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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  参 ~初陣~

 
前書き
2017/8/20 全面改訂 

 
 酒を酌み交わし、一頻り(ひとしきり)語らう我ら。
 その内容は、どうしても今後の話が主になるのはやむを得まい。

「さてさて、これからどうしましょうかー」

 図らずも桃園の誓いをする事になってしまったが、いつまでも現実から目を背けてもいられない。
 ……どのみち、私はあの戦いで一度死んだ身。
 恐らく、元の世に戻る事は適うまい。
 私自身人の上に立つに相応しいかどうか、それは定かではない。
 仮に劉備がいるのであれば、それを支える方が似つかわしいのかも知れぬ。
 ……だが、劉備がおらぬ以上それは天命に非ず。
 そうなれば、ただ座している訳にはいかぬ。
 少なくとも今の私には、こうして従う者がいる。
 彼ら……いや彼女達の為にも、私も動かねば。

「我らは、ご主人様に従うまでです」
「でもお兄ちゃん、何か当てはあるのか?」

 そう言われると、難しい。
 今がどの時代で、どのような状況かは皆の話である程度把握出来はした。
 もし私が劉備の役割を与えられたのであれば、取る道はただ一つ。
 ……だが、義勇軍か。
 名前は勇ましいが、そのままでは雑軍に過ぎぬ。
 まともな武器もなく、練度も期待するだけ無駄な軍など鎧袖一触であろう。

「まずは金、か」
「そうですね、歳三様。どう動くにしろ、資金の工面は必須かと」

 稟の言葉に、皆が考え込む。

「だが、今の我らは徒手。一騎打ちであれば成果を出してご覧に入れますが……それではせいぜいが、小規模な賊退治が関の山でしょうな」
「星ちゃんの言う通りですねー。でも、それでは資金も兵も集める事は難しいかと」

 それに、何らかの成果が必要だろう。
 声望がなければ、人を集める事も適わん。

「やはり、誰か地位のある者と組む。……それしかないな」
「はい。ですが、相手にもよります。それに、実績もなしに打診しても、門前払いか雑兵の役目が精々でしょう」
「うー、それではつまらないのだ」

 ふむ、これだけの面々が揃ったのだ。
 ただ何れかに従うだけでは、鈴々ではないが面白味に欠ける。
 これが劉備であれば友人の公孫賛や血縁の荊州の劉表を頼る、という手もありそうだが。
 素性の知れぬ私が、そもそも誰かを頼ろうとするだけ無駄であろう。

「あの、もし」

 と、村の若者らしき男が、声をかけてきた。

「何用かな?」
「は、はい……。大変失礼とは思いましたが、お話を聞かせていただきまして」

 別に聞かれて困る話ではない。
 官吏に聞かれたところで、たった六名で何が出来るかと一笑に付されるのが関の山。

「そう恐縮せずともよい。それで?」
「これから、民のために立ち上がる。その結盟をなさっておられるのですか?」
「ああ。今はまだ無力だが、それでも出来る事はある筈。そう思っている」

 愛紗の言葉に若者は頷くと、

「実は、私の親戚が商売を営んでおります。事情を話し、助力を頼んでみようかと思うのですが」
「ほう」

 確か劉備も当初、このような話があった筈だな。

「もしや、その商人と申す者だが。張世平、と言う名ではないか?」
「な、何故ご存じなのですか?」

 どうやら、正解らしい。
 若者だけでなく、皆が驚いている。

「歳三様。ご存じだったのですか?」
「まぁ、そんなところだ稟。だが、私も確証があった訳ではないが」
「あの……。貴方様は、一体……」

 不安げに私を見る若者に、風が答えた。

「このお兄さんは、天の御遣いさんなのですよ」
「て、天の御遣い様ですと?」

 何とも胡散臭い存在になってしまうぞ、それでは。
 だが、当の本人は気にする素振りも見せない。

「そうだ。それ故、我らはこの御方を主と仰ぐ事に決めたのだ。この大陸に、真の平和をもたらすためにな」

 星まで、大真面目に付け加える。
 だが、若者はひどく感激した様子で、私に頭を下げた。

「そ、そうでしたか! ならば是非とも、張世平にお目通りを! きっと、御遣い様のお役に立てるか」
「ならば、頼むとしよう」

 資金が必要なのは事実。
 背に腹は代えられぬ、というところか。



 数日後。
 若者の手引きにより、張世平との面会が実現。

「貴方様が、天の御遣い様で?」
「そうだ。姓を土方、名を歳三と申す」
「これはこれは。手前は張世平。しがない商人でございます」

 そして、張世平は私の周りを見渡して、

「御遣い様ご自身も、ただ者ではございませんが、他の方々も皆、一角の人物のご様子。官軍にも、これだけの顔ぶれとなるとなかなか」
「ほう。張世平殿は、官軍にも顔が通じるのですか?」

 感心したように、稟が言う。

「少しばかり、お付き合いさせていただいておりましてな。并州太守の董卓様、幽州牧の公孫賛様などに出入りさせていただいております」
「皆、なかなかの大物ばかりではないか。どうだ。風?」
「そうですねー。お兄さんの言う通り、どちらも官軍では名を馳せている方ばかりかと」
「それで、助力を願いたいのだが。どうだ?」

 愛紗が尋ねると、張世平は鷹揚に頷いて、

「はい。この者から最初に話を聞かされた時は半信半疑でしたが。先ほど挙げた名前を聞かれても動じる事も、媚びるご様子もない。そして、将の方々も優秀。……つまり、前途有望、と見ましたな」
「では?」
「ええ、資金はご用立て致しましょう。それから、馬と武器、食糧も可能な限り」

 破格の申し出だな。

「聞くが、担保はどうする?」

 張世平は一瞬私を見つめて、それから大声で笑った。

「いやいや、やはり私の眼は確かでしたな。並の御方なら、ご用立ての時点で眼の色を変えますが。よもや、そこにお気づきになるとは」
「当然であろう。商人は利で動くもの、担保の事は当然、念頭にある筈だからな」
「御遣い様は、商人の経験がおありで?」
「多少な。薬など、商っていた事もある」

 すると、愛紗が私を見て、

「では、ご主人様からいただいたあの薬が?」
「そうだ。打ち身がだいぶ楽になったであろう?」
「は、はい」

 顔を赤くしながら、頷く。

「薬、でございますか。どのような薬で?」
「うむ、私の実家秘伝の散薬だ。今はあまり残っておらぬが」
「そんな貴重な物を……。ご主人様、ありがとうございます」
「気にするな」

 ……愛紗以外の者達が、興味津々、といった風情だな。
 何やら、羨望の眼差しが混じっている気もするが。

「土方様。その薬、作れませぬかな?」
「手持ちは稀少ではあるが、材料さえ揃えられれば、製法は覚えておる。だが、何故かな?」
「はい。どうやら、大層な効き目がある様子。先ほどの担保のお話、それで代えさせていただいても結構でございますよ」
「何と。だが、所詮は薬、単価では釣り合わぬのではないか?」
「いえいえ。効き目があれば、商売になりますからな。そして、それは天の薬なのでございましょう?」
「そうだ。私の実家秘伝、製法を知る者はおるまい」
「では、その材料と製法、それでお取引願えますかな? ちなみに、名前は何と?」
「名か。『石田散薬』と言う」

 は、何度も頷いてから、

「わかりました。名前もそのまま、いただいてよろしゅうございますか? 天の薬、という売り文句も」
「構わん。お主がそれでよい、と申すならな」
「はい、ありがとうございます。では、証文を認めます故」



 十日後。
 張世平は約定通り、金と馬、兵糧まで整えてくれた。

「何から何まで、かたじけない」
「いえいえ、これは立派な商い。お気になさいますな」

 慇懃に、頭を下げた。
 件の若者を初め、一帯の村々から有志の若者が集った結果それなりの人数となっていた。

「結局、義勇軍からの一歩となるか」
「いえ、形はどうであろうと、兵力を持つ事に意味があります。それに、張世平殿から紹介状もいただきました」
「そうだな」

 張世平の援助はもちろんだが、大きかったのは紹介状だ。
 とにかく、今はまだ漢王朝が存命中。
 いくら衰退しているとはいえ、その権威はまだ生きている。
 ならば、その権威を生かさなければ、世に出る事は適うまい。

「それでお兄ちゃん。最初はどうするのだ?」

 鈴々は、私の事をそう呼ぶ。
 兄というには、少々年を取ってしまっているのだがな。
 ただ、呼び方は皆、それぞれだ。

「やはり、黄巾党とやらの討伐からだな。どうせなら、効率よく名を上げたいものだが」
「となると、それなりの有力な集団を相手にせねばなりますまい」
「稟、風。どうだ?」

 こういう時は、軍師を望む二人に聞くのが最上だろう。
 稟は戦略を練る事も出来るし、戦術にも通じている。
 一方の風は、謀略や外交に長けている。
 もっとも、軍師として必要な素質を備えた上で、さらに長所を持つ、という具合だ。
 ……やはり、郭嘉と程立だけの事はある。

「この近辺で、という事であれば……大興山に拠る程遠志でしょう」
「もしくは、黄巾党の中で武名を馳せている波才でしょうかー」
「なるほど。どちらがより与しやすいか?」

 稟と風は、一瞬顔を見合わせてから、

「程遠志でしょう。兵の数も波才の方が多い上、波才自身がなかなか兵の扱いに長けているようですから。程遠志も黄巾党の中では有力ですが、波才ほど統率が取れていないようですし」
「どちらにしても、今のお兄さんでは兵の数が足りませんけどねー」
「兵さえ互角なら、鈴々も思い切り暴れられるのだ」
「多少の差であれば、我らが頑張りで如何様にも覆せるのですが……」

 いかに豪傑揃いとは言え、やはり今のままでは手の打ちようがない、か。

「主。前方で、砂塵が上がっているようですぞ」

 そこに、星からの報告。

「どれ。確かめるとしよう」

 私は、懐から双眼鏡を取り出した。

「ご主人様。それは?」
「これか? 双眼鏡と言って、舶来の品だ」
「双眼鏡、ですか」

 一同は、物珍しそうに見ている。
 実際、元の世界でもまだ珍しい物ではあったがな。

「それでお兄ちゃん。何をする物なのだ?」
「これを通して見ると、遠くの物でもはっきりと見えるのだ」

 答えながら、双眼鏡を覗き込む。

「『朱』の旗が動いているな。それに、黄巾党が襲いかかっているようだ」
「朱……朱儁将軍でしょう」

 稟がすかさず答える。

「朱儁か。確か、朝廷の高官だな?」
「お兄さん、よくご存じですねー。右中郎将を務める方ですよ」

 さて、どうするか。
 官軍を手助けし、恩を売って助力を乞うのも一つの手だ。
 ……だが、私の知る朱儁は、まさに愛紗の言う『官匪』の筈。
 劉備が義で助力をするも、義勇軍と侮られてまともな扱いを受けなかった……と記憶している。
 この世界の朱儁がどういう人物なのかはわからぬが、ただ助太刀するだけでは意味がない。

「どうせならば、官軍に我らの存在を強く印象づけたいものだな」
「いえ、官軍だけではありません。賊軍にも、歳三様の名を知らしめるべきかと」
「稟の申す通りかと。主、天ならではの手立て、ございませぬか?」

 そうだな……。
 もう一度、双眼鏡で戦況を確認してみる。
 数は、恐らく賊軍の方が多い。
 とは言え、官軍は腐っても正規兵の集まり。
 即座に決着がつく事はなさそうだな。

「暫し、様子を見よう。この時点で参戦するのは得策ではない」
「御意!」
「皆の者! 指示があるまで待機だ、身体を休めておけ。ただし、火は使うな?」
「はっ!」



 日が暮れ、辺りが暗くなった。
 月が出ているので、多少の視界は効く。

「お兄ちゃん! 見て来たのだ」

 偵察に出ていた鈴々が、戻ってきた。

「ご苦労。どうだった?」
「黄巾党は、この辺に陣を構えているのだ」

 大まかに描いた地図上で、鈴々が示した場所。

「川のそばか。稟、風、このあたりの詳細な地形はわかるか?」
「はい。湿地帯になっていて、葦が茂っています」
「こっちには、小さな林がありますねー」

 湿地に林か……。

「ご主人様。何か思い浮かびましたか?」
「うむ。敵を混乱に陥れれば、この人数でも戦果は期待できるな」
「しかし、いくら有象無象の輩とは言え、そう簡単にいきますかな?」

 星の言葉に、皆が頷く。

「多少、賭ではあるが。こんな策はどうだ?」
「伺いましょう」

 私は、皆に作戦概要の説明を始めた。



 やがて、空が白み始めた。
 この時間であれば、賊軍は恐らく深い眠りに入っているだろう。

「よし、やれ」
「はっ!」

 私の合図で、兵が湿原に向け一斉に矢を放った。

「グワー、グワー」

 驚いた水鳥が、慌てて空に飛び出す。
 一羽だけではない、連鎖的に全ての鳥が飛び出した。

「お、おい! 何だありゃ!」

 賊軍の見張りだろう、騒ぐ声がした。

「て、敵だぁ! 官軍の夜襲だ!」

 そこに、別の声が響き渡る。

「や、夜襲だって?」
「ま、まずい! 全員たたき起こせ!」

 よし、賊軍が動き出したな。

「かかれ!」
「応っ!」

 全員で、一斉に矢を射かける。
 たかが百余名でも、まだ夜が明けきらない中ではかなりの本数に映るはず。

「ま、間に合わん!」
「に、逃げろっ!」

 訓練のされていない賊軍は、突発的な事項に対する対処が弱い。

「今だ。愛紗、鈴々、星!」
「ははっ!」
「応なのだ!」
「お任せあれ!」

 そこに、この三人が斬り込む。
 昼間ならともかく、この状態では誰が誰だか区別などつくまい。
 恐らくは混乱の末、同士討ちを始めるだろう。
 そして、こちらからは三人だけ。
 目についた奴を片っ端から斬り捨てるだけでよいのだ。

「土方様! 敵の大将らしき者を見つけました!」
「よし、そこに案内しろ。稟、風。ここを離れるな?」
「御意」
「お兄さん、わかったのですよー」



「おい、何してやがる! さっさと運び出せ!」

 なるほど、身に纏う鎧は立派なものだ。
 恐らくは、破った官軍の将から奪ったものだろう。
 どうやら、宝物を集めているらしい……なんと醜悪な。

「部下を見捨て、己だけ逃亡を図るか?」

 不意に目の前に現れた私に、賊の大将は驚愕している。

「だ、誰だてめぇは!」
「義勇軍の指揮官、土方歳三。貴様は今ここで死ぬのだ、宝などどうでも良かろう?」
「ぬかせ、この俺様に逆らうとは! 死ねい!」

 剣を抜くと、大上段から斬りかかって来た。
 最初に出会った雑魚よりは、多少はましか。
 ……だが、所詮は賊将だな。
 懐から取り出した小石を、眉間めがけて投げつけた。

「あいたっ!」

 見事に命中、抑えた額から、血が滴る。
 その隙に国広を抜き、首筋に一閃。
 賊将は、無念の形相で、その場に崩れ落ちた。
 その首をかき切り、天幕を出る。

「賊ども、ようく聞けい! 貴様らが将はこの土方歳三が討ち取った! 全員、武器を捨てて降伏しろ!」

 腹の底から声を出したから、あたりには響き渡っただろう。
 あちこちで、剣や槍を投げ出す音が聞こえ始めた。
 まずは、幸先良し……だな。 
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