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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十一話 真相(その1)

 その日、俺は帝国軍大将グリンメルスハウゼン子爵に呼ばれていた。どういうことだ、俺を呼ぶなど。まさかまた艦隊を率いて出征したいなどというんじゃないだろうな。あの老人大将に昇進して大分ご機嫌だと聞いている、勘弁してくれよ。現在帝国内では出兵計画が練られている。原作では第六次イゼルローン要塞攻防戦になる戦いだ。ミュッケンベルガー元帥にしてみればようやく宇宙艦隊の実力を確かめられると言うところだろう。此処にあの老人を出すはずは無いと思うが、用心に越した事は無い。

■グリンメルスハウゼン邸

「良く来てくれたの、ヴァレンシュタイン大佐、いや准将じゃったな」
「お招きいただき有難うございます、閣下。ご健勝そうでお慶び申し上げます」
実際血色も良く元気そうだ。この老人、確か今年死ぬはずだが…いや風邪をひかなければ大丈夫か。風邪をこじらせて肺と気管支炎だったか、いや肺炎だったかで死んだんだが。

「ああ、有難う。無駄に長生きだけはしておるの」
「そのような事は」
「ないと言うか、やさしいの准将は」
「……恐れ入ります」

いかんな。どうもこの老人はやりづらい。
「ヴァンフリートの戦いでは随分と世話になった。わしが大将に昇進する事が出来たのも卿のおかげだ」
「参謀長として当然の事をしたまでです。むしろどこまで閣下を御支えする事が出来たのか、心許なく思っております」

「いや、卿は本当に良くやってくれた。それでの、今日は礼がしたいと思っての」
「閣下、どうかそのような事は…」
「卿、両親の死の真相を知りたくはないかの」
「は?」

この老人、今なんと言った。死の真相?
「これを見るが良い」
老人は俺に五、六枚にまとめられた報告書を渡してきた。

■ヴェストパーレ男爵夫人邸 ジークフリード・キルヒアイス
 
 アンネローゼ様との面会が皇帝より許された。場所はヴェストパーレ男爵夫人邸で、アンネローゼ様、ヴェストパーレ男爵夫人、ラインハルト様、そして私の四人でお茶を飲んでいる。
「ラインハルト、ジーク、昇進おめでとう」
「有難うございます。姉上」
「あら、どうしたのかしら。余り嬉しそうではなさそうね」

男爵夫人が興味深げに聞いてきた。
「今回はどちらかと言えば偶然に武勲を上げたようなもので、どうもすっきりしないのです」
「そんな事はありません。ラインハルト様は昇進に相応しい武勲を上げたのです。胸を張ってください。」
「そうは言うが」

ラインハルト様は未だ納得していない。ラインハルト様の御気性では無理も無いが。
「むしろ、偶然に助けられて昇進したのは私のほうです」
「あら、どういうこと? 面白そうな話だけど」
「昇進を譲られたのです、男爵夫人」
「譲られた?珍しい事も有るものね」

部下の功績を奪い取る傾向はあっても他者に功績を譲る風潮は無い。確かにヴァレンシュタイン准将のしたことは珍しい事だった。それだけに素直に喜べない。私の胸を苦いものが満たす。

「誰なのかしら、その奇特な方は」
「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン准将です」
「ヴァレンシュタイン……そう、彼が……」
「? ご存知なのですか」
「ええ。私個人がというより、ヴェストパーレ男爵家がヴァレンシュタイン准将とかかわりが有るの」
「?」

妙な話だ。名門貴族の男爵家が平民のヴァレンシュタイン准将とかかわりがある? ラインハルト様もアンネローゼ様も不思議そうな顔をしている。
私たちの疑問を感じ取ったのだろう。男爵夫人が話し始めた。

「ヴァレンシュタイン准将の父親、コンラート・ヴァレンシュタインはうちの顧問弁護士だったのよ。あの事件で殺されるまでは」
「あの事件?」
「知らないの?、貴方達…そう、知らないのね…」

私はラインハルト様、アンネローゼ様を見た。二人とも顔に疑問符が浮かんでいる。
「昔、リメス男爵という貴族がいたわ。コンラート・ヴァレンシュタインはリメス男爵家の顧問弁護士もしていたのだけど……


 男爵夫人が話してくれたリメス男爵家の相続問題に絡む殺人事件は陰惨としか言いようが無かった。人間はそこまで醜く成れるのか。
「八年も前の事ですものね。まだ判らなかったかも知れないわね」
八年前……アンネローゼ様が後宮に上がり、私とラインハルト様は軍幼年学校に上がった歳だ。自分たちのことで精一杯で他者の事に注意を向ける余裕など無かった。 

「では、ヴァレンシュタイン准将のご両親は、ヴァルデック男爵家、コルヴィッツ子爵家、ハイルマン子爵家のどれかに殺されたと言うことですか」
「おそらく、ほとんどの人がそう思っているでしょうね」
男爵夫人の顔には疲れたような色がある。

「ほとんどの人? 男爵夫人はそうは思っていらっしゃらない?」
「ええ」
どういうことなのだろう。未だ他にも何か有るのか。
「私は、あの二人を殺したのはカストロプ公だと思っているの」
「カストロプ公!」


オイゲン・フォン・カストロプ公爵、現在帝国の財務尚書の地位にある。地位を利用した職権乱用によって私腹を肥やしていると聞くが、彼がどう絡んでくるのか。

「カストロプ公爵家は大貴族でしょう。当然、親族も多い。彼の親族の一つにキュンメル男爵家という家があるの。当代の男爵はハインリッヒ、まだ十代なのだけど生まれつき病弱で宮中には一度も出た事が無いの。先代のキュンメル男爵も体の弱い人で亡くなる前に彼の事を親族の一人であるマリーンドルフ伯爵に頼んだわ。本来ならばカストロプ公に頼むべきでしょうね。でもそんな事をすれば、あっという間にキュンメル男爵家は無くなり、カストロプ公爵家が肥るだけ。頼られたマリーンドルフ伯爵は誠実な方でね、キュンメル男爵の頼みを受けたのは良いけど、どうすれば良いか困惑した。それで私の父に相談したのよ」

「男爵夫人の御父上とマリーンドルフ伯爵は親しかったのですか」
「そうね。二人は共通の悩みを持っていて愚痴を言い合う仲だったわ」
「共通の悩み?」
「父もマリーンドルフ伯爵も男子に恵まれなくてね。判るでしょう?」

「相談を受けた父はコンラート・ヴァレンシュタインをマリーンドルフ伯爵に紹介したの。コンラートは有能だったわ。キュンメル家の財産を守る傍ら、領内を見て周り経営を改善したの。そのためキュンメル家の財産は増え豊かになった。でもその事はよりカストロプ公の欲心を刺激する事になってしまった。そしてあの事件が起きた」
リメス男爵家の騒動を隠れ蓑にキュンメル男爵家の財産を狙ったと言う事か。

「しかし、それだけではカストロプ公の犯行とは断言できないのではありませんか」
「コンラートが死んだ直後、カストロプ公がキュンメル家の財産の横領を図ったの。でもそれは阻まれた。コンラートが生前、自分の死後のことを委託した弁護士たちによってね。彼らはルーゲ司法尚書に近い人たちで司法尚書を動かす事で、カストロプ公を牽制したのよ。弁護士たちが言っていたそうよ。あの動きは偶然じゃないって。マリーンドルフ伯爵が父にそう言っていたわ」

「コンラートの奥方はヘレーネと言ってね、司法書士の資格を持っていたの。夫婦で一緒に仕事をしていたのだけどやさしそうな女性で二人とも本当に幸せそうだった。息子のエーリッヒが自慢で、良く言っていたわ。”大きくなったら弁護士に成って一緒に仕事をしたいと言ってくれている。将来が楽しみだ。体が弱いのが心配だが正義感も強いし、心が強い。いい弁護士に成るだろう” って。私たちがあの家族の幸せを奪ってしまった」

私には男爵夫人を慰める事が出来ない。どれほど違うと言ったところで男爵夫人が納得する事は無いだろう。
「父とマリーンドルフ伯爵がその事で話しているのを見てしまったの。二人とも真っ青だった。カストロプ公があんな事までするとは思わなかったのね。父にとっても、マリーンドルフ伯爵にとってもコンラートは身分に関係なく信頼できる友人だった。

葬儀の時、エーリッヒを見たわ。まだ小さくてこれからどうするのかと思った。父にうちで引き取ろうと言ったの。父も同じ思いだったのね、賛成してくれた。カストロプ公を刺激してもまずいからという事で半年ほど経ってからと思っていたんだけど、その時には彼は士官学校に入っていた」

私はヴァレンシュタイン准将の事を考えていた。一体どんな気持ちで士官学校に入ったのだろう。彼は私たち以上に貴族を、皇帝を憎んでいるじゃないだろうか。彼がラインハルト様に好意的なのは、ラインハルト様が同じ心を持っていると知っているからだろうか。彼は私たちのことをどこまで知っているのだろう…。


 
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