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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十八話 来訪者(その2)

■帝国暦486年7月5日   帝都オーディン オスカー・フォン・ロイエンタール

「帝国軍少将オスカー・フォン・ロイエンタールです。夜分申し訳ないがミューゼル大将にお目にかかりたい」
ドアTVに向かって来訪を告げるとドアが開けられ中から赤毛の長身の男が現れた。まだ若い、二十歳ぐらいか。
「小官はジークフリード・キルヒアイス中佐です。ミューゼル大将の副官をしております。どうぞこちらへ」

キルヒアイス中佐は俺を二階へ案内した。中にミューゼル大将がいた。ミューゼル大将もキルヒアイス中佐も軍服姿だ。何時でも動けるということか。椅子に座り正面からミューゼル大将を見る。眼光が鋭い、なるほど覇気に溢れている。

「ヴァレンシュタイン中将から聞いている。ミッターマイヤー少将のことだな」
「そうです。彼を助けていただきたいのです」
「帝国最大の貴族と事を構えろと」
「はい」

「代償は」
「ミッターマイヤー及び私の忠誠と協力。加えて他の下級貴族や平民出身の士官たちの名望」
「……ヴァレンシュタイン中将は何か言っていたか」
なるほど。この若者もヴァレンシュタイン中将を無視できぬか。いや、なにかの罠かと疑っているのか?

「中将から伝言を預かっています。今はまだそちらには行けません。私がミューゼル閣下と結んだ事がわかると門閥貴族たちが過剰に反応します。私はミュッケンベルガー元帥の配下で無ければならないのですと。しかし、いずれ同じ道を歩ませていただく。閣下が元帥府を開かれた折はお呼びいただければ有り難い。たとえそれが反逆者になる道であろうと歩く覚悟があると、そういっておられました」
ミューゼル大将とキルヒアイス中佐が顔を見合わせた。

「……そうか。そう言っていたか……。もし私がことわったら?」
「そうは思いません」
「私にとっては卿らの好意よりブラウンシュバイク公の歓心のほうが、よい買い物であるように思えるが」

「本気とは思えません。ヴァレンシュタイン中将を敵に回す愚と味方につける利が判らぬほど愚かではありますまい」
「!」
ミューゼル大将とキルヒアイス中佐がまた顔を見合わせる。

「卿は現在のゴールデンバウム王朝についてどう思う?」
なにかを探るような声だった。……これか、反逆者になる道とは。
「思い切った外科手術が必要でしょう。場合によっては患者が死ぬかもしれませんが」
「……よくわかった、ロイエンタール少将。卿らの期待に応えさせてもらおう」

「ところで、ヴァレンシュタイン中将は」
「ブラウンシュバイク公の屋敷へ行っています」
「ブラウンシュバイク公?」
ミューゼル大将が訝しげな声を出す。キルヒアイス中佐がこちらに強い視線を向けてくる。

「キチガイ犬を始末するには二つの方法が有るそうです。キチガイ犬より強い人間を頼るか、あるいはキチガイ犬の飼い主に頼むか、交渉のカードは多いほうがいいだろうと言っていました」


■帝国暦486年7月5日   帝都オーディン ブラウンシュバイク公爵邸 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン

「こんな遅くに何の用だ」
ブラウンシュバイク公爵邸の応接室はリッテンハイム侯の応接室と比べても何の遜色も認められなかった。お互い張り合ってるんだろう。
ブラウンシュバイク公は不機嫌そうな声を出した。応接室には俺と公の他、シュトライト准将、アンスバッハ准将、フェルナー中佐がいる。座っているのは俺と公爵だけだ。

「ミッターマイヤー少将をどうなさるおつもりです?」
「なんの話だ?」
「彼を事故で殺すつもりですか?」
「何を馬鹿なことを言っている」
公爵は呆れたような声を出す。いや、声だけじゃない、表情もだ。

「? しかし彼を監禁しているのではありませんか?」
「確かに彼を監禁した。しかし殺しなどせん」
「?」
怒っているようだ。何か変だな。

「正直に言おう。確かにわしは腹を立てた。いや今でも怒っている。コルプト大尉をわしの一族と知りながら射殺したのだからな。最初はミッターマイヤー少将を殺そうと思った。それも否定はせん。だが皆に説得されて考えを変えた」
そう言って、公爵は周囲を見渡した。説得したのは彼らか。

「陛下より軍規を正せといわれているのだぞ。ミッターマイヤー少将を殺せばどうなる? 陛下の命を果たしたものを殺したという事に成るではないか。リッテンハイム侯とリヒテンラーデ侯は必ずわしを責めるであろう。陛下の命に背いた事、陛下の命を果たしたものを殺した事、どちらもわしを失脚させるだけの名分がある。軍はもちろんミッターマイヤー少将を殺したわしのことを快くは思うまい。そうなれば今度反逆者として討伐されるのはブラウンシュバイク公爵家だ」

ブラウンシュバイク公の声には苦い響きがある。認めたくない現実を認めたという事か。しかし何故ミッターマイヤー少将を監禁している?
「ならば何故ミッターマイヤー少将を監禁しているのです」
「意趣返しだ。せめて殺される恐怖でも味わえばよい」
なるほど、判らんでもない。

「あいつらはわしの立場など何も考えておらん」
「立場、ですか」
「うむ、コルプト大尉を殺すなとは言わん。陛下の命に背いたのだからな。だがせめてわしの顔を立つようにしてくれと言いたい。そうすれば、わしとてまだ腹の収めようが有る。あれではわしの顔が潰れたままではないか。貴族の当主の立場というものが全くわかっておらん。大変なのだぞ、リッテンハイムやリヒテンラーデを相手に陛下の女婿を務めるのも。そうは思わんか」
気持ちは判る。だが俺に同意を求めないでくれ。

「ロイエンタールという男もそうだ。あの男が何をしたか知っているか? ミッターマイヤーがオーディンに着く前に死ぬような事があれば謀殺したとみなすと大声で触れ回ったのだ。おまけに軍務省にまでそれを伝えたのだぞ。エーレンベルクからすぐに連絡が来た。ミッターマイヤー少将を殺せば元帥への昇進などありえぬとな。そして今度はヴァレンシュタイン、卿がきた。皆、わしに恨みでも有るのか? 答えてくれ、ヴァレンシュタイン」

頼むからそんな眼で俺を見るな。あんたに同情したくなるじゃないか。俺はあんたの敵なんだ。いや、今は敵ではないか……。しかしこの事件いったいどうなってるんだ。俺はこの事件はミッターマイヤーが被害者だと思っていた。いまではブラウンシュバイク公のほうが被害者に見える。

原作ではアンスバッハがフレーゲル男爵をブラウンシュバイク公の名前で止めているがあれは嘘じゃないってことか。となるとブラウンシュバイク公がエーレンベルク元帥にミッターマイヤーの処罰を求めているのは、あくまで身内に対するポーズという事にならないだろうか。コルプト子爵が弟の仇を討とうとして返り討ちにあっているが、それ以外には誰もミッターマイヤーを殺そうとしていない。コルプト子爵はガス抜きとして使われたのか? 幸いコルプト子爵家はリッテンハイム侯とも縁戚にある。ガス抜きの駒としては適当だろう……。

「公爵閣下、閣下のお気持ちは判りました。小官の勘違いだったようです。失礼しました。しかし閣下の周囲には閣下のお気持ちがわからない人間がいるのではありますまいか」
「わしの気持ちがわからんだと?」
「はい」

ブラウンシュバイク公は不安になったようだ。助けを求めるように周囲を見渡す。
「ヴァレンシュタイン中将の言うことは無いとは申せません。主だった方々の所在を確認しましょう」
「うむ、そうしてくれ、シュトライト」

シュトライト准将が答えると、ブラウンシュバイク公はせきたてるように答えた。シュトライトのほかアンスバッハ、フェルナーも動き出す。さすがに俺のいるところではまずいのだろう。部屋を出て行った。

部屋には俺とブラウンシュバイク公だけが取り残された。気まずい事この上ない。ブラウンシュバイク公は時折溜息をついたり、切なそうに俺を見たりする。そしてブランデーを飲む。しかしどう見ても旨そうじゃない。

「閣下、その辺でお止めになってはいかがですか」
「そうだな、卿は飲まぬのか」
「はい。どうも体が受け付けないようです」
「そうか、残念だな……、こういうときは良いぞ」
「……」

「卿の好意も無駄になってしまったな」
「?」
つぶやくような声だった。公は俺を見ていない。うなだれたまま喋っている。
「暴走するものがいるとすれば、おそらくはフレーゲルだろう。せっかく卿が機会をくれたというのに、あの愚か者めが」
また一口、ブランデーを飲む。俺には止められない……。
「……」

「わしにも責任はある……。あれを甘やかしすぎた。あれの母親はわしの妹でな。あれを産んだ後、体を壊し死んだのだ。父親もあれが幼いときに事故で死んだ。それゆえわしが面倒を見てきたのだ。わしには男の子がいなかったからな、つい甘やかしてしまった。せめて卿の半分でも器量があれば……。上手くいかぬものだの」

最後は自嘲するような口調になった。権力者の声じゃない。不出来な息子を嘆く父親の声だ。この男はフレーゲルを愛している。そして哀れんでいる。フレーゲルの運命は決まった。

「暴走したものがいるとは限りますまい。小官の杞憂ということも有ります。調べを待ちましょう」
「うむ」
気休めにもならない事を言っていると思うと自己嫌悪に落ちた。そしてその言葉に一縷の望みを託すブラウンシュバイク公がいる。

ドアが開いてシュトライト、アンスバッハ、フェルナーが入ってきた。
三人とも表情が硬い。よくない兆候だ。
「どうであった、シュトライト」
すがるような声だ。
シュトライトが表情をゆがませた。
「閣下、残念ですがフレーゲル男爵の行方が確認できません」



 
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