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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百三十三話 捕虜交換後(その1)

帝国暦 489年 1月 1日  帝国軍総旗艦 ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


『閣下、メックリンガー提督が面会を求めております』
新年のパーティもようやく終わり周囲には少し疲れたと言って私室で休んでいた俺に、ヴァレリーがメックリンガーの来艦要望を伝えてきた。艦隊はイゼルローン回廊を抜けこれからアムリッツア星域に向かおうとしている。

例の件だよな、まあ後で説明すると言ったのは俺だ。今まで向こうが待ったのは通信で話せることじゃない、回廊を抜けるまでは艦隊から離れる事は出来ないと思ったからだろう。律儀だよな、ヤンが攻めてくる事など無いんだが……。

「私室でお待ちしている、メックリンガー提督にはそう伝えてください」
『はい……、閣下、ご気分が優れないのではありませんか? なんでしたらメックリンガー提督には出直していただいたほうが』
ヴァレリーが気遣わしげに尋ねてきた。やれやれだ、この分だと密談するたびに病気だと言われるな。いやその方が良いか……。

「大した事はありません。メックリンガー提督をこちらへ御願いします」
『はい……』
そんな顔をするな、俺は大丈夫なんだから。そう思ったがちょっと後ろめたかった、ほんのちょっとだ……、ごめんヴァレリー。

メックリンガーが来たのはそれから三十分ほどしてからだった。まあお互いに艦隊は移動中だ。そのくらいは仕方ないだろう。メックリンガーは部屋に入ってくるなり申し訳なさそうな声を出した。

「閣下、お加減が優れないとフィッツシモンズ大佐から聞きましたが」
「そんな事は有りません。此処で内密の話をしていると思われたくなかっただけです。具合が良くないと言えば此処へ呼んでもおかしくはありませんからね、さあこちらへ」

ソファーに座る事を勧めたのだが、少しの間メックリンガーは俺の顔をじっと見た。本当かどうか彼なりに確認したらしい。俺が嘘を付いていないと判断したのだろう、ほっと息を吐くと“失礼します”と言ってソファーに座った。俺が大丈夫だと言っても誰も信用しない、何でだ?

「例の件ですね、メックリンガー提督」
ソファーに座って俺が問いかけるとメックリンガーは神妙な表情で頷いた。
「はい、フェザーンの成立に同盟が関わっている。さらに地球が絡んでいるとは事実なのでしょうか?」

まあ気持は分かる。フェルナーもアンスバッハも最初は信じなかった。俺だって原作を読んでなければ一笑に付しただろう。
「少なくとも、同盟がフェザーン成立に関与したのは事実です。地球に関しては推測ですね」

俺はメックリンガーにフェザーン成立の仮説を話した。地球が自らの復権を望み帝国と同盟の共倒れを狙った事。そのために中立国家フェザーンを創ろうとした事。そして当時苦境にあった同盟に接触したであろう事……。話が進むに連れてメックリンガーの顔が強張ってゆく。これも同じだ、フェルナー達も徐々に顔が強張った。

「地球ですか……。疑うわけではありませんが何か証拠があるのでしょうか。同盟は確証が無いと言っていましたが……」
「先日のキュンメル男爵邸での事件ですが、あれには地球が絡んでいます」
俺の言葉にメックリンガーが驚愕の表情を見せた。

「キュンメル男爵は病弱で自分ではゼッフル粒子を用意することなど出来ません。あれを用意したのは地球教徒です。内乱時に私を暗殺しようとした人間にも地球教徒がいました」
メックリンガーの顔が驚愕から徐々に青褪め始めた。

「……危険ではありませんか、直ぐに弾圧しなければ。憲兵隊は何をやっているのです!」
「憲兵隊は動かしません。この問題に関しては帝国広域捜査局が担当します」
「しかし、ルーゲ司法尚書はこの問題の重要さを理解していないのではありませんか!」

落ち着け、メックリンガー。らしくないぞ。
「そんな事は有りません、ルーゲ司法尚書は十分に理解していますよ。テロ・スパイなど帝国の安全保障に係る公安事件に関しては公にはされていませんが軍の管轄になります。責任者は私です」
俺の言葉にメックリンガーは唖然として俺を見詰めた。

「……閣下が、ですか、ならば何故地球教を取り締まらないのです?」
「地球教については同盟と協力して当たる事が最善の策だと考えています。帝国だけで取り締まっても彼らは同盟に本拠を移すだけでしょう」
「……」

「敵は分断して叩く。先ずは地球教を同盟と協力して叩きます。幸い同盟政府も地球教に関しては危機感を持ち始めました。上手く行けば協力して叩けるでしょう。同盟を叩くのはその次です」
メックリンガーは眉を寄せて考え込んでいる。

「厄介なのですよ、宗教というのは。国を持たず、人の心を操る。地球教の力を弱めるには彼らの正体を暴き、彼らの信徒の眼を覚まさせなければ……」
「なるほど、地球教、いや地球を潰すのはその後ですか」
「そうなりますね」

メックリンガーが頷いている。少しは落ち着いたか、地球教について手をこまねいているわけじゃないんだ。

「しかし、連中は閣下の御命を狙っております。気をつけなければなりません」
「そうですね、気をつけましょう」
「閣下、冗談ではないのですぞ。今閣下に万一の事が有っては帝国は……」
思わず苦笑が出た。メックリンガー、少し大袈裟だ。

「閣下! どうも閣下はお分かりで無い。帝国は閣下を必要としているのです!」
「……」
いかん、笑ったのは失敗だった。メックリンガーが怒っている、此処は少し神妙な顔をしないと……。

「よくお考えください。これまで帝国軍三長官が堅密に協力する事などありませんでした。そして政府と軍部が協力する事もまれだったのです。帝国が一つにまとまり堅密に協力するようになったのは閣下が司令長官になられてからです」
メックリンガーが身を乗り出してくる。茶化して終わらせる事は出来んな。

「それは……、イゼルローン要塞が落ちたからです。あの時帝国は危険な状態にあった。危機が皆を一つにまとめたのですよ」
俺の言葉にメックリンガーは首を振った。

「そうではありません。いえそれも有るのでしょうがそれだけではないと私は考えています」
おいおい、頼むから溜息混じりに話すのは止めてくれ。なんか俺が悪いみたいじゃないか。

「閣下、帝国はシャンタウ星域の会戦後も内乱の終結後も一つにまとまっています。まして政府内部はリヒテンラーデ侯達貴族と改革派が協力しているのです。何故です? 」
「……」

何故と言われてもな、新しい帝国を創るにはそれが必要だからだろう。
「帝国のために必要だから、閣下はそう御考えではありませんか?」
「ええ、そうです」
おいおい、また溜息か、何でそこで溜息が出る?

「たとえ必要だと分かっていてもいがみ合うのが人間です。今帝国が一つにまとまっているのは閣下が軍内部を、政府と軍を、そして政府内部をまとめているからです」

おかしいな、何でそういう風に考える?
「……少し大袈裟ではありませんか?」
「大袈裟ではありません。私だけではない、皆がそう思っています。そして敵もそう思っているのです」
「……」

敵もそう思っている……。地球教は俺が死ねば帝国政府上層部は混乱ではなく、分裂に向かうと考えているという事か。だとすると……。

メックリンガーが手を伸ばしてきた。そして俺の手を握る、そして強く揺すぶった。
「閣下、どうか御自愛ください。私達は皆、閣下を失う事は出来ないのです」
「……メックリンガー提督」

「ケスラー提督も閣下に言ったはずです。閣下は我々の、いや帝国の支柱なのです。その事を認識してください、どうか、御願いです」
メックリンガーが縋るような眼で俺を見ている。どう答えればいいのだろう。

「皆が心配してくれている事は分かりました。私は少し自分の命に無頓着だったのかもしれません。気をつける事にしましょう、それで良いですか?」
メックリンガーは俺の言葉に多少不満だったようだが、それでも俺の手を離してくれた。

「小官は閣下と三十年後の世界を見るのが夢なのです。どうかその夢を実現させてください」
「そうですね、実現しましょう」



帝国暦 489年 1月 1日  帝国軍総旗艦 ロキ エルネスト・メックリンガー


司令長官の私室を出て艦橋に向かう。私が艦橋に入ると副官のザイフェルト中尉がほっとしたような表情をして急ぎ足で近付いて来た。同時に司令部の要員がこちらに視線を向けてくる。

ある者は物問いたげな、別な者は微かに咎めるような視線だ。前者は司令長官の容態を心配し、後者は具合の悪い司令長官の元に押しかけた私を非難しているのだろう。ザイフェルトがほっとしたような表情を見せるのも分かる。居心地が悪かったのだろう。そして彼の後から長身の女性士官が近付いて来た。

「閣下、司令長官の御具合は如何だったのでしょうか?」
「大した事は無いようだったよ、フィッツシモンズ大佐。時折笑い声を上げられたくらいだからね。具合が悪いというよりは少し疲れたのではないかな。捕虜交換では大分心配されたようだからね」

私の言葉にフィッツシモンズ大佐が安心したように頷いた。ワルトハイム中将、シューマッハ少将も顔を見合わせて頷いている。
「それでは私は自分の艦に戻らせてもらうよ」
私がそう言うと彼らが敬礼をしてきた、答礼を返し艦橋を出る。

艦橋を出て通路を歩き出すと直ぐにザイフェルト中尉が問いかけて来た。
「閣下、司令長官は本当に大丈夫なのでしょうか?」
「心配かな?」
「はい、余り御身体が丈夫ではないと聞いておりますので……」

「心配か……」
私の言葉にザイフェルトは少し俯いていたがゆっくりとした口調で話し始めた。
「……今閣下に何かあれば帝国はどうなるのか……。小官は平民です、ようやく貴族達からも不当な扱いを受ける事の無い世の中が来る、安心して暮らせる時代が来る、そう思えたのです。ですが、ヴァレンシュタイン司令長官に万一の事があれば……」
「……」

元帥閣下、お分かりですか? 直属の部下ではないザイフェルトまでが閣下の事を心配しているのです。閣下が居なくなった場合の事を考え、その未来に怯えたような眼を私に向けてくる。私が閣下に言ったことは大袈裟でもなんでもない、事実なのです。どうか、それを御理解してください……。

閣下の御命を狙っているものがいる。酷く厄介な連中のようだ、オーディンに着いたら直ぐにクレメンツとケスラー提督に相談する必要が有るだろう。それとフィッツシモンズ大佐とリューネブルク大将にもだ。

メルカッツ提督にも話さなければならんだろう。問題は閣下に万一の事が有った場合だ。考えたくない事だが想定だけはしておかなくては……。メルカッツ提督が司令長官になるが軍事面での影響は考慮しなくてもいいだろう。問題は政治面だ、補佐が要るな、ケスラー提督の補佐が要る。

だがそれでも弱い、三長官をまとめ、リヒテンラーデ侯と連携し改革派を一つにする……。難しいな、ケスラー提督でも難しいだろう。だが帝国が混乱する事だけは避けなければならない。どうしたものか……。

とにかく、オーディンに着いたらクレメンツとケスラー提督に相談しなければなるまい。閣下を狙っている敵が居る、今度は以前のようにバラ園で襲撃されるなどという事があってはならん……。


帝国暦 489年 1月 1日  帝国軍総旗艦 ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


メックリンガーが帰った。彼は照れ臭そうな顔をしていた。俺も多少照れ臭かったが、今は考えなければならない事がある。メックリンガーの言う通りなら俺は考え違いをしていたかもしれない……。

フェザーンは既に独立を失っている。地球がフェザーンの独立を守るのならルビンスキーを同盟、帝国に差し出しただろう、物言わぬ死体でだ。フェザーンの独立を守り、地球の秘密を守るにはそれしかない。それが無かったという事は地球はフェザーンの独立に拘らなかった事になる。

おそらくルビンスキーは帝国に宇宙を統一させ、その後に帝国を乗っ取るべきだと地球の総大主教を説得したのだろう。そして総大主教もそれを受け入れた。だからフェザーン進駐まではラインハルトの絡みで色々とあったが進駐以後は俺を狙ったテロは無かった。

帝国が宇宙を統一するまではテロは無いと俺は考えていた。そんな時にキュンメル事件が起きた。あれは地球の一部、帝国と同盟を共倒れさせるべきだという考えを持つ人間が総大主教の意思に反して行った事だと思っていたがそうではなかったのかもしれない。

地球は内戦後、俺とリヒテンラーデ侯の間で権力闘争が起き勝った方が独裁者になると思っただろう。そうであればルビンスキーの言うとおり、帝国を乗っ取るのは難しくないと考えたかもしれない。

しかしその予想は狂った。俺は自分が死んでも帝国の進路が揺るがないようにと考えた。だから権力を俺に集中させる事はしなかったし、帝国の進路も皆に説明した。内乱終結後の帝国は地球から見て乗っ取りづらいと見えたかもしれない。

だとすれば地球が考えを変えた事は有り得るだろう。乗っ取り辛いが混乱はさせ易い……。俺を暗殺して帝国を混乱させる。メックリンガーの心配するとおり、帝国が分裂するかどうかは分からないが時間を稼ぎ同盟の戦力を回復させる事ができると考えたかもしれない。当初の予定通り帝国と同盟を共倒れさせる事ができると。有り得ない事ではない。

地球はこれから帝国の力を弱めようとするだろう。キスリング、アンスバッハ、フェルナーに警告を出さないといけないな。テロは連中の得意技だ、VIPへの身辺警護を徹底させなければならん。後でオーディンに連絡を入れるとするか。警護の強化か……、うんざりだな。

問題は同盟か、地球が同盟にどんな手を打ってくるか……。現時点では地球は同盟政府に対して強い影響力を持っていないようだ。ヤンはトリューニヒトは地球とは無関係だと言った。原作ではトリューニヒトが地球に取り込まれるのは救国軍事会議が起こった後だ。この世界ではクーデターは起きていない、である以上ヤンの言う事はおかしな話ではない。

気になるのはこの先同盟でクーデターが起きるかどうかだ。原作だとクーデターはラインハルトが起したものだと考えがちだが、元々同盟軍の内部にはクーデターを計画していたグループが存在したのだと俺は考えている。

おそらくその首謀者はエベンス達佐官クラスの士官だろう。軍国主義者と言って良い。彼らは自分達だけでは周囲がクーデターを認めないと見た。だから軍内部でも良識派として知られていたグリーンヒルを担ぎ上げたのではないだろうか。

彼らのクーデター計画案はラインハルトの計画案ほど成功率が高いものではなかった。そのためグリーンヒルはクーデターの実施に躊躇った、或いはグリーンヒルが彼らを抑えた。ラインハルトの計画案は躊躇していたであろうグリーンヒルの背を押したのだ、そう考えないとクーデターが余りにもスムーズに起き過ぎている事に納得がいかない。

捕虜交換が帝国暦四百八十八年、宇宙暦七百九十七年の二月中旬に行なわれている。クーデターの第一撃が起きたのは四月初旬。リンチ少将が何時戻ったかだが、彼は前年の十一月にラインハルトに呼び出されている。

オーディンからハイネセンまでは二月半はかかるだろう。となればリンチがハイネセンに戻ったのは一月の中旬から下旬、或いは二月になっていたかもしれない。四月初旬にクーデターの第一撃が起きたのだから、準備期間は最大で見積もっても二月半だ。

もし、クーデター計画がこの時点で既に存在しなかったとしたら、この二月半の間にリンチはグリーンヒルを説得し、グリーンヒルは人を集めクーデターの準備を行った事になる。事が事だ、安易に話せることではないし、頻繁に集まって相談できる事でもない。計画そのものは既にあり、人員も揃っていたと見るべきだ。

この世界ではどうなるか? 同盟軍の内部は帝国ほど一つにはまとまっていない。この点については原作もこの世界も変わらない。となれば軍国主義者達がクーデターを起す可能性は有るだろう。正直に言えばクーデターは起きてもらったほうが有難い。同盟にクーデターを仕掛けようとは思わないが彼らが勝手に内部分裂で潰しあってくれるのは万々歳だ。

だがグリーンヒルは総参謀長の地位に在る。そして同盟軍の政府、軍部の関係は決して悪くない。となればグリーンヒルがクーデターを起すとは思えない、またエベンス達、いやエベンス達とは限らないが軍国主義者達がグリーンヒルを担ごうとするとも思えない。

となると誰がクーデターを起すか、そして地球がそこにどう絡んでくるかだ……。去年は帝国が混乱したが今年は同盟が混乱する可能性が大だ。そして帝国の混乱は再生への混乱だったが同盟の混乱はおそらくは終幕への序曲となる……。同盟政府、軍上層部がクーデターをどう防ぐか、地球の件に気を取られているとそれを見逃すことも有るだろう。先ずはお手並み拝見だな……。



 
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