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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第120話 朱い空の下で


 このSAOをデスゲームと化した張本人であり、そしてこの世界の神であり 魔王でもある男。

 《ヒースクリフ 茅場晶彦》が消滅した。

 そしてゲームクリアの宣言が響き渡った。
 その音声はおそらくはアインクラッド全てに響いているだろう。大歓声が起こる事間違いない事実だ。この場にいても容易に感じる皆の歓声。

 この浮遊城が湧き、震えるほどのもの。約7000人のその願いが成就されたのだから。

 だが……、キリトの表情は浮かばれない。

 ヒースクリフを刺し、倒したその瞬間……聞こえたあの言葉が耳から、心から離れないから。



『見事だ……、キリト。そうだ。……やっぱり、勇者は ちゃんと魔王を倒さないと、だな。……名乗れないものだよな? なら、オレは半端者だったよ。……ありがとう、親友。キリトと会えて、……出会えて、良かった』



 その耳の奥に、脳髄の奥に、心に響いてきた声。……リュウキの言葉。

 それが最後に訊いたリュウキの言葉だった。
 囁きのような……幻聴の様な消え入りそうな言葉。だが、間違いなく聞こえる、聞こえた。

 だけど……、今は………、全く訊こえない。
 さっきまで、傍にいた筈だった。見えていなくとも感じていたのに、今は……全く……。


 キリト、アスナ、レイナ、クライン、エギル……。


 彼ら以外のプレイヤー達は、殆ど皆が、歓声を湧き起こしている。
 最大級の賛辞の言葉を振るっている。悲しいが、もう、彼が消えてしまったのは過去の出来事だった、と思える程に。

 そんな時、レイナは……足取り覚束無い様子でキリトの方へと歩みだした。そして、キリトの側に立って、キリトの両の肩をゆっくりと触り、そして摩った。

「……ねぇ? きりとくん……あれ……? りゅう……きくん……? りゅうきくん……は?」

 レイナは、キリトの目を見ながらまるで、リュウキに語りかけるように……訪ねた。いつもの彼女であれば、キリトを労うだろう。『……ありがとう』、と言って、きっと涙を流すだろう。
 ……だけど、今は違う。キリトと同じ事を感じていたのだ。

 さっきまで、リュウキを感じていたのに……また感じられなくなった事を。

 そう、魔王とともに……ヒースクリフと一緒に、リュウキも消えてしまったのだ。


「ねぇ? ……ねぇ? き、きりと……くん……、りゅ……きっ……、りゅ……き………ッ」

 何度聞いても、聞いても……キリトから返事は返ってこなかった。先ほどまで感じていた彼の事を。もう感じられなくなったのはキリトも同じだったから。

 そして、手に持っていた二刀が、カシャリ……と音を立てて、床に落ちた。

 キリトも涙を流していた。
 レイナも……立ち尽くしながら何度も何度も、彼の名を呼び続けた。それでも 答えが返ってこない。求めた答えが返ってこない。でも、頭の何処かでは 確かに判っていた。……だけど、レイナは決して認めたくなかった。どうしても、認めたくなかった。

「だって……いたんだよ? ほんとうに……いたんだよ? わたし……みえたんだ。きりとくんのとなりで、きりとくんと、いっしょにたたかってるところを……。そ、それに わらってるところだって、みえた……みえたんだよ……。わたし、みた……。うそ、じゃ……ないんだ、よ………、い、いま だって ど、どこかでまって、くれて……て……」

 何度も何度も……、まるで自分にそう言い聞かせるように何度もいうレイナ。その言葉を、心の叫びを訊いても、キリトは何も言えなかった。

 言えない代わりに……無言で、キリトは涙だけを流していた。

 そこへ……アスナが来る……。

 レイナとキリトの2人を、無言で抱きしめた。

 強く強く……、2人を抱きしめ続けた。


 そして……その後、この第75層の主、骸百足の部屋空間も光につつまれていった。
















~????????~





 ここから見える風景は、全天燃えるような夕焼けが全てを照らしている。

――……一体、いつから、ここにいるだろうか?

 それは、判らなかった。気がつくと、この場所にいたのだから。でも、これがどういう状況かも、直ぐに理解できていた。そして、全てを理解して、一体どれだけたったのだろうか……。

「ん……」

 それは、本当に綺麗。とても綺麗な眺めだった。こうして見てると、時間を忘れるほどに……。この様な景色、向こうでも……きっと見たことがない。

 そこにたたずむ男は鮮やかな銀髪を靡かせながら、軽く息をはきながら、今度は足元の分厚い水晶板の下を見つめた。

 そこにも例外なく鮮やかな夕日色に染まっている雲が流れていくのが見える。

「………レイナ、皆、本当に良かった」

 口ずさむようにそう呟く。
 他にも沢山頭の中を過ぎったがいの一番に口から……脳から命令し発声したのはその名前。この世界で愛すると言う事を教えてくれた人。最も大切な事を教えてくれたかけがえのない人。

 そして、その鮮やかな夕日に包まれている浮遊城アインクラッドを眺めた。

 あの瞬間……キリトがヒースクリフを切り裂き、そしてクリアした事実を、リュウキ自身も聞いていたんだ。あの皆が夢見たアナウンス、終了宣言を耳にしたんだ。


――……これで皆が助かるんだ。


 そして、茅場には憎悪が大半を占めていたが、今でもそうか?と問われれば、直ぐに答えることが出来なくなってしまっていた。


――……あの男のせいで、こんな事態になった。
――……あの男のせいで大勢の人たちが死に追いやられた。


だけど……。


――……あの男のおかげで現実では見れないものが視れた。
――……あの男のおかげで現実では手に入れられないものが手に入った。
――……あの男のおかげで……親友が出来、愛すると言う人間らしい感情が理解する事が出来た。


 この世界に閉じ込められた殆どの人は、多分こんな風には思えないだろう。きっと、誰もが恨んでいる筈だ。そして、それが正しい事だって、リュウキには判っている。だけど、こんなに穏やかな心になってしまえば、仕方が無いと思える。


「ん―――――……。」


 リュウキは自然と口ずさんだ。
 この美しい景色を見ていたら……そう言う気持ちになったから。それは、家族が……爺やが自分によく歌ってくれた子守唄の様なもの。幼いながら何度も聞き、そして初めて覚えることが出来た歌。
 ……これは一番……好きな歌。


―――……彼女に、みんなに捧げたい。


 だからこそ、彼は自然と口ずさんでいたんだ。そして記憶を揺り起こし、爺やの姿を思い浮かべる。
何度も思い描いたその顔を。

「(爺や……)」

 もう、帰れない、もう……会えない。それはおそらく決定事項だろう。……先ほどメインウインドウも確認した。そこには、装備フィギュアやメニュー等は一切なく、ただ小さな文字で一行だけあった。


《最終フェイズ実行シークエンス》


 とだけ、書かれていた。
 おそらくは、侵攻段階は判らないが、処理が進めば ナーヴギアが電磁波を発動させ、脳死にまで直結するシステムだと言う事は容易に想像がついた。そして、自分ではそれを防ぐ事は出来ないだろう事も判った。システムコアである故に。


―――……でも、僕は何一つ悔いは無いよ。爺や、本当だよ。


 それは、リュウキは、はっきりと思えていた。ただ、その想いを、皆に伝えられないのが、心苦しかった。死んでしまえば、残せられないから。死にゆく者の想いを。……仮想世界の為、遺書だって残す事も出来ない。親にも、親友達にも、愛する人にも。

 ……後、数秒後には、現実でモノ言わぬ姿に変わっているだろう。

 だけど……、それでも、本当に悔いは無い。
 でも、願わくば、仲間の皆が爺やに言って欲しい。何も教えていない。それでも、何か奇跡のような事が起きて、出会う事が出来て、そして、……自分は悔い無く逝けた事を伝えてくれれば嬉しい。本当に。

 ……そして、最後に。



――……最後は、レイナを、皆を、……育ててくれた爺やを想いながら……教えてくれたこの歌を口ずさんで、穏やかな心のまま、逝きたい。……きっと、ここからでも伝わるって信じて、最後の瞬間までそう信じて。歌を歌いながら……。



 それが、この世界に降りたった真の勇者。

 《白銀の剣士リュウキ》

 彼が心に描いた最後の想いだった。

 そして、本当に最後に願わくば……。



―――皆が幸せになる事を……









         

~????????~




 目も眩む光に包まれ……数秒した後。キリトは目をゆっくりと開けた。その場所は、まるで空が燃えているかのように紅く……。そして、その景色を生んでいる紅き仮想の太陽が目に飛び込んできた。

「あ……れ……?」

 その場所で目を開けたのはキリトだけではなく、他に2人。アスナも、レイナもこの場にいた。

 ここは、間違いなくさっきまでの場所じゃなかった。

 薄暗く、あの百足の骸、≪The Skullreaper≫骸骨の刈り手。と戦い。この世界の生みの親であり、最強のプレイヤーであり、最凶の魔王でもある茅場晶彦。ヒースクリフと一戦を行ったあのドーム状の広く薄暗い場所じゃなかった。アスナもその事には十分認識し、抱いていた手を解放しあたりを見渡した。どこまでも続くかのようなその水晶板の上に立っている3人。
 だが、どうやってこの場所に来たのかが判らなかった。

「おそらく……ここが、ログアウトする為の仮想一時待機場所……なのかもしれない、な。約7000ものプレイヤーの一斉ログアウトなんだから、ある程度は時間がかかる。……其れくらいの措置はあるだろう。だが、どうしておれ達だけがここにいるのかは、わからないが……」

 キリトはそう呟きながら辺りを見渡す。
 ただ、どの方を向いても、美しい風景が写っているだけ。

「うん……。ウインドウを見ても……そうかもしれないね」

 アスナはウインドウを開いていた。そこにあったものは……。


《ログアウト・シークエンス実行中―――暫くお待ちください》


 そのシステム文字だけだった。

「…………」

 レイナは、何も言わなかった。動く事も、この辺りを見る事もしなかった。ただ……、立ち尽くしているだけだった。
 彼女にとって、ここが何処なのか。どうなるのかなど……。何一つ考えられたいようだったから。

「っ……、レイっ……」

 そんな妹の姿を見たアスナは再び彼女を抱きしめた。

 震えを止めたくて……抱きしめた。

 そして、その時だった。レイナの身体がピクリと動いた。まるで、身体に電流が走ったかのように。

「レ、イ……?」

 アスナは心配そうに顔を覗き込むと……。レイナは目に涙をいっぱいに溜めていた。今にも流れ出そうな程に。だが、それは悲しみの涙じゃない。アスナはどこか、目に光が戻った様な気がしていた。

「りゅうき……りゅうき……くんッ!!」

 レイナはそう叫びながら立ち上がると、反対方向、皆が向いていた反対の方に向かって走り出した。

「ッ! レイ!」
「おいっ!何処に行くんだ!」

 アスナとキリトも何処までも続くかのような水晶板の上を飛び出したレイナの方へと走っていった。

 なぜ、彼女が走っていったかがわからないからだ。この場所がどういう場所かはっきりわからない以上、今動くのが安全とはいえない。だから、2人はレイナを追って走った。


――……一体どれだけ3人で走っただろう?


 この美しい夕日の中を……。
 それは、どこまでも続くかのようなその透明の板の上……。走り続けていた時だ。

 微かなものだったけれど、レイナは聞こえてきた。はっきりと。それは、レイナを追っていた二人にも声が聞こえて来た。







――あなたを見ている、世界中の誰よりも。
              あなただけを見つめてる、世界中の誰よりも。

  心の安らぎ それはあなたが傍にいてくれたから。 
                いつも……いつも傍に、いてくれたから。
  
  いつか また会える そんな未来を見つめて。
                ……そんな描いた未来を夢見て。

  さあ 歩き出そう。
        怖がる事なんか無い。
  
  きっと………きっと………その先で……
                  ……また 会えるから。









――……聞こえてきた……。聞こえてきたんだ……。


 レイナは確信した。
 この声の主が誰なのか、この声の、心に響くような歌を歌っているのは誰なのかを。

 走り出して、漸く姿を見た。それは、この水晶板の端に座っていた人影。


「……リュウキ君っ!!!!!」


 視界に入り、そしてレイナは一気に距離をつめ、飛びついた。世界を眺めながら歌を詠っているその人の背中目掛けて。自分を愛してくれて、キリト君も助けてくれて、最強の魔王を打ち破ってくれた最愛の人。 現実の光を、くれた人。


「……レイ……な?」

 背中越しにその抱きしめられた手を取りながら……そう呟く。

 そう、レイナは正しかった。この歌を歌っていたのは。……彼女が飛びついた相手は。
 彼女が愛する人(リュウキ)、だった。

「そう……そうだよっ! レイナ……レイナだよ。リュウキ君っ……」

 レイナは、リュウキに言い聞かせるように答えると、ぐっと抱きしめる力を強めた。だけど、まだリュウキは信じられない。その温もりは嘘じゃない事は判るけれど、信じられなかった。

「な……なんで、ここにいるんだ? っ……それに2人とも」

 遅れてきたキリトとアスナを見て、唖然としていた。

 確かに、リュウキは、皆に、レイナに会えた事、それは本当に嬉しい、心の底から。……凄く、嬉しい。歌の通りに叶ったんだから。その先、世界の先で、また会えた、……会えたんだから。

 だけど……それ以上にリュウキは心配し、怖かった。

「ぶ、ぶじに……かえれるんだよな……? みんな……」

 ……意を決し、そう聞いた。答えを聞くまでが怖くて堪らない。この場所は、死に逝く者が最後に行き着く場所だと確信していたんだ。
 美しい風景は、最後の餞別だと解釈もしていただからこそ……3人が現れた事。その事に驚きと心配があったんだ。だから、皆も自分と同じ様に……と考えてしまったんだ。

 そして、答えを聞くまでが本当に怖かった。何よりも……怖かった。

 その時だ。

「安心したまえリュウキ君……」

 再び、声が……聞こえてきた。そこにいたのは、一人の男がいた。

 誰なのかは直ぐに判った。……茅場晶彦だった。
 
 その姿は聖騎士ヒースクリフではなく、SAO開発者としての本来の姿だった。
 白いシャツにネクタイ。長い白衣を羽織っている。

「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置でデータの完全消去作業を行っている。あと10分ほどで、この世界の何もかもが消滅するだろう」

 驚愕に見つめていた3人をよそに、茅場は静かにそう答えた。その中でリュウキだけが……冷静に見ていた。怖くてたまらなかったが……、この男のおかげでその不安は取り払われた。
 もう1つ……くれたものがあった。

「そう……か。良かった。……約束は守る男だったな。お前は。……ありがとう」

 リュウキは軽く茅場に礼を言っていた。
 
 全ての原因は、確かにこの男、礼を言うような男ではないだろう。だけど……、今は皆が無事に戻れる事を保証してくれた事に、リュウキはそう言っていた。

「………残った人たちはどうなるんだ? あの崩れている城で暮らしていた人は」

 リュウキは、茅場を見つめそう聞いた。今も崩れ落ちていく浮遊城。
 あの場に誰か残っていたとしたら……、消滅は免れないと思えるのだ。多分、判っていたけれど、それでも、少なからず心配をしていた。あそこには、まだ友達と呼べる人達がいたから。
 
 茅場は、そんな考えを判っていた様で軽く手を振ると。

「心配には及ばない。先ほど……」

 茅場は左指をスライドさせ、ウインドウを呼び出す。そしてちらりとながめると続けた。

「生き残ったプレイヤーは全部で7198中7194名のログアウトを完了した。君達と最後に話をしたいからこそ、私は最後にこの場所を作ったのだよ」

 その言葉を聞いて……心底安堵感に包まれる。
 あの世界で知り合い、2年もの歳月を生き延びた人間達は皆、向こうに戻れたのだ。クラインやエギル。そしてシリカ、リズベット。他にも沢山。
 今までの人生の中で一番と言える程の数の人たちと巡りあったのだから。

 そんな時キリトが続けて聞いた。驚きも、徐々に収まった様だ。……殺意を、憎悪を向けていた相手だったけれど、不思議と今は沸かなかった。彼も、リュウキと同じ想いがあったんだろう。

「……なら、死んだ連中は? どうなったんだ。今まで死んだ3000人だって、戻してやる事ができるんじゃないのか?」

 キリトはその答え次第では……リュウキも……と考えていたのだ。
 その言葉に茅場は表情を変えずにウインドウを消去し両手を白衣のポケットに突っ込むと言った。

「命はそんなに軽々しく扱うべきものではないよ。彼らの意識は戻ってこない。死者が消え去るのはどの世界でも同じ事だ」

―――それが3000もの人を死に追いやった人間の台詞か、と間違いなく思った。

 レイナは特に、強く……強く想った。
 その言葉を聞いて、カッと目を見開かせる。

「そんなッ! ならっリュウキ……リュウキ君は!? どうなるのっ!! 彼はっ!? 彼はっ!!?」

 レイナは、怒鳴りつけるようにそう問いただす。
 ……リュウキにしがみ付いていなければ、茅場に掴みかかりそうな勢いだった。

 だが……リュウキは、そんなレイナを制した。

『怒っている顔は、君には似合わない。……ふさわしくないよ』

 彼女に向かって、微笑みかけながら、まるでそう言っている様に感じた。その顔を見たら……レイナはもう何もいえないんだ。怒気も、何もかも、全部を洗い流してくれる様だったから。

 だから、レイナの怒りの変わりに……リュウキはあることを聞いた。
 おそらくはアインクラッドの全プレイヤーが抱いている疑問だ。

「なんで……こんな事をした? 幼少期のお前の夢……だったから。それだけか?」

 リュウキがそう聞いた。
 この世界を生み出した後の茅場は、文面からでも判る程、何かを満たしている様に思えたのだ。……それを燃え尽き症候群と、リュウキは表現していた。

 すると茅場が苦笑をもらす気配がした、そして暫くの沈黙後。

「なぜ……か。改めて問われると解らないな……。私も長い間忘れていたよ。フルダイブ環境システムの開発を知ったとき―――いや、遥か以前から、私はあの世界、城を思い描いていた、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を作り出すことだけを欲して生きてきた。そしてそれは……叶えられた。……リュウキ君。君のおかげともいえるな。君と言う才能と共に、フルダイブ環境システムを実用化、開花させ……今に至ることが出来たのだから」
「………」

 その言葉を聞いたが、3人は別段驚かなかった。

 《リュウキと茅場》

 おそらく接点があるのだろうことは薄々気がついていたからだ。あの最後の戦いの時の言葉を、聞いているから。


 そして、少し強く強い風が茅場の白衣、リュウキの銀色の髪、アスナ、レイナの栗色の髪を揺らす。その風に連動しているのか、巨城の崩壊は半ば以上にまで進んで言った。思い出深いフィールド、アルゲードの街も全て分解し雲の連なりに飲み込まれていった。そして、茅場の言葉は続く。

「……子供は誰しもいろんなことを夢想する。私にとってそれがあの空に浮かぶ鉄の城の空想だった。その空想に私が取り付かれたのは何歳の頃だったかな……。その情景だけはいつまでも私の中に色強く残り、色褪せる事が無かった年経るごとに、どんどんリアルに大きく広がって言った。……この地上から飛び立ちあの城へ行きたい。それが唯一の私の欲求だったのだよ。……私はね。まだ信じているのだよ――― どこか別の世界には本当にあの城が存在するのだと―――……」

 その言葉を聞いて不意に思った。
 

 本当にあの世界で生まれ、剣士を夢見て育った少年であるような……と。何も知らない少年だった自分たちは様々な出会いを経験する。その出会いはお互いもそうだ。出会い……そして片方はライバル視をしていたようだ。
 互いに力を付け合い、高みを目指して……競争しあって。そしてある日、しばみ色の瞳の少女たちと出会う。そのよく似ている少女たちは姉妹だったんだ。
 そして、最も人にとって大切な感情を……その少女から教えてもらって……。その感情を大切に……大切にしながら……。


 キリトも同じ気持ちだったのだろう。この世界で過ごして、自分は剣士だと想える様になっていたから。剣士として、愛する女性を守る、と。

「ああ……そうだといいな」

 だから、そう返していた。
 その気持ち……アスナもレイナも感じたようだ。それに……この世界でなければ2人とも会えてないのだから。この世界に囚われなかったら、恐らくこの場の誰も巡り合ってなかっただろう。決められたレールの上を歩き続ける少女達。

 他人を拒絶し、ただただ自分のために生きていく少年。

 複雑な家庭の事情で、妹と疎遠になりかけて、ネットゲームに没頭した少年。


 ……それぞれがそのままだったかもしれないのだ。茅場晶彦がした事は決して許されるものじゃない。……じゃないのだけど完全に否定はもうこの場の誰にも出来なかった。





 そして、再び沈黙が流れ……



 そして崩壊は城だけに留まらなくなった。
 この鮮やかな空や雲、太陽さえも遥か彼方の白い光にのまれて行っているのだ。

「……言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう。リュウキ君、キリト君、アスナ君、レイナ君」

 ぽつりと発せられた言葉にオレ達は右隣に立つ茅場を見上げた。茅場のその表情はとても穏やかだった。

「―――さて、私はそろそろ行くよ」

 風が強く吹き……それにかき消されるように――気づくと彼の姿は何処にも無かった。

 彼は……何処にいったのだろうか。現実世界に帰還したのだろうか。

 いや、そうではあるまい。
 意識を自ら断ちどこかにある本当のアインクラッドへと旅立ったんだろうと感じた。自分が創造した世界ではない。……自分も知らない、未知の世界へ。


 彼が作ったアインクラッドの全容は殆ど崩壊していったといっていい。その頂、魔王が座して待ち構えていた紅玉宮も主を失った今、崩れ落ちていっている。抗うかのようにまだ浮遊し続けているそれはまるで、この世界の心臓のように見えた。やがて、破壊の波は容赦なく深紅の宮殿を包み込み、下部から除々に無数の紅玉となり、飲まれていった。



 茅場がこの場から、まだ見ぬあの城へと旅立つのを見送った後。



「………じゃあ」

 リュウキは、皆の方を見た。

 どうやら、3人とも無事ログアウトをすることが出来るようだ。最後の茅場の言葉。あれが嘘だとは到底思えない。自分の気持ちに、自分の夢に真っ直ぐなあの男の事だから。実際に、面向かって会ったのは初めてだが……、その事は判る。だから、心の底から安堵することが出来た。

『もう、本当に思い残す事がない』と言う言葉。

 それは正にこの時に使うのだろう。


「……お別れだな。皆……」

 リュウキは、皆の方を、レイナの方を見て笑った。変わらないあの笑顔で。でも……、そんな笑顔を見せられても、レイナは笑う事が出来なかった。

「そんなっ……そんなのって………」

 レイナは、もう笑えない。
 いつもの、リュウキの笑顔を見ても笑えない。……そんなリュウキの目を見て 大粒の涙を零した。折角、また出会えたのに、あと少しで……今は目の前に存在している愛しい人ともう会えない……そして抱きしめる事も出来ない。今、握っている温かみが……もう二度と感じられなくなってしまう。

 レイナの心は冷え切り、絶望に彩られているようだった。
 そんなレイナに優しく包み込むようにリュウキは抱きしめた。

「泣かないで……。オレは幸せだった。……幸せって事、その本当の意味を知れた。君に、……レイナに教わった。だから……レイナはずっと笑顔でいて……。オレが好きだった……その笑顔のままで、オレに教えてくれた愛する、と言う事を誰かに教えてあげてくれ……」

 リュウキは必死に抱きしめる。
 レイナの振るえを止めてあげたくて。彼女は笑顔が一番素敵で、そして好きだったから。だから、ずっと……その笑顔でこれからも生きていて欲しい。自分に縛られる事なく、幸せに。

 リュウキはそう願ったのだ。
 
 だけど……、レイナは首を左右に強く、大きく振った

「い……いやだ……。いやだ……っ! わ、わたし……っ わたしっ……っ、リュウキ……くんと離れたくない……。いやだよぉぉ……」

 ぎゅっ……とレイナはリュウキにしがみ付いた。
 この温もりが後少しで無くなるなんて、考えたくなかった。

「リュウキくんがいなくなったら……わたし……笑えないっ……えがおでいられない…………わたし 生きてる意味が……ないっ……」

 ぽろぽろ……と その涙の量は留まる事無く増した。
 枯れることなく、流れ続ける。そして、床に流れ落ちた所で、青い硝子片となり……まるで空中に浮遊している結晶の様に辺りに漂った。
 リュウキは……抱きしめながら、レイナの背中を摩り……キリトとアスナを見た。


「……キリト、アスナ。レイナを……頼む。支えてあげてくれるよな……? オレがここまで……この場所にまで頑張れたのは、彼女の……、《レイナ》のおかげなんだ。 これからも……ずっと、頼むよ……。それが、最後の願いだ。もうそれ以上は何も要らない。……望まないから……」


 レイナとは対照的にリュウキは、穏やかな表情をしていた。

――……全てやりきった。……もう思い残す事は無い。

 そう、言わんばかりに。
 その2人を見てアスナは、目に涙を浮かべていた。レイナの、妹の悲しみが手に取るようにわかるから。

 
 アスナの立場だったら……。自分ががレイナと同じ境遇だったら、あの時考えたのと同じだ。自殺を考える……。絶対に……。

 レイナが言うように生きている意味なんて無いって思ってしまう。
 大切な妹が傍にいてくれても……悲しみが癒えるなんて想像が出来ないから。何年たっても……消えた温もりが忘れられないんだ……。だから……、今 レイナにかける言葉もリュウキにかける言葉も、出てこなかった。

 何を言えば良いのか、どう言えばいいのか、わからないからだ。どんな言葉をかけても、無理だって思えたから。

 そんな時だ、ゆっくりとキリトがリュウキの傍にまで来たのは。


「キリト……?」

 キリトのその身体は、僅かに震えていた。
 そして震える身体を抑えつけるように力を入れると手を振り上げた。振り上げた手はリュウキの頬に目掛け正確に振り下ろされた。

 バチンっ!、と 燃えるような赤い空の下、乾いた音があたりに響き渡った。

 リュウキは、レイナを抱きしめている為、避ける事が出来ず……ただ、キリトの叩かれ、振られた頬を元に戻し、キリトの方を見た。

「……なんでだよ。なんでそんなに簡単に諦められるんだよ……」

 キリトは……再び身体を震わせながらそう言う。

「……お前は、お前はあの最後の戦いの時、システムに……この世界の絶対神に抗って、オレを助けてくれたじゃないか!何で、その時の様に、今も、今も!!最後の最後まで抗ってやろうってしないんだ!」

 次にキリトは、リュウキの胸倉を掴み上げた。そして感情のままに……怒鳴りつけた。
 キリトにとっても、失いたくない大切な親友だからだ。あの最後の言葉。初めて親友と呼んでくれた。自分もずっとそう思っていたんだ。

「きり……と?」

 リュウキは、目を見開いてキリトを真っ直ぐに見つめた。こんなキリトは、初めてだったから。

「……惚れたんなら、好きになったんだったら! 愛しているんだったら!! 他人に任せずにお前が支えろよ! お前がこれからも支え続けろよ! 最後の最後まで、最後の瞬間まで! ……抗って見せろよ! 彼女を泣かせるなってオレに言っておいて、お前がそんな情けない事をするなよ!」

 目を見開かせるキリト。
 その瞳は黄色、黄金色に染まっていた。最後まで言い終えたキリトは、その片目から涙が流れ落としていた。涙の粒は、硝子の床に落ちると、砕け散り……、宙を漂った。

「ッ…………」

 キリトに言われ……リュウキの目の色が徐々に変わっていく。何を言われているのかを、ゆっくりと、ゆっくりと、心の中で録音し、再生する。

「リュウキ……お前、悔しくないのか? オレにここまで言われて、ずっと前を走ってたお前が最後の最後で、オレに追い抜かれて、負けたままで!」

 キリトは、まだ泣き続けるレイナを見て、そしてリュウキを見た。リュウキの目の色は、さっきのまでの色じゃないのは、わかった。

「悔しかったら……何とかしてみろっ! 何とかしろよ!! 最後の最後でオレに負けてお前は平気なのかよ!!」

 そう言い切り、カッと開かれた目から、再び涙が雫となって飛び散った。
 それは、リュウキの顔にまで届き……伝って流れ落ちる。リュウキはその涙にそっと触れていた……。

「りゅうき……っ りゅうきくんっ……」

 レイナは……ただただ泣き続けた。
 リュウキの胸元に、しがみつき、決して離れようとしなかった。

 おそらく、レイナのこの手は自分を……。

 この世界が終わって皆が消えるその瞬間もきっと放さないだろう。

 リュウキは、そんなレイナを……今も止まることなく、ずっと涙を流し続けているレイナを見つめた。


――……悔いはなく、後悔だってない。……でも、レイナはずっと……ずっとこうやって泣き続ける……?オレのせいで……?
――……初めての、大好きな人、愛する人にずっと辛い想いをさせ続けるのか……?オレは……。
――……助かった……はずなのに、涙を流し続ける……のか?


 リュウキは、自問自答を繰り返している時だった。


――……この世界での自分の原動力はなんだった?


 その疑問が頭の中に生まれ、そして頭が急速に回転し始めた。初めは、きっと……サニーの意志をくんだ事もあるだろう。人を助ける事を誇りに思って、理不尽に抗う事を忘れなかった彼女の事。
 そして、自分自身の為もあったと思う。
 自分の好きな世界で、誰かが死ぬのなんか考えたくないと。

――……そして……後半からは?

 ……ここで生まれた絆を大切にしたいと思っていたんだ。レイナは勿論、キリトだって、アスナだって……。

 そして、いつからだっただろうか? その心の内の 大半が、レイナでいっぱいになったんだ。

『彼女を守りたい。現実へと連れて帰りたい』

 強く思っていた。
 リュウキはその気持ちを思い出していた。彼女を守りたいと言う気持ちだ。


 リュウキの目は……次第に生気が強く宿すようになっていった。そして強い強い感情が……リュウキの中に戻ってきた。


 キリトの時だってそうだ。


――なんで、キリトにリュウキはあんなに怒ったのか。……彼女を、アスナを心配させたから、だろう?


 キリトが茅場に殺られてしまいそうだった時。皆を置いて、逝ってしまう……と思った時。
 茅場に貫かれ、HPが消滅し目の前に《You are dead》の文字が浮かんだあの時。

 強く想った感情を、リュウキは思い出したのだ。


「レイナ……」

 リュウキは……レイナを摩りながら話しかけた。キリトの問いには答えず。彼女はまだ身体を震わせて涙を流し続けている。真の意味で……その震えを止める為に。

「悪い。訂正するよ……。レイナ。……暫く、お別れだ」

 リュウキのその言葉を聞いて……、ぴくりとレイナは反応した。
 キリトのあの叱咤もレイナの耳、心に届かなかったのにリュウキの言葉はダイレクトに届いてきた。

「っ……っ……。しば……らく……?」

 そう、その言葉に反応したのだ。泣きじゃくる顔をリュウキの方へと向けた。視界は涙でいっぱいだから……リュウキの顔をはっきりとは見えなかった。
 涙を拭って……拭って……、レイナはリュウキの顔をみた。

「ああ……」

 そう言って、レイナの頭を自分の胸に抱かかえた。

「……少しばかりキリトに、キリトの挑発にムカついてしまった。……ははは。そうだよ、まんまと親友(キリト)の目論見にのってしまったよ。……ここまできて、最後で負けたくないもんな? ……だから やってやろうって気になったよ」

 そう言いながらキリトとアスナの方を見て笑う。その顔はさっきまでの表情じゃない。生気に満ちている、そんな感じがしたのだ。

「っ……。ああ、やってみろよ!」

 キリトは、そう返す。涙を拭いながら。

「………私も信じてる。信じてるから。リュウキ君、お願いだからね……? レイナは、私の大切な妹なんだから。悲しませないで……。私じゃ、レイの涙……止められないよ? 悔しいけどね。……判ってよ?リュウキ君がレイと言うように、レイだって、リュウキ君が一番なんだから……。それに、私達は、家族、なんだから……」

 アスナも涙を拭いながらそういった。

 そして、キリトにしがみ付く。その目には……拭ってもやっぱり涙はあふれ出ていた。アスナも……辛かった。辛かったんだ。友達が……目の前で死ぬのを見て辛くならない者なんていないと思うから。それでも、1人ででも 強く無ければならない。非情にならなければならない時はあるから。気丈に振舞わなければならない時だってあるから。

 全てから解放されたアスナは、純粋にリュウキを想う事が出来た。 自分にとって、リュウキはもう家族なんだから。


「ほんと……っ? ほんとに、また会える……? あっちで……おつきあいして……けっこんして……一生あなたのとなりで……いられる……? あなたの傍でいられる……?」

 涙でくしゃくしゃになっているそのレイナの素顔、そのレイナの顔はとても美しいと思う。
 思わずリュウキは見惚れてしまっていた。

「……ああ、それは……ッ。いや、オレから言わないとな。オレからお願いするよ。一生……オレの隣でいてください。支えてください。……オレは君を、レイナを心から愛しています」

 レイナは、リュウキを抱きしめ返し、そう言った。

「わ………わたしも、リュウキ君の事、愛しています……。心から、愛しています……」

 2人はまるで、この燃えるように朱い空の下で婚礼の儀を行っているようだ。
 ……結婚式の様にそう宣言しあっていた。立会い人はキリトとアスナの2人。

 その言葉は決して2人は忘れないだろう。必ず実現をさせろと、眼で伝えたのだった。







 そして、暫くレイナを抱きしめた後、キリトの方を見た。

「そうだな。……所詮はデジタルデータ。だった。だろ?キリト。お前の言葉で燃えてきたよ。きっと……やってみせる。それに確か……アルゴ曰く『白銀の剣士に死角は無い』……って事だったろう?……む、以前に言われた言葉だがやはりむず痒い、な……」

 リュウキは自分で言ったくせにそう言い苦笑いをしていた。

 そんな姿を見た3人は……笑顔を見せた。できない事を言うような……嘘を言うような男では無いから。信じられる……信じられるから。だからこそ、レイナの表情はどんどん明るくなっていた。

 再び涙を何度も何度も拭って……。そして、両手でしっかりリュウキを抱きしめた。





 そして、時間にしてどれくらいたっただろう?まだ、その時は訪れなかった。

 まだ残されているこの空間、この時間。
 この瞬間を大切にしたかった。だから、他愛も無いことを4人はしていた……。この世界で生まれた思い出話。
 世界が崩れていくのは、寂しかったけど、その破片のひとつひとつが、思い出を呼び起こしてくれていたんだ。



 そして……。



「っ……そうだ……」

 レイナは……、何かを思い出したかの様に、リュウキの目を見た。

「リュウキくんの本名……、教えて……。本当の名前……。皆で帰ってこられるなら……きっと向こうで、探すから……。あなたの事を……きっと見つけて見せるからっ!」

 レイナは、まだ、少し出ている涙拭いながらそう聞く。大好きな人の名前を、心に深く刻み付ける為に。そして、必ず見つける為に。

「本名………か」

 リュウキは、少し戸惑った表情をする……が。直ぐに笑顔になった。

「そう……そうだな。オレの名は 竜崎(りゅうざき)。……《竜崎(りゅうざき) 隼人(はやと)》。アインクラッドの月日が現実世界と変わらない、一緒だとしたら、今は15歳。……後2ヶ月で16歳かな……」

 リュウキ……、隼人はそう言い笑う。
 本名を答えたのは……きっと彼女達が始めてだ。使った名前なんて、竜崎(りゅうざき)の《ざ》をとっただけの簡易ハングルネームであるRyukiの方が長いから。

「りゅうざき、はやとくん……はやとくん…………」

 レイナは愛しそうにその名を目を瞑り胸元で手を握りながら呟く。
 頭に……心に刻み付けるように。決して忘れないように。そして、再び目を開いて。

「あはっ……思ったとおりだよ。私達、同い歳だったね……。私は玲奈(れいな)。《結城(ゆうき) 玲奈(れいな)》 後1ヶ月で 16歳です」

 その笑顔に答えるようにそう返した。さっきまでの悲痛な表情はもう消え失せていた。それを聞いた2人も続く。

「……オレの名は桐ヶ谷(きりがや)……《桐ヶ谷(きりがや) 和人(かずと)》。 オレもリュウキ……隼人と玲奈の同学年だな。16歳だ。」

 キリトは2人に言いつつ、最後はアスナの方を見てそう言った。キリトはリュウキの事はその容姿から歳下かと思っていた。……、でも頭も切れるし、言葉には説得力もあるから真には解らなかった。……でも鈍感、それを考えるとやっぱり幼さも感じる。
 その真実は同い歳だったようだ。

 キリトはその事で若干苦笑いをしていた。

「あ~私が一番年上だったのかー……。私はね。玲奈の姉《結城(ゆうき) 明日奈(あすな)》。……17歳です」

 明日奈も微笑を絶やさずにそう言って笑った。
 歳が一番上と言うのはちょっと、複雑だったけれど、今は笑顔以外の表情はない。 


「ゆうき……れいな。……ゆうき、あすな。……きりがや、かずと」


 リュウキ……隼人は、その名前をしきりに呟く。
 隼人は……この時ほど、安堵感に包まれたことはなかったんだろう。現実での名を言うと言う事。その事がレイナ、キリト、アスナ……3人が間違いなく、本当に現実へと戻れるのだと言う事実を更に一ランク上に実感させた。それを認識させたその瞬間、彼の心が……緩んだんだ。

 この時、初めて隼人の両の目から大粒の涙が零れ落ちていた。留まることなく、流れ落ち続ける。

「よか……った。本当に……よかった………。皆 無事で……ほんとに………よかった……」

 溢れ出る涙はいつまでたっても止まらず、水晶板の上に零れ落ちていた。


――……無事に現実へと還す。


 それは和人と共に誓った。互いに最愛の人を。だが、勿論隼人は玲奈の事だけじゃない。キリトを……和人のことも愛する人の姉、アスナ……明日奈のことも強くそう思ったのだ。


―――……この世界で生まれた、初めて出来たかけがえのない人たち。


 この世界で初めて出来た大切な人たちだから。友達……いや、親友……そして、愛する人を。

「はやとくん……。」

 玲奈も思わずしがみ付くように抱きついた。

「ッ……俺だって同じ……だっ」
「……うんっ」

 その玲奈の後に2人が続く。抱き合う2人を包むように。

 キリトとアスナ。
 和人と明日奈は互いにしっかりと手を取り合いながら……。それはまるで、光に寄り添うようだった。4人は集まり……そして崩壊して行くこの世界の終焉の場所で最も光り輝いていた。

「オレは……必ずやってみせるから……。また、会おう。やくそく……」

 リュウキは、3人にそうはっきりと言った。そして、皆頷きあい………。皆で示し合わせたかのように、言う。



――――……やくそく……必ずまた、みんなで会おう。きっと、向こうでも。



 ……と。
 そして……、世界の終焉は間近だった……。
 最後に残った意識の中で、甘やかな鈴の音が響き渡った。4つの鮮やかな魂が重なり合いそして溶け込み拡散して……。


 光の中へと消えていった。












~????????~







――……ここは、どこだろう。




 ここの空気には、匂いがある。
 鼻腔に流れ込んでくる空気には大量の情報が含まれている。それはあの世界ではこれ程までには感じられなかった程の情報の量。

 鼻を刺すような消毒薬の匂い。乾いた布の日向くさい匂い。果物の甘い匂い。そして、自分自身の匂い。

 それを感じたその時……。ゆっくりと目を開けた。その途端に、脳の奥にまで突き刺すかのような強烈な白い光を感じ、慌てて目をぎゅっと閉じる。それは、まるで、目を一度も使ったことが無いかのような感じだ。そして、恐る恐るもう一度、目を開けてみる。

 その世界は様々な色の光の乱舞。

 そして其れを感じた途端に瞼に大量の液体が溜まっているのに気がついた。どうやら自分は泣いている……泣いているのだろうと気づいた。

――……だが、何故だろうか?

 激しく深い喪失の余韻だけが胸の奥に切ない痛みとなって残っている。耳に、叫び声が残っている。それらは複数の声であり、叫び……として残っている。

―――……気のせいじゃない。

 そして、あたりを見渡す。体は……まだ、言う事を聞かない、自分の身体じゃないと思える程に。だから、目を左右に振る。

 まだ、強すぎる光にあたりを直視する事は難しいが、細めて辛うじて見ることが出来ていた。天井、そしてオフホワイトの光沢のあるパネルが格子状に並んでおりその内のいくつかは奥に高原があるらしく柔らかく発光していた。

 そして、見覚えのある機械が目に入る。

 それは空気を吐き出しており、低い唸りも上げている。


―――……空調装置?つまり……ここは……。


 ある一つの結論に達した。
 そう……機械など、あの世界にそんなものあるわけもなく、作れるはずも無いのだ。どんな鍛冶スキルの達人であったとしても。だから……あれが本物であるのなら……。


―――ここは、アインクラッドじゃない。


 その瞬間、完全に目を見開いた。
 そう結論づいて、漸く意識が覚醒したのだ。だが、意識は覚醒しても体は言う事を聞かない。全く全身に力が入らないのだ。だけど、その内に右手だけは何とか動かす事ができた。
 利き腕だったから……なのかもしれない。だが、その右腕も見る影も無いほどやせ細っている。

 自分自身の体だとは思えないほどに……。

 その腕にはやせ細っているせいか、血管が青みがかかったわかりやすく浮き上がり見えており、関節には小さな皺が寄っている。

 それは、恐ろしいほどにリアルな光景だった。

 先ほどの機械同様、あの世界じゃ絶対に無理なもの。再現しきれないであろう光景。生物的過ぎて違和感が感じられるほどのもの。そして、その右腕を……ゆっくりと指を出し、振ってみる。
 ……だが、思った通りウインドウは現れなかった。間違いなく、この世界は……。

 ここは、《現実世界》なのだと理解できた。

「い……か……ないと………」

 理解したと同時に、辛うじて、取り戻す事ができた左腕の感覚、そして脚……。全く言う事を聞かなかった体に活を入れるが如く傍にある点滴に掴みかかり立ち上がろうとしていた。無数に刺されていた注入針を引き抜き……。
 点滴の支柱に捕まり、杖代わりに立ち上がった。だが、気を抜けばすぐに膝が崩れ落ちそうになる。
だから、思わず苦笑してしまう。あの世界では、超人的な動き、筋力パラメータを持っていたものが今じゃ見る影も無いのだ。

「あ……す……な……。」

 声に出たのは愛している少女の名。彼女の姿……美しい容姿、瞼を瞑れば鮮明に思い出せる。ここが何処なのか理解するよりも遥かに早く。

「み、……んな……と、……やく……そくを……」

 声を出すのも億劫だったが、漸く声帯にも僅かながら力が戻ってきたようだ。

 少年の名は 《桐ヶ谷 和人》。

 あの世界の終末をこの目で見た数少ない4人のプレイヤーの1人。

 そして、最後のあの瞬間の約束を果たすまで。そして、愛する女性をこの腕に抱きしめるまで。自分の戦いは終わらない。

 4人で誓い合ったあの事を胸に……。

 あの世界では相棒であり、愛剣であった二刀の剣に代わり点滴の支柱を握り締め、それに体を預けて桐ヶ谷 和人はドアに向かって最初の一歩を踏み出した。





 
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