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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第七十七話 将来図

■ 帝国暦486年12月6日 帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ アウグスト・ザムエル・ワーレン

第三次ティアマト会戦が終了して三日、遠征軍はイゼルローン要塞に向けて帰港中だ。遠征軍内部では様々な噂が飛び交っている。

1.ミュッケンベルガー元帥が病気であり、軍の指揮を取れなかった。
2.今回の指揮はメックリンガー少将が取った
3.メックリンガー少将が指揮を執ったのはヴァレンシュタイン中将の策謀による
4.シュターデン中将がそのことについて不満を持っている
5.ミューゼル大将も指揮権をもてなかった事に不満を漏らしている

これらの噂が飛び交い様々な憶測を生んでいる。ヴァレンシュタイン中将が策を練ったのは、シュターデン中将と反目している所為だとか、ミューゼル大将とヴァレンシュタイン中将の関係は良くないとかだ。

さらに今回の指揮権委譲の方法についてその違法性をシュターデン中将が声高に唱えていると言う話もある。遠征軍司令部からは、無責任な噂が流れることに対して何度か注意するようにと指示があったがあまり効果は無かった。

さすがにこれ以上、無責任な噂が流れる事は拙いと言う判断があったのだろう。宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥より将官以上の人間に対し旗艦への集合命令が出た。今回の戦闘に対しての説明を行なうということらしい。

会議室へ赴くと殆どが既に集まっていた。新編成二個艦隊の司令官達は一つに固まっている。迷わず俺もそこへ行く。司令部の人間たちは俺たちに好意的ではない、傍にいて楽しい連中ではない。

皆表情が固い。俺を含む新編成二個艦隊の司令官達は真実を知っている。ヴァレンシュタイン中将が軍からの追放を元帥に願った事も。メックリンガー少将は憤懣やるかたない思いだったようだ。もっともそれは彼一人の思いではない。濃淡は有れ皆同じ気持ちだ。

「ワーレン少将、どんな話になると思う?」
ビッテンフェルト少将が小声で話しかけてくる。この男が小声で話すなど珍しい。表情も気遣わしげだ、らしくない事だ。

「判らんな。卿が気にしているのはヴァレンシュタイン中将への処分のことだろう?」
「うむ。厳しい処置になるかな?」

「判らん。これまでの功績を考えればあまり厳しい処分は無いと思うが、確かにやったことはいささか問題が有るからな」
他の面々も気になるのだろう。それぞれ厳しい表情をしている。

ミュッケンベルガー元帥が会議室に入ってきた。常に変わらぬ堂々たる姿だ。まさに軍を指揮するに相応しい姿だと言っていい。本当に狭心症なのだろうか? しかし、フェンリルは解き放たれたのだ。間違いなく元帥は健康体ではない。

元帥が正面に立つ。敬礼をすると元帥も答礼をしてきた。周囲をじっと見渡すとおもむろに口を開いた。
「今回の戦いにおいて、様々な風聞が飛び交っていると聞く。これ以上無責任な噂が飛びかうのは、軍の統制上好ましい事ではない。この際、真実を卿らに話すべきだと思う」

「今回、私が戦闘中に倒れ、指揮が取れなくなったことは残念だが事実だ。私は心臓に持病を持っている」
低く重い元帥の言葉に声にならないざわめきが起こった。宇宙艦隊司令長官が自らの病を口にしたのだ。その意味は大きい。

「私が倒れた間、遠征軍の指揮を取ったのは司令部参謀のメックリンガー少将だ。彼が指揮権を得るには、噂どおりヴァレンシュタイン中将によるいささか非合法な工作が有った。だがそれ無しには帝国軍が勝利を得るのは難しかったことも事実だ」

非合法な工作か……。それ無しには勝利を得るのは難しい。微妙な言葉だ。しかし、軍からの追放は無いのではないだろうか?

「ヴァレンシュタイン中将からは責任を取りたいとの言葉があった……。今回の行為はいかなる理由があろうと許されるものではない。これを許せば軍の統制が保てなくなる。それ故自分を軍から追放して欲しいと……」

“追放”、“しかしそれは”、驚愕に満ちた声が上がる。そうだろう、私も聞いたときは思わず声を荒げたのだ。
「静まれ」
元帥がざわめきを静める。

「中将を軍から追放する事は出来ぬ。中将を追放すれば、あれを恨んでいる貴族どもが中将を殺そうとするだろう。そのような事は出来ぬ……」
苦い表情と共に元帥が言葉を続ける。言葉にも苦味が溢れているようだ。

「私は卿らに謝らなければならぬ。私は自らの病を軽視していた、いや、軽視しようとしていた。自分が未だ軍人として第一線で戦えると思いたかった……」
誰でもそう思うだろう。まして元帥ほど前線で栄光に包まれてきた人間なら尚更だ。

「そしてそのことが、戦闘中に病による指揮能力喪失に繋がった。私の愚かさにより、遠征軍六百万の兵士を危険にさらしてしまった。そしてその危険性に気付いたヴァレンシュタイン中将さえも死に追いやろうとしている……」
元帥の言葉に会議室は寂として言葉も無い。ただ元帥の言葉だけが流れていく。

「今回の事、原因は全て私に有る。私の愚かさ、傲慢さが軍に混乱を招いた。私は責任を取って、軍を退役する事にした」
「!」
辞める? ミュッケンベルガー元帥が辞める? 何かの間違いではないのか?

「な、お待ちください元帥」
「シュターデン、これはもう決めた事なのだ。六百万の兵士を危険に曝すような男に宇宙艦隊司令長官を務める資格は無い……」
元帥の言葉には自嘲の響きがある。元帥は本当に辞めるつもりだ。

「ヴァレンシュタイン中将についてはこの場ではなんとも言えぬ。軍務尚書とも相談せねばなるまい。だが中将の言うとおり、これを許せば軍の統制が保てなくなる恐れがある、何らかの処分を下すであろう」
処分は有る。しかし追放は無いだろう。思わず安堵の溜息が出た。

「この件については以上だ。以後これについて無責任な言動は禁ずる」
「これまで、卿らと共に戦えた事に感謝する……。有難う」
元帥は敬礼をした、俺たちも慌てて敬礼を返す。

元帥は俺たちを一人一人確認するかのように会議室を見渡す。思わず鼻の奥にツンと痛みが走った。泣いている奴もいるだろう……。元帥は静かに礼を解くと会議室を出て行った、何時も通り威厳に満ちた姿だ、その姿にどれほど憧れたろう。そして俺たちも敬礼をしたまま元帥を見送る。

何時もと同じ行為、同じ光景だ。しかし、何故こんなにも切ないのだろう……。



■帝国暦486年12月6日 兵站統括部第三局 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

出征中の遠征軍が勝利を収めたようだ。自由惑星同盟軍にかなりの損害を与えたらしい。クレメンツ少将も武勲を挙げたのかしら。遠征軍が出征して以来、中将は仕事に専念している。でも少し様子が変。第三局全ての人間に、表に出せずに困っている案件があれば全て出すようにと命じた。

それ以来、中将の下には過去の不明瞭な物資購入の文書や、どう見ても横領されたのではないかと思えるような物資の紛失記録が持ち込まれている。中将は一つ一つ内容を確認しつつ、上に報告し処理している。処理と言っても事後追認のようなものだ。殆どが現時点では調べようが無くなっている案件ばかりなのだから。

“どうしたのです” と聞くと、柔らかく微笑みながら“何時までも此処にいられるわけでもないですから” と答えてくれた。どういう意味だろう。遠征軍が帰還すれば論功行賞と新人事が発表される。中将も異動になるのかもしれない。内示でもあったのだろうか。


■ 帝国暦486年12月6日 兵站統括部第三局 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


遠征軍が勝利を収めたらしい。完勝とは言えなくとも敵には十分な損害を与えたようだ。いずれ帰還すれば詳しい話はわかるだろう。問題は元帥の心臓だ。果たして問題なく指揮を取れたのだろうか?

発作が起こったのだとすれば、メックリンガーが動いたはずだ。軍は勝ったのだから問題なく司令部を掌握できたはずだが、詳細が判らないからどうも落ち着かない。

もし、発作が起こったのだとすれば、あの書簡も元帥に届いたはずだ。これまでのことを考えればクビになるか、処分で済むかは微妙なところだろう。なんと言っても指揮権に介入したからな、問題は大きい。

今後のためにも処分は厳しくなる可能性がある。まあ銃殺とかは無いだろう。戦争にも勝っているし。クビになったらフェザーンへ逃亡だな。ルビンスキーが居るしフレーゲルも居る事を考えるとちょっと憂鬱だが、まあ何年かすれば門閥貴族も潰れるはずだ。帝国へ戻るのはそれからで良い。

本当は門閥貴族が潰れるのを見届けてから退役したかったが、今のままだとその前にラインハルトと衝突しそうな感じだ。今回の件は良い機会だ。衝突する前に逃げてしまおう。あまり疑われる事無く辞められるはずだ。カストロプ公はキルヒアイスに任せよう。

既に準備は出来ている。いつでもフェザーンにいける状態だ。仕事も何時でも引き継げるし、多少の恩返しもやっておいた。ヴァレリーのことはリューネブルクに頼んでおこう。彼なら女性士官に偏見は無いはずだ。

フェザーンに行ったら、もう一度勉強するのもいいだろう。フェザーン商科大学で経済や交易について学ぶ。弁護士、官僚もいいが自由貿易商人もいいかもしれない。在学中にフェザーン、同盟が滅ぶ可能性もある。宇宙が平和になれば貿易商人は良い職業だ。関税もなくなるだろうし、経済も活性化する。なんか楽しくなってきたな、もっと早く辞めるべきだったか……。


 
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