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相模英二幻想事件簿

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山桜想う頃に…
  Ⅲ 同日 PM8:56



 私達が櫻華山から戻ると、旅館は慌ただしい雰囲気に包まれていた。それを桜庭さんは直ぐに察して、私達に「申し訳ありませんが、このままお部屋へお戻り下さい。」と言い残し、自身は直ぐ様裏へと回ったのだった。
「何だか様子がおかしいわよね?旅館でこんなにバタバタ音を出してるなんて…。」
 亜希はそう言って、不安げに私を見た。藤崎も首を傾げているが、私は「誰かに聞けば分かるさ。」と言って、二人を中へと誘った。こうして玄関先で考え込んでいても分かるもんじゃないしな…。
 私達がそうして玄関へと入った時、一人の仲居が通り掛かったため、私はその仲居を呼び止めて聞いてみた。
「すみませんが、何かあったんですか?」
 尋ねられた仲居は、言って良いものやら悪いものやらと言った風に困った顔をしていたが、私が尚も尋ねるものだから最終的には話してくれたのだった。
「お客様ですからお話致しますが…実は、三十分ほど前に女将さんがお倒れになってしまって、今しがたお医者様が到着されたばかりなんです。」
「えっ!?救急車を呼んだんじゃなく?」
 亜希が吃驚したように言うと、仲居は仕方なさそうに返した。
「そうしたいのですが、ここからですと到着が一時間近く掛かってしまうんですよ。ですから、この町のお医者様に診てもらってからというのがここでは普通なんです。あ、私は仕事中なので、申し訳ありませんが失礼させて頂きます。」
「呼び止めてしまって、すみませんでした。」
「いえ。何かありましたら、遠慮なさらずお呼び下さい。」
 そこまで言うと、その仲居は一礼して仕事に戻ったのだった。
 女将が倒れてしまったためか、旅館の中は騒然としていた。従業員が右往左往しているのは何となく理解出来るが、宿泊客も部屋から顔を出してみたりと落ち着かない様子だ。ま、仕方ないだろうな…。
 しかし、こうしてみると普段、女将がどれだけの仕事をこなしていたかが窺えると言うものだ。
「俺達がこうして突っ立っていてもしょうがない。とにかく部屋へ戻ろう。」
 藤崎が頭を掻きながらそう言うと、亜希も「そうね。」と言ったので、私達はそのまま部屋へと戻ったのだった。
 部屋へ着くと私達は一先ず腰を降ろし、何となく用意されていた茶碗にお茶を入れた。
「何だか…気も冷めちゃうわねぇ。女将さん、大丈夫なのかしら…。」
「そうだな…。医者も着てるって話だし、明日には回復してるさ。仮に大変な病気だったら、もう救急車の手配もしてあるだろうから、俺達が心配しても仕方無いだろ?」
 私達は女将の心配をしつつも、手にしたお茶を啜りながら話をしていた。だが、これといってやることも無かったので、気分直しに温泉に浸かることにした。
「さすがに…誰もいないなぁ…。」
 亜希は一人で女湯へと入って行ったが、恐らく貸し切り状態だろう。私と藤崎は無論、貸し切り状態の男湯だ。きっと他の宿泊客達も、女将が倒れたことに気付いてるんだろうが、心配しても治りはしない。あの女将だったら、そんな遠慮はしてほしくないと思う。
「京、相変わらず良い躰してんなぁ。音楽家って、そんなに体力使う仕事なのか?」
「何ジロジロ見てんだ…気色悪い!こんなんでも色々あるんだよ、色々な!」
「何だか傷だらけな気もするが…。」
「だから見るなっての!」
 藤崎はそう言うと、一人さっさと中へ入って行ってしまった。ドイツ系ハーフであれだけ格好が良ければ、女なんぞ引く手数多だと思うんだがなぁ…。今もって結婚どころか恋人もいない様だし…。もしやゲイか?いや、以前は付き合っていた女がいたから、それはないだろうが…全く不思議な奴だ。
 私はそんなどうでもいいことをぼんやりと考えつつ藤崎の後について中へと入ったのだった。
 中はかなり広く、湯舟もそれに応じて大きいものだった。旅館の規模から考えても、少し大き過ぎるきもするが…。湯は濁り湯で、やや熱めだったが、これが温泉の醍醐味だと言えるだろう。まぁ、ぬるい湯を好む方も居るが、やはり温泉は熱いに限る。
 私達はかけ湯をして体を慣らせ、そうして湯舟に浸かった。
「女将さんが倒れたんじゃ、ここを引き上げた方が良いんじゃないか?」
 湯舟に浸かりながら藤崎に聞くと、藤崎はなんでもないと言う風に答えた。
「別にいいんじゃないか?そのために番頭が居るんだし。」
「しかしなぁ…あれだけ従業員が慌てる様じゃ…。」
 藤崎の答えに、私は帰ってきた時の状況を思い出しつつ言葉を返した。あれじゃ…番頭なんて居る意味あるのか疑問だからな…。
 私と藤崎が今後についてあれこれ話ている中、浴場へ一人の男が入ってきた。長い髪を後ろで一纏めに縛り、痩せてはいるものの全体に引き締まっている体つきをしていた。
「今晩は。ご一緒に湯を頂かせてもらって宜しいですかな?」
 その男は私達にそう言ってきたので、私は「どうぞ。」と一言告げると、男はかけ湯をして後、湯舟へとその身を浸した。すぐ近くに入ってきたため、私は何とはなしに男を観察した。その体のあちらこちらに傷痕が見てとれたからだが、素人の私から見ても、それが刃物による傷痕だと分かった。初めは極道の人間だとも考えたが、どうもそういう雰囲気じゃない。どちらかと言えば、貴族や資産家の子息と言ったイメージに近い印象だった。
「私は堀川と申しますが、お二方は湯治に参られたのですか?」
 見られていることに気付いてか、その男が私達へと話し掛けてきた。私達はギョッとしたが、別段変わった問い掛けと言うわけでもないと思い、私は堀川と名乗ったその男に答えた。
「いえ、ただ休暇がてら友人と会うために来たんですよ。そちらは?」
「私は近くに暮らしておりまして、時折この湯を頂かせてもらっているのです。」
 私はそれを聞き、この旅館が入浴だけでも客を入れてるのだと考えた。まぁ、温泉宿ではよくある話だから、何が不思議ということもないが。
「堀川さん。つかぬことを伺いますが、その傷はどうして…?」
 藤崎も気にかけてたらしく、傷痕について堀川へと尋ねた。すると、堀川は苦笑いしながら「若気の至りというものですよ。」と短く返した。何があったか知らないが、触れられたくない過去なんだろう。
 だが不意に…私はこの堀川に妙な違和感を感じた。なんと言っていいか解らないが、何となく生気が感じられないのだ…。目の前にいるんだが、いない…矛盾しているが、そんな感覚にとらわれる…。
「して、あなた方はどういったご関係ですかな?」
 何だか口調も古臭い気がするなぁ…。この堀川という男、見た目は二十代半ば辺りにしか見えないんだが、まるで老人と会話しているように思えてならない。
「私達は大学のサークルで知り合ったんです。と言っても大学は別で、要は個別の大学同士で催されたイベントで知り合ったんですがね。」
「サークル…?それは何ですかな?」
 サークルが通じない…。これくらいは普通知っていると思うんだかなぁ…。
「サークルって言うのは、まぁ…クラブ活動みたいなもんですよ。」
 私がそう答えると、堀川はまたもや不思議そうな顔をした。それを見て、私達はどう言ったものかと思案したが、藤崎が先に思い付いたようで口を開いた。
「簡単に言えば、同じ趣味や趣向を持つものが、互いに力を高め合うことを目的として集まったものです。」
 まぁ…間違いじゃないが、大雑把過ぎる気もする…。だが、藤崎の説明を聞いた堀川は、何だか納得したように首を縦に振ってこう言った。
「なるほど。では、学問所のようなものですな。」
 これはいよいよおかしい。学問所って…今時の老人ですら言わないだろう。藤崎も表情を強張らせて堀川を見ている。逆に、当の堀川はこちらを見ながら、嬉しそうに笑っているのだ…。
「堀川さん…失礼だとは思いますが、生まれは何年ですか?」
 藤崎が恐る恐る問い掛けると、堀川は何とはなしに答えを返した。
「私は文久三年です。私が生まれる前後、世間は大層厳しい時期だった様で、父や母は随分と苦労したと申しておりました。」
 堀川の答えを聞き、私達は唖然とするしかなかった。文久三年と言うことは…西暦じゃ1863年だ。もし本当だったら、とうに百歳を越えている。それがこんなに若いなんて…あり得ない話だ。
「堀川さん…あなた…」
「私も一通りの苦労は経験致しました。土地を守るために、そこへ住む人々の暮らしを守るために。だが、一番信頼していた身内が私を裏切るとは…思いもせなんだ…。」
 私の言葉を遮って、堀川は自身の話を始めた。あたかも、最初からこれを伝えるつもりだったかの様に…。
「我が弟は、働き手として実に優秀だった。どんな仕事もそつなく熟し、私の右腕として共に家を守っていた。だが…私が妻を娶ると、弟の態度は一変してしまった。私も気付けばよかったのだ…。妻のことを…弟も慕っていたのだと…。妻は幼い時分より知っておった。無論、弟とて同じことなのだ。それ故に…私は殺されてしまった。今にして思えば、私が気付き、弟へ問えばよかったのだ。さすれば…もっと共に生きられたやも知れん…。」
 私達は何も返すことが出来ず、ただ堀川を見ているしかなかった。堀川はそんな私達を見て淋しげな笑みを浮かべると、その体を見る間に消し去ってしまったのだった。後には桜の花弁が、堀川がいた場所に鮮やかに浮かんでいたのだった。
 その花弁は小さく、あの山…櫻華山に咲く山桜のものだと直感した。
「京…あれは…なんだったんだ…?」
「さてね。俺達があの櫻華山へと行ったことで、ここへ残っていた記憶が再生されたんじゃないか?」
「あれ…僕達と会話してたぞ?」
「霊に取り込まれてるからだろう。ま、いくらでも会話出来るさ。」
「…僕にはさっぱり解らなんよ…。」
 いつもそうだが、藤崎の言うことは理解し難い。私がそう言うといつも「解らなくていいんだ。こんなこと、理解する必要なんてない。」と言う。多分…藤崎は私に、普通が一番なんだと言いたいんだろう。
 大学の時もそうだった。あの痛手を、こいつは今でも抱えているに違いない。だったら私と亜希は、そんな藤崎を支えられる者にならないと…そう思っている。これが友人として出来る、精一杯のことなんだ…。私はただ、深い溜め息を一つ溢した。
 藤崎は私の態度を見て苦笑いしていたが、暫くしてこう言ったのだった。
「ま、一つ言えることがあるな。さっきの男はだ、桜庭さんが話ていた堀川兼吉の長男だったってことだ。」
 その言葉に、私は目を丸くして言った。
「確かに堀川とは名乗ったが…。だけど、それが何で兼吉の長男になるんだ?」
「英二…お前、話ちゃんと聞いてなかったのか?桜庭さんの話によれば、兼吉の長男は事故死になっていただろ?だが、どうなって死んだかは言わなかった。とすると、原因が伝わってないってことだ。」
「それで?だからって殺人に結びつけるには…。」
「まぁ聞けよ。江戸末期と言っても、未だ医学も未熟だったし、事故死や病死に見せ掛けるなんてのは難しくなかったはずだ。次男が長男に代わって家長になったんなら、これが偶然だと思うか?あの櫻華山だって、落ちて死ぬ程のものじゃない。落石もなけりゃ深い溝もなく、あんなとこでどうやったら事故死するんだ?」
 私は藤崎の言葉に反論出来なかった。櫻華山は高いとはいえ、散歩がてらにでも行ける小さな山だ。岩もなければ大きな川や池、崖すらない。言ってしまえば、高く大きな丘みたいなものなのだ。
「恐らくだが、あの山桜に…何か深い意味があるに違いない。きっと何かを隠そうとして、後世に事故死という形で話が伝わったんだろうと思う。それが一体何なのかはまだ解らないがな…。」
 藤崎はそう言うと、そのまま湯舟から出た。私は今一つ藤崎の言っていることが解らないまま、彼の後に続いて湯から上がり、同じように脱衣場へと向かった。
 私が体を拭っていると、藤崎はさっきの話に付け足す様に言葉を紡いだ。
「人の想いってのはさ…どれだけの歳月を経ようと、その想いが強い程に輝くもんだと思うんだ。ただ…それを悪用しようとする奴等もいる。見目に良いものだとしても、裏には必ずどす黒い闇が潜んでいるのさ。だから真実を見つけ出し、その想いを浄化してやんないと駄目なんだ。」
 その時の私には、藤崎が何を言っているのか全く理解出来ないでいた。ただ一言、「そうだな…。」と返すのが精一杯だったのだ…。



 
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