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彼に似た星空

作者:おかぴ1129
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4.羊羹

 私が建造されたこの鎮守府は、また建築されて間もないところだった。話を聞けば、提督はまだ着任して間もない、艦隊指揮を取った経験の無い新人提督。駆逐艦の五月雨と共に出来上がったばかりのこの鎮守府に着任し、初めての艦娘の建造で、

『妖精さんのノリで誰が建造されるか分からんのなら、妖精さんをノせればいい』

 というわけのわからない理屈の元、鎮守府にあるありったけの資材をすべて妖精さんに渡してしまうという暴挙をやらかした。その結果、私が建造された。

「そんなこと、よく五月雨が許しましたネー…」
「いや、五月雨は必死に止めてたけどね。でもまぁそのおかげで金剛が来てくれたし」

 結果、発足して未だ間もないこの鎮守府は、資材が底をついたことで機能を停止した。

「私はがんばって資材を集めますから、金剛さんは秘書艦になって提督を見張っててください!」
「わかったネー! 資材の方は頼むヨ五月雨ー!!」

 こんなやりとりをしたあと、五月雨は資材調達に奔走した。それが功を奏し、鎮守府に少しずつ資材が貯まり、仲間も増えていった。あの時ほど五月雨を頼もしいと思ったことはない。

 私はというと、五月雨との約束もあり、秘書艦として提督のデスクワークのお手伝いをすることになった。どのみち資材不足の状態では私は出撃することが出来ないという理由もある。

「テートク〜。今日の分の書類整理終わったヨ〜」
「ぉお〜お疲れ様〜。いつも手伝ってもらってすまん」
「ワタシはテートクの秘書艦なんだから当たり前デス! 五月雨とも約束しまシタ!!」
「約束って言ってもあれだろ? おれがアホなことしないように見張っとけとか、そんな感じだろ?」

 この提督、顔はわりかしポヤンとしているのにけっこう鋭い……この時、私は図星を突かれたことで、内心では口から心臓が飛び出るほど動揺していた。

「の、ノーゥ…そんなことは…ない…デース…」
「冷や汗をだらだら流しながら否定されても説得力ないぞこんごーう。こっちを見るんだッ」
「オーウ…ホーリィー・シィーット…」
「こらっ。女の子がそんなスラング使っちゃいけませんっ」
「ソーリィねテートクぅ…確かに図星デース…」
「だろ〜?」

 提督はそう言うと得意そうな笑みを浮かべ立ち上がり、席を離れて鼻歌を歌いながら緑茶を淹れてくれた。私としては紅茶の方がうれしいのだが…

「テートクー、ワタシそろそろ紅茶が飲みたいネー…」
「毎度同じ返答で申し訳ないが、それは今建造中の酒保ができるまでの我慢だな。とりあえずもうしばらくは、この緑茶ってやつで勘弁してくれぇ」
「仕方ないネー…ナッスィングなスリーブはノーシェイクって言うし〜…」
「なんだそりゃ?“無い袖は触れない”って言いたいの?」
「そうデース! さすがテートクネー!!」

 カチャカチャと心地よい音を立てながら、提督は手際よくお茶を淹れていく。ティーカップもそうなのだが、準備をしている時の食器同士がぶつかって鳴るカチャカチャという音は、誰が聞いても心地いいと答えるに違いない。

「なんつーか…まぁ、日本に馴染もうと努力してるのは良いことだ……いや待て元帝国海軍の軍艦なのになんだそりゃ?」

 そう言って提督は、ケラケラと笑いながら私専用の湯のみに淹れてくれたお茶を持ってきてくれた。相変わらず紅茶の方が好きな私だったけど、最近は、この緑茶の香りにもやっと慣れてきた。

 一方の提督だが、自分の席に自分の湯のみを置いた後、また席を離れた。

「? テートクは飲まないんデスか?」
「飲むよ〜。飲むんだけどね…今日はちょっとおまけがあって〜…」

 そう言いながら提督は、今度は何やら真っ黒な四角形の形をした物体が乗った皿を持ってきた。それらには爪楊枝がささっていた。

「テートクぅ? それ何デスか?」
「クックックッ…これは“羊羹”というものだ。緑茶とともに食べることによって無限の可能性を発揮する、至高の菓子だ」
「? ……Yo! Can?」
「羊羹!! いいから食ってみ食ってみ」
「じ、じゃあ…いただいてみるネ…ジーザス…」

 そう提督に促され、私はその黒い物体を恐る恐る食べてみることにした。こんな食欲を無くす真っ黒な物体…美味しいはずがない…そう思ったのだが…

「もぐもぐ…こ…これは…テートク…これはッ…?!」
「どうだ? どうだ金剛?」
「wow……delicious!! 美味しいネー!!」

 実際、この時の羊羹は本当に美味しかった。濃厚だが決してくどくない、絶妙なあんこの甘みがたまらなかった。

「だろだろ〜? そしてな金剛。羊羹を食ったら、緑茶を飲むんだ」

 提督に言われるままに、私は緑茶を飲んだ。まだ口の中に残っていたあんこの甘みと香りが緑茶の苦味と合わさり、至福の瞬間を私にもたらしてくれた。しかもその至福は、心地良い味と香りの余韻だけを残して、私の口からスッキリと消えていった。

「テートク!! …美味しいデス! 美味しいデース!!」
「だろ? 紅茶とスコーンもいいけど、緑茶と羊羹もいいだろ?」
「そうネー! 私、緑茶とYo! Can!も気に入ったヨー!!」
「羊羹だっつーに…」

 私が2つ目の羊羹に手を伸ばそうとした時、執務室のドアがノックされた。提督が入室を促し、それに従って入ってきたのは遠征に出ていた五月雨だった。

「提督! 金剛さん! 遠征からただいま戻りました!!」
「ほいお疲れさまー」
「五月雨、うぇるかむばーっく!!」
「わぁ〜お茶のいい香り…休憩してたんですか?」
「そうだよ〜。今日はもう予定もないし、五月雨も飲んでく?」
「美味しいYo! Canもあるヨー!」
「だから羊羹だっつってるでしょ…」
「はい! じゃあいただきます!」

 五月雨の元気のいい返事が終わる前に、提督はすでに席を離れて五月雨の分の緑茶を淹れ始めていた。本来ならそういったことは秘書艦にやらせる仕事なのだが、提督が言うには…

『着任当初は五月雨にやらせてたんだが、五月雨は5回中6回は失敗する。1回で8回分のお茶っ葉を使っちゃうわ、お茶は湯のみに並々と注ぐわ、そのせいで持って来るときにこぼしまくるわ…挙句の果てに必ずこけて執務室がびしょびしょになる』
『だからおれがお茶を淹れるようになった。そしたらクセになっちゃった』

 とのことで、今では五月雨も私も、提督がお茶を淹れてくれることを何とも思わなくなっていた。

「んん〜この羊羹おいしい〜」
「ホントに美味しいデース! 止まらないネー!! 緑茶も美味しいデース!」
「そう言ってくれると準備した甲斐があるってもんさ」
「テートク、ホントにアリガトー!! これからは緑茶も楽しめマース!!」
「そう言ってくれるとホンっトうれしい。おれの乙女心がうずくね」

 気に入った。紅茶とショートブレッドのティータイムに勝るものはないと思っていた私だったが、この事実は素直に認めよう。緑茶と羊羹の組み合わせは、それに匹敵する素晴らしいものだ。今後は、ティータイムのバリエーションの一つとして和も取り入れよう。そして和の時は緑茶と羊羹だ。

「提督! またこの羊羹食べさせてください!!」
「ワタシもまた食べたいデース!!次の機会もよろしくネ!!」

 恐らく五月雨も同じことを考えていたのだろう。こんな美味しいものを食べさせられたら当たり前だが、私と五月雨が口を揃えて羊羹を催促した途端……

「お? お、おう。任せろ…」

 不思議と提督の様子がおかしくなった。なぜか顔が青白くなり、私や五月雨と目を合わせず、冷や汗をかきながら苦笑いをしている。

「oh…テートク、どうしたデスカー?」
「oh…こ、こんごーう? い、一体なにがですかー?」
「提督…なんか言葉遣いが金剛さんみたいになってますよ?」
「さっきのワタシみたいに冷や汗だらだらだし、テートクどうしたんデース?」
「そ、そんなことないでーす。大丈夫でーす……」

 後に、この羊羹は、私のために提督が自分で作ったものだということを知った。私に、紅茶が飲めないストレスを少しでも解消させるべく、彼なりに考えた結果、彼は『羊羹を食べさせることによって、緑茶を好きにさせる』というプランを立てたらしい。

 しかし鎮守府にまだ酒保はなく、周辺に羊羹を売っているような店もなく、まさか司令部に必要備品として羊羹なぞを申請するわけにもいかず……しかしプランを諦められず……仕方なく彼は料理本を片手に、私達にバレないようにこっそりと一人で夜中に羊羹を作っていたそうだ。奇跡的にうまく出来上がった一本の羊羹の影には、十数本の羊羹の犠牲があったんだ…はっきり言って、同じレベルのものを作り上げる自信はまったくなかった…と後に彼は遠い目をして語っていた。

 それからまたしばらくの間、五月雨は資材調達担当として、私は秘書艦として、提督と共に鎮守府を盛り上げていった。『まずは戦力の拡充を図る。金剛たちも早く自分の姉妹に会いたいだろ』という提督の言葉通り、比較的早いタイミングで、私の妹たちである比叡、榛名、霧島がこの鎮守府に揃った。

 それ以降、緑茶の時のお茶請けとして様々な和菓子を私は試してみたが、結局、彼の作った羊羹に勝るものはなかった。

 
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