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ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~

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ファンディスク:神話と勇者と断章と
エターナル・ミィス
  ■years after

 栗原清文は、時折考える。
 自分の幸福は、一体何時まで続くのだろうか、と。

 栗原清文は、人間ではない。もともとは人間だったものが、人間ではなくなってしまった――いわば、『超人(ユーヴァーメンシュ)』。突然大きな力を与えられて、突然人間という存在を超越してしまった、まぁ、ありきたりな言葉を使うなら『反則者(チーター)』である。

 ――そう、信じていた。そうだと、思っていた。

 だが今清文は、その考えが間違っていたことを知った。

「……どういう、ことだよ」

 彼は己の手元にある、一つの箱を手に取った。

 それは、パッケージだ。清文も、死ぬほどよく知っている、あるゲームの。

 
 ()を、『ソードアート・オンライン』。


 通称を『SAO』。清文が今からもう何年も前、それこそ十年近く前にログインし、その中で生活した、世界初のVRMMORPG。正式サービスがデスゲームとなり、全日本を震撼させた、『史上最悪のテロ』。『悪魔のゲーム』。

 とはいえ、このゲームが現在に至るまでのVRMMOブームの火付け役となったのは確かだし、このゲームが無ければ、親友・秋也との友情を深めることも、陰斗の過去を知ることも、そして最愛の妻・琥珀と再会することも、もしかしたらできなかったのかもしれない。

 だから、清文は、SAOに感謝している。
 だから、清文は、今でもハードである『ナーヴギア』も、SAOのディスクも、自分の部屋に保管している。

 なのに――――

「なんでこんなところから、SAOが出てくるんだ」

 それは、イギリスにある栗原家の一室……生前の両親が使っていた部屋だ。

 両親の部屋の、鏡台の引き出し。そこから、古びたSAOのディスクが発見されたのだ。

 清文の両親は、いない。清文が気が付いたときにはもういなかった。何故なのかは、知らない。死んだとも、出ていったとも言われており、清文は詳しい事情を聞いたことも無い。琥珀には離縁したらしい、と言ったが、実際のところ、清文は両親のどちらにも『おそらく』会ったことはないため、それは嘘だ、といってもいい。

 幼い清文には理解ができなかったし、大人になっても「ああ、そういうものか」と納得できるだけだったからである。

 だが今、彼はそのことを少しだけ後悔していた。

 両親の事を、一切知らなかった自分の事を、責めていた。

「……姉貴。これは、どういうことだ」

 清文は、背後で椅子に腰かけている姉、小波に、震える声でそう問うた。

「どうもこうも無いよ。俺もよく知らない」

 しかし小波も困り果てた様に息を吐くだけ。

「でも……でも、姉ちゃんは俺よりも長い間、俺の両親と一緒にいたはずじゃないか……!」
「そうだな。でも、俺も知らない」

 ねぇ、清文。と、姉は続ける。
 その清文とほぼ全く同じ顔に苦痛を乗せて、言う。


 ――――俺もね。知らないんだ。父さんと母さんが、どういう人で、どこに行ったのか。



 ***



 栗原(くりはら)伽藍(がらん)は、もとは何て事の無い一介の15歳であった。
 2000年代に日の本の国に生まれ、何ともいえぬ地味な毎日を送っていた、ただのどこにでもいる少年だった。

 だが彼の人生は、ある事件を境に大きく変わる事になる。

 後に、『人類史上最悪のサイバーテロ』と呼ばれる事になる、『ソードアート・オンライン』事件の勃発である。

 伽藍は、SAO(それ)にログインしていた。
 βテストに当選していた。

 デスゲームにとらわれた彼は、しかし持ち前の明るさと、天性のVRMMO適正で瞬く間に強くなっていった。
 『アインクラッド第50層攻略までに八百万体の”適正レベル”モンスターを殺すこと』を習得条件とするユニークスキル、《神話剣》の所有者にも選ばれた。

 そんな彼のSAOライフを、大きく乱す存在が現れる。

 金色の髪。青色の瞳。研ぎ澄まされた西洋剣を思わせる鋭利な美貌。文句のつけようのない美少女。

 名前(プレイヤーネーム)を、ソラシャと言った。

 伽藍は、彼女に惹かれた。理由やきっかけは、よく覚えていなかった。気が付いたら、ソラシャのことが好きだった。

 その綺麗な髪が好きだった。その純粋な眼が好きだった。その柔らかい肌が好きだった。その美しい唇が好きだった。その透明な声が好きだった。刃物のようなまなざしも含めて、何もかも。

 最初は、最悪の出会いをしたような覚えがあったが、それでも好きになった。


 同じように、ソラシャ……ソラシャ・シャルラッハロートもまた、ガラン/栗原伽藍という男に惹かれた。
 嫌いで、嫌いで、大嫌いで。目の前からいなくなって欲しいと何度も思ったのに。
 或る時気が付いたら、大好きになっていた。
 
 ソラシャは、素直になれない少女だった。SAOにログインした当初14歳だったという、その幼さも関係していたのかどうかは分からない。だが少なくとも、彼女は伽藍への好意を、明確にぶつけることは出来なかった。

 辛いことを言った。暴言を吐いたり、暴力を振るったりもした。何度も何度も、伽藍に嫌な思いをさせた。

 でも、そんなソラシャの事を、伽藍はいつも最後には笑って許す。そんな態度をとられて、ソラシャはある日、堪え切れなくなった。

 そこから先は、もう予定調和に等しい。

 ソラシャはこれまでの反抗的態度が何だったのかと言わせんばかりに伽藍に甘え、伽藍もまたソラシャを愛し続けた。
 SAOでも。無事共に生還したあとの現実世界でも。
 手を繋ぎ、笑いあい、睦語を交わし、肌を重ねた。

 SAOで最も甘ったるいカップルは誰か、と、生還者(サバイバー)達に問うたならば、「《黒の剣士》と《閃光》、あるいは《神話の勇者》と《剣巫姫》」と答えるほどに。

 
 ならば当然だった。
 
 二人は、アンダーワールドの動乱を契機とする、SAO事件の完全集束とほぼ同時に、結婚した。
 
 イギリスの名家であるシャルラッハロート家の意向は、無視した。伽藍とソラシャは、駆け落ちしたのだ。

 やがて、子どもにも恵まれた。

 一人目は、小波(さなみ)と名付けられた。世界にどんな小さいモノでもいいから、変革を成し遂げる波を起こせるように、という意味だった。
 二人目は、清文(きよふみ)と名付けられた。どんなに辛くても、どんなに迷っても、透明に、純粋に、自分の物語を歩いてほしい、という意味だった。
 
 姉弟は、すくすくと育った。姉はソラシャに似て聡明に。弟は伽藍に似てやんちゃに。
 伽藍にとって唯一の不満があるとすれば、二人ともほぼソラシャの外見特徴を受け継がなかった事だが、彼女は二人が、伽藍との子どもであることだけで、幸せだ、と語った。

 
 だが、彼らには、『永遠』が訪れることは無かった。

 もしそれを、誰かが……『今』の誰かが知っていたのであれば。
 「遅すぎた」、と、言うのであろうか。

 
 ――――侵攻が、食い止められなかったのだ。

 何の?

 もちろん、《白亜宮》の。


 歴史の流れが、違った。
 
 『今』とは、流れが違ったのだ。

 SAOが、完結するよりも前に完結した『ジ・アリス』ではなく。
 SAOが終わってから遥か未来に完成した『ジ・アドバンス』でもなく。

 『ST000 パンドラ』は、SAOの動乱が潰えてから、六年後に覚醒した。

 誰も、止められなかった。

 或る時気が付いたら、世界は完全に白き少年神のモノになっていた。完全に《レギオン》の傘下に収まるということは、世界はそのレギオンに消費されるための燃料として扱われる、ということだ。

 つまらない、と考えた少年神は、世界中の英雄たちに力を与えた。

 勇者と剣巫にも力が与えられた。抗う為の力だ。


 けれど。


 二人が抗うことは、無かった。

 抗ったとすれば、それは。

「いいか、二人とも、しっかり生きるんだ」
「大丈夫、きっと、上手くいくわ」

 二人が。二人の愛の結晶を、()()()()()()()()()()()だろう。

 彼らは、変えたのだ。

 歴史を。

 少年と少女に握らせた、一枚のディスクを触媒として。

 自ら()の歴史に、最も近い世界の未来を。



 ***



「……」
『おもしろそうだな、とはその時から思ってたんだよ。事象を改編する聖剣(ゴッドフリード)の力で、まさか世界じゃなくて自分達の子供を救う……そんな使い手と担い手がいるかよ、と混乱したものさ。今から、そうだな……500年も前のことか』

 沈黙してしまった清文に、『彼』は笑う。

 レギオン《白亜宮》が(レギオンマスター)。白き神。無垢な邪悪。無価値なる偉大。
 癖毛に()()い瞳の少年神──《主》。

 画面の向こうで笑う彼に向かって、清文は問うた。

「じゃぁ、俺の両親は……」
『居なかった、ってことなのかな。最初から』
「……」

 では。

 では、この身は──

「最初から、人間じゃぁ無かった……?」

 異世界人。
 清文を端的にあらわせば、つまりはそういうことなのだ。単純な人間ではなく、そもそも生まれついての『超人』だったのであれば──

 なんと、馬鹿らしいことだったのだろうか。

「……ははっ……」

 乾いた笑いが、零れた。

 なんだ。
 なんだ、なんだ。

 そもそも人でなかったのであれば、人に非ざる己に悩む必要など無かったのだ。
 そもそも人でなかったのであれば、人に非ざるが故に変わってしまった日常を、『悔いる資格』などなかったのだ──

『それは違うよ』

 弾かれたように画面を見直すと、そこにはいつになく真剣な、神の顔。親友と全く同じ顔の作りをした少年神は、今だけは紛れもない『神』として、啓二をもたらす。

『キミはヒトだ。そのことをキミ自身がよく知っているはずさ。いいかい、ヒトでありたいと思ったその瞬間からヒトである、と言ったのはキミ自身だ。ならばそれを成し遂げてみせろ』

 そして笑って、彼は言うのだ。

『僕はキミに、期待しているからね』


 ***


 日本に戻ってきてからも、時折。

 栗原清文は考える。
 己の幸せは、いつまで続くのだろうか、と。

 両親の幸福は、永遠には続かなかった。
 彼らと同じような存在たる己は、彼らと同じように、いつか何もかも失ってしまうのではないか──

「……何、暗い顔してるのよ」

 その声に顔を上げると、むすっ、と不機嫌そうな顔をした妻が立っていた。

 栗原琥珀は、肩甲骨辺りまで伸びた金茶色の髪を揺らし、青いエプロンに身を包んで清文を見下(みおろ)ろす。

 素直じゃない彼女は、怒っているように見えて、きっと心配してくれているのだろうな……と、清文は笑った。

 彼女が、清文の全てだ。

 いつまで続く幸福なのかは分からないけれども。

 彼女の事だけは、ずっと、ずっと守っていこうと、清文は内心で誓う。

 ──そして。

 ああ、そうか。と、彼は納得したのだ。

 ──きっとこれが、両親が死の間際に思ったこと。

 彼らは、最期の瞬間まで幸せだったのかもしれない。

 きっと、誰より大切だっただろう子供達を、行き長らえさせることができたのだから。

「……琥珀」
「何?」
「愛してる」
「……な、なによ、急に」

 顔を真っ赤にしてうつむく彼女のその姿に、笑顔になって。

 清文の中から、不安が消えた。

 それは、全てが大団円で終わった■年後。
 永久(とわ)に続く神話の一ページ。

「ねぇ、清文」
「んー?」

 清文が我が子の誕生を知らされ大いに驚くまで。

 あと、43秒。 
 

 
後書き
 というわけで『神話剣』完結一周年記念、『■years after』をお送りいたしました。
 ■の部分は500かもしれないし、4かもしれないです。

 伽藍とソラシャ、という名前こそ作られたのは最近ですが、清文の両親が異世界人(というより未来人)、という設定そのものは大分昔からありました。完全な死に設定だったのですが、公開できてちょっとうれしいです。

刹「今後も『神話剣』をよろしくお願いします」 
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