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或る皇国将校の回想録

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北領戦役
  第十七話  俘虜の事情と元帥の事情

 
前書き
馬堂豊久 陸軍少佐 独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長として俘虜になった。

西田少尉 剣虎兵将校 最後の後衛戦闘に志願し、馬堂少佐と共に俘虜となった。

杉谷少尉 鋭兵将校 西田と共に後衛戦闘に志願し、俘虜となる。

冬野曹長 独立捜索剣虎兵第十一大隊の砲兵曹長

栃沢   兵部省法務局の官僚

ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナ
<帝国>帝族の一員である東方辺境領姫にして<帝国>陸軍元帥
天性の作戦家にして美貌の姫

クラウス・フォン・メレンティン
東方辺境鎮定軍参謀長である陸軍大佐
ユーリアの元御付武官長でもり、深い信頼関係を結んでいる 

 
皇紀五百六十八年 四月一日 午前第十一刻 俘虜作業場
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久


 豪雪地帯での春はただ素晴らしいものではない。雪解け水によって踏み固められた雪道は泥濘となってしまい、時にそれは非常に危険な事である。
 〈皇国〉で――とりわけ龍州や北領で産まれ育った俘虜達はそれを理解していた。
「〈帝国〉軍には森林の伐採と運搬を命じられているが、折角生き残る事が出来た兵を事故で負傷させてしまうのも阿呆らしい話だね、手抜きが得意な奴は挙手、大隊長、怒らないから」
 などと最高責任者がのたまった事で半ば公然と俘虜達は手を抜いて働いている。
「少佐殿、今日は四十本位で如何でしょうか?」
 冬野曹長が本来命じられている仕事量のわりにのんびりと聞く。
「その位で良いだろう。
〈帝国〉さんも、俘虜を働かせて予定通りの成果なんて最初から期待していないだろうよ」
 馬堂少佐も細巻を揺らしながらのんびりと応えた。
「了解しました、少佐殿。それじゃあ戻ります。」
兵達の様子を見に曹長が戻るのを見ながら西田が呆れた様に口を挟む。
「少し手を抜きすぎじゃありませんか?
〈帝国〉軍の要求は六十本です。幾ら何でもあからさま過ぎますよ」

「そうでもないさ、向こうさんも最初から必要量より多目に要求しているし、此方にも碌な期待をしていないさ。
元々向こうは奴隷の扱いに手慣れているのだからね。まぁ文句を言われたら一週間位は量を増すさ」
 馬堂少佐は悪びれた様子もなく肩を竦める。
「奴隷の扱い、か。
まぁ年季明けの時期が分かってる分、ここらの住人達よりはまだましでしょうかね」
杉谷少尉も皮肉に唇を歪める。

「――そうだな、戻ったら戻ったで面倒があるだろうが」
茫洋とした面持ちで豊久は天に薄く輝く光帯を見上げた。

西田が声を上げた、何かを見つけた様だ。
「あれ? 少佐殿、あそこを歩いて来るのは、
皇国の官僚達じゃありませんか?」

「あぁ確かに、兵部省の文官組だな」
 法務・主計・広報等々、様々な部局において兵部省に占める文官の割合はけして低いものではない。
「少佐殿、何か不味い事したんじゃないですか?」
 西田は悪戯っぽく笑う。
「・・・心当たりが無いわけではないが。」
 ――あの撤退の後、笹嶋中佐との交渉やら実仁親王殿下との文通(?)やら、無茶はしたが・・・。 いやはや必死とは、げに恐ろしき物である。
 
「無いわけがない? 有りすぎて逆に、じゃないのですか?」
的確な突っ込みである。
「・・・・・・ま、まぁ、時期的にも多分俘虜の確認だろう。
ついでに内地の状況を幾らか教えてもらいたいな。」
 ――内地 いや、故国では今頃、駒城の殿様達がこの戦の後始末や守原の北領奪還作戦を潰すのに奮闘している筈だ。
最後まで戦った唯一の将家の者である新城は確実に巻き込まれているだろう。

 豊久は半ば直感的に戦死や俘虜になった場合に備えて手紙で新城を代役として担いでおいたが、現状では内地の政争に関しては祖父や父達に任せる程度にしか考えていなかった。
 ――却説、あいつはどう動かされるかな、軍監本部を動かす手札か?
――いや、それだけでは止まらないな。何しろ守原家は大敗した上に最大の経済基盤を喪失したのだから、このままなら五将家の座から転落してもおかしくは無い。

 五将家の転落が現実味を帯びたのは、安東家が切欠であった、東州の維持、復興の為に家産を費やし、実際に破産寸前まで追い込まれていた事は他の四将家にとっても衝撃的であった。
そうした事例がある以上、大敗を喫し、守原の財政を大いに助けていた北領を喪った事で政治的な転落も十二分にありえる――そう守原が危機感を強めているであろうことはある意味当然の事である。この時点で守原家が強硬な手段に打って出る、そう馬堂少佐が推測することはけして不自然な事ではなかった。

 ――実仁親王のお陰で衆民の間での皇家の支持は高まった、親王殿下が禁裏の意思統一を行えば衆民院と執政府の協調を得る為には最高の材料になる。水軍は反対に回るだろう、それに加えて軍監本部の過半数を掌握出来れば何とかなる。
 ――其方に英雄の一人である新城を使い、駒城が陸軍首脳部を抑え込むか?
五将家内でも守原、宮野木には確実に恨まれるな。 特に宮野木は先代が院政(誤字に非ず)に追い込まれてからは特にそうだ。

 ――西原はどうかな? ある種、最も常識的な将家だから奪還派か。

 ――安東は利を失えば容易く手を引くだろう、東州の復興で家を潰しかけてからは実利主義に染まっている。護州が分け前を認めればあっさり奪還派につくだろうが、此方も利益をしめせばどうにか懐柔できるか。

 ――つまり、彼奴は駒城の家臣団の中でも嫌われている上に五将家の半数の恨みを買い取るワケだ・・・帰った後が怖いな。内憂外患としか言いようがない。

「気になる事があるのですか?」
 西田が真顔になって尋ねると、思考の沼に沈んでいた所を引き戻された馬堂少佐は目を瞬かせながら云った。
「ん、あぁ。内地での事さ。
多分大事になっているからね、後々の厄介事も聞いておくべきか、とね。」
そう言って官僚団に向かって歩きだす。

官僚達の先導者はロトミストロフ少尉候補生だった。
「少佐殿、貴官に面会者です。」
「ご苦労様です、トミストロフ少尉候補生」
豊久は答礼し、官僚団に向き直る。

「私は兵部省法務局で国際法務課の任じられている、栃沢奏任二等官だ」
 ――軍政を司る兵部省の法務官僚か、俘虜交換の担当者か。
 兵部省の法務局は兵部省の訴訟関連の事務や、軍の綱紀の制定や軍法会議も運営、<大協約>の軍事的側面からの研究などを司っている。
「独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長、馬堂豊久少佐です」
 人務部監察課に勤務していた時には豊久も何度か法務局と関わった事があるが、これ程彼らを心強く感じたことはなかった。
「私は皇主陛下の執政府の命と〈大協約〉に従い戦時俘虜交換担当官として派遣された。
〈帝国〉が、〈大協約〉に基づいた俘虜の取り扱いを行っているか確認を行っている。
・・・貴官は随分と特別扱いされている様だな?」
書類を斜め読みしながら詰問気味に尋ねる。
 ――はいはい、懐柔されていませんよ、と。
「その様ですね、色々と自分から聞き出したい様でした。
まぁ今は部下と共に労役に服しています。それ程特別扱いはされていませんよ」
 嘘である。実の所新しく与えられた部屋は〈帝国〉士官が与えられる格のものであっ。
――ここまでやられたら疑われても仕様がない。全く、あの賢獪な参謀長は、厄介だ。
内心、冷や汗を流しながらも豊久はにこやかに対応する。

「それにしては労役を部下だけに行わせている様子に見えるが?
貴官の上着には、跳ねた泥一つ付いていない。」

「二等官殿、失礼ですが軍役の経験は有りますか?」

「ない」
――それでは無理もないか。
「軍隊では、当然ですが人死にを前提として構成されております。
そして、厳然な序列が作られ、誰かが死ねば、その通りに部下が役目を引継ぎます。
それ故に士官、下士官、兵の間で、厳密な分業化が行われ、その為の教育が行われています。兵の職分を侵すことは軍の組織構成に反します。」

「まぁ、戦死を前提とした軍組織は特殊ですからね。
普通の官僚・企業組織とは根本的に組織構成の意図が異なります」

「それを労役時にまで適用するのかね?」
 ――〈帝国〉に懐柔されてないか、将校として不当な行動をとっていないか、かまるで監察を受けている気分だ。
「我々は今をもってなお軍役についております。そう云う事です」

「――ほう 流石に将家の御方となると常住坐臥、将校たれ、かね?」
栃沢は目を細め、頷いた。
 ――やっぱり衆民出身の御仁か。
内心舌打ちをする。
将家の争いに関して “中立”である衆民官僚の意見書は良くも悪くも重用されている。既得権益者である将家への反感と上昇志向に凝り固まった衆民官僚を利用している者も少なくない。
 ――これ以上、関わらない方が良いか。
「それで、我々の扱いは如何に?」
この手の人間は不必要に反感を買うよりもさっさと職務に立ち戻らせた方が楽だと豊久は考えていた。
「貴官の部隊には、第一便を以て帰還させるべし、と特命を受けている。
これについては、陸軍軍監本部、それに、水軍からも強い要請を受けている。」
――笹嶋中佐、約束を守ってくれたのか本当にあの人には世話になった。
 脳内で笹嶋に対する貸し借りに赤字を書き込む。
「水軍に〈帝国〉、随分と君も特別扱いを受けているな?」
「その特別扱いの対象は、私だけではなくこの第十一大隊です
――まぁ随分と人数が少ないですが」
「……そうだな、失礼」
栃沢も言葉を濁す。
互いに気まずい空気が漂う。
「今後の話をしたいのですが宜しいでしょうか」
「あぁ、仕事を始めよう」



同日 午後第二刻 東方辺境鎮定軍司令部官舎 司令官室 
帝国軍東方辺境鎮定軍総参謀長 クラウス・フォン・メレンティン


初老の参謀長は淡々と〈帝国〉東方辺境鎮定軍総司令官への報告を行う。
「猟兵二個連隊・砲兵一個旅団・その他独立部隊及び支援部隊、総勢二万二千名、鎮定軍の序列に加わりました。
〈皇国〉陸軍に破壊された兵站の再構築もこの支援部隊で完成します。
これにより、第21東方辺境猟兵師団の損害は充足し完全編成となります」

「それで?クラウス、今後は予定通り?」
陸軍元帥・東方辺境領姫 ユーリア・ド・ヴェルナ・ツアリツィナ・ロッシナは、豊かな金髪を弄りながら、普段の姿からは考えられないような無防備な甘えた声で尋ねる。

「真面目に聞いてくださいよ、姫。」
 ――幼い時から侍従武官としてお世話をしてきた身としては嬉しくもあるが・・・参謀長としては、困ったものだ。と言わざるを得ない。
 メレンティンが苦笑を浮かべるとがらりと表情を替えて促す。
「分かっている。参謀長、報告を続けなさい。」
 ――やれやれかなわないな。

「今後は第五東方辺境騎兵師団・第十五重猟兵師団を主力とした約十二万の増援を予定しています」
「他には?」
「必要とあらば、二個騎兵連隊、三個砲兵連隊が引き抜けます。
それを加算すれば支援部隊込みで約二十万になります。
東方、北方、両辺境の蛮族達に対する防衛を考えるとこれが限界です。」
 それでもこの〈皇国〉陸軍の常備兵力に匹敵する規模である。
「この国の蛮族どもの動向は?」
「一部で総反攻を企てている様です。」
「好都合じゃない。此方の動きの鈍さを勝手に補ってくれる」
ユーリアの楽観的な言動をメレンティンは窘める。
「殿下。あくまで一部ですよ。執政府が無能で無い限り潰されます」
「そうでは無いと?」
「殿下、何故攻め込む事になったのか忘れたのですか?」
 ――あまり敵を侮るのは危険ですよ、姫。
 良くない傾向だ、とメレンティンは警告する。
「民部省が煩く言っていたから進攻を始めたけど、
矢張り辺境の蛮族達を先に叩いて置くべきだったかしら。」
 姫が嘆息する。
「いえ、それはそれで問題があります。」
「輸送かしら?」
「はい、現在でも辺境艦隊から118隻を割くのは良いのですが、
徴用船舶が197隻と、予想より少なく、今後の輸送に支障が出る可能性があります。
これは〈帝国〉の海運が廃れているのが原因です。
更に後数年、遅れていたらどうなっていたのか、考えたくありませんな。」
 メレンティンの懸念を肥大化させたのは豊久との会話であった。
――そう、この島国への進攻の最大の懸念は渡洋の際の輸送船の不足だ。あの青年の指摘通り経済的な敗北は回船の不足等流通面に響いている。我が姫君が、僅か半個師団を直率してテンロウで戦う羽目になったのもそれが原因である。
なにより占領後の軍政に関する面倒はその比ではなかった、
「そうかもしれないわね。今回、水軍は成果が出せなかった、ここで潰せたら楽だったのだけど」
「いえ、118隻には海が広すぎます。
輸送船団の護衛と敵の捜索で精一杯です。
輸送船団に被害が出なかっただけでよしとすべきでしょう」
「つまり貴男の前任者、ケレンスキィ中将が軽率だったと?」
ユーリアは顔を険しくして尋ねる。

「いいえ、姫。これは寧ろ、全般的な情報不足が原因です。
〈帝国〉諜報総局は北方、東方の探りの方へ力を注ぎ、この〈皇国〉は重視していませんでした。この外征は民部省の要請で急遽決まったようなものです」
 ――見事な奇襲、か。
東方辺境軍参謀長はあの言葉を聞いたときには内心、嘆息していた。
態勢が整わなかったのはお互い様である。

「情報不足、ね。 確かに実際、戦ってみると意外な事が多かったわ」
ユーリア殿下がまた嘆息して言葉を続ける。
「急場であれ程の船を集めて逃げ出すとは思わなかった。
それにあの物資の量!海岸で焼き忘れた分だけでこの鎮定軍でさえ半年は養える。
アスローンだってあれ程の手際は持たないでしょうに」
 ――もっとも、その大半はミナツやらなんやらと都市部に集まった難民を養うために消えるだろうが。
兵站部の悲鳴を思い出しながらメレンティンは言葉を紡ぐ。
「あの国は、民部省が懸念した通りに商業が盛んなのです。
商船をかき集めたのでしょう、それに物資も」
「商業ねぇ」
 つまらなそうに言う、関心が薄いのだろう。
「その手の問題には、東方辺境領姫殿下の方が陸軍大佐より余程お詳しいでしょう。」
「詳しいからといって理解が深いとは限らないわよ、クラウス。」
 ――兵理の方がお好みなのは昔からか
自分が教えこんだ事を棚に上げてかつての侍従武官は嘆息した。
「自分がその手の問題に疎いのは軍人ゆえと思っていましたがあの青年は随分と詳しい様でしたな。」
 ――政治に経済、あの青年は官僚の方が向いていたのではないだろうか?

「ああ、あの男。見かけは良くもなく、悪くもなく、と言った所ね。
これといって気を引くものは無いわ」
 詰まらなそうに言う姫自身がその詰まらない男の特別扱いを命じた事を知っているメレンティンは無言で肩をすくめる。
 ――やれやれ、もう少し素直さを身につける様に御養育するべきだったかな?
「いえ、面白い男でしたよ。中々話が合いました。」
 
「あら、それじゃあ相当な軽口男なのね。」
 微笑みながら姫はかつての侍従武官をからかう。
「姫、何と心無きお言葉を、ああ、爺は哀しく御座います。」
白々しく肩を落とす元御付武官にユーリアもくすくすと笑う。
「――それで、貴男は随分その男を評価した様ね」
「はい、私の部下にいたら間違いなく引き立てています。
正直な話、〈大協約〉が無かったら首を刎ねたい程です」
「あら、随分と剣呑ね。」
 果断ではあっても穏健な性格のメレンティンが発した予想外の言葉にユーリア姫は目を見開いた。
「あの男は、ショウケ――〈皇国〉の有力な軍閥貴族の出です。
国に戻った後で、事と次第では厄介な相手になります」

「それ程切れるの?」
 ユーリアが興味深そうに耳を傾ける
「誘導尋問を仕掛けたのですが、のらりくらりと躱されまして煙にまいて逃げ切られてしまいました。 いやはや大したものです」
 メレンティンが評価したのは軍人というより政治屋としての手腕である。
もっとも、その二つは極めて近しいものであるが。
「そう・・・貴方がそこまで言う男、私も会ってみましょう、興味が湧いたわ。」
 メレンティンも好奇心が疼いた。
 ――互いが互いを如何に評するか、興味深いが・・・。

「姫、その前にこの書類と報告の処理を先にお願い致します。」

 厚みのある書類束を目の前に置くと美貌の姫が悲しげな視線を向けた。勿論、忠良たる参謀長は無視をする。
 如何に帝族にして元帥と云えど――いや、だからこそ面倒とは何時も付き纏う物であるのだから。

 
 

 
後書き
NGシーン にじファン時代の楽屋オチ注意





ユーリア「ああ、あの男。見かけは良くもなく、悪くもなく、と言った所ね。
これといって気を引くものは無いわ、主役になったって最終回で出番がないタイプじゃない?」

豊久「龍口湾へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」

新城「あの時は打ち切られたんだから諦めろ、僕も出番が無かったし」 
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