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ダタッツ剣風 〜災禍の勇者と罪の鉄仮面〜

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最終話 罪と罰

「ひ、ひひぃあぁあ! だ、誰か、誰かおらぬのかぁあぁあ!?」

 暗雲が立ち込める空の下。醜男の悲鳴が町中に反響し、この一帯に轟いて行く。
 彼が視線を揺らす先には、死屍累々と倒れ伏す騎士達の姿があった。虫の息ながら命を繋ぎ止めている彼らは、もはや主人の呼びかけに反応する力さえ残されていない。

 蚊の鳴くようなうめき声しか返されない中、あるはずのない助けを求めて血を這い回るバルキーテ。そんな彼の背を、幼い弓兵が追い詰めていた。

「観念しやがれ……オレ達を弄び、町を蹂躙し、アルフ兄さんの覚悟さえ踏みにじる貴様のやり口。神が許そうと、このオレが絶対許さねぇ!」
「ひひぃぃいぃいぃ!」

 そして壁に背を擦り付け、「来るな」と言わんばかりに両手を振り回す醜男に、四矢を向けて弓を引く。
 決着の矢を引き絞るその手に、もはや躊躇いはない。

「獅子――波濤ッ!」

「ひぎゃあぁあぁあッ!」

 獅子身中の虫を射抜く、四矢(しし)の牙。その矢じりが唸りを上げてバルキーテに襲い掛かる。
 防ぐこともかわすことも許されない絶対の死。その未来を垣間見た醜男は悲痛な叫びを轟かせ――四肢へ伝わる衝撃に、白目を剥いて気絶する。

「……」

 両手の袖と両足の裾。その四点に矢を射られ、壁に磔にされたバルキーテは。
 傷一つ負っていないにも拘らず、自分の死を確信して意識を手放していた。苦痛から逃れるため、条件反射で視界を閉ざしたのである。その股間は、雨も降っていないのに湿り気を帯びていた。

 自分達を敵に回していながら、自らが戦うことはおろか逆襲されることさえ想定していない。その愚かしさを露呈する末路に、シュバリエルは深くため息を零す。
 このような男に、自分達一家は弄ばれて来たのか……と。

「な……なんだ? 戦いは終わったのか……ッ!? バ、バルキーテッ!?」
「み、みんな来てみろ! バルキーテがやられてる!」
「シュバリエル様だ! シュバリエル様がやって下さったんだ!」

 その時。
 騎士達の断末魔が終わったところへ、バルキーテの悲鳴が轟いたことに反応してか、町民達が続々と民家から顔を出してきた。
 こうして町で戦闘が起こるたび、彼らは毎度のように自宅に篭り、戦いの嵐が過ぎ去る時を待ち続けてきたのだが。この日初めて、彼らは戦場となった町に踏み込んでいた。

 程なくして、あちこちに倒れた騎士達と磔にされたまま気絶しているバルキーテを見つけた彼らは、そこに立っているシュバリエルの姿から大凡の事情を察する。
 歓声が空を衝いたのは、その直後だった。

「ありがとうございます、ありがとうございますシュバリエル様! これで町が救われる!」
「いや、オレは……」
「バルキーテの時代は終わったんだ……! シュバリエル様万歳! グランニール様万歳ッ!」
「……」

 町を蹂躙していた騎士達の壊滅。バルキーテの失脚。その夢にまで見た景色に打ち震える彼らは、口々にシュバリエルに向けて賞賛と感謝の言葉を送る。
 だが若き弓兵は、渇望してきたこの瞬間に対面していながら、どこか腑に落ちない面持ちでバルキーテを見つめていた。

 そんな彼から視線を外した町民達は、今までの鬱憤をぶつけるかの如くバルキーテににじり寄る。

「バルキーテめ……よくも今まで散々、好き放題してくれたな!」
「絶対に許さない……! おい、水だ水!」

 それから程なくして、町民の一人が持ってきたバケツに入った水が、バルキーテの頭に被せられる。その冷たさが、醜男の意識を強引に覚醒させた。

「ぶは! な、なんっ――ひぃいぁ!?」
「……目を覚ましたなバルキーテ。貴様に蹂躙されてきた町の怒り、存分に思い知れ!」

 無理やり目を覚まされた彼は、意識が戻った瞬間に現れた暴徒の群れとその形相を前に、再び悲鳴を上げる。
 だが、もう彼らに復讐を止める気配はなく――その手に握られた棒や槌が、これから待ち受ける壮絶なリンチの始まりを予感させていた。

「……」

 そんな彼を一瞥し、シュバリエルは踵を返す。報いを受けて殺されるのも、やむを得ない。こちらとて命を狙われてきたのだから、当然のことだ。
 ――それが少年の考えであったからだ。

 しかし。

「ぅ、う……」
「……」

 足元に転がる騎士達。彼らは皆、手痛い傷こそ負わされてはいるが、全員命に別状がない程度には手加減されていた。
 そんな彼らの姿を見つめ――シュバリエルの表情が変わる。

 あの男――ダタッツの力ならば、皆殺しの方がむしろ容易いはず。わざわざ死なないように手心を加えながら戦ったのだろう。

 その理由を思案するが……これと言える答えは思いつかない。そうしてシュバリエルが考え込んでいる間も、町民達の手はバルキーテに伸びていた。

「ひぃいぃいぃ! 嫌だ、死にたくない死にたくない! 助けてぇぇえ!」
「観念しやがれ、この悪魔が!」
「俺達の怒りを思い知れ!」

 怒りと憎しみに染まる彼らの眼差しを見遣り、シュバリエルは胸元を握り締める。
 自分達のために単身で大勢の騎士達と戦い、誰一人死なせずに戦い抜いたあの男が。無残に引き裂かれたバルキーテを見つけたら。

 ――きっと、悲しむのではないか。

「やめろォォッ!」

 そう考えてしまった時。すでに少年は、怒号を上げて町民達を金縛りにしていた。
 何事かと振り返る町民達に、シュバリエルはさながら町長の如く、手を翳して高らかに叫ぶ。

「バルキーテの罪は司法に則り、公正に処罰する! 勝手な行いはこのシュバリエルが許さん!」
「し、しかしシュバリエル様……」
「くどいッ! ――この町を悪戯に血で穢すことこそ、断じて許されないことだ」
「……!」

 ダタッツが誰一人殺さなかった理由。それを考えた先にシュバリエルが決めたのは、彼が望まないであろう結果を回避することであった。
 その言葉に込められた願いを、沈痛な声色から汲み取った町民達は互いに顔を見合わせ、やがて毒気を抜かれたように両手を下ろす。
 そんな彼らの様子から九死に一生を得たと悟ったバルキーテは、自身の前に立つ凛々しき弓兵の眼差しを浴び、慄くのだった。

「……そうだな? バルキーテ」
「は、はひぃぃい……」

 戦意もちっぽけなプライドも、全てを失ったバルキーテは憔悴し切った表情で頷く。そうしなくては殺されると判断したのだろう。
 どこまでも哀れな親玉の末路に、弓兵は再びため息をつく。そして父の運命を案じるように、その視線を屋敷の方向へ移すのだった。

(父さん……ダタッツ……)

 やがて――その時。

「あ……雨が……」

 群衆の一人だった、緑髪の少女が呟いた瞬間。暗雲から一つ一つの雫が舞い降りてくる。

 それはやがて、町中に降り注ぐ豪雨となるのだった。

 ◇

 絶え間無く降り注ぐ雫の群れ。その只中に晒されながら――屋敷の屋上で、二人の剣士が対峙していた。
 叢雲之断の構えに入るシン。飛剣風を放つ体勢に移るダタッツ。双方の眼光は、雨粒などものともせず互いを捉えていた。

「……!」

 ダタッツの首に巻かれた赤マフラーが、雨に濡れた重さでだらりと垂れ下がる。その光景が、五年前の戦いの記憶――身体の奥底に残る「アルフレンサー」の理性に干渉した。

「イヤァアァアッ!」
「……ッ!」

 その影響なのか。静寂を切り裂き、振るわれた剣の軌道。天を衝く叫び。
 それら全てが――あの日のようであった。

(アルフレンサー……!)

 不規則に唸る二本の剣。今までより遥かに速く、鋭く、かつ無秩序な斬撃の嵐。
 これぞ真の叢雲之断。ただ狂気のままに振るわれる「シン」の剣では、決して辿り着けない境地である。

 紙一重でその猛攻を凌ぎつつも、あまりの違いに感覚が追いつかず――ダタッツの頬や腕、足に鮮血が舞い散る。
 さらにこうして防御に回っている間も、彼の斬撃は絶え間無く速さを増しつつあった。今に、かすり傷では済まなくなる。

「……アルフレンサァァアァッ!」

 ――ならば、こちらも一瞬で勝負をつける。一瞬でその命を刈り取り、苦しまずして「救う」ために。
 この豪雨を以てしても、洗い流せない血で手を汚す。その覚悟が命じるまま、ダタッツは柄で一撃目の剣の腹を抑え込み――二撃目が振り下ろされるより速く、懐へと踏み込んだ。

 そして、地に沈むかの如く体勢を落とし、腰を捻り。右手に構えた銅の剣を、矢のように引き絞る。

「帝国式投剣術――飛剣風ッ!」

 その反動を駆使し。矢にも音にもまさる速さで、銅色の剣が打ち出された。

 彼が放つ一閃は、一瞬にしてシンの鉄仮面と鎧の隙間――首の空間に突き刺さり。豪雨を押し返さんとするかの如く、天へ向けて血飛沫が噴き上がる。

「……!」

 悲鳴を上げる間も無く、膝から崩れ落ちて行くシン。この巨体が倒れれば、ついに五年に渡る親子の殺し合いも終焉を迎える。
 ――家族を手に掛ける苦しみを、誰も背負わずに済む。

 それが、帝国勇者が掲げるシン殺しの御題目であった。如何なる道理があろうと、人を殺めることなど――本当は、許されるはずなないのに。

(アルフレンサー……)

 だが。
 倒れゆくシンを見遣り、戦いの終わりを確信したダタッツが、踵を返した瞬間。

「オ、ゴッ……!」
「……なッ!?」

 背に響く苦悶の声に、思わず振り返ってしまった。驚愕の色を表情に滲ませるダタッツの眼前では、首に突き刺さった銅の剣を抜こうともがく、シンの姿があった。
 天を仰ぎ、台座に刺さった聖剣の如く突き立てられた銅色の剣。その刃を掴み、懸命に引き抜こうとのたうちまわっているのだ。

 その鬼気迫る光景に、ダタッツは信じられない、と言わんばかりに目を剥いた。
 必殺の勢いで放った飛剣風。五年前より遥かに速く、遥かに鋭いその一閃を以てすれば、今のシンでも苦しませず殺せる。
 そんな確信を持って放った一撃だったはず。手心など加えた覚えはない。

「……!」

 ふとダタッツの目に、シンの膨張した両腕が留まった。狂気の影響で人間に本来備わっているリミッターを失い、筋力が膨れ上がっている。
 その余波が首の筋肉にまで及び、その肉の壁が飛剣風を阻んだのだとしたら……。

「クッ……ならば、これで今度こそ終わりだ! アルフレンサーッ!」

 自分の浅はかな算段で、悪戯に苦しめてしまった。その呵責に苛まれながらも、ダタッツは次の一閃で今度こそ終わらせるべく、地を蹴って高く飛び上がる。

帝国式(ていこくしき)ッ……対地投剣術(たいちとうけんじゅつ)!」

 そして、喉に突き立てられた剣をさらに押し込むかの如く。その柄頭を、強烈な飛び蹴りで踏み潰すのだった。

「――飛剣風(ひけんぷう)稲妻(いなづま)』ァァァッ!」

 一切の容赦もなく、ダメ押しで突き刺さる一閃。その衝撃に押し倒されたシンの巨体が屋上の床に叩きつけられ、彼を中心に広大な亀裂が走った。
 とどめの衝撃力を物語る、その光景が広がり――天を衝く轟音が止んだのち。ぴくりとも動かなくなったシンを暫し見つめたダタッツは、もう一度踵を返すのだった。

「……終わった」

 そして――その一言が、呟かれた時。

「そうだな」

「……ッ!?」

 聞き覚えのある、凛々しい声。その記憶を揺さぶる一声が、ダタッツの背に伝わる。
 表情を驚愕の色に染めながら、再び振り返る彼の目には――銅の剣を引き抜き、立ち上がる鉄仮面の姿があった。

 だが、ダタッツが驚いたのは、今の一撃を受けても生きていたことではない。

 ――シンが。流暢に。喋っている。

「こうして、顔を付き合わせるのは五年振りになるのか。……帝国勇者」

 否。
 その一言と共に鉄仮面を脱ぎ捨て、金色の髪と碧い瞳を露わにした彼は、もはや今まで戦っていた「シン」ではない。

 五年前に戦死した、王国騎士アルフレンサーだ。

 ◇

 降りしきる豪雨の中。五年の時を経て再会した二人の剣士は、寸分たりとも目を逸らさず互いを見つめていた。
 だが、二人の手に剣はなく――その眼差しも、かつてのような戦意に溢れた色では無くなっていた。

「……君の技で、首を斬られたせいかも知れないね。狂気のままに、頭に上っていた血が抜けて――楽になった」
「アルフレンサー……」

 先ほどまでとは別人のように、穏やかな面持ちで首をさするアルフレンサー。その首からは、すでに出血が止まっているようだった。
 そんな彼の、どこか儚げな表情を見遣り、ダタッツの貌も憂いを帯びる。

 ――「帝国勇者」として力を振るっていた自分に斬られた人間は、死ぬか狂うかの二択しかない。
 だが、狂ったといっても自我が完全に失われるわけではなく。後で正気に戻ったとしても、その間に自分が起こした行動は、全て覚えている。

 事実。過去にダタッツの手で狂気から目覚めた騎士達は、自分達が狂乱の果てに民を殺めていた事実に絶望し、介錯を願った。
 自ら死を望まざるを得なくなる、その苦しみはいかばかりか。察するに余りある絶望の味を感じさせないためには、もはや狂気が覚める前に「介錯」するより他はない。

 その一心で放った飛剣風と、飛剣風「稲妻」だった。だが、その二度に渡る必殺技を以てしても、とうとう「シン」を討ち取るには至らず、彼の中に眠っていた「アルフレンサー」を呼び起こしてしまった。
 一度は殺めてしまったばかりか、救済のための介錯にすら失敗し。ダタッツは己の無力さを噛み締めるより他なかった。

 だが。

「……ありがとう、帝国勇者。いや、今はダタッツと呼ぶべきか」
「……!」

 記憶をそのままに自我を取り戻したアルフレンサーから出たのは。罵声でも哀願でもなく――感謝だった。
 思わず顔を上げるダタッツに、彼は穏やかな笑みを浮かべる。

「君の顔を見れば、わかる。君はただ、私の魂を救いたかったのだと。バルキーテに唆されるまま『シン』と成り果て、父上とシュバリエルに牙を剥いてしまった、私の魂を」
「……」
「確かに……私は、許されないことをした。死を以てしても、償えぬ罪だろう」

 すると、彼は自分が持っていた二本の剣を拾い――ダタッツの傍らを通り過ぎると、屋上の中央に勢いよく突き立てる。まるで、今日までの自分に墓標を立てるかのように。
 ダタッツを名を改めた伊達竜正のように、己の全てを、改めるかのように。

「だが、だからこそ。今はただ生き抜いて――この罪を贖わねばならない。だから、そのチャンスをくれた君に、ありがとうと……そう、言いたいんだ」
「……くっ……」

 視線を合わせることなく、背中越しの優しげな声色に触れ。ダタッツは、肩を震わせる。

 ――誰よりも、望まずして人を殺めてきた彼にとって。殺めた本人から送られた、その言葉はあまりにも眩しく、温かい。
 救うために殺す、殺すことで救う。そんな矛盾した正義の中にも――確かに。生きていて欲しい、本当の意味で救いたい。そんな純粋な願いが、息づいていたのだ。

 それゆえに。アルフレンサーから送られた感謝の言葉は。

 ダタッツの内側に生きる伊達竜正という男が、何よりも求めていたものだったのかも知れない。

「だからどうか――その歩みを、止めないでくれ。殺さずして救える命は、今もきっと……君の助けを、待っている」
「アル、フレンサー……」
「恐れないで、ダタッツ。私も、大勢の帝国騎士を殺めてきた。……例え、君がいつか地獄に堕ちるとしても。その境地へ向かう方舟には、私も相乗りしよう。――約束する」

 死を迎えた後も、共に罪を背負って行く。その宣言に救われた、ダタッツの想いを映すかのように。豪雨は終わりを迎え――天から、案が去って行く。

 闇の中にいた二人に、降り注ぐ快晴の空。太陽の輝き。それは港町全てに広がっていき、この町に訪れた夜明けを物語っているようだった。

「……」

 そして、満身創痍の身でありながら。屋上まで登り、事の推移を見守っていたグランニールは――ふと、屋上から一望できる港町の情景を見遣り、その果てにある港に視線を移す。
 そこには、豪雨が呼んでいた荒波に飲まれ、転覆している海賊船の姿があった。使命を果たした方舟は、太陽の煌めきを浴びながら、永遠の眠りへと沈んでいく。

「……終わったのだな。……なぁ、アルフ」

 そんな船を。次男を。長男を労うように。老境の武人は腰を下ろすと、平和の到来を告げる青空を見上げた。

 この空の向こう――沖の彼方には、彼らを祝福するかの如く。艶やかな虹が、彩られている。

 ◇

「ふぅ……んーっ!」

 町民達が飲んで騒ぎ、賑やかに笑い合う夜の酒場。その看板娘であるタスラは、一通りのオーダーを終えて大きく伸びをする。細い腕が天井に向かって伸び――そのたわわな胸が上下に揺れ動く。
 それをまじまじと見遣り、手を伸ばす男性客の脳天に踵落としが炸裂したのは、その直後だった。

「ぐわぁああいてえぇえ! 手加減なしかよタスラぁあ!」
「変態に手加減なんか無用よバカ! ウチの店はお触り厳禁!」

 涙目になりながらうずくまる男性客と、それを叱る彼女の姿に他の客が笑い声を上げる。――バルキーテが町を牛耳っていた頃は、決して見られなかった「日常」が、ここにあった。

 ……あの戦いから、数日。

 バルキーテは他の騎士達共々、賄賂とその他多数の余罪により王都へ護送され、投獄される手筈となっていた。その中には、「シン」ことアルフレンサーも含まれている。

 鉄仮面に顔を隠し、あくまでバルキーテ一派の「シン」として罪を償うことに決めたアルフレンサーは、王都での獄中生活で刑期を終えた後、改めてグランニールの息子として港町に帰還することとなる。
 この事実を知るのはダタッツとグランニールのみであり、その他の人間にはシンの正体は伏せられたままとなっていた。

 現在はバルキーテに代わりグランニールが町長に返り咲き、次男のシュバリエルが補佐官を務めるようになっている。
 バルキーテの賄賂や町民達への重税がなくなったことで、港町には数多くの帝国兵が駐在するようになったが――彼らは皆、口が悪いものの職務には忠実な騎士ばかりであり、現町長グランニールも彼らを率いる帝国騎士レオポルドとは友好的な関係を結んでいた。
 今では駐在兵と町民が酔った勢いで殴り合い、その直後に肩を組んで笑い合う光景が名物にもなっている。

 ――この町には、確かに平和が訪れた。町民達の笑顔を見れば、それは間違いない。
 だが、緑髪のウェイトレスはどこか腑に落ちない表情で……休憩用の自分の椅子に掛けてある、緑色の上着を見つめていた。

「タスラおねーちゃん、ぼくアイスミルクー!」
「わたしもー!」
「……はいはい、ちょっと待ってなさい」

 保護者同伴で飲みにきた子供達に、アイスミルクを振る舞う彼女は――朗らかな笑みの中に、微かな憂いを隠していた。

(ダタッツ……)

 あの戦いの直後。ダタッツは港町から姿を消し、再び旅に出ていた。
 グランニールの口から、彼が自分達の味方について戦っていたことは聞かされていたが……雨上がりと共に行方をくらましていたため、礼を言う間もなかったのだ。

 もし彼が、ほんの一晩だけでも町に留まって貰えたら……どれほど礼が言えただろう。

「あの時、ダタッツが一晩寝てくれたら何回キスできただろう――いだだだだだぁぁあっ!?」
「勝手にあたしの脳内を脚色塗りたくって言葉にするなぁあぁあー!」

 そんな彼女の胸中を見抜いた上で茶化す、マナーの悪い客の頭を握り潰しながら。タスラは密かに、ダタッツの行く先を想うのだった。

(礼も言わせてくれないなんて、ずるいじゃん……ばかっ!)

 ――その頃。

「……平和なものだな」

 丘の上に聳え立つ邸宅から、港町の夜景を見つめるグランニールは、質素な椅子に腰掛けながら書類と向き合っていた。その身はもう海賊としての戦闘服ではなく、貴族としての礼服に包まれている。

 ――確かに、この港町には平和が戻った。アルフレンサーも刑期を終えれば、鉄仮面を脱いでここへ帰ってくる。
 だが。贖罪の旅に戻って行ったダタッツの苦難は、この先も続いていくこととなる。それを知りながら、何の助けにもなれないことが、どうにも彼には歯痒かったのだ。
 騎士としての鎧を纏い、町を巡回しているシュバリエルも、その想いは同じである。彼ら親子は共に、ダタッツの武運を願うより他なかった。

「……だが、君に平和が訪れぬ限り。私にも、真の平和は訪れぬ。……いつの日か、見せてくれ。君の、心からの笑顔を」

 届くはずのない願いを、老人は敢えて口にする。願わなければ、どんな望みも叶うはずがないのだから。

「……」

 ――そんな想いを、風が運んだのだろうか。

 暗い森の中を進む、黒衣の剣士は。誰一人味方がいない旅路の中でありながら――まるで仲間を気遣うかのように、後ろを振り返っていた。
 だが、すぐに気を取り直し、森の闇へと歩みを進め――暗黒の渦中に消えていく。

 人々を救う超常の力を授かりながら、人々を殺めてきた彼の贖罪。その旅はまだ、終わらないのだから。

 ◇

 ――私達が暮らすこの星から、遥か異次元の彼方に在る世界。

 その異世界に渦巻く戦乱の渦中に、帝国勇者と呼ばれた男がいた。

 人智を超越する膂力。生命力。剣技。

 神に全てを齎されたその男は、並み居る敵を残らず斬り伏せ、戦場をその血で赤く染め上げたという。

 如何なる武人も、如何なる武器も。彼の命を奪うことは叶わなかった。

 しかし、戦が終わる時。

 男は風のように行方をくらまし、表舞台からその姿を消した。

 一騎当千。

 その伝説だけを、彼らの世界に残して。

 ◇

 ――そして。

 この戦いから一年後。

 王国の城下町にて――本当の物語が、幕を開ける。
 
 

 
後書き
 拙作を最後まで読んで頂き、ありがとうございます。ダタッツ剣風シリーズは、これにて完結となりました。
 明日この時間帯からは、仮面ライダーGを原作とする二次創作「仮面ライダーAP」が連載再開となります。艦これとのコラボを絡めつつ、新たな怪人達との死闘が展開されていくストーリーとなっています。お楽しみに。
 それでは。ダタッツの冒険を最後まで見届けて下さり、誠にありがとうございました。機会があれば、またどこかでお会いしましょう。失礼します。 
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