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【短編集】現実だってファンタジー

作者:海戦型
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つぶやき総集編

 
前書き
つぶやきで投稿したものを書き集めてみました。 

 
 = 確変の絶対領域――唱えよ其の名は『台車』なり =


 かたん、と音を立てて取っ手部分を立ち上げ、脚を乗せて前後させる。
 タイヤの滑りは問題ない。改良に改良を加えたサスペンションも、車輪そのものの状態も良好。取っ手の具合もばっちりだ。

 よし、とつぶやいた俺はそれに飛び乗る。スケボーで学んだ足の角度とバランス感覚を活かしてそれに乗った俺は、キックボードのように片足で地面を蹴って自分の乗る「それ」を加速させた。

 がらがらがらがら、とアスファルトとタイヤのぶつかる喧しい音が響き、振動が足を伝わる。

 ――そう、これだ。これがなければ俺は「こいつ」に乗ろうと考えなかった。

 やがて地面を蹴れば蹴るほどに加速するそいつは下り坂に差し掛かりがくんと体が浮くような感覚が襲った。足をしっかりと固定し、添えるように掴んでいた右手が握る取っ手に力を込める。

 そして、ブレーキなど最初から装着していない「そいつ」はリミッターを解除したように際限のない加速を開始する。一歩間違えば乗り手を殺しかねないほどの暴走特急。動力は重力と、乗り手である俺。エンジンなど必要ない。坂があって、俺がいればいい。それが堪らない。

 耳元に風を切る音が流れ、全身を空気の壁が打ち、どんどん激しくなる振動が全身をくまなく揺らしつくし、心臓の鼓動が一層激しく全身に血液を送り込む。既にその速度は自転車を超えていた。それでももっと――もっとと速度を求めてしまう。このスリルに身を委ねてしまう。その瞬間が――なんとも堪らない!

 そして俺は、最高の気分になった瞬間にお決まりの一言を叫ぶことにしている。

 さあ、いくぜ!


「 台 車 通りまぁぁぁあああすッ!!道を空けてくださぁぁぁいッ!!!」

台車。それは男のロマン。
台車。それは――俺の半身。
台車。それは人類の可能性を示す神器。

俺はその果てしない下り坂を加速しまくった。

「ぞ、ゾンビだ!ゾンビが出たぞ!!」
「ヴヴあ……おぉぉぉ…………!!」
「台車通るよー!!」

 ばぐしゃっ!!

「グベボォッ!…………」
「……ゾンビは二度死ぬ?」

 途中に何があろうと気にしなかった。

「お前がどんな策を弄しようが、俺の読心能力の前には無力だ!」
「くぅ……っ!何か方法はないの!?何か――っ!」
「そこ退けその退け台車が通るッ!!」

 どぐしゃっ!!

「ば、馬鹿な………意識を、読む暇もない……速度…………だ、と?」
「な、なんか知らんが勝った?」

 もう誰にも俺達の加速は止められない。

「ゲボハハハハハ!我が大時空魔法はあと数分で完成するぞ!さあ、どうする。まだ戦うか!?ならば我を楽しませて見せ給えよ……足掻いてみせろ勇者よ!!そのなまくらの剣で我を倒せるのならばなぁぁぁぁぁ!!」
「邪魔だ邪魔だぁぁ!!台車、押し通るッ!!」

 べきゃあっ!!

「ま、魔王が……魔王の大魔術が、人間如きにぃぃぃぃぃぃぃッ!?我が野望がッ!!我が人生がッ!このような……このようなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!潰える、潰えてしまうのかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!うおぉぉぉぉぉぉぉ!!無念なりぃぃぃぃぃぃッ!!ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉああああああああ!!」
「お前いっちいち台詞が長いんだよ!!さっさとくたばれ!!」
「今、なんか通ったよね?」

 どこまでも、どこまでも――

「そんなボロボロの機体でグランバニッシャーミサイルを受け止める気か!?やめろ、少尉!自殺行為だ!!」
「それでも……それでも、第二母星を守るためには!!」
「台車様のお通りだオラァァァァッ!!」

 ぎゅぼぉぉんっ!!

「グ、グランバニッシャーミサイルが……真っ二つだ!迎撃に成功したぞー!!」
「少尉、君は英雄だ!!」
「え、俺まだ何もしてない……?」

 音速を超え、光速を超え、世界の壁を超えてもなお加速を続ける限界突破回転インフィニット機関と化した俺と台車は、果てしない加速を続けた。そして――。

『愚かなる存在よ・・・貴様ら人間が因果の改変を行えば行うほどに、この宇宙にかかる負荷は強くなってゆく。お前たち知的生命体はこの宇宙に生まれてはいけなかったのだ。生まれながらにして悪の因子を抱えた貴様らは自分の星さえも食らいつくし、いずれは宇宙そのものを喰らうだろう。この永年銀河系存続のために、全宇宙の集合意識である我が貴様らを裁いてやろう――』

  「台車の可能性は無限だぁぁぁぁぁああああッ!!!」

「あ、あれは!?」
「あらゆる世界のあらゆる時代で人類の敵を打ち破って来たと言われる伝説の!?」
「古人曰く、彼は台車であり――台車は彼である」
「かの者、下り坂より無限の加速とともに来たりて人類の可能性と――台車の可能性を信じる使者!」
「無限の可能性、因果を穿つ一筋の光、進化の申し子にして最古の英雄!!」

「「「「台車男ッ!!!」」」」

『こ、この力は……!?馬鹿な、たかが人間と台車がこれほどのエネルギーを持てるわけがない!そのような――宇宙誕生に匹敵する力を!?これだけの力を以て、貴様は何故人の姿を保っていられる!?なぜそれほど愚直なまでに前へ進み続ける!?』

「どうでもいいけど邪魔だ!俺と台車の加速を止める奴は………吹っ飛んじまいなぁぁぁぁッ!!!」

『う、宇宙に――永年銀河系に加速のエネルギーが満ちていく!未来が、過去が、事実が変わっていく……全宇宙の意志たる我さえも知らない可能性が――』


こうして俺はこの宇宙で起きた余りにも数奇な人類の戦いの結末すらも突破して、宇宙を超えて――。



「……ふう、家に着いた!」

 宇宙を一周して、俺のいた時間軸まで戻ってきたのであった。

 ――台車に乗ってれば宇宙を救える。

 俺の書いたこの論文がまさか全世界に反響を呼び、数年後に「DD(台車ドライビング)システム」が完成することになるとは、この時誰もがなんとなく予想はついていたそうだ。





 = 台車の台車による台車の為の台車 =



 台車――それは、神秘の物質。

 黄金比と呼ばれる究極の造型で構成された一枚の板を、まるでこの世の流転を表すような4つの車輪が支えるその様は、奇跡的なバランスの元に成り立つこの世界の基盤そのものであるかのように美しい。しかして、世界は人の力で動かすことが出来る……そんなメッセージを象徴するように、敢えて板には取っ手が装着されている。直角の板とは違って美しい曲線を描き、敢えて人工物だけの世界などあり得ないというメッセージが添えられているかのようだ。更には取っ手という覇権を握るに相応しい者が現れないとき、取っ手は板とともに新たな主を待つよう折りたたんでひと時の休息に移る。
 そして、台車とは運ぶもの。それは物質を、魂を、時間を、空間を、森羅万象をあるべき場所へと運び続けるためのノアの方舟そのもの。

 一説には台車はこの地球が誕生したと呼ばれる64億年より更に以前から造形物として存在する、宇宙そのものの原型だとする学説もあるが、真偽のほどは定かではない。また、台車は地球の生物や現在の地球人類の進化に深く関わっており、嘗て地上に栄えた恐竜たちが滅んだ理由は台車の禁忌に触れたことが間接的な原因であることがジュラ紀の地層の調査で示唆されている。

 また、台車の存在が神のモデルになったことは昨今一般常識として国際的に知られている。聖書等における神のお告げとは、台車の力に触れて宇宙真理の一部を得た存在がそのメッセージを「神のお告げ」と捉えたとするのが最有力な通説だ。また、台車の存在を最も強く残す宗教は仏教であり、「大乗仏教」や「小乗仏教」の「乗」というのが台車に乗るかどうかの議論であるという事実は宗教学者の間では余りにも有名な話である。

 近年では相対性理論で有名なアインシュタインの原理が台車からモチーフを得ているなど、台車の持つ可能性は今もなお人間に多大な恩恵を齎している。しかし、台車の恩恵を正しく理解しない存在から見ればこの台車の語る真理とは道具でしかなく、原子爆弾を初めとする大量破壊兵器を生み出す人類の蛮行を生み出してしまう結果になったことは誠に残念でならない。

 さて、先ほど少し触れたが台車の真理的な部分を人々に伝える際に重要視されるのが台車という形状が表す移動エネルギー、すなわち加速の力が重要な解釈ポイントになっている。加速とはつまり停止や停滞がない事を表し、加速こそが宇宙の始まりであるビッグバンと宇宙の終焉であるエントロピー終焉を端的に表す究極法則であり、この法則に触れた者は現在、過去、未来という時空間を超越した発想や思考を得ることが出来る。
 また、これは未だに研究中の分野だが、車輪が回るガラガラという不思議な振動が知的生命体の持つ固有アストラル波長と一致しているという仮説が存在する。もしもこの仮説が立証されることになれば、全ての人類が加速のエネルギーの正しい在り方を理解し、世界から無用な争いが消え去る日が来るであろう。

 そして忘れてはならないのが、加速のエネルギーとは宇宙の終焉をも突破する無限の可能性を秘めていることだ。残念なことにこの無限の可能性を正しく観測できる存在は、この世界のどこかに存在するオリジン台車と同位体の台車に乗った人間、すなわち理論上の世界にしか存在しない「台車男」のみである。
 そしてオリジン台車が人類の手に届かない宇宙の中心部に存在するという公算が高く、現在の人類の文化レベルでは同位体を作り出せる確率が0,0000000000000000000000500103%である以上、これを製造することが不可能に近いことは数値を見るに明らかだ。また、オリジン台車に迫る行為とはすなわち恐竜の冒した禁忌に匹敵する行為であることが古くから示唆されている。西暦1999年のノストラダムスの大予言も、当時のノストラダムスが「西暦1999年の技術力において初めてオリジン台車の同位体を製作しうる可能性が人類内部で誕生する」という仮説を加速エネルギーの中から受け取ったことを起点としていることからも、これがイカロスの翼以上の危険性を孕んでいることは明らかだろう。

 我々は恐らく永遠に答えには辿り着けないのだろう。
 しかし、辿り着けないのならばそれが台車の意志であり、この世界が正しくある事の証左なのだ。

 だが、もしも。

 もしもこの世界にオリジン台車の同位体に乗る「台車男」が現れたとしたならば――それもまた、台車という絶対真理が必要として生み出した存在なのかもしれない。

 人類史には何故か頻繁にこの「台車男」が救世主として登場する伝承が多く散見される。これは解読不能とされたイースター島の文献にも登場し、文献内で唯一台車男の部分のみが解読された事からこの文献は旧宇宙における知的生命体が残した台車と台車男に関する重大な謎を書き記したものであることは想像に難くない。

 なお、「台車男」の「男」とは日本語における男性の事ではなく、救世主を表す古代台車語の「オトゥーウェグ」を日本語に直した際に付けられた当て字として大和朝廷誕生以前から存在したものである。そのため実際には「台車男」には女性も含まれるとするのが一般的な見解である。
 
 「台車男」。それがどのような存在なのか、現状の人類では答えに辿り着くことが出来ない。

 この答えが明らかになるのは、人類がもっと台車による加速エネルギーの真理を理解してからの事となるだろう。


 ~ ダイシャール・D・スゲダイスキー著『運命の車輪』-688ページより抜粋 ~
 




 = 唯一つだけ、磨いた業がある =


「――お前がこの周辺で最強と謳われる剣士か?」

 その男は、世捨て人のように山奥に暮らしていた。声をかけられた男が振り返る。
 男はどうやら薪割りをしていたらしい。男の足元には割れた木材が転がっていた。
 精悍な顔立ちだ。体も一目見れば分かるほどに無駄なく鍛えられている。そしてその腰には、北の民族特有の装飾が施された剣が下げられていた。

「……違う。俺は剣士ではない」
「見え透いた嘘を言うな。剣士以外の誰が帯刀したままうろついている。……聞いたぞ、この周辺ではお前を倒せる相手がいなくなったから、剣の道に飽いて山籠もりをしていると」
「それも違う。俺は元々この山の集落の出身だ。一時期は私用で村を離れはしたが、今は腰を落ち着かせている。ここが俺の戻るべき鞘というだけだ」

 確かに男の言うとおり、この周辺には集落がある。男がそこの出身でいるという話も出鱈目と言う訳ではないだろう。しかし、そんな些細なことは俺にとってはどうでもいい。

「俺は南の地で100人の剣士を果し合いで打ち倒した。東で俺に敵う剣の腕を持っている人間はいないだろう。道場を開いて剣術の弟子も多く輩出した。しかし……俺の飢えはまるで癒えない。俺の腕が、剣が、もっと剛の剣士と戦えと囁くんだ」

 この身体は四十を過ぎた。現役の剣士としてはそろそろ引退を考えてもいい頃合いだ。しかし、鍛えれば鍛える程に体は衰えを知らずに洗練され、老いるどころか剣技は更に鋭さを増す。若かりし日に燃えた求道者としての自分が、まだだまだだと心の内で猛り狂うのだ。

「そんな折、北に最強の剣士がいると聞いた。話ではその男は妖魔を斬り、罪人を斬り、挙句は神さえその剣で断ち切ったというではないか。なぁ――『北の英雄』ラメトクよ」

 俺は、剣を抜いてその男――ラメトクに突き付けた。

「俺と死合え。全身全霊を込めて打倒するから、全身全霊を込めて俺を打倒しに来い。或いは南の英雄と謳われた俺の渇きを、お前ならば癒せるかもしれぬ」
「………勝手な男だ。俺はまだ名乗ってもいないし、戦うなどとは一言も言っていないというのに」
「今、こうして剣を突きつけても貴様の気配には微塵も揺らぎがない。それが貴様がただならぬ剣士である事の証左に他ならん」

 並の人間なら腰を抜かして小便を漏らしてもおかしくはない気迫を放つ。動物はその濃密な危険の香りから逃れるために一目散に逃げ出し、鳥や虫も一斉にその場を退く。草木さえも俺の気迫にはざわめいた。
 その前で唯一人――ありったけの気迫をぶつけているのに、この男の周囲はまるで凪のように穏やかな空気が流れている。絶対者のそれだ。極めた人間が持つ特有の『世界』の元で、この男は生きている。

 嬉しくなる。これだけの殺気をぶつけて尚微塵も揺らがなかった剣士など、この男が初めてかもしれない。この男は間違いなく、俺を満足させるだけの鍛錬と才覚、そして経験を積んでいる筈だ。

「我が名は『南の英雄』ドウセツ!!貴様が剣を抜かぬならば、俺が無理にでも抜かせてやる!!さあ、死合いだッ!!」

 全身の血液が沸騰し、頭が全て戦いのみに塗り替わっていく。
 この血沸き肉躍る瞬間こそ、俺が求めてやまない最高の瞬間。
 命を賭けた真剣勝負の先にこそ、最強への道がある。


「――やめておけばいいものを」


 気が付いたその時には、俺の腹は深く切り裂かれていた。

「な………」

 噴き出す血液。遠のく意識。俺が最後にその目に見たのは――ラメトクの手に握られた血濡れの剣だった。

 いつ、どうやって抜いて、どう斬ったのか。

 全く、見えなかった。



 = =



 俺はラメトク。北のド田舎に住む男だ。

 世間は俺のことを最強の剣士とか英雄とか言っているが、正直勘弁してほしい。
 俺は確かに一つだけ、人には絶対に負けない業を持っている。しかしそれは日常生活では役に立たないし、戦いでも必ず役に立つわけじゃないし、そもそもこれを身に付けないと自分が死ぬから嫌々ながら覚えた業なのだ。

 今日も勘違いして俺の元にやってきた頭が可哀想なおっさんが一人。

 おっさんの名前はドウセツというらしい。自称南の英雄らしい。土地が遠すぎて北にはそんな話が伝わってこないから知らんわと思うのだが、あっちは何故かこっちの事を知っているのだから迷惑なこと極まりない。
 前にも西の英雄が俺の所に喧嘩しにやってきた。が、俺に会う前に山で遭難したので仕方なしに助けてやったら回復と同時に斬りかかってきた。夜盗か暗殺者にしか見えない。なんで古今東西の英雄と呼ばれる人間は人の話を聞かないのだろうか。腹が立ったので山での追いかけっこに持ち込んでもう一度遭難させてやった。……見捨てるのもかわいそうだったから後で助けて西にお返ししたけど。

「さあ、死合いだッ!!」

 おっさんから放たれる圧が凄い。具体的に言うと大分距離はあるはずなのに至近距離に顔面があるような圧だ。むさい。むさすぎて辛い。おうちかえりたい。

 しかしね、おっさんよ。アンタそれはかなりマズイぞ。最悪死ぬ。マヂで。
 だってほら、俺の腰で大人しくしていた「あいつ」が、戦いの気に中てられて目を覚ましてしまった。



『ラメトクを襲う?ラメトクと死合う?ラメトク……ラメトクの血肉や命はぁ、私のモノだぁ……渡さない許さない殺してやる!生まれてきたことを後悔しろ!ラメトクと私の超克的な絆に指一本でも触れる存在は臓物と脳梁をぶちまけて死ねッ!死ねぇぇぇーーーーッ!!』



 瞬間、人間の反応速度を遙かに超えた速度で俺の腰から『剣』が飛び出した。

 おそらくドウセツさんには全く見えなかったろう。その剣は「勝手に空を飛び」、雷のような速度でジグザグに飛行しながら彼の腹に深々と突き刺さっていたのだ。まさに人間の所業を越えた、神がかった速度だった。
 ……本当に、この剣は。俺の意志を完全に無視しておっさんを殺しにかかっているが、運のいいことに鎖帷子を仕込んでいたおっさんは致命傷を免れている。俺は全力で手を伸ばし、勝手におっさんの臓物を抉ろうとする剣を抜き取った。

 おっさんが意識を失ってドサリと倒れる。出血がひどいが、秘伝の薬で傷は何とかなるだろう。ギリギリ助かりそうでほっと胸をなでおろす。俺はすぐさま剣を強引に鞘にねじ込み、おっさんを集落へ運んだ。

 おっさんの手当てが終わった頃、鞘からものすごく不満そうな声が漏れた。

『何で邪魔したのラメトク?あの愚物はラメトクと私の愛しく美しい絆に触れようとしたのよ?許されざる愚行よ?死刑決定よ?ねぇどうして私のこと邪魔したの?私のコト嫌いになったの?でも大丈夫。私はいつもラメトクのこと愛してるよ?だからラメトク、私をラメトクのお腹に突き刺して?』
「お前と言う奴は………ああもう、お前の話を聞いていると頭が痛くなるよ」
『頭いたいの?大変!病気じゃないよね!?私、剣だから出来ることって全然なくて……ええっと、痛いの痛いのトンデケー!!』
(なんでそういう気遣いが出来るのに俺の腹に突き刺さろうとしたんだコイツは……)

 俺が持っているこの剣、実は大昔に作られた呪いの剣「エペタム」と言う。
 伝承ではこれの使い手は最強の戦士になれるという話なのだが、この剣を使いこなすのは不可能である。理由は簡単、剣が自立した意識を持って動き回るからコントロール不能なのだ。

 しかもご覧のとおり性格がヤバい。本人曰く、「斬る」のは本能で、「刺さる」のは愛情表現らしい。なにそれこわい。怖すぎて先人も封印していたらしい。それをアレこうしてほんにゃんかんにゃんぷっぺらぺーした結果、いつの間にか封印が解かれて暴れるエペタムを俺が止めるという話になっていた。どういうことなの。嘘だと言ってよ長老。

『ラメトク?ラメトク……ぐすん、ラメトク、私の事無視するの?でもラメトクは優しいから理由があるんだよね、私知ってるよ?あ、分かったー!照れてるんだ!照れ屋さんだなぁラメトク!じゃあ私の方からラメトクに迫っちゃうもんね!受け止めて私の愛っ!』

 瞬間、鞘に納めていたエペタムが凄まじい速度で引き抜かれて俺の脳天に迫った。
 俺は溜息を吐きながら――唯一世界の誰のも負けない「真剣白刃取り」でそれを受け止めた。

『あぁん、イケズぅ……でもラメトクの手のひら、あったかい……ラメトクに包まれて幸せ!刺さったらもっと幸せ!刺させて!』
「ダメです死んでしまいます」
『死んでも愛してる!!死体を微塵に切り刻んでラメトクの血を全身に浴びたらもう私死んでもいい!!』
「愛がヘヴィーすぎやしませんかねぇ!?」

 これだこのダイナミックすぎる行動が問題なんだ。封印の鞘を使って死に物狂いで抑え込んで以来、このエペタムは滅茶苦茶俺に迫ってくる。元々刺さるの大好き多感な御仁だったようだが、俺のことが気に入りすぎて最近はずっと俺から離れない。
 そう、腰に差してるんじゃなくてエペタムが封印の鞘ごと強引に浮かび上がって俺にひっついているのである。鞘なかったら俺串刺しだよ。おかげで寝てるときは鞘からエペタムが飛び出さないように抱きしめて寝ないといけない。幸い俺に抱かれるのが嫌じゃないらしいエペタムは抱きしめると大人しくなるのだが、毎晩毎晩が綱渡りだ。

 要するに、だ。俺が英雄として称えられる理由になったほとんどの物事が、実はこのヤンデレソードが愛の力でやったことなのだ。俺はその愛が暴走しないように必死で真剣白刃取りしまくっていたセーフティーなのだ。

『いつも私を抱きしめて、正面から受け止めてくれるラメトクが……大好きっ!!』
「俺が受けとめないと俺の周囲が血の海なんだよねー!!ああもうチクショー封印の鞘以上の封印の力を探して旅に出たい!!」
『旅先でも私を抱いてくれる?抱いてくれるよね!浮気は許さないんだからね?もし半径1メートル以内に私以外のニンゲンを入れたら全部輪切りにして汚い地面にぶちまけちゃうんだからっ♪』
「世の為人のために絶対させねぇよッ!今回は不覚を取ったが次は射出先で白刃取りしてやる!」
 
 俺には唯一つだけ、磨いた業がある。
 対エペタム究極奥義にして数多の命を救う奇跡の業――真剣白刃取りが!!
  
 

 
後書き
なんだこのカオス。 
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