件の頃に一度だけ顔を合わせていますので、セリフにもある通り、半年ほど水面下で因縁が燻っていたことになります。

殺伐とした三角関係が解禁される………!


次回、またも不定期更新です。


ではまたノシ
 
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