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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第九十三話

 
前書き
クリスマスイブ、皆様如何お過ごしでしょうか。蓮夜は見ての通りです(予約更新 

 
 ルクスとリーファ、そしてユウキとのデュエルは曖昧なまま決着がつき。お互いに軽く自己紹介をしていると、そろそろこの水着コンテストも終了時刻を迎えてきていた。まさしくバラエティー番組のような、終了時刻までポイント三倍――という逆転のチャンスが始まったその時、ルクスはある少女を連れてきていた。

「おねぇちゃんがいないの……」

 そう言って泣きついてくる少女の頭上には、クエストを受託するか否か、というシステムからのメッセージが出されていた。察するに、この広い海岸ではぐれてしまった姉を探す、という単純なクエストであるだろうが。

「この子、NPCなんだね。……でも、私たちにはそんな暇は……」

 自分から少女を連れてきた身としては心苦しいものの、ルクスとしてはそんなクエストをやっている暇はなく。自分のせいで彼女らの防具が壊れているというのに、ここで直すためのお金が調達出来ないとなれば、リズたちに顔向け出来ない。仕方なしに受託するか否かのメッセージに、ルクスは震える指で『NO』を押そうとすると……

「オッケー! ボクたちが探してあげる!」

 先にユウキの肯定する発言に反応し、クエストが受注される。ボタンを押すより言葉で発した方が速いのはもちろんのことで、NPCの少女は泣き止んでユウキへと笑いかける。

「ありがとう!」

「うん、任せといてよ! 頑張ろ、ルクス!」

「……え?」

 少女の腰を掴んで「高い高い」とやるユウキに話題を振られて、クエストを受注したことも含めてルクスは混乱する。今更クエストで、寄り道をしている暇はないはずなのに、と。

「ルクスさん、実は……」

 そんなルクスに、シリカが先程考えていたことを話す。明らかに自分たち――特にデュエルをした三人は――見られているにもかかわらず、どうしてもポイントが伸びない。ならばポイントが加算される手段が、他にクエストか何かがあるのではないか――という。

「そんな話をしてる時に、ルクスがこの子を連れてきてくれたんだ。お手柄だね!」

「ちょ……ちょっと待ってくれ」

 理屈と理由は分かったが、盛り上がるユウキに対してルクスは待ったをかける。今の仮説も自分が受注してきたこのクエストも、ポイントが加算されるとは限らない、ただの根拠のない憶測ではないかと。

「もう時間もないのに、そんなのに時間を取らされる訳には――」

「――話は聞かせてもらったわ!」

 彼女なりに精一杯、もう時間が足りないこと、クエストをしている暇がないことをルクスが主張していると、もったいぶった声が海岸に響く。根拠のない何かに溢れた自信たっぷりの声が、太陽がさす方角から放たれた。

「リズ……」

 ノリとともにリーファにセクハ――スキンシップをしていたリズも、今までの話はキチンと聞いていたらしく。その後ろには謝っているノリと、頬を膨らませているリーファの姿がいたが、それはともかくとして。

「ルークース。あんたはどうでもいいとこで真面目すぎなの。責任感感じすぎっていうか。……そういうとこ、ちょっと似てるかも」

 困惑するルクスの顔に対して指を突きつけながら、リズは説教でもするようにそう言い聞かせた。……最後の言葉は誰にも聞こえないように、小さく小さく呟きながら。それでも何かを言い返そうとするルクスに、言葉を遮るようにリズはさらに言葉を続けていく。

「いい? このリズさんが魔法の言葉を教えてあげる。ここはね、クエストに失敗したところでね、人が死んだりしないのよ」

「え。あっ……」

 何も知らない第三者が聞いたところで、そんなの当たり前だろうと鼻で笑うところだろうが――ルクスには違う。最近までデスゲームに囚われたままだった、彼女にしては違う意味合いを持つ。

「失敗したところでまた頑張りゃいいのよ。せっかくだからこのゲーム、楽しんでいかないとね?」

「そうですよルクスさん! それにこんな探すくらいのクエスト、すぐに終わりますって!」

 そう言いながら気安く肩を組んでいるリズや、NPCの少女と戯れるシリカや、自分を慰めてくれるように鳴くピナを見て、ルクスもつられて小さく笑う。このゲームはもうデスゲームではなく、リズたち友人と遊べる楽しい場所だと、分かっていた筈なのに。

「そう……だね。ちょっと神経質になりすぎてたみたいだ、すまない。ユウキも」

「ううん。何事も楽しい方がいいっていう、リズの意見には賛成だしね!」

 もちろんルクスたちの詳しい事情は分からないけれど、ユウキはそれには触れずにすると、ルクスたちにメッセージを送る。パーティー申請――一緒にクエストを攻略しよう、という申し出。

「みんなでサクッと終わらせちゃおう!」

「ついでに一位ゲットも、ね? ほらリーファ、いつまでもヘソ曲げてないで」

「むぅ……」

 何だか盛り上がっていることドサクサでうやむやにされたけれど、リーファもわざわざ蒸し返すことはなく、気合いを入れるようにみんなで拳を天に挙げる。そんな様子に満足げに笑みを浮かべるとユウキは砂浜に膝をつけてNPCの少女と同じ目線になり、クエストを進行させるために話しかけていく。

「そういえば、君の名前は?」

「エメリ!」

「……え、エメリちゃん。お姉ちゃんとはどこではぐれたのかな?」

 ……話を聞く、前に。そういえば名前を聞いていなかったことを思い出し、まずはNPCの少女の名前を聞きだした。先程まで泣いていたのが嘘のように、すっかり笑顔になった少女が自身の名前を告げのを聞き、そんなユウキに少し調子を崩されてしまった、NPCの少女――エメリとずっと遊んでいたシリカも問う。

「あっち!」

 エメリが向こう――どこか遠くを指差していき、それに釣られるようにシリカもその指を見る。狙ったかのように人間がいないその方角は――人気がないともいう――店やNPCの姿もなく、最終的にたどり着いたのは謎の洞窟。海岸沿いで終わるようなクエストだと思っていたシリカは、その巨大なモンスターがまるごと入りそうな洞窟に少し冷や汗をかく。

「そ、そう。あそこかぁー。……間違いない?」

「うん!」

 恐る恐るリーファがそう聞き返すと、満面の笑みでエメリは同じ答えを返す。えー……嘘でしょー――などとリズは呟くものの、NPCがそんな意味もない嘘をつく筈もなく。裏切られる系のクエストならばともかく、この無邪気にシリカと戯れる少女がそうだとは思いたくない。

「よ、よし! 早速行こっか!」

「ええ、でもユウキはお留守番ね」

「何でさ!?」

 頑張って場を盛り上げようと声を張り上げたユウキに対して、今までずっと場を見守っていたシウネーが声をかける。その理由は簡単なことであり、シウネーは顔を笑みのまま、無言でユウキの腰にかかった剣を指した。先程のデュエルの影響で、直角に折れ曲がった片手剣を。

「その剣じゃ、いざという時戦えないでしょう?」

「う~」

「そうそう。ま、アタシたちに任せて、ユウキはタルに剣直してもらってきなよ」

「むむむ~」

 まるでクワのように刃が変形してしまった剣では、流石に満足に戦うことも出来ず。ユウキ本人もそれが分かっていて口をつぐみ、半ば面白がっているようなノリが追い討ちをかけると、ユウキの不満げな言葉にならない言葉がさらに紡がれる。

「ちょっと待っててよ! 絶対、その子のお姉ちゃんはボクが見つけるんだからね!」

 そう言い残すや否や、ユウキは翼を展開すると最高速でどこかに向かっていく。その速度は言葉をかける暇もなく、まさしく神速の速度というに相応しい。ノリはどんどん遠ざかっていくユウキに口笛を吹くと、待たせてしまっているリズたちにそう告げる。

「それじゃ、クエスト行こっか!」

「いいの!?」

 あっけらかんと笑うノリに対してリーファが反射的にツッコミを入れるものの、本人は大して気にすることなく「いいのいいの!」などと言ってのける。エメリの先導で砂浜の人気から離れていき、シリカたちも一瞬顔を見合わせた後、仕方なしにそちらについていく。

「時間がないのも、あの剣じゃ危ないのも確かですから。まあ、すぐ追いついてきますよ」

「そういうものですかね……?」

 シリカは心配そうにユウキが飛び去っていった方角を見て、そういえば向こうはショウキさんが焼きそばの片付けをしている方だ、と思いだす。彼にパーティーに入ってもらえば、いざという時にも戦力になるだろうが、呼び戻している時間はない。さらに言えばこれは、自分たち――水着コンテスト参加者へのクエストだ、彼に助力を頼むのはそもそも間違っている。

「考え込んでどうしたんだい? シリカ」

「ショウキさん連れてこようかな、って思ったんですけど……えへへ、そんな時間ありませんね」

「え? 誰々ショウキって。男友達?」

「はい。リズさんのかひゃん!?」

「そこリーファ余計なこと言わないー」

 話題の風向きが悪くなりそうだと感じたリズは、リーファのぷにっとした脇腹を小突いて止めるものの、少し止めるのが遅かったようで。また新しい餌を見つけたかのように、ノリの瞳が光り輝いた。

「へー、いいねぇ! ウチらには浮いた話がなくてねぇ。ねぇシウネー?」

「え、えぇまあ……一緒に来てる男のフレンドはいるんですけど」

「へぇぇ……その人たちはどうなんですか?」

 顔を少し赤くして下を見続けるリズを見て笑いながら、ノリはあまり気にしてないように自嘲する。それでも水着コンテストに一緒に来る男性のフレンド、というのは気になったリーファが、少し話題を振るものの、突如としてシウネーが肩をプルプルと震わせて笑いを堪え始めた。

「え?」

「いや、ふふ……すいません、ふふっ。それはありませんね」

「そうそう。一人は水着姿も見れんヘタレ、一人は水着姿より海に泳ぎに、最後の一人は適当に褒めるだけよ?」

 ったく失礼しちゃう――と不満げな表情を見せながら、ノリは愚痴って足元の砂を八つ当たりに蹴りつける。シウネーが笑いだしたのは、自分たちがそんな関係になっている、というのがあまりにも笑えるものだったかららしく。まったく想像がつかないらしい。

「大体さー! っとと、着いたかな?」

 ノリが更なる愚痴へと移行するより早く、エメリ先導のパーティーは件の洞穴にたどり着く。不思議なほど人通りの少ない――というか人の気配がないそこは、近くで見るとなおさら巨大であり。立て看板に血のような赤いペンキで『立ち入り禁止』と書かれており、中からは悲鳴のようにも聞こえる風の音が響いていた。

「ね、ねぇエメリちゃん。ほんっとーに、ここに、お姉さん入っていったの?」

「うん……お母さんがお化けがいるから危ないよ、って言ってたのに……」

「人捜しかと思ってたら、完全にダンジョンアタックね。こりゃ」

 リズはそう呟くと、洞穴に入る前に自身の武器を可視可させ腰に提げる。それに習って、先程までデュエルで使っていたリーファとルクス以外の者も、それぞれ自身の武器を緊張した面もちで装備する。シリカの短剣、ノリの棍棒、シウネーの杖。

「よっし、行くわよ!」

 リズの号令の下、身を守る手段を持たないエメリを全員でカバーするようにしながら、ダンジョンと化している洞穴に入っていく。洞穴の中はイメージと違い大して暗くはなく、どこからか日光が入り込んでいるようだ。

「ちょいちょいちょい、っと。一応灯りね」

「あー……そういやスプリガンってそんな種族だったわね、そういや」

 先頭に立ったノリが慣れた手つきで灯りを点す魔法を使っているのを見て、そういえばスプリガンはダンジョンアタックを得意とする種族だった、と思いだす。主に一人の黒いプレイヤーが、そんな使い方をしていないのがいけないのだが。

「そうですよね……スプリガンって一人で突っ込んで、そのまま一人で敵を全滅させてくるような種族じゃないですよね……」

「お、面白い友達がいるんですね……」

 しみじみと語るシリカにシウネーからきたフォローが痛い。そう言われれば、その面白いスプリガンの友達の奥さんは、並みの前衛なら歯が立たないようなウンディーネのヒーラーなのだが。今更ながら友人たちの不具合っぷりを感心していると、洞穴の声から更なる音が響き渡った。

 これは風の音ではない。正真正銘の人間の悲鳴だ。

「な、何? 今の悲鳴?」

「おねぇちゃんの声だ! やっぱりお化けに食べられちゃ……」

「急ぐわよ!」

 どんなダンジョンかと思っていたが、中は洞穴らしく一本道。それはノリの魔法でも確認しており、道中に敵がいないか確認しながらも、パーティーは全速で洞穴を駆け抜けていく。

「エメリちゃん、お母さんはどんなお化けって言ってた?」

 エメリの手を引くシリカが聞くと、エメリは記憶を探るような表情になるものの、喉まで出掛かっているが思い出せないらしく。正式名称ではなく断片的な名前しか答えなかった。

「クラ……ラケ? とかそんな感じ」

「クラーケン!?」

 そんな断片的な情報だったが、このALOの元となったかの北欧神話に詳しいリーファは、そこからある怪物の名前を類推する。確かに海の魔物といえば有名な存在だが、こんなクエストのボスになるような格ではない。

「あんなの、このALOならとんでもない強敵の筈だけど……」

「でも、確かみたい……だね」

 始めての曲がり角。その向こうにいるであろう化け物の影が、シルエットのようにこちらに映っている。影だけでも巨大だと分かるソレは、柱と見まがうほど太い何本もの強靭な足を持ち、パーティーを待ち構えるように蠢いている。その雰囲気は確かに、海の魔物の代表格とまでなった伝説の怪物、クラーケンに相応しい。

「本当のクラーケンでもやることは一つ、ってね!」

「ノリの言う通り、関係ないわ! クラーケン、その子を離しなさ……い……?」

 エメリを後衛であるシウネーに任せながら、リズたちは各々を鼓舞させながら曲がり角を曲がる。強靭な触手にうねる粘着性を持った軟体性の肉体、ある意味幻想的な雰囲気さえも併せ持つ。その本体を見たパーティーは、一人残らずその足を止めた。

「何あれ」

「クラーケン……クラーゲ……《クラゲ》……?」

 ダンジョンと見えるまでに巨大化した洞穴の主――巨大な《クラゲ》。かのクラーケンとの戦いを覚悟していたメンバーは、その正真正銘のクラゲっぷりに硬直し、言い出しっぺのリーファに至ってはとても冷ややかな視線を向けていた。確かに先述した通りの特徴は一致するが、どう見ても巨大なクラゲでしかなく。

「おねぇちゃん!」

 その硬直を解いたのはエメリの叫び声。見ればクラゲの触手には、エメリの面影を残す大人のNPCが捕まっていた。このままでは、エメリの言った通りに食べられてしまう――と身構えたものの、いくら巨大化しようと、クラゲに人間を食べる口などあろうはずもなく。

「やっ、くすぐっ、ひゃっ!」

 ならば何をしていたかと問われれば、捕らえたエメリの姉を触手で思う様くすぐっていた。主に足の裏を重点的にこすられていたエメリの姉は、くすぐられすぎてグッタリしてしまい、クラゲは満足げにエメリの姉を近くの足場に下ろす。物凄く繊細な動きかつ平坦な足場に下ろしたため、そこだけを見ればとても紳士的な行動だと言えなくもない。当のクラゲは一仕事終えたような、そんな満足げな表情……表情? を浮かべており、そのまま仕事終わりの一杯に向かいそうな雰囲気でもあった。

「な、なにあのクラゲ……そんなことはともかく、エメリちゃんのお姉さんを助けるわよ!」

「は、はい!」

 呆気にとられていた自我を最初に取り戻したのはリズ。彼女の呼びかけに答えて、エメリを守るシウネー以外のメンバーが翼を展開。それぞれ散開しながら飛翔する。

 新たな獲物の接近に反応した巨大クラゲが、本来のクラゲにはないその瞳を見開くと、その大量の触手をメンバーに向かって放った。粘着性を持つとはいえ、リーファやルクスほどの腕前ならば切り裂く程が可能。それ以外のメンバーも容易く避ける――ものの、触手を切り裂くのに失敗したシリカが、その足を絡めとられてしまう。

「ひゃぁぁぁぁ!」

「シリカ!」

 そのまま洞穴の天井近くまで持っていかれると、そのまま撒き餌のように宙吊りにされてしまう。上下逆さまになりながらも、剣で自分を縛る触手を斬ろうとするものの、短剣なのが災いしてまるで届かず。ピナもその爪で以てシリカを助けようとするものの、流石に小型すぎてまるで話になっていない。

「シリカ! 伝統芸能しても見せる相手がいないわよ!」

「好きで縛られてる訳じゃ、ないですぅ……」

 最初は元気に抵抗していたシリカだったが、徐々にぐったりとしていってしまう。シウネーが遠くから回復の魔法を届かせるものの、シリカの状態はまるで変わらず――どうやらこの触手には、何やら特殊な効果があるらしく。

「ああもう……ルクス、シウネーと一緒にアイツを引きつけて! リーファは後ろに回り込んで多分弱点の雷系魔法! あたしとノリで思いっきり本体をぶっ叩く!」

「了解!」

「分かったよ」

 リズの簡単な指揮を受けたメンバーが、散発的な行動から組織だった行動に移っていく。まずはシウネーの支援を受けたルクスが、わざと目立つように飛翔しながら、襲いかかる触手を切り裂いていく。巨大クラゲのヘイトを稼ぐことには成功したものの、まだまだ触手の数は目に見えて減ることはなく、宙吊りになったシリカを助けることは叶わない。

 しかしその間にリーファはクラゲの背後に回り、リズとノリはクラゲの本体へと肉迫することに成功し――

「せいやー!」

「らぁ!」

 リズのメイスとノリの棍棒の改心の一撃が、巨大クラゲの目がある本体の部分に炸裂する。かなりの衝撃度を誇ったその一撃――いや二撃は、衝撃を全身の触手にまで分配させ、たまらず宙吊りにしていたシリカを放り出す。

「きゃぁぁぁ!」

「…………ッ!」

 解放はされたものの力が入らないシリカを、両手が塞がっているルクスが身体で受け止める。逃さないとばかりに追いすがる触手を、その二刀で防ぎながら、シリカを連れて足場に着地する。

「大丈夫かい、シリカ」

「あ、ありがとうございます……」

「リズさんノリさんどいて! 撃つわ!」

 その間にも魔法の詠唱を終えていたリーファが、彼女に出来る最大級の雷系の魔法を放とうと、本体に近い二人に警告を鳴らす。触手の猛攻でこれ以上攻撃を加えられなかった二人は、これ幸いと巨大クラゲから逃げ出していく。

「くら……キャッ!?」

 バリバリと電磁波が音をたてていき、目に見えるほどのエネルギーがパチパチと空気中に弾かれていく。そんな魔法がまさに撃たれんとした瞬間に、リーファは突如として現れた触手に手と足を拘束されてしまう。接近に気づかないほどリーファは気配に疎いわけではなく、どこから来たのかと触手を見ると、自分が背後にしていた壁からその触手は生えてきていた。洞穴にある地底湖から触手を伸ばしてきたらしいソレは、完全にリーファの不意をついた。それには構わず魔法を放とうとしたものの――魔法は強制的にキャンセルされる。

「なっ、なんで!?」

「気をつけてください! その触手、MPを吸い取る効果があるみたいです!」

 肩で息をしているシリカの警告が告げられ、リーファは自身のMPが底をついていることに気づく。魔法をキャンセルされたのもそれが理由だろう。……それ以外にも何だか、徐々に抵抗する力が抜けていき、小さい触手がリーファの身体を這いずり回り――

「う、うう……やめっ……」

 身動きの取れないリーファだったが、カマイタチのような旋風がピンポイントに触手を切り裂き、そのまま支えを失って落下していく……ところを、黒い影がリーファを救い出し、そのまま巨大クラゲから離れていく。

「お兄ちゃ……」

「あいにくアタシ! シウネー! ナイス魔法!」

 黒い影から連想された人物が勝手にリーファの口から零れるものの、もちろんその人物は彼女の兄ではなく。同じスプリガンのノリであり、シウネーが放った魔法とタイミングを合わせて、リーファを救い出していた。

「シリカよりサービスシーンにゃなるかもだけどさ、そのお兄さんにでも見せたかったのかい?」

「そっ、そんなんじゃ……ないです……」

 色々と恥ずかしくて赤面しながらも、リーファはノリの否定の言葉を紡ぐものの、どんどんと尻すぼみになっていってしまう。そんな様子をノリは陽気に笑い飛ばしながら、反対側からエメリの姉を救い出したリズも飛んできたことで、パーティーは一旦合流する。

「シリカ、リーファ、動ける?」

「な、何とか……」

「結構強いじゃないのこのエロクラゲ……」

 HPはシウネーのヒールが回復するものの、疲労は隠しきれていない二人だが、ひとまず飛んで逃げることは出来るらしい。それを確認したリズは素早く状況を判断し、ある決断をメンバーに下す。

「エメリのお姉さんも助けたし、このクラゲの討伐クエストじゃない。ここはさっさと逃げるわよ!」

「でもそんなことしたら、このクラゲまで来ちゃうんじゃない?」

「確かに……」

 ノリの言葉に一同は確かに、と頷く。海岸にいるプレイヤー全員で倒す、ということが出来ればいいが、海岸にいるプレイヤーは非武装。そんなところにこの巨大クラゲを連れて行く訳にはいかず、リズはボソッと呟いた。

「ビーチには魔力たっぷりの女の子がたくさん……」

 ――ピタリ、とこちらに迫っていた巨大クラゲの触手の動きが止まり、リズは巨大クラゲと目があった。巨大クラゲは今のリズの言葉に反応したかのように、目をキラリと輝かせると鼻の下……鼻の下? を伸ばしたようにすると、リズたちには目もくれずに反転する。

「あ! 全力で洞穴の出口に向かってるアイツ!」

「リズさんがあんなこと言うからですよ!」

「そ、そんなこと言ったって!」

「と、とにかく追おう! いや行かせない!」

 少し混乱したかのようなルクスが飛び立つと、巨大クラゲのヘイトをこちらに向けようと、本体に対して突撃を敢行する。迎撃に放たれる触手を二刀を総動員しながら、切り裂き、弾き、軌道を逸らし、本体に向かっていく。

「ルクス! 無茶!」

 リズの警告の悲鳴が響き渡るが、ルクスの二刀は難なくクラゲの攻撃を弾いていく。クラゲがルクスの迎撃よりも、何より優先して海岸に向かおうとしているのも理由だが……巨大クラゲとしてもパーティーについてきて欲しくないのか、巨大クラゲの防戦も激しくなっていく。

 ――いい加減追いすがろうとするルクスに業を煮やしたのか、巨大クラゲは特に太い触手一本で天井を思い切り叩く。すると天井から雨のように、卵のようなものが大量に落下してきた。

「これは……? あっ!」

 触手を捌きながらその降り注ぐ卵を避けることは出来ず、やむなくルクスは巨大クラゲから離れると、その隙に巨大クラゲは高速で出口に向かってしまう。追おうとしたルクスの胸に、一つの卵が着地すると――一瞬で孵化したかと思えば、小さいクラゲが胸の卵から姿を現した。

「うわっ!」

 反射的に振り落としたことで大事には至らなかったが、恐らくあのクラゲの幼生体もMPを吸い取る触手を持っている。しかし……先程雨のように降り注いだ卵が、全てあのクラゲの幼生体であるならば――

「――――ッ!?」

 地上や壁を覆い尽くすほどのクラゲの幼生体に絶句している間に、天井から落下してきたクラゲの幼生体の触手に、腰に巻いていたパレオが引っかかって――いや、狙って取ったのかもしれないが――足が露わになってしまう。

「あっ、パレオ……返して!」

 しかして、急いで足を隠すルクスにそのクラゲを追うことは出来ず、それはどこかへ消えていってしまう。片手で足のある一部分を隠したままのルクスは、その二刀を振るうことすらままならず、徐々にクラゲの幼生体の群れに追い詰められていってしまう。メンバーに合流しようにも、巨大クラゲの進行を防ぐために突出してしまっていた。

「くっ……」

 足に刻まれたトラウマが蘇る。あの浮遊城で受けた傷は、まだルクスにとって乗り越えられるものではない。ALOにコンバートされた時に、あの印はどこかに消えて、今はもうないけれど――今は――?

 ――『人それぞれ色々あるし、あんまり聞かないけどさ。スッゴいスラッとして、綺麗な足でうらやましいよ!』

「……ふっ!」

 先程デュエルしたインプの少女の、朗らかな笑みとともに放たれた言葉を思い出し、ルクスは二刀を以てクラゲの幼生体の群れを薙払う。自分の過去を知る者はもう誰もいない――ならば、気にしているのはもう自分だけだ。大事なのは過去じゃなく今という意味のことを、彼女はこのゲームに来る前にショウキから――本人は照れくさそうにして否定するだろうが――伝えられていた。

「ふふ」

 そんな様子が短い付き合いながらも想像出来て、ルクスは少し笑って余裕を取り戻す。ショウキとユウキには後で感謝の言葉を伝えて、リズたちには謝らなければ……それでいつか、このトラウマをみんなに話せるくらいになれば。

「ルクス! 大丈夫!」

 そう思いながらクラゲの幼生体を蹴散らしていると、リズが向こうから同じようにして現れる。数は多いが単体の戦力はそうでもなく、囲まれても対象出来るくらいではあったが……とにかく数が多く。この洞穴からの脱出はとても望めない。

「ああ。突出してしまってすまない、リズ」

「やっぱりパレオない方が似合うわよ、ルクス。ってそれはともかく。今から舟が来るから、あんたそこに飛び乗りなさい!」

 そんな状況で無理やり突破してきたらしく、ルクスと合流出来たのはリズ一人。そしてリズの目的もその伝言を伝えることらしかったが、いきなり放たれたその言葉の情報量を、ルクスは処理することはとても出来ず。

「……え?」

「詳しく説明してる暇はないわ。あんたはそれに乗って、一足先にここから脱出するの」

「あ、ああ」

 よく分からないまま返答しながら、辺りのクラゲの幼生体を駆逐する。特に海へと続く、巨大クラゲも通った水路周辺の幼生体を倒していると――その『舟』は到着する。

「アレは……」

 リズベット武具店の銘がはいったシールド。それをスノーボードのように――いや、即席の帆が張ってあり、風で動く帆船となっていた。もちろんサイズは比べるまでもないが、小型が故のスピードは高速で水面を滑っていた。

「今あんたが一番元気だからね。あたしとノリは武器の相性が悪いし……先に行って、あのエロクラゲぶった斬ってきなさい!」

「ああ!」

 リズの言葉に答えながらルクスは盾の帆船に乗り込むと、自身の風魔法もブーストして更なるスピードを加えていく。コンバートしたばかりのため、ルクスには大した魔法は使えないが……そもそもルクスが魔法を唱えずとも、クラゲの幼生体が追いつけないほどの速度だった。恐らくはリーファにシウネーが、もしかしたらシリカにノリも、MPを注ぎ込んで出来た風魔法で動いているのだろう。

「…………よし」

 仲間たちの力を全て受けた帆船は、巨大クラゲの後を追って洞穴を抜け――
 
 

 
後書き
 ルクスの足についてのトラウマ。ガールズ・オプス本編がまだ完結していないので、詳しいことはまだ不明ということで、唐突な上にイマイチ表現しきれず。ちょっと心残り。
 
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