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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第十話 エレオノールの訪問

「はい、あーんして」

「あ、あーん」

ラ・ヴァリエール公爵家へ来て二日目。
早速、カトレアの治療を始めることになった。
まずは、午前中に簡単な検診から始め。次に採血、検尿とを行って。午後は採取した物をトライアングルスペルで出来る限りの検査をするつもりだった。

「うん、喉の腫れは無いみたい。ありがとう、もういいよ」

「……はい」

カトレアの自室内ではマクシミリアンとカトレア、ヴァリエール夫妻に助手役のセバスチャンの五人だけだった。

「次は聴診、その次に採血だ。セバスチャン、空瓶を用意しておいて」

「ウィ、殿下」

セバスチャンは片ひざを突いて、床に置いてあるクーラーボックスを開けた。
このクーラーボックス、城を抜け出したときトリスタニア市内の露天で売られていた物を買ったものだ。
魚を入れた状態でハルケギニアに飛ばされたのか、少々、生臭かったが、そこは魔法の世界、『消臭』の魔法で問題解決した。香水を使っても良かったが、持っていなかったし、そこまで気が回らなかった。

クーラーボックス内は大量の氷のうが入っていて、中のものがダメにならないようになっている。
『固定化』を使っても良かったのだが、どう変質するか分からなかった為、氷のうで冷やすようにしていた。

「え? 採血と言われますと、血を抜かれるのですか?」

声を上げたのはヴァリエール公爵だった。

「そうだよ、血液には人体の色々なデータが詰まっているからね。これを採取してカトレアの身体がどうなっているのか調べるのさ」

「し、しかし、そのような療法、大丈夫でしょうか?」

「ん? 血を抜くのは異端ではないか……って言う事ですか?」

「はい、我々も今まで様々なメイジに治療を行わせましたが、そのような療法初めてです」

「たしかに、初めてだと思います。魔法は色々と便利すぎますから。細菌とかそういった物質までは、たどり着いていないみたいですね」

昨日見たカルテには、国内外、超一流のメイジたちが名を連ねていたが、どのメイジたちもウィルスや細菌といった微生物の存在を臭わせる記述は無かった。
マクシミリアンは、ほんの最近だが微生物の存在を配下や親しいメイジらに教えることで、医療や醸造関係の世界ではちょっとした有名人になっていた。

「話がそれましたが、細菌の事でなくて、採血のことですけど、多分、大丈夫だと思いますよ?。なぜなら、彼らロマリア坊主どもはワインを『始祖ブリミルの血』と、言って毎日ガブガブ飲んでるじゃないか。それに聞くことによると、坊主どもは偉大なる始祖ブリミルの血で浴槽一杯にして風呂代わりにして遊んでいるのを聞いた事があります。坊主どもが文句を言ってきたらワイン風呂の事を引き合いに出して、『あなた方のように始祖ブリミルの血で遊ぶ事よりは、我々など可愛いものです』と、言ってやればいいのです連中、きっと黙りますよ。逆切れするかもしれませんがね」

マクシミリアンはロマリア僧侶への嫌悪感を隠さずに言い切った。

ちなみにワイン風呂の事は密偵頭のクーペから送られた情報だ。ちなみにワイン風呂の坊主は、急性アルコール中毒でぶっ倒れたそうな。

「そういう訳で、採血の件は大丈夫です。万が一、異端審問にかけようと言うのなら、カトレアは僕が責任を持って守りきって見せますよ」

そう宣言すると、夫妻はお互いの顔を見合わせながら『お願いします』と、頭を下げ。カトレアはというと顔を真っ赤にして身体をモジモジさせながら、目を潤ませていた。

「マクシミリアンさま……」

彼女はもう恋する乙女そのままの姿だった。

「と、まあ……そういう訳で次は聴診です。カトレア、胸をはだけて」

「え? 胸を……ですか?」

「そうだよ、そうしないと聴診できないからね」

「え、と、はい、分かりました」

恋の赤から羞恥の赤へ、カトレアの顔は急転直下の変化を見せた。

(……? ……ん? ……あ)

事ここに至って、ようやくマクシミリアンも今の状況を理解した。

(……リアルお医者さんごっこ)

……いろいろ台無しだった。







                      ☆        ☆        ☆ 







午後、マクシミリアンは自室にてカトレアの検診で採取した血液などを検査していた。

机の上に水の張ったボウルを置く。
ボウルの水面を杖で叩き、次に血液の入った小瓶を軽く叩くと、ボウルの水面に赤血球や白血球などが顕微鏡写真のように写った。

(……各種白血球は正常。赤血球、血小板ともに正常。その他……異常なし。)

一息つこうと杖を振るうと、ボウルの水面に写った写真が消え、透明な水面に戻った。

「うーん」

マクシミリアンはペチペチとタクト形の杖で頭を叩きながら唸った。

「何処が悪いのかさっぱり分からない」

杖を机の上において、ため息をついた。

(そもそも、精霊の涙で治らなかった病気だ、ちょっと血液を見た程度で分かるとは思っていなかったが)

他にもトライアングルスペルで出来る限りを手を尽くしたが病気の原因は分からなかった。

その後も他の治療法について、いろいろ考えていると、徐々に眠気が襲ってきた。

「あふ……」

あくびを噛み殺し、もう一度、読み直そうとカルテを取った。
夜遅くまでカルテを見ていたため、マクシミリアンは寝不足だった。

「殿下、お疲れのご様子でしたら、床を用意させますが」

「いや、そこまで眠くないよ。ちょっと小腹が空いたし軽く食べ物を。それと眠気覚ましになる物をを頼むよ」

「ウィ、殿下」

セバスチャンは一礼すると退室した。

マクシミリアンはカルテのページをペラペラと捲り、目当てのページに行き着いた。

『ワルド』と、いう人物がカトレア施した治療……というより人体実験。

『カトレアは魔法を使うと原因不明の発作を起こす』

そこに目を付けた『ワルド』は、妙な装置をカトレアに着けて魔法を使わせ、カトレアの体内でどの様な変化が起こっているのか検査する。そういう計画だった。
だが実際に、この人体実験が行われたのか、カルテには書かれていなかった……結果も書かれていない。
マクシミリアンもカトレアの発作の事は、どう扱ってよいやら悩んでいた為、この実験に関して興味を持った。

(この『ワルド』という人物。多分、ワルド子爵の事だろう。子爵の縁者かな?)

カルテを閉じ、目を瞑る。

(ともかくヴァリエール公爵に、この件について聞いてみよう……)

再びあくびを噛み殺しながら、カルテを棚に収めるとノックが聞こえた。

「ん……はい、どうぞ」

入室を許可すると、エレオノールが入ってきた。

「殿下、少しお時間をいただいてよろしいでしょうか」

「ミス・エレオノール。かまいませんよ。どうぞ」

マクシミリアンはエレオノールを日当たりの良いテーブルへと誘った。

「お疲れのところに尋ねてきてしまって、申し訳ございません」

「まぁ、気になさらずに。それでいったい何のようでしょう?」

「はい、それは……その……」

「?」

口ごもるエレオノールにマクシミリアンは不思議そうにしながらも、エレオノールが口を開くまで待ち続けた。

双方黙ったまま、五分くらいが過ぎた頃、ノックの後にカートを押したセバスチャンとヴァリエール家のメイドたちが入室してきた。

「ああ、セバスチャン、ミス・エレオノールにも何か飲み物を」

「ウィ、殿下」

メイドたちはカートに乗ったクックベリーパイを切り分けテーブルの二人に配った。

「ああ、ありがとう」

「……」

セバスチャンは紅茶を二人分淹れ、一礼するとメイドたちと供に退室した。

マクシミリアンは紅茶を一口すすると、濃い目の味で眠気が吹き飛んだ。

(……それにしても昨日、ルイズ相手に凄い剣幕で怒鳴っていたのが嘘のようだ)

テーブルの向かい側にいるエレオノールの少し物憂げな表情と、昨日の目の釣り上がったエレオノールとを脳内で比べていると。ついにエレオノールが口を開いた。

「殿下、カトレアとの婚約解消の期限はご存知でしょうか?」

「はい、知ってます。僕が12歳になったら……でしょ?」

「……そこで殿下、お願いがございます」

「……?」

「もし、カトレアと破談になったら……私と婚約して欲しいのです」

「んんっ!?」

マクシミリアンは思わず口のものを吹きそうになった。

「コホッ……本気ですか?」

「はい、本気です」

「たしか、ミス・エレオノールは他の方と婚約されてると聞いてますが? それはどうされるのですか?」

「それは……取り消してもらいます」

(それじゃ、先方は納得しないだろうに……)

エレオノールの稚拙な方法に内心呆れる。

「まあ、ミス・エレオノールの婚約話は置いておくとして。そもそも、何故そのような事を言い出したのです? ヴァリエール公爵は承知しているのですか?」

「いえ、お父様もお母様も知りません。まだ誰にも話していません」

「それなら……」

「もし、このカトレアとの婚約が破談になってしまったら、ラ・ヴァリエール公爵家はトリステイン中に恥をさらす事になります!」

いきなり怒鳴り声を上げたエレオノールに思わずびっくりしてしまった。

「ミス・エレオノール、落ち着いて……」

「私は、私はそれを避けたいんです!」

「……」

その後も、散々まくし立てるエレオノール、その口調も徐々に早口になる。
マクシミリアンはエレオノールに落ち着くよう説得しようとしたが、間に割り込む隙が無いままエレオノールの独演会になりかけていた。
しかし、息継ぎ無しで一気にまくし立てたため、エレオノールの独演会は終了、苦しそうに息を整える。
マクシミリアンはこの機を逃さず、話に割り込んだ。

「ミス・エレオノール」

「っく、は、はい」

「ミス・エレオノール、先ほどから聞いていれば、貴女は自分の事しか考えてないように聞こえます」

「それは……」

「ラ・ヴァリエール公爵家を救うために我が身を犠牲にする。貴族の娘として、大変、結構な事と思いますが……」

「……」

「もし、ミス・エレオノールと婚約したら、他の貴族は黙ってはいないでしょう。嫉妬に狂って『王権の私物化だ!』とか『ラ・ヴァリエール家の専横を許すな!』とか……散々騒ぎ立て返って、ラ・ヴァリエール公爵家とトリステイン王家を、ひいてはトリステイン王国全体を窮地に立たせかねません」

エレオノールは『ハッ』とした顔をして、マクシミリアンを見た。

「……ともかく。ミス・エレオノール、この話は聞かなかった事にしましょう。それに好きでもない男に嫁ぎたくないでしょう?」

エレオノールにウィンクして、この場を和ませようとした。






                      ☆        ☆        ☆ 








……しばらく経って。

『この話は無かった事にしよう』……そう言ったはずだった。
マクシミリアンは、目に見えて落ち込んでいるエレオノールに慰めの言葉を掛け続けていたが、無かった事にできなかったエレオノールの落ち込みっぷりは、逆に悪い事をしているのでは? と、思わせるほどだった。

(無かった事にしようって言ってるのに。真面目な人だなぁ)

マクシミリアンも、こういう、生真面目な人は嫌いじゃない。むしろ好意的に思っていた。
ともあれ、エレオノールをこのままにして置く訳にもいかない。

「ええっと、ミス・エレオノール。悲しいときは甘いものを食べると心が和らぐそうですよ」

その言葉を発した瞬間、マクシミリアンは心の中でポカポカと自分の頭を叩いていた。

(この馬鹿! もうちょっと気の利いたこと言えなかったのかよ!)

幸い、マクシミリアンの励ましに、ほんの少し元気付けられたのか。エレオノールは黙って頷きながら、モソモソとクックベリーパイを食べ始めた。

「……美味しいです」

「よかった、元気になったみたいで」

マクシミリアンもクックベリーパイを口に運んだ。

「うん、美味しい」

「……フフ」

エレオノールにようやく笑顔が戻って、マクシミリアンもホッと胸を撫で下ろした。






                      ☆        ☆        ☆ 






「……ところで、ミス・エレオノール」

「何でしょうか? 殿下」

立ち直ったエレオノールと談笑して数十分、マクシミリアンはワルド子爵の事について聞いてみる事にした。

「ミス・エレオノールは、ワルド子爵がカトレアの治療に関わっていた事を知ってましたか? もし、知っていたら、どの様な治療内容だったか教えて欲しいのですが」

「ワルド子爵がですか? ……そう……ですね。そういえば、今から何年前か忘れてしまいましたが、ワルド子爵夫人がカトレアの部屋に出入りしていた事は覚えています。ですが、治療内容までは……」

「なるほど、ワルド夫人が……ミス・エレオノール、ありがとうございました。大変、参考になりました」

「殿下のお力になる事ができて、嬉しいですわ」

『手がかりを掴んだ』……そう、実感するマクシミリアンだった。

その後も談笑を続けていると、ノックがしてセバスチャンが入ってきた。

「殿下、ラ・ヴァリエール公爵閣下がお呼びでございます」

「ヴァリエール公爵が?」

エレオノールと顔を見合わせた。

「ともかく分かったよ。すぐに行く」

「殿下、私も、そろそろお暇させていただきますね」

「ミス・エレオノール。楽しい一時でした。また今度。」

「はい、またお相手できる日をお待ちしています」

「では、途中まで一緒に行きましょうか」

「……あ、あの! マクシミリアン殿下!」

マクシミリアンがエレオノールを伴って部屋から出ようとドアの辺りまで進むと、エレオノールに呼び止められた。

「何でしょうか? ミス・エレオノール」

「カトレアの事、どうかよろしくお願いします!」

ペコリと、頭を下げた。

「殿下から手紙が届くたびに、あの子が、カトレアが、あんなに楽しそうにしているのを見て、私たち家族も、どれだけ励みになった事か。マクシミリアン殿下、どうか、どうかカトレアを救って下さい。幸せにしてあげて下さい」

再び、頭を下げ、去っていった。

「……」

エレオノールの言葉に、そして、家族の絆にマクシミリアンも思わず背筋がピンと、引き締まる思いだった。

「……任せてください。幸せにして見せますよ」

グッと拳に力をこめた。





                      ☆        ☆        ☆ 







ラ・ヴァリエール公爵に呼ばれ、公爵の私室へ向かうと、公爵の他にもう一人、見た事の無い貴族が立っていた。

「マクシミリアン殿下、わざわざお呼び出ししてしまいまして、大変、申し訳なく……」

「いえ、お気になさらずに。それよりも、そちらの方は?」

マクシミリアンが視線を貴族の男に向けると、男は一歩前に進み、一礼した。

「ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます。私、ワルド子爵と申します。明日、我が屋敷にてパーティーを催す予定でございまして、是非、マクシミリアン王太子殿下にもご足労頂きたくお願いの使者として遣って来た次第にございます」

「私とワルド子爵とは、領地も隣接していますし軍務などで何かと一緒になる事が多いものでして……」

ヴァリエール公爵がワルド子爵との関係を説明していた。

「なるほど、では改めてまして……初めまして、ワルド子爵。パーティーの件ですが、飛び入りのようなタイミングで恐縮ですが、喜んで参加させていただきましょう」

「おお! 有り難き幸せ」

ワルド子爵とのやり取りで、肩がこりそうになったが。

(ワルド夫人に会えばカトレアの病気について何か手がかりを掴めるかも知れない。なにより渡りに船だ、利用しよう)

と、いう下心も有った為、パーティーに御呼ばれする事にした。
 
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