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ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣

作者:星屑
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第十三話:決戦前夜、追憶

 
前書き
皆様、明けましておめでとう御座います。
なんとか、なんとか今話と次話を書くことができました。
SAO編はあと三〜四話で終わる予定になります。
 

 


「……それで、一体どうした?」

「ああ……えっとな」

 ネロの形見にも等しい赤き大剣を手に入れてグランザムに戻ってきたレンは、キリトとアスナに呼び止められた。
 何やら神妙な面持ちをしているのを見て只事ではない事を理解したのだろう。立ち話もなんだから、という理由でレンは二人をホームに招いた。

「あー……その…」

 キリトの歯切れの悪い返事に、レンは訝しげな表情を浮かべる。
 キリトという男はそこまで社交的な人間ではないが、逆に思ったことはすぐに口に出すタイプだと知っているからこそ、レンの疑問は深まる。

「まさか……愛の逃避行か?」

「ぶっ!?」

「ちょ、レン君!?」

 レンが投下した爆弾によって甚大な被害を受ける二人。なまじ内容が間違ってはいない分、余計にタチが悪かった。

「……仲がよろしいことで」

「い、いや!これには深い理由があってだな!」

 面白いくらい慌てる二人をニヤニヤと眺める。
 その視線に気づいたのか、キリトは気まずげに腰を下ろした。

「……私が一から説明するわ」

 キリトが役に立たないと判断したのか、アスナがレンのに視線を合わせた。それに、レンも笑みを引っ込める。



† †



「……そんなことがあったのか」

 アスナから説明されたその事件の顛末を聞いて、レンは表情を歪めた。ティーカップを手に取り、口を湿らす。

「……クラディールは、俺が殺した」

 曰く、アスナの退団を巡りキリトとヒースクリフがデュエル。
 敗北したキリトは事前の約束通り血盟騎士団へ入団。その後、キリトの戦力把握として血盟騎士団のゴドフリーと、キリトと因縁のあるクラディール含む5人程で圏外へ。
 キリトへの復讐を狙っていたクラディールは、その場で血盟騎士団の三名を殺害。その後、キリトを殺しにかかるもアスナが到着。結果的に、キリトがクラディールを殺害し、事件は終息。
 事の顛末をヒースクリフに報告したキリトとアスナは、彼より一時退団の許可を得て、ここにいる、と。

「お前が気に病む必要はない。その状況なら、オレであっても同じようにしただろうしな」

 クラディールはラフィン・コファンに入っていたらしい。正式なギルド入団という事ではなかったらしいが、彼の手にはカリカチュアライズされた笑う棺桶の刺青があったという。疑いようもなく、ラフコフのギルドマークだ。

「それで、お前達はどうするんだ?」

「……少しだけ、前線から離れさせてくれないか?」

 申し訳なさそうに、気まずそうに。キリトとアスナがレンを窺い見る。その友人の態度に、レンは思わず溜息をついた。二人の肩が跳ねる。

「二人が出した決断ならオレが文句言う資格はないだろ」

 大方、レンに非難されると思っていたのだろう。
 この世界を終わらせることを最も強く願っているのはレンなのだと知っている二人だからこそ、自分達が攻略組の主力であることを正しく理解しているからこそ、そう思ったに違いない。

 だが、その程度のことで二人を非難する程、レンの器は小さくない。

「例えこの世界が仮初めだったとしても、オレ達は正しくここで生きている。だったら、幸福を追求する権利は誰にだってある。オレはお前達を祝福しよう」

「レン君……」

 それはレンの心からの言葉だった。目を丸くした二人に、レンは微笑みかける。

「……そんな顔をするなよ。お前達が抜けた穴はなんとかして埋めるさ」

 キリトとアスナが、攻略組の中でもトッププレイヤーである事は今更疑いようもない。その二人が、一時的とはいえ前線から離れるのだ。その損失は果てしなく大きい。
 それでもなんとかする、と言ってのける所がレンらしい。

「……ごめんね。なるべくすぐに戻るから」

「ああ、もう。これだから、うじうじアスナは……」

「う、うじっ……!?ど、どういう意味よ!?」

「普段は凛々しいくせに、一度責任を感じ始めると三日経つまで延々とうじうじするアスナ。ちなみに言いだしたのはユメだから文句はユメに言ってくれ。今すぐにその拳を降ろすんだ」

 顔を真っ赤にして立ち上がったアスナをキリトと二人がかりで宥める。

「まあ、冗談はともかくとしてだ。オレが祝福してるんだ。黙って幸せになってこい」

 暴論、だからこそレンらしいと、気づけば二人は笑みを浮かべていた。






「ありがとな、レン」

「おう。またな、キリト、アスナ」

 暫く他愛ない会話をして、やがて時間だということでこの場はお開きとなった。
 仲良く歩いて去って行く二人を見送って、溜息をついた。
 しばらく街並みを眺めてから、家に戻る。仮想世界のくせにしっかりと感じる肌寒さに毒づきながらリビングに入った。

「あ、お帰りレン」

「おま……不法侵入だぞ」

「レンがドア開けっ放しにしてボーッとしてるのが悪いの」

 いつの間に入り込んだのか。ソファーの上では装備を解除してラフな格好になったユメが寝転がっていた。

「はぁ……それで、なんの用だ?」

「んー……気まぐれかなぁ」

 計らずも、ユメが《猫》と揶揄される理由を知るレンであった。

「気まぐれ……まあいい。メシ作ってくれ、それで宿代はチャラにしてやる」

「え、有料だったのここ!?」



† †



「ほぇー……アスナっちとキリトがねー……」

「なんだ、知らなかったのか?」

「いや、あの二人の仲が良いことは知ってたよ。けど、まさか結婚するとはなぁ」

「……やべ、情報提供してしまった」

「にへへー、いいネタをどうもー」

 胸の内でキリトとアスナに謝罪しながらグラスに入ったお茶のようなものを飲み干す。

「まあ、冗談だよ。あの二人に迷惑かけるようなことはしないって」

「どうだか」

「む、どういう意味?」

「さんざん迷惑かけてきただろうに」

 時刻は夜の八時を回った。どうやらユメはここに居座る気満々なようで、レンは追い出すことを初めから諦めていた。
 ユメの作った夕食を堪能して、今は二人でソファーに凭れていた。

「ケッコン、かぁ……」

 なにか意味あり気に呟くユメを他所に、レンは新聞(のような情報誌)を広げた。

「ね、ねえ……レンはどう思う?」

「何がだ?」

「け、ケッコンについて……」

 ケッコン、と聞いてまず浮かんだのはレンの両親の姿だった。
 本当の両親は彼が幼い時に亡くなってしまったから、もう覚えていない。いま思い浮かべたのは、義理の両親であった。

「……そうだな…羨ましい、と思ったな」

「う、羨ましい…?」

 レンを児童養護施設から引き取った家族は、全員がある病に悩まされ、闘いながらも確かに『幸福』そうであった。それこそ、レンがその輪に入り込むことを躊躇してしまうくらいには。

「オレの家族の事なんだけどな。なぜ、そんな幸せそうなのか。なぜ、そんな笑顔なのか……ずっと疑問に思ってるんだ」

 しかし、レンが輪の中に入るのを躊躇っていることに気づいた両親は、惜しげもなくその愛情をレンにも分け与え、そして本当の家族のように接してくれた。
 レンの義理の妹となった二人の少女も、最初こそ怖がられて遠巻きに見られていただけだったが、レンがSAOに囚われることになる前には本当の兄妹のようになれていた。

「………なあ、ユメ」

「…うん。なに?」

 ソファーから身を起こして、再び満たしたグラスを煽る。

「絶対、帰ろうな」

「うん。絶対、一緒にね」

 ユメもまた、ホットミルクをひと啜りする。
 穏やかな空気のまま、時が過ぎていった。




「ねえ、レン…?」

 少しの明かりを残して、ベッドに入ったユメはソファーに寝転んだレンに声を掛けた。

「一緒の布団には入らんぞ」

「そ、それはもう諦めたから。そうじゃなくてさ」

 歯切れの悪くなったユメをソファーの上から見る。どこかバツの悪い顔をしているのは、今から聞くことに関係があるのだろうか。

「あのさ、レン」

「……なんだ?」

 思わず身構える。こういう時のユメは、突拍子もないことを言い出すことが多いのだ。


「––––名前を、教えてくれませんか……?」


「名前……?」

 それは真実、突拍子もないことで。思わず目を丸くしたレンに、ユメはハッとした表情を浮かべた。

「も、勿論嫌だったら教えなくてもいいよ!? リアルの事を聞くのはマナー違反だし!」

「なんでだ?」

「へ?」

 気づけば、レンは身を起こしていた。赤い目が、ユメを見据える。

「そ、その……現実世界に帰ったら、会えなくなっちゃうじゃん? それは、嫌だなぁって、思って」

 言いながら、ユメは顔から湯気が出そうな程に赤面していた。いや、感情が表情に現れやすいこの世界だ。本当に湯気が出ているかもしれない。
 しかし、レンからの返事はない。恐る恐る、ユメは顔を上げる。

「れ、レン……?」


「………………紺野だ」
「へ?」

 レンは、笑っていた。久しく見ていなかったレンの笑みに、ユメは更に頬が熱くなるのを感じた。

「…紺野縺。それが、オレの名前だ」

「こんの……れん………」

 彼の名前を、呟く。そうすると、なんとなく満たされた気持ちになった。

「…………えへ」

「人の名前を呟いてニヤつくとは……お前は変態か」

「なっ!? ち、違うよ!ただ…なんか、嬉しくって」

 どうやっても、ニヤついた口は元に戻ろうとしない。まあ、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。
 リアルの話をするのがタブーなこの世界で、名前を教えてもらったということは、それだけユメが信頼されているという証だ。好意を寄せている相手に信頼してもらっているという事実だけで、少女がニヤけるのは十分だったのだ。

「それで、お前の名前は?」

「へっ、あ、私の名前は榮希(さかき)(ゆめ)っていいます」

「……名前、そのまんまなんだな」

「それはレンも同じじゃん」

「まあな………くぁ…」

 レンが欠伸をしたのに連られて、ユメも小さく欠伸を漏らした。

「……寝るか」

「うん」

「おやすみ、梦」

「! おっ、おやすみ縺!」

 穏やかに、緩やかに。幸せな気分のまま、ユメは眠りにつくのだった。

 その二ヶ月後、レンの元に偵察部隊の壊滅の報らせが届くのだった。




† †



 偵察班壊滅の報を受けた明朝。レンはヒースクリフに呼ばれて血盟騎士団のホームにいた。

「……まさか、半数––––いや、突入した全員が殺されるとはな」

「偵察部隊の二十名の内、十名がボスフロアへ突入した後に扉が閉まったらしい。誰一人として離脱できなかったところを鑑みるに、内部は結晶無効空間である可能性が高い」

「よく言う。アンタは答えを知っているだろうが」

「あまり人のいる所で言わないでくれ給えよ?まだ私はここを離れる気はないのだよ」

 普段見せない棘のある態度でヒースクリフを詰る。
 窓際の壁に背中を預けるレンは、今にも斬りかかりそうな程剣呑な光を瞳に宿していた。

「……そういえば、君が私の正体に気付いた理由を知らないな。良ければ、教えてくれるかな?」

 過去に、ヒースクリフとレンが誰にも知られることのない戦いを行ったことがあった。
 正しくこの世界を左右する戦いであったが、惜しくもレンは敗北を喫し、そして『糧』を失い失望したため、黒鉄宮へ幽鬼のような足取りで向かったのだ。

「ラフコフ掃討戦。消えてくネロが、最後にオレに言い残したんだ。『ヒースクリフは茅場晶彦だ』ってな」

 ネロが何故、その答えに辿り着いたのかはレンには分からない。
 ただ、掃討戦の直後、問い詰めたヒースクリフが自ら名乗ったのだから、それが事実だということだけが分かった。

「…………そうか、やはり」

 間をおいて、一人だけ訳知り顔で頷いたヒースクリフのその呟きはレンの耳に届くことはなかった。

「レン!」

 それよりも早く、扉を乱暴に開け放ったキリトの声がそれを掻き消してしまったのだ。

「偵察隊が全滅したって聞いたぞ!」

「取り敢えず落ち着けキリト。揃い次第説明する」

「他に誰か来るの?」

「次はクォーターポイントだからな。攻略組の中でも一大ギルドの長達を呼んだ」

 当然の如く言い放ったレンに、アスナは絶句するしかなかった。

 勿論、アスナも今回の攻略作戦が特に厳しいものになることは予想している。その上で、様々な攻略ギルドで協力しなくてはならないことも。
 だが、人の心は理屈よりも感情が勝るものだ。故に、基本的に仲が悪い有力ギルド同士で大パーティを組むのは至難の技であったはずなのだ。

 それでも、レンはそれをやってのけた。聞けば、送り込んだ偵察隊も五ギルド以上の連合だったという。
 顔が広いのか、それとも彼の手腕なのか。恐らくどちらともだろうと、アスナは考えた。



† †



「急な呼び出しにも関わらず集まってくれたことに感謝する」

 あれからしばらく。
 血盟騎士団のホーム内部の一室。紅と白に彩られた円卓に座るプレイヤーを眺めて、レンがそう切り出した。
 レンとヒースクリフの招集に応じたのは、四ギルドのギルドマスターに、キリト、アスナであった。
 どこからか情報を嗅ぎつけてきた某猫と鼠が突撃してきたが、丁重に放り投げて今に至る。

「あー…僭越ながら、今回の攻略作戦の指揮をヒースクリフから承ったレンだ。よろしく頼む」

 基本的に、階層攻略の際は合同ギルドの団長から一人の総隊長を決めるという取り決めがある。それは作戦行動の円滑化の為など様々な理由があり、大体は血盟騎士団や聖竜連合から選ばれる。
 まだこの鉄城の攻略が始まったばかりの頃こそレンがほぼ全ての戦場で先頭に立ち続けていたが、ギルドシステムの発見とネロと行動を共にするようになってからは彼が作戦指揮を執ることは少なくなっていた。

 しかし『ネロ』という枷がなくなり、より一層迅速な階層攻略を意識し始めたレンは、再び先頭に立つことを選んだ。勿論、ラスボスとしていずれ戦線離脱するヒースクリフへの依存から抜け出すという目的もあった。

「知っての通り、偵察隊が壊滅という被害を受けた。勿論、ボス部屋の情報は皆無に等しい。更に次は七十五層……つまりクォーターポイントでもある。恐らく、これまでにない激戦になるだろう」

 それは、この場にいる全員が薄々感じていることだ。
 クォーターポイント。これまで潜り抜けてきた第二十五層、第五十層共に、ボスがかなり強力だったことによりそう名付けられている。
 第二十五層では、現在の《軍》が前線から離脱し保身を優先することとなった直接の原因であり。
 第五十層は多数の死者を出しながら、レンというプレイヤーの存在をこの電子世界中に知らしめることとなるきっかけであった。
 そして、七十五層。各ギルドから集められた精鋭が、悉く帰ることがなかった。

「敵について唯一わかっていることは、NPCから聞き出した『攻撃力が高い』ということだけだよ」

 円卓でレンの隣に座るヒースクリフの更に隣。そう声を上げたのは鮮やかな水色の髪を垂らした少年だった。
 身に纏うは純白の全身鎧。左胸には黄金の竜のマーク。
 『血盟騎士団』と双璧を成す一大ギルド。『聖竜連合』ギルドマスター、『ディアベル』だった。

「攻撃力が高い、か。フン、あまり役に立たん情報だな」

 そう切り捨てたのはギルド『ゴールデンハインド』のギルドマスターだが、レンは彼の意見に首を振った。

「馬鹿言うな。その情報があるだけである程度の戦略は建てられる。ありがとな、ディアベル」

「いや、他でもない君からの依頼だったんだ。寧ろそれしか提供できなくてすまない」

「オレらはなんの情報も集められなかったんだ。感謝こそすれ、叱責する理由などない」

 アスナとキリトが前線から一時引いた後、レンはヒースクリフを経由して有力ギルドにボスの情報を集めさせると同時に、フロアのマッピングを行っていた。
 結局、情報は一つとして手に入ることはなかったが。

「さて、情報は少ないが手に入った。メンバーも揃った」

 立ち上がる。

「明日だ。
 明日、正午を以って第七十五層攻略作戦を開始する。各プレイヤーには覚悟を決めさせておいてくれ」

 不承不承、慇懃に、期待を込めて、ただ黙して。
 各々に多様な応答を見せたギルドマスター達へレンは頷く。

「オレからは以上だ」

 この言葉を最後に、作戦会議は終了となった。



† †



 朱に染まる空。
 現実世界に同期する季節は冬。まだ日が昇っている時刻とはいえ、決して暖かくはない。
 にも関わらず、白の外套を羽織ったレンはただただ沈み行く太陽を眺めていた。

 吐く息は白く、風に攫われて消えていく。その様子を見て、レンは踵を返した。

「……!」

「やあ」

 帰路の途中に立っていたのは純白の鎧を纏った騎士。鮮やかな水色の髪がトレードマークの彼は、レンの姿を認めて背を預けていた木から離れた。

「ディアベルか。どうかしたか?」

 聖竜連合。
 最も初期に設立された二つのギルドの内の一つであり、現在では血盟騎士団と双璧をなすトップギルドの一つ。
 その長であるディアベルは、不思議そうな顔をするレンに薄く微笑んだ。

「君が出所してからマトモに話していなかったからね。少し、思い出話をと思ってね」

「まあ、お互いに忙しかったからな。ああ、そうだな。久しぶりに話そう。オレの家に来るか?」

「ああ、是非。僕の所に招こうとしたらギルドメンバーが色々騒ぎ立てるだろうからね」

 『レン』という存在は、ほぼすべてのプレイヤーにとって英雄の如き存在だ。
 攻めは苛烈、守りは鉄壁。類い稀な指揮能力を有し、カリスマ性も抜群。また、最近では無限剣なる未知のスキルで以ってその株は更に上昇している。
 しかしそれとは別に。レンを快く思わない人間も少なからず存在する。ラフコフのプレイヤー達がその最たる例だ。彼らはこの世界を歪ながら愛するが故に、この世界を終わらせようとするレンとウマが合わない。
 
 そしてラフコフの他が、ディアベル率いる聖竜連合のギルドメンバー達である。
 別にレンが彼らに対して何かをやった訳ではない。
 彼らがレンを疎む理由はただ一つ。それは尊敬する団長が最も信頼を寄せているのがレンだからというだけだ。
 故に仲が悪い。ただ、彼らも感情論を抜きにすればレンの強さを認めており、レンの指示にはよく従うというなんだかツンデレのような構図になっている。



「ここは変わらないね」

「あまり弄ってはいないからな」

 レンがディアベルをホームに招いたのはこれで三度目となる。
 元々、第一層の攻略作戦からの仲だ。必然的に交流は多くなるし、親しくもなる。
 部屋の中央に位置するテーブルには、五つの椅子が。それを見て、ディアベルは悲しい気持ちになった。

「どうかしたか?」

「いや、なんでもないよ」

 だが、それを口にすることはない。レンは己で答えを見つけることを確信している。

「ほらよ」

「ああ、すまないね。ありがとう」

 差し出されたカップには黒色の液体。現実世界の珈琲に似ている。
 飲んでみると、確かに珈琲の風味を感じた。

「この世界の食い物や飲み物にはハズレが多いが、それが一番珈琲に近い味だ」

「なるほど。ちなみに僕はブラックは苦手なんだ」

「おっと、これは失礼。テーブルの上にミルクらしきものがあるから、それで調節してくれ」

 二人の間に遠慮や遠回しな配慮なんてのはない。だから互いに踏み込み過ぎないし、かといって遠ざかる訳でもない。
 気の置けない友人、というのが二人の正しい関係だ。

「……………なあ、レン」

「…なんだ?」

 それでも。
 ディアベルには、聞かなければならないことがあった。例え彼の心の奥底に踏み込んだのだとしても、現場指揮を行っていた彼には、知る義務があった。

「ネロさんを始めとした、アイギス壊滅の真相を知りたい」

 先に行われたラフコフ掃討戦。未曾有の大混戦となったあの凄惨な殺し合いで、アイギス含む多数のプレイヤーが亡くなった。
 その際に攻略組連合の指揮を執っていたのは血盟騎士団アスナと聖竜連合ディアベルだ。

 あの部隊を率いていた者として、せめて、なぜ彼らが死ななければならなかったのかを知る必要があった。

 勿論、その事情はレンも分かっていた。空になったカップをソーサーに戻して、背凭れに体重を預ける。

「––––第五十層攻略作戦。かつてない程に苦戦を強いられ、最も多くの死者が出た悪夢の攻略作戦。
 あれを経て、他人を『護る』ことのできなかったあいつらは、酷く自分達の非力さを悔やんだ」

 第五十層。二つ目のクォーターポイントにして、レンが英雄たる証を手に入れた作戦。だが、その余りにも悲惨な戦況から、一部攻略組からは触れてはならぬ話(アンタッチャブル)とまで言われている。
 その作戦で、『護る』ことを信条にしていたアイギスのメンバーは、自分達に課された役目を満足に果たせず、ただレンとヒースクリフの大立ち回りを見ていただけだった。

「それからなんだろう。あいつらが、オレに隠れてレベリングや装備を整える為の資金調達をするようになったのは」

 勿論、レンがそれに気づかないはずもない。だが、アイギスを最も近くで見ていたのはレンだ。故に、彼らの抱いた葛藤や後悔はレンが一番理解していた。
 だから、止めることはできなかった。

「朝は迷宮区に篭ってクエスト三昧。昼は一度戻ってきて入手したアイテム等の換金。間髪入れずすぐに迷宮区入り。正直、どこかで誰かが命を落としても不思議ではないほど、無理をしていた」

 それでも、誰一人欠けることなくやって来れた。やって来れてしまった。
 あそこで誰か一人でも失えば、いや、少しでも危機的状況に陥れば彼らは踏みとどまれたのかもしれない。けれど運命は残酷に、その時は訪れてしまう。

「オレが一人でクエストに行っていた時だ。あいつらは、以前から持ち掛けられていたラフコフからの要求を、呑んだんだ。
 多分、焦っていたんだろう。ある程度のレベルになってしまえばそれなりにレベリングに時間はかかる。中々上がらないレベルに焦りを覚えて、ラフコフとの交渉の応じた結果が––––」

「あの惨劇、ということか」

 首肯する。
 どうしようもない渇きを感じて、レンは新たに満たしたカップに口をつけた。

「……交渉は単純。アイギスが要求した金額の対価として、奴らは近々計画されていたラフコフ掃討戦の情報を欲した。どういった考えで応じたのかは分からないが、結局、ネロはそれに応じた。オレは、アイツらの最期の時まで、その事実を知らなかった」

「………最期」

 ラフィン・コフィンによる被害を遂に見過ごすことのできなくなった攻略組の有志による掃討作戦。
 前日まで練りに練った作戦は、しかし居城へ突入した刹那に崩れ去った。 
 まるでこちらの作戦を事前に知っていたかのような奇襲、罠の数々。鍛え上げられた攻略組プレイヤーが、少なくない数亡くなった。

「今でも覚えてる……オレの剣が、あいつらを斬る感触を。
 ………この世界の嫌な所だよ。
 肉を断ち切り骨を砕く感触が、やけにリアルに手に伝わってくる」

 アイギスの仲間達を斬ったのはクリミナルエスパーダだった。

 最初の一人は大柄な男。いつも穏やかな笑みを浮かべている、心優しい人だった。名をダイル。

 次は快活な少女。あらゆる事に前向きで、その明るさにいつも助けられた。名をリン。

 三番目は小生意気な少年。だが、憎まれ口を叩きながら、誰よりも仲間を大切にしていたのを覚えている。名をシュウ。

 そして最後は、真紅の少女。人を護る事を何よりも優先し、決して折れぬ心を持った、レンが知る中で最も尊敬していた人。名をネロ。


「全員…笑っていた……ッ」

 死の間際。
 絶対に生きて帰ると誓い合った仲間達は、レンになら、自分達が信じた男にならば殺されてもいいと言った。
 四人全員が、レンに感謝を告げて、そして逝った。

 あの時を思い出す度に、自分の無力さを痛感する。
 それと同時に、強く、激しく思うことがある。

「過程がどうであれ、オレが殺したのは間違いない。そして、アイギスが攻略組を裏切ったのも、真実だ」




† †



「………ハァーー–––––」

 深く、重い溜息。
 吐き出したのは、レンだった。

「疲れた。ガラにもなく感傷的になっちまったな」

「……レン」

 苦笑いするレンを、ディアベルは直視することができなかった。
 なぜならば、彼が涙を流していたから。たった一筋。だがその一滴に、どれだけの思いが籠っているのか、ディアベルには想像もつかない。

「そんな顔しないでくれ。吹っ切れた、わけではないが区切りはつけた。安心しろよディアベル。オレは、逃げ出したりなんかしない」

「……そうか」

 それでも、彼が前を向くのだと決めたのならば、自分にできることは一つだけだ。

「それが聞けただけで満足だ。明日は期待してもいいんだね、英雄さん?」

「–––––ハッ。そりゃこっちのセリフだ。せいぜい頼りにさせてもらうぞ、青の聖騎士殿」

 友人として、彼の傍に有ることのみ。

 彼が浮かべた笑みが、本物であると信じて。



† †



「……さて」

 濃紺の剣を肩に担ぎ、背後へ振り向く。
 場所は七十五層迷宮区最奥。鏡のように磨き上げられた黒曜石の一本道が、これまでの戦いとは一線を画することを伝えてくる。
 集まったプレイヤーの表情は皆、硬い。当たり前だ。今から挑む敵の強さが想像を絶することを、全員が予感しているのだから。

 そんな中で、レンは変わらず口元に不敵な笑みを浮かべていた。
 ヒースクリフ、ディアベルと並んでいた場所より一歩前に出る。

「準備はできてるな。
 いいか、よく聞け。この戦いに於いて敵の情報は全くと言っていい程ない。だから、序盤で如何に敵のパターンを把握できるかが鍵となる。
 目を離すな。耳を塞ぐな。意識全てを敵に向けろ。お前ら全員で活路を切り開け。
 それが出来得ると、オレは信じている」

 赤き瞳に、決して折れぬ不屈の炎。それが、ゆっくりと、確実に周囲に伝播していく。

 扉が開く。重々しい音を響かせて、熾烈な戦いへの入り口が開け放たれた。
 プレイヤー達が一斉に抜刀した。

 レンが前を向く。

「行くぞ–––––!!」

 レンを先頭に、数十人の攻略組プレイヤー達がボス部屋へ雪崩れ込む。

 内部はだだっ広いドーム状をしていた。円弧を描く黒い壁が高くせり上がり、遥か頭上で湾曲して閉じている。
 リーダー陣で取り決めた陣形で総数三十二人が立ち止まった直後、背後で大扉が閉まった。前層から現れたギミック。果たしてあの扉が開く頃に立っているのはプレイヤーか、否か。

 沈黙が場を支配する。幾ら周囲に注意を払ってもボスは現れない。

「おい–––––」

 中列辺りの誰かが、耐えきれず声をあげた。その瞬間。

「上よ!!」
「上だ!」

 レンとアスナの声が重なる。
 全員が頭上を見上げる。

 黒曜石のドーム、その天頂部。深く吸い込まれそうになる黒の壁に、それが張り付いていた。

「––––百足……!」

 とてつもなく巨大な、骨で構成された百足。流線型に歪んだ頭蓋骨には、二対四つの禍々しい青炎を放つ眼窩。大きく前方に突き出した顎の骨には鋭い牙が並び、頭蓋の両脇からは鎌のように湾曲した巨大な骨の腕が突き出していた。

 その名は《The Skullreaper》。その鎌で全てを薙ぎ払う–––––骸骨の刈り手。

 ゆっくりとドームの天井を這っていた骨百足が、不意に数え切れない程ある全ての脚を大きく広げた。重力に従って、その巨体が落下を始める。

「固まるな! 距離を取れ!!」

 ヒースクリフの鋭い指示が凍りついた空気を切り裂いた。
 陣形を組んでいたプレイヤー達がバラバラに散らばっていく。
 だが、百足が落ちてくる丁度真下にいた三人の動きが遅れた。

「こっちだ!!」

 キリトが叫び、呪縛の解けた三人が慌てて走り出す。
 だがその直後、百足が地響きを立てて着地した。床全体が大きく震え、逃げ遅れた三人がたたらを踏む。そこに向け、百足は無造作に、無慈悲に、その右腕を横薙ぎに振り下ろした。

 三人が背後から同時に切り飛ばされた。宙を吹き飛ぶ間にも、そのHPバーはぐんぐんと減少していく。
 注意域を示す黄色から、危険の赤へと–––––

「バカな……!」

 そして、あっけなくゼロになった。まだ吹き飛んでいる途中だった三人の体が、立て続けに無数の結晶を撒き散らして、砕け散った。

「––––クソ…! 一撃だと…!?」

 スキル・レベル制併用のこの世界では、レベルの上昇に応じて勝手にHPが上がっていく。故に、剣の腕前がどうであろうと、レベルさえ高ければその分死ににくくなる。特に今日この場に集まっているのは、攻略組が誇る高レベルのプレイヤーばかりだ。

 それを、たったの一撃で粉砕せしめた。

「惚けているんじゃねぇッ!!」

 幾ら驚愕しようと、恐怖しようと、刈り手たる骸骨百足は止まらない。レンの叫びを遮るようにフロア中に轟く雄叫びをあげると、スカルリーパーは猛烈ないきおいで新たなプレイヤーの一団めがけて突進を始めた。

「ディアベル、ヒースクリフ!!」

「ああ!」

「分かっている」

 エスピアツィオーネを握りしめたレンと、大盾を構えたディアベルとヒースクリフが百足の前に立ち塞がる。
 耳を劈く衝撃音が、二つ立て続けに聞こえる。左側の鎌をヒースクリフが、右の鎌をディアベルが抑えていた。

「う、おおお!!」

 赤き光芒を迸らせて、エンジン音にも似た音を撒き散らし、エスピアツィオーネが骨百足の頭蓋骨の中央に突き立った。

「堅い……!!」

 今放てる渾身のヴォーパル・ストライク。
 だがその赤き一撃は、堅固な頭蓋に阻まれ、やがて光を失った。

 骨百足が再び雄叫びを上げる。レンの眼下では、ヒースクリフとディアベルが振り払われていた。

 ゾクリ、と悪寒が全身を貫く。
 何が起こるかは分からない。もしかしたらただ雄叫びを上げただけかもしれない。
 それでも、レンの体は染み付いた危機回避行動として、エスピアツィオーネを仕舞い、巨大なタワーシールドを取り出した。

 その、直後。
 骨百足が上半身を起こし、全身を左に捻った。両腕の鎌が、凶悪な光を灯す。

「グッ––––––!?」

 衝撃。激痛。盾を支えていた両腕が砕けた散ったような錯覚が襲う。
 捻った体を解放。空間を切り裂く右回転薙ぎ払いが、レン、ディアベル、ヒースクリフを弾き飛ばした。

 空中で支えるものがなにもないレンはその勢いのまま吹き飛ばされ壁に激突。
 ヒースクリフとディアベルも負ったダメージは微量だが、かなり吹き飛ばされてしまった。

 再び骨百足の雄叫びが響き渡る。絶望を振り撒くように。己の力を誇示するように。邂逅してから今までで、五分が経とうとしていた。
 戦いは、始まったばかりなのだ。



to be continued 
 

 
後書き
レンについての結構衝撃的な事実を明らかにしたつもりですが、気付く方はいるのだろうか……。
まあ、それはともかくとして。
少年と贖罪の剣、更新は遅くともまだまだ続けていく所存ですので、何卒、今年もよろしくお願いいたします。

次話は明日にでも投稿予定です。 
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