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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第六十六話 敵、味方

■ 帝国暦486年8月5日 兵站統括部第三局 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ


あの事件以来中将には護衛が付いている。私がキスリング大佐に頼む前に軍務尚書経由で憲兵隊から四名の護衛兵が来た。中将はあまり護衛されるのが好きではないらしい。こっそり教えてくれたのだが、周りを自分より背の高い男性に囲まれるとコンプレックスを感じるそうだ。

今日の中将はおかしい。ベーネミュンデ侯爵夫人の襲撃事件より中将はずっと塞ぎこんでいる。けれど今日は最悪と言っていい。ブリュンヒルトから帰ってからずっと変だ。いつもはココアを飲むのだけれど今日は水。少し俯き加減に左手を口元に当てながら考え込んでいる。そして溜息を漏らすのだ。

ケスラー少将と何か有ったのだろうか? 会議室から出てきた二人はずっと無言だった。雰囲気も刺々しいという感じではなかったが、友好的とはいえなかったと思う。艦を辞するときも碌に会話を交わすことなく別れている。どういうことだろう?

書類が溜まるのも全然気にしていない。時々心配になって“書類が溜まっています”と注意すると“わかりました”と言って書類を見始めるが三十分もするとまた考え込んでいる。ありえない事だ、中将が書類を溜める等ありえない。この子は書類を愛しているのだ。いつも嬉しそうに書類を見て、決裁をしている。一体どうしたのだろう?

「うん、そうだね、そうしよう」
いきなり中将が声を発した。見れば表情が明るくなっている。
「どうしたんですか、いきなり」
「ああ、ようやく考えがまとまったんです。いや決心がついたというべきかな」
「そうですか」

安心した。何を悩んでいたのかは判らないけれど解決したみたいだ。
「少佐、ココアをもらえますか」
そう言うと中将は書類に向かい始めた。楽しそうに書類を見ている。ようやくいつもの中将に戻ったようだ。



■ 帝国暦486年8月5日 兵站統括部第三局 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

参ったな。まさか本当にロイエンタールが噂を流したとはね。それにしてもロイエンタール、ちょっとカマかけられたぐらいであっさり吐くなよな。こっちも困るじゃないか。まあ、本人も相当悩んでいたんだろうけど。

ロイエンタール、ケスラーには口止めしたから大丈夫だろう。この問題はこれ以上つつくとミューゼル大将のためにならないと言ってきたからな。俺に知られたなんて知ったら本気で俺を殺しかねない。冗談じゃない。

襲撃があったとき最初に頭に浮かんだのは原作での襲撃事件だ。あれがロイエンタールの流した噂が原因だった事はわかっている。あれと同じ事が起きたと思った。馬鹿な話だが、それまで俺はその可能性を軽視していた、いや全然考えていなかったと言っていい。最初にラインハルトに釘を刺したし、それを無視してロイエンタールに噂を流させるとは思っていなかった、間抜けな話だ。

リヒテンラーデ侯に心当たりを聞かれたときは咄嗟にフェザーンと言ったが、内心では八割がたラインハルトだろうと思った。フェザーンが後ろで糸を引いているなら、あんな場所では襲わせない。あそこは貴族の邸宅が集まっているから邪魔の入る可能性が高い。もっと確実に殺せる場所、人気の無い場所を選定するはずだ。

ラインハルト達が本気で俺を殺そうと考えたとは思っていない。多分ベーネミュンデ侯爵夫人の目を伯爵夫人から他の誰かに移すのが目的だろう。俺を利用したのは、“皇帝の闇の左手”という噂と貴族嫌いという実績があったから効果的だと思っただけだろう。ケスラーにも言ったが俺の鼻を明かしたいという稚気も有ったに違いない。

襲撃事件があったと聞いて一番驚いたのは彼らだろう。とんでもない事になったと思ったはずだ。だが謝罪する事は出来ないと直ぐ判断しただろう。俺を信用しきれていないし、一つ間違うと伯爵夫人にまで累は及ぶ。原作ではベーネミュンデ侯爵夫人を上手く排除できているが、あれはブラウンシュバイク公達がラインハルトを歯牙にかけていなかったせいだ。

しかしこの世界はどうだろう? 彼らは原作ほど強固な地位を得ていない。此処最近、俺やリヒテンラーデ侯、ミュッケンベルガー、エーレンベルク両元帥に押さえ込まれ不安感を持っているはずだ。ラインハルトの排除に動く可能性は高いと思う。俺がラインハルトに動くなと言ったのもこの可能性が有るからだ。それを全く無視しやがって、あの阿呆。

起こってしまったことをいまさら考えても仕方が無い。問題はこれからだ。俺がどうすべきかだが、道は三つ有る。
1.ラインハルトから離れ独立する。
2.何事も無かったとして、ラインハルトと共に行動する。
3.ミュッケンベルガー、リヒテンラーデ連合を成立させその中で行動する。

1だが、現状では難しいだろう。理由は俺が戦場に出る事が出来ないからだ。当然昇進も無い。つまり俺は当分の間、その他大勢いる中将の一人だ。勢力を持つなんて出来そうに無い。

一方ラインハルトは昇進する可能性はかなり高い。元帥はともかく上級大将は楽にいくだろう。これではどうにもならない。特に独立する以上ラインハルトとは決別する事になる。彼にとっては俺を潰すチャンスだ。大喜びに違いない。

2だが、一番いいのはこれだ。門閥貴族たちを潰せる可能性は一番高い。しかし問題は俺とラインハルトの関係が修復可能とは思えないことだ。向こうは俺にかなり不満を持っているようだし、今回の件で負い目も持っている。いずれその負い目が憎悪に変わらないという保障はどこにも無い。

こっちもいい加減愛想が尽きた。欠点があるのは判っている、人間的に未熟なのもだ。しかし結局のところ原作で得た知識でしかなかった。実際にその未熟さのせいで殺されかけた俺の身にもなって欲しい。おまけに謝罪一つ無い、いや謝罪は無くても大丈夫かの一言ぐらい有ってもいいだろう。

この状態でラインハルトの部下になっても碌な事にはならんだろう。いずれ衝突するのは確実だ。門閥貴族が没落すれば退役してもいいが、そこまで持つだろうか。その前にキルヒアイスのように死なないと誰が言えるだろう?

俺が死ぬときはヴァレリーも道連れになる可能性が高い。彼女を死なせたくは無い。
先日の襲撃事件では、危険を顧みず俺をかばってくれた。あの時どういうわけか母さんを思い出した。あんな風に抱きしめて守ってくれたのは母さんと父さんだけだからな……。

駄目だな、何を考えている。これからのことを考えるんだ。1、2が駄目ならとるべき道は3になる。これは現状でも一番簡単で楽な道だ。但し、門閥貴族を潰せるかどうかはかなり怪しい。リップシュタット戦役が起こっても潰せるのはブラウンシュバイク、リッテンハイム連合に与した勢力だけだ。おまけに戦後の統治は原作ほど開明的なものにはならないだろう。

しかし、それでも生き残れる可能性は一番高いと言える。先ずは生き残ることを優先するべきだろう、3で行くべきだ。そうなるとこの場合、ラインハルトの存在は邪魔だ。彼は必ず自分の手で覇権を目指すだろう。大きすぎる不確定要素は潰すべきだが、潰すのは次の戦いが終わってからだな、最後の戦いだ、せいぜい心置きなく戦ってくれ。

幸いラインハルトを罪に落とす材料はある。今回の事件でベーネミュンデ侯爵夫人、コルプト子爵が死を賜ったのはラインハルトの流した噂の所為だと言えるし、俺を謀殺する事で軍内の実権を握ろうとしたとも言えるだろう。

リヒテンラーデ侯は必ず乗ってくるだろう。ブラウンシュバイク、リッテンハイムも必ず乗ってくる。彼らは新しい宮廷勢力を許すはずが無い。そしてミュッケンベルガーも軍内で陰謀を巡らしたラインハルトを許さないだろう。

アンネローゼが助けに入れば反って思う壺だ。寵姫が政治に口を出したとして彼らを結束させる事が出来る。そうなれば皇帝も無視は出来ない。ローエングラム伯爵家の継承は白紙、戦果を上げて帰って来るだろうから死罪は許しても軍からの追放までは確実なものにしよう。

そうなると、その後の戦いを考えないといけないな。ラインハルトの代わりになる指揮官だ。今度の戦いではケンプ、メックリンガー、ファーレンハイト、ワーレン、ルッツ、ビッテンフェルト達をミュッケンベルガーの配下に置こう。彼らの有能さが判るはずだ。

ラインハルトの没落後はケスラー、ミュラー、双璧にも一個艦隊を指揮させよう。
ラインハルトがいなくなっても、かれらが一個艦隊の司令官になるならむしろ戦力アップに繋がるだろう。一人の天才より十人の秀才の方が軍事行動における選択肢は増えるはずだ。これならミュッケンベルガーも安心してラインハルトを処断できると言うものだ。


■帝国暦486年8月5日  ミューゼル艦隊旗艦 ブリュンヒルト  ジークフリード・キルヒアイス

ベーネミュンデ侯爵夫人が死んだ。これでアンネローゼ様を脅かすものはいなくなった。今回の件は正直後味が悪かった。ロイエンタール少将に無理強いさせた事もそうだが、まさかベーネミュンデ侯爵夫人が暴発してヴァレンシュタイン中将を襲うとは思わなかった。彼女が暴発する可能性を考えなかったわけではない、だがそこまで愚かだとは思わなかったのだ……。

私もラインハルト様も彼の死を望んだ事など無い。彼に不満はあるし、今ひとつ信用できないものを感じているが、だからといって彼を殺そうなどとは考えていない……。ただ、あまりに全てを自分で片付けようとする事に反発はある。それにあの密通の噂ではアンネローゼ様の安全が確保できない。そう思ったからあの噂を流したのだ。間違っていたとは思わない。ただあまりにも侯爵夫人が愚か過ぎた……。

襲撃事件が起きた時は本当に驚いた。ラインハルト様も私も唖然とした。幸い中将が無事だったから良かったが、そうでなければ私もラインハルト様も一生後悔しながら生きていく事になったろう。本当は彼に謝りたいのだが、彼を信用しきれない。本当に彼はこちらの味方なのだろうか?

ラインハルト様と相談して決めた事は、今は謝罪しない、いずれこのことが公になっても問題ないだけの力を得たら謝罪しようという事だった。今は無理だ、アンネローゼ様に累が及んではいけないし、ローエングラム伯爵家の継承もある。今あれが公になれば全てを失いかねない。

ヴァレンシュタイン中将には申し訳ないが、もうしばらく待ってもらうしかないだろう。いつか必ず謝罪する日が来るはずだ。そのときはきちんと謝ろう。きっと判ってくれるはずだ。……もし、彼が死んでいたらどうなったろう? ラインハルト様の軍での立場、存在は今より大きい物になったのではないだろうか? 私はそのことを一瞬考え、そんな事を考える自分に強い嫌悪をいだいた……。



 
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