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東方現創録

作者:茅島裕
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博麗神社編
  第一話 記憶の欠けた男

 
前書き
見えた光に近づくため、必死に動いた。動いていいという許しが出たから。
光の先に何が待っているかはわからない。でも、その先に行くことが、使命ならば… 行きたいのならば、行ってやる。
身体の自由が徐々に効いて行く。やっとの思いで動いていた脚は軽くなり、腕や手の感覚が戻って行く。次から次へと戻って行く感覚の中、一つだけ薄れて行くものがあった。

自分(きおく)……


 

 
眠りから覚醒したのだろう。
ただ、長い夢でも見ていたような、最も、今までずっと目を閉じていたような… 瞼が重い。
重い瞼をゆっくりと開き、改めて目を開け、覚醒する。
暗闇に慣れていた視界は、急に入ってきた光に上手く対応出来ず、眩しさを感じさせた。反射的に腕で光を遮ろうとするも、徐々に光に慣れて行く。

慣れた視界を全開まで開き、視野を広げた。

「ここは… 何処だ?」

私は誰?とでも言いたげな口振りだが、正しくそうなのだ。
自分が誰なのかも検討がつかないからだ。何故ここで横になっていて、目覚めたのか。理由も意味もわからない。

とりあえず、と。何処で身に付けたかわからぬ知識を活かし、周りを見渡した。目の前には大きな建物… 手前には御賽銭箱と思われる相応な木箱。
よく見れば後ろには鳥居。明らかに神社だ。

「知識はある…」

喋れもする。つまり言葉がわかる。
ただ、ここが何処だかわからない、自分が誰なのかわからない。一部の記憶がないと見た。
何処で仕入れた冷静さか、恐らく以前の自分はかなりの無感者だったようだ。
普通の人間ならば記憶を失ったことに対し慌てるはず… そもそもこんなこと考えないか。

いまだ起こしていない身体を起こし、下半身に多少の痺れを感じながら御賽銭箱に向かい、歩く。箱に入れる賽銭がないかどうか確かめるため、自分の身体を見てみる。
なんとも目に優しいパーカー… 自然色のパーカーのポケットに手を伸ばし、探るも、指に冷たい何かが触れた。
取り出してみると、それは小銭。なんと運が良いことだ… なんのために持っていたか知らないが、それを賽銭箱に投げ入れた。

お金を入れたらケチな巫女さんが現れるかもしれない。

なんの脈略もないが、なんとなくそう思ったのだ。

「ご利益あるわよ〜」

ほら来た。

「それはありがたいことですね。でも、もう既に不運が起こっているので…」

記憶喪失というかなり大きな不運が、だ。
人間なら誰もがするであろう苦笑いをしながら、声の持ち主の方へ顔を向けた。
派手な赤と白の巫女服を着た少女が仁王立ちしていた。

自分の歳はわからない、けれど目線からして自分の方が背丈は少女より高い。少女の方が若いのかもしれない。だが、敬語は止めず、

「ご利益はご利益として、ここはどんな神様がいるんですか?」

「え、あ…そ、そうね…… こう、なんか、凄い神様だと思うわ」

わかっていないらしい、この話についてはもう聞かず、そっとしておこう。

「と、ところで、あなたここらじゃ見かけない顔ね。何処から来たの?」

「そうですね、こう、なんか、凄い所からだと思いますよ」

わからない。という意味を込めて、先ほどの少女の言葉を真似てみる。
案の定、少女は意味を理解し、驚く……かと思いきや。

「あ〜 もしかして名前もわからない?」

「ええ、よく分かりましたね」

「そう言うのいっぱい来るのよ… 特に、今貴方が立っているその場所とかにね」

記憶を失った者は全てここに連れて来られるみたいな不思議な話だろうか。それはそうとして、興味が湧いた。

「興味深いですね。やはり、みんな記憶を失って?」

「みんな、とは限らないけど、兎に角貴方みたいな人よ」

話を逸らされた気がする。

「立ち話もなんだし、うち入る? あ、その気持ち悪い敬語は無しにしてね」

「気持ち悪い…か。すまない」

「スッと入れ替わるところがまた気持ち悪いわね…」

引かれているのか、惹かれているのか… どっちの『ひ』かはわからないが、今一番気になることは、

「知らない人をあげていいのか? それも、君は女だ、見た感じオレも男だ」

「いいのよ、ご利益あるって言ったでしょ。それと、君ってのも止めてちょうだい。博麗霊夢(はくれいれいむ)、霊夢でいいわ」

「わかった。すまないな、オレはわからない」

仕方ないな、という表情を見せてから建物の後ろへと歩いて行った霊夢に着いて行く。すると、そこには普通の家が建っていた。
神社の後ろに家があるとは結構斬新なものだ。

「いろいろ話さないといけないこともあるし、何もないけどゆっくりしてていいわ」

「ああ、わかった。おじゃましまっ!……」

後頭部に激痛が走り、右手で抑える。よくある、記憶が戻るときの『う、うぐぁ!』みたいなのとは違う、ただの打撲による痛みだ。

「大丈夫!? 今後ろから凄い勢いで石が飛んできたけど…」

「大丈夫、大丈夫だと思うが………」

非常である。石ころが後頭部に飛んできてなんでもないただの打撲による痛みを感じて、

幾斗(いくと)だ…」

名前を思い出すだなんて…

「え、まさかとは思うけど…」

「そのまさかだ」

痛い後頭部を摩りながら、唖然としている霊夢を抜かして前に見える玄関へと足を運んだ。
ゆっくりしてていいと言われたので、奥の、炬燵の置いてあった居間であろう部屋に座っていた。
季節はいつだろうか。薄着のパーカーでも寒さは感じない、暑いわけでもない。炬燵は丁度いい役目をしている…… わからないな。


冷静であろうこの脳みそが混乱するほどの長い説明を霊夢にされたのは、これから数分後のことだった。
 
 

 
後書き
「霊夢、そこのりんご食べていいか?」

無言でコクリと頷く霊夢に許可を得たことを確認し、りんごを手に取った。
好きだったのか、無意識に言葉に出して行動に出したが、今の自分もりんごを好むらしい。舌が慣れている。

「好きなの?それ」

「そうみたいだな」

「変なの」

「りんごが?」

「貴方がよ」

たわいも無い会話と共にりんごを貪るオレだった。  
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