低い心
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第二章
「そして越えても」
「実際にですね」
「果たしてそれで終わりなのか」
「またシェイコフさんが高みに達すれば」
「同じです、私は慢心してはならないのです」
絶対にというのだ。
「そう考えています」
「そしてそれ故に」
「どうしてもこうした考えになりです」
「発言になるのですね」
「そうだと思います」
こう言うのだった、そしてだった。
実際にだ、彼はそのミハイル=シェイコフ、彼より三歳年長でやはり世界的なピアニストである彼を意識してだった。
そのうえで練習と勉強、それに演奏を行っていた。だが。
それでもだ、彼は常にだった。
シェイコフと越えたと思えずだ、妻のミーシャにもこう言っていた。
「僕のピアノはね」
「シェイコフさんと比べたら」
「何でもないものだよ」
黒いロングへアに黒い切れ長の瞳、白い肌とスラブ系であるがどうもアジア系の趣を見せる妻に言うのだった。すらりとしていて背は高く胸があるが近頃実は身体に肉がついてきていてゴルシピンは妻もロシアの女だと内心笑顔でいる。
「本当にね」
「それでなのね」
「より学んで練習をして」
「そうしてなのね」
「彼を越えないと、しかし」
「あの人を越えても」
「彼もまた進化するんだ」
努力して、というのだ。
「そうするから」
「だからなのね」
「そう、とてもだよ」
それこそというのだ。
「僕は慢心なんて出来ないよ」
「低いわね」
「心がかな」
「ええ、あなたは音楽のことには特にね」
他のことも入れてというのだ。
「そうよね」
「低い心だね」
「そうだと思うわ」
「低い心でいれば」
「あなたはどんどんよくなっていけるのね」
「低い心だね」
「そう、普通にね」
それこそというのだ。
「そうなれるのね」
「そんなものかな」
「そうよ、その心を忘れないでね」
「若し僕にこの心がなくなったら」
「とてもね」
「シャイコフを越えることは」
「出来ないわ、それにね」
ミーシャは夫にさらに言った。
「ピアニストとしてもそれまでになるわ」
「進歩しなくなるんだね」
「そうなるわ」
「成程ね、正直なところね」
ここでだ、ゴルシピンは妻にこんなことも言った。
「僕はね」
「ええ、どうだったの?」
「絶望したよ」
「絶望?」
「そう、彼の演奏をはじめて聴いてね」
シャイコフのそれをというのだ。
「子供の頃だったけれど、十一のね」
「あなたはその頃からピアノを弾いていたわね」
「物心ついた時からだよ」
まさにその時からだというのだ。
「話したね、結婚する前に」
「そうね、お義母さんがピアニストで」
「その縁でね」
「それで演奏をはじめたわね」
ちなみに彼の父は劇場で働いていた、ソ連時代に知り合ってから結婚してソ連が崩壊してから彼が生まれたのである。
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