大空へと
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第一章
大空へと
その時誰もがだ、兄弟のしていることについてこう言った。
「気球があるだろうに」
「飛行船だってな」
「それで充分だ」
「人はもう空を飛んでいるんだ」
「鉄が空を飛ぶものか」
「そんなこと出来る筈がない」
「車が空を飛ぶ様なものだ」
だからだというのだ。
「そんなことは絶対に無理だ」
「出来たら本当にびっくりするぞ」
「有り得ないからな」
「何があってもな」
「あの兄弟は何を考えているんだ」
「不可能だ」
それこそというのだ。
「無謀とかじゃない」
「そんなことは夢想だ」
「妄想だ」
「小説の世界の話だ」
こう言って誰も信じなかった、だが。
その兄弟は自転車屋をしながらだ、あくまでこう言っていた。
「いや、出来る」
「機械が空を飛ぶんだ」
「鉄でもだ」
「空を飛べるんだ」
世間にあくまでこう言うのだった。
「気球やグライダーだけじゃない」
「我々の造った飛行機が空を飛ぶんだ」
「それは絶対に出来る」
「我々にはその自信がある」
「科学だ」
「ちゃんと科学的考察をして言っているんだ」
これが彼等の主張だった。
「鉄の機械でも空を飛べる」
「気球よりも速く、グライダーよりも遠く」
「そして高く飛べる」
「機械は空にも及ぶ」
こう主張しているのはオハイオ州ディトンのその自転車屋の兄弟であるウィルバーとオーヴィルだ。二人はあくまで主張した。
「きっとだ」
「陸の自動車、海の船にだ」
「空は飛行機だ」
「我々はそれを証明してみせる」
世間が何を言ってもだった、彼等はあくまでこう言って二人で飛行機、空を飛ぶ機械を開発製造していった。彼等だけで。
だが世間はだ、その彼等に言い続けていた。
「本当にわかっていない奴等だ」
「鉄みたいに重いものがどうして空を飛ぶ」
「機械でそんなことが出来るものか」
「空は軽くないと飛べないんだ」
「それこそ飛行船や気球でないとな」
「それかグライダーみたいに風に乗らないとだ」
そうしたものでないと、というのだ。
「とても飛べるか」
「そんなことが出来るか」
「馬鹿なことを言うんじゃない」
「神様でもそんなことは出来ないぞ」
絶対に不可能というのだ。
「自転車で空を飛ぶつもりか?」
「自分達の造った」
こうしたことを言う者達すらいた、彼等が自転車屋であることから。
「そんなことが出来たらお笑いだ」
「それこそ二十世紀の最初で最高の発明だな」
「自転車で空を飛ぶ」
「そんなことが出来たらな」
それこそとも言う者達もいた、しかしだった。
兄弟は諦めなかった、それでだった。
兄のウィルバーは弟のオーウェルにだ、彼等の家の中で言った。
「諦めているか?」
「そう見えるかい?」
コーヒーを飲みつつだ、弟は兄に笑って応えた。
「俺が」
「いや、見えない」
兄も笑って弟に応えた。
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