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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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アザーワールド

 
前書き
いわゆるもう一つのオープニングです。 

 
世紀末世界、サン・ミゲル北部……四方封印によって守られているはずの螺旋の塔。その頂上部に一人の少女がいた。黒い鎧(メイルオブダーク)を身に着けて肩まで届く紫の髪をたなびかせ、服装とは裏腹にあどけない顔立ちに華奢な体躯をしたこの少女は、サン・ミゲルの街を見下ろしながら虚ろな目で呟く。

「俯瞰。ここが、あの方の故郷……」

その時、少女は視界の向こう……街門から棺桶バイクで帰還中の太陽少年ジャンゴの姿を見つける。徐に微笑を浮かべた少女は、螺旋の塔の頂上部の端へ歩いていき……そのまま頭を下にして落下する。まるで投身自殺のような状況の中、少女は冷静な顔のまま力を発動した。

「暗黒転移」

そして螺旋の塔の入り口、約束の丘には落下してきたはずの少女の姿は無く、静寂が漂うだけだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なんや……? 妙に胸騒ぎがする……」

「どうしたの、ザジさん?」

「あ~大丈夫や、シャロン。ちょっと疲れただけやで」

「疲れたって……辛いなら休んでも良いんだよ?」

「ならせっかくやし、お願いしよか。じゃあ早速ウチの代わりに、スミスのじいちゃんに頼まれてた物を届けに行ってくれへんか? 鍛冶屋はすぐそこやし、簡単やろ?」

「いいよ。それで届け物はこれ?」

「せや。レディさんにはウチから言っとくから、よろしゅうな~」

ザジに頼まれた事でシャロンは布にくるまれた届け物を持ち……すぐに降ろした。そして訝し気な眼をザジに向け、彼女は苦笑気味に答えた。

「アハハ、それめっちゃ重いやろ? 実はそれの中身は色んな希少金属の塊なんやよ。オリハルコンとかトラペゾヘドロンとか諸々」

「伝説の金属とか輝くアレとかどこで手に入れたの!? というかそんなの重くて当然だよ! そもそも女子に運ばせる物でもな……あ、あ~そういう事?」

「ウチが疲れてる理由わかった?」

「身をもって理解したよ……。はいはい、疲れてない私が持って行きますよ~っと」

「ほな、いってらっしゃ~い」

宿屋を出たシャロンは届け物の重さでふらつきながらも階段を下り、右折した先にある鍛冶屋へ入った。そこでは白髪の老人が姿勢をかがめて炉の温度を確かめており、シャロンに気付いた彼はすぐに荷物を受け取った。

「すまんすまん、重かったじゃろう?」

「次から力仕事は、シャイアンさんとかに頼んで下さい……」

「わしもそうしたかったんじゃが、いかんせん人手が足りなくてのう。今回は勘弁してくれんか」

「皆にも事情があったんですから別に怒ってませんよ。それよりこれらの金属は何に使うんですか?」

「うむ、実は“太陽機ソル・デ・バイス”の修理のためなんじゃ。ずっと壊れたままにしとくわけにもいかんからな」

「確かに直しておけば、ジャンゴさんの借金が払えなくてもザジさんは温情を与えてくれるかもしれませんね」

むしろ材料費の方が高いかもしれない、という素朴な疑問をシャロンは無視した。

「そもそもサバタさんと違って、ジャンゴさんがお金の管理が下手だった事に驚きですけど」

「わしとしてはむしろクイーンの下にいたサバタがお金の管理が上手かった事に驚きなんじゃが……そこも母親に似たんじゃろうな。それと、この金属で作るのはもう一つある。鋼鉄のスミスの名に懸けて、ジャンゴに最高の剣を作ってやろうと思っておるのじゃ」

「最高の剣?」

「シャロンが持っていた刀からコンセプトを得た一品じゃ。これから作業に取り掛かるから、完成まで楽しみにしておいてくれ」

それを聞いたシャロンは自分の腰に差さっている“民主刀”、“共和刀”の柄を軽く撫でる。それはかつて大統領だった者が振るい、様々な経緯があって彼女が受け継いだ業物である。滅多に鞘から抜かないが、一応の取り扱いは心得ていると自負している。いざという時は、自分も戦うという意思を内に秘めている事も……。

用事を済ませてシャロンが外に出ると、街の入り口では他の地域から帰ってきたジャンゴをリタが迎えていた。普段ジャンゴは街の外でアンデッド退治を行っているため、彼の事を好いているリタは常に心配している。それゆえ、彼が帰ってきた時は彼女が真っ先に出迎えて、無事を喜んでいるのだ。

ちなみに2年も経った事でジャンゴも少し大人びた風貌となり、前の活動的な格好ではなく、最強のヴァンパイアハンターとして活動していた父リンゴと似た格好をしている。主に黄土色のレザーコート、黒いブーツ、茶色いレザーグローブといった感じで、帽子はそもそも昔の様にバンダナを付けているので被っていない。なお、今の彼の服を作ったのはシャロンであり、真紅のマフラーを巻いているのは今も昔も変わらずである。

「もう街の皆公認なんだし、いっそくっ付いちゃったらどうかな?」

「えぅ!? しゃ、シャロンさん!? あ、あのその、私はですね!?」

「…………」

もじもじしているリタを見て、気まずい表情をしたジャンゴはホームへと歩いて行った。様子が変な彼の後ろ姿を見て、リタが首をかしげる。

「……ジャンゴさま?」

「はぁ、まただ。この話題になると、いつも黙って逃げるんだ……」

「もしかしてサバタさまの事を気にして……?」

「いや、サバタさんの事を引きずっている訳じゃないと思うよ。もしサバタさんが来ていなければ、今頃私はとっくに死んでるもの」

「じゃあ、どうしてでしょうか?」

「本人じゃないから、流石にちょっとね。ただ……世界でたった一人の太陽仔として変な責任を感じてるのかもしれないし、大切な人を作る事に恐怖があるのかもしれない」

「大切な人を作る事に恐怖、ですか?」

「そう。ジャンゴさんは母を失い、父を倒し、そして2年前に唯一生き残っていた肉親だった兄のサバタさんまでも失った。要するに、家族と全員死別してしまってる事になるんだけど……それがジャンゴさんの心に、自分が家族を作ったら同じように死んでしまうんじゃないかってトラウマが出来ちゃってるのかも……」

「そんな事は……」

「無いとは言い切れない。このサン・ミゲルだって見てわかるように復興はかなり進んだけど、そもそもイモータルに襲われて多大な犠牲が出た事は過去に何度もある。サバタさんやリンゴさんの件が良い例だ。私達だって、イモータルに襲撃されたら生き残れる保証もないよ」

「確かに私もかつてサン・ミゲルが襲撃された際、伯爵に捕まった事があります……でも……」

「気持ちはわかるけど、リタ。これはあくまで私の考えであって、ジャンゴさんの考えている事と違うかもしれない。どこまでいっても結局、本人次第なんだ。私達に出来るのは、ジャンゴさんを傍で支えてあげるぐらいしかないんだ」

「はぁ……そうですね。では私はこれまで通り、精いっぱいジャンゴさまを支えていきます! いつかちゃんと振り向いてくれるように、ジャンゴさまのお傍で尽くしていきます!」

自ら元気を振り絞ったリタは果物屋へ戻って行った。健気な彼女の後ろ姿を見届けたシャロンは唐突に言葉を紡ぐ。

「ジャンゴさんは自分が未来に命を繋ぐ責任がある事は自覚している。でも皆の死の上で、自分が家族を持つという“幸せ”を掴んでも良いのかと躊躇してしまっている。だからさっきの様に誰かの好意を目の当たりにする場面になると、答えを出さずに行ってしまう。……おてんこさま、彼も人間だってこと、わかってるの?」

シャロンが振り返って尋ねるように言うと、彼女の正面におてんこが姿を現す。彼女の言葉におてんこは唸り声を漏らし、言葉をひねり出すように答える。

「う~む……これまで世界の命運を賭けた多くの戦いを乗り越えたジャンゴなら、いずれ乗り越えてくれると思っていたが……今回ばかりは少々厄介らしい」

「2年間ずっと引きずってるもんね。それに正確には戦いで培った怒りと哀しみ、それら負の感情全てが時間を置いた事で鮮明に蘇ってるんだよ。それに家族を一度に全部失うのと、一人一人死別していくのとでは精神に受けるダメージの質も種類も違う。前者は一度の喪失感が凄まじいけど、後者の方は立て続けに受ける事で傷が更に深くなっていくんだ。その間隔が短ければなおさら、ね」

「まとめると……これまでの別れによる巨大な喪失感が、ジャンゴの心に一定の線を引かせてしまっている、という事か?」

「簡単に言えばね。ここにいる私や皆も家族や友人、仲間に故郷を失う喪失感を味わっているから、彼が恐れてしまう理由はわかるんだ。でもジャンゴさんは、自分の力で前に踏み出す勇気は最初から持っている。恐れていても、いつか未来に歩き出す意思は抱いている。ただ、今はもう少し心を休めたいだけなんだよ。……サバタさん達に支えられてた頃の私のように」

「……そうか。思い返せばジャンゴも短期間の内に多くの喪失を味わった。それから心の傷を癒す間もなく、イストラカン、サン・ミゲル、楽園で過酷な運命と戦った。この2年間はある程度落ち着いているから、ジャンゴにはしばらくの間、戦いよりも人や仲間とのふれ合いを優先してもらうべきだろうか?」

「それが良いよ。という訳で………おてんこさま?」

「ん?」

何やら嫌な予感がしたおてんこは、冷や汗のようなものを流しながらシャロンの眼を見つめる。彼女は……やたら不敵な笑みを浮かんでいた。

「しばらくクロちゃんに遊ばれてきなさい!」

「な!? ま、待て! まさか!?」

「いっくよ~スミレちゃん! 太陽玉~ッ!!」

「ノォォォオオオオオオ!!!!!!!??????」

茎のような部分を掴まれたおてんこは野球選手のごとく綺麗なサイドスローでシャロンに投げられ、たまらず絶叫する。その先から「おっけ~!」と柔らかい声が聞こえ、直後に黒い小さな影がおてんこに飛びついてきた。何を隠そう、その影こそクロであり、シャロンに返事したのは可憐な少女スミレである。

「ニャ~♪」

「あ、こら! 私は毛糸玉ではないぞ!? 転がすな!? 抱き着くな!? 引っかくな!? うがぁあああああ!!!!????」

「わぁ~クロちゃん、楽しそ~」

ちなみに2年経っているので、スミレもちゃんと成長している事は一応付け足しておく。性格は純粋なままだが、知識面はシャロンとザジ、運動面はリタ、空いた時間にレディからイロイロ教わっているため、巷では何気にサン・ミゲル期待の星とまで呼ばれている才女だ。
「教育者を見てると、なぜか将来が不安になるぜ」とはキッドの弁だが、その言葉を発した数分後、暗い目をしてブツブツ謝罪を繰り返す彼の姿が目撃された。シャイアンが言うには「女の怒りは恐ろしい」とだけ……。彼の身に何が起きたのかは、神のみぞ知る。

「太陽の使者も猫が相手だと形無しやな」

「あれ、ザジさん? レディさんに報告はもうしたの?」

「おかげさまでな。たんまり入った報酬は後で渡すとして……ジャンゴの奴はホームに帰って来とるんか?」

「ついさっき戻ってきたところだよ。それで用事は――――ッ!?」

突如、サン・ミゲル全体に地震が発生し、皆が何かに掴まったりしゃがんだりして態勢を整える。あまりの激しさで地面に亀裂が走ったり、物が崩れ落ちたりするが、地震は割とすぐに収まった。しかし……代わりにザジがすごく青ざめた表情をしていた。

「あ、アカン……! 今の地震、螺旋の塔の下が震源地や……!」

「螺旋の塔の下? 北にある巨大な二つの塔の下に何か……あ!」

シャロンが気付いた内容を察したザジは真剣な目で頷く。その時、ホームからジャンゴが急いで出てきて、彼女達に無事かどうか尋ねた。

「二人とも、大丈夫!?」

「私は平気、ザジさんも怪我はしてないよ」

「ウチらの事はええ、それよりジャンゴ! アンタは螺旋の塔に急ぐんや!」

「螺旋の塔だと!?」

クロから解放されたおてんこが話に参加し、ザジは神妙な様子で「はい」と答える。

「さっきから妙な胸騒ぎがしとったんですが……間違いあらへんようです。螺旋の塔の……終末の獣ヨルムンガンドの封印が破れかけてます! 恐らく何者かが封印に干渉したらしく、今の地震はヨルムンガンドの力が一瞬あふれ出した影響です!」

「馬鹿な!? そもそも螺旋の塔に行く道には四方封印があるはず……! 一体どうやって……いや、それを考えるのは後で良い。問題は私達が行こうにも、その封印のせいで通れない事なのだが……」

「大丈夫、そこは私に任せてもらうわ」

「レディさん!?」

図書館から駆け付けたレディが懐からとあるカードを取り出し、皆に見えるようにする。

「こんなこともあろうかと、一時的に四方封印を解くマスターカードを作っておいたの。はい、ジャンゴくんに貸してあげるわ。後でちゃんと返してね」

ジャンゴはマスターカードを手に入れた。

大事なものとしてバッグに入れるジャンゴの下に、太陽の果実を持ってリタが駆け寄る。

「ジャンゴさま、大地の実4個と太陽の実2個をお持ちしました。地震で貯蔵庫の扉が塞がれてしまって、申し訳ありませんけど、これだけしか用意できませんでした」

「ううん、これだけあれば十分だよ。持って来てくれてありがとう、リタ」

「ありがとうございます、ジャンゴさま! いつも心に太陽を!」

そうやって笑顔を浮かべたリタの顔を見て、ジャンゴは少し赤面しながらほんの僅かに目をそらした。この場にいる女性陣はそれに気付いてるが、事態が事態なので今言及するのはやめておく事にした。

「……ジャンゴ。わかってるとは思うが、ヨルムンガンドは絶対存在だ。決して封印が解かれてはならない! それに今回は奴のプレッシャーを抑えていたサバタもいない、重々気を付けるんだ!」

「……うん!」

おてんこの言葉を受け、ジャンゴは2年前から愛用している腰の“太陽銃ガン・デル・ソル”と長剣“ブレードオブソル”の状態を確かめてから、塔へと走って行った。なお、ジャンゴは曲剣“サンダーエッジ”、大剣“不滅の剣”、刀“村雨”、直剣“ブルーローズ”、直剣“ラビアンローズ”という複数の剣も普段持っているのだが、先程の地震で倉庫の中から取り出せなくなってしまったのだ。そんな中で何とか取り出せたのが、今示した二つの武器である。

ひとまず銃とソードがあるなら何とかなるだろうと思い、螺旋の塔に向かったジャンゴを見送る彼女達だったが、ふとザジは思い出す。

「そういや変異域に入るには月下美人の力が必要やなかったっけ?」

『あ………』

意気揚々と行ったのに中に入れず戸惑うジャンゴ達の姿を想像して、場に気まずい空気が流れる。違う世界の月下美人であるシャロンは自分も追いかけようと思ったが、周囲に煙の臭いが漂っている事に気付いた。発生元を探しに見回すと、煙は街外れの方から上がっていた。

「まさか今ので火事が起きた!?」

「なんやと!? こうしちゃおれん、すぐに水を運んでくるんや!」

「で、ですがジャンゴさまの方は!?」

「わかっとる! わかっとるから今、役割分担考えとる!」

「ちょっと落ち着いて、皆」

「そうだ、取り乱して時間をムダにするな!」

「コーチ!?」

正確には棺桶屋なのだが、今は置いておく。

「いいか! こういう時こそ冷静にならないと、被害はますます広がる! 慌てて行動を起こすより、先に落ち着くことが大切だ!」

「そうね、彼の言ってる事は正しいわ。とりあえずシャロンちゃん、あなたは別の世界の月下美人でもあるから、ジャンゴくんの所に行ってちょうだい。変異域に行く必要があれば、あなたの力がきっと必要になるわ」

「はい、わかりました!」

「ザジちゃんは図書館に行って水を運ぶ道具を持って来て。とにかくたくさん必要になるから、頑張って」

「了解や!」

「スミレちゃんはキッド、シャイアン、ハテナに水を運ぶ手伝いをお願いしてきてくれるかしら?」

「うん、わかった!」

「リタちゃんと私は逃げ遅れた人の救助活動、棺桶屋さん「コーチだ!」……コーチはエンニオさん達の避難指示をお願い」

「わかりましたわ、マスター!」

「心得た! すぐに終わらせてこよう!」

冷静に役割を分担し、指示を出したレディは最後にこう締めくくる。

「皆、ジャンゴくんが私達を守ってくれるように、私達は彼の帰る場所を守るわよ! わかった!?」

『はい!!』

返事と共に彼女達は各自行動を開始する。ヨルムンガンドの暴走に巻き込まれないように街の人を避難させたり、火事を消そうと水を運んだり、崩れた調度品の下敷きになった人を力づくで引っ張り出したりしていく。皆が生き残るために最善を尽くす、それがこの街に住む者達のモットーなのだ。

そして……ジャンゴは四方封印をマスターカードで一時的に解き、螺旋の塔の入り口、約束の丘へと足を踏み入れている。彼らは変異域に入るには月下美人の力が必要な事に気付いたものの、その問題は変異域に通じる扉がなぜか開いていた事と、この事態を起こした容疑者らしき人物が佇んでいた事で気にする必要が無くなっていた。

「おまえは……?」

黒い鎧をまとう少女……それは螺旋の塔から一度姿を消した、あの少女であった。ただならぬ雰囲気が漂う少女は、やがて顔を上げて彼らを見据えた。

「宣告。太陽の戦士ジャンゴ……その血に刻まれた運命は、まだ終わってない」

「?」

「指示。それを乗り越えられるか……力を見せて。暗黒転移!」

「な!?」

見覚えのある転移魔法を使った少女に驚きの声をあげるおてんこ。だがジャンゴも彼女の事を気にしている場合では無かった。何故ならば……おぞましく白い体表、無数の棘が生えた口、見てると嫌悪感を抱く複眼をした巨大な化け物が、雄叫びと共に変異域を突き破って現れたからだ。瞬間、濃密な瘴気とプレッシャーが周囲にまき散らされる。

「ヨルムンガンド! まさか、もう封印が解けてしまったのか!? ……いや違う。封印の鎖はまだ残っている、いましめの槍は刺さったままだ! 力は抑えられたままのようだが、一体どうなっている……!?」

「おてんこさま! 来るよ!」

かつての戦いと同じく、ジャンゴに噛み付いて飲み込まんとするヨルムンガンド。高速の噛み付きを太陽魔法ダッシュで回避したジャンゴは、すぐさま剣を構えてヨルムンガンドの眼に斬りかかる。かつてヴァンパイアの血で復活した影響で一度記憶喪失になった彼だが、今ではほとんどの記憶を取り戻している。そのため、以前ヨルムンガンドと戦った際の戦術や対処法も覚えている。つまり絶対存在といえど、そこまでの脅威にはなり得なかったのだ。……前回と条件が同じであるならば。

「あれ? ダメージがあまり通ってない!?」

以前と異なり、眼に与えたダメージは数字で例えるなら2から4しかないという状況に、ジャンゴは驚きで目を見開く。その後も噛み付きや怪奇光線、ソードやアックスの投擲を避け続け、隙を見つけては剣で斬ったり銃で撃ったりするものの、あまり効果はなかった。そんな時、おてんこが気付く。

「そうか! ヨルムンガンドの放つプレッシャーが奴の身体を膜のように覆って、ジャンゴの攻撃を防いでいるんだ! 前回、攻撃がまともに通っていたのは、サバタがプレッシャーを抑えていたからでもあったんだ!」

「それじゃあどうすればいいの!? このままじゃジリ貧だよ!」

「むぅ……! だが私達にはプレッシャーを抑える力は……!」

La~♪

唐突にサン・ミゲルの方から聞こえてきた異世界の月下美人の歌声が、ヨルムンガンドのプレッシャーと衝突して防御をはがしていく光景を、ジャンゴ達は目の当たりにした。

「え? 歌……?」

「これは月詠幻歌……シャロンか!」

そして約束の丘に姿を見せた歌い手……シャロンは必死に「ヨルムンガンドのプレッシャーは私が抑えるから、ジャンゴさんは本体に攻撃をお願い!」という意思を込めた視線を送る。

「流石、サバタの心を受け継ぐ少女だ。おかげで攻撃がまともに通るようになった。彼女の期待に応えるぞ、ジャンゴ!」

「わかった! アレやるよ、おてんこさま!」

『太陽ォォォオオオオオ!!!!!』

手を掲げたジャンゴはおてんこと合身、ソルジャンゴへとトランスする。太陽のように燃え輝く姿となったジャンゴは、ヨルムンガンドの眼を目がけてソルプロミネンスの連打を与える。先程と違って防御が効かない事で、かなりのダメージを受けて眼の傷口から白い体液をこぼすヨルムンガンドは、たまらず口を開けて弱点の舌を出す。そこを見逃さず、ジャンゴは渾身の力でソルフレアを何度も何度もぶちかました。かつての戦いの時より格段に威力が上がっている事で、たった一回の弱点露出で致命傷を負ったヨルムンガンドはそのまま倒れた。

「まだ油断するな、ジャンゴ。以前のように不意打ちをされないとは限らない」

「言われなくてもわかってるから、蒸し返さないでよ……」

一瞬の隙を突かれてこの化け物の口に飲み込まれるという嫌な記憶だったので、ジャンゴはげんなりとした様子でおてんこに拒否の意思を伝える。……だが、本当に不意打ちは起きた。ジャンゴではなく……ヨルムンガンドの方に。

GYAAAAAAAAA!!!!!?????

暗黒転移で消えたはずの少女がヨルムンガンドの頭部の上に現れ、いきなりヨルムンガンドに右腕を突き刺したのだ。

「あんこぉぉぉく!!!!」

「暗黒チャージ!? なぜ彼女が……!?」

突然の事態にジャンゴ達が戸惑う中、ヨルムンガンドが悲鳴のような大声を上げて暴れるものの、先程の戦闘で受けた致命傷の影響であまり激しく動けず次第に動きは緩慢になり、そして少女が右腕を引き抜いた時にはライフが尽きたのか、もうほとんど動けなくなっていた。

「通達。試験は合格。おかげで面倒もなく、これを手に入れられた」

引き抜いた少女の右手には、騎兵隊が使っている物みたいに先端が尖った見慣れない槍が握られていた。凛とした存在感と共に凝縮された暗黒の力が込められた槍を見て、おてんこは気付く。その槍からヨルムンガンドの力が発せられている事に。

「まさか……ヨルムンガンドの力を奪ったのか!? 絶対存在の力を、その槍の姿に固定したというのか!?」

「正解。力を失ったヨルムンガンドは、再び封印される事となる」

少女が言った瞬間、ヨルムンガンドの身体に光の鎖が大量に伸びて巻きつき、変異域の下……元々あった場所へ引きずり込まれて為すすべなく再度封印された。後に残ったのはヨルムンガンドが開けた穴と戦いの痕跡、そして当事者たちの姿だった。

「結論。これで封印は二度と解けなくなる……喜ぶといい」

「もしかして、わざと封印を緩めたのか? その槍を手に入れるために!?」

「曖昧。『事実なるものは存在しない。あるのは解釈だけだ』……どう解釈するか、それは個人の自由」

「解釈ねぇ……。ところでその槍……サバタさんの暗黒剣と同じ性質が宿っている。さしずめ“暗黒槍”とも言うべき代物だね」

「賛同。……こだわりもないので、以後この槍はそう呼ぶ。シャロン・クレケンスルーナ」

「どうして私の名前を知っているのかはさておき、あなたからは妙な安心感がある。……一体何者なの?」

「黙秘。まだ……教えられない。それはジャンゴ、あなたも」

「どういうこと? もしかしてサバタと同じ力が使えることと関係が?」

「指摘。答えは自分で探して。ここではない、他の世界で……」

「他の世界? ……ッ、まさか!!」

この場にいる者全員がその意味を察した瞬間、少女はゼロシフトでジャンゴの下へ高速移動、咄嗟に動けなかった彼を腕に抱えて彼女は一気に跳躍した。シャロンは急いでおてんこを掴んでから彼女を追いかけるが、なんとなく思ったことを叫ぶ。

「男なのにどこかのカメにさらわれるお姫様みたいな扱いされてる!?」

「そんな見当違いのこと言ってる場合じゃないよ!?」

「こら、ジャンゴを放せ! 一体どこに連れて行く気なんだ! それとシャロン、前々から思ってたが、私の扱いがぞんざい過ぎないか!?」

「通告。既に言った、他の世界だと。ジャンゴはもう一つの世界を知らなくてはならない。そして決めなくてはならない……太陽少年としてではなく、一人の人間としての意思を」

「意思……?」

言っている事がわからず首を傾げるジャンゴだが、その間にも少女の魔法術式の構築が進み、そして黒い光を放ちだした。

「くっ、間に合わない! こうなったらジャンゴさん、受け取って! 太陽玉ッ!!」

「ま、またかぁあああああああ!!!!????」

少女のあまりの速さに追いつけず、シャロンは腕を振り上げておてんこを投擲、際どい所でジャンゴはおてんこをキャッチする。だが直後、術式が完成して少女の謎の力が発動した。

「発動、時空転移! 向かう先は……次元世界!!」

刹那、時空の歪みが生じて空間が揺らぎ、そこから凄まじい風圧が吹き荒れて咄嗟にシャロンは身をかがめる。少女はそのままジャンゴ達を連れて暗闇に飛び込み……歪みが消失した時には彼らの姿は世紀末世界から消え去っていた。

「はぁ……はぁ……、行っちゃった……。なんというか……皆にどう説明しよう……?」

こうなってしまった以上、サン・ミゲルが居心地良くてしばらく安穏としてたけど、次元世界に帰る方法を全力で探さないといけない。ジャンゴ達と同様に、自分達の旅も始まる。ジャンゴが落としたらしいマスターカードを拾っておきながら、そう考えたシャロンであった。

 
 

 
後書き
謎の少女:察しの良い読者ならお気づきでしょう。口調の一部はデアラの双子の妹をイメージ。
ソル・デ・バイス:ゾクタイの装備。性能を考えてみれば結構便利ですよね。
太陽玉:漫画版ボクらの太陽の技が元ネタ。ただ、こっちでは投げてるだけなので威力はありません。
暗黒槍:ボクタイDS版より。

ジャンゴくんだって思春期で悩むんです。だって人間の男の子ですから。 
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