青砥縞花紅彩画
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4部分:新清水の場その四
新清水の場その四
一人は前髪立ちの何処か女性的な若者、中々立派な服を着ている。彼が弁天小僧菊之助。
もう一人は髷の男。相方よりやや年上。従者の身なりで何処かひょうきんな感じ。彼が南郷力丸。二人はあちこちを見回している。桜を見ているのである。弁天の動きはゆったりとしているが南郷はせっかち。
弁天「いい眺めじゃのう」
南郷「はい」(それに頷く)
弁天「春の花は桜が一番じゃ。まさに金花よ」
南郷「おや、若様あちらを」(ここで千寿を指差す)
弁天「(千寿を見て)おお」
南郷「美しき姫様ですな」
弁天「全くじゃ。花が花見るとはこのことじゃ」
ここで千寿も弁天と南郷に気付く。
千寿「あれは」
侍女「また格好のよい若様ですね」
千寿「はい」(思わず弁天に見惚れている)
侍女「(ここでふと思い立ち)お話してみますか」
千寿「(やや躊躇っている)けれど私は今は」
侍女「(宥めて)まあそう仰らずに。お話するだけなら問題はありませぬ」
千寿「そなたがそう言うのなら」
侍女「それではよろしいですね。後は私にお任せ下さい」
千寿「わかりました。それではお願いします」
侍女「はい」
侍女は二人の方へ行く。弁天と南郷はそれを横目に見ながらひそひそと話をしている。
弁天「兄貴、向こうから来てくれたぜ」
南郷「おう、これは好都合だ。弁天、上手くやれよ」
弁天「おう」
二人はあくまで気付いていないふりをしている。侍女はそんな二人に近付く。千寿はそれを心配そうに見ている。
侍女「もし」
南郷「何用でございますか」
侍女「そちらの方はどなたでしょうか」
南郷「私の主のことでしょうか」
侍女「はい、見ればかなり高貴な方も見受けられますが」
弁天は白扇で口を隠して何やら考えているふりをしている。侍女は彼に目をやりながら南郷に対して言う。
侍女「私共も武家の者、宜しければお話して頂きませんか」
南郷「そうは言われましても(困った顔を作る)」
侍女「何か不都合でもあるのですか」
南郷「いや、それは」
侍女「もしそちらに事情がおありでしたら下がらせて頂きますが」
南郷「ううむ(考えるふりをする)」
侍女「駄目でございましょうか」
南郷「何と言えばよいのか。内緒にして頂けるのなら」
侍女「それは武門の誇りにかけて」
南郷「約束して頂けますね」
侍女「(強く頷いて)はい」
南郷「よし、それなら言いましょう。若君、宜しいでしょうか」
弁天「私の方は(ここで二人は目配せをする)」
南郷「(頷いて)それなら」(そして侍女に向き直る)
南郷「お教えしましょう」
侍女「はい」
南郷「(侍女の耳に近寄り)実はですね」
侍女「ええ」
南郷「この方は高貴な方でして」
侍女「して、何方でしょうか?」
南郷「信田家の御子息なのです。御嫡男の小太郎様です」
侍女「(思わず声をあげそうになるが咄嗟に口を覆ってそれを防ぐ)本当ですか!?」
南郷「はい(頷いて)」
侍女「それではまさか(ここで千寿を見る)」
南郷「如何なされた」
侍女「いえ、実は私共は小山の家の者なのですが」
南郷「それではあちらの姫様は」
侍女「はい、千寿の姫様でございます(頭を垂れて)」
南郷「左様でしたか。何ともはや(これには流石に驚いている)」
弁天はそれを黙って見ている。だがやがて南郷に声をかけた。
弁天「これ駒平(当然偽名である)」
南郷「はい」
弁天「一体何時まで内緒話をしておるのか」
南郷「そういうわけではないですが」
弁天「言い訳はよい。如何致した」
南郷「はい、どうやら今あのお方に当月の御遷座は下寺か御本坊か御伺いしていたのです」
弁天「ここにその様なものがあったのか?」
南郷「その様で。どう為さいますか」
弁天「決まっておろう。そうとわかれば是非参るとしよう」
南郷「わかり申した」
そして二人は舞台の右手に向かう。そこで千寿達と擦れ違う。
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