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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第三章
  三十一話 刹那の妙技

 
前書き
ヴィヴィスト素晴らしかった!でもこれでヴィヴィストブーストが切れる!三十一話 

 
唐突に、金属を打ち鳴らすような電子音声が響きわたる。1R目の終了を知らせるゴングが、クラナの寸前まで迫っていたスティングレイを、ぎりぎりのところで止めていた。

「[ここで第一ラウンドは終了―!!]」
「っ……」
「…………」
その声と共に正気に戻ったように、目の前のクレヴァーが少し惜しそうな顔をしたあと、静かに消える。少し離れた位置にいた彼がリング端へと歩いていくのを確認してから、クラナは立ち上がりノーヴェ達の待つコーナーに向かって歩き出した。

────

「やあ、お疲れ様」
「あ、は、はい」
戻ってきたクレヴァーに、アドルフは大らかに笑いながらねぎらいの言葉を送る。それを合図にしたように、クレヴァーの中から引き締めたような緊張から来る険が少し取れた。コーナーに浮遊椅子に座りこむと、クレヴァーは回復魔法を受ける、と言っても……

「殆どダメージはないようだ。お見事というべきかな?」
「い、いえ……その、ずっと、逃げている、だけですから……」
「なに、それも立派な戦術さ」
「あ、ありがとう、ございます」
礼を言いながら、クレヴァーは少し困ったように頬を掻く。実際の所、自分がダメージをまともに受けるときがあるとしたら、それはほぼほぼ敗北する時と同義だろう。近接格闘術を極めたクラナ相手に、正面からの殴り合いをすることなど、自分の肉体では絶対にできないからだ。

「(このまま、一撃ももらわずに勝つ……)」
出来るなら、このインターバルを迎えることなく、先ほどの一撃で勝負を決めておきたかった。最後に射撃を行う前の、わざと自分の出来ない動きをさせて完全に幻影に見せかけた幻影のスティングレイ、あれを回避されると思っていなかった。自分がファンフェストと名付けた部分実態化の幻術を、初見で避けられるのは完全に予想外だ。あれが当たっていたなら倒すことが出来たのに……だが起きてしまったことは仕方がない。問題は、回復した彼を、どう完封するかだ。
実際、ここまでは完封で来ている。この時間で何らかの対策を講じてくる可能性もあるが、それらも全て読み切って見せる。

「(勝つのは……僕だ)」

────

「幻術か、いきなりお前が苦手なタイプに当たったな」
「まぁ、その内当たるとは思ってましたけど」
予想よりも、それが早かったのは事実だ。ただ決して油断していたわけではない、仮に幻術を使われたとしても、加速を使えれば対応できる算段は付いていた。しかし……

「加速封じか……」
「ちょっと予想外でした」
「あのなぁ、笑ってる場合か!」
苦笑しながらそんなことを言って頬を掻くクラナに、ノーヴェが危機感を持てと言った風な顔をして忠言する。

「術式その物に手を出されて、加速無しどころか使えば逆手に取られる、大ピンチも良いとこだぞ!」
「まぁ、そうなんですけど」
ぐうの音も出ないとはこのことだろう。クラナにとってのノーヴェは指導者というよりも、付き添い役としての役回りの面が強い。戦術や使う魔法は殆どクラナに一任してもらっているので、ノーヴェは単純に心配してくれているのだ。

「……なんか、考えがあるのか?」
「……少しは。大丈夫です、少なくとも……」
言いながら手を伸ばした水筒を見て、一瞬クラナの手が止まる。彼は少しの間それを見つめて、何かを振り切るように手に取ると、一気に煽った。栄養だけがある後味の悪い味にならないよう、けれども濃すぎる事もないよう絶妙に味の調整が為されたそれが喉を潤すのを感じながら、少し口の端からこぼれた液体を左手の甲でぬぐう。

「……少なくとも、このまま負けるつもりはありませんから」
「……当然!捕まえさえすればお前の勝ちだ、ぶちかましてこい!」
「はいっ!」
言われると、クラナは勢いよく立ち上がる。

「(まだ負けられない……!)」

────

クレヴァー・レイリー RECOVERY 7600 LIFE 12000

クラナ・ディリフス・タカマチ RECOVERY 8400 LIFE 10300
クラッシュエミュレート全快

────

甲高い、ゴングの音が響く。

「[さぁ、今、第二ラウンドのゴングが今、鳴りました!!]」

「ッ!」
「……っ」
出だしに、第一ラウンドのような静けさはなかった。先ほどのまでの激しい魔法戦の続きであると言わんばかりに、クラナがクレヴァーに向けて突っ込んでいく。無論、そんなつもりはない。少なくとも、今、試合開始直後に彼の前に居るクレヴァーは本物だ。逃げられるよりも前に、一気にダメージを与えに行く!

「やばっ……」
「ふっ!」
当然ながら、全速力で踏み込んだクラナの動きにレイリ―が付いていけるわけがない。一気に彼の懐まで飛び込んだクラナの右フックが、クレヴァーの顔面を……すり抜けた。

「(早い……!)」
「(甘いよ……!)」
既に移動を終えたクレヴァーが、内心でそうひとりごちる。試合が再開されるよりも以前から、この展開は予想している。あれだけ手の内を見せたのだ、むしろここで踏み込んでこないものは居ないだろう。故に、発動までのタイムラグを限界まで抑えて初手を打つ、その上で……

「ッ!?」
突如、クラナは後方すぐ近くから気配を感じて条件反射的に振り向く。が、そこには誰もいない。気配だけだ。虚空に向かって気配を展開する例の魔法を使ったのだと気が付いた時にはクラナは全力で再び振り向き防御の姿勢を取っていた

「っ……!」
「スティングレイ!!」
目の前にいるレイリ―が踏み込みから右手を突きだしてくる。それをバックステップしつつそらすように防ぐ、が、防ぎきれずに肩に命中する。

クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE 1700 LIFE 8600

「んのぉっ……!」
クラッシュエミュレートまではいかなかったとはいえかなりの衝撃だ。が、その衝撃を歯を食いしばって耐えながら、クラナは右腕を叩き落す。その時……

クレヴァー・レイリー DAMAGE1500 LIFE 10500

「!?」
おそらくは部分実態化しただけの幻影だろうと思っていたその腕から、手ごたえが帰ってきた。が、その予想を裏付けるように目の前のクレヴァーが消滅する。幻影にダメージが入った?そう一瞬考えて、しかし即座にその回答に否を突きだす。

「(そうか……)」
おそらくあの部分実態化には、それが体の一部であるなら、ダメージのフィードバックがあるのだ。そしてクレヴァーは、スティングレイだけを実態化させるだけの技術を持っていない。

「(けど……)」
おそらく、これが知れた以上、今後はそうたやすくあの部分実態化をしてくることはあるまい。この相手はそう言うリスクに対して敏感だと、短い間で相手と強くぶつかり合ったクラナの直感は告げていた。
だが、それならそれでいい。あの厄介な部分実態化を乱用されるのは流石につらい。少しでも抑えてもらえるならば、こちらとしては願ったりかなったりだ。

「(とはいえ……)」
依然として自分が不利な状況であることには変わりはない。と、周囲に表れる八体の幻影を見ながらクラナは冷静に自己の状況を分析していた。最大の武器である格闘戦は相手の正確な位置が分からなくては意味がない。とはいえ、そのための加速魔法は使えば即座に逆に自分が窮地に立たされる減速魔法に早変わりだ。射砲撃にしても、相手の魔力を吸収する手段が封じられた今それも不可能だ。

「(きっついな……)」
そう内心でひとりごちながら、クラナは再び構えを取る。その顔には、小さな「笑顔」が浮かんでいた。

────

「クラナさん、辛い状況ですわね……」
「うん、加速を使った格闘戦主体のクラナ君の戦い方を、あの子完全に分析しきってきてる。戦術に関しては、完全に上をいかれとるね……」
観客席の一角に、黒と金の少女が座っていた。双方ともに女子の部の出場選手だが、片方はまだ試合が無い為時間に余裕がある。もう片方はそんなことも無いのだが、一人で行くと遠慮する黒い少女が人混みが苦手であるのを考慮してついてきていた、ジークリンデ・エレミアと、ヴィクトーリア・ダールグリュンだ。

「加速に対抗する手段は、男子の部の人たちも色々と考えていたとは思いますけど……あのよく分からない魔法は結局、相手の術式に干渉して、それ封じているように見えますわね……そもそも、本来制御が難しい幻術を、あそこまで使いこなしている魔導士はそれだけでも珍しいものですけれど……」
「ウチも初めて見るタイプの戦術。肉体的な不向きを補うために、凄く努力したんやと思う」
至極素直に感心したように、ジークは言った。実際強力なスキルを持っていても、例えば今の場面、それぞれの魔術の発動が遅れていれば、それだけでもクラナに対応させる余裕を与えてしまっただろう。それを殆ど無くして一方的な攻勢に持って行けたのは、ひとえにクレヴァーの幻術のスキルが洗練されていたからだ。

「けど、まだ勝負が決まったっていうには早い……あの子が自分の魔法戦の技能を鍛えてきたように、クラナ君は魔法戦の適性が低い代わりに鍛えてきた身体と近接格闘戦技(ストライクアーツ)の技術があるから……」
「えぇ、捕まえれば、ワンラッシュで一気に逆転への道は開ける。……いいえ、それどころか、クラナさんの瞬間火力なら、そのまま勝負を決められる可能性もある」
「うん、それが分かってるから、相手の子も慎重に、自分の位置を隠すことを最優先にしてじっくり攻めてる。この試合、クラナ君が攻められっぱなしの一方的な試合に見えるけど、ほんまは、お互いにとって長い綱渡りや……」
今なおクラナに対するクレヴァーの翻弄が続く試合会場を真っ直ぐに見つめながら、ジークは冷静にそう続ける。そんな彼女にどこか面白がるような声色で、ヴィクターが聞いた。

「それを踏まえたうえで聞くけれど……ジークはどちらが勝つと思うの?」
「うーん、正直、クラナ君にとっては、相性最悪な相手やと思うよ?魔法戦特化と、格闘戦特化、どっちも特化型やし、この相性の差は大きいと思う。でも……」
「でも?」
「それでも、クラナ君が勝つって、ウチは思うよ」
「どうして?レイリ―さんが勝つ要素しか言ってなかったように聞こえたけど……」
「うん、普通に考えたら、相手の子が勝つと思う。でも……」
言いながらジークは再び、会場へと視線を戻す。その瞳は今度は見定めるような真剣なものではなく、どこか楽しげな物だった。

「……でも、クラナ君──」

────

「……はっ……はっ」
第二Rが始まってから、既に2分が経過していた。その間、クラナはひたすらに相手の動きを分析し、防御に徹してきた。それをしても尚、防ぎきれなかった攻撃はある。既に息も上がってきた。攻撃に激しさがあるというよりも、こちらの意識していない部分を突くのがクレヴァーは非常に上手かった。意識の埒外から常に思いもよらない、攻撃、あるいは陽動を仕掛けてくるかと思うと、それによって強制的に隙を作りだし、そこをついて躱しようがない一撃を放ってくるのだ。

「ッ!」
後方からのスティングレイを突き込んでくる人影を、クラナは軽く屈みながら躱しつつ、右足を軸に左足を引いて裏拳で迎撃する。当然の如く外れたそれに対して、そろそろ自分から突っ込んでくれても文句ないのになどと勝手な事を考えて苦笑しつつ、さらに左右空同時に仕掛けてくるクレヴァーのからバックステップで距離を取ろうとするが……

「!っく……!!」
再び後方からの風切り音がして、クラナは咄嗟に地面を蹴って無理やりサイドステップに移行する。次の瞬間、先ほどまでクラナが居たその場所をスティングレイが通り過ぎ、クラナの脇腹を直撃ではないもののかすめ、衝撃でクラナはたたらを踏んだ

クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE 540 LIFE 2960

幻影だが、気配がなかった。気配を投影する例の魔法を、あえて重ねずに作りだした一体だろう。これまで気配のある幻影に集中している分気が付きにくい。後退したクラナを追うように、今度は正面から三体が迫る。
ふと、クラナは自分の中に一つの感情が抑えきれないほどにふつふつと湧き上がっているのを感じていた。

「(あぁ、全く……!)」
しかしクラナはあえて一体の懐に飛び込むと、走りこむ勢いをそのままにその一帯を一息に殴り倒しにかかる。倒れ込むような前傾姿勢で振るった拳を受けた中央の一体が消滅すると、一歩遅れて左右の幻影がクラナに飛び掛かった。が……

「はっ!!」
クラナは即座に前傾姿勢の体制をそのまま倒すようにして地面に両手を突き、両足を広げて一回転。倒立姿勢から繰り出したとは思えないような高速の蹴り技で、その二体を蹴り倒し、会場が沸いた。

「(……どうして……)」
その様子を遠くから見ていたクレヴァーは自分の中に、違和感が湧き上がっているのを感じていた。試合開始以降、ほぼずっと複数方向からの攻撃に晒され、常に全方向からに対する警戒を強いられているクラナの脳は、そろそろ疲労の蓄積が顕著になり始めているはずだ。
脳が疲れれば体の反応も遅くなる、そのタイミングであの攻撃を仕掛けたつもりだったし、今、三体を突撃させたのは対応を焦って更に姿勢を崩してくれることを期待しての事だった。だが、クラナは殆どノータイムで幻影たちを打倒した。いや、それどころか、先ほどよりも反応は早く、パフォーマンスのキレも良くなっている。
理解できなかった。追い詰められた焦りが火事場の馬鹿力を発揮させているとでもいうのか。それに何より不可解なのは……

「(笑ってる……?)」
遠いうえに常に動きまわっている為彼にはよく見えなかったが、クラナがどこか笑っているように見えた。だが、この状況で彼に笑顔を浮かべる理由はないはずだ。そんな余裕があるとしたら……それは……

「(ッ……!?)」
直後、得体のしれない悪寒がクレヴァーの中に走った。自分の方が追い詰めているはずなのに、実は本当はそんなことはないのではないのかという不気味な想像が、彼の中で鎌首をもたげ、膨れだす。その余裕こそが、あの笑顔の元凶なのではないかと。

「(そん、なわけ、ない!)」
即座に、彼は生み出した八体の幻影を一気にクラナに突撃させた。数による制圧攻撃……ではない。即座に、彼は「自らの手元に」スティングレイを生成する。幻影は目くらまし。本命は、幻影によって絶対に死角となった位置から放つこの高速発射型のスティングレイだ。
クラナが幻影の対応に構えた瞬間、クラナの右側面、幻影の真後ろからレイリ―はスティングレイを発射する。幻影がクラナと接敵するその寸前、発射した魔力棘は自らが作りだした幻影を突き抜け、クラナの目の前に現れる。

絶対に回避できない、確実に当たるタイミング。高速性と貫通性を高めた、いわば貫通弾だ。防御したとしても、ダメージは彼に向けて抜ける。

「(これで、最後だッ!)」

クラナが接近する避けようのない一撃をようやく目にし、クレヴァーが勝利を確信した。その瞬間……

彼は今度こそ間違いなく、子供のように無邪気に、楽しそうに、“笑った”。

────

観客席の一角で、ヴィヴィオが目を見開いて小さな声を上げる。

「お兄ちゃん、今……」
「おっ、やっと笑ったか。久々で硬くなったか?」
「えっ?」
「ん?あぁ、そうか、知らんか。お前の兄ちゃんはな……」

────

別の場所で、なのはが思わず、と言ったようにつぶやいた。

「……あ……」
「?なのは?」
「……そっか……そうだったんだ」
ずっと、忘れていた。あの時、試合の時にクラナが見せてくれた笑顔と、あれは同じ顔だ。あの時よりもずっと素直だけれど、確かに同じ顔だ。それを、高町なのはは覚えている。何故なら、ずっと前にも同じ笑顔を見ていたからだ。

「前の大会の時も、クラナ……」
「……あぁ、そう言えば、そうだね」

────

「クラナさん……」
「やっぱり……」
「ジーク、貴女が言っていたのって、こういう事?」
「うん、ウチの時と同じや。クラナ君、すっごく“楽しそう”!!」

────

「……!?」
クレヴァー・レイリ―は、今度こそ間違いなく驚愕していた。目を見開き、一瞬思考すらも止まる。それは当たり前だ。何故ならクラナは彼の射撃を“素手で受け止めて”いたのだから。

「(古流武道の技術……!?いや、でも……)」
以前文献で見た知識にあてはめて、そう辺りをつける。だがあれは肉体的資質の他にもかなりの習練が必要な技術だったはずだ。それに、そんなものが使えるなら何故今まで使わなかったのか。

「(まさか……即興で!?)」
そんな馬鹿な!?と思いながらも、しかしそれ以外にここまであの技術を使わなかった理由が説明できる合理的な理由が思い当たらない。そう考えている間に、発射したスティングレイは、両手で受け止めたクラナが腕を交差するように左右に押し出したことで割り砕かれる。

クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE 320 LIFE 2640
クラッシュエミュレート 両掌、軽度裂傷多数。

「(く……!)」
会心の一撃が失敗した事を理解してクレヴァーは歯噛みして再び幻影を下げて身を隠しにかかる。が、その僅か一秒後、その判断が失敗であったことを悟った。

少なからず、動揺していた所為もあったのだろう。交差し、自分を抱きしめるように肩に当てられたクラナの両拳の先端に、緑色の魔力球が出来上がっていることに気が付くまで、“それ”に思い当たらなかったのだから。本来ならば、真っ先に気が付くべきだった、気が付かなければならなかったのだ。
そう、“素手で魔力に触れられた”という事は……!

「!しまっ……!」

────

……正直、今でも試合中に笑うということに対して、躊躇を覚えることが無いわけではない。「笑う」という表情はどこか、真剣さと対極にある表情の一つであるようなイメージが、今も彼の中にはあるからだ。
だが、五年前、この大会に初めて参加する前、練習中に母であるアルテアは言った。

『練習中にあまりヘラヘラ笑っちゃダメだよ。気を抜いたま練習すると、ケガをしやすくなるし、真剣に学ぶ気が無いようにとられる』
正直なところ、そう言われた時クラナは、自分が笑っていることに全くと言っていいほど気が付いていなかった。そういうと、今度は彼女が笑ったのだ。

『あぁ、それはまぁ悪いことじゃないわね。それは、ホントにアンタが格闘技が楽しいってことだから』
『うん!楽しいよ!』
『けっこーけっこー』
パッと笑いながら自分を撫でてくれたあの時の表情を、今も鮮明に覚えている。でもね、とアルテアは続けた。

『それでも、練習中に笑うのは時々にしなさい。気を張りながらやった方が身になるわ』
『じゃあ、格闘技やってるときは笑っちゃダメってこと?』
『うーん、そうねぇ……』
人差し指を顎に当てて軽く小首をかしげてから、彼女は少し考え込んで、そして返した。

『例えば、試合をしてる時、どうしても我慢できなくなったら、笑っちゃいなさい』
『いいの?』
『うん、いいわよ。それで何か言われることもあるかもしれないけど、試合の時は自分の全部を出した方が良いの。それに、覚えた事を競い合うことが楽しいのは普通の事だから、そういう時は、もう笑っちゃったほうが良いわよ』
『よく分かんねーけど分かった!』
『どっちよー』
ニコニコと心底楽し気に笑いながら、再び彼女は自分を撫でる。

──あぁ、そうだ……──
自分は、それが楽しくて仕方がないのだ。他人と自分の技を競い合い、ぶつけあう事が、楽しかったのだ。ずっとこの場所から離れていたから忘れかけていただけで、その心はまだ残っているのだ。

──まだ、やりたい──
出したい技がある、試したい技術がある、ノーヴェに世話になった恩を返したい。強くなった自分をなのはに、ヴィヴィオに、フェイトに、後輩たちに、親友に、ライバルたちに、……アルテアに見てほしい。

──そうだ──
この楽しさこそが原点だ。
心の強さが欲しい、誰かを守る強さが欲しい、それとは違う、本当の本当に、最初に格闘技を続けたいと思った、クラナ・ディリフスという人間の原点の一つ。

──だから……!──

「(まだ、負けらんないだろ!!)」

────

「アルっ!!」
両手の拳の先にたまった魔力を、解放する合図に、高らかに愛機は答えた。

[Discharge!!]
「デストラクト・バスターッ!!!」
直後、クラナが腕を広げるように、両腕を振り切る。その射線上に、左右に向けて緑色の砲撃が一気に伸びる。直接魔力に触れて手に入れた、クレヴァーの性質をコピーした無色の魔力による砲撃魔法だ。

「オォッ!!!」
「ッ!!」
直後、クラナはその場で一回転を始める。リング中央から左右にのびた砲撃が、リング端の魔力障壁で何とかせき止められながら、リング全体を薙ぎ払うように放射されていく。突然の事で動揺したクレヴァーは、幻影を操作することも忘れてその場に伏せることで何とか難を逃れる。が、急激な動きによって、オプティックハイドが切れてしまった。

「……!」
「見つ……けたっ!!」
「行け、クラナァッ!!」
ノーヴェの声と共にバンッ!!と地を蹴る音が奔り、クラナがここ一番の勢いで走りこむ。慌てて立ち上がるクレヴァーが、必死の形相でいきなり五体の幻影を作りだした。それらすべてが一気にクラナに向けて突っ込んでくる。動きは全てクレヴァーのものとは違う、幻影だ、しかしこの内どれに部分実態による攻撃が仕込まれているかもしれない。それを見分けることは、クラナには不可能だ。だから……

「瞬刹……一閃!!」
[Moment Schelling]
五指をそろえて腰へ、ちょうどミカヤの居合の構えに近い動作からその手刀を横一線に……振り抜く!!

「……!?」
直後、まるで胴体を真っ二つに切り裂かれたように、クレヴァーが作り出した幻影が“全てかき消える”。それどころか、クレヴァー自身にも、腰を打ちすえられたような衝撃が奔った。

クレヴァー・レイリ― DAMAGE1230 LIFE 10770

それが何だったのか、確かめるよりも早く、クレヴァーはクラナが目の前にいるのを目にする。殆ど無意識に、慣れない防御の姿勢を取ろうと交差した腕の下、鳩尾の辺りに、拳がめり込み……

[Impact!!]
「か……ッ!?」
魔力爆発が、クレヴァーの身体を打ち上げる。

クレヴァー・レイリ― DAMAGE4680 LIFE 6090

撃ちあがり開けた空を見上げる羽目になる彼の視界に、既に拳を引き絞ったクラナの姿が移った。

「(防、御……!)」
[Protection]
殆ど使うことはないと思っていた防御魔法(プロテクション)しかし、この空中なら予選に使っていた防御破壊連撃(ストームトゥース)は使えないはずだ。そう考えての咄嗟の判断。だが……

「一掌、撃滅!!」
彼が魔法戦を鍛え続けてきたように、その程度で止められるような拳は、生憎とクラナには持ち合わせがない。

[Firing!]
「パイル・ブロウ!!」
打ち付けられた拳の先端から瞬間的に、クラナの魔力で生成した「魔力の杭」が打ち出される。本来地面に足を踏ん張ることで反動を抑え込むそれを、拳を中心に垂直に体を立て、全体重を乗せることで為した一撃。それは即座に防御魔法を突破し、地面と拳の間に挟まれたクレヴァーに、拳の威力をダイレクトに伝えた。

「…………!」
一瞬、まるで見果てぬ夢をつかもうとするように、虚空に向けてクレヴァーは手を伸ばす。しかしそれはパタリと、地面に落ち、彼の完全な気絶を伝えた。

「……っ」
ゆっくりと拳を持ち上げたクラナが、それを、天空に向けて振り上げた。

クレヴァー・レイリ― DAMAGE 6190 LIFE 0

IM男子の部 地区予選大会 予選エリートクラス 第四組第一回戦 試合終了
勝者:クラナ・ディリフス・タカマチ
試合時間 2R 3分4秒
FB(フィニッシュブロー):パイル・ブロウ(魔力付与貫通打撃)

「[き……]」
歓声が、爆発する。

「[決まっ、たああああぁぁぁぁぁ!!クラナ・ディリフス選手、劣勢からまさかの1ラッシュK.O!!ピンチを完全に覆し、最後の最後に勝利をもぎ取りましたぁ!!]」
一瞬の出来事に沸く歓声の仲、小さな少女たちが互いに手を取り合う

「やった、やったあっ!!」
「クラナ先輩、凄いです!!」
ピョンピョンと飛び跳ねるリオとコロナの脇で、ヴィヴィオは放心したようにリングを見つめていた。

「ヴィヴィオさん」
「へっ、あ、はい!」
「やりましたね、貴方のお兄さんの勝利です」
「あ……よ……よかったぁ」
緊張が解けたようにへなへなと力を抜くヴィヴィオに、アインハルトは慌てたようにわたふたとし始めた。

「だ、大丈夫ですか?」
「は、はいごめんなさい……ただちょっと、凄く緊張してたみたいで……凄い試合だったから……」
「……えぇ、本当に」
コクリとうなづいて同意しながら、アインハルトはリングを見る。と、視界の端に、黙ってリングを見つめるライノの姿が移った……

「……?ライノさん?」
「ん?あぁ……そうだな。大したもんだ……どっちもな」
苦笑しながら、拍手を送るライノの表情はどこか複雑そうに、リングを去ろうとする気絶したクレヴァーを見送っている。傍らでは、クラナが礼をもって其れを見送っており、その間には強者との試合に対する感謝と敬意がにじんでいた。

────

「なのは、さっきのあれ……」
「うん!アルテアさんの瞬間砲撃!」
瞬間砲撃(モーメント・シェリング)
その名の通り、その魔法は、一秒以下に近い非常に短い時間の魔力放出による砲撃魔法だ。原則として、射砲撃系の魔法という野はその発動にある一定の「タメ」を必要とする。そのため、特に近接戦闘を得意とする魔導士はこれをあまり多用しない傾向がある。
そんな中、元々魔力刃を主体とする近接戦闘型の魔導士だったアルテアが、中距離戦闘におけるけん制を主な目的として編み出したのが、この瞬間砲撃だ。瞬間的に、ある極々限られた一点からノータイムで高出力の魔力放出を行いそれを砲撃として打ち出しつつ、発射地点を薙ぎ払うことで平面的ながら広範囲を攻撃することのできる魔法である。無論、砲撃その物が非常に細く、また瞬間的な物になるために大きな威力は期待できないが、突撃によるヒットアンドアウェイを繰り返す相手へのけん制や、間合いの外に出て安心した相手に対する追撃など、多様な場面で効果は発揮されていた。
なのはやフェイトも、模擬戦で何度これを食らったか分からない。アルテアは割と容赦なくこれを撃ってきたのだ、顔に。

「クラナ、何時の間に……」
「練習は、子供の頃からしてたの」
「えっ?なのは、知ってたの?」
懐かしそうに言ったなのはに、意外そうにフェイトが尋ね返す。その言葉には、純粋な疑問の色が聞き取れた。彼女は一つ苦笑すると、コクリとうなづいて答える。

「うん。前の大会の後に、クラナに相談されたことがあって……遠距離戦をする方法が欲しいけど、みんなみたいに魔力弾が出来ないから、じゃあお母さんのあれなら出来るかもって思ったって」
「でも、なんでなのはに?アルテアさんに教わるんじゃ……」
「それは……」
少し言いよどんだなのはに、フェイトが気が付いたように口に手を当てた。

「あ、そうだよね……ごめん……」
「ううん。それで、お手本を見せてほしいって」
「じゃあ、その頃から出来たの?」
「ううん!結局、私が教えてる間にクラナが使えるようにはならなかったよ。だから……」
そう、だからつまり、あの魔法は彼が鍛錬を続けた結果なのだろう。彼の積み上げた四年間の一つの結果が、今回の勝利を生んだ。自分達が知るまま、変わらないクラナと、自分達が知らないまま変わっていくクラナ。奇妙な話だ、まるで過去と現在を、同時に見ているような感覚になる。

「よしっ……いこっ、フェイトちゃん!」
「行くって、なのは!?どこに……」
「クラナに、一番にお疲れ様って言ってあげなきゃ!」
「う、うんっ」
久しい感覚だった。自分とクラナの間には、理解できないままで、触れ合わないままで過ごしてきた四年間がある。そのことに今も後悔を感じているし、もっとうまく出来なかったのかと反省してばかりだ。
けれど今はどうしてか、「知らない」事に対して心が沈まずにいられている。自分の知らないクラナを知りたい心が優っていてその気持ちが、その成長を確認する嬉しさが、自分の中にある。クラナに会うのが、いつもよりも少し楽しみだった。

────

「……アル、モードリリース」
[Roger]
袖に来たクラナがそういうと、クラナの周囲に水を満たしたような揺らぎが生じ、彼の姿が元の普段着に戻る。

「お疲れさん。何とかなったな、クラナ」
「はい、ありがとうございます。アルも、ちゃんと対応してくれてありがとな」
[いいえ。私も色々と反省させられる試合でした。すみません、相棒]
「大丈夫。少なくとも、次があるからね」
珍しくハスキーさが鳴りを潜め、悔し気にそう言うアルをなだめるようにペンライトの表面を軽く撫でて、クラナはノーヴェを見る。

「あの、後でで良いので、所見をもらえますか、ノーヴェさん」
「ん?アタシのでいいのか?」
「はい。正直、初めて戦う相手だったので……第三者としての、ノーヴェさんの意見が窺いたいです」
「…………」
先にも言ったように、クラナにとってノーヴェはこれまでの所─少なくともこの大会においてだが─単なる付き添い役としての役割以上の物はなかった。それはクラナ自身の力で大体の事が出来てしまうからであり、彼自身がノーヴェに対して頼ることを未だに避ける傾向があったからだ。その彼がこうしてノーヴェに頼みごとをするというのは……

「……おう、分かった」
「ありがとうございます」
少しは頼ってくれるようになり始めたのか、そう考えると、少し嬉しい。
と、一度控室に戻り、メディカルチェックを受けるために医務室に向かう途中、曲がり角から顔を出した女性が居た。

「あ、クラナ君、居た~」
「え、ジークさん?なんで……」
そこから現れたのは、黒い髪を二つに垂らした少女、ジークリンデ・エレミアと、もう一人、ヴィクトーリア・ダールグリュンだった。

「クラナさん。ごきげんよう」
「あ、ヴィクトーリアさんも……えっ、と……」
「ん?なんだクラナどうした……あれ?そっちの二人は……」
と、そこに後ろから追いついてきたノーヴェが遭遇した。顔を見たとたんに、何かに気が付いたように先にヴィクトーリアがスカートの裾を軽くつまむ。

「あぁ……通信機ごし以外では、お初にお目にかかりますわ。ナカジマコーチ、ヴィクトーリア・ダールグリュンです」
「あぁ、うん。こちらこそ初めまして。ノーヴェ・ナカジマです。……そっか、貴女がライノの従姉さんの」
納得したように言うノーヴェに、不意にヴィクトーリアが少し困ったような顔で言う。

「その節は本当にいつも従弟がお世話になっております……ああいう気質の子ですので、色々とご迷惑をおかけしてるのでは……」
「んー、あー、いやいや。チビの練習を見てくれたりもするし、IMの情報もくれる。こっちも助かってるよ。世話になってるのはお互いさまかな」
笑いながらそんなことを言うノーヴェに、どこか安心したようにヴィクトーリアも微笑みを返した。ノーヴェの視線が、隣の少女に向く。

「それで、そっちの子が……」
「あ、はい!ジークリンデ・エレミアいいます!その、この前は、本当に色々と、すみませんでした……」
「ううん、そのことはもう良いって。スパーリングを受けてくれたのは此奴にとっては良い経験になっただろうし、クラナも、色々衝撃的だったけど、良い出会いだったって言ってるし、な?」
「あ、はい」
いきなり話を振られて間の抜けた答えを返すクラナに苦笑しつつ、ノーヴェはヴィクターを見返す。

「それにしても、今日は、どうして?ジークリンデ選手はまだだけど……ヴィクトーリア選手は、次の週末も試合あるだろ?」
「いえその、ジークが、どうしてもクラナさんの試合を見に来たいというので……」
「ヴィ、ヴィクター!」
困ったように笑って言う彼女に、焦ったようにジークが返す、自分が言い出したことを知られるのが恥ずかしかったのかもしれない。その様子を見て、クラナが苦笑しながら頬を掻いた。

「あー、えっと……すみません、あんまりカッコいい試合じゃなくて……」
「え?ううん、そんなことない。クラナ君凄く楽しそうやったし、相手の子も強くて、いい試合やったよ?見てるみんなも、見応えあった~って」
「あ、ありがとうございます……」
自分の試合をほめられたのが久々な所為か妙に照れくさく、クラナは少し顔を紅くして頬を掻く。その様子に気を良くしたのか、ジークは微笑みながら続けた。

「とりあえず、これだけ言いたかったんよ。まだもう一試合あるけど、ひとまず、一勝やから。おめでとう、次も頑張ってな」
「はいっ。頑張ります」
その言葉に、クラナは力強くうなづく。その目にもう照れはなく、真っすぐにジークの目を見ていた。まるで曇りのない、黒い瞳だ。

「っ、うん!楽しみにしてるよ~」
「それじゃあ、私達はこれで、お時間を取らせてごめんなさい。クラナさん」
「いえ。ありがとうございました」
礼をして、去っていく二人を見送ると、ノーヴェが言った。

「さて、次のお客さんだぞ」
「え?」

────

「はぁ……びっくりしたぁ」
「?どうしたのジーク?顔が朱いわ?」
自分の顔をパタパタと仰ぐジークに、ヴィクターが首を傾げる、自分でもその事に動揺しているようで、ジークはどういったらいいのカ分からないというような顔をしていった。

「うーん、その、ウチ、男の子の友達とか、殆どいてへんから……」
「そうね?……それで……」
「うん、その……よーく考えてみぃひんでも、ウチ、男の子とあんな近くで目ぇ合わせるの、初めてやってんな……それでちょっと、ドキドキして……」
びっくりしたわ~と目を細めながらはふぅと顔を仰ぐジークに、ヴィクターは思わず噴き出した。

「……ふふっ!」
「あ、ヴィクター笑った!!」
「ご、ごめんなさい……でも……ジークったら……」
「え、ウチそんなに変な事いうたん……!?」
笑い続けるヴィクトーリアに尋ねながら、ジークは最後まで彼女が笑っているわけが分からなかった。

────

ノーヴェに言われてみた先に居たのは、なんとも奇妙な光景だった。廊下の隅でいじけたように壁とにらめっこするなのはを、フェイトが肩をゆすってなだめているのだ。

「(……えぇ……)」
『クラナ、任せた』
『ちょっ』
『お前の親御さんなんだから、お前がどうにかしろ』
『そんな無茶な……』
そんな文句を聞く様子もなく、ノーヴェは「先に少し遅れることを伝えておく」と言って、医務室に向かってしまう。
一体全体どう声をかけたものか頭を悩ませたクラナは、仕方なく無造作に二人に近づくことにした

「もう、なのは、みっともないよ?」
「だってぇ……」
「……あの……」
「わっ!?く、クラナ!?」
「えっ、クラナ!?」
後ろから声を掛けたクラナに、全く気が付いていなかったらしい管理局のエース様二人が慌てて振り向く。正直、今ならそこいら辺のごろつきでも彼女達に一発くれてやれただろう気がする。
妙な場面を見られたことに焦ってか、なのはが早口にまくし立てる。

「あ、えっと、その、これはねクラナ、なんでもないんだよ?」
「なんでも無い事無いよ……なのは、クラナが友達と話してるの見て、「一番だと思ったのに」っていじけてたんだよ?もう……」
「わぁああ!!フェイトちゃん!しーっ!しーっ!!」
「…………」
事情を聞いてクラナは自分の表情が引き攣るのを感じた。なんというか、それでも管理局のトップエースなのか、というかむしろもっと根本的にそれでも大人かという話である。23にもなって子供のねぎらいの一番乗りを逃してへこむとかなんだそれは、思春期真っ盛りの若干面倒臭い系女子か。

「だからみっともないよって言ったのに……」
「……ごめんなさい……」
なんで試合後のメディカルチェックに行く前に自分は母親が母親を叱るシーンに遭遇しているのだろうかと、割と本気でクラナは頭を悩ませる。まぁ、この母親二人がそろうとちょくちょく脇の事はそっちのけで自分達の世界に入ってしまうのはよくあることなのだが……どうしたものかという顔で硬直しているクラナに、流石にこのままは不味いと思ったのか、なのはが顔を引き締める。何とか母としての威厳を取り戻そうとしている感じがあって若干無理があるが、気にしてはいけない。

「あ、えっとそれより……クラナ、お疲れ様でした」
「くす、うん。立派だったよ。おめでとう」
「あ……はい……ありがとうございます」
深々と頭を下げて、クラナは労いの言葉に謝意を示す。忙しい中でこうして自分達の応援にまで駆けつけてくれる母親たちには、本心から感謝している。ただ実際の所、その謝意の示し方がよく分からないところが彼にはあった。笑い合えれば一番いいのだろう、しかし先ほどまでジークになら簡単に出来ていたはずの笑顔は、彼女達の前に立った途端に、表情筋が引き攣ってしまったように上手く浮かべることが出来なくなる。
ただ、不意に一つ、自分が彼女達に言っておかねばならないことがあったのを、クラナは思い出した。

「あの……」
「?うん、どうしたの?」
「これ……」
言いながらクラナが取り出したのは、試合前に受け取った水筒だった。それを見て、パッと花が咲くようになのはが笑顔になる。

「あ、それ、ちゃんと受け取ってくれたんだ!試合の前とかあととか、何時飲むか分からなかったから、あんまり濃すぎるようにならないように考えてみたんだけど、大丈夫?邪魔じゃなかった?」
「……はい、おいしかったです……」
「!そっか!よかったあ……」
頷いてそういうクラナに、なのはは心底安心したように胸に手を当てる。その様子に、フェイトが微笑んで言った。

「なのは、一昨日から材料買い込んで、今朝まですっごく考えて作ったんだよ?」
「…………」
「ううん。私は練習とかには付き合えないから、せめてもの応援。でもちょっとでも力になれたなら……」
どこまでも、クラナの事を慈しんでくれる言葉。ずっと、彼女が自分の事を思ってくれているのは分かっているつもりだった。その言葉に、今度こそは、クラナは即座にコクリと頷いた。

「……はい。ありがとうございました」
「……!うんっ!!」
自分のしたことは、どうやら彼の力になることが出来たらしいと、そう察してなのはが心からの嬉しそうな微笑みをクラナに向け……まるで導かれるように、両手を伸ばし……頬に触れる寸前で、その両手が止まった。

「……クラナ、触ってもいい?」
「…………ッ」
ついこの前、病院での出来事、あの時の事を恐れるようななのはの言葉。その言葉に、クラナは否定も肯定も返すことは出来ない、ただ……

「…………」
「ぁ…………」
クラナの右手が、伸ばされたなのはの左手を包む。握るでも、掴むでもなく、ただただやわらかく包むような触れ方。クラナ自身にとっても殆ど無意識に為されたそれに、なのはは驚いたように目を見開くと、すぐにやわらかい微笑みに表情を変えてクラナの両の頬を手で包むと、額を合わせた。

「……昔、アルテアさんがこうしてくれてたの、覚えてる?」
「……はい」
勿論覚えていた。アルテアが人の緊張をいやそうとしたりするときによくやっていたスキンシップ。クラナも何度もされたことがあるし……

「私もね?子供の頃アルテアさんによくして貰ったの……緊張したりしてるときでも、安心できた……だから、真似だけど、こうしておくね……クラナが、今日、この後の試合も、その後も、ちゃんと頑張れるように……」
あの病院での時、なのはと母を重ねてしまって、思わず跳ねのけてしまった時に感じた恐れは、今もクラナの中に残っている。きっと自分は怖いのだろうと、あの時の事をクラナはどこかでそう分析していた。なのはと母を重ねるほどに、元々あった母の……アルテアの影が薄れて行くような気がして……同時に、母親(なのは)の事を、母親(アルテア)の代わりとしてしか見ていない自分を見せつけられるようで……

今とて、自分はなのはのしていることに、彼女(なのは)自身ではなくアルテアの面影を見ている。そんな風に他人の代わりにするような自分の心情に、嫌悪感を抱きもする。けれど少なくとも今、彼女から無理矢理離れることはしたくない。とどのつまり、彼女の言っていることは正しいのだ。アルテアと同じ、その動作で一言……

「頑張ってね、クラナ」
『頑張んなさい、クラナ』
そう言ってもらえるだけで、どうしようもなく、この心は奮い立つ。

「……はいっ」
『……うんっ』
もうそこに無い面影を追っているだけだと分かっていても……その言葉と動作が、心を落ち着かせ、自分の背を押してくれるのだから。

 
 

 
後書き
はい!いかがだったでしょうか!?
前半はクレヴァーVSクラナ戦後半。最終的には、まぁ、大方の予想通りといいますか。クラナの1ラッシュによるKO勝ちとなりました。
ここで、ほんの少しだけ出てきた魔法に解説を。

ユートピア
クレヴァーがディストピアと一緒に出てきた、「対象の魔法の効果の一つを反転させる」という使いどころ次第によっては真面目に切り札級の魔法。
「(相手の魔法の)自由のない世界」という意味で名付けたディストピアに対して、何故この魔法が「ユートピア」なのか、といいますと、若干こじつけなのですが、イギリスのトマス・モアが描くユートピアという作品の中では、金などの貴金属が軽蔑され、鉄などの質素なものが格上であるという価値観が描かれています。これを価値観の「反転」というものにあてはめて、ディストピアとちょうど合わさってよかったので「ユートピア」という名前になりました。

モーメントシェリング
アルテア直伝として登場した瞬間砲撃。クラナ初の「自力」での遠距離攻撃手段となります。非常に攻撃力が低く、持続的な放射のような通常の砲撃魔法が有する効力は有していませんが、とにかく「高速」であるという特性を有しているほか、クラナが使う場合のみ、無色の魔力によるものなので「不可視」という特性を持っています。間合いの見えない某剣みたいなものです。

こんな所ですか。これ以外にも、クラナの新しい能力について考えていたりはするのですが、それはまたいずれw

後半はジーク、ヴィクター、なのは、フェイトの組み合わせ、主になのはとジーク。中々医務室に行けないのは難儀ですが、まぁ美人に声を掛けられているんだからそれくらいは我慢してもらわないとw
個人的には後半のなのはとクラナ、互いに思い合っているようで、実は少し違う、そんなところを見ていただけると幸いです。

では、予告です。

ア「アルです!ふう!何とか勝利です!」

ウォ「おめでとうございます、アル。先ずは一戦ですね」

アル「はい!新技も使わされてしまいましたが、まだ一戦です。次の試合も控えていますからね……!」

ウォ「そうですね……まだ私には戦う機械がありませんが、応援していますよ」

アル「ありがとうございます!!ところでどうでした?私と相棒の新技!」

ウォ「どう、と言われましても」

アル「カッコよかったと思いませんか!?」

ウォ「……晴嵐さんに似ていましたね」

アル「ちょ、ウォーロック!?え?そろそろ文字数やばい?もう、仕方ありませんね……では次回、《回答》」

ウォ「ぜひご覧ください」
 
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