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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百四十七話 絆

帝国暦 487年10月18日   オーディン リッテンハイム侯邸    アントン・フェルナー


翌日、ブラウンシュバイク公は俺とシュトライト准将を連れ朝早くリッテンハイム侯邸を尋ねた。リッテンハイム侯は驚いたのだろう、自らブラウンシュバイク公を迎えに出てきた。侯の後ろには何人かの貴族が従っている。いずれもリッテンハイム侯に親しい人物だ。

早朝からご苦労な事だ。さぞかしリッテンハイム侯はうるさく詰め寄られ、散々な一日の始まりにうんざりしていたに違いない。救いの神が現れたといったところだろう。リッテンハイム侯はブラウンシュバイク公の姿を見ると嬉しそうに顔を綻ばせた。

「これは珍しい事もあるものだ。卿がわが屋敷に来るなど、どういう風の吹き回しかな、ブラウンシュバイク公?」
軽く皮肉交じりにリッテンハイム侯が問いかけてきた。

「卿に相談したい事が有ってな、寄らせてもらった。先客がいるようだが、出直したほうがよいかな、リッテンハイム侯」
ブラウンシュバイク公の声に何処か面白がる響きがあったのは俺の気のせいではないだろう。

リッテンハイム侯は幾分慌てたような口調で話し始めた。
「いや、それには及ばんよ、ブラウンシュバイク公。……と言うわけで、皆今日のところは引き上げてくれんかな、私は公と大事な話がある」

おいおい、顔を合わせただけで大事な話は無いだろう。皆不満そうに顔を見合わせたが、帝国最大の貴族がもう一人の大貴族と大事な話があるというのだ、不承不承ながらも帰っていく。

それに引換えリッテンハイム侯の嬉しそうな顔、ブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯の気持ちが分かるのだろう、何処か笑いを堪えるような顔をしている。

リッテンハイム侯邸を辞去する貴族達を見送った後、屋敷の中に入るとブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯は顔を見合わせて笑い始めた。

「大事な話とは何のことかな、リッテンハイム侯? わしは未だ何も言っておらんが、」
「卿がわざわざ此処に来るのだ、どんな詰まらぬ話でも十分大事な話しになる、違うかな?」
「ふむ、まあそういう事にしておくか」

二人の大貴族は一瞬沈黙した後、また笑い始めた。そしてリッテンハイム侯はブラウンシュバイク公を応接室に案内していく。以前、エーリッヒがリッテンハイム侯達を脅し上げた場所だ。

ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯が椅子に座る。俺とシュトライト准将はブラウンシュバイク公の後ろに、リッテンハイム侯の後ろにはリヒャルト・ブラウラー大佐、アドルフ・ガームリヒ中佐が背後を守るように立った。

リヒャルト・ブラウラー大佐は三十代半ば、中肉中背の何処といって特徴の無い人物だ。もう一人のアドルフ・ガームリヒ中佐は士官学校では俺の一期後輩に当たる。長身で穏やかな表情をした何処と無くナイトハルト・ミュラーと良く似た雰囲気を持つ男だ。この二人をリッテンハイム侯はかなり信頼していると聞いている。

ブラウラー大佐もガームリヒ中佐も例の襲撃事件のときはオッペンハイマー伯を屋敷に入れるのに反対したそうだ。侯の信頼が厚くなったのはそれかららしい。

「それで一体何の用かな、ブラウンシュバイク公?」
「お互い駆け引きをしている時間はなさそうだ。本音で話そうと思うがどうかな?」

ブラウンシュバイク公の答えにリッテンハイム侯の表情が僅かに険しくなった。一瞬の後溜息とともに言葉を吐き出す。
「確かに公の言うとおりだ。それで、話とは?」

ブラウンシュバイク公はゆっくりとした口調で話し始めた。
「今回の改革だが、リッテンハイム侯はどうされるつもりかな。従うか、それとも逆らうか」

「……逆らって、勝てるかな?」
本音で話そうと言いながらも、二人とも互いに相手を確かめるような口調で話し続けている。まあ、本音で話すのと相手を探るのは相反するわけではない。なんでもあけすけに話せば良いというわけでもないか。

「……我等が組めばどうかな?」
「……正直に言おう。気を悪くするかもしれんが、卿と私が組んでも勝てまい。違うかな」

二人は互いに目を逸らすことなく見詰め合った。五つ数えるほどの間の後、ブラウンシュバイク公は苦笑交じりの声で答えた。
「いや、違わんな。それで勝てるなら、とっくに卿と手を組んでいる」

ブラウンシュバイク公に釣られたかのようにリッテンハイム侯も苦笑した。視線を逸らしながら呟くように言葉を出す。心底困っているのだろう。
「厄介な事だ、どうしたものか……」

つまり暴発は出来ない、ブラウンシュバイク、リッテンハイム両家の当主が同じ認識を共有したという事か。それだけでも此処に来た価値があるというものだ。

「リッテンハイム侯、改革が始まった場合だが、どれくらいの期間、今の戦力を維持できるかな?」

ブラウンシュバイク公の言葉にリッテンハイム侯は後ろに控えるリヒャルト・ブラウラー大佐を見た。大佐は微かに頷く、それを確認してからリッテンハイム侯は口を開いた。

「持って二年半、そんなところだろう。卿の所はどうだ、ブラウンシュバイク公?」
「変わらんな。こちらも二年半が限度と見ている」
直ぐに答えが出たという事は、リッテンハイム侯も何度かシミュレートしたという事だろう。

リッテンハイム侯爵家は約二万五千隻ほどの艦隊戦力を持つ。ブラウンシュバイク公爵家は約三万隻、両家を合わせれば六万隻近い兵力を二年半維持できる。

両家ともオーディンに近く領地は比較的繁栄し安定している。そのほかにも鉱山、企業への投資、債権、不動産からの収入は巨額といって良いだろう。

決して維持費は安くは無い、そして維持できる期間も短いとは言えない、しかし徐々に体力は弱っていくに違いない。

それに二年半という時間を政府が許すだろうか? 彼らがさらに改革を進めれば、当然だが時間は短くなるだろう。先行きは全くもって楽観できない。
いや、悲観的な未来なら容易に想像できる。

これまで払う必要の無かった税を払わなければならない。そして農奴を解放する以上、今後は荘園等で働かせる人間は金を払って雇う事になる。解放された農奴たちは少しでも条件の良い仕事を、待遇の良い仕事を選ぶだろう。

これまでのように力で従わせる事は出来ない。おそらく労働力は貴族間で奪い合いになるだろう。そうなれば貴族間での団結など欠片も無くなるだろう。そして新しい流れに適応できない貴族、財力の無い貴族から淘汰されていくに違いない。

「今のところ、我等は二年半持つ。しかし殆どのものはそこまで持たんと見て良い。連日突き上げにやってくるからな。彼らの危機感は相当なものだ。もっともこんな事は言わなくとも卿は解かっているだろうが」

ブラウンシュバイク公はリッテンハイム侯に苦笑交じりの声をかけた。余程嫌な思いをしたのだろう。侯は顔を歪めながらブラウンシュバイク公に問いかけた。
「私が今何を心配しているか、公はお分かりかな?」

「そうだな、暗殺かな」
「その通りだ、一つはヴァレンシュタインの暗殺。成功すれば良い、しかし
失敗すればそれを口実に攻めてこよう。我等が使嗾したといってな」
リッテンハイム侯の言葉に今度はブラウンシュバイク公が身じろぎした。表情は見えないがおそらく顔を歪めているだろう。

「もう一つは我らの暗殺だろう。我らを暗殺し、娘を担ぎ上げて反乱を起す、違うかなリッテンハイム侯?」
「その通りだ。先程の連中だが、私の命を狙う者がいると忠告してきたのだ」
「……」

「君側の奸であるリヒテンラーデ侯、ヴァレンシュタインを討とうとしないウィルヘルム・フォン・リッテンハイムは貴族の誇りを忘れた卑怯者だ、これをまず血祭りに上げ、正義の戦いを行なうべし……そう騒いでいる連中が居るとな」
「卿も苦労するな……」

思わず、シュトライト准将と顔を見合わせた。リッテンハイム侯が貴族達から突き上げを食らっている事はわかっていた。しかし、そこまで状況が悪化しているとは……。しかし次のリッテンハイム侯の言葉は俺たちの予想をさらに超えるものだった。

「フッフッフッ。私に忠告した者たちが、その騒いでいる連中さ。これ以上躊躇するなら命を奪うと脅しに来たのだ。馬鹿どもが!」
「!」

リヒャルト・ブラウラー大佐、アドルフ・ガームリヒ中佐も驚いた顔を見せていない。つまりリッテンハイム侯の思い込みではない。このままでは間違いなくリッテンハイム侯は暗殺されるだろう。となれば次はブラウンシュバイク公だ。まさにぎりぎりのタイミングで俺たちは此処に来たらしい。

「リッテンハイム侯、どうやらわしは良いところへ来たようだ。この件では卿の力になれると思う」
「ほう、それは?」

「娘たちを守り、我らの命を守る。一石二鳥の策だ、とりあえず時間は稼げるだろう」
「……」

「問題はその後だ。これからどうするか、リッテンハイム侯、卿とじっくりと話したいのだがな……」
「じっくりとか……。いいだろう、卿が此処にいる間はあの馬鹿どもの話を聞かずに済む。願っても無いことだ、泊まっても良いぞ」

そう言うとリッテンハイム侯は可笑しくてたまらないといったように笑い出した。ブラウンシュバイク公も釣られたように笑い出す。少しでは有るが展望が見えてきた、そう思いたいものだ。



帝国暦 487年10月18日   オーディン リッテンハイム侯邸
ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世


「クリスティーネ、明日、サビーネを連れて陛下の元に行ってくれ」
「それは御機嫌伺いという事ですか?」
「いや、そうではない。この先、ずっと陛下の元に留まるのだ」
「どういうことです、何故私とサビーネが宮殿に戻らねばならないのです」

予想した事だがクリスティーネ・フォン・リッテンハイム、私の妻が柳眉を逆立てて抗議をしてきた。その隣でサビーネが不安そうな表情をしている。相変わらず勝気というか、気が強いというか、私が彼女に愛想を尽かしたとでも思ったのだろうか……。

「落ち着きなさい、クリスティーネ。お前達だけではない、ブラウンシュバイク公夫人とエリザベートも陛下の元に戻る事になった」

私の言葉にクリスティーネはサビーネと顔を見合わせ困惑した表情を見せた。
「お姉さまも? どういうことです、貴方。隠し事をせずに教えてください。先程までブラウンシュバイク公がいらっしゃいましたが、一体何をお話になったのです」

話しているうちに不安になったのだろう。急き込むような口調になった。普段勝気な姿を見せるクリスティーネだが、それは甘えの裏返しなのだ。親しいからこそ、相手を信じているからこそ甘えを出す。最初の頃は慣れなかったが、今ではそんな彼女を愛おしく思える自分が居る

姉のブラウンシュバイク公夫人に対する対抗意識も同じだ。もし私とブラウンシュバイク公が戦うことになれば、誰よりも胸を痛めるのはクリスティーネだろう。

「落ち着きなさい、今話す」
「……」
「先日、改革の勅令が出された。だがその事に反発するものたちが居る。何故か分かるか?」

私の問いにクリスティーネが答えた。サビーネはその隣で頷いている。
「ルドルフ大帝が定めた国是を否定しようとしていると皆言っていますが?」

「そうではない、あの改革の本当の狙いは貴族達の力を削ぐ事にある。改革が実施されれば、多くの貴族が何の力も無い無力な存在になるだろう。当家も例外ではない」

「お爺様、いえ陛下は何故そのような事を」
「宇宙を統一するためだ。これ以上の戦争を無くすためには我等貴族の特権を廃止せねばならない、そう陛下はお考えになっているのだ、サビーネ」

「……」
この娘には難しいかもしれない、まだ十四歳なのだ。しかし、話しておかなければならん。自分達の危うさを理解してもらわなければ……。

「ここ最近、多くの貴族達が此処にやってくるが、あれは暗に陛下への反逆をけしかけているのだ」
「!」

二人の目がこれ以上は無いほど大きく開かれる。良く似ている、こんな時だが二人が良く似ていることに改めて気付かされた。私が二人の肩を手で押さえると縋り付く様な視線を向けてきた。大丈夫だ、そんなに心配をするな。

「彼らは一応名目としては君側の奸、リヒテンラーデ侯、ヴァレンシュタインを排除し、ルドルフ大帝の定めた国是を守る、そう言っている」
「貴方、私達を返すというのは、まさか……」
何処か震えを帯びた声でクリスティーネが訪ねてきた。

「違う、早とちりするな。私もブラウンシュバイク公も反乱を起すつもりは無い。今のままで戦えば負けるのは目に見えている。何とか戦わずに済む方法は無いか、戦うのであればどうすれば勝てるのか、今考えているところだ」

納得していないのだろう。二人とも不安そうな表情を隠そうとしない。いかんな、私はどうも信用が無いようだ。
「では、何故私達を?」

「危険だからだ。貴族達は押さえが利かなくなっている。私がこれ以上反逆を躊躇えば私を殺し、犯人はヴァレンシュタインだと騒ぎ立てるだろう。そしてお前達を担ぎ上げ反逆を起すに違いない。お前たちは陛下の御血筋でもある、担ぎ易いのだ」
「そんな!」

「それを防ぐにはお前達を陛下の元に返すしかないのだ」
「……」
二人とも眼に涙を浮かべている。胸が痛んだがそれを無視して話を続けた。

「お前達が居なければ、私を殺してもリッテンハイム侯爵家を反逆の盟主として利用する事は出来ん。分かるな、我等が生き延びるにはこうするしかないのだ」

「貴方……」
クリスティーネの縋りつくような口調が耳を打つ。こんな声は聴きたくない。何時ものような我侭な声のほうが何倍もましだ。

「お前達は、改革を止めさせるために陛下を説得に行くということになる。だが、何もしなくて良い。お前達はこの件に関しては一切関わってはならん、良いな」

出来るだけ、笑顔を浮かべて穏やかに話した。三人で話すのはこれが最後になるかもしれない……。

「私はお前たちにとって良い夫でも良い父親でもなかったかもしれん。だが私はお前達を、この家を守らなければならん。行ってくれるな、クリスティーネ、サビーネ」

「貴方……」
「お父様……」
二人が泣きながらすがり付いてきた。もしかすると二人も二度と会えないと考えているのだろうか。私はやはり父親失格、夫失格のようだ、不安ばかり与えている。

「大丈夫だ。また一緒に暮らせる日が必ず来る。さあ、準備をしなさい。明日は早い時間にこの家を出る事になる。忙しいぞ」
出来るだけ明るい声を出すと二人の背中を優しく撫でた。泣くな、ウィルヘルム、これ以上この二人を不安にさせるような事はしてはいかん。それが父親として、夫としての務めだ……。






 
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