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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第152話 冬の花火

 
前書き
 第152話を更新します。

 次回更新は、
 10月19日。『蒼き夢の果てに』第153話。
 タイトルは、 『電気羊の夢?』です。
 

 
 白々とした……。蒼白いと表現される月が今と言う季節に相応しい光を降らせる夜。
 頭上に広がるは深い、深い夜の色に覆われる無辺の大宇宙。どんなに手を伸ばそうとも届かぬ大いなる氷空。
 その茫漠たる虚無に、重力と言う枷から解き放たれぬ自らを(かえり)みて、僅かながらの自嘲の笑みを口元に浮かべた俺。

 そう考えた瞬間――
 視界に鮮やかな色彩が広がる。

 明るすぎる夜空。その少し向こう側に撃ち上げられては、儚く消えて行く冬の華。遠すぎるが故に……。いや、おそらくこの二人だけの空間が外界から完全に隔てられているが故に、一切の音が聞こえる事もなく、ただ無音の内にゆっくり、ゆっくりと氷空へと駆け登り、そして消えて行く光輝。
 正直、冬の花火。それも、クリスマス・イブの夜に撃ち上げられる花火と言う事で、大きなテーマパークで繰り広げられる乱痴気騒ぎ系の花火を想像していたのですが……。

 遠いパノラマに一瞬の生を煌めかせ、最後は小さな雫となって消えて行く。澄み切った大気が鮮やかな色彩を余す事なく伝えて来る事に因って、その短い一生を強く感じさせている状態。……何と表現すれば良いのか少し悩む所なのですが、行く夏を惜しむ花火も当然のように趣があるが、冷たい冬の花火もまた同じように物悲しい雰囲気を強く伝えて来てくれている。こう言う感覚。
 おそらく、この刹那に輝き、一切の音を聞こえさせる事もなく儚く消えて行く様が、そして、消えた後に普段よりも何故か黒く感じさせる氷空だけが残る様子が、俺の心に何かを……小さな爪で引っ掛かれたような傷を残して居たのかも知れない。

 ようやく始まった今宵のメインイベント。その夜空に華やかな色を着けながら一瞬の後に消えて行く煌めきに意識を奪われる俺。この瞬間だけは、現在の異常な事態……。自らの式神扱いと成っている人工生命体の少女と共に入浴している、と言う状況を忘れられたのかも知れない。
 もっとも、花火などのタイプのイベントは()()で見るか、よりも、()と見るのか、の方が重要なイベントであるので……。

 互いに何も身に纏う事もなく肌を密着させる……などと言う異常なシチュエーションとは言え、彼女と共に冬の花火を見つめると言う行為は――
 そう考え掛ける俺。しかし、その時、共に夜空を飾る色彩を見つめている、と思っていた少女は……。

 それまで俺の左腕に完全に預けていた自らの上半身を、背筋を伸ばして椅子に座る形に。……つまり、太ももと左腕にほぼ均等に掛かっていた彼女の重みが、すべて太ももに掛かる形へと移行。
 そして、その事により同じ視線の高さとなった彼女が、俺の左の横顔を見つめた。……まるで、何かを言いたげな雰囲気で。

「どうした。何か起きたのか?」

 異常なシチュエーションなのだが、それでも雰囲気を盛り上げるには共に花火を見つめるのも悪くはない……はず。そもそも、何故、冬の花火がこれほどまでに心の何処かに引っ掛かるのか、……の理由を考えるのなら、それは彼女を俺に感じさせたから。
 結界の影響から、本来なら遠方の花火を打ち上げる際の、少し間の抜けた音が聞こえて来ないこの場所。その無音がもたらせる儚さと幽玄。静寂と枯淡(こたん)の雰囲気から彼女を強く意識させたのだと思う。

 それなら、ここは俺を見つめるよりも、同じ方向へと視線を向けるだけでも色々な意味で効果があると思うのだが……。

 相変わらず知に働きまくった……少し人間としては問題があるんじゃないか、と言う思考で彼女に話し掛ける俺。
 僅かな逡巡を発する有希。ただ、その中に差し迫った危機と言う物を感じさせない以上、現状で何か危険な事態が起きつつある、と言う訳ではない事が読み取れる。

 しかし――

「涼宮ハルヒが呼び掛けて来ている」

 しかし、矢張り封殺する事は出来ない……と考えたのか、そう答えを返す有希。
 成るほど、彼奴か。そう考え、首肯いて見せる俺。これだけで答えは十分。

 刹那、周囲の気配が変わった。
 温泉からゆっくりと立ち昇る白い湯気は変わらない。常に湧き出し続ける完全かけ流しの源泉が作り出す小さな流れ。温泉独特の香りと、それ以上に強く感じて居る彼女の香りも……。
 しかし、矢張り世界が変わって仕舞った。

「ちょっと、寝ているんじゃないでしょうね!」

 久しぶりに発生した二人だけの(静寂の)時間。その心穏やかな時間に復活する喧騒。その中心に何時も存在する少女の声が、ヒノキ製の壁の向こう側から投げ付けられていた。

「ちゃんと聞こえとるがな」

 何や、イチイチ五月蠅(うるさ)いやっちゃな。かなり面倒臭そうに独り言を口にした後、答えを返す。但し、当然の如くその独り言の部分も向こう側に聞こえるレベルの音量で行う俺。こう言う余計なひと言が、彼女……涼宮ハルヒを怒らせるのでしょうが、それでも、こう言う部分を止めて仕舞うと俺が俺でなくなって仕舞うような気がする。
 矢張り、無駄口の海で溺れるぐらいでないと俺が俺ではなくなるし、関西系のキャラ立ても出来なくなって仕舞うから。
 聞こえて居るのならさっさと答えなさいよね、本当に鈍いんだから。

 当然のように、コチラもわざわざ聞こえるように嫌味を口にするハルヒ。何となくなのだが、俺の顔を上から見下ろす彼女の姿が想像出来て笑える。腕は胸の前で組み、右脚にのみ体重を掛けながら、少し苛立つかのように右手の人差し指で自らの二の腕を叩く。
 今は、濡れた黒髪が邪魔にならないようにタオルで纏める事に因り、その整った容貌が彼女の気の強さを強調するかのように作用しているはず。
 ……おそらく、弓月さんも、それに朝比奈さんや朝倉さんも現状では同じような状態のはずなのに、ハルヒの奴だけは、何故か受ける印象が違うような気がする。少なくとも彼奴に、しっとりとした(たお)やかなイメージなど抱く事はないでしょう。
 しかし、

「ねぇ、そっちは花火がちゃんと見えているの?」

 こっちは屋根と塀が邪魔をして、綺麗に見えないんだよね。ほんと、嫌になっちゃう。
 しかし、俺の次なる言葉を待つ事もなく、さっさと言葉を続けるハルヒ。
 但し、その言葉の中には、先ほど感じさせた不機嫌さは一切感じさせる事はなかった。もっとも、本当に必要なのは一言だけのはずなのだが、其処に辿り着く前に光なら地球を何周出来るか分からないぐらいに回り道をした挙句、妙に反感を覚えるしかない言葉を口にして来る。
 俺も一言……と言うか、十言ぐらい多いのですが、その辺りに関しては彼女も同じ。
 本当に嫌に成るのは粘り強く相手をさせられる俺の方。少なくとも、彼奴の発して居る気を理解出来る人間か、それとも心底、彼奴に惚れている男性。もしくは少し特殊な性癖を持った男以外では、ハルヒの話し相手に成らないと思うのだが。

「あぁ、問題無い。こっちからは綺麗に見えているぞ」

 視線を花火の方向から、ヒノキ製の、男湯と女湯の間を分かつ壁へと移す俺。結界の解除と同時に、無音で次々と打ち上げられていただけであった花火に、かなり間の抜けたポンポンと言う小さな音が遅れて付いて来ている。
 音速と光速。これぐらいの距離でも、その差を感じさせる事が出来るのか。ぼんやりとそう考えさせられるには十分なぐらいの時間差を耳でのみ確認しながら。

 もっとも、流石に本心を口にすると怒り出すのは目に見えているので、ここはぐっと我慢をして……。しかし、それでも多少の優越感を籠めた口調で、そう答える俺。
 ただ、少し嫌な予感が。そもそも、コイツ、何故、今そんな事を言い出したのだ?

「大体、女湯の方に屋根があるのは当たり前でしょうが」

 僅かに眉根を寄せながら、取り敢えず、その嫌な予感が現実の物にならない為の予防線。……と言うか、その予防線に持ち込む為の会話の展開を即時に組み立てる俺。
 何にしても、これ以上、暇人(ハルヒ)の思い付きに振り回されるのは御免被る(ごめんこうむる)

「出歯亀や盗撮のリスクと、一年に一度の花火見物を比べると、女風呂に屋根がない状態だと旅館としてはリスクの方が大き過ぎるからな」

 ヒノキ製の高い壁の向こう側。その女風呂の上に存在している屋根に視線を向けながら、そう話し続ける。
 そう、男風呂の方は上空に何も遮る物のない、完全無欠な露天風呂と言うべき場所なのだが、流石に女風呂の方はそう言う訳にも行かず……。

 そりゃ、まぁ、そうなんだけどさぁ。
 少し歯切れの悪い答えが壁の向こう側から聞こえて来る。ただ、どうでも良い事なのだが、風呂の壁を挟んだ会話と言うのも、それはそれなりに趣があるような気もする。
 何となく……なのだが、俺は独りではない。何処かで俺と彼奴は繋がっているのだな。そう感じさせられるぐらいには。

「ねぇ――」

 何か、不公平よね。そう言う呟きが聞こえた後、少し彼女の声のトーンが変わる。何と言うか……探るような雰囲気と言うべきか。
 う~む。どうも、ロクでもない事を思い付いた……と言う雰囲気なのだと思うのだが。

 だとすると、これは俺の反応を――

「これからそっちに行くから準備して起きなさい」

 ――試そうとしているのか。そう考え、次にコヤツが言い出しそうな台詞を幾つか思い浮かべる俺。その際中に吐き出された言葉。
 成るほど。誰に見せると言う訳でもないのだが、それでも少し首肯いて見せる俺。大丈夫、この言葉は既に想定済み。取り敢えず、普段通りのハイテンションで押し通そうとはしているけど、先ず俺に声を掛けてから動き出そうとする辺りに、現状でコイツの限界があるのだと思う。

 第一、彼奴が男湯の方に来るのに、一体何の準備が必要だって言うのだ?
 ……有希を隠せ、と言う事なのか?

 ちょっと涼宮さん、あなた女の子なのよ! ……と言う朝倉さんの声と、おろおろとするばかりの朝比奈さんの意味のよく分からない声。有希の声が聞こえないのは当たり前として、万結も我関せずを貫いているのでしょう。彼女が女湯の方に居るのは気配的に間違いないのだが、このハルヒの突拍子もない申し出に関して彼女の反応を感じる事はなかった。

「準備って、俺に風呂から出て行けと言う事なのか?」

 まぁ、少々面倒臭いが、身体も頭も洗ったから、風呂から上がるのはやぶさかではないけどな。
 出来るだけ面倒臭げに聞こえるように、そう答える俺。大体、今、この男湯にハルヒに踏み込まれるとかなり問題がある。そう、本来なら俺一人切りのここに、何故か存在する長門有希。更に、今の彼女は俺の太ももの上に横座りの状態。
 もしも、この状況を誰か知り合いに見られたのなら、ここから先の展開を想像するのは恐ろし過ぎて出来ない……と言うしかない状況。

「そもそも、ハルヒが温泉に入るのに、水着を着て入るような人間だったとは思わなかったが、まぁ、その辺りは個人の信条やからとやかくは言わない」

 それでも、俺が上がるまで。それぐらいの時間は待ってくれてもええやろう?
 出来るだけ呆れた、と言うイメージと、否定的な雰囲気を言葉の端々から(にじ)ませながらも、言葉を続けた俺。

 しかし、その俺の言葉に、一番近い場所に居る少女から非常に否定的な気配が。
 そして、

【涼宮ハルヒは水着など身に付けてはいない】

 必要なら、今現在の女湯の状況を飛霊から中継しても良い。
 非常に真面目腐った顔……と言うか、おそらく彼女は俺が勘違いをしていると考え、真剣にそう言って来たのだとは思いますが、それにしても認識がズレ過ぎているような気もするのですが。

【帰国子女じゃあるまいし、日本人に水着を着て温泉に入る習慣はない。いくら、ハルヒがへそ曲がりだとは言っても、そこまで変わり者ではない事を俺は知っている】

 ウケを狙って……と言う可能性もないな。むしろ、誰かが水着など着て居たら、無理矢理脱がそうとするぐらいの事はするでしょう。あいつは。
 接触型の【念話】でそう答える俺。案の定、

「何を言っているのよ。あたしは水着なんか着ていないわよ」

 それとも何、もしかしてアンタの方が水着なんかを着て温泉に入っている訳じゃないでしょうね。
 打てば響く、と言うのはこう言う事。完全に予想通りの言葉がハルヒより返って来た。
 彼女の言葉を聞いた瞬間、かなり意地の悪い。敵軍を奸計に陥れる直前の性悪軍師のような笑みを唇の端に浮かべる俺。
 そして、

「おいおい、ハルヒ。オマエ、水着も着ずに男湯に乱入して来る心算だったのか?」

 ハルヒの言葉に呆れたように。しかし、現実には最初から予定していた台詞を口にする。大丈夫、今回も無事に切り抜けられた。我が事なれり、だな。

「確かにここの旅館は今、正式には営業していないから、男湯に入って来る可能性のあるのは俺だけ。その俺を追い出して仕舞えば、その後は誰に気兼ねする必要もなくなる……と考えたとしても、それは大枠では間違いやない」

 もっとも営業はしていないけど、一応、俺たちが使う事を前提にしているので、必要最小限の掃除の類は当然、行っている。故に、その辺りに関しては気にする必要はあるのですが……。

「但し、こんな何の目隠しもない男湯に女の子が水着も着ずに入って居て、それを外から見られたら、オマエ、どうする心算なんや?
 それに、問題はそれだけやない。女の子の入浴シーンを覗ける露天風呂がある、などと言う良くない噂が立つ可能性やってある」

 そもそも論的に言うと、そうならない為に、男湯の方には屋根を付けていないのに、女湯の方は屋根で覆っているんやから。

 普段通りの正論でハルヒの次なる言葉を封殺。
 そう、俺が組み立てたのはこの会話の流れ。大体、俺が迷惑だから止めてくれ、などと言ったトコロで、ハルヒが素直に、ハイそうですか、などと言って止める訳はない。ここは、彼女の行動が第三者に迷惑を掛ける可能性がある、と言う論法で行動を阻止する方が正解。
 そもそも、ハルヒの目的が何処にあるのか分からない。……が、しかし、おそらくその目的は、彼女が口にした花火が見え難いから、だけではないと思う。

 可能性が高いのは、俺の反応を見たい。俺がその程度の事で理性を失って襲いかかって来る程度の男なら、あの布団越しに跨った夜に何か起きていると思うから、その可能性は低いと考えている……と思う。
 それなら、更に一歩踏み込んで――自分の身に危険が降り掛かる可能性が低いのならば、その時の反応を確かめて見るのも悪くないと考えたのでしょう。

 有希の例じゃないけど、「その火を飛び越えて来い」状態だと思う。その中に書かれていた古い日本の道徳観などを俺が持っているのか、と言う試し。人間としての涼宮ハルヒの部分で俺の事をどう感じているのかは不明なのだが、彼女の中の異界に近い部分は間違いなく俺を求めている。そう言う意味で言うと、あの土地神召喚の笛を聞いたのは彼女に取って決定的だったのでしょう。
 俺の笛を芸扱いにしたのだって、心の深い部分では『自分以外に聞かせる(呼び出す)為に笛を吹くのが嫌だ』……と感じて、それを上手く言葉として表現する事が出来ずに、ああ言う言葉使いとなって仕舞ったのだと思うし。

 相変わらず人間以外からの人気は高いらしい。見た目などだけで評価されていない点だけは良かった、と考えるべきなのでしょうね、この部分に関して言うのなら。
 自嘲……と言うか、面映ゆいと言うか。これも俺の人間としての魅力だ、と胸を張って言えるのなら面映ゆいだし、人間以外の部分に対する評価なのだから、これを人間としての魅力に加えるのはどうかと思う……と考えるのなら、自嘲に近いと表現出来る笑みを口の端にのみ浮かべる俺。
 まぁぶっちゃけ、俺の学んだ洞統は房中術のような系統を含んでいない上に、俺の術の一番下。根っ子の部分には一切の不浄、穢れを嫌う神道が存在しているので、ハルヒが……多分、嫌っているような人間と成る可能性はかなり低いとは思うのですが。

「なぁ、ハルヒ――」

 何にしてもトドメは早い方が良い。今回に関しては、別に落ち込むような内容ではないので、彼女が冷静に頭を働かせれば俺の論法の穴を見付け出す事が出来るはずだから。
 曰く、それならここに居る人数分の水着を用意してよ、と言う無茶な要求を行う事ですべてひっくり返せる可能性がある事を。

「俺には金属アレルギーがあるからな」

 言いたかったのはそれだけ。そう言って、意味不明の言葉で高い壁越しの会話を終える俺。

「あ、そう。それがどうしたの、としか答えようがないけど」

 予想通り、かなり素っ気ない声。もっとも、これで苦手な金属製のベルトを付けた腕時計を左腕に巻く必要はなくなった、と言う事。
 あの夜。ハルヒと蒼穹の散歩へと出掛けた夜の最後の部分で、俺の故障した腕時計を彼女が奪い去って終った、と言う事。まぁ、科学的な方法で直るか、それとも直らないのかは微妙な所なのですが……。一応、術で強化は行っていたけど機械式の腕時計に強力な雷を落とした後に、炎でベルトがダメになって終ったので……。
 もっとも、そもそもあの腕時計は革製のベルトがデフォなので、其処にわざわざ金属製のベルトを選ぶとも思えないのですが。この辺りは時計の種類を少し調べたら分かる程度の情報ですから、いくらハルヒでも、そのぐらいの事は調べるでしょう。
 ……まさか純正のベルト。メーカー製の、高校生がプレゼントとして用意するには少々高価なベルトをわざわざ取り寄せるとも思えないのですが。

 尚、俺に金属アレルギーがあると言うのは少しの欺瞞。より正確に言うのなら、普通の人間と比べると強い木行が現われ過ぎている俺に取って金行に属するすべてのモノは相克。故に苦手としている。そう言う事。
 故に、普通の人間のアレルギーのように特定の金属に対して発現するのではなく、金属すべてに対して発現する、と言う事になる。

 これで彼女の意識の誘導は出来たでしょう。少なくとも、この真冬の旅行に水着持参と言う事は考えられない。更に、その水着の調達が俺に出来る可能性がある事を思い付かせなければ、今回のこの話はこれでおしまい。
 おそらく、言い篭められて仕舞ったハルヒは、女湯の方で小さな声で何か文句を言っているのでしょうが、それは何時もの事。そもそも、花火見物の為だけに男湯の方に移動する、と言い出して、それを最初から全否定しなかっただけでも感謝して欲しいぐらいだから。
 俺と同じレベルの常識人の朝倉さんには最初から反対されたのだから。

 そう考えながら、
 壁から移動させた視線の先では未だ無数の花が咲き、そして儚く散っていた。その様は、この無意味に軽い感じのポンポンと言う音がなければ異世界の出来事。
 さっさと消音モードに切り替えて、外界からの余計な雑音をシャットアウトすべき状態。

 ハルヒじゃないが、花火と言う物は。いや、星空や映画などにも言える事なのだが、何処で見るのか、よりも、誰と見るのか。こちらの方が重要となる。
 つまり、何やかやと屁理屈を捏ねてみたのだが、簡単に言って終えば、俺はハルヒと共に花火を見るよりは、こうやって有希と共に見る花火の方を選択した。そう言う事。

 刹那、再び周囲から余計な音が排除された。静寂と枯淡に支配されたふたりだけの世界がまた創り上げられたと言う事。
 その無音……完全なる無音と言う訳ではなく、注がれ続けるお湯の発する音、腕の中の彼女の微かな吐息。それに、生命の発する鼓動などは確かに存在する優しい世界。

 ただ……。

「なぁ、有希」

 相変わらず、俺から離れようとしない少女に対して話し掛ける俺。彼女との間に発生する静寂の世界は俺に取っては心安らぐ世界。
 しかし、今は――

「オマエさんは、花火を一緒に見る為に、こっちに来たのと違うのか?」

 視線を花火の方向から彼女へと向ける俺。その微かな動きが幾重にも重なる波紋を湯面に発生させ――
 彼女が向けていた視線と俺のソレが交わる。
 つまり、未だ彼女は花火の方向へと向ける事もなく、ただ一途に俺を見つめるだけであった。……と言う事。

「一応、言って置くけど、俺の瞳に映っている花火を見ている……なんて言う、ギャグはここでは無しにして貰えると助かるかな」

 くだらない。本当に、くだらない台詞を口にする俺。おそらくハルヒなら、「くだらない。有希がそんな事を言う訳ないじゃない」……と言う台詞を口にするはず、と言うレベル。
 当然、本当にそんな事を心配していた訳ではない。ただこの時、彼女の真摯な瞳に吸い込まれたように自らの視線を外す事が出来なくなった、そんな気がしたから……。
 完全な黒ではない。濃いブラウン系に属する……、しかし、何故か水を連想させる彼女の瞳から。

 軽口で対応をしたとしても、それで現状を変える事など出来はしない。彼女の瞳を正面から受け止めた俺の瞳は、視線を逸らす事も出来ず……。
 そう、この時の彼女は何時の間にか正面から、更に俺と同じ視線の高さで――

 俺の頬を両手で挟み込む有希。まるで霞に触れようとするかのような手つき。普段の少し冷たい指先ではない、非常に温かな指先で優しく、静かに触れる。
 そして絡み合う視線の先。彼女の瞳は――

「くちづけの時、鼻がどう言う形になっているのか興味がある」

 
 

 
後書き
 長いなぁ。これを数話でヤレルと最初は考えていたのだから、問題ありだよなぁ。あっさりと2万文字をオーバーしたから分割したのだけど。
 もっとも、元々は昼間の内のお祭り……露天を巡る描写の中で多少のネタバレを入れてから、と考えていたのだけど、より細かいプロットを組むと長くなるのが明らかになったから、そちらの方はカットしてしまったのだけど。

 それでは次回タイトルは『電気羊の夢?』です。

 
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