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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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Extra Edition編
  第159話 Debriefing vol.3



 それは、キリトと出会った数日後の事だった。

 いつも通り、と言うか キリトと出会ってから、キリトとアスナの関係を知った時からずっと、ややどんよりとしていた時だった。ため息も何度も何度もしながら、幸福が逃げてしまう……、と思いながらもため息をしながら、『第2ラウンドをする!』と言い聞かせていた時だ

 リュウキがリズの店に来たのは。

 最初は、紺色のロングコートを羽織っていたから キリトか?とも思えたが、それは違うと言う事はすぐに判った。フードですっぽりと頭を覆い、素顔が判らない様にしていたからだ。この店の常連さんたちで、そんなスタイルの人はいないから。自身の脳内防具辞書で調べても、あの手の装備に効果の高い数値があるものは無かったし、ただただ、視界が狭まるだけ、隠蔽スキルは増すが、大した効果は得られないのだ。

 怪しい姿に、警戒をしつつも接客業!と言う事で、リズは声をかけた。一度は、聞こえてなかったようで、二度目に漸く振り向いた。何やら考え事をしてて、気が散漫だったとの事。

 そんな事も、たまにはあるなぁ……と、リズは思いつつも営業を再開。

 だが、そのフードの彼、リュウキの言葉に戸惑いが隠せなかった。リュウキは、武具の販売、作成が目的ではなく……。

『ここの工房を少しの期間だけで良い。……貸してもらえないだろうか?』

 との事だった。
 正直、『一体、何を言ってるんだ?』と思った。そして、次第に 『自分の腕が信じられないからそう言う事を言ってるのか?』とも思いだし、不快感も出てきた。それを察したのか、リュウキは商談に出たのだ。リュウキが出した条件、その報酬が……。



「そん時に渡された報酬のコルと素材アイテムなんだけどね……、凄いのなんのって。コルは、なんか0の数がバカみたいに多いわ、レア金属素材(インゴット)は、ゴロゴロ出てくるわ。鉱石も、最上位の結晶ばかりだわ、って…… そん時のあたし、思わず取り乱しちゃってさ? リュウキの胸ぐら掴んで思いっきり振り回しちゃったよ」

 リズは、苦笑いを繰り返しながらそう言っていた。鍛冶職人(マスター・スミス)であれば、その価値の高さは十二分に知っている。勿論、別に鍛冶職人(マスター・スミス)でなくても判る事は判る。

「……凄いですね、リュウキさん 私にあんなに強い装飾品の指輪(エメラルド・リング)も簡単にくれましたし……、他の人とはぜんぜん違うと言うか、何というか、兎も角、凄いですっ」

 シリカもやや興奮気味にそう言っていた。
 リュウキから、貰った物まで口に出して。以前、指輪については話したことはあった。……勿論、盛大にレイナに嫉妬をされてしまったと言う事は言うまでもないだろう。シリカにとって、レイナの方が羨ましすぎる、と思っている筈なのに その仕草、嫉妬している時の仕草がとても可愛らしく見えてしまって、羨ましい、悔しいと言う気持ちだってあるハズなのに、自然と笑顔になってしまうんだ。

「その金属アイテム、ってどんなのなんですか?」

 直葉には、いまいちピンと来てない様で、リズにそう聞いていた。その代わりに答えたのがアスナだ。

「ん~、ALOでもレア鉱石や、レア金属素材(インゴット)ってあるよね? 実際に比べられるわけじゃないから、一概に意は言えないけど、SAO時代の情報の曖昧な部分も含めたら、ミスリル……、いや、《オリハルコン・インゴット》くらいの価値はあったと思うよ? 当時で言えばさ」
「っっ!? え、えええ!!」

 アスナのその説明を聴いて思わず絶句をしてしまう直葉だ。オリハルコンと言う名のアイテムは様々な、RPGで出てくるレアなアイテム。勿論ALOでも、最高クラスの金属素材(インゴット)だ。邪神モンスターが極稀に、ドロップするか、もしくは、伝説級武器(レジェンダリーウェポン)鍛冶職人(マスター・スミス)が素材アイテムとして、溶かすと 入手する事が出来る。
 
 前者は、異常に強いモンスターと戦わなければならず、後者は超が付くレア武器を手放さなければならない。故に、レア度は、文句なしのSクラスなのだ。 だからこそ、直葉が驚くのも無理はない。

 そのアスナに同感だと頷くのがレイナだ。

「そうだよね。その頃って正確な情報も出回ってなかったし……、ただ、ドラゴンを倒すだけで手に入れられる、っていうアイテムでも無かったから。……しょーじき、リズさんたちがゲットした事もすごーい! って思ってる位だよ」

 レイナも頷きながら苦笑いをしていた。
 リュウキがリズに渡した事は知っているからだ。あれらのアイテムを全て金銭に還元してみると……1000万の大台に乗ってもおかしくないだろう。寧ろ絶対に乗ると今なら思える。
 話に聞いた限りでは、クリスタライト・インゴットを入手出来た人は、アルゴでも知らなかった位だから。

「まぁね……、だーれが好き好んであんな大穴、それこそ死んでもおかしくない、縦穴に入ったりしないからね。……ほんっと偶然だったよ。あの時は」

 リズは、何処か遠いところを見るかの様に、空を見上げていた。あの巣穴で、キリトと共に野宿をした事を思い出している様だ。

「……そ、それをあっさりと全部! リズさんに上げたんですか?? リュウキさんっ!! そ、そんなの、あの時、サクヤたちにあげてた10万ユルドミスリル貨いっぱいの袋なんて可愛いもんじゃないですかっ!!」

 直葉も、ベテランのALOプレイヤーだ。
 アイテムの価値も勿論、金を集める難しさも知っている。知っているからこそ、驚きを隠せれない。それに かの世界では金銭はそれこそ、この現実世界のお金よりも価値が高いとさえ思ってしまっていたから。

「そ、まぁ 直葉にも判るとーり? アイツがする事なす事、結構むちゃくちゃでさ? 付き合ってると、驚く様な事なんて、たっくさん減ると思うわよ? 大抵の事は 『ふ~ん』、で終わる位に。キリトも大概だけど、リュウキもねぇ……? 2人合わされば、未確認生物、UMAを発見したって、驚かない自信がある……かもね」

 リズはそう付け加えていた。
 キリトとリュウキの2人と付き合ってれば、そうだろう。……言いすぎじゃ?と思うが、その場の皆、誰もそうは思ってない様だ。苦笑い、しているから。

「あ……ははは、あたしも結構判ったつもりだったけど……」

 まだまだだったね、と直葉は笑った。
 旧ALOでの大冒険ので色々あった筈なのに、それ以上の衝撃だった。リズが、本当に衝撃的だった、と言っていた意味がよくわかったと言ったものだった。

 慌てふためく直葉を、アスナたちが色々と落ち着かせていた時だ。

「さぁて……、あいつらは今ごろ何しんのかなぁ……。美人先生とイチャコラしてんのよね……」

 リズは、校舎を眺めていた。



――……今、自分が好きなのは一体誰なんだろう。



 その葛藤だって、胸の中で起こっている。間違いなく初恋は、キリトだった。それは、絶対に間違えていない。……キリトに出会って、世界が変わったんだから。だけど、今はリュウキの姿も胸の奥、心の中ではいる。世話を沢山焼いて、そこから来る保護者的感情を多いに刺激されて、色々と世話をしていく内に、リュウキの事をよく知れた。知っていく内に、余所見しない、二兎追うもの一兎も得ず。と想っていた筈なんだけど。

(はぁ~……あたしは何処に向かってるんだか)

 悩み多けれど、精一杯、恋せよ乙女。色々とそう言う類の話は聞くけれど、実際にいざ自分がなってしまうとは、とリズは暫く色々と考えさせられてしまっていた。






~学校校舎3F カウンセリング室~


 様々な話を聞かれて、そして答えていく。そして、次の段階で、キリトが当初に言っていた『プレイヤーのログデータを見れば判る』と言う言葉のとおりにそれを踏まえての話になっていた。菊岡は、ノートパソコンを開き、プレイヤーたちのログデータの一部をディスクトップ上に写して聞いた。

「ここだよ。この座標に高レベルプレイヤーたちが集まってるけど、それはBOSS戦だからかい?」

 菊岡は、そう聞いているけど、それよりもその妙な笑顔が気になってしまっている。大体察しが付く。リュウキもキリトもソロでいる事が多い。それは、過去の膨大なデータが物語っているのだ。そんな中で、人が多い所に行ってる???と疑問に思って面白おかしく聞いているんだろう。

「SAOでの二強と言っていい君達でも、やっぱり 各フロアのBOSSとの戦闘はレイド・パーティに参加するんだなぁ~って思ってさ」

 ……これで裏が取れた。
 自分から、白状をした様だから。

「……当たり前でしょう? 基本的にフロアBOSSに関してはソロで戦える様な相手じゃない。時にはレイドを組んだって危ない時があったんです」

 キリトは、少々呆れながらそう答えた。あれは辛い記憶だ。

「あの世界はあの男が作った代物だ。安易な行動は取れない。その辺はキリトと同感だ」

 リュウキも頷いていた。

「でも、話によると、リュウキ君はシステムの全てを丸裸にする事ができる《眼》なる物を持っていたんじゃないのかな? それを使えば敵の行動パターンもすかさず、解析する事も出来たんじゃないのかい?」

 その《眼》の事については、菊岡には話したことは無い……が、あの世界では定着していた事もあり、後半からは別に隠していた訳でもなく、本当に必要な時は出し惜しみをしなかったから、SAO事件を調査していく内に知ったんだろうと、解釈をしていた。

「確かに、リュウキの眼は凄いって思ってます。でも、あれは明らかにシステムに頼ってない独自の力。……脳でプレイしているんだから、リュウキに掛かる負担も半端じゃない。だから、リュウキには無茶をするなと、皆言ってきたんですよ」

 リュウキよりも早くにキリトが答えた。
 彼の眼については、恐らくあの世界で2,3番目位知っていると自覚をしているからだ。多用する事で、苦しむ姿も見てきているから、レイナに止められた事は多かったが、最終的にはキリトも同じ気持ちだった。長時間は避ける事と、1人で無茶はさせないと言う事。

「……無茶、と言うのなら、キリトに言われたく無いがな。お互い様だ。無茶なレベリングを1人でやっていたんだから」
「ま、まぁ……そうだが……」

 リュウキからの返しの言葉に思わず言葉を濁すキリト。つまり、どっちもどっちなのだ。

「さて、菊岡さんの質問だが……、いくら眼を使った所で、対処しきれない事もあるんですよ。……それが、あの世界でのカーディナルシステムによるモンスターのアルゴリズムの変化の速度、ですかね」
「アルゴリズムの変化?」
「……ええ、フロアBOSSモンスターに関しては、全エリア。通常モンスターであれば、アインクラッドの上層、70層を境に、そう言う設定だったのか、カーディナルシステムが独自に学習していったのか、明確な理由は判らないが、パターン化されている筈の動きが逸脱を始め、リズムを崩す。……イレギュラー性を含みだした。眼で対処していても、追い切る事が難しくなる程に。…無理をするな、と言われ出したのは、かなり上の層での事だが、基本的に1人では情報収集なら兎も角、攻略、討伐に踏み切る様な事はしなかった」

 リュウキの説明を受けて、腕を組んだ菊岡。
 人工知能には、各種学習装置を組み込んでいる為、その都度で最適化を計り、効率の良い行動を模索し続ける。……カーディナルと言うシステムは、稀代の天才と称された茅場晶彦に作られたモノだ。
だから、納得出来た。

「……オレの《眼》もそうだが、キリトの持つ反射速度も凄まじかった。74層では訳があり、レイド・パーティとは言えない状態での戦闘になった。異常な速度で絶え間なく変化し続ける攻撃パターンを受け続けていたが、突破口がなかなか得られない。……そんな時、キリトの二刀流、で救われたよ。オレは危うく死にかけた」

 リュウキは続けた。

 あの青眼の悪魔、《グリームアイズ》との一戦。
 倒れているプレイヤー達を庇いながら、増悪値を自分に向け続け、何とか渡り合っていけたが、あの削り合いでは自分が死んでいても不思議ではなかったのだ。

 それに、これは以前キリトに言った事がある。

 自身の眼については、恐らく物心ついた頃にはコンピュータ関連の仕事をしていたから。積み重ねてきたそれが、こういう形で育まれた。だが、キリトのそれは違う。反射神経と言うものは、ある一定までは鍛える事ができるが、それ以上の代物となれば話は変わる。
 生来より持っている、としか言えないだろう。……だから、キリトの持っているモノも羨ましいとリュウキは言っていたんだ。言ったその時は、少なからず、キリトも恥ずかしそうにしていたと覚えている。

「……攻撃を全て防いでくれるリュウキがいたから、オレは無我夢中で、剣を振れたんだよ」

 キリトはそう返した。
 これは本心からの言葉だった。あの場、正面からの攻撃はリュウキが全てを受け、ガラ空きの背中に奥の手である二刀流スキルを叩き込めたのだから。

「オレの速度、リュウキの眼。そして、どんな時でも臆せずに戦い抜いてくれたパーティメンバー。……パターンが変わる、と言ってもそれを正確に皆に伝えてくれる。そして、経験を積んだ熟練プレイヤーである攻略組。皆がいたから、モンスターに関しては何とかなっていた。でも、アインクラッドにはそれ以上に恐ろしい奴らがいた」

 キリトの言葉を聴いて、リュウキは眼を瞑った。異名……、白銀の勇者や黒の剣士の様な通り名が新たに生まれたのも、奴らとの戦いを経てからだった。リュウキは、瞑った瞼の上、右目部分を右手の掌で抑えた。
 まるで、思い出すと同時に、眼が疼いているかの様に。
 
「ほぉ……、それは?」

 菊岡は、キリトの話に食いついた様だ。キリトの言葉に集中していたからか、この時のリュウキの顔は見てなかった。キリトは、視界の端でリュウキの顔を確かに見た。それは、怒りに身を囚われていた時の後悔、そして、それと同じ位強い怒りだった。

「……プレイヤーですよ」

 キリトは続ける。

「プレイヤー?」
「ええ、BOSSのパラメーターは確かに驚異ですが、やはりプログラム。こちらには、それを相手にするプロもいましたし、ある程度丸裸にしてくれていたから、対処出来ていた。……殆どのBOSSはBOSS部屋から出てこないから、いざとなれば逃げる事だって可能。……でも、犯罪者プレイヤーは同じ人間。……次々と新しい殺人手段を編み出して、沢山のプレイヤーを手にかけた」

 キリトの脳裏に映るのは、あの戦争は勿論、……あの男、クラディールの姿もあった。

 それは殺人ギルド《笑う棺桶》仕込みの技。

 麻痺毒を仕込み、そして動けなくした所で、じわじわと死の恐怖を味あわせながら、最終的にはHPを削り取る。

 同じ人間とは思えない所業だ。その時は、何とかキリトは切り抜けることが出来た。

 愛する人のおかげで……。 

「それは、現実でも同じこと……だ」

 眼から手を離したリュウキが、ポツリとそう答えた。それを聞いた菊岡は、リュウキの方に視線を向けた。

「……と言うと?」
「……現実におけるデジタルでの、……サイバー犯罪でもそうだ。一度、プロテクトを張り侵入を防いだ所で、また新たな手口、手段で潜り込んでくる。……こちらが如何に対処しようが、何度もくらいついてくる。まるでいたちごっこの様に、繰り返してくる。……根が元から悪いヤツは、どの世界にもいる。……中でも奴らは最悪だった」
「……成る程ね。確かに」

 菊岡は、リュウキの言葉を聴いて、腕を組んだ。
 確かに、自身の仕事場……仮想課、と銘打っているその場所でも、往来している犯罪に手を焼いているのは事実だ。取締り、そしてその犯罪者を捉えたとしても、次々と新たな手口が生まれていく。
《浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ》とはよく言ったものなのだ。

「………」

 リュウキはそう言うと、再び眼を瞑った。思い起こすのは、あの時の事。


――……それは、大きな戦争が起こる序章の戦いの1つ。


 殺人ギルドの所業には、攻略組のトップギルドである《血盟騎士団》《聖龍連合》そして 前者のギルドと比べたら、小規模だが最前線で戦い続けている《風林火山》彼らが合同で行っている攻略会議の議題に、頻繁に上がり出していたのだ。

 そこに入るのは、一通のメッセージ。そこには、最悪の文が書かれていたんだ。


『助けてくれ。ラフコフに襲われている』


 SOSメッセージだった。
 それ以降は、メッセージは来なかった。聖龍連合のメンバーの1人であり、その日は66層に出る素材集めの任務に出ていた筈なのだ。メンバーは4人。位置情報を確認してみたら、4人中3人の反応が消えてしまっていた。ついに、トッププレイヤーである攻略組もその毒牙にかかってしまったのだ。

 それを見て、奮起したのがシデンだった。

 攻撃部隊のメンバーの命を預かる身である彼は、責任感も正義感も強い。だが、十分に戦力が揃っていないのも事実だった。最前線の大掛かりな攻略にも乗り出しているし、それは合同のモノだったから、全体メンバーが少なく現在の戦力が著しく低下している。このタイミング。それは恐らく偶然じゃないだろう。

 4人中3人も殺された。

 ……もう、最後の1人が何時殺されてしまっても不思議じゃない。生死を共にしてきた戦友達が殺されるなんて、みたくないのは皆同じだ。

 シデンはせめて、救出をと考えていた。

 敵の把握出来ていないし、確実な作戦を練る時間も少ない、状況は最悪だったが、その場の会議で首を横に振る者は誰ひとりとしていなかった。

 ……そして、66層スカルナイトの古城迷宮エリアで、最悪な出来事が起きた。

 人質に取られた、聖龍連合の生き残り。
 敏捷値(AGI)一極上げしたプレイヤー達のMPK、そして待ち伏せの合わせ技。

 何よりも最悪だったのが、殺人ギルドの幹部達が数名、現れていた事。……殺人ギルドのトップであるPoHが現れたと言う事。

 それが、PoHの初邂逅だった。

 人質を取られ、動きが取りにくい状況だったが 想定はしていた事だった。全滅よりはマシだと言う事で、攻性に出ようとした所で、意図的に連れてこられたモンスターが乱入。事態は混乱を極めた。

 それでも、幹部達がいても地力でまだ勝っていた攻略組。キリトやリュウキもいた、と言う事もあるだろう。

 一対多数に慣れているプレイヤーが2名いると言う事。戦力が落ちている筈なのに、全てを視られ、的確な指示を出され、反撃をされたと言う事。

 それが、ラフコフの誤算だった。逃げの一手を測るラフコフ。……この時、リュウキはあの男の顔を視た。その危険な思想の持ち主を。劇毒じみたアジテーションによって、多数のオレンジを誘惑し、洗脳し、狂気的なPK集団《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に派生させた張本人の男を。

――……彼の眼には、あの男が同じ人間には映らなかった。

 こんな者がいていいのか?とも思える程の狂気を内包させているかの様な眼。デジタルで構成された筈のアバターなのに、嫌にリアル染みて見える狂気の眼。だが、それで臆する様なプレイヤーでは、攻略組では、最前線では戦えないだろう。撃退をした攻略組。

『……次は無い』

 その言葉と共に、PoHに切っ先を向けるリュウキ。それを見たあの男……PoHは、ニヤリと笑った。その中華包丁の様に四角く、血のように赤黒い刃を自身の舌で舐めとりながら、切っ先を一瞬こちら側に向け、そして姿を眩ませた。

――……そう、この時に、あの男を始末していれば、あの様な惨劇は起きなかった。

 そして、後の全面戦争も、起きえなかったんだ。それが、失態だった。だが、如何にリュウキもこれまでに殺人を犯した事はない。戦いの中で、HPをレッド近くまで削ったりはしたが、どうしてもその先まではいけなかった。それは他のメンバーも同じだった。

 この時、撤退をした事は双方にとっても良かった事だった。

 だがPoHや幹部の連中はこの時に理解した。……手を血で染める覚悟の出来ている者はいないのだと。
だが、それでも白銀と漆黒の2人を相手に、他の攻略組の連中も少ないと言う情報はあっても、それなりに無理があったから、撤退をとったのだ。

 これが後に全面戦争をする序章の戦いである。

 そして、次の戦い。

 笑う棺桶が拠点にしているアジトを攻める。作戦を立てて、一網打尽にするつもりだった。全員をふん縛って、監獄エリアに叩き込む為に。

 ……そこで、彼が、大勢のプレイヤーが命を落とす事になった。

 死神(・・)の鎌に致命傷を負わされ、そして……動けなくなった所で他のプレイヤーにトドメをされた。

 魂が四散するその瞬間をリュウキは視てしまった。そのまるで時が止まったかのような刹那の瞬間。リュウキの眼が赤く染まった。これまでよりも、ずっと赤い。
 血よりも赤い色に。

 その姿のまま、笑う棺桶(ラフコフ)のメンバーを屠った。

 無感情に、その命を奪うことを躊躇せずに。

 その姿を見た連中が連想させたのが、《鬼》と言う形容。即ち《竜鬼》と言う異名が生まれた瞬間だった。

「……」

 あまり思い出したくないのは事実だった。だが、その十字架を背負い生きていくのも生き残った者の責務だ。完全に忘れ去る事なんかできる筈もないのだから。

「それに、犯罪者プレイヤーだけじゃなく純粋な剣技を競う決闘でも、オレは何度も苦戦した」

 キリトは、話を変える。
 犯罪者たちの話から、あの男の話へと。当時、二強として上がっていたプレイヤーの名の1つ、血盟騎士団・団長《ヒースクリフ》との決闘だ。
 堅牢な盾を持ち、圧倒的な防御力を誇るユニークスキルは《神聖剣》。キリトの同じユニークスキルである《二刀流》を用いて、渡り合ってはいたものの……その決闘の最中に不可解な現象が起こり、キリトが敗北する事になったのだ。

「その凄腕のプレイヤーの頂点がギルド 血盟騎士団の団長ビースクリフだったんだね?」
「ええ」

 キリトは頷いた。リュウキも同じく。

「それにしても、キリト君は戦ってリュウキ君が戦わなかった理由はなんなんだい?これまで色々と聞いてきているが、SAOでの二強とさえ言われていたんだろう?キリト君が敗れた事で皆の見方が変わったと言う話も聞いたけど」

 菊岡は、そう聞いた。それは純粋な疑問だった。リュウキは、ただただ渋い顔をしながら顔をしかめる。

「……逆に聞くが、そんな頂点のプレイヤーと、変な情報が出回っていて、色々と常日頃言われているプレイヤーの2人がぶつかったら、他のプレイヤーたちはどう出る?」

 リュウキは菊岡にそう返した。
 菊岡は、顎に人差し指の第二関節を折り曲げ当てながら考える

「ん~……、まぁ 熱気が沸き起こると言うものじゃないのかな? 争いではなく決闘となれば話は違う。スポーツ観戦をする様な感じ、だろう。それが二強と噂されてる者達なら尚更」
「そう、だ。……望んでいないのに、色々と注目を集めてしまっていると言う事もある。自業自得な面も持ち合わせているが、発端はバカな情報屋のバカな情報から……、あまり 注目を集めるのは好きではない。今までのMMOと違って素顔を晒さしているんだから」

 リュウキはそう言ってため息を吐いていた。その言葉を聴いて菊岡は 思い出すように、答えた。

「そう言えば……、現実でのリュウキ……、隼人君がこうやって姿を晒す事なんて無かったよね。いつも綺堂氏を通してやり取りをしていたらしいし。大概のやり取りが電子メール」

 そう言うと、リュウキは視線を横へと外らせた。つまり、凄腕だとか二強だとか言われていて、色々と注目を集める事が恥ずかしい様だ。

「……その点、オレも二刀流を広めてしまったせいか、色々と見られだしたからな……。元々リュウキ程じゃないが、黒の剣士~とか、ビーター~とかの通り名もあったし」
「あの男に負けて、多少は収まったんだ。……ある意味では良かったんじゃないか? 悔しいとは思うが」
「まぁ、な……それに……」

 キリトはその先の言葉を吐き出さずに飲み込んだ。ヒースクリフに負けた事で、血盟騎士団に入ることになったキリト。……アスナと一緒にいられる時間が増える事が、少なからず良かったんだ。想いがひとつになったのは、このもうしばらく後からだったが。だから、キリトは繋げる言葉を変えた。

「……それに、あの男の正体をしるヒントにもなったからな」
「そう、だったな」

 その言葉にリュウキも頷いていた。全てはあの戦いからだったのだ。

 キリトとの戦い。

 リュウキにとって、パズルの最後の欠片が埋まった瞬間でもあった。









~学校専用プール~



 もう、時刻はお昼時。
 プールサイドにシートを敷き、そこで昼食を取る事にした女性陣。バスケットの蓋を勢いよく開く玲奈。

「お姉ちゃんといーっぱい、作ってきたからねー!」

 じゃーん!と手を広げながらそう言う姿も愛らしいなぁ、と思ってしまう面々だったが、その豪勢なお昼ご飯を目にして、視線はあっという間に玲奈から外れてお弁当達へと向かった。

「うん、どんどん食べてね」

 明日奈も頷く。次々と箱を開き並べていく。

「「わぁぁ……」」

 シリカもリズも目を輝かせていた。泳ぎとは全身筋力を満遍なく使う。だからこそ、水泳の後はお腹がすきやすいのだ。

「あの~……あ、あたしもお弁当持ってきたから良かったら食べてください」

 そんな時、直葉も持ってきたお弁当を広げた。そのお弁当は大きなおにぎりが印象的な和風。明日奈や玲奈が作ったのは、サンドイッチが中心な洋風の仕立て。一度に二度楽しめる昼食とはものすごく贅沢だ。

『いっただっきまーす!』

 皆合掌して、会釈をいう。そんな時だ。携帯端末に着信音が響いたのは。

「「ん?」」

 どうやら、明日奈と玲奈、殆ど同時にメッセージが届いた様だ。

 時刻は11:51

「うんっ、りょーかいっ!」

 玲奈は文面を見てニコリと笑いながらメッセージを打ち込む。明日奈も同じだ。

「ん? 2人とも誰から……って、決まってるか。2人に殆ど同時に来たんだし」

 リズはそう言う。一斉送信だったらあり得るかもしれないけれど、このタイミングで2人に殆ど同時にメッセージが飛んできたのだから、恐らく今いないあの2人からのモノだと言う事を想像するのは難しいことじゃない。

「うん、リュウキ君からだよ。遅くなるってさ」
「私の方も、キリト君から同じだったよ。遅くなるから先に食べててって」

 リズの言葉に頷きながら応える2人。それを見たリズは、ニヤリと笑うと。

「んじゃあ、あたしが、キリトとリュウキの分まで食べてやろうっ♪」

 いそいそと、手をバスケットの中へと伸ばす……が、届かなかった。すかさず、ひょいと取り上げた者がいたからだ。シリカである。

「そんな事しちゃ、可哀想ですよ! ちゃんと残しておいてあげなくちゃ」

 そう言って、確保するんだけど……。リズは。

「へーいへい……とりゃっ!」
「ああっ!!」

 隙を見て ひょいと一口。そんな感じで楽しく昼食をとっていた。

 直葉は、明日奈と玲奈のお弁当と自分のお弁当を見比べていた。

「(わぁ……、凄く可愛い……)」

 入れているバスケットも何処となくオシャレを自然に入れており、可愛さを際立てている。だけど、自分のは……。

(やっぱり、お兄ちゃんも ああいうお弁当を作れる女の子っぽい人がいいのかなぁ……)

 そう思うと、自然と明日奈の方へと視線が向かう。丁度、直葉が作ってくれたおにぎりを美味しそうに頬張ってる所だ。玲奈は、ウインナーをひょいと一口入れると、直葉の視線に気づいた。

「直葉ちゃん、どうしたの?? 何か欲しいの、ある?」
「あ、いえ、その……」

 直葉は慌てて言葉を繋げた。無意識に見ていたから……慌ててしまったのだろう。

「アスナさんは、お兄ちゃんとどうやって知り合ったのかなぁ、と思って」
「えっ……」

 まさかの言葉に思わずアスナは固まってしまった。それを見た玲奈は。

「えへへ……、イイじゃん。話しちゃおうよ、お姉ちゃん」

 自分に返ってくる事、わかってなかったのだろうか……?と思えるが可愛い表情なのでOKとする。

「あ、私も聞きたいです!」
「同じく!!」

 そんな直葉の提案に全力で乗るのがリズとシリカだ。

「で、でも~……」

 恥ずかしそうに俯くアスナ。でもでも、リズ達はせめる。

「レイの言うとおり! イイじゃん。あたし達だって話したんだしさぁ?」
「そうですよ!」
「うんうん!」

 レイナは完全にリズ・シリカ達の方へとシフトチェンジをしてるけど……、リズがひょいっとレイナをアスナの方へと移動させる。

「話してないのは、レイも一緒だからねー、語り部はそちら側でお願いしますっ!」
「ふぇっ!? だ、だって お姉ちゃんの話じゃ……リズさんは知ってるし……///」
「私は知りませんよ?? 話してないのはアスナさんとレイナさんの2人ですからねー♪」

 シリカもここぞとばかりに強きだ。レイナは、『ぁぅ~///』っと顔を赤くさせた。アスナは、覚悟を決めたのか。

「もぅ……仕方ないなぁ……、さっさと終わらせて、私もリズ達の方に混ざった方が利口……よね」
「ええ! お、お姉ちゃん、わ、私が先に……」
「はいダーメ。早いもの勝ち」
「ぁぅ~~////」

 アスナが2人の中ではトップバッターと言う事になった。レイナは、顔をまたまた赤くさせ……、そして アスナ同様に覚悟を決めた。しっかりとあの時の思い出話を頭の中で連想させる為に。

「こほん……、私がキリト君と初めて出会ったのは、第1層の攻略会議が開かれたトールバーナと言う街で……」
「あれ? レイナと一緒じゃなかったの?」

 話のさわりから、口を挟むのはどうかと思ったリズだったが、アスナが「私が」と言ったのに、疑問があったのだ。レイナとアスナはいつも一緒~。とは言わないが、第1層の様な本当の最初の所では絶対に一緒だと思っていたのだ。まだまだ、情報も完璧ではない所で別れて行動をするとは思えなかったから。

「………」

 この時、アスナの表情が変わった。申し訳なさそうに、レイナの方を見て。でも……レイナはニコリと笑った。その顔には、『気にしてないよ、自分の為に言ってくれた事だったから』と言っているように見えた。

「えっとね……、私がちょっとミスをしちゃって、お姉ちゃんの足を引っ張っちゃったんだよ。だから、自分を見つめ直す為に、お姉ちゃんとは少しだけ、別行動をとってたんだ。勿論、安全最優先で、ね?」
「あー、成る程」
「流石ですねー。アスナさんもレイナさんも真面目です」
「うん」

 レイナの言葉にリズ達は皆納得したようだ。それを見たレイナは、にこりと再び笑ってアスナに合図を送った。アスナも『ありがとう』というように、笑って返す。

「それでね、あの頃の私の頭の中にあったのは、攻略の事 家族であるレイの事、それくらいしか考えてなかった。でも……」

 アスナは思い浮かべる。

 当時は、ただのゲームの世界。

 全てがまがい物、偽物だと割り切っていた。

 そんな中で、キリトがくれたそれは、本当に美味しいと感じた。甘い香りと味が口いっぱいに広がる、黄金に輝くクリーム。

 この世界で生きる喜びを初めて教えてくれた人だった。


 そして、皆が迷宮区攻略に血眼になっている時に昼寝をしていた時の事。

 ……本当に気持ちが良かった。アインクラッドで最高の気象設定。横で寝てみると……本当に。時間を忘れられる程に……。

『オレ達が生きているのはこのアインクラッド』

 その言葉に一番の衝撃を受けた。
 きっと、横にいたレイナも同じ気持ちを持っていたんだろう。……レイナは自分と違って、恋に必死だったから……自分ほどじゃなかったと思うけど。

 そしてその後、キリトやリュウキにとっては理不尽に怒ったんだった。


「……今の話を聞くと、先に好きになったのはアスナさんの方ですよね??」

 シリカがずいっと問いただすように聞く。アスナは、やや困惑しながら。

「そ、そういうわけじゃ……」

 そう言うけれど、こちらには承認がいるのだ。

「隠さない隠さない。いつだったか、あたしん所に来て、まだ一方通行~とか言ってたし、レイだって、春が来た、って言ってたじゃん?」
「うんうん、そうそう! それにねー、いつだったか 攻略での議論をしてる際に、お姉ちゃんとキリト君が完全に意見がぱっくりと割れてね~、それで話が進まないから、決闘で!って事になったんだー」
「ちょっ! れ、レイっ!」

 アスナは慌てた。その話は、まず間違いなく自分の中でのキリトに対する見方が完全に変わった時の出来事だから。……妹の前では、なんでもお見通し。それは、自分にも言える事だが、本当にバレてしまうのだ。……自分ごとは。

「キリトくん、普段はそんなに自己主張しないし、大人しめなんだけど……、その時はとっても凛としていてねー、お姉ちゃんも副団長にまで抜擢されてたし、真面目さではキリトくんに負けないし、レベルもあげてたのに、見事にキリトくんに負けちゃって。そこから、見る目、変わったんだよね?」
「あ、……っ///」

 今度はアスナが顔を赤くさせる番だった。
 レイナは、どーせ、次には自分が色々と言われる番だから、と言う事で あきらめをつけて、今を必死に楽しむ事に決めた様だ。

「な~るほどねー」
「アスナさんもすっごく強いですけど、キリトさんもやっぱり凄いんですね」
「流石お兄ちゃんだなぁ……」

 キリトの実力の高さを知っているからこそ出る言葉だった。

「んで、レイもひょっとして、リュウキと決闘した、とか?」
「そ、それは無いよ!私じゃ敵わないって言うのはほんとよく判ってるし!」
「まーレイはそうよね。……リュウキと戦う~なんてあまり想像できないし。っとと、今はアスナだった。あれから、どうアタックして告白までいったのよ?」
「え、えっと……」

 レイナは何とか軌道修正してくれたことに感謝しつつアスナの方を向いた。アスナは、恥ずかしそうに考える。


 それは、沢山ある。


 レイが結婚をして、とても幸せそうだったのを見ていた事もそうだし、何よりもさっき言ったあの決闘からも完全に、見方が変わったと言う事もある。BOSS攻略会議の為、と銘打ってキリトに会いにいく事なんか頻繁だった。

 そこで、S級食材である《ラグー・ラビット》と共にいる?キリトがいて……、レイナやリュウキを含めたかなり豪勢な晩餐会の中。妹夫婦が見守る中……、ナイフをつきつけながら、パーティ申請を迫った? のだ。今考えると、物凄く強引だ。

 その辺を荒方聞いたリズは、やや顔をしかめていた。
 
「お、思った以上の猛アタックね?」
「……やっぱり、それくらい積極的じゃないと、ダメなんでしょうか……?」
「……///」

 レイナはこの時ばかりは自分も赤くさせていた。積極的に行った~と言えば、多分自分も姉に負けてない筈だから。足を運ぶ回数は、間違いなく姉よりも多かったから。

「し、仕方ないじゃない……。だ、だって、好き……だったんだもん」

 両手を両太ももの間に挟みもじもじとする。レイナに負けずと劣らず、本当に可愛い。

「はいはーい。ご馳走様でーす。で! あんた達一体どこまで言ったのよー? ゲームとは言え、結婚までしたんだから、きっと……」
「ふぇっっ!!??」
「……(そ、そこまで聴くのっっ!?)///」

 アスナは勿論、この後に控えているレイナも顔を真っ赤にさせた。

 あの時の事。

 キリトの唇が自分の唇に迫り……力強く押し当てられた。いきなりの事で、硬直しかけた。拒みかけた。
 でも、アスナは受け入れた。それはずっと、ずっと 自分が願っていた事、だったから。

 そこからはずっと一緒だった。

 一緒に同じ場所で……。あの薄く、淡く照らしている自分の部屋。幻想的とも言える、夜の街を照らす星の光。夜を共にして、その後に……告白をされたんだ。

 涙を流した。

 本当に嬉しかったから……。

「おーい、アースナー??」

 アスナは顔を真っ赤にさせて固まってしまっていた。それを見たリズは、笑いながら。

「これ以上は無理だよねー、爆発しちゃいそうだし!んじゃあ、お次は~」
「ぅぇ!?」
「アスナさんの出会い話も聞けましたし、次はレイナさんですよー」
「………そ、そうそう!! レイのもとっても良いんだよ! 微笑ましくって。……そ、それに、皆?? 何もなかったからなっ!!」

 放心していたアスナだったが、話題がレイナにシフトチェンジしたから、安心した様で我に返り、否定しつつレイナの話題へと乗っかった。

「あ、あぅ……///」
「ほ~ら、赤くなってばかりいないでどーぞ? あ、なんなら、また復唱してみる? あの時みたいに」
「え、ええ!! い、いや、出会いの話だから~……///」
「これでもう、レイナさんだけですよー!」
「うん。あたしも聞いてみたいです」

 リズやシリカだけじゃなく、兄との事を知りたかった直葉も同じだった。本当に命懸けの世界で結ばれ、繋がれた絆だと言う事を知れた。やっぱり、複雑だったけど、もう 判っているから。だから、少なくとも皆の前では笑顔でいようと思ったんだ。

「……ぁう、わ、わかったよー」

 そして、レイナの話が始まった。

「……私もお姉ちゃんと同じ。初めて出会ったのはトールバーナの攻略会議……だったんだけど、リュウキ君を見かけた事はあったみたいなの。とあるフィールドのモンスタートラップがある場所で」

 そう、あの時は姉と一緒にひたすら攻略に励んだ。無理なレベリングも行った。自分のせいで、姉を巻き込んでしまったと後悔していたからと言う気持ちもあっただろう。
 そんな時だった。とあるフィールドで、大量の狼型のモンスターに囲まれているプレイヤーを見かけたのだ。
 通常ではありえない程の数。危ないと思って助けに行こうと言う事になったけど……、それだけの数の狼が殆ど一瞬でその体を散らした。

 コートとフードで全身の輪郭がはっきりとわからなかった事は覚えている。

 だけど、あの剣技と姿だけは何故か目に焼き付いた。最初は幽霊じゃないか?とも思ったのに……。


「へぇ……、あれってリュウキ君だったんだ」


 アスナも驚いた様だ。その時の事も覚えている。
 第1層と言うあまりに情報が足りない環境であんなに囲まれていたら、本当に絶望だ。なのに、瞬く間に屠ったのだから、アスナにも印象は強く残っていたのだ。

「最初から、無茶苦茶だったんだね、リュウキは」

 リズは、ニヤリと笑いながらそう言う。白銀の伝説もよく知っているし、そう言えば最初の方に出回った話だったな、と思い返していた。

「あ、私も聞いた事ありましたよ? 白銀の勇者の話。……いつからですか、勇者から、剣士に変わってましたが」

 シリカも頷いた。
 勇者から戦士に変わったのは、しばらくしてからの事。……実はリュウキが変えさせたと言うのは秘密、アルゴしか知らない事だ。流石に、全てを無かった事にするのには、あまりに情報が広がってしまったから不可能だったから、時間をかけて、勇者等と言う単語から剣士に変えたのだった。

「うん。……その後のトールバーナでの攻略会議は、お姉ちゃんと同じ。……リュウキ君に色々と教わっていて」
「へぇ、そこから、色仕掛けしていったんだ?レイは。く~やるわね~」
「そそ、そうなんですかっ!!」
「ええ!!」

 リズの言葉でみんなが沸く。だけど、レイナは慌てて否定する。

「そそそ、そんな事しないよっっ!! ……それに、リュウキ君の最初の頃の事、知ってるでしょ……みんな」
「あ……」
「ま、まぁ……」
「……??」

 この場では直葉以外の皆知っている。
 リュウキは、鈍感~というより年頃の男の子としての感性を持ち合わせていない男の子だと言う事を。

「それに……、わ、私が泊まっていくと思って、ベッドを明け渡してくれたし、本人はあっさりと寝ちゃうし……、最初の頃、私の事は女の子としてみてくれていないんだって思っちゃったくらいだよ……」
「そ、それは女の子としては辛い所よねー……」
「気持ち、判ります……」
「あ、ははは……」

 レイナの言葉に苦笑いをするしかなかった。レイナの事を知っている人なら、正直愕然とするだろう。同じ女である自分達から見ても、本当に綺麗だから。ただ、色々と可愛い所が多いから、綺麗、美人と言うより、幼さを際立たせていているから、シリカの様に可愛いと言う言葉が似合うから。そんな彼女の事を気に求めてなかったリュウキにただただ脱帽なのだ。


 そして、話は続く。

 その後に色々とあったりした。
 BOSS攻略会議は勿論、BOSS戦にも参加していたから、会う事は出来たのだが……。用事が終われば消える様に姿をくらませるのだ。時には転移結晶も使って。だから、満足に話をする機会が物凄く少なかった。

 情報屋のアルゴに問い合わせても、あまり情報を得る事ができない。

 現在いる場所は無理だったけど、以前まで居た場所、拠点にしていた場所~を巧みに聴き出す事は出来たから、それを頼りしたりしていた。

 そして、それは第55層・グランザムでの事。

 血盟騎士団本部があるグランザムに帰還し、団長に報告に行こうとした時に、出会ったんだ。

 (リュウキ)と……。

 それを見たレイナは思わず大声を上げた。

 漸く見つけた。漸く会うことが出来た。漸く話すことができる。

 でも……、会えずにやっぱり辛くて、そして なんだかイライラもして……、感情が上手く表す事が出来なくて、だから 大声を上げてしまったんだ。

 そして、当のリュウキはと言うと、そんなレイナの葛藤を判ってる訳もなく、ただただ混乱をした様子だった。後耳を痛そうにしていた。……それについては 悪かったかな、とレイナは流石に少し思ってしまったんだ。

 その後は、何とか一緒にご飯を食べに行くことが出来た。デートの気分で、凄く心が弾んだ。

 物凄く恥ずかしくて、悶えそうになりそうだったけど。楽しかった。最後は、また色々とあったけど、その日はとても穏やかでいられた。

 ……リュウキの過去を聞くまでは。

 辛かった過去を必死に押し殺していたリュウキ。その姿を見て、レイナはリュウキを抱きしめた。力になりたくて、その震えを止めてあげたくて。






「……傷心な所を落とした、って言っちゃあ無粋だけど……、まぁ レイらしいかな?」


 リズはその話を聞いて、苦笑いをしつつも心が温かくなる気分だった。リュウキの過去については、それとなくだが聞いている。その歳では考えられない程の事を経験している事を。
 だからこそ、笑顔になれた、と言う事を知って安心出来たし、良かったと心から思えるんだ。本当に自然で、柔らかい笑顔を見せる様になったから。

「う~、わ、私はそんなつもり無かったよっ! ……ちょっとは、あれだけど……」
「あ、ははは……」

 レイナの言葉を聴いて、苦笑いをするアスナ。
 確かに、下心が全然ない……とは言えないだろう。だけど、そんな気持ちだけだったら、絶対にリュウキが心を開くなんてありえないと思うんだ。真に心配をしていたから、リュウキの事を思っていたから……。そう思うと同時に、アスナはレイナの頭をぽんっと手を乗せた。レイナは、少し驚いていたが、直ぐに笑顔になる。他の皆も同じだった。


 そして、更に色々とあって。

 ……リュウキがレイナを避ける様になった。何度も会いに行って、でも 殆ど避けられてしまった。それは偶然じゃなかった事に、レイナは直ぐに気づいた。だけど、認めたくなかったんだ。避けられていると言う事が何を意味するのかを。認めたくなくて……、そして リズの武具店。さっきの話であった後に、レイナも向かって……、そこで認めてしまった。

 涙を流して……、リュウキに嫌われてしまったんだと言う事 認めてしまった。

 リズとアスナに慰められ、落ち着くことが出来たけど、うっすらと出てくる涙を止める事が出来なかった。細氷の様に輝きながら 空中に散らばる涙。アスナは、ただただレイナを抱きしめて落ち着かせた。リュウキの事を伝える為に。

 傍で見ていたら解る事もある。それを伝える為に。


 リュウキは、心の傷を思い出してしまったのだ。嘗てある1つの感情が彼の中で芽生えた。その感情を向けた相手、それが サニーと言う少女だった。サニーを失った時のリュウキがどうなってしまったのか、……想像したくないが、幼い彼の心には酷な現実だっただろう。それが、心的障害に成る程に。

 その感情を向けた相手はいなくなってしまう、失われてしまう。彼の中で強く思われた事だった。


――……失いたくない、もう二度と。


 それが、彼のこの時の行動理念だった。だから、レイナの事を遠ざけた。失いたくない人だと強く思っていたから。




「そ、そ、こーの時のリュウキったら、本当に目も当てられなかったわよ……、付き合いが短かったあたしでさえ、こんな表情するの?って思った位にね」

 リズも思い出しながらそう言う。今のリュウキと比べたら本当に別人と思える程だったから。

「そう、だったんですか……、私は今のリュウキさんが良いです。悲しい顔をするリュウキさんなんて……」

 シリカもそう答えていた。話を聞いただけだけど、その心の苦しみ、葛藤は伝わってきたから。

「そうよね。レイのおかげで今のリュウキ君がいるんだよ?」
「あ、あぅ……///」

 そう言われたら恥ずかしいけれど、本当に嬉しくも思う。あの時、リュウキに好きになった人だと告白された時、本当に嬉しかった。リュウキの悲しみに触れて、自分の事の様に辛かったけれど、それ以上に嬉しく、これまで、皆を守ってくれたリュウキの心を、今度は自分が守りたいと思った。安心をさせてあげたいと思ったんだ。

「そ、それが わ、私とリュウキ君の出会いです……」

 ふくよかな笑みを浮かべて、終わりを告げた。

「アスナさんとは違った感じがする出来事だったんですねー……」

 シリカは少し羨ましくも思いつつそう言った。

「現在と過去って感じよねー、ほんと。アスナは現在のキリトの事を助けて、助けられて。そしてくっついた。レイは、過去から続く億劫と葛藤を救ってあげて、そしてここで助けられて、で。はぁ~ もう お腹いっぱいになっちゃったわ。こーんな、ドラマチックな出会いを実際に見られるなんてね~」
「ぁ、ぁぅ~~~!!で、でもおねーちゃんのほーが羨ましいよー!だってだって、あ~んな可愛い子供のユイちゃんがいるもん!」

 レイナは慌てて、矛先を変えようとそういった。それは的確であり、その言葉には全員が同意だ。

「確かにそうですね……、ユイちゃんの様なかわいい子供までいるなんて、羨ましすぎです」
「で、でしょー? あ……、でもこの歳で叔母さんになるのかー、って思うとちょっと複雑だけど」
「でも ユイちゃんは、レイの事 《お姉さん》って言ってるでしょ?」
「ま、まぁそうだけどね。私もお姉ちゃんって呼ばれてみたいって思ってたからすっごく嬉しくって」

 レイナも頭を掻きながらそう言っていた。

「ほーら、どっちも良いじゃん。家族みたいなもんよ。それにしてもねー、良いコを持って良かったわねー」
「それはもう。我が家の自慢の娘ですから」
「おやおや、10代にして、もう立派な親バカですなぁ」
「それは褒め言葉として受け取っておきます」
「ふふ、それじゃあ、ユイちゃんに喜んでもらうためにも、今日のクエスト!頑張りましょう!」
「うんっ! 頑張ろうっ」
「うん」

 今日のクエストはユイの為でもある。それは、また いづれ語る事になるだろう。

 森の朝露の少女《ユイ》

 あの子の願いを叶えてあげたい為に。

「ユイちゃんはSAOの中でアスナさん達に出会ったんですね」
「うん……、それからずっと私とキリト君の子供なんだよ」

 アスナは穏やかな表情でそう言う。自分の子供、だと恥ずかしそうにも言わず、それが当たり前。と言っている。例え、AIだとしても、疑わない。それ程までに、強い絆で結ばれているんだから。

 直葉は、思わず息を飲んだ。

 強い強い絆をまた、見たからだ。

「さてっ! そろそろ練習再開しよっ!」

 レイナは勢いよく立ち上がる。それに、皆が続く。

「よーし! 直葉、すいすい泳げる様になって、キリト達を驚かせよう! 『一朝一夕じゃ、難しいか……』とかなんとか言ってたリュウキの鼻も明かしちゃおう!」
「う、うんっ……!」

 直葉が最後に立ち上がり、再びプールの中へと入っていった。









~学校校舎3F・カウンセリング室~



 菊岡は、カウンセリング室の窓から外を見ていた。
 丁度、この位置の教室の窓からはプールの全体が見える。彼女達は昼食休憩をしている所だった。

「いいねぇ、若いっていうのは……」

 ……何処の大人も似たような事を言うものだ。そう思っても仕方のないことだろう。

「それで、あの子達が現実世界に帰還できたのも……、2人の活躍があったからこそ、だよねぇ?」
「………」

 リュウキは、黙っていて。そして、キリトは口を開いた。

「オレは活躍なんかしてません」

 ただ、そう一言だけを添えて。菊岡は、少し眉を上げ、問う。

「でも確か 話によれば、キリトくんがヒースクリフの正体を看破、そして リュウキ君と共に、あの世界で言う魔王とも言えるヒースクリフに勝利した。そうじゃ無かったのかい?」

 事実は小説より奇なり、とはよく言ったモノ。あの戦いの結末はそんな単純なものじゃなかった。リュウキは、ただただ俯いている。キリトは、本当の事を言いたかった。結論から言うと、確かにあのヒースクリフに最後の一撃を、とどめの一撃を入れたアバターは、自分であるキリトになっている。だが、その事実は違う。

「……あれは違います。そんな簡単な事じゃないし、説明しにくいですよ」



 あの戦い。

 本当に死を覚悟した。

 理を捨てて、信念に本能に従って、ヒースクリフと一騎打ちをしようとした。だから、最後に言葉を残そうとしたんだ。自分が生きた証。それを仲間達に伝えてから、……逝きたかった。
 己の命を捨てて、特攻をかける。それに全てをかけるつもりだった。


――だが、そのキリトの目論みはあの男に、バレてしまったんだ。


 突如、キリトとヒースクリフしか動けない筈なのに、その間に雷鳴が轟き、そして落ちた。比喩とは思えない現象だった。その中から、あの男が……、リュウキが出てきた。

『……あんな言葉を吐き出す奴に、最後を任せられないと言ったんだ!』

 初めて、リュウキに叱られた。心から叱られた。キリトは そう、感じた。

 そして、魔王の前にたった勇者が変わった。いや、自分は勇者なんかじゃない。仮初の勇者、メッキの勇者だ。真の勇者が魔王に向かう。

『ラストバトルだ』

 そう、口にして。


 リュウキとヒースクリフの戦いは圧巻の一言だった。強者と強者の決闘と言うものを、これまでに見た事が無いわけじゃない。だが、それでも、それを天秤にかけたとしても、この戦いの前には軽すぎると思わざるを得ないのだ。

 リュウキはヒースクリフには知りえぬ武器、《双斬剣》

 刃が2本備えられた異形の剣。それを用いて、確かにヒースクリフを追い詰めた筈だった。

 だが、彼のスキルの全てはシステムに頼っていない。

 ……全てを己の脳で制御していたそれが祟ったのか、リュウキは失速し始めた。ヒースクリフの攻撃を捌ききれずに、どんどんHPが削られていく。仲間たちが、愛する人が心配する中、リュウキは笑った。ヒースクリフは、最後に教えると言う。

『どんなに足掻いても守れぬものもある事を!』

 圧倒的なスキル神聖剣。
 それを用いた攻撃は甚大。だが、それでも、リュウキを止める事は出来なかった。

『大切じゃないものなんか無いんだ。……全て、全てを守ってみせる!』

 その覇気が広大なBOSS部屋に響き渡る。そこから始まったのが、正に神業だった。魔王であるヒースクリフの体を宙に打ち上げ、キリトの剣撃、アスナ・レイナの剣速。それをも超えているであろう速度で、全ての武器を使った有り得ぬ攻撃をする。

 全ての武器を解放し、放つ怒濤の10連撃、《武神覇斬剣》。

 その神技は、ヒースクリフの身体を滅多打ちにし、吹き飛ばした。HPも吹き飛ばした。……筈だったんだ。

 だが……。

 ヒースクリフに、背後から刺された。この世界の神の業で、蘇ったヒースクリフに。

 命の数字であるHPが尽きるその前に、リュウキはレイナに言葉を残した。

『愛してくれて、ありがとう。……レイ、ナ』

 そして、全てをキリトに託したんだ。

『勇者……お前だ。アスナの事、レイナの事……皆のこと、頼んだ……』

 それがリュウキの最後の言葉だった。……その身体は硝子片となって四散したのだ。

 レイナは、涙を流した。

 リュウキが消えてしまい、言葉も無くなり、何も言えなくなった。

 キリトは、アスナの制止も耳に入らない。

 ただただ、親友を殺した相手に、ヒースクリフに憎しみだけを込めて。憎しみだけを込めて、戦った。回りが全く見えず、ただただ獣の様にヒースクリフに向かって行ったんだ。

 そして、そんな状態で、あの男に敵うわけもない。全てのソードスキルを知り尽くした男に、そんな単調な攻撃が通じる筈もないのだ。

 キリトは、猪突猛進のままに、最上位のスキル《ジ・イクリプス》を放った。

 それは、全武器の中でも最も多い連撃、27連撃。一撃一撃に憎しみの全てを込めて。

 だが、それは全て防がれてしまう。
 
 二刀流と言うスキルをデザインしたのは茅場晶彦であるヒースクリフ。絶対に決まった位置に攻撃が来るそのソードスキルは、正に死路だった。

 ヒースクリフがスキル後の硬直を狙い、剣を構えた。

『さらばだ―――キリト君』

 動きの止まったキリトの頭上に高々と掲げられた剣。だが、キリトは狂気の目を崩していない。状況が判っていない。何も出来ずに、死んでしまうと言う状況も、全て判っていなかった。
 ただ、その殺意だけは決して消さなかった。そして響くのは、アスナの声。

『お願いッ!誰か助けてっ!!!!』

 アスナの悲鳴だけだった。レイナは、その時……涙も乾かぬままに、2人の方を見ていた。そして、キリトが斬られる刹那の瞬間、確かにみたんだ。キリトの後ろで、ヒースクリフの剣を防いだ彼の姿が。


――……それは、奇跡……、なのだろうか。


 死んでしまった、消えてしまったと思っていた彼が再びこの場に舞い戻ってきたんだ。キリトの後ろに見える。その姿、まるで黒と白の2つの色が輝きながら、合わさっている。光の様に早く、そして美しい剣技。

《黒と白の交響曲》と呼べるものだろう。

 ヒースクリフを上回る最後の一撃で、倒す事が出来たんだ。そして、ゲームクリアを告げる音声が流れた。アインクラッド中に……。




「成る程……、リュウキ君が」

 全てを聴いて菊岡は頷いた。最後にシステムに抗ったのだと言う事なのだろう。

「そして、キリト君がリュウキ君の意志を受け継ぎ、茅場先生と戦った。……茅場先生は破れ、自らの脳を試作型ナーヴギアで焼いた。と言う訳か。……先生の検死結果と合致する面はあるね」

 茅場晶彦が死んだと言う事はもう既に判っていた。

 そして、医療機関に検死を依頼、そしてその結果のデータは手元に届いている。だから、菊岡は納得……したのだが、やはり判らない所は当然あった。

「……それにしても、最後にキリト君に手を貸し、そして その上生還出来たリュウキ君は……、こう言っちゃあ何だが、不思議だね。システムを上回る力を発揮してきた、と言えば そうかもしれないんだが、あの世界で囚われて、リュウキ君でも抜け出れなかった以上、法則の全てを歪められる訳じゃないと思うんだが。……茅場先生の意志だった。と言う見方も出来るがね」
「………」

 キリトはそれ以上は黙して語らなかった。リュウキも、視線を外し、窓から空を眺めていた。


 あの時、あの美しい朱い空の下。


 最愛の人と、そして親友たちと再開する事は出来た。


『……レイ……な?』


 抱きしめられ、背中から伝わる温かさは忘れる筈もない。最愛の人のものだから。


『そう……そうだよっ!レイナ……レイナだよ。リュウキ君っ……』


 彼女がそう言い聞かせてくれているが、信じられなかった。それ以上に怖かった。この世界は、死に逝く者が最後にたどり着く場所だと認識していたから。皆と再開出来たことは嬉しい。……それ以上に怖い。自分と一緒に死んでしまうのではないか、と思ったから。

 そんな時だ。


『安心したまえリュウキ君……』


 茅場晶彦とも再開したのは。ヒースクリフとしてではなく、人間、茅場晶彦の姿で。

 全てをそこで聞いた。彼が何を想い、この世界、アインクラッドを。ソードアート・オンラインを作ったのかを。全ては夢想のままに、情熱、欲求のままに、求めた形がこの世界だったと。

 全てを告白して……茅場晶彦は消えた。最後に、賞賛の言葉を残して。




「ところで、……茅場先生は最後に何か言ってなかったかい?なぜ、SAOを作ったのか、このデス・ゲームをなぜ、はじめたのか。……言ってなかったかな?」
「さぁ……覚えてませんね」
「同じく。……もう、全て終わったと、身体中の力が抜けていたから」

 2人とも首を横に振った。あの時の言葉を、誰かに話すつもりはない。確かに動機を求めるのは当然だ。あのゲームで亡くなったプレイヤーたちの遺族の事を思えば、当然。だが、それでも……胸に秘めておかなければならない事だってある。あのゲームの当事者なのだから。

 そんな時だ。

 キリトの携帯に着信音が鳴り響いた。

 キリトは、取り出し、メッセージを確認した。写真付きで送られてきたその内容は。

『もう、ご飯食べちゃったよ』

 と言うメッセージと一緒に、皆が映った写真。

『追伸、リュウキ君にもヨロシクね!byレイナ』

 とレイナからのメッセージもあった。同じ場所に2人がいるから、一度に済ませたんだろうと思う。

「……はは」

 キリトは、確認して笑うと……、となりのリュウキの肩を叩いて見せた。リュウキもその内容を見て、キリトの様に微笑む。……本当に良かったと改めて感じた。時間がたったとは言え……、そう感じてしまうのも無理はなかった。

「……誰からだい?」

 菊岡はそう聞くが、大体は察している様だ。2人が柔らかい表情をしていたのだから、容易に察する事が出来る。

「ああ、君達のお姫様か。……君達も本当に大変だったね。SAOから脱出出来たと思えば今度は」

 その言葉の続きはキリトが繋げた。不快感が拭えない。だからこそ、皮肉を込めながら。

「ええ、本当に大変でしたよ。ALOの中で進行していた大犯罪を、誰かさんが気付かなかったせいでね」
「………」

 リュウキは、再び眼を瞑り、腕を組んだ。この頃の自分は、今自分ではない。だから、キリトの様に怒りに表す権利すらない。……ただただ、キリトに感謝しかなかったんだから。

「いや、それについては釈明のしようもないよ。目を覚まさなかった300人ものSAOプレイヤーが須郷伸之、そして ずっと警察も追っていた狭山武治の実験体にされていたと言うことを知ったのは、君達が事件を解決した後だったんだからね」

 そう、全てを知り、対処しだしたのは、リュウキが……、いや綺堂があの時警察に通報。須郷と狭山の2人を逮捕してから、広まったのだ。大犯罪の背景と、そして 10年以上も逃げいてた男の所存についてを。

「……どうしてあの男らの企みを未然に防げなかったんですか。それに、あの男。狭山と言う男がなんで今の今まで捕まらなかったんですか」

 キリトがそう問いただした。
 狭山と言う男がいなければ、須郷はSAOのサーバーに仕掛けをする事を諦めたかもしれない。そして、何よりあの悪魔的研究が完成に向かう事もなかったかもしれない。たら、れば、を言えばきりはないが、聴かなければならない事だった。

「……順を追って説明をするよ。まずは須郷だけど、彼は茅場先生と同じ研究室にいた人間だから、チェックはしていたんだ。……しかし、7000人ものプレイヤーが突然現実世界に帰還した為、彼らの健康チェックや社会復帰の作業に忙殺され、一時的に須郷の監視が手薄になってしまったのは否めない」

 そして、そういった後、ある資料の束を取り出した。

「そして狭山。彼の事だが、彼が嘗て起こした事件についての資料は揃っている。……これは綺堂氏の元で制作されたものだが……、当時の悪質な研究成果、資料については、全て破壊され尽くされてね。……状況証拠は揃っていたんだけど、物的証拠は何1つ残ってなかったそうだ。だから、罪に問うことが難しく、その隙を突いて、巧みに逃げ切った。……その後、マークしていたはず何だが、逃走、と言う事になっている。その後の事だが……名前を変え、須郷の元にいったんだろうと言う事は、今回の事件を見ても間違いない。恐らくは、その研究成果の資料を須郷への手土産にね」

 そう説明をした。
 それを聴いても、やはり納得ができない所はある。アスナは勿論、レイナやリュウキだって、辛く苦しい想いをしたんだから。力が拳に篭った所で、リュウキが口を開いた。

「……キリト。あの男が……、狭山が野放しにされたのは、オレの責任、オレのミスだよ。……何も考えずに、ただただ復讐心に囚われて、爪が甘かった。信頼出来る人もいたのに、怠った。……だから、証拠を残すと言う事をしなかったし、あの男、狭山が密かに持っていた研究資料のバックアップデータの存在も頭になかった。……だから、あのALOの事件の半分は……オレのせいだ」

 顔を俯かせながらそう言うリュウキ。そんな事は考えた事もなかったキリトは、思わず椅子から勢いよく立ち上がる。

「ば、バカな事言うなよ、リュウキ!あの事件は須郷の、そしてその狭山と言う男が原因で引き起こされたものだ!お前は、お前は 止めたんだ!あいつらの非道な研究の全てを今度こそ、破壊して、証拠も警察に送って、……リュウキのせいな訳がないだろ!」

 そう力強く言ってくれるのは嬉しかった。だけど、どうしても心に引っかかる所はあるんだ。ずっと、考えていた事でもある。

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、……狭山がいなければ、あの研究が完成に近づく事もなかった。……少なくともこの期間で完成させるなんて、無理だろう。……事実なんだ」
「いや、リュウキ君」

 そこで、菊岡が入ってくる。
 キリトは感情のままに、庇おうとしているから、菊岡が客観的な意見を、当時の状況からリュウキに告げる。

「もしも……、リュウキ君がその10年前の研究を壊して止めてくれなかったら……?を考えた事はあるかい?」
「………」
「確かに、あの時点で完全に止めるのがベストだったのは否めないよ。でも、それを言うなら、もしも。リュウキ君がそれを止めずに放置していたとしたら? ……更に完成度の高い人間の精神を、脳の全てを操ると言う成果が出たかもしれない。……もっと多くの被害が出たかもしれない。なにせ、その10年後はナーヴギアと言う直接脳に介入する装置が生まれたんだからね」

 菊岡は足を組み直し、そして腕を組んで笑った。

「たら、れば、話をしていたら、本当にキリはないけどね。リュウキ君。……君があの時止めて、救われた人達がいたと言うのも紛れもない事実なんだ。だから、君に責任はない。……客観的に見ても、心情的に見ても、どう見ても、ね。……そんな事を言ってると、君を慕う子達が怒るんじゃないかい?」
「………」

 菊岡の言葉を聴いて……、軽くため息を吐いた。キリトも同様だった。

「……ありがとうございます。と言っておきます」
「はぁ、良かった。それで、リュウキが思いつめでもしたら、レイナが悲しむぞ。……もう、みたくないのはオレも同じだからな」
「そう、だな。キリトもありがとう」
「いや。……もうちょっと、菊岡さんの様に頭が回れば、良かったんだよ」

 皮肉を、そして悔しさを5:5の割合で込めつつ菊岡にそう言う。菊岡は笑いながら返した。

「いやいや、これでも僕は君達よりずっと、人生を歩んできて経験してきているからね。たまには、良い所もみせないと、って思っていただけだよ」
「そうですか。……お礼に、例の情報、RYUKIの友人を脅して~の件の話。完全に無しにしておきます」
「………ええええ!!!! ま、まだ あったのかい?? その話!」
 
 今度は、菊岡が驚く番だった。
 当初のキリトとの話がまだ終わってなかった様だったから。それを見たキリトは笑っていた。してやったり!と言った表情をしていた菊岡の表情が崩れたから……。


 
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