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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十三話 シャンタウ星域の会戦 (その5)

宇宙暦796年8月19日   4:00 第五艦隊旗艦リオ・グランデ アレクサンドル・ビュコック


正面から敵が押し寄せてくる。ボロディンが混乱して横からの攻撃が出来ない。今の内に攻め寄せ、こちらの足を止めようというのじゃろう。アルベルト・クレメンツ提督と言ったな、若いがなかなかの用兵巧者じゃ、侮れんの。

並走してメルカッツ艦隊も押し寄せてくる。此処は踏ん張らねばなるまい。
「全艦に命令。右側の敵の先頭部分に主砲斉射三連、撃て!」
押し寄せるメルカッツ艦隊に第五艦隊、第十艦隊から放たれた光の束が吸い込まれていく。

吸い込まれるのと同時にメルカッツ艦隊のいたる所から爆発が起き艦列が崩れる。それを確認する暇も無く正面の敵に対し攻撃を命じた。
「全艦に命令。正面の敵の先頭部分に主砲斉射三連、撃て!」

わしの命令と時を同じくして第十艦隊もクレメンツ艦隊に対して攻撃をかけてきた。さすがにウランフじゃ。何も言わずとも息を合わせてくれる、頼りになるわい。

正面から押し寄せる敵が崩れるのを確認するとわしは全軍に撤退を命じた。ボロディンには多少の損害を無視してとにかく撤退しろと命じた。多少強引でも今は敵を振り切るのが先決じゃ。

残念じゃの、クレメンツ提督。まだまだわしは若い者には負けはせん。モートンの分まで生きなければならんからの。



宇宙暦796年8月23日   6:00  第十三艦隊旗艦ヒューベリオン ヤン・ウェンリー


「閣下、重巡洋艦アストリアを破棄しました。乗組員はそれぞれ巡航艦キャメロン、オーシャン、キャッスルに収容されました」
「わかった」

グリーンヒル中尉の報告に答えながら溜息が出た。グリーンヒル中尉が心配そうな顔で私を見ているのが分っていたがそれでも溜息が出てしまう。

これで廃棄するのは何隻目になることか。この数はこれからも増え続けるだろう……。シャンタウ星域からの撤退が始まってから今日で四日目になるが、自分の生涯でこの四日間程辛く苦しい四日間は無かった。

目の前で同盟軍左翼がなすすべも無く殲滅されていくのを見た。味方を見殺しにしての撤退、しかし彼らを可哀想だと思う気持ちも済まないとおもう気持ちも持つ事が出来ぬほどの厳しい撤退戦……。

ボロディン提督の率いる第十二艦隊が別働部隊に側面を突かれたときはもう駄目かと思ったが、モートン提督の第四艦隊が正面の艦隊を押さえてくれたことで何とか持ちこたえる事が出来た。

自己を犠牲にして我々を逃がしてくれたモートン提督のことを考えるとなんと言っていいか分らない。悔しかったろう、悲しかったろう、指揮官として部下を連れて帰ってやれない。無念だったに違いない……。

ビュコック提督の分艦隊の援護も忘れてはいけないだろう。苦しい中、よく艦隊を別けてくれたと思う。それでも第十二艦隊は手酷い損害を受けている。半数近くがあの撤退行動で失われたはずだ。

第十二艦隊だけではない、第五、第十、第十三もあの撤退行動でかなりの損害を被った。同盟軍の左翼が抵抗している間に撤退しなければならない。彼らが殲滅、あるいは降伏すれば帝国軍は余った兵力をこちらに振り向けてくるだろう。

上手く撤退するではなく、早く撤退するに徹した撤退行動。損害は増えたがそれでも何とか敵を振り切って撤退できた。

逃げる、ただひたすら逃げる。生き延びるために逃げる。この間、断続的に敵との接触を受けたが、勝つ事よりも逃げ延びる事を考えながらの戦闘になった。つい二時間前にも接触を受け厳しい追撃を受けたばかりだ。

積極的な反撃が許されない撤退、徒労感と疲労だけが蓄積していく。タンクベッド睡眠も取ったが少しも精神はリフレッシュされない。これほど報われない戦いがあるのだろうか。

第五、第十、第十二、第十三の四個艦隊、殿は第十三艦隊が務めたが殿など名前だけのものだ。敵との接触を受ければ、第十三艦隊が先ず敵と応戦し、残り三個艦隊が引き返して敵の側面にまわる動きをする。

四個艦隊全てで立ち向かう。そして追い払う。そのほうが早く戦闘を終わらせ撤退を再開できる。その繰り返しだ。

戦闘で損傷を受け推力が落ちた艦、エンジンの不調を訴えた艦は直ちに廃棄させ、乗組員は他の艦に移乗させた。第十三艦隊だけではない、他の艦隊でも同じ事をしているだろう。

一度の接触で数百隻程度の艦を失い、それと同数近くの艦を廃棄している。既に第十三艦隊は艦艇数一万隻を割っている。

艦を棄てるのは乗組員にとっては辛いだろう。特に艦長にとっては断腸の思いのはずだ。だが、生き残るためには艦隊の速度を落とす事は出来ない。取り残されれば死ぬか、捕虜になる運命が待っているのだ。

どれほど苦痛であろうとも生き延びなければならない。私達を逃がしてくれたモートン提督に応えるためにも。

もう直ぐヴィーレンシュタイン星域につく。イゼルローン要塞までにはあと二十日以上かかるだろう。どれだけの人間が生きて帰れるのか……。

「前方に艦影発見、補給部隊です」
オペレータの声が艦橋に響く。補給部隊? どういうことだ。何故こんなところに補給部隊が居るのだ?

「馬鹿な、何故こんなところに補給部隊が居る? 直ぐ傍まで敵が来ているのだぞ」
「総司令部は一体何を考えているのか」

ムライ参謀長とラップが信じられないといった口調で言葉を出す。確かに信じられない。だが先行した部隊はどうしたのだ? 補給部隊を置き去りにしたのか?

「閣下、補給部隊の護衛艦より通信が入っています」
「護衛艦から?」

不思議に思う間も無く、スクリーンに壮年の軍人が映る。こちらの姿を確認したのだろう。彼は私に向かって敬礼してきた。



帝国暦 487年8月23日  7:00 帝国軍 ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ  ウォルフガング・ミッターマイヤー


「前方に敵艦隊発見」
「追付いたか」
オペレータの敵艦隊発見の声に思わず声が出た。

しぶとい、この敵は本当にしぶとい。何度か接触し攻撃を加えた、遁走する敵に追撃も加えた。損害は与えている。しかし崩れない。しぶとく艦隊を維持したまま撤退している。

しかも速度の遅くなった艦を棄てている形跡がある。艦隊の速度を維持するためだろう。とにかく逃げる事に徹底している。しぶとい限りだ。

接触すると最後尾の艦隊が応戦し、先行する他の艦隊が引き返してこちらの側面に回ろうとする。いやでもこちらは退かざるを得ない。ずっとこの繰り返しだ。しかし味方が来るまではこの遅滞行動を繰り返さなければならない。

「敵は三万隻以上います!」
「!」
オペレータの声に艦橋がざわめく。

三万隻、敵は集結しているようだ。どういうことだ、何故逃げない? いや、それよりもどうする、此処で仕掛けるか? それとも味方の集結を待つか?

おそらくロイエンタール、メルカッツ、クレメンツ、ミュラー、ビッテンフェルトが近くまで来ているのは確かだ。ここで多少損害を受けても相手を足止めするか? しかし相手が相手だ、卒爾な仕掛けは出来ない。むしろ一旦退くべきか? それにしても何故此処に敵が集結している?

「敵、後退します」
「後退?」
どういうことだ? 今になって何故逃げる。こちらは一個艦隊だ、叩き潰すチャンスだろう。此処で戦っても意味は無いと判断したか? 逃げる事を優先したか?

「敵の一部が留まります!」
「?」
敵の一部が留まる? どうなっている?

「スクリーンに拡大投影しろ」
「はっ」

「これは、輸送艦か、補給部隊……」
大きさは十万トン級だろうか、ざっと約百隻ほどの輸送艦がスクリーンに映っている。補給部隊が此処まで来ていたのか、それを守ろうとしていた、しかし鈍足の輸送艦を伴っては逃げ切れないと見て輸送艦を棄てるのか……。

いきなり輸送艦が爆発した。撤退する反乱軍の最後尾の艦隊が攻撃したらしい。こちらの手に渡したくないと言う事だろう。
「輸送船を破壊させるな、敵を攻撃しろ」

俺の命令とともに艦隊が前進し敵に攻撃を加える。敵は戦闘を避け後退していく。あるいは俺たちに輸送艦を拿捕させるのが目的かもしれない。それによって少しでも追撃の速度を遅く出来れば、そんな事を考えているのか。

「閣下、輸送艦を拿捕しますか?」
ビューロー准将が問いかけてくる。乗組員は居ないだろう。反乱軍は破壊しようとしていたのだ、移乗させたに違いない。忌々しい事だがある程度の補給も済ませただろう。

敵は今一つに纏まっている。この状態で追撃するのは危険だろう。こちらは敵の三分の一しかない。味方の集結を待ってからにしよう、誰か一人来てくれれば追撃する。それほど時間はかからないはずだ。

「とりあえず、輸送艦を頂こうか。敵に対する攻撃は味方が追付いてからにしよう。直ぐ近くまで来ているはずだ」
「はっ」

敵が輸送艦から離れるのを見届けてから命令を受けた艦隊が輸送艦に近づく。十万トン級輸送艦。敵が破壊したとはいえ未だ五十隻以上残っている。決して小さな戦果では無い。

輸送艦を艦隊の先頭集団が取り囲んだ。戦艦が輸送艦に接舷し、拿捕するための人員を送ろうとしている。その瞬間だった。

輸送艦が次々に爆発し大きな火球を作り上げた。接舷していた戦艦、あるいはしようとしていた戦艦が爆発に巻き込まれ爆発する。近くにいた艦も爆風を受け艦列を乱している。してやられた! 罠か!

「全艦に命令、直ちに後退しつつ艦列を整えろ、敵が来るぞ!」
艦隊の動きが鈍い! 味方が敵を追撃しているという思いが、敵が反撃してくる現実に対応できなくなっている。混乱する先頭集団に敵のレーザーがミサイルが襲い掛かるのがスクリーンに映った。


帝国暦 487年8月23日  8:00 帝国軍 ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン オスカー・フォン・ロイエンタール



「前方で戦闘が行なわれています!」
オペレータの声が艦橋に響く。ミッターマイヤー、相変わらず早いな。
「戦闘は徐々にこちらに向かっています!」
「!」

こちらに向かっている! つまり後退しているということか。ミッターマイヤーが押されている、何が有った?
「スクリーンに投影しろ」

スクリーンに戦闘が映った。やはりミッターマイヤーの艦隊が押されている。何とか後退し態勢を立て直そうとしているのだが、どうにも立て直せず、ずるずると後退している。

「敵の総数、約三万!」
三万隻、最後尾だけじゃない、反乱軍全軍での反撃か! おそらく撤退するための反撃だろうが、しぶとい!

「全艦に命令、ミッターマイヤー艦隊を援護する。前進だ」
艦隊を前進させ、ミッターマイヤー艦隊の横に出る。前進してくる敵に対し攻撃をかける。

「主砲斉射三連、撃て!」
こちらの攻撃を受け、敵が後退する。ミッターマイヤー艦隊も艦隊を立て直し始めた。

ミッターマイヤーから通信が入った、スクリーンにミッターマイヤーが映る。
「すまん、ロイエンタール、助かった」
「卿らしくないな、一体何が有った」
「小細工に引っかかった。してやられたよ、面目ない」

敵は後退していく。整然としたものだ。追うべきだろうか? ミッターマイヤーは追おうとは言わない。手強いと見ているのだろう。迂闊に追えば手痛い反撃を喰う。此処までか……。

「卿に苦渋を飲ませるとは反乱軍にも出来る奴がいるな」
「次はきっちりとお返しするさ」
敵の艦隊は少しずつ小さくなっていく。


メルカッツ、クレメンツ、ミュラー、ビッテンフェルト艦隊が追いついたのは敵が撤退してから更に一時間後だった。



 
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