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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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意志

 
前書き
今回はちょっと変わった話です。初めてあの人が登場。


シャロンの回 

 
~~Side of シャロン~~

ニダヴェリールが消失してから数日……。私はサバタさんから受け取った刀の扱い方をVR訓練で学びながら、マキナ達と仮初めの隠居生活を営んでいた。なぜVR訓練をしているのかというと、現実で刀を使うつもりは無くとも、使い方を知らなければ抜いても身を守れないからだと言われたためだ。あと刀は腰ではなく袋に入れて持ち歩いている。それと暇な時間が出来た時、私は地球の音楽や楽曲を聴いてたり、文化を知ろうと本を読んだりもしている。

あの日……気分転換のために、皆でフェデラルホールのジョージ・ワシントン像の前に来た時、徐に空を見上げて何らかの危機を感じたレヴィが咄嗟にサバタさんと同化した直後、世界中の魔力が吸収されていった。それで地球にいる間マキナも魔法が使えなくなるが、彼女のデバイスは実弾なら今でも問題なく撃てる。ひとまずPSG1とデザートイーグルの弾丸をマガジンに込めていくつか携帯しているみたいだけど、VR訓練であろうと個人的にはあんまり使ってほしくない。

一方でサバタさんは急ぎ無線機でエレンさんという女性に連絡を取った所、先の異変はファーヴニルのせいだとわかった。ただ……時々変な笑い声をあげるエレンさんにサバタさんはゾクッと寒気が走っていたが、無線機の向こうから戦闘機の爆音すらも生温い音が響いてきた事で思わず耳を押さえていた。とりあえず向こうは向こうで大変だとわかったため、早めに無線を終えてたけど、彼はしばらく耳鳴りが続いたらしい。

思い返せばサバタさんには、ニダヴェリールで出会ってから世話になってばかりだ。マキナの事だけじゃない……遺跡の時も、脱出の時も、彼がいなければきっとどうしようもなくなってた。私達の身に降り注いだ悪夢から、彼は身を以って守ってくれている。彼の純粋な想いが、私達の傷を癒してくれている。

でも……だからこそ疑問に思った。彼はどうしてあそこまで強いのだろう? 英気を養った後、サバタさんはファーヴニルとも戦うつもりだけど、私達の世界を壊した化け物を倒す事なんて正直に言って不可能にしか思えない。たかが人間の身で、世界を滅ぼした存在に勝てる訳が無い……。

なのに彼は勝つつもりでいる。その自信はどこから来るのか……どうして彼が倒すと言うと、本当にやり遂げると信じてしまいそうになるのか……わからなかった。外の世界には奪う事しか頭に無い人ばかりだと思っていたのに、初めて外の世界でも信じたくなる人が現れた。

大破壊の時……私は外の世界からもたらされた闇の書が全てを壊していくのを目の当たりにした。今でも忘れられない……桃色の剣士、赤髪の少女、犬耳の拳士、薄金髪の女性、その4人を吸収して現れた、銀髪の女性……。そして彼女の出現から、悪夢が始まった……。街が、家が、親が、人が、友が、大地が為す術も無く壊れていくのを、私は見てる事しか出来なかった。皆の悲鳴を、大地の叫びを聞きながら、逃げて……逃げて……逃げるしかなかった。だってしょうがないじゃない……どこからともなく現れた魔導師と呼ばれる、普通では無い力を操る人達ですら、彼女には太刀打ち出来なかったのだから。それに、彼らは完全な味方という訳でもなかった。

全てが終わるまでの長い……それはもう永遠にも感じられた長い時間、恐怖に震えていた私達の避難所に現れた、管理局という見知らぬ組織の魔導師にマキナと彼女の母親が連れて行かれるのを、私は止める事が出来なかった。必死に……マキナを連れて行かないでって、懸命に呼び止めたのに、彼らは聞き入れてくれなかった……。子供の我が儘だと一蹴されて、一切耳を貸してくれなかった。

その後は故郷が崩壊している光景も相まって、自分のあまりの無力さに打ちのめされた。それでも何とか残った資材をかき集めたり、亡くなった人達の墓を掘りながら、アクーナをどうにか暮らせる程度まで復興させていった。外の世界からやって来た企業や組織が勝手にニダヴェリールの資源を奪っていくのを見ても、私はもう何も思えなかった。だけど……ビルに投影されていた管理世界のニュース番組で、あの大破壊の責任を何故かマキナ達に押し付け、更にそれを見た管理世界の人間が酷い罵倒を映像の向こうにいる彼女達にぶつけているのを見た時、私は理解した。

外の世界には信じられる人間は一人もいない、誰かから奪って傷つけて悦に入る人間ばかりだって……そう確信した。それ以降、私は外から来るものを全て拒絶しながら過ごしてきた。被害者云々言ってくる連中も、どうせ自分達の事しか考えてないと思って追い返した。街の皆は私がいつか外に居場所を作る事を願っていたが、あんな所に酷い場所に行くぐらいならここで皆と一緒に骨を埋めた方がはるかにマシだって、ずっとそう思っていた。正確には今の次元世界の人間に何の希望も見出せなくなった、と言った方が正しいか。

私が古代語や古文を独学で覚えたのは、過去にしか興味を抱けなくなったが故……。未来に目を向けた所で、夢も希望も無い。前を向いても何一つ光なんかない、と……。そう、私の心は闇に沈み、太陽そのものを見失っていたのだ。だからいつかアクーナが滅ぶ時、私も一緒に死ぬつもりだった。一人生き残ってても何の意味も無いから……もう、全てを諦めて楽になりたかったから。

そうやって変わり映えしない11年の時が過ぎたある日、アクーナに一人の女性が訪れた。エレン・クリストールと名乗った彼女は、新たに転生した闇の書が無力化された事と、破壊を撒き散らしていた原因……ヴォルケンリッターや銀髪の女性、今はリインフォース・ネロと名乗っている彼女達の事や、彼女達を今後管理局がどう扱っていくのかなどの話を伝えてきた。それを聞いた時、もう悪夢が再び起きないとわかって喜ぶ人もいれば、今更伝えられてもと困惑する人、亡くなった人は戻らないと悲観する人もいた。その中で私は……自分でも驚いた事に何も感情を抱かなかった。まるでしょうもない噂話を聞いたかのように、何の気持ちも湧かなかった。村長さん曰く、私の心はそこまで摩耗していたらしい。

だけど彼女が次に伝えてきた事には、私の心も反応を示した。別れてからずっと音沙汰が無く、行方がわからなかった友達……マキナの生存を教えてくれたのだ。そしてマキナがこれまでどこにいたのか、どんな扱いを受けていたのか、その全てを教えてもらった。アレクトロ社の被検体として投薬や実験を受け続け、人間として扱われていない日々。聞くだけで狂ってしまいそうな、最悪の日常。友達がこんな非人道的な事をされていたと知った私は、冷たく凍り付いていた私の感情を怒りと悲しみで満たした。

でもこうして伝えに来た時点で、彼女はもう助けられた後だった。それを行ったのは外の世界の、そのまた外から来た少年……。エレンさんと同じ、世紀末世界の人間。しかもその人は、マキナに酷い事をしていた人達に裁きを与えたどころか、悪夢の始まりである闇の書を無力化した張本人だった。それがサバタさん……私の代わりに復讐を成し遂げてくれた暗黒の戦士。

初めてだった……私が外の世界の人間に興味を抱いたのは。エレンさんは続けた……恐らく近い内に、彼はマキナと共にやって来ると。どうも彼の知人にヴェルザンディ遺跡の調査願いを出している者がいるから、その人を連れてくる流れで会えるかもしれないって。ひとまず彼らが来る可能性が高い調査の同行者に私が志願して、時を待つと……その通りになった。ただ予想外だったのは……銀髪の女性、リインフォースも一緒に来ていた事だった。

空港の屋上から彼女の姿を見た時、思わず私は後ずさりしてしまった。向こうからは見つかった事で陰に隠れただけに見えただろうが、本当は違う。私は……震えていた、恐怖で怯えていた。彼女の姿を見る度に、11年前の悪夢の記憶がよぎって寒気が走り、冬でもないのに歯がガチガチと音を立てていた。それでも彼女と話せたのは、11年前から身体があんまり成長していなかったマキナと、刺々しくも全てを受け入れてくれそうな雰囲気を纏う黒衣の少年……サバタさんの姿があったからだ。マキナとの再会を願っていたのは事実だし、彼が闇の書を無力化したのなら、リインフォースが暴走してもストッパーになってくれる。そうやって少しでも心を落ち着けられる要素を見つけて、どうにか彼女と接する事が出来た。彼女は彼女で事情があったのは知ってるし、贖罪しようと努力しているのも知っている。でも心に深々と刻み付けられた恐怖は、そう簡単には拭い去れなかった。

恐怖をこらえてアクーナまで案内して、私の家に泊めて、食事も一緒にして……何とか怯えを表に出さずにやり過ごした後、高台で習慣となった歌を歌う事で心を落ち着けていた。この歌は私がアクーナに残されていた古文書を読み漁っている時に見つけ、古代語でつづられた歌詞はこんな解釈ができる。

『大地に眠りし者よ、安らかに眠ってくれ、私があなたの安息を守るから』

内容からして、まるで鎮魂歌のようなので私もそうだと認識し、それに歌ってると心が安らぐので、私と話しに来たマキナもすぐ気に入ってくれた。だけど……彼女がアクーナに留まらないと聞いた時、私はどうしたらいいのかわからなくなってしまった。マキナのためを思うなら背中を押してあげるべきなのはわかってたけど、自分の心がそれを認めようとしてくれなかった。気持ちが定まらなかった私はその日、あまりよく眠れなかった。

そして次の日、世界の終わりが始まった。事の顛末は省略するが、私のこれまでの全てが失われていく……それほどまでの喪失感を伴う一日だった。私はサバタさん達に助けられて、こうして今も生きているけど……私には何も残っていなかった。この先どう生きて行けばいいのか、一切見当が付かなかった……。

「……はぁ……私、これからどうしたらいいの……? 何も……わからない……」

今日のVR訓練のメニューを終えた後、私は休憩室で一人心情を吐露する。生活環境も、境遇も……何もかもが全て変わってしまい、まるで世界の中心で迷子になってしまったように、行き先も目的も、真っ暗で何も見えなかった。

『やっぱり……辛いよね、シャロン。故郷を失った苦しみは私も同じだし、これからの事も全然わからなくて決めようが無いよね』

「うん……でも私と違って、今もマキナは前に進もうとしてるね。どうして?」

『どうしてって言われてもね……実は私、空元気で自分を誤魔化してるだけなんだよ。だって立ち止まったら……どこまでも沈んじゃうもの。進み続けてないと……振り返って動けなくなりそうだから……』

「そっか……マキナも……同じだったんだ。だけど私は遅かったかな……11年前からずっと、過去を振り返ってばっかりだから」

『シャロン……』

顔に縦線が入る私を、マキナが悲しそうに見つめる。ニダヴェリールに来てから記憶に刺激を受けて過去が蘇りつつある事で彼女は、大破壊の光景を徐々に思い出してきている。だから思い当たってしまう、別れの時の記憶を……全てが狂い始めたその時を……。

「……ごめん、思い出させちゃった」

『ううん、まだうろ覚えの状態だから気にしなくていいよ。まぁ今は、今後の事とか何も思い付かなくても大丈夫だと思うな。サバタ様の傍にいれば、きっといつか見つけられる。私も……それを希望に生きているから』

「希望……ね。マキナ、少し訊いていい?」

『なにかな?』

「サバタさんって……どうしてあんなに強いの? ファーヴニルのような圧倒的な存在を前にして、なんで立ち向かえるの?」

『私見なら言えるけど……何があっても守りたいものが、どんな事があっても譲れない想いが、どんな状況でも諦めない心があるから、サバタ様は強いんだと思う。ずっと教えてくれていた……死を乗り越える力……それは生きようとする意思。それこそが……』

この後に続いたマキナから教えてもらったサバタさんの言葉が、闇に沈んでいた私の心に深く刻み付けられる。そしてそれが未来で私の命を救う事になるとは、今は知る由も無かった。

「そういえば、サバタさんはどこに?」

『ああ、サバタ様ならリキッドから受けたミッションで少し出かけてる。詳しい内容は知らないけど、確か以前から手引きしていた科学者の救出だって』

「救出……それならいいのかな。私達はこの世界の情勢に疎いから、何がどうなっても判断が出来ないけど」

『あとついでに、新装備の試作テストも兼ねてるっぽい。なんか地面に擬態できるスーツとか、感情を制御できる銃弾とか……そういったもののデータ収集』

なんかマキナは簡単に言うけど、それって何気に凄い装備だと思う。地面や壁に擬態できたら簡単には見つけられなくなるし、撃たれて強制的に笑わされたり、怒らされたり、泣かされたり、叫ばされたりしたら、便利だけど色んな意味で空気がぶち壊しになる。こんな開発ができるなんて……地球って色んな意味で凄い所だったんだ。

『さてと……私はもう少し訓練を続けるけど、シャロンはどうする?』

「……ちょっと、外を歩いてくる。ニダヴェリールのより暖かくて眩しい太陽の光を浴びてれば、少しは気分転換できると思うから」

『確かにこの世界の太陽はポカポカしてて気持ちいいよね。うん、行ってきたらいいよ』

「ありがとう。もし何かあったら、すぐ連絡するから」

『多分この辺りの治安は大丈夫だと思うけど、念のため気を付けてね』

快くマキナに見送ってもらい、ウェアウルフ社に外出許可をもらってから私は街に出てみた。流石は大都会、見た事も無い人の多さで、一歩一歩踏みしめて周りを見るたびに圧倒される。だけど人の多い所は嫌な記憶の多いクリアカンを思い出すので、あまり好きじゃない。太陽の光は確かに気持ち良いけど、都心ではあまり満喫は出来そうになかった。

だから自然と私の足は人気の少ない場所に進んでいき、いつしかとある集合墓地に訪れていた。白い花弁が美しい花がいくつも咲き誇る、どこか虚しさと切なさの漂う墓場……アクーナにあった墓場とは違うけど、どこか似ている雰囲気をしていた。

「どこまでいっても、私にはお墓が似合うみたいだ……」

花に混じって草木が大地を覆い尽くしている墓地の中で、天を仰いだ私はアクーナの皆の事を思い返し、ポツンと取り残されたような寂しさを感じた。

「若い女が『墓が似合う』なんて、思っても言わない方が良い。一人の男として、聞いてるこっちが辛い」

隣から大人の男性らしい低い声が聞こえ、そちらに視線を向ける。そこには只者ではない雰囲気がその身から自然と漂い、動きやすそうな黒いスーツを着てバンダナが似合いそうな初老の男がいた。

「あなたは?」

「俺……俺は……そう、戦場カメラマンだ」

「カメラマンさん? それにしては身体が無駄なく鍛えられてるように見えるけど……」

「元軍人なんだ。退役してもトレーニングの習慣が残っててな」

「そうですか……。それでカメラマンさんがどうしてここに?」

「知り合いが……いるんだ。この墓に、昔から因縁がある男の……」

「あ……ごめんなさい。ここに来る以上、目的は普通そうですよね」

「いや、いい。仕事柄、こういう所に縁があるだけだ」

そういってカメラマンさんは舗装された道から少し中に入った、無骨な墓石の前に立った。私も何となくついていって、その墓石に書かれてある碑文を見てみたら、名前ではなく固有名詞が書かれてあった。

『戦火に忠を尽くした英雄 アウターヘブンに眠る』

アウターヘブン? はて……なんか同じ言葉を最近どこかで聞いたような……。そう考えている隣で、カメラマンさんはその墓石の前でゆっくり敬礼をする。

「はるか昔から……人の世は戦争と隣り合わせだった。どれだけ血を流しても、戦争がこの世から消える事は決してなかった。それでも……例え全てを失うとしても、大切なモノだけは守りきるために命を賭していった者達がいた。歴史に残る程の功績ではない以上、彼らの意志が世に知られる事は無いが……彼らは確かに存在していた。次の世代に託すために、戦い抜いた英雄達がいた。彼らは政治や誰かに利用されながらも、戦う事しか出来なくても、いつも自分の意思で戦ってきた。語られる事の無い……知られざる戦い。平和の中では、最も埋もれて消えやすい尊い意志。俺は……そういった者達の意志を後世に伝えるために、この仕事をしている。俺には……その義務がある」

「…………後世に……意志を伝える……」

「この仕事をしていると、親しい人間の死を看取る事が多い。何度経験しても、その苦しさ哀しさに慣れるような事は無い。だが……それでいいんだ」

「?」

「彼らを失う痛みがあるからこそ、彼らの死を実感し、彼らの想いを継承する事が出来る。別れに慣れる必要は無い、むしろ慣れてはいけないからこそ、痛みを受け入れられるんだ。そしてその哀しさを大切に抱えていれば、いつしか自分を支える力になってくれる」

「哀しさが……支える力? じゃあ……故郷が滅んで、皆燃えて死んじゃって……哀しくて苦しいだけのこの痛みが……何を支えてくれるというの? 皆の死が……私に何の力を与えるというの?」

「ふむ、故郷が全滅した事は気の毒だが……それを決めるのは君だ」

「……ふざけてるの?」

「ふざけてなんかないさ。死をどう受け止めるかは、結局の所本人次第だ。忘れ去るも良し、受け入れるも良し、心に残しておくも良し、死者の代わりに行動するも良し……。だが彼らの想いだけは忘れてはならない。例え憎い相手でもそれは変わらない、死を看取るというのはそういう事なんだ。そして君の場合、故郷の人達から受け継いだ想いは、恐らく君の事を案じている内容だろう。……何か、思い当たらないか?」

……思い当たる。村長さんや皆は常に、私に外の世界で居場所を作ってくれる事を願っていた。そしてマキナが帰って来てくれた時、二人で力を合わせて一緒に生きていくように思ってくれていた。
そう……私は最期まで皆に応援されていたんだ。前に歩き出す事を……外へ進んでいく事を。そして……幸せを。

「……その様子じゃ、思い当たったようだな。部外者の俺から言い表すとすれば、その想いは君自身が未来を見つけるための力になる、そんな感じだろう」

「そんな感じ……ですね。……ありがとうございます、戦場カメラマンさん。少し……前に進む勇気が湧いてきました」

「そうか。この後も辛い出来事が立て続けに襲ってきて、人生に絶望したりするかもしれない。とてつもない困難が続いて、未来が暗闇で見えなくなるかもしれない。だが……君はまだ若い。忘れるな……これからの世界を作り上げていくのは、君のような子の役目なんだ」

「はい……任せてください。ここで会ったのも何かの縁、“おじちゃん”の想いも私が後世へ伝えていきますよ」

「お、おじちゃん……。そうか……確かに……“おじちゃん”だな……」

あれ? なんか落ち込んでる? カメラマンさん、雰囲気は凄いのに、意外と面白い人なんだな。ちょっと印象が変わったかも。

「そういえばカメラマンさんの名前って、何と言うんですか?」

「名前は……プリスキン。イロコィ・プリスキン……元中尉。それで、君の名前は?」

「私はシャロンと言います」

「シャロン……いい名前だ。可憐な響きが、君に似合ってるな」

「あの……褒めてくれて嬉しい事は嬉しいんですけど……親子ほどの歳が離れている娘を口説くのは、いくら何でもマズいんじゃないんですか?」

「……言われてみればその通りかもな。ま、女性に対する俺なりの礼儀だと考えてくれ」

「くすっ……はい、わかりました。でもプリスキンさんがさっきのような言葉を言えば、女性からは引く手数多だと思いますよ」

「生憎だが仕事場の都合上、言う相手が見つからなくてな……」

そうやってため息をつくプリスキンさんだが、悲観しているようには見えなかった。自分の選んだ生き方を進んでいる以上、彼にとって恋愛とかは二の次なのかもしれない。

相談のお礼がてらに一曲だけ歌っていいかどうか彼に尋ねると、彼から聞いてみたいと言われたため、私がよく歌ってきた鎮魂歌を披露した。外の世界で初めてのコンサート……観客は一人だけだけど、私が前に進もうとする意思を示すための大事な……大事な始まり。暁から黄昏に変わるための、私の一歩。その意志を祝福するかのごとく、咲き誇る花の花弁が私の周りを舞い、空へ上っていった。そして……たった数分のコンサートが終わった時、隣から拍手が聞こえてきた。

「いい歌だ。久しぶりに良い声を聞かせてもらった」

「気に入ってくれたようで、何よりです」

「ああ……。それにしても……意志を誰かに伝えるというのは、案外簡単な事なのかもしれない……。俺達のやり方ではどうしても伝えられないものを、歌は伝えていける……。中々感慨深いな」

「……」

それから集合墓地を発ったプリスキンさんは煙草を一服しながら去っていき、私もウェアウルフ社への帰路に着いた。これからの未来……私が進むべき道。まだ明確には見つけられていないが、この出会いのおかげで少しは前に進もうと思えるようになった。私は正直に言うと弱い人間だから、時々立ち止まったり振り返ったりすると思う。でも……それでも一歩一歩前に進んでいこう。そうやって私が生きている姿を見せて……死んでいった皆に報いたい。

ずっと心配してくれてありがとう……皆……。もう大丈夫、私は……独りじゃない。だから……頑張れるよ……。








『お帰り、シャロン』

「ただいま、マキナ」

ウェアウルフ社で私達が住んでいる部屋に戻ってきて、マキナが笑顔で出迎えてくれる。彼女が私の顔を見た途端、以前と少し様子が変わっている事に気付いていた。

『あれ、何か良い事でもあった?』

「うん、おかげで私も前に進もうと決められたよ。……マキナに追い付くために、サバタさんのように強くなるために、私も頑張るよ」

『おおっとこの私に追い付くとは、シャロンも中々言うねぇ? じゃあ私も負けないって宣言しとくよ、シャロン!』

「い、いや……そこまで本気で勝負するつもりで言ったんじゃないんだけど……?」

『な~に言ってんの。こういう時は勢いが肝心だよ! そうすれば自信を後押ししてくれるからさ!』

「そうなの? だったら私はともかく、マキナの目標は何なの?」

『私の目標は……やっぱりサバタ様かな。彼ほどの強さを、いつか私も身に付ける事。それが今の目標』

「じゃあ私の最終目標はサバタさんって事になるのかな? あの人色んな意味で凄いから、ちょっと気が遠くなりそう……」

目標が高すぎて、思わず遠い眼をしてしまう。すると部屋の扉が開いて、話題の主であるサバタさんが帰ってきたので、「おかえりなさい」と私達が迎えの声をかける。

「ミッションお疲れさま。首尾はどうだったの?」

「救出対象はリキッドに預けたし、新装備のテストも滞りなく成功、おかげで敵には一度も見つかっていない。何一つ問題が起きる要素は無いから、完璧に終わったミッションだった」

『さっすがサバタ様! スニーキングミッションはお手の物……って、このカードは何なの?』

「今回のミッションの報酬……アウターヘブン社の社員証だ。そしてこれが俺達の身分証となる。俺がミッションを受けたのは、これを手配してもらうためだったんだ」

「どうして?」

「前提として、俺達はこの世界での身分が無い。だから管理局が指名手配をすれば、管理世界ではそのようにしか俺達の立場は定義されなくなる。だが管理外世界の物であろうと身分を証明するものがあれば、もう一つの定義としてそれは後ろ盾となってくれる。実際、この社員証は社長直々に発行してもらったものだから、見て見ぬふりは管理局でもできない。まあ簡単に言えば、管理局の一方的主張を跳ね除ける強力な手札になるわけだ」

『じゃあつまり……私達の居場所が正式に認められたってこと?』

「地球上ではな。だが正式な物である以上、管理局も迂闊に手出しできなくなった。向こうから見て、下手をすれば地球と全面衝突になる程の地盤。だから……マキナ、シャロン、これが俺からおまえ達に与えられる、身を守る新しい居場所だ」

そういってサバタさんはマキナと一緒に私の頭を撫でてくれる。私達のために危険なミッションをこなしてきた、彼の優しさ……彼の愛情……それが彼の撫でる手から私の身体に流れて、胸の辺りがじんわりと温かくなってきた。

……?

なんかサバタさんの顔を見てると、妙に顔がかぁーっと熱くなって恥ずかしくなってきた。つい視線をそらした私は社員証の方を見る。それにしても、アウターヘブン……か。どこかで聞いた名前だなぁと墓場で思ってたら、こんな所に答えがあったよ。となるとこの会社も色んな経緯があって、その上で成り立っているのだろう。プリスキンさんとどういう関係があるのかは流石にわからないが、知った所で今の私にはどうしようもないな。

『ところでこの社員証なんだけど、全部で7枚あるのは……彼女達の分も用意したから?』

「その通りだ。俺、マキナ、シャロンの3枚に、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、そしてもう一人の分の4枚を足して7枚。この場にいる全員の分は、抜かりなく用意している。後は名前と写真をインプットすれば、その瞬間からこれは正式な社員証となる」

そういう訳なのでサバタさんは諸事情で一人を除いたシュテル、レヴィ、ディアーチェの3人を召喚し、私達と会社の設備で証明写真を撮った。そのまま流れで集合写真も撮ったけど、その写真は未来永劫大切にするに違いない。その後に皆はテーブルのボールペンを使って社員証にそれぞれ自分の名前を書き、私も同じく名前を書く。

“シャロン・クレケンスルーナ”

これが……私のフルネームだ。

 
 

 
後書き
VR訓練:マキナはシャドーモセス・ミッションとタンカー・ミッションなどの困難なものをひたすら経験。シャロンは刀の扱い方を覚えるために使っているため、相手は人でも斬ってはいません。サバタはいわずもがな。
科学者:ナノマシンの研究者で女性。正体が誰なのかはお察しください。
感情弾:MGS4麻酔銃の弾丸の種類。強制的に笑いもするし、怒りもするし、泣きもするし、叫びもする。もしこれをシリアスな場面で使ったら、という想像……。
イロコィ・プリスキン:MGS2プラント編でソリッド・スネークが使った偽名。今はおじちゃんですが、数年後はオジイチャンになります。
集合墓地:MGS4オープニング、及びエンディングの舞台となる場所。オールド・スネークのテーマでイメージしやすい場所でもあります。
クレケンスルーナ:意味はラテン語で三日月。 
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