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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百五話 掌

帝国暦 487年8月 3日  フェザーン ニコラス・ボルテック


「自治領主閣下、先程カストロプより連絡が有りました」
「うむ。それで」
「はい。鎮圧軍をアルテミスの首飾りで撃退したと」

ルビンスキーは強い視線でこちらを見た。一瞬だが身体がすくんだ。
「それで、鎮圧軍は撤退したのか?」
「いえ、まだカストロプを囲んでいるそうです」

俺の言葉にルビンスキーは考え込み始めた。イゼルローン要塞陥落後、帝国の攻勢が厳しくなっている。帝国はイゼルローン要塞陥落にフェザーンの責任が有ると考えているのだ。

ルビンスキーはかつてのように嘲笑を浮かべることは少なくなった。代わりに少し俯いて考え込む事が多い。ただ、考え込んだ後は果断とも言える行動力を示す。

カストロプ公の事故死、マクシミリアンの反乱、アルテミスの首飾りの配備等を次々と手を打ち帝国軍の分散に成功している。さすがだと言っていいだろう。

俺は昔よりも今のルビンスキーの方が好感が持てる。フェザーンの自立のため必死で謀略を振るう姿は、手段はともあれこの男の力になりたいという気持ちにさせる。

「腑に落ちぬ。マクシミリアンは確かに鎮圧軍を撃退したと言ったのだな」
「はい。残骸も見ました」
「まだ、カストロプを囲んでいると?」
「はい……」

確かにおかしい。あの要塞を攻め倦んでいるのは分る。そう簡単に破壊できるものではない。だがいつまでカストロプに居るのだ? 同盟軍が攻め込んで来ているのだ。カストロプなど放り棄て反乱軍の迎撃に動くべきなのだ。

しかし現実にはヴァレンシュタイン司令長官はカストロプで足止めをされている。余りにもこちらの狙い通りに動きすぎる。

「如何します。同盟にはなんと」
「そうだな……、帝国軍は国内の反乱鎮圧に失敗、鎮圧軍はかなりの損害を被った。帝都オーディンでは政治的混乱が発生した模様」

「それは!」
「良いのだ、ボルテック。この報を得れば同盟は進軍を早めるだろう、帝国も迎撃に出るはずだ。このあたりで両軍を動かしてみよう。何か見えてくるものも有るかもしれん」

「……」
「それに両軍が正面からぶつかるなら、互いに被害は決して小さくはあるまい」
「閣下は共倒れを考えておいでですか」

俺の問いにルビンスキーは答えなかった。ただ黙って何かを考えていた。


帝国暦 487年8月 4日  オーディン 新無憂宮 ラインハルト・フォン・ローエングラム


「ではマクシミリアンと連絡を取っていた者は分ったのじゃな?」
「はい、ブルクハウゼン侯爵、ジンデフィンゲン伯爵、クロッペンブルク子爵 ハーフェルベルク男爵です」

俺はリヒテンラーデ侯の問いに答えた。侯は忌々しげな表情で言葉を続けた。
「マクシミリアン、いやその裏でフェザーンと通じていた者がやはり居ったか」

「奴らが自由に動けるのも残り僅かです。間も無く命運が尽きましょう」
「軍務尚書の言う通りです。ルビンスキーも首根っこを押さえたようなもの、いずれ始末をつけます」
エーレンベルク、シュタインホフの両元帥がリヒテンラーデ侯の表情を可笑しそうに見ながら侯に言葉をかける。

リヒテンラーデ侯は二人を一瞥すると
「これから黒真珠の間で卿に勅命が下る」
と俺に話しかけた。

リヒテンラーデ侯の言葉に両元帥の視線が俺に集中する。その視線に押しかぶせるように侯が言葉を続けた。
「ぬかるでないぞ、ローエングラム伯」
「はっ」




広大な黒真珠の間の大勢の人間が集まっている。皇帝の玉座に近い位置には帝国の実力者と言われる人物がたたずんでいる。幅六メートルの絨緞をはさんで文官と武官が列を作っている。

俺もその一人だ。エーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥、クラーゼン元帥、オフレッサー上級大将、ラムスドルフ上級大将の次に位置している。ヴァレンシュタイン司令長官が居れば、彼はクラーゼン元帥の次に来る。

オフレッサー、ラムスドルフの方が上級大将としては先任で年齢も上だが、宇宙艦隊司令長官の地位はヴァレンシュタインを最上位に押し上げる。オフレッサーもラムスドルフも内心はどうあれ、式典の場で不満を露わにした事は無い。

そしてこの場には宇宙艦隊の司令官達も顔を揃えている。殆どが平民、下級貴族の彼らが比較的上位を占める。貴族たちにとっては不本意な景観だろう。

「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護
者、神聖にして不可侵なる銀河帝国フリードリヒ四世陛下の御入来」
式部官の声に頭を深々と下げる。

ゆっくりと頭を上げると皇帝が豪奢な椅子に座っていた。そして俺の名が呼ばれる。
「宇宙艦隊副司令長官、ローエングラム伯ラインハルト殿」

周囲の視線を感じながらゆっくりと歩き、玉座の前に立ち、片膝をついた。
「ローエングラム伯、カストロプの反乱は鎮圧したそうじゃの。反乱軍討伐の前に幸先の良い事じゃ」

周囲からざわめきが起こる。
「恐れ入ります。これも陛下の御威光の賜物でございます」

「しばらく、しばらくお待ちいただきたい」
「陛下の御前である、無礼であろう、シュターデン大将」
「いささか、疑念がございます。リヒテンラーデ侯、なにとぞ」

シュターデン大将が転がるように前に出て口を出し始めた。相変わらずこの男か、余程俺や司令長官が目障りだと見える、愚かな……。

「疑念とは何事か、シュターデン、申してみよ」
「恐れながら、カストロプの反乱が鎮圧されたとは真で御座いましょうか?」
皇帝の許しを得てシュターデンが話し始めた。

皇帝の表情に僅かに面白がっているような色が見えたのは気のせいではあるまい。
「昨日、ローエングラム伯から報告があった」
ざわめきと共に視線が俺に集まる。決して好意的とは言えない視線だ。

「臣は反乱は鎮圧されておらず、鎮圧軍は敗退したと聞いています」
シュターデンはそう言うと俺を睨み付けた。
「ローエングラム伯、陛下に偽りを申されるか!」

「妙な事を言われる。小官を侮辱なされるのかな、シュターデン大将」
「黙れ! 鎮圧軍はアルテミスの首飾りの前になすすべも無く敗退したと聞いている。陛下を愚弄するか!」

勝ち誇ったように言葉を吐き出すシュターデンが何処か可笑しかった。思わず笑いが漏れた。それを聞いたシュターデンが更に激昂する。
「何が可笑しい!」

「卿が可笑しいのだ。シュターデン大将」
「な、なんだと」
「鎮圧軍が敗れたと言う証拠が何処にある? 誰がそのような事を言ったのだ?」


「証拠? 誰がだと、それは……」
答えられんだろう、シュターデン。お前はブルクハウゼンにその話を聞いた。ブルクハウゼンとマクシミリアンが繋がっているのも気づいているだろう。だがブルクハウゼンの名は出せまい。

「答えられぬか。証拠も無しにつまらぬ噂で私を侮辱するか! シュターデン」
「……」
シュターデンは悔しげな表情で俺を睨むが、滑稽なだけだ。

「卿に教えた人物を当てて見せよう、ブルクハウゼン侯爵、前へ出られよ」
名を呼ばれたブルクハウゼン侯爵が周囲の視線を浴びおどおどしている。
「出られよ、ブルクハウゼン侯爵」

再度の俺の声に渋々といった感じでブルクハウゼンは前に出た。
「ブルクハウゼン侯、妙な噂を流してもらっては困りますな」
「何の話だ」

「鎮圧軍が敗れたなどと言うデマを流されては困ると言っています」
「……」
「反逆者、マクシミリアン・フォン・カストロプから聞きましたか?」

「何の話だ、私はマクシミリアンとは話などしていない。卿こそ、陛下に対し虚偽を言うのは許されんぞ!」
痛いところを突かれたのだろう。むきになって言い返してきた。

「ほう、マクシミリアンとは話していませんか?」
「もちろんだ。誰が言ったのかは知らぬが迷惑だ!」
俺は密かに持っていた音声再生機のスイッチを入れた。

「ブルクハウゼン侯、鎮圧軍はアルテミスの首飾りの前になすすべも無く敗れたぞ」
「そうか、敗れたか」

「他愛ないものだ。あのような奴ら恐ろしくもなんとも無いわ」
「これでリヒテンラーデ侯を揺さぶる事が出来る。ヴァレンシュタインが敗れたとなれば侯の力も弱まるだろう。いま少しの辛抱だ。もう直ぐ侯を失脚させ私が国務尚書になる。そうすればマクシミリアン、卿の反乱も取り消されよう……」

静まり返った黒真珠の間にブルクハウゼンとマクシミリアンの声が流れる。ブルクハウゼンの顔面は蒼白だ。シュターデンも青くなっている。

「ブルクハウゼン侯、陛下の御前で嘘はいかんな、随分と親しいようではないか」
「……リヒテンラーデ侯、わ、私は」
「ローエングラム伯、他にもマクシミリアンの友人が居よう、皆に紹介してはどうじゃ」

皮肉そうな口調でリヒテンラーデ侯が言葉を続ける。顔には酷薄と言っていい笑みが浮かんでいた。俺はジンデフィンゲン伯爵、クロッペンブルク子爵 ハーフェルベルク男爵の名を呼んだ。

逃げようとしたが予め配備していた憲兵隊に囚われ、突き出された。
「どういうことだ、何故我々が……」
「まだ分らんか、困ったものだ。カストロプは落ちた、マクシミリアンは命惜しさに卿らを売った。そういうことじゃ」

喘ぐ様に言うブルクハウゼンに呆れたような表情でリヒテンラーデ侯が答えた。黒真珠の間がどよめく。彼方此方で顔を寄せ合って話す姿がある。

「ば、馬鹿な、そんなことが、首飾りは……」
「何の役にも立たん。ヴァレンシュタインは一人の犠牲者も出さずにあれを落としたわ」

リヒテンラーデ侯の言葉に今度は黒真珠の間が凍りついた。そんな様子が可笑しかったのか侯は笑いながら言葉を続ける。
「イゼルローンでさえ落ちた。難攻は有っても不落は無い、ヴァレンシュタインはそう言っておったの」

「ブルクハウゼン、その方らはヴァレンシュタインの掌で踊っていたのじゃ。そんな顔をするな。予とて病気の真似事をさせられたのじゃ、全く人使いの荒い男よ。予は寝ていただけだから良いがの、その方らは流石に踊り疲れたであろう、ゆっくりと休むが良い。これからは踊る事も踊らされる事もないからの」

皇帝はそう言うと可笑しくて堪らぬというように笑い始めた。リヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフの両元帥が皇帝を呆れたような表情で見ていたが、やがて彼らも顔を見合わせ少しずつ笑い始める。

皇帝はそんな臣下を見てさらに上機嫌に笑う。ついには四人が哄笑と言っていい程の笑い声を上げた。凍りついた黒真珠の間で四人の笑い声だけが流れていく……。






 
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