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SAO~円卓の騎士達~

作者:エニグマ
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第三十六話 湖の主

~キリト side~

俺は今釣りをやっている。
しかし湖面に垂れた糸の先に漂うウキはぴくりともしない。
俺は大きく欠伸をして、竿を引き上げた。
糸の先端には銀色の針が空しく光るのみだ。
何故だ何で、釣れないんだ。
五時間はやっているんだぞ。

キリト「やってられるか。」

小声で毒づくと竿を傍らに投げ出し、芝生にごろりと寝転んだ。
寝転がっていると、不意に頭の上の方から声を掛けられた。

???「釣れますか?」

仰天して飛び起き、顔を向けると、そこには一人の男性プレイヤーが立っていた。
重装備の厚着に耳覆い付きの帽子、鉄縁の眼鏡をかけ、俺と同じく釣り竿を携えている、五十代に近い男性プレイヤーだ。
ここ失礼します、と言って俺の傍らに腰を下ろした男は、腰のポーチから餌箱を取り出すと、不器用な手つきでポップアップメニューを出し、釣り竿の針に餌を付けた。

ニシダ「私はニシダといいます。  ここでは釣り師。  日本では東都高速線という会社の保安部長をしとりました。  名刺が無くてすみませんな。」

東都高速線はアーガスと提携していたネットワーク運営企業だ。
たしかSAOのサーバー群に繋がる経路を手掛けていたはずだ。

キリト「俺はキリトといいます。  最近上の層から越してきました。 ニシダさんは、やはり、SAOの回線保守の?」
ニシダ「一応責任者ということになっとりました。」

ならばニシダは業務の上で事件に巻き込まれたことになる。
頷いたニシダを俺は複雑な心境で見やった。

ニシダ「私の他にも、同じような理由で此処に来てしまったいい歳の親父が二、三十人ほど居るようですな。  同じ趣味を持つ者同士で、この場所を根城にしているんですよ。」
キリト「な、なるほど。  この層にはモンスターが出ませんしね。」

ニシダは、俺の言葉にニヤリと笑っただけで答えなかった。

ニシダ「どうです、上の方には良いポイントがありますかな?」
キリト「うーん。  六十一層は全面湖、というより海で、相当な大物が釣れると思いますよ。」
ニシダ「ほうほう!  それは一度行ってみませんとな。」

その時、垂らした糸の先で、ウキが勢いよく沈み込んだ。
間髪入れずニシダの腕が動き、釣り竿を引き上げる。
水面から青く輝く大きな魚が飛び出して来た。
魚はニシダの手許で跳ねた後、自動でアイテムウインドウに格納された。

キリト「お見事!」
ニシダ「いやぁ、ここでの釣りはスキルの数値次第ですから」

と頭を掻いた。

ニシダ「ただ、釣れるのはいいんだが料理の方がどうもねぇ。  煮付けや刺身で食べたいもんですが醤油無しじゃどうにもならない。」
キリト「あー、っと。」

そう言えばアスナが醤油再現してたな。
俺は一瞬迷った後、口を開いた。

キリト「醤油にごく似ている物に心当たりがありますが。」
ニシダ「なんですとッッ!!」

ニシダは眼鏡の奥で目を輝かせ、身を乗り出して来た。
ニシダをマイホームに案内する。

アスナ「お帰り、そちらの方は?」
キリト「あぁ。 こちら釣り師のニシダさん。」
ニシダ「どうも、えーと、こちらのお嬢さんは?」
キリト「俺の妻です。」
ニシダ「ほう! キリトさん、あなたは幸福者ですな!」
キリト「まったくです。 こんなにいい人と結婚出来るなんて以前は考えられませんでした。」

その後、俺達はニシダさんの釣ってきた魚をアスナに料理して貰い、煮付け、刺身で食べた。

たちまち食器は空になり、熱いお茶のカップを手にしたニシダは陶然とうぜんとした顔で長いため息をついた。

ニシダ「いや、堪能しました。 ご馳走様です。  しかし、まさかこの世界に醤油があったとは。」
アスナ「よかったらお持ち下さい。」

アスナは、キッチンから小さな瓶を持ってきてニシダに手渡した。
恐縮するニシダに向かって、こちらこそ美味しいお魚を分けていただきましたからと笑う。

アスナ「ところで、キリト君が釣ってきた魚は?」

アスナは、こちらを振り向いて聞いてきた。

キリト「えーと。  一匹も釣れませんでした。」

俺は、肩を縮めながら呟いた。

アスナ「一匹も?」
キリト「俺が釣りをしていた湖の難易度が高すぎるんだよ。」
ニシダ「いや、そうでもありませんよ。 あの湖だけ難易度が高いんですよ。 他の湖でなら初心者でも釣れますよ。」
キリト「なん、だと。」

ニシダの言葉に俺は絶句した。
俺の五時間はなんだったんだ。
アスナはお腹を押さえて笑っているし。

キリト「なんでそんな設定になっているんだ。」
ニシダ「実は、あの湖にはですね。」

ニシダは声を潜めるように言った。
俺達は身を乗り出す。

ニシダ「どうやら、主がおるんですわ。」
キリト、アスナ「「ヌシ?」」

ニシダは眼鏡を押し上げながら続けた。

ニシダ「村の道具屋に、一つだけ値が張る釣り餌がありましてな。  物は試しにと使ってみたことがあるんです。」

俺たち三人は固唾を呑む。

ニシダ「ところが、これがさっぱり釣れない。  散々あちこちで試した後、ようやくあそこ、唯一難度の高い湖で使うんだろうと思い当たりまして。」
キリト「大当たり、と。」

と俺が聞いた。
ニシダは深く頷く。

ニシダ「ただ、私の力では取り込めなかった。  竿ごと取られてしまいましたわ。  最後にちらりと影だけ見たんですが、大きいなんてもんじゃありませんでしたよ。  ありゃ怪物、そこらにいるのとは違う意味でモンスターですな。」

両腕いっぱいに広げてみせる。 あの湖で、俺が此処にはモンスターは居ないと言った時にニシダが見せた意味深な笑顔はこういうことだったのか。

ニシダ「そこで物は相談なんですが、キリトさん筋力パラメーターの方に自信は?」
キリト「そこそこ有りますが・・・知り合いにかなりの筋力値を持つのが居ます。」

もちろんアーサーの事だ。

ニシダ「でしたらそのご友人を誘って貰えませんか!? 合わせる所までは私がやりますので釣りスキルが無くても結構です。 そこから先をお願いしたい。 日程もそちらの都合で構いません。」
キリト「ははぁ、釣り竿のスイッチですか。 分かりました。 知り合いに聞いてみます。」

俺が言うと、ニシダは満面に笑みを浮べて、

ニシダ「よろしくお願いします。」

その後、アーサーにメールを送ると、メールの送れる文字の限界近くまで説教を書いてきて、最後の方に、三週間後なら空いてる、と返してきた。

そして、主釣り当日。
ニシダから送られてきたメールによるとギャラリーが三十人くらいいるらしい。

キリト「参ったなぁ。」

此処で暮らしているのがばれたら、情報屋や剣士が押し掛けて来るのは確実だ。

アスナ「これでどうかなー?」

アスナは、長い髪をアップに纏めると、大きなスカーフを眼深に巻いて顔を隠した。
さらにウインドウを操作して、だぶだぶした地味なオーバーコートを着込む。

キリト「お、おお。  いいぞ、生活に疲れた農家の主婦っぽい。」
アスナ「・・・それ褒めてるの?」
キリト「もちろん。 アスナは何着ても似合うなーって事だよ。」

アーサー、サクラと合流し、湖に向かう。
湖畔にはすでに多くの人影が見える。
やや緊張しながら近づいて行くと、見覚えのある男が、聞き覚えのある笑い声と共に手を上げた。

ニシダ「わ、は、は、晴れてよかったですなぁ!!」
キリト、アスナ「「こんにちはニシダさん。」」
アーサー、サクラ「「初めまして。」」

俺たち四人は、頭をぺこりと下げる。

アーサー「ところで釣りは曇りか小雨くらいが釣れると聞いた事があるんですが?」
ニシダ「わ、は、は、これは一本取られましたな。 確かにリアルでは曇りか小雨が良いと言われてます。 ですがゲーム内では天候は関係ないんです。 まったく、そこらへんは凝って欲しいというのが本音ですな。」

そう言うとニシダはギャラリーの方を向き、

ニシダ「え~、それではいよいよ本日のメインイベントを決行します!!」

長大な竿を片手に進み出たニシダが大声で宣言すると、ギャラリーが大いに沸いた。
俺は何気なくニシダが持つ竿と、その先の太い糸を視線で追い、先端にぶら下がっている物に気付いてぎょっとした。
トカゲだ。
だが大きさが尋常ではない。
大人の二の腕位のサイズがある。
赤と黒の毒々しい模様が浮き出た表面は、新鮮さを物語る様にぬめぬめと光っている。

アスナ「お、大きいね。」
サクラ「うん。」

アスナとサクラは、顔を引き攣らせて言った。
ニシダは湖に向き直ると、大上段に竿を構えた。
その隣にはアーサーが控えている。
見事なフォームで竿を振ると、巨大なトカゲが宙に弧を描いていき、やや離れた水面に盛大な水飛沫を上げて着水した。
俺たち四人は固唾を呑んで水中に没した糸に注目した。
やがて釣り竿の先が二、三度ぴくぴくと震えた。
だが竿を持つニシダは微動だにしない。

キリト「き、来ましたよニシダさん!!」

ニシダ「なんの、まだまだ!!」

ニシダは、細かく振動する竿の先端をじっと見据えている。
と、一際大きく竿の穂先が引き込まれた。

ニシダ「いまだッ!!」

傍目にも判るほど糸が張りつめた。

ニシダ「掛りました!! 後はお任せしますよ!!」

アーサーはニシダから竿を手渡さると、

アーサー「へぇ、結構力強いな。」

それを片手で持ち余裕の表情だ。

アーサー「これ、力一杯引いても大丈夫ですか?」

アーサーはニシダに声を掛けた。

ニシダ「最高級品です!!  思いっきりやって下さい!!」
アーサー「んじゃ、遠慮無く。 そりゃあぁぁぁ!」

アーサーが気合いの掛け声を上げると共に竿を思いっきり引く。

すると糸の先に影が見えてくる。

ザバアァァーン!!

大きな音と共に主が釣り上げられた。
そのままアーサーと俺達のちょうど真ん中ぐらいに落ちた。

その時、俺達はその主の姿を見たのだが、、何で魚に足があるんだ。
そしてその主は釣り上げたアーサーの方を向き、突進していった。

キリト「おお、歩いてる。 肺魚なのかな。」
ニシダ「そ、そんなこと言ってないで、ご友人が危ないですよ!?」
サクラ「いえ、大丈夫ですよ。」

アーサーは慌てることなく空手の型のような構えをする。
後ろに引いた右手が光る。

アーサー「すぅー、っらぁ!」

体術スキルの〈正拳〉だ。
これはもっとも簡単な体術スキルの一つでプレイヤーの筋力値によって威力が変わる。
つまり、筋力値を最大近くまで上げてるアーサーにとってはとても扱いやすいスキルだ。

モンスターは吹き飛ばされる前にポリゴンになって消えた。

ニシダ「いや、これは驚いた。 失礼ですがどれくらいのレベルで?」
アーサー「一応攻略組なもので。」
ニシダ「攻略組! なるほど道理でお強いわけです。」
アーサー「それより、さっきのモンスターからこんな物がドロップしましたよ。」
ニシダ「お、おお、これは?!」

ニシダが目を輝かせ、それを手に取る。
その手の中には白銀に輝く一本の釣り竿が出現した。

アーサー「それじゃ、俺達は帰りますんで。 お疲れ様でした。」
「あ、あぁーー!! 何処かで見たことあると思ってたら、『円卓の騎士団』の団長のアーサーさんじゃないですか!」

ギャラリーの一人の比較的若い男性プレイヤーが叫んだ。

アーサー「あ、バレた。」

『円卓の騎士団』は攻略ギルドの中でも中層、下層でも知名度はトップレベルで高い。
その理由は『円卓の騎士団』がオレンジギルドを殆ど潰し、レッドギルド『笑う棺桶』と何度も衝突して1人の被害も出していないからだ。
それゆえに『円卓の騎士団』は中、下層ではある意味平和の象徴的なものになっている。

その後、アーサーとサクラはギャラリーに揉みくちゃにされた。

~side out~ 
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