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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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凍れる部屋

零下20度の凍れる部屋で俺は、途方に暮れていた。


単純な搬入作業だった。量も大したことなく、納品されてきた冷凍可能な生菓子を冷凍室に放り込むだけの作業だ。普段なら用心のため、厚手のスタッフジャンパーくらいは着込んで作業するのだが、今日に限って面倒くさがって着なかった。

10分前の俺を殴りたい。

冷凍室のドアに箱をかませて中で作業していたが、親切で几帳面な誰かが箱をどけてドアを閉めてくれたようで、背後でかちりと不吉な音がした…のに気が付いたときはもう遅かった。
 ここの冷凍室は、どういうわけか内側からは開かない構造になっている。誤って閉じ込められた時のための脱出ボタンは、もう1分近く連打している。……むき出しの両腕が、不吉なほど冷えてきた。
「そ、そうだ、連絡連絡」
幸いスマホを持っている。店の電話に連絡して……



出ない!!何故だ!?



……今日は忙しいし、しかもバイトが2人インフルエンザで倒れ、マイナスシフトで回している。出る余裕もないか…。『マイナスシフトが怖くて店やってられるか!』とか息巻いていた昨日の俺を殴りたい。必死で代打を探せばよかった。
 改めて、俺が閉じ込められている冷凍室を見渡してみる。…四畳半くらいか。こんな狭い場所に、棚がぎっしり巡らされ、アイスや保冷材が所狭しと積み上げられてる。棚に入りきらなかった保冷材は、段ボールに詰め込まれて床に放置されている。剥き出しの肌が、嫌な色になってきた。

嫁は…10年近く連れ添った嫁なら、俺の危機に駆けつけてくれるかもしれない!自宅はチャリで5分程度だし!!そう思ってlineを送ってみたが、一向に既読にならない。通話も試してみたが駄目だ。相手にされない…何故だ…


―――あ、この時間は韓流ドラマだ!!


普段はしっかり者なのだが、韓流が始まるとテレビの前から動かない、声を掛けても返事をしない駄目人間と化すのだ。あの野郎、旦那の危機にイビョンホンとかチャンドンゴンとかに現を抜かしているとかもうな…お前パート出ろ。
しょうがない、職場の奴の携帯に…いや、店電にも出られないのに携帯に出てくれる訳が……


その時、lineの着信音が響き渡った。


お、誰だこの忙しいタイミングでスマホいじっているならず者は!俺はいそいそとline画面を立ち上げた。
『いまいくん』


同期の、今井…かぁ…


あいつ色々微妙なんだよなぁ…間違いなく忙しいこのタイミングで俺にline送ってくるあたり、あまり空気が読めないタイプではある。とはいえ、B1の冷凍室を開けろ、それだけのミッションもこなせない程重症なアホではない…はず。
で、こいつは何の用件で仕事中の俺にlineを送ってきたのか。
『新人のみなちゃんがレジから離れちゃった~(ToT)今どこ?寂しいよぅ。みなちゃんをレジに戻して~(ToT)』


―――うわ駄目だ。最っ高に駄目なタイミングだ。


あいつは基本的には真面目なんだが、恋愛スイッチが入りやすい。大抵は新人が大勢入る4月に集中しているのだが、急なバイト採用で恋愛スイッチがオンになることもある。…次の犠牲者はみなちゃんか…いや、この際その件は後回しだ。
『ねぇ~ねぇ~頼むよぅ~♡』
『無理。動けない。冷凍室に閉じ込められた助けて』
『俺だって恋という名の氷のラビリンスに閉じ込められた哀れな虜さ(ToT)』


―――そうじゃねぇよ、こっちはガチの虜状態なんだよふざけんな


大きく息を吐いて吸うと、凍った空気が肺を満たしかけて慌てて咳き込む。こ、こんな冷気で深呼吸したら肺が凍るわ。俺は慎重に少しずつ息をつくと、瘧のように震える腕を無理やり抑えつけ、もう一度スマホに指を滑らせた。
『いや、今はそういうのいいから。ガチなんだB1冷凍室開けろ』
『B1冷凍室でみなちゃんと二人きり…お互いの肌で温め合おう、え、恥ずかしいわ…みたいな~♡』


―――舐めてたわ…恋愛スイッチオン状態の奴の使えなさを。


しかし今現在、通信可能なのがこいつしかいない!我ながら泣きたい状況だけどそれが現実だ。涙を流すな、頬が凍りつく。こいつのきもい恋愛トークをかいくぐり、なんとか冷凍室を開けさせる方法を考えろ、考えろ俺。子供はまだ3歳なんだ。まだまだ俺が必要なんだ。

『みなちゃんの事は後で聞きます。で、まず俺の話を聞いてほしい。俺は今、B1の冷凍室に閉じ込められています。脱出ボタンは、どうやら壊れているようです。自宅の嫁にも連絡がつきません。瞬きも辛いほど冷えてきました。俺はあと10分足らずで凍死するかもしれません。お願いですから助けてください』
『え~?それもしかして恋愛心理テスト的な~?』



駄目だこいつまじで使えねぇ!!!



凍死がリアルな現実となって迫って来た。まだ3歳になったばかりの娘が、たまたま早く帰れた夜に、たどたどしくぱーぱ、ぱーぱ!と叫びながら飛びかかってくる光景がぐるぐる回り始める。今死んだら、あいつもう俺の事忘れちゃうだろうなぁ……涙がにじんできて、慌てて拭いた。涙を流すな、頬が凍る。


―――この手だけは使いたくなかったが、もう仕方がない。このままでは俺は死ぬ。119番に通報しよう。


ぷるるる…ぷるるる…という音すら暖かい。やがて少し高めの男の声がした。
「消防ですか?救急ですか?」
「きゅ…あ……あ、あ……」
声が…声が出ない!!俺は懸命に喉を動かしたが寒さでどこかが麻痺したのか、声が全然でてこない。喘ぐような呼吸音が、喉の奥からひりだされるだけだ。もしもし、もしもし、と懸命に呼びかける声を遠くに聞きながら、俺は119番も諦めた。


『どうしようかなー、俺もう限界。みなちゃんに告っちゃおうかなー』
限界はこっちのセリフだ。人生の最期に目にするのがこいつの浮かれぽんちなlineトークとは…涙を流すな、頬が凍る。頭の中を今までの人生がぐるぐる回り始めた。これが噂に聞く走馬灯か。
俺は最期の賭けに出る。スマホに指を滑らせ送信すると、そのまま静かに崩れ落ちた。あぁ、なんて冷たい床だ…。





やがて、がちゃりと荒々しくノブが回る音と、複数のけたたましい悲鳴が聞こえた。





あれから数日。
俺が連絡した119番の担当者が、電話口の俺の様子から極限状態だったことを察してスマホを逆探知して駆けつけてくれたらしい。そして運よく俺を見つけてくれたみなちゃんの案内で、俺を回収してくれた。お陰で幸い数日の入院程度で俺は全快した。


結論から言うと、俺は賭けに勝った。
俺が気を失う直前、最後に送った文章は、こうだ。


『このlineトーク画面をみなちゃんに見せて告白するんだ今すぐに。占いの結果、今日を逃したら3年はチャンスが来ない。たった今!今すぐ告れ!!お前なら出来る!!』
あの浮かれぽんちはレジをほったらかしてみなちゃんの元に走ってlineを見せたらしい。最初に聞こえた悲鳴の一つは、そのときのものだったのだ。みなちゃんは納品の為、B1に居た。俺は運がいい。


今井はみなちゃんに振られた…どころか、口も利いてもらえないらしく、がっくり落ち込んでいる。当初はものすごい勢いでなじってやる予定だったが、あの憔悴っぷりを見ていたらどうでもよくなった。生きてたし。もう若くないんだから、この機に自分の恋愛スイッチの怖さを少しは思い知ってもらいたい。
「あぁ…我が想いは恋という氷のラビリンスへ…」


あ、駄目だこいつ。全く反省してない。

 
 

 
後書き
次回更新予定は、来週です 
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