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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百七十七話  反撃

帝国暦 490年 4月 14日   ジャムシード星域  帝国軍総旗艦ロキ  ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



「反乱軍、我々を追うのを止めました」
ワルトハイム参謀長の声にヴァレンシュタイン司令長官が全艦隊に停止命令を出した。戦術コンピュータのモニターには確かに後退する同盟軍が示されている。そして同盟軍の後退を認めると司令長官は全艦隊に同盟軍を追う様に指示を出した。

付かず離れず、もう八時間程帝国軍と同盟軍は追い駆けっこの様な戦闘を行っている。但し両軍が実際に砲火を交えた事は一度も無い、砲火を交えるにはあと三時間程互いに近付く必要が有るだろう。距離が離れているために単座式戦闘艇による攻撃も不可能だ。攻撃隊を発進しても相手に辿り着く前にその殆どが相手の単座式戦闘艇に捕捉されてしまうのは見えている。

本当は同盟軍は何処までも帝国軍を追いたい筈、でもそれが出来ない。同盟軍が追えば帝国軍はジャムシードからシヴァ星域の方向に後退する。だが同盟軍はメルカッツ副司令長官率いる別働隊に備えるため出来るだけバーラト星域の近くで戦いたい。だから途中で追うのを止め後退する。そして帝国軍はそんな同盟軍を追う。こちらはメルカッツ副司令長官の所に行かせないためだ。そして同盟軍は後退しながら帝国軍が深追いして来るのを待っている。一瞬の隙を突いて交戦し帝国軍を撃破する機会を狙っているのだ。

これまでの所その狙いは空振りに終わっている。だがこの後どうなるかは分からない。同盟軍がこのまま敗北を待つとも思えない。司令長官に視線を向けた。閣下は戦闘食を食べながら戦術コンピュータのモニターとスクリーンを見ている。時折顔を顰めるが原因は戦況では無く戦闘食の不味さにだと思う。その姿に不安を感じさせる兆候は無い。

「閣下、このままの状態が続くとは思えませんがこの後の展開は如何なるのでしょう?」
司令長官閣下が私をチラッと見た。余り機嫌は良くない、閣下が戦闘食に不平を漏らした事は私の知る限り一度も無い。しかし味には結構煩いのは分かっている。帝国の戦闘食は同盟の物よりも味は確実に落ちる。その事は私だけじゃない、リューネブルク大将も同意見だ。大将も司令長官の傍で仏頂面をしながら戦闘食を食べている。

「ハイネセン方面が危険だと判断して全軍でハイネセンに戻る事が考えられます。但しこの場合は我々に追撃されますからかなりの損害が出る事を覚悟する必要があるでしょう。それに一つ間違うと後退では無く潰走になりかねない危険が有ります」
司令長官が戦闘食を一口食べ、顔を顰めた。ピーマン、レバー、戦闘食、どれが一番苦手なのだろう。一度三択で選ばせてみたい。

「それを避けるために数個艦隊を残して我々を足止めさせる事も有り得ます。まあ本隊は一時的に逃げられるでしょうが意味は有りませんね。本隊もそれほど時間は稼げないでしょう」
つまりその場合は足止め部隊を徹底的に叩くという事か。短時間で潰し逃げた本隊を追撃する。

「メルカッツ提督と挟撃するという手も有りますな」
「勿論です」
「戦いは避けるのだと思いましたが?」
リューネブルク大将が問い掛けると司令長官が頷いた。
「無意味な戦闘はしない、そういう意味です。同盟軍に行動の自由を許す事はしません。あくまでこちらの制御下に置く。その中で戦闘を避けるのです。制御から外れようとするならそれを阻止します」
クールだわ。ビュコック司令長官やグリーンヒル総参謀長、ヤン提督がこの人を見たらどう思うだろう? 溜息を吐くんじゃないだろうか。

「同盟軍は最初からハイネセンでこちらを待ち受けるべきでした。勝つ事は出来なかったでしょうが戦う事は出来た」
「同盟軍が勝つ可能性は有ったのでしょうか?」
私が問うと司令長官が私をじっと見てから首を横に振った。

「有りません。私は勝てるだけの準備をした。政略面、戦略面で圧倒的な優位を築き同盟軍の二倍以上の戦力を用意しました。そしてそれを支えるだけの補給体制と経済力を整えた。そのために門閥貴族を斃しローエングラム伯を排除したのです。同盟軍に勝つ可能性は無い」
「……」
これだけの代償を払ったのだ、勝つのは当たり前だと司令長官は言っている。

「戦って勝つのではなく勝ってから戦う。勝敗を競うのではなく勝敗を認めさせるために戦う。今回の戦いはそういう戦いです。同盟軍も自分達が敗けた事は分かっているでしょう。ただその事に納得出来ずにいるのだと思います。ですが徐々に自分達が敗けた事を認めざるを得なくなる筈です」
戦闘中の軍人というよりも実験結果を見守る科学者の様な口調だった。



宇宙暦 799年 4月 14日    第十三艦隊旗艦ヒューベリオン ヤン・ウェンリー



「駄目ですな、帝国軍は我々との戦闘を避けています」
ムライ参謀長が溜息交じりに状況を評した。口調には憤懣と遣る瀬無さが滲み出ている。司令部の皆が同じ想いだろう。顔色が良く無ければ雰囲気も良く無い。心の中は現状に対する不満、憤り、遣る瀬無さ、無力感で一杯に違いない。

帝国軍は同盟軍と戦おうとしない、何とか少しずつ詰めてはいるがそれでも未だかなり距離が有る。我々を牽制し動けなくしている間に別働隊をもってハイネセンを攻略させるのだろう。そして我々はそれを理解していながら為す術も無く帝国軍の術中に嵌っている。……敗けた、と思った。おそらく皆がそう感じているだろう。口に出さないだけだ。

「閣下、何か良い方法は有りませんか? このままではハイネセンが……」
グリーンヒル大尉が問い掛けてきたが“さあ”と曖昧に答えた。二個艦隊程残して帝国軍を食い止めハイネセンに向かうという方法も有る。しかし各個撃破されるだけで終わるだろう。ならば今のままの方が無益な死傷者が出ないだけましだ。

敗けたな、また思った。今回だけじゃない、シャンタウ星域、いやイゼルローン要塞攻略、あれが失敗だった。あそこでローエングラム伯を斃しヴァレンシュタイン司令長官を失脚させる、そう思った。イゼルローン要塞がこちらに有れば防御に徹して一息吐けるとも思った。だがそうはならなかった……。

ヴァレンシュタイン司令長官の策略に乗せられたとはいえ同盟市民は帝国領侵攻を選択し遠征軍はシャンタウ星域の会戦で大敗した。あれで同盟の命運は決まってしまった。歴史上勝ってはいけない時に勝ったが故に国家が滅ぶ事が有る。何のことは無い、私がやった事がそれだった。同盟を滅ぼしたのは帝国ではない、私だ。

もし、イゼルローン要塞を攻略しなければあの馬鹿げた帝国領侵攻は無かった。であれば同盟軍は大きな損害を受けずに済んだだろう。同盟軍が健在であれば帝国の内乱も無かった筈だ。門閥貴族も健在だった。つまり帝国はこれ程の規模の軍事作戦を起こせるような余裕は持てなかった。

「閣下、総司令部から通信が」
グリーンヒル大尉の表情が明るい。戦局の打開に期待しているのだろう。
「分かった。スクリーンに映してくれ」
スクリーンにビュコック司令長官とグリーンヒル総参謀長の姿が映った。二人とも表情が厳しい、グリーンヒル大尉、期待は出来ない様だ。

互いに礼を交わすとビュコック司令長官が話し始めた。
『統合作戦本部から命令が出た。至急ハイネセンに戻れとの事だ』
艦橋がざわめく、静かにするようにと注意した。静まるのを待ってグリーンヒル総参謀長が後を続けた。
『帝国軍の別動隊がハイネセンに近付いている。商船がバーミリオン星域の近くで帝国軍の別動隊に遭遇した』
また艦橋がざわめいた。来るべきものが来た、分かっていた事だがそれでも衝撃が有った。

『ハイネセンでは混乱が起きている。大規模なデモも起きている様だ。ハイネセンを守るために軍を呼び戻せと市民達は政府に要求している』
総参謀長の言葉に彼方此方から溜息が聞こえた。憤懣の色が有る。勝手な事を言う、そう思ったのだろう。ここから撤退など簡単に出来る事ではない。また許す相手でもない。

「政府の対応は?」
問いかけるとビュコック司令長官が力無く首を横に振った。
『どうにもならんらしい。それに、我々は帝国軍と戦う事も出来ずにいる。市民達が呼び戻せというのはそれも有るようだ』
「……」
また溜息が聞こえた。今度の溜息には力が無かった。

『ハイネセンに撤退する。そこで最後の一戦を挑む事になるだろう』
「……」
『ヤン提督にはウランフ提督と共に最後尾を頼む』
「……分かりました」
厳しい任務だ。上手く行く可能性は低い。帝国軍の別働隊と本隊に挟撃される可能性も有る。だが避ける事は出来ない。この事態を引き起こしたのは私なのだから。



帝国暦 490年 4月 14日   オーディン 統帥本部  シュタインホフ



「では反乱軍はハイネセンに向けて後退しているのだな?」
『はい』
「罠という事は無いか? 卿の艦隊を引き寄せようとしている可能性もあるだろう」
私が問い掛けるとヴァレンシュタインは首を横に振った。

『同盟軍は全力で後退しています。その可能性は低いと思います』
「なるほど」
フム、スクリーンに映るヴァレンシュタインに昂りは無い。信じても良かろう。いつも思うのだが可愛げがないな。少しは功に焦ったり稚気を見せても良いと思うのだが……。

「反乱軍はメルカッツ率いる別働隊がハイネセンに近付いたので慌てて戻った、そういう事か」
『おそらくは』
「どうする? メルカッツにはそのままハイネセンを攻略させるか? それとも反乱軍の艦隊を挟撃するか?」
『どちらも可能ですね』
私に選ばせるつもりの様だ。それとも試しているのか?

「安全策を取るのであれば艦隊の無力化であろう」
『小官もそれに同意します。部下達も喜ぶでしょう、ようやく戦う事が出来ると』
微かに笑みが有った、苦笑か? どうやら部下達を抑えるのに大分苦労したようだ。多少は人間味が出たな。

「なるほど、確かに碌に戦っておらぬな」
『はい』
「良かろう、先ずは反乱軍の艦隊戦力を無力化する。メルカッツには私から伝える。卿は反乱軍に食らい付いて逃がすな」
『はっ』

互いに礼を交わし通信が終了した。本隊六個艦隊と別働隊七個艦隊による挟撃か。反乱軍の命運を決める戦いだ、それに相応しい大きな戦いになるだろう。



帝国暦 490年 4月 14日    帝国軍総旗艦ロキ  ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



シュタインホフ統帥本部総長との通信が終ると艦橋の空気は一気に熱を帯びた。ようやく同盟軍を攻撃出来る、挟撃出来る、そう思ったのだろう。戦術コンピュータに映る同盟軍は後退している。それを追うべくヴァレンシュタイン司令長官は艦隊の速度を上げるようにと命じた。

「追撃しながら艦隊の配置を再編します。前に三個艦隊、後ろに三個艦隊。前方の三個艦隊は中央に本艦隊、左翼にレンネンカンプ、右翼にアイゼナッハ艦隊。後方の三個艦隊は中央にミュラー、右翼にビッテンフェルト、左翼にケンプ艦隊。急げ!」
命令が続く。

「御自身で先頭に立つと言われますか?」
ワルトハイム参謀長が驚きの声を出したが司令長官は意に介さなかった。
「指示は如何しました?」
「はっ」
参謀長が慌ててオペレータに指示を出す。リューネブルク大将がにやりと笑うのが見えた。

同盟軍との間には未だかなり距離が有る。艦隊の配置を再編しながら追撃しても問題は無い。同盟軍に逆撃を受ける事は無いだろう。でも先頭に立つ? もしかすると逸っている? 司令長官の表情からは興奮は感じられない。訝しんでいると司令長官が私を見た。そして苦笑を浮かべた。どうやら私の疑問が分かったらしい。

「追撃戦というのは無秩序なものになり易いんです。そして無秩序になれば逆撃を受け易い。特に今回は十分に戦っていませんから皆に不満が溜まっています。その分だけ危険です」
「だから先頭に立つと?」
「そうです。ここまで来て詰めを誤る事は出来ません。我々は秩序を持って追撃します。目的は同盟軍の追尾と捕捉、敵戦力の削減は副産物ですね」
はあ、溜息が出そう。リューネブルク大将は笑い出しそうな顔をしている。司令長官閣下が私と大将を見てちょっと不満そうな表情を見せた。



宇宙暦 799年 4月 16日  同盟軍総旗艦リオ・グランデ  ドワイト・グリーンヒル



総旗艦リオ・グランデの艦橋は重苦しい空気に包まれていた。皆の表情は厳しい、ビュコック司令長官も沈黙を保ったままだ。何かを考えているようだが……。撤退を決断してから既に二日が経とうとしている。同盟軍は撤退し帝国軍がそれを追いかける、その展開が四十時間近く続いている。両軍の距離は少しずつではあるが縮まっている。

最後尾を務める第十艦隊のウランフ提督と第十三艦隊のヤン提督が三度帝国軍を足止めしようとした。だが帝国軍は両艦隊を撃破しようとはしなかった。彼らは正面において同盟軍を牽制しつつ一部隊を迂回させ後方を遮断しようとした。第十艦隊、第十三艦隊は挟撃される事を恐れ帝国軍の足止めを諦めざるを得なかった。今は後退に専念している。

第十艦隊、第十三艦隊に大きな損害は無い。両艦隊とも千隻に満たない損害を受けただけだ。帝国軍は同盟軍を撃破する事よりも捕捉し追尾する事を優先している。何も知らない人間が見れば敵味方十三個艦隊が整然と移動しているようにしか見えないだろう……。帝国軍の狙いは分かっている。別働隊との挟撃だ。だから二個艦隊の撃破よりも同盟軍全体の追尾と捕捉を優先している。おそらく帝国軍の別動隊はこちらに向かっているに違いない。

ビュコック司令長官と何度か話し合った。このままでは挟撃される可能性が高い、反転して帝国軍に向かうべきではないかと。別働隊もこちらに向かっているのだ、上手く行けば各個撃破が可能だ。だが追撃してくる帝国軍は慎重だ。不意を突いて反転しても捕捉出来るかどうか……。如何考えても難しかった。結局の所別働隊の進路を予測しそれを避ける航路を進もうとなったが……。

「そろそろ良いか」
ビュコック司令長官が呟くと私を見た。表情には笑みが有った。
「総参謀長、帝国軍に反転攻撃をかけよう」
「反転攻撃ですか? しかし……」
上手く行くとは思えない、口籠るとビュコック司令長官が分かっていると言う様に頷いた。

「ヤン提督とウランフ提督に足止めをさせる」
「……」
「帝国軍は一隊を迂回させて後方を突こうとするだろう。そうする事であの二人を撤退させた。今回はそれを狙う」
「……帝国軍の一部隊を取り込み否応なく戦闘に引き摺り込もうという訳ですな」
私が確認するとビュコック司令長官が満足そうに頷いた。狙いは分かった。だが上手く行くだろうか? 帝国軍もそれは警戒している筈だ。それに政府からの命令に背く事になる。その事を問うと司令長官が“分かっている”と言った。

「既に四十時間近く逃げている。帝国軍が我々は逃げるのに徹していると考えてくれれば……」
「なるほど、付け込む隙が生じるかもしれませんな」
司令長官の狙いが分かった。帝国軍の油断に付け込もうというのか。今なら上手く行くかもしれない。その可能性は決して小さくないだろう。

「それにこのままでは帝国軍に挟撃されるのを待つだけだ。ハイネセンに戻る事は出来ん。政府の命令に応える事は出来ん」
「確かにそうですな。……上手く行けば帝国軍を各個撃破出来るでしょう。それが無理でもここで帝国軍に一撃を与えておけば挟撃は避けられます」
「うむ。ハイネセンに戻って最後の一戦を挑む事も可能だ」
「はい」

「なによりこのままやられっぱなしでは兵の士気も上がらん。それにわしにも意地が有るのでな、給料泥棒だの役立たずの宇宙艦隊司令長官だのと言われるのは御免だ」
司令長官が顔を顰め、そして笑った。
「小官も同感です、この辺りで給料分の仕事をしますか」
「うむ」
チャンスは一度だけだ、二度も同じ手が通じる相手ではない。作戦を敵に傍受されてはならないから連絡艇で指示を出す事になるだろう。








 
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