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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百九十三話  新王朝




宇宙暦 799年 11月 6日    ハイネセン ある少年の日記



昨日、レベロ議長が帝国が提案している新暦の受け入れと来年からの施行を帝国に要請すると議会で発表した。議会は大騒ぎになった。議員達は
『納得出来ない』
『ルドルフ大帝生誕記念日なんて受け入れられない』
って議長に詰め寄ったけど議長は全然無視。前日までは議長も
『受け入れは慎重に』
なんて言っていたのに……。

でもね、議員達もレベロ議長が
『自由惑星同盟は帝国の同意無しには国債一つ満足に発行出来ない保護国なのだという事実を忘れるな。市民の生活を犠牲にする覚悟が諸君らにはあるのか? 帝国からの要請は基本的に受け入れる方向で検討するべきものだという事を忘れてはならない』
と言われると反対出来ない。

それでも議長に辞任しろと言う議員もいたけど議長は全く動じなかった。
『君達が代わってくれると言うなら喜んで辞めてやるぞ。だが自由惑星同盟評議会議長の椅子は決して座り心地が良くない事を理解しているか。それを理解した上で君達に座る覚悟が有るのか? 同盟では最高の地位かもしれないが帝国から見れば下僕の一人にしか過ぎない。不要だと思えばいつでも首に出来る下僕だが』
誰も何も言わなかった。俯いて終り、情けない。

でもレベロ議長が言った事は事実だ。帝国がその気になれば議長の首を切るのなんて簡単だろう。何と言っても同盟政府は帝国の同意無しでは予算を作る事が出来なくなったんだから。そしてガンダルヴァには帝国軍二個艦隊が駐留している。今の同盟には帝国軍に対抗出来る戦力は何処にも無い。

夜のニュースは新暦の件とレベロ議長の豹変の件で大騒ぎだった。でも新暦の受け入れって仕方が無いって意見が多いんだ。だって自由惑星同盟建国記念日とか銀河連邦建国記念日が有るんだからルドルフ大帝生誕記念日が有っても仕方が無いって。そうなんだけどさ、ルドルフ大帝生誕記念日に御祝いなんてしたくないよ。学校が休めるのは嬉しいけれど。

むしろニュースのアナウンサー達が驚いていたのはレベロ議長の豹変ぶりだった。僕も驚いた。レベロ議長が急に帝国の代理人みたいな感じになっているんだから。そりゃ帝国の言う事を聞かないとどうしようもない事は分かるけど……、なんか納得いかない。アナウンサー達はレベロ議長はわざとやったんじゃないかって言っている。

帝国軍は帰還した。同盟市民は同盟が帝国に負けたのだと言う事実を忘れたがっている。だから何かにつけて帝国からの要請に反対する。多分議長は帝国から厳しく叱られたんだろう。だから慌てて新暦の受け入れを発表した。二度と帝国に叱られないように同盟市民に現実を理解させる必要が有る。だから敢えて同盟市民に、議会に厳しく出た……。アナウンサーが言っていたけど議長にとっては帝国よりも同盟市民の方が厄介な存在らしい。変なの。



宇宙暦 799年 12月 12日    ハイネセン ある少年の日記



昨日、TVで変な番組が有った。フェザーンで行われた討論会を放送した番組だった。討論会なんて詰まらないからチャンネルを変えようとしたら母さんから“変えちゃ駄目”って怒られた。なんでも凄く大事な番組らしい。大人達の間では大変な話題でこれを見ないと周りの話に付いていけないって鼻息を荒くしていた。

仕方なくて一緒に見たんだけど出ていたのは銀河帝国、フェザーンの政治学者、歴史学者だった。フェザーンにも政治学者とか歴史学者なんて居るんだ、ちょっと不思議な気分だったけど討論の内容は少し分かり辛かった。母さんが説明してくれたけど簡単に言うと今の銀河帝国はルドルフの創った銀河帝国とは全く別の物でゴールデンバウム王朝の名で呼ぶのは正しいと言えないのではないか、別な王朝、新王朝として扱うべきではないか、いやゴールデンバウム家が皇帝を輩出しているのだからゴールデンバウム王朝ではないか、そんな討論だった。

僕もゴールデンバウム王朝じゃないかって思ったけど新王朝として扱うべきだと言う人の主張って結構理屈が通っていて面白かった。元々ルドルフが創った王朝っていうのは長い年月の間に不都合な所が出て来てどうにもならなくなった。本当なら崩壊とか分裂してもおかしくなかった。それぐらい政治的には腐敗、混乱していた。本当に分裂していれば良かったのに。そうなれば同盟が帝国を支配して宇宙を統一出来た筈だ。

フリードリヒ四世は信頼出来る臣下達と共に帝国の再構築を行った。でもその時フリードリヒ四世が帝国再構築の理念としたのはルドルフが掲げた理念とは別の物でそれが三年前の五箇条の御誓文だった。理念が違う以上同じ銀河帝国とは言えない。

革命が無く同じ一族が皇帝として君臨するとはいえ同じ王朝とは言えないのではないか、新王朝として扱うべきだと。反対する人はゴールデンバウム王朝はゴールデンバウム王朝で新王朝論など所詮は過去の悪行から逃れようとする姑息な手段だって批判していた。

母さんは新王朝論に頻りに“そうねえ”って頷いていた。新王朝論に賛成なのって聞いたら“実際に酷い扱いを受けていないでしょ”って言われた。ルドルフの帝国だったら僕達は皆反逆者の末裔で酷い目に遭っていたって。三十年かけての併合だって同盟市民の事を考えていてくれるからだって。母さんは親帝国派だからな。

今日、学校に行ったら討論会を見ている人が多いのに驚いた。僕と同じで家族が見ているから仕方なしに見たらしい。でも見て良かったって人が多かった。新王朝論って結構皆に受け入れられているみたいだ。誰かが言っていたけど新王朝論を唱えた帝国の学者は帝国政府のために働いている学者らしい。だからあれは学者の意見じゃ無くて帝国の意見と見るべきだって。

帝国は同盟に反ゴールデンバウム感情が強いのでそれを打ち消すのに苦労している。今回の新王朝論もそのためだって言っていた。なるほどなあって思った。僕が帝国もルドルフを持て余しているんだねって言ったら皆笑っていた。子孫からも持て余されるってちょっと可哀想な気もするけど酷い事をしたから自業自得かな。

友達が来年の夏頃に『ローエングラム伯』っていう映画が上映されるって言っていた。御父さんが映画会社の人だから間違いないと思う。でもローエングラム伯? 帝国で反逆者として処刑された人だけどそんなの作って如何するんだろう。誰が見るのかな?



宇宙統一暦 元年 1月 1日    ハイネセン ある少年の日記



今日から新しい暦だ。ちょっと複雑な気分だったけどそんな気分はあっという間に吹き飛んでしまった。多分、同盟市民は皆僕と同じ気分だと思う。今日、帝国が新王朝成立を宣言した。銀河帝国皇帝フリードリヒ四世が過去のゴールデンバウム王朝銀河帝国と決別し新たなる王朝、新銀河帝国の成立を宣言するって言ったんだ。吃驚したよ、普通に新年の挨拶かなと思っていたから。去年から出ていた新王朝論はこの日のためだったんだ。そしてフェザーンに遷都してそこから宇宙を統治するって言った。

もう知っていたけど皇帝が宣言したから本当にフェザーンに遷都するんだって思った。遷都か、ちょっと想像出来ない。オーディンでは暴動とか起きないのかな? ハイネセンからフェザーンに遷都なんて言ったらハイネセンでは反対する人が大勢でそうだけど。

同盟では新王朝論についての討論会とか講演会が最近増えている。特集とか組んでいる新聞も多い。少しずつ新王朝論に賛成する人が増えているけど今回の宣言で一層増えそうな気がする。議会で議員がレベロ議長に新王朝論に賛成かって質問してたけどレベロ議長は“勿論”って答えた。帝国は憲法を作り市民の権利を守ろうとしている。如何見ても別な王朝だろうって。それで終わりだった。

新王朝論って帝国のためだけじゃないんだ。同盟のためでもあるんだ。帝国に協力したいって考えている同盟人にとってルドルフの創った帝国を認めるのかって責められるのは辛い。だけどフリードリヒ四世の創った親帝国、新王朝ならそれを感じずに済む。そういう事なんだ。

狡いよ、やり方が。多分ヴァレンシュタイン元帥だ。宇宙で一番狡猾な謀略家。卑怯で目的のためなら手段を選ばない陰謀家。少しずつ少しずつ同盟人を蜘蛛の糸で絡め取る様に自分の味方にしていく。まったく卑怯で陰険な奴だ。皆騙されても僕は騙されないからな。



宇宙統一暦 元年 1月 10日    ハイネセン  最高評議会ビル ジョアン・レベロ



目の前に穏やかな表情をした帝国人が居た。
「ユリウス・エルスハイマーです。この度、自由惑星同盟駐在大使を命じられました。こちらが帝国政府の信任状です」
信任状を受け取ると中を確認した。確かにユリウス・エルスハイマーを銀河帝国大使として自由惑星同盟に派遣すると記してあった。宛名には自由惑星同盟最高評議会議長ジョアン・レベロ殿と記されてあった。そして署名は銀河帝国皇帝フリードリヒ四世。国務尚書、リヒテンラーデ侯の名も記されている。

「確かに確認しました。ようこそ、エルスハイマー大使。自由惑星同盟最高評議会議長、ジョアン・レベロです」
握手をすると激しい程のフラッシュが執務室で焚かれた。マスコミにとっても世紀の一瞬だ。明日の一面はこの写真だろう。宇宙統一歴元年を代表する写真になるかもしれない。

銀河帝国の皇帝が自由惑星同盟の最高評議会議長に信任状を書く。改めて互いに国家として認めあったのだと認識した。そして後三十年でそれが終るのだと寂しく思った。もっと早い時点で帝国との間に和平を結ぶ事が出来ていたら……。どの時点なら両国は手を結ぶ事が出来たのだろう。

マスコミを外に出しソファーに座って改めて向き合った。若い、と思った。トリューニヒトの話では開明派の一人でヴァレンシュタイン元帥の信頼が厚いらしい。そしてガンダルヴァ星域に居る帝国軍の指揮官、コルネリアス・ルッツ元帥の義弟でもある。大使への抜擢はその辺りの事も考慮しての事だろう。

「大使館を用意して頂いた事、有難うございます」
「いえ、大したことではありません。気に入って頂ければよいのですが」
同盟政府が用意した大使館だ。先ずは盗聴器の捜索が大使館員の最初の仕事の筈だ。もっともそんなものは仕掛けていないが。

「同盟政府からの帝国への大使派遣は何時頃になるのでしょう?」
「当初はオーディンにと思ったのですが帝国がフェザーンに遷都するという事で直接フェザーンに送る事になった事は御存じですな?」
「はい、そのように聞いております」
正確にはこちらから要請した。なかなか大使が決まらない。頭の痛い事だ。

「七月には遷都が完了すると聞いております。準備なども含めますとその一月前にはフェザーンへ着く必要が有るでしょう。遅くとも四月の終わりにはハイネセンを出発する事になりますな」
「なるほど」
エルスハイマーがウンウンと頷いた。

「私の方から何かお手伝い出来る事は?」
「いえ、今のところは有りません。というより帝国への大使の人選もこれから決めるような有様で……」
「なかなか難しいのでしょうか?」
表情が曇っている。心配してくれている様だ。

「決して楽な仕事では有りませんからな。同盟と帝国の間で板挟みになるのではないかと不安視するようです」
またエルスハイマーが頷いた。帝国と同盟では立場が違う。帝国は勝者、同盟は敗者。帝国で同盟の大使がどれ程尊重されるか、疑問に思うのは当然の事だ。

「余り心配は要らないと思いますが?」
「……」
「ヴァレンシュタイン元帥は同盟との協力を重視しております。不当な扱いを受ける事は無いと思います」
「残念ですが同盟人の多くはその事を知りません。困った事ですな」
「確かに」
悪い男ではないな、そう思えた。帝国はそれなりの人材を送って来たようだ。

「同盟政府としては早急に軍人を民間に戻したいと考えています」
「そのためには景気高揚政策を採る必要が有ると思いますが」
「その通りです。街に失業者が溢れる様な事態は避けたい。そのためには帝国政府の協力が必要です」
エルスハイマーが頷いた。

「国債の発行ですな」
「その通りです。御協力頂けようか」
「もちろんです。自由惑星同盟軍の縮小は帝国政府も懸念しております。早急に同盟政府の景気高揚政策を伺いたいと思います」
「では近日中に検討会を」
「承知しました」
先ずは馬を水飲み場まで連れて来ることが出来た。後は馬がこちらの出す水を飲んでくれるかだな……。



 
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