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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十八話 謀多ければ……

■ 帝国暦487年 6月23日 オーディン、新無憂宮  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「朝早くから済まぬの、昨夜遅くフェザーンのレムシャイド伯から連絡が有った」
「……」
「反乱軍が三千万を越える兵を以って帝国に攻め寄せるそうじゃ」
「……」

リヒテンラーデ侯の言葉に、俺はエーレンベルク、シュタインホフ両元帥と顔を見合わせ、溜息をついた。出兵させるように仕向けたとはいえ、本当に三千万の兵が攻めてくるとなると溜息が出る。

とりあえず反乱軍に帝国領に攻め込ませるという事には成功した。後はどうやって敵を撃滅するかだ。敵を驕らせ油断させる必要が有る。そのためにはこちらが弱いという形を示さなければならない。

「ルビンスキーめ、フェザーン回廊に要塞を持っていくと聞いて大分焦ったようじゃの」
「フェザーン回廊を押さえられては死活問題ですからな、ヴァレンシュタイン、卿も意地が悪い」

リヒテンラーデ侯とシュタインホフ元帥が話しながら俺を妙な目で見る。エーレンベルク元帥もニヤニヤ笑いながら俺を見る。失礼な、俺は確かに主犯かもしれない。しかし主犯と共犯でどれだけ違うのだ。同じ穴の狢ではないか。

「ルビンスキーはどう出ますかな?」
「これで懲りるような男ではないからの。なにか仕掛けてくるとは思うが良かったのかの、ヴァレンシュタイン」

エーレンベルク元帥の問いに答えながら、リヒテンラーデ侯は俺に話しかけてきた。

「構いません。ルビンスキーはこれでフェザーンが危険な立場に有ると理解したはずです。彼のとるべき道は積極的に帝国について許しを請うか、反乱軍について帝国の力を弱めフェザーンへの野心を捨てさせるかです」

「ルビンスキーがどちらを取るか、まあ悩む事でもないの」
「侯の仰るとおりですな、悩む事でもない」
「反乱軍に付くでしょう」

老人三人があっさりと結論を出した。このあたりがルビンスキーの弱さだ。素直に頭を下げることが出来ない。能動的過ぎるのだ、その分だけ行動を読まれ易い。フェザーンのような軍事力を持たない国は時と場合によっては素直に頭を下げたほうが強かさを発揮できる場合があるのだが……。

ルビンスキーが次にとる手段は、帝国内部に混乱を起す事、同盟にそれを教え、攻勢を強めさせ帝国に大打撃を与える事だろう。一番良いのは帝国、同盟の共倒れだろうな。

だが短期決戦を望むこちらとしては、フェザーンが同盟の尻を叩いてくれるのは願ったり適ったりなのだ。後は何処までフェザーンの動きを読みきれるか、同盟軍にどれだけ打撃を与えられるかだ。

俺が、その事をリヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフ両元帥に言うと三人とも軽く頷いた。

最近シュタインホフ元帥は俺やエーレンベルク元帥に協力的だ。同盟の大規模出兵に帝国は一致して戦わねばならないと言う事もあるが、本心では俺たちと関係改善を図りたいのではないかと思っている。悪い事ではない。そのほうが有りがたい。

「シュタインホフ元帥、お願いがあるのですが」
「また情報部を使うのか?」
「いえ、今回は統帥本部にお願いがあります」

俺の言葉にシュタインホフ元帥は不思議そうな顔をした。
「統帥本部? 何を考えている」
「フェザーン回廊を使った反乱軍勢力圏への侵攻作戦を作成して欲しいのです」

俺の言葉に老人三人が目を剥く。
「本気で考えておるのか、フェザーン侵攻を?」
そう、俺は本気で考えている。フェザーンを併合して同盟に攻め入る事を。

「イゼルローン要塞を落とすのは難しいでしょう。落とすのに何年もかかるようでは反乱軍は戦力を回復します。今回の戦いで反乱軍に大打撃を与える事が出来た場合、フェザーンを占領しフェザーン回廊を使うべきだと思います」

俺の言葉にリヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフ両元帥が顔を見合わせた。様子を見ながらといった感じでエーレンベルク元帥が口を開く。

「確かに、卿の言う通りではあるが」
「……」

「エーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥、ここは司令長官の言うとおり、イゼルローン要塞にこだわるよりフェザーンを併合した上で反乱軍勢力圏に攻め込んだ方が帝国にとっては利が大きいと思うが」

リヒテンラーデ侯の意見に軍務尚書と統帥本部総長が顔を見合わせ頷いた。
「確かにそうですな」
「同意します」

これでフェザーン方面からの同盟への侵攻が決定した。
「この戦いに勝った後、機を見てフェザーンを占領し反乱軍勢力圏へ攻め込む、その際問題になるのがフェザーン方面の航路です」

「なるほど、我々はイゼルローン方面からしか侵攻した事がない。フェザーン方面は何も分らぬか……」
シュタインホフ元帥が眉を寄せて呟いた。隣でエーレンベルク元帥も渋い表情で頷いている。

「はい、航路もありますが、軍事上の観点から見た星域情報がありません。反乱軍が主戦場に選ぶのは何処か、大軍を持って決戦し易い場所、し難い場所などです」
俺の言葉にエーレンベルク、シュタインホフ両元帥の表情が更に渋くなる。

「分った、取り掛かろう。だが少し時間がかかるぞ」
「構いません。フェザーン侵攻は早くても二年から三年後になるでしょう。時間は有ります」

俺はシュタインホフ元帥の問いに答えた。原作では来年リップシュタット戦役が起き、フェザーン侵攻は再来年になる。この世界がどうなるか分らないが、順番にそれほど大きなずれは無いだろう。問題はフリードリヒ四世の寿命だ。

「その間、フェザーンに知られるわけにはいかんな」
「いいえ、フェザーンにそれとなく情報を流してください」
「教えるのか?」

シュタインホフ元帥だけではない、リヒテンラーデ侯もエーレンベルク元帥も驚いている。
「ルビンスキーにフェザーン侵攻は帝国の決定事項であると教えましょう」

「それでどうなる」
「フェザーンでは反ルビンスキー勢力が動き出すはずです」
“反ルビンスキー勢力” リヒテンラーデ侯が訝しげに呟く。

ルビンスキーは自治領主になる際、すんなりと自治領主になれたわけではない。まだ三十代だった彼に反発した勢力があった。彼らは今現在はルビンスキーの前に大人しくしている。

彼らはルビンスキーに心服しているわけではない。その力量に服従しているだけだ。その力量に綻びが出れば当然動き出すだろう。俺がその事を話すと老人三人は納得したようだ。

「なるほど、ルビンスキーの足元を弱めるか?」
「はい」
「卿もいい加減悪辣だな」

シュタインホフ元帥が呆れたような声で俺を悪辣と言っているが、これは必要な事だと思っている。問題は地球教だ。今は未だ誰にも言えないだけに俺が何とかしなければならない。

今の時点で潰す事は出来ないだろうが、彼らを混乱させる事は出来るだろう。フェザーン内部でルビンスキーの統治力が低下した場合、混乱が発生した場合地球教はどう動くか。

地球教はルビンスキーを切り捨てるか、反対派を弾圧するかの選択を迫られる事になるだろう。そしてルビンスキーは簡単に切り捨てられるような男ではない。

どちらにしろフェザーンは混乱するだろう。その分だけ地球教もフェザーンに気を取られ動きは鈍くなるだろう。そしてフェザーンが混乱したほうが軍事行動は起し易い。

「しかし、先ずは反乱軍に勝つことじゃの。負ければ元も子もない」
リヒテンラーデ侯が憮然とした表情で言葉を吐いた。その通りだ。勝たなければならない。圧倒的に。

「そのために、国務尚書にお願いがあります」
「どうせまた良からぬ事であろう」
「よくお解りで」

リヒテンラーデ侯の言葉に俺は思わず苦笑した。侯も苦笑している。此処最近、老人たちに悪辣だと言われる事が多くなった。自分でもそう思う。しかし、止めるつもりは無い。

謀多ければ勝ち、少なければ負ける。その通りだ、勝つために、大きく勝つために謀略を仕掛ける。この一戦が人類の未来を決めるだろう。大きく勝てば帝国が宇宙を統一する。

損害が小さければ宇宙は混沌とするに違いない。そして負ければ、帝国は滅ぶだろう。それだけの意味を持つ戦いになるはずだ。

「エーレンベルク元帥、国務尚書と司令長官は血縁関係に有ったかな、良く似ているような気がするのだが」
「血縁関係は無いが良く似ているのは確かだな」

俺とリヒテンラーデ侯の遣り取りを聞いていたエーレンベルク、シュタインホフの両元帥がニヤニヤ笑いながら話している。俺はリヒテンラーデ侯と顔を会わせ、苦笑すると侯にお願いを話し始めた。

「お願いは二つあります」
「二つか。欲張りめ。話してみるが良い」
リヒテンラーデ侯は上機嫌で先を促した。

「先ず、陛下に御病気になって欲しいのです」
「なんじゃと」
「!」

老人三人の間で素早く視線が交わされる。
「ヴァレンシュタイン、何が狙いだ」
「反乱軍をおびき寄せようと思います」

俺はエーレンベルク元帥の問いに答えた。しかし、老人たちには良く理解できなかったようだ。もう少し説明が要るだろう。

「陛下が御病気となれば、万一の場合後継を巡って内乱になりかねません。軍はそれを恐れて帝都を離れる事が出来ない。そういうことにしたいのです」

「しかし、反乱軍に陛下の御病気がどうやって分る? 分らなければ意味が無いぞ」
エーレンベルク元帥の疑問は尤もだ。

「フェザーンが教えます。帝国がフェザーンを併合しようとしていると分れば、何としてもそれを防ぎたいと思うはずです。それには反乱軍を勝たせるしかありません。そのために帝国の弱点を必死に探すでしょう」

「なるほど、フェザーンに侵攻作戦の情報を流せと言ったのはこのためか。良く考えたものだな」
俺の言葉にシュタインホフ元帥が呆れたような声を出した。

「それで帝国領奥深くに誘い込むか。よかろう陛下にお願いしよう」
「有難うございます、リヒテンラーデ侯」
「それで、もう一つの願いとは何じゃな」

もう一つの願い。こいつは少々悪辣すぎるだろう。しかし、帝国が勝つためには必要な事だ。フェザーンは必ず喰いつく。罠だと疑うかもしれないがルビンスキーの性格では喰いつくだろう。そのために此処まで追い詰めているのだから。





 
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