| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ベルセルク

 
前書き
ボケたい……あぁ、ボケたい。ドシリアスな話ばかり書いてて、ボケボケで気楽な話が書きたい……。しかしシリアスが一通り片付かないと、ギャグ回を作れないというジレンマ! 

 
新暦67年9月23日、2時51分

キャンプから見て岩陰にうまく隠れられるランディングゾーンから、救出した捕虜を乗せたヘリが飛び立っていく。それを無言で見送っていると、ジャンゴとなのはに通信が届く。

『救出した捕虜なんだが、彼らは半月前に突如行方不明になったミーミルの首脳陣だった。そしてハジャル・ラピス・ミーミルは名前からして予想はつくだろうが、第12代目のミーミル皇帝だ。半月前の謎の消失の真相は、管理局が彼らを秘密裏に拉致したからだろう。それこそスカルズなどを使ってな』

「暗殺せずに拉致したのは、ミーミルの軍やレジスタンスの動きを封じるための手札として確保するため。だからレジスタンスや市民達は表立った活動、及び抵抗運動ができず、管理局の支配に逆らえなかったんだ」

「レジスタンスがいるのに国内で抗争が起きないのが、私はどうも不可解に思ってたけど、こんな理由があったんだね。じゃあ彼らを救出したって事は、つまりミーミルが管理局と再び衝突できるようになった事になるのかな?」

『そこは彼ら首脳陣や今のレジスタンスを率いる者の裁量次第だろう。ハジャル皇帝の遺言から考えて、彼の息子のロックという人物が十中八九レジスタンスの旗頭になっている可能性が高い。要するに、戴冠すれば次期皇帝となる皇子こそがミーミルの行く先を決める訳だ』

「でもミーミルの人の視点から考えると、管理局に自分達の国を勝手に占領された屈辱や怒りとかもあるだろうし、すんなり和平とはいかないんだろうなぁ」

「次元世界のエネルギー資源不足や管理局の高圧的暴言の問題もあるからね……関係が改善できるかと聞かれたら、正直な所あんまり良い希望が見られないや」

『そういった政治的交渉の話は、諸々の問題が解決した後に政治家達が話し合って決める事だ。今はこの状況がより悪化しないように、最善を尽くす事だけを考えないか?』

「同感だ、ジョナサン。とりあえず捕虜の救出という当初の目的は果たした、このまま僕達はビーティーの破壊工作のサポートに向かうよ」

『了解した、吉報を待とう』

通信終了。端末をしまった二人は、先に潜入した仲間がいる基地施設へ忍び込むべく、ちょっとした段差を越えて再びキャンプ内に戻る。警備シフトの変更ができる程の知識がないモンスターの見回りを潜り抜けるのは多少慣れてきたが、先程より雨が強くなって視界が悪くなっていく上、基地に近づくごとに監視カメラも増えてきたため、より注意深く進む必要があった。

今までの経験で流れ作業のようにこなれた動きで進むジャンゴに対し、体力の少なさから若干息切れしながら追いかけるなのは。雨で体温の低下を感じながら、二人は基地施設の周辺にたどり着く。重要施設という事もあって、そこはキャンプ内より敵が多く配置されて警備が厳重になっていた。しかしそれは正面から力づくで挑む場合の話であり、ステルスで内側に入り込むならば、まだ何とかなる範囲だった。

「さて、普通なら排水溝なりダクトなりを通って潜入するんだろうけど、せっかくだし僕達はアレを使おうと思う」

「アレ? ……まさか……!」

またか、と言いたげな表情のなのはの前で、ジャンゴが取り出したのは……、

「じゃじゃん、ダンボール箱!」

「やっぱりぃ~……!」

マキナからもらったピンク色の大きなダンボール箱を掲げるジャンゴの姿に、なのははマザーベースで見た謎のノリを思い出して頭を抱えるのだった。





「!」

基地の周囲を巡回していた一体のスケルトンが、非常口付近についさっきまでそこに無かった物を見つけ、確認のために近付いていく。それは……ラブダンボールだった。

「?」

周りを伺いながら調べた事で、それが何の変哲もないダンボールであるという結論を出したスケルトンは、思考が残っていない故に持ち上げて中を調べる真似をせずに元の場所へ戻ろうとしてしまう。そしてスケルトンがダンボールに背を向けた途端、ダンボールから4本の足が伸びて歩き出し、そぉ~っと非常口の扉を開けて中へ入って行った。

「よし、上手くいった!」

「ダンボールを使う度に思うんだけど、なんでこんな物で上手くいっちゃうの……」

「ハウンドとかなら多分臭いでバレるけど、スケルトンみたいに大した思考能力が無い奴が相手なら人間以上に通用するから、やっぱりダンボールは万能だな。戦士の必需品だ!」

「流石の私も、ここまで有用性を示されたらマキナちゃん達みたいにダンボール愛に染まりそうだよ……」

信念が揺らぎかけている事になのはが若干悔しく思い、ジャンゴは物陰から施設内部の様子を伺う。外を守っている事で中にモンスターの姿は無かったが、代わりに多くのアンデッド……否、スカルズの姿があった。ここにいるのは全身を岩状に覆って防御力が高いタイプで、戦闘になれば必然的に長期戦になってしまい、その間に基地のあらゆる所から増援を呼ばれるのは想像に難くなかった。

「今の内に倒しておきたい気持ちもあるけど、後で生成装置ごと爆弾で一網打尽にするから、わざわざ倒さなくても良いよね?」

「だね、目的地までの障害を増やすような危険を冒してまで戦わなくてもいいか。倒して経験値が稼げる訳でもないし」

とりあえずスカルズを見つけたらその状況に応じて対処する事を取り決め、二人は近未来的な内装の基地を忍び歩く。時々管理局の技術が垣間見られる設備があると、その度になのはは悲しそうな目をする。彼女の古巣がこんな事に手を貸していた、という事実に少なからずショックを受けているのだとジャンゴは思い、潜入の傍らで彼女の精神を案じた。

アンデッド独特の不気味な足音が響く基地内を進んでいき、通路や階段を見つけては地下に潜っていく。道中、見たこともない様々な兵器が置かれているのを目の当たりにし、これらが一斉に動き出したらという想像をして、その脅威に二人は少々青ざめる。

「そういえば元々フェンサリルは、管理局の魔導師とも渡り合える強力な質量兵器を有してるんだったっけ」

「それがここにあるのを見ると、前の戦争で破壊された機体を何機か鹵獲してたんだろう。それで“裏”の勢力が独自に修復して、ここに保管してたって所か。用意周到な事だね」

「いつになったら、この戦いは終わるのかな……?」

「終わらせよう、僕達で。それに信頼できる仲間もいる、きっと何とかなるよ」

互いに希望を見失わないように励まし合いながら、重厚な雰囲気が増す基地内を進む。ずいぶん深い所まで行くと他と様相の異なる扉があり、それを通り抜けると光源が無いせいで真っ暗で、やけに広大な空間へたどり着いた。地下深くなのに、なぜか外の雨音がよく響く空間を警戒しながら周囲を探っていると、

―――カッ!

突然、正面左右天井至る所から無数のスポットライトが点き、ジャンゴとなのはの立つ位置に向けられる。直後、待ち伏せていた敵全てからマシンガン、バズーカ、グレネードなどのあらゆる銃火器が乱射され、二人のいた場所が煙に包まれる。まるで仇敵に復讐するかのような猛攻が続き……

「撃ち方止め!」

誰かが発した一声で止まる。轟音が基地中に反響しながら収まるのと並行して、確認のために空間の明かりもつき、煙もだんだん晴れていく。明るくなった事でこの空間が次元航行艦用ドックであり、XOFの所有するL級次元航行艦が停泊しているのが判明する。
ともあれ、何も知らない第三者がこれを見れば人の原型を留めていない二人分の死体がドックに転がっている、と考えるだろうが、実際は違った。

「危ない危ない……ビッグ・シェルが間に合って良かったよ……」

「今ほどマキナの指摘が的を射たものだと実感した事は無いや……」

桃色の魔力光に包まれながら、なのはとジャンゴは冷や汗をかいた。辛うじて無傷で済んだが、もしマキナが防御魔法を瞬時発動できるように指摘してくれなかったら、今頃二人仲良くあの世に逝っていただろうと理解していた。

しかし明かりのおかげで銃口が向けられたままなのが見えたため、防御魔法を展開したまま動けずにいた。それでも一応何が起きてもすぐ動けるよう精神的に気構えながら、敵側の様子を伺っていた。

「なるほど、耐えたか。ヴァランシアが求めた分の力は身についたらしいな」

先程静止の声が聞こえた方……次元航行艦の甲板上部、ジャンゴ達を見下ろせるような高い場所に人影が一人現れる。彼が右手を上げると、先程闇に紛れて攻撃してきた周囲の敵が武器を降ろす様子が見えたため、なのはは一旦防御魔法を解く事にした。

「スカルフェイス……!」

声質がマキナから聞いた通り地の底から響く亡者の声のようであったため、ジャンゴはすぐに気付く事が出来た。彼が甲板の端に寄ったことで服装などが見えるようになるが、彼の焼けただれた顔が見えた瞬間、なのはが怯えた声を漏らす。

「ひっ!? な、なに……その顔……!?」

「どうだ? 醜いか? だがお前は……いや、正確に言おう。“お前達”も他人の事は言えないのだよ」

「な、何のこと……?」

なのはの疑問には答えず、スカルフェイスはジャンゴの方に視線を動かすなり、被っていたテンガロンハットを右手で取って胸元に持って行く。

「お初にお目にかかる、太陽の戦士。ところで私が殺し損ねたあの娘は今も息災か?」

「マキナならお望み通りにピンピンしてるよ。もしかしたら僕達の知らない間にイモータルを一体ぐらい倒してるかもしれない」

「クックック……それは結構。あの邂逅以来、彼女の身を案じていた甲斐があった」

「心にもない事を、本当はいつスカルズに始末させようか策を練っていたんだろう?」

「そうでもない。彼女に伝えた話が漏れた程度では、我々の計画に何の支障も無かった。それより我々の存在を知る連中を皆殺しにする方が優先だった」

「皆殺し……!? じゃあ“裏”の人達は既に……」

「私のスカルズが披露した血のカスケードだ、本局の連中もさぞ感動しただろう。……良かったな、私が奴らを始末したおかげで、そこの彼女は“自由”を得た。友と再会し、家族と暮らす目的がようやく果たせるのだよ」

「しかしこんな形では……誰かが殺される事で自由が得られるなんて……」

「気に入らないか? だが、お前にはそれを言う資格は無い。世紀末世界に生きる命のために、破壊の獣に取り込まれまいと抗っていた兄を一度は殺した事があるお前にはな……」

「……それが何だ。僕は覚悟の上でサバタと戦った、サバタも僕との決着を望んでいた。あの戦いにはお互い、相手を貶めるような魂胆は何一つ無かった。確かに世界のためとか、破壊の獣を目覚めさせないためとか、やむを得ない事情はあったよ。でも……あの戦いの決着は僕もサバタも納得して受け入れた! あなたのように自分の思惑のためだけに誰かを殺すような事はしていない!」

「ほう……イモータルから聞いた事の顛末だけでは、お前は太陽意志の傀儡に過ぎないと思っていたが、どうやら認識を改める必要があるようだ。物事とは、表と裏、光と闇、敵と味方、両方の面から見てようやく意味がわかるもの。今回も、それだけの話であっただけだ。尤も、両方知った所で全てがわかる訳ではないのだが」

帽子をかぶり直したスカルフェイスは、どこか皮肉じみた口調で言う。かつて表で活躍した男(BIGBOSS)の裏で暗躍してきた自分の経歴を思い浮かべ、結局本物になれなかったどころか影武者に敗北した己を密かに卑下したのだった。

「……スカルフェイス、単刀直入に訊く。これまで隠れ蓑として利用した管理局の“裏”を始末した今、あなた達は何をするつもり?」

なのはが固唾を飲んで見守る中、満を持して尋ねたジャンゴの質問を、スカルフェイスは一息溜めてから呟くように答える。

「ウルズに……核を撃つ」

「そんな……本当に地球で引き上げた核兵器を使うつもりなの!?」

核兵器を使うという地球人としては信じ難い言葉を簡単に口にした事に、なのはは愕然とする。フェンサリルに来る前にディアーチェ達から聞いた話が、こうして現実になろうとしているのを間近で目の当たりにし、ジャンゴは苦い顔を浮かべる。

「現在の次元世界で管理局と公に交戦しているフェンサリル、ミーミルが占領された事で抵抗を続けているのはウルズという現状。自らの沽券のためにもエネルギー不足を早急に解決したい管理局にとって、彼らの抵抗は大いに目障りであると誰もが気付いていることだろう。そう、管理局の介入に不満を抱いている他の管理外世界は、連中が追い詰められると何をするのか注目している。人間の本質は危機的状況に陥ると現れるというからな。そんな時に、管理局の持ち込んだ兵器が甚大な被害を与えたらどうなる?」

「ッ!」

「管理局は邪魔する存在を全て消し去る主義だと判断した管理外世界は報復心が爆発し、管理局に聖王教会、及び魔導師を駆逐するための力を求める。対して管理局も自分達が次元世界の守護者であるという自負を掲げてしまっている以上、管理外世界に敗北する事を認める訳にはいかず、どれだけの犠牲を払おうとも戦いから引けなくなる。そうなれば自然と戦争は長期化するように思えるが、私が新型メタルギア・サヘラントロプスを管理外世界に売る事で、彼我の戦力差が一気に塗り替えられる」

「だけどサヘラントロプスは現代地球における核兵器と同様に“使わないための大量破壊兵器”。あなたは“使うための大量破壊兵器”として“世界解放虫”を用いる。そして知らぬ間に感染させられた魔導師は知らず知らず他の魔導師に感染を広げていき、小型アルカンシェルの存在を含めて危機感を抱いた管理世界の人達は、正体がわからないウイルスに自分達も感染しないように魔導師を遠ざけ、管理局から脱退する。そして魔導文化の時代は終わりを告げ、管理局も聖王教会も空中分解していく結果になる……」

「しかし目下の敵がいなくなると、ヒトは次の敵を探してしまうものだ。力を向ける矛先を見失った各世界は、やがてその槍を自分達と同じような他の世界に向ける事になるが、相手も同じように自分達の世界を滅ぼす力を持っている。そして全ての世界が平等となり、自分達が滅ぼされないためには互いを認め合うしかなくなる。さて……話はこれで終わりだ。これから次元世界は核の炎で混沌の坩堝と化し……やがてゼロに戻る。運命は定められた、もはやお前達に止められはしまい」

不敵な笑みを浮かべながら、勝利宣言をするスカルフェイス。しかし、二人の目に諦めの色は無かった。

「……例え何があろうと、僕は諦めないよ。核兵器も、世界解放虫も、サヘラントロプスも僕達が止める。あなたがどれだけ強くても、僕達は決して諦めない!」

「私だって、この世界には守りたい人達がいる。かけがえのない仲間がいる! その人達が生きる世界を壊させはしない!」

「フッ……若者らしい無謀で無鉄砲な言葉だ。しかし……言葉そのものは自由だが、使った言葉には責任が伴う。そう……たった一言で人生を失うことも、この世にはあるのだ。虫に感染しているかどうかは関係なくな……」

「訳分からない事言ってないで、核兵器がどこにあるのか教えて! サヘラントロプスも、一体どこに隠してるの!?」

「話は終わりだと言った。既に賽は投げられている……マキナ・ソレノイドにあえて教えた時とは違い、これ以上は自らの首を絞めかねない。お前達にはここで死んでもらう……来い!」

スカルフェイスが呼びかけると、戦艦の扉が開いて何者かが出てくる。新たな敵の出現に警戒する二人だが、姿を見た瞬間、なのはが「えっ」と呆然の声を漏らす。理由は明白、その者はフェイトの母親であり、世間で行方不明扱いになっていたプレシアだったからだ。彼女は血の気が全くない青白い顔色で、懺悔に訪れた罪人のような悲壮感を醸し出していた。

「な、なんでプレシアさんが……!? もしかして、この杖の持ち主って……!」

アリシアが捕らわれていた牢獄から見覚えがあると思いながら持ってきた杖が、実はプレシアの物だと知ったなのはは複雑な感情が脳内で渦巻いた。一方でジャンゴは、プレシアが条件付きSSランク魔導師という化け物レベルの強さを持っている事を思い出し、手に汗がにじんできていた。

「事前に気付くべきだったね。娘のアリシアが捕まってるなら、母親のプレシアもって……」

「だからって……一体どうしてプレシアさんがスカルフェイスに協力してるの!?」

「……アリシアを人質にされてるからよ、なのはさん」

「ッ!? プレシアさん、私がわかるの!?」

「わかるわよ……アンデッド化した訳でもないし、自我を失ってもいないもの。だけど……この期に及んで、私はまたしても過ちを重ねてしまった」

「過ち……?」

「あの日……私達を捕まえて、ここへ連れてきたスカルフェイスは言った。アリシアを実験台にしない条件として、自分達に協力してもらう。協力を拒めば、娘に死んだ方がマシな苦痛を味わわせると……。私には耐えられなかった……要求に従うしかなかった……!」

「要求って……?」

「完全版プロジェクトFATEの研究データ、サヘラントロプスの姿勢制御プログラムに性能実験、核弾頭発射の弾道計算プログラム、小型アルカンシェルの新機能開発……時間が無くていくつか検証が終わっていないのもあるけど、私は娘のために世界を売ってしまった。2年前と同じように……世界より娘を優先した……」

「2年前……サバタがこちら側に来た直後の時期か」

「そして……アリシアも同じような条件を飲んでいたと、ついさっき知ったわ。私が殺されないために受け入れたらしいけど、あの子が飲んだ条件の内容は私も知らされていない。ただ、優しいからこそアリシアは、自分だけが助かる道を選べなかった。私の命なんて見捨てて逃げ出せば良かったのに、それが出来なかった……! ……ごめんなさい、私達は彼の遺志を裏切った……遠からず地獄に墜ちると思う。でも……まだ死ぬわけにはいかない。アリシアを彼らの呪縛から解放するまで、私は死ぬわけにはいかないの……!」

「そんな……なんでこんな事に……!」

悲痛な声でなのはがテスタロッサ家の運命を嘆く。ジャンゴもフェイトと知り合っている以上、なのはの気持ちは痛いほど理解できた。親を利用された経験がある二人は、スカルフェイスが全てを知った上で利用している事に当然の如く憤りを感じていた。

「いつまで話している。これを鳴らしても良いのか?」

未だに戦いが始まらない事に痺れを切らしたのか、スカルフェイスは小さな(ベル)を見せ付ける。何の変哲もないそれを見たプレシアは、血相を変えて絶望に満ちた表情になる。

「お前達二人にも教えてやろう。私が鐘を鳴らしたら、ブリッジにいるスケルトンがあるところに連絡を入れる。『GO』それだけだ」

「ッ! やめなさい!」

「だがその先は少々複雑だ。連絡はある場所へ届く。ちょっとした空間、大した広さじゃない。そこにアリシア・テスタロッサがいる、私のスカルズに囲まれて。動けないように拘束し、目隠しもして……」

「ま、まさか……!」

「『GO』、その連絡を聞いたら私のスカルズは彼女を破壊する。銃殺、骨折、粉砕、爆破、斬首、火刑……方法はいくらでもある。しかし彼女は精霊……どれだけ傷つけられようとも死なない存在だ。おかげで苦痛は無限に与えられる……この鐘を鳴らす度に、彼女は“殺されては蘇る”のだ」

「なんて卑劣な……!」

「わかったらさっさと始めるがいい。前座に相応しい盛り上げをしてもらわんとな」

あまりに外道な所業に腸が煮えくり返り、怒りで飛び出しかけるなのは。だが迂闊な真似をすれば、そのしわ寄せは人質のアリシアに向かってしまう。彼女を助けたい者同士なのに戦うしかないこの現状に、誰もが悔しさを滲ませていた。

―――ズシンッ……!

「ん?」

突然発生した地響きに、何かを感じたのかスカルフェイスが周りを見渡す。

―――ズシンッ……!!

「何だ……?」

こんな地下まで揺らす衝撃に、ジャンゴも無視する訳にもいかず、スカルフェイスと同様に周囲を警戒する。なのはも何か様子がおかしいと思った、その時……、

―――ダァンッ!!

復讐者(ビーティー)が突然、金属製の壁を突き破ってきた。

「―――シャゴホッドだッ!!!!!!!!!!!!」

『なぁっ!!!????』

ドグォォォォォオオオオオオオンッッッッッ!!!!!

しかも彼女はこの基地に鹵獲されていたジェットエンジン搭載型戦車をなぜか抱えながら落下、咄嗟にプロテクションで受け止めたプレシアと衝突して凄まじい轟音が発生する。一呼吸分思考停止したジャンゴとなのはだったが、あえてこれを好機をみなして敵包囲陣を打破すべく、攻撃を再開したスカルズの殲滅に取り掛かった。ビーティーがプレシアを倒してしまわないか気になってはいるが、現状では説得しようとしても人質などの要素もあって時間の無駄だと判断したからだ。

「ウグゥ……! あ、アリシアを、救うまでは……死ねない! フォトンランサー・デストロイシフト!」

「もう遅い! 脱出不可能よッ!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!」

プレシアは大量のスフィアを展開して射撃魔法を発射、魔力弾はシャゴホッドを貫通または装甲を伝ってビーティーの下へ走っていく。対してビーティーは同じく稲妻を滾らせた黄狼拳でプレシアの魔力弾を迎撃、発散させながらシャゴホッドを通じて打撃を送り込む。物理法則的には意味が無さそうな攻撃だが、真下にいるプレシアにダメージはしっかり届いていた。また、飛び散った魔力弾が周囲でジャンゴ達と戦闘中のスカルズを巻き込んで撃破しており、妙な援護になってもいた。

「間髪容れずゴリ押しだッ! ブースター、オォォォォンッ!!」

「クッ……! 何なのよ、あなたは!? サンダーレイジ!」

「そんなモン効くかァァ!! ぶっつぶれろォォォォォッ!!!」

両脇のジェットエンジンを噴射したシャゴホッドは、両サイドから雷撃と目にも止まらぬ連撃を受けながら、落下の圧力を増加させる。しかし天才的頭脳の持ち主であるプレシアは策をひらめき、物理の知識からプロテクションの角度を変えて水平ベクトルの力を発生させる事で、シャゴホッドの軌道を曲げようと試みる。

「チッ、腐っても大魔導師か!」

そしてそれは幸か不幸か上手くいき、策に気付いたビーティーが修正するには手遅れと判断して飛び降りる。それによってシャゴホッドの進行方向が一気に水平へ押し返され、ロケットミサイルみたく一直線に走り出していく。その向かう先には、XOFの戦艦があった。

「む!? ディストーションシールド展開!」

スカルフェイスの咄嗟の指示で戦艦がシールドを展開しようとするが、速度が間に合わず、操縦者を失ったシャゴホッドは戦艦の横っ腹に突っ込み、盛大に爆発する。

「クッ……こんな事故のような形で損傷を負うとは……! 管理局の戦艦はシールドの展開速度もカメ並か!」

非常に癪な気分でスカルフェイスは、下手人と大魔導師の戦闘を睨み付ける。されど当人達は今の衝突なぞどうでもいいように、ひたすら互いを撃ち滅ぼさんとしていた。

「負けられない……! 例えこの命が尽き果てようとも……アリシアを救うまで死ぬ訳にはいかないのよ!」

「いいねぇ、そのむき出しの敵意……その矛先で俺を貫いてくれよ。ハハハハハハハハハ!! 俺はな、お前を殺すために生きてきた。さぁ、俺達の怨みを存分に感じるがいい!」

直後、プレシアのプロテクションを打ち破らんと、ビーティーが渾身の力で拳を放つ。衝突した箇所から電気と火花が大量に発生、閃光と轟音が起こる。

その光景を見ていて、なのはは哀しい気持ちに苛まれた。思い返してみればビーティーはフェイトと違ってプレシアに情は一切無く、最初から倒す気満々であった。理由や経緯がどうであれ、プレシアがスカルフェイス側にいる事に彼女はとても喜んでいた。正当な理由の下でプレシアと戦い、この手で倒せると歓喜していたのだ。

「ビーティー、あなたの怒りは正当なものかもしれない。プレシアさんがあなた達試作クローンにしたのは、いわば無自覚な殺害だから、復讐に走るのも当然なのかもしれない。だけど……だけどね、それじゃあ駄目なんだ……」

そう呟くなのはの背後に、一体のスカルズが跳躍してくる。かつて彼女が撃墜した時を再現するかのごとく迫る刃は、フライヤーフィンに使っていた魔力を爆破させた衝撃による宙返りで緊急回避する。そのままなのはは後ろに杖を向けて小規模の砲撃魔法を発射、敵を桃色の光に飲み込んだ。

「これであの時のリベンジは果たせたかな」

一方でジャンゴは乱戦状態に持ち込んだはいいものの、アリシアが人質に取られている現状に変わりはない事から、それをどうにかするべく外をなのはとビーティーに任せて戦艦内部へ潜り込んでいた。幸いにもシャゴホッドの衝突で開いた穴からうまく入れたほか、爆発で生じた煙が充満しているため、中にいたアンデッドとモンスターの視界が塞がれて難なく侵入できたのだ。

「連絡手段さえ潰せば、あの鐘が鳴ってアリシアが拷問される心配は無くなるはず……!」

いくつか要因が重なったおかげで敵に気付かれずブリッジへ到着できたジャンゴは、そこにいたスケルトンを睨み付けるなり即座に一蹴する。

「これで人質が拷問される事態は防げたと思いたい」

しかしここまでやっても不安が拭えずにいるジャンゴは、甲板にいる大将スカルフェイスをここで討ち倒しさえすれば計画を喰い止められると考え、彼に挑むべく甲板を目指した。

剣をより強く握りながら甲板の上に出ると、スカルフェイスがライフルを手に待ち構えていた。

「お前か……お前もここで死ぬがいい」

「悪いけど、そうはいかないよ!」

戦艦の影から飛来してくるスカルズを回転斬りで逆に吹き飛ばし、なのはが砲撃で撃墜する。スカルフェイスに挑んだ経験があるマキナ曰く、『奇襲してくる奴が間違いなくいる』と教えてくれたおかげで、ジャンゴは今の伏兵を読めたのだ。

同時にスカルフェイスが発射した貫通弾はソードで弾き、構えを解かないまま一直線に突っ走る。エナジーを最大まで込めて眩しいまでに光り輝くブレードオブソルを、ジャンゴはスカルフェイスの首筋目掛けて全力で振り下ろす。しかし……、

ギィンッ!

「な!?」

刃がスカルフェイスに届く寸前に彼の身体は突如黒い金属質に変化し、剣が弾かれてしまう。マキナからこの能力の事を一応聞いてはいたが、ジャンゴも目の前で起きた変化を驚かずにはいられなかった。

「なんだ、今のは……!?」

「あらゆる衝撃に対して、一瞬で硬化するナノマシン……便利なものだろう。太陽の戦士」

「馬鹿な、ナノマシンはこんな力も与えるというのか……!?」

「クックックッ……このナノマシンは私の体内にある暗黒物質がエネルギーの供給源となっている。ゆえにナノマシンが停止する事態は起こりえない。まさに私の肉体そのものが無敵の鎧なのだよ!」

「無敵の鎧……だって……!?」

これでは刃が通せず、どのような攻撃をしても全て防がれてしまう。そんな理不尽じみたナノマシンを体内に宿しているスカルフェイスをどう倒すのか、ジャンゴといえど方法が思いつかなかった。そんなこちらの苦悩を手に取るかのように、今度はこちらからと言わんばかりに拳とライフルで猛反撃してくるスカルフェイス。対処法が無い以上、ジャンゴはとにかく攻撃を喰らわない様に凌ぎ続けるのだった。

一方、戦艦の下部付近では、ビーティーの体術で跳ね返したプレシアの魔法がドック内の床や壁などの至る所に着弾、地雷でも爆発したような穴を開けながら凄まじい激闘を繰り広げていた。しかしプレシアは元々重度の病人で、激しい戦闘を行えばすぐにガタが来てしまうのも当然だった。

デバイス無しでありながら奮闘していたものの、発作で咳き込みかけたプレシアの頬に、ビーティーの右ストレートパンチがクリーンヒット、弾丸のように床に叩きつけられる。

「ゴバァッ! ゴホッゴホッ……!」

口から大量に血を吐き出すプレシア。そんな瀕死の老魔導師の目の前に、復讐のサイボーグがゆっくりと降り立った。

「実に爽快な気分だ……! お前を殴り飛ばせるこの時を、俺は心底待ち望んでいたのだからな」

「ぜぇぜぇ……あなたが現れてから、頭の中がざわざわしてしょうがないのよ……。どうしてあなたを見てると娘の姿が重なるの? どうしてあなたの怒りは罪悪感を刺激してくるの? どうしてあなたは私をそこまで憎んでるの?」

「それがわかっていないからこそ、俺はお前が許せないのさ。……本当に忘れたのか、プレシア? 14年前のあの時、お前が俺達に何をしたのか……」

「14年前……ですって……? もしかしてあなたの正体はあの時の……」

「全ての原因は、お前。お前が不完全な姿で廃棄処分にしたせいで、俺達は自力で生きる事も死んで終わる事も出来ないまま精神が壊れ、同族はイモータルの手でダークマターに浸食されていった。永遠にも感じられる虚無の中へ放り込まれた俺達に、憎しみに身を委ねる以外の選択があったと思うか? 思い出せ、そして省みろ!」

「確かに私は……あの時……あなた達試作クローンを廃棄してしまった。肉体の構築が出来ていなくても、一個の命としてちゃんと生きていたのに……失敗作だからといって塵だめに捨て去ってしまった……」

「クッハッハッハ! 認めたな、殺人鬼!!」

「そうね……私は殺人鬼だわ。14年前も、2年前も、そして今もその事実から目を背けながら、自分のエゴで世界に大きな闇を生み出してしまった……」

「そう、お前は俺達に対して贖罪しなければならない。その身を以って! 俺は消えていった同族の代弁者だ、お前の命をもらわなければ同族の無念が晴れる事は無い!」

「あなたが私を殺したいほど怨むのも、今なら理解できるわ。けど……私はあなたの復讐に付き合ってる場合じゃないの、アリシアを助け出すまでは――――」

「ハァ~、アリシアアリシアアリシア、お前の頭にはオリジナルの事しか入ってないのか? 死んでいった同族に詫びもせず、ただオリジナルの安否だけ気にするとか……! お前は俺達の怨みの炎に油どころかニトログリセリンを入れた……! 気まぐれでペシェと完全体をちょいと気遣って、少しは反省を聞いてやろうかと思いかけてたんだが、今のでハッキリ理解した。お前と今更話をした所で、何の意味もないとな!!」

面と向かって話したせいでむしろ報復心が増したビーティーは、左腕の大盾に仕込んである切り札の封印を解いた。プレシアを殺すために、クローンの宿命を砕くために磨いてきたオリハルコン製のパイルバンカー。その破壊力を具体的に示すと、最新のL級次元航行艦が展開できるディストーションシールド100枚分を難なく貫通できるほどで、サイボーグの膂力も含めて当たれば文字通り全てを穿つ必殺の一撃であった。

「プレシア・テスタロッサ、お前はその存在自体が俺達クローンを貶める……! 俺は唯一生き残った試作クローンの務めとして、この手で貴様を葬り、全てのクローンをオリジナルの呪縛から解放する!!」

そうしてビーティーは燃え盛る怒りの炎を発現、火の鳥のごとく身体に纏う。倍増したビーティーの殺気を受け、全身が氷水に浸かったような感覚を抱いたプレシアは彼女に触れたら一瞬で殺されると本能的に理解……恐怖に飲み込まれた。

「だ、駄目よ……こんな所で死んだら、アリシアが助けられない! それなのに……!」

何とか発動した飛行魔法で逃げながら魔力弾で迎撃を試みるプレシアだが、ビーティーの炎に触れた瞬間、雀の涙のごとく撃ち消されてしまう。それでも2年前を彷彿させるアリシアを助けたい意地のみで、プレシアは最大威力のサンダーレイジを発動、地面を抉る雷撃をビーティーに解き放つ。

しかし―――、

「無駄だ!」

死に物狂いで放たれた雷撃にビーティーは右ストレートを真正面から放ち、ほんの一瞬だけ拮抗を見せた後、打ち破った。その際に生じた衝撃波が飛行中のプレシアも襲い、姿勢のバランスを崩してしまう。何とか立て直そうとした瞬間、一気に跳躍してきたビーティーに左腕を掴まれ、サイボーグの全力でハンマー投げのようにぶん投げられた事で身体をXOFの戦艦の装甲に衝突させられた。

「カハッ……!! そんな……私はここで終わると言うの……!?」

「死にやがれぇえええええ!!!!」

そして、ついに遮るものが無くなった彼女は左ストレートパンチを撃ち、切り札の一撃(パイルバンカー)を解き放った。

―――ズガァァンッッ!!

薬莢の爆発音、槍の金属音、鼓膜が破れかねない凄まじい爆音が起こる。そして……、

「…………………え?」

パイルバンカーの槍はプレシアの顔のすぐ横を通り過ぎ、後ろに土台として巻き込まれたXOFの戦艦が木端微塵に破壊されていた。色んな意味で思わず唖然の声を漏らすプレシアだが、攻撃を当てなかったのはビーティーの意思ではなかった。

「手が……飛んでる?」

人間の左腕を模したロケットパンチが、ビーティーの左腕を押していた。それで攻撃の軌道がそれて、プレシアに当たらずに済んだのだ。もし当たっていれば今頃、首が破裂してスプラッタな光景が広がっていたことは想像に難くなかった。

ちなみに戦艦がぶっ壊れた事で甲板にいたジャンゴは泡を喰ったように慌てて脱出しているのだが、まああっちは気にするな。

「おいおいおいおいおいおいおい。いい所で俺の復讐の邪魔をするとか、どういうつもりだ、ペシェ?」

唇を尖らせながらビーティーは右方向に視線を向ける。そこには左腕の義手を飛ばしたなのはが、沈痛な表情で佇んでいた。

「ロケットパンチって正直なんであるのかわからない変な機能だと思ってたけど、まさかこんな形で役に立つなんてね……。それはともかくビーティー、もうプレシアさんを許してあげてよ。勝敗は既についてる……クローンが創造主に勝利するという目的は達成できたんだよ……!」

「だから殺すなと? だから復讐はこれで終わらせろと? 甘ったれるなよ、ペシェ。これは懸念事項を少しでも減らすためでもあるんだぞ」

「懸念事項?」

「例えこの女を助けたとしても、オリジナルがまだ人質なんだから、向こうの出方次第ではこの女が離反する可能性が高い。内側に爆弾を抱えるような真似をするぐらいなら、このままぶっ倒した方がはるかにマシなんだよ」

「それは否定できないかもしれない。アリシアちゃんが拷問されてる光景を見せられたらプレシアさん、必ずと言っていい程暴走すると思う。でもね、私はプレシアさんだけじゃなくて、ビーティーも助けたいんだ」

「はぁ? 聴覚機能にノイズでも入ったか? ずいぶん妙な事を言ったな、ペシェ。俺がいつ助けなんて求めた? というか、お前に助けられる事なんてあるのか?」

「ある」

「断言したな。もしかして復讐は何も生まない~なんて偽善じみた馬鹿な事を言うんじゃないだろうな?」

「そうじゃないよ。私、気付いたんだ……ビーティーが目的を果たした後どうするのか。単刀直入に言うけど……フェイトちゃんの手に掛かって死ぬつもりでしょ」

「ほう? あの未熟な完全体ごときが俺を倒すとか、ずいぶん面白い冗談を―――」

「冗談じゃないよ。前に言ってたじゃない、『やる事やった後なら満足して死ねる』って。それにフェイトちゃんと遭遇した時の言動……傍から見ると罵倒してただけに感じるけど、よく思い返してみればフェイトちゃんに後の事を任せられるような事も言ってた気がしたんだ」

「……」

「ビーティー……あなたは試作クローンの存在を世界に刻み、全てのクローンにオリジナルを越える事は可能だと証明したい。それは前にも言ってたからわかってる。でも……その魂胆の内側では、プレシアさんを殺した仇として憎まれる事で、フェイトちゃんにクローンを助けられる力を与えようとしている。そのために最期は憎まれ役として君臨し、その命に幕を下ろす。……違う?」

「………………まいったねぇ、こりゃ。まさかペシェにそこまでの洞察力があったとはマジで驚いたぜ」

なのはの左腕を持ち主に投げ返しながら、ビーティーは苦笑した。キャッチして義手を再装着したなのはは、内心では当たって欲しくなかった予想が本当に正解だったとわかり、彼女に悲しい目を向けた。

「悲しまなくても良いぞ、ペシェ。俺には知らない誰かを救う意思や才能は無い。復讐を生き甲斐にしてきた俺が必要以上に生きてしまえば、余計な命をも奪って世界を乱してしまう。それならばいっそのこと、俺と違って誰かを救う意思や才能がある完全体の糧になった方が世界のためになるのさ」

「そんなの駄目だよ……納得できないよ。その言い方だと、世界から弾かれた人間は他の人間の犠牲になった方が良いって言ってるようなものだよ。誰かに追い詰められたり、嵌められたりした人間を弱者のまま終わらせて、本当に世界のためになると思ってるの?」

「いや、ならないな。だがそれは人間の話であって、“人間モドキ”の俺には当てはまらない」

「モドキって……! ふざけないで!」

「ふざけてないぜ。俺は自分がろくでもない悪人だと自覚してる。復讐を止められない、敵と対話する能力が無い、暴力を振るう事でしか自分を示せない。そんな奴でも胸に抱いていた、クローンの社会的立場の向上という目的……光差す世界に生きる完全体にその後を託せるのなら、俺は贄となる事もやぶさかではない」

ビーティーの目的のために身命を注ぐ意思、汚名を背負う覚悟、狂気の中にずっと隠されていた“純粋な救いの意思”を見せ付けられ、なのはは言葉に詰まってしまう。暗黒に染まった感情の内側には、微かに太陽の心が存在していたのだ。

「あなたは……全てのクローンが救われるために、その命を捧げるつもりなのね……。私の研究が生み出した悲劇を無くすために……」

これまでの話を間近で聞いていたプレシアは先の戦闘で痛む身体を無理矢理立ち上がらせると、

「私の命で救えるというのなら、やりなさい」

両腕を広げてその身を無防備に晒した。

「プレシアさん!? 何を……!」

「これは私にできる最後の贖罪、私が受けなければならない罰。だったらサバタみたく、少しでも未来に希望を残せる死に方を選ぶだけのことよ。それにね、どの道私はもう助かる可能性が無いの。人質はアリシアだけじゃない、私自身も含まれているのよ……人間爆弾としてね」

「人間爆弾!? それじゃあここから助け出したとしても……」

「そう。私を助けてしまえば、輸送中に私の身体に埋め込まれた爆弾が爆発する。スカルフェイスの策に利用されて死ぬぐらいなら、彼女の復讐で死んだ方がマシだわ」

「そんな……」

「アリシアを助けられるなら爆破されても良いと思っていたけど、そこの彼女の話から、自分に出来ないなら誰かに後を託せば良いってことに気づけた。……なのはさん」

「はい……」

「娘達を……頼むわ。彼らの手から、アリシアを救って……。フェイトも私が死んだらきっと悲しむだろうから、立ち直るまで支えてあげてほしい。それと、『あなた達は十分立派になった、これからは自分達の足で歩きなさい』とも伝えてくれるかしら?」

「はい……任せてください……!」

「フフッ……死ぬ時に後悔しないように娘達には教えたい事、伝えたい事は全部話したつもりなのに、いざその時が来るとなぜか急に言葉が浮かんでくるわ。サバタのように一言二言告げてさっぱりと終わらせるようにはいかないものね……。……さて、覚悟は決まったわ。やってちょうだい」

決意の固まった表情で、プレシアはビーティーに宣言した。その言葉を受けて、ビーティーもパイルバンカーを再びプレシアの心臓に向ける。

「冥土の土産に一つ聞かせて。あなたの名前は?」

「……ベアトリクス・テスタロッサ」

「そう……いい名前ね」

「……………」

―――ズガァァンッッ!!

爆音と同時に、オリハルコン製の槍がプレシアの心臓を貫いた。

 
 

 
後書き
硬化するナノマシン:MGRより アームストロングの使ってるナノマシンの亜種。
パイルバンカーとロケットパンチ:地味に伏線がありました。
ビーティーの目的:実は良い人……なわけでは決してない。簡単にまとめると、精神崩壊した悪人が無理やり善人の真似をしようとしているのが彼女。しかし根がアレなので、手段が結局力づくになってしまうという理解が難しいキャラ。
プレシア死亡:これって原作キャラ死亡のタグが必要でしょうか? ともかく一度助かったからと言ってその後死なないとは限らない、というこの小説のスタンスを改めて示したキャラ。

巻き添えでXOFの戦艦が沈んでる件。ところでこのなのはは洞察力が鋭くなり、戦術の機転が利くようになり、感受性が強くなっています。一言で言えば、視野が広くなっています。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧