| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

SAO編
  第72話 純真無垢

 そこから現れたのは《3つの影》だった。
 内2人は、夜の闇にでも鮮やかに浮き上がる白と赤の騎士服。言わずと知れず、双・閃光のアスナとレイナ。2人は左右に別れ、中心にいる人物に細剣を突きたてている。
 決して逃がさぬように……だ。

 その2人の持つ武器はアインクラッドで最も繊細且つ美麗な剣。……だが、その裏では一点を貫く、あらゆる防御を貫く獰猛で凶悪な武器でもある。そう一点突破に優れている刃なのだ。そして、攻撃速度も類を見ないと言われる程早い。最早逃げる事は叶わない。

 そして2人に連行されるかの様に……来たのは男。

 その男はかなりの長身。
 裾の長いゆったりとした前合わせの皮製の服。そして、つばの広い帽子。そして、闇夜でも月光が反射して光るのはサングラスをつけているからだろうか。その姿は、鍛冶屋と言うよりは、香港映画に出てくる兇手(ヒットマン)を思わせる雰囲気。……先入観がそう見させると解ってはいるのだが、限りなく黒の存在だ。例え、そのカーソルは≪グリーン≫だろうと、その本質は≪レッド≫に違いない。

 この時、キリトはアスナとレイナの2人を見て少し安堵していた。
 あの男の逃走を阻止する為にも、2人が一時的にもオレンジになってしまう事も覚悟していた。真相を知って、正義感の強い2人が逃がす筈も無いと思えるからだ。……だが万が一そうなったとしても、こちらにはリュウキもいる。
 2人で協力して七面倒くさいクエストに付き合うつもりだった……が、どうやらその必要もなさそうだと思ったのだ。

「……やぁ、久しぶりだね。皆」

 グリムロックは、静かに……そして低い声色で皆に言った。その姿を見たヨルコは涙混じりに……。

「グリム……ロックさん…… あなたは……あなたは本当に……?」

――グリセルダを殺して、指輪を奪ったのか。そして事件を隠蔽するために、更にこの3人をも消し去ろうとしたのか。

 言葉には出さなかったが、誰の耳にも聞こえたその問いに、この元《黄金林檎》サブリーダーである鍛冶師グリムロックは、すぐには答えなかった。
 アスナとレイナは、レイピアを鞘へと収めた。最早逃げないと悟ったからだ。仮に逃げたとしても、ここに居る2人から逃げられるとは、到底思えなかったからと言う事もあるだろう。

 その圧力から解放されたグリムロックは微笑が滲んだままの唇を動かした。

「……それは誤解だ。私はただ、事の顛末を見届ける責任があろうと思ってこの場所に向かっていただけだよ。そこの怖いお姉さん達の脅迫を素直に従ったのも、誤解を正したかったからだ」

 その言葉を、否定の言葉を訊いて、キリトは瞠目した。確かに、PoH達とこの男の繋がりの証拠は得られるだろう。だが、指輪事件の方は間違いない。システム的に言い逃れようがない筈だ。

「嘘だわ!」

 鋭く反駁したのはアスナだ。そしてレイナが続く。

「あなたは、ブッシュの中で、隠蔽(ハイディング)してたじゃないっ! お姉ちゃんが気づいて、看破(リピール)されなければ動く気もなかった筈だよ!」

 気配を消し、隠れていたとなれば、確かに怪しさは一段階は増すだろう。

「仕方がないでしょう、私はしがない鍛冶屋だよ。この通り丸腰なのに、あの恐ろしいオレンジ達の前に飛び出していけななかったからと言って、責められねばならないのかな?」

 その顔はあくまで穏やかだった。人を手にかけているとは思えない程の顔、だった。その雰囲気はあのPoH達にも通じる物があった。人を殺すのに、何も感じていない。
 だからこそ、普段通りにいられる。精神が、もう壊れてしまっている為故。
 そして、キリトが口を開いた。

「初めまして、グリムロックさん。オレはキリトっつぅ、まあ ただの部外者だけど。……確かに、あんたがこの場所に居たことと、《ラフィン・コフィン》の襲撃を結びつける材料は今はない。あの連中に訊いても証言してくれるわけないしな」

 確かに、キリトの言うように、実際 今ここでこの男にメニューウインドウを可視化してもらい、フレンドリスト、または送信済みメッセージをチェックすれば、そこには《ラフコフ》の暗殺依頼窓口になっているプレイヤーが存在する筈だ。
 ……が、ラフコフ規模は思いの他多い。そして ここに居る誰もがその窓口相手の名を知らない。だから、その1件ではなく、以前の事件についてを話しだした。

「でも、去年の秋の、ギルド《黄金林檎》解散の原因となった《指輪事件》……これには必ずあんたが関わっている。いや主導している。なぜなら、グリセルダさんを殺したのが誰であれ、指輪は彼女とストレージを共有しているあんたの手元に絶対に残った筈だからだ。あんたはその事実を明らかにせず、指輪を密かに換金して、半額をシュミットに渡した。これは、犯人にしか撮りえない行動だ。ゆえに、あんたが今回の《圏内事件》に関わった動機もただ1つ。……関係者の口を塞ぎ過去の闇を葬ることだ、と言う事になる。違うかい?」

 キリトはそう言い終えると、グリムロックの目を見ていた。キリトの推測は、このエリア第19層に来る前に、全員で熟考した結論だ。状況証拠としては、間違い事だと思える。

 そして、濃い沈黙が荒野の丘に生まれる。月光がグリムロックの顔に痛い陰影を刻み付けると同時に、やがてその口許が歪み、声が流れた。

「なるほど、面白い推理だね、探偵くん。でも、残念ながら1つだけ穴がある」
「なに?」
「………」

 反射的に問い返すキリト、そして 黙って状況を見ていたリュウキ。それを確認したグリムロックは続けた。

「確かに、当時私とグリセルダのストレージは共有化されていた。だから、彼女が殺されたとき、そのストレージに存在していた全アイテムは私の手元に残った。……という推論は正しい。だが、しかし……もし、あの指輪がストレージに格納されていなかったとしたら? つまり、オブジェクト化され、グリセルダの指に装備されていたとしたら……?」
「あっ……」
「っ……」

 アスナとレイナの2人は同時にかすかな声を漏らしていた。虚をつかれた、という意味では正しい反応だった。確かに、そのケースは考えられる事だからだ。グリセルダがオブジェクト化したか、否か、そして何よりも、共通ストレージから、グリムロックへと転送された時に、指輪があったか、否か。それはもう確認の仕様がないのだから。
 黒であれば、確実に売り払っている筈だし、白であれば 殺されたその時に、盗られてしまってる筈だから。
 
「グリセルダは、スピードタイプの剣士だった。あの指輪に与えられる凄まじい敏捷力補正を売却する前に、少しだけ体感してみたかったとしても、不思議はないだろう? いいかな、彼女が殺されたとき、確かに彼女との共通ストレージに格納されたアイテムは全て私の手元に残った。しかしそこに、あの指輪は存在しなかった。そういうことだ探偵君」

 何も言い返せないキリト。そのうちに強く奥歯を噛み締めていた。何とかあの主張を論破しようと材料を探すのだが、指輪がグリセルダの指に装備されていたか否か、それを証言出来るのは実際に彼女を手にかけた殺人者、恐らくはラフコフのメンバーだけだろう。それ以外、証言証拠は有り得ない。
 グリムロックが、認める筈がないから、最早八方塞がりだ。

 それを察したグリムロックは、この場にいる全員をぐるりと見わたすと、慇懃に一礼する。

「では、私はこれで失礼させてもらう。グリセルダ殺害の首謀者が見つからなかったのは、残念だが、シュミットくんの懺悔だけでも、いっとき彼女の魂を安らげてくれるだろう」

 帽子の鍔を軽く持ち上げつつ身を翻そうとした時。

「……あんたの化けの皮が、剥がれかけているぞ? グリムロックさん」
「何の事だい?」

 ずっと、黙って訊いていたリュウキ。キリトが推理をしていく時も、ただ冷静にグリムロックのその顔をじ、っと見ていたリュウキがこの時初めて口を開いた。

「まぁ、此処から先は何の証拠もない。……あんたにとってみればただの戯言に等しい。……だが、訊いていけよ。此処まで来たんだ」

 リュウキは、そう言うと奥歯を噛み締めているであろう、キリトの肩を軽くたたき、そして再びグリムロックへと視線を向けた。

「無根拠な推理を続けるのかな? ここは私にとっても神聖な場所だから、遠慮させて貰いたいんだがね」

 グリムロックはそう言いつつも、翻そうとしていた脚を止め、リュウキを見返していた。

「オレは、様々な層を歩いてきているし、いろんな人達を見てきた。この世界で必死に生きている人や、共に戦い、抗い続けてきている仲間達、……ラフコフの様などうしようもない連中も然り、そして、その中には不幸にも仲間を失ってしまった人達とも会った事がある」

 リュウキはそう言うと、すっと視線を狭めた。

「……色んな人間(プレイヤー)を見てきた。だが、あんたの顔。……今までの話を訊いていた時、反論する時、表情の変わりと変化。瞳孔とも言える眼の変化。……とてもじゃないが、大切な人を失ってしまった悲劇の主人公とはどう見繕っても視えない」

 これは、勿論ただの推測、いや それ以下だとも言える。目の動きを観察し、その意識を読むアイ・アクセシング・キュー。それと同様の事をリュウキはしただけだ。
 無関心な部分が多いと言えるリュウキだが、人を視てきた、と言う意味では、彼が一番だろう。様々なプレイヤーを視てきたリュウキだからこその感性だとも言える。 

「随分と失礼な物言いだね。私は表情には出づらいんだ。無根拠の無いどころか、君のそれは暴論だ。《目付きが悪いヤツは、皆犯罪者、殺人鬼》 と言っている様なものじゃないのかい?」
「確かにな。……反論出来ないキリトやアスナ、レイナ達を視た時のあんたの眼、酷く喜んだ様だったから。悪いね。……視るのが癖なんだよ」

 リュウキはあくまで鋭い視線を外さない。その眼光は全てを射抜くかの様な言いようのない圧力を感じた。
 幾らグリムロックでも、そればかりは例外じゃない。確かに暴論だ。目を見た、表情を見た、と言っても こじつけとも言えるし、証拠とすらなっていないから。
 だが、あのラフコフでさえ、畏怖するその眼に睨まれてしまえば、僅かにだが萎縮してしまう。

 威圧しての尋問は、確かに現実でも冤罪を生む事もある。

 でも、この時 リュウキが足止めとして 話さなければ 彼女は あまりの事で、気が動転し 言葉を発する事が出来なかったかもしれない。

「……グリムロック」

 強い口調でそう言い、リュウキとグリムロックの間に割って入ってきたのはヨルコだった。

「君まで、無根拠で私を責める、というのかい? もう勘弁してもらいたいのだがね。彼女が眠る神聖な場所で、これ以上続けるのは」

 グリムロックは、その眼の威圧から、逃れられると思ったのか、喜々した様子が僅かにその表情に現れていた。……それはキリトにも判った。
 あの眼は、表情は濡れ衣を着せられている不安と不満ではない。どうにかして逃げ出したい、この場から離れたいと言う想いだけだと。

「私、思い出したのよ。完全に、貴方の主張を覆せるだけの事を、全部!」
「……ほう」

 ヨルコの発言を訊いて、再びその目付きが揺らいだ。安堵していた様子が次第に薄れていく。

「リュウキさんや、キリトさんの話を訊いてから、私はずっと考えてた。そして貴方はこう言った。殺人者にあの指輪は奪われた。……グリセルダさんの指に装備していたから、その場にドロップしてしまってと。……でも、それは有り得ない事なのよ」
「有り得ない? どんな根拠で」

 安堵感が薄れてきている、とは言え、なめらかに、そして轟然と言い放つグリムロック。そんな彼にヨルコはなおも苛烈な声を浴びせた。

「あのアイテムについては、ギルド内でも沢山話し合った。勿論、グリムロックも知ってるわよね。売却するか、ギルドで使うかを議論している最中、売却否定派だった、カインズはこう言った。『黄金林檎》で一番の剣士はリーダーだ。だから、リーダーが装備すれば良い』って。 それに対して、彼女がなにを言ったか、貴方は覚えてる?」

 ヨルコの問いかけに、グリムロックは何も言えずに押し黙った。それを見て、更に続ける。

「私は思い出せる。……一字一句を。あの人は笑いながらこう言ったのよ。『SAOでは、指輪アイテムは片手に1つずつしか装備できない。右手はギルドリーダーの印章(シギル) そして、左手の結婚指輪は外せないから、私には使えない』 そう言ってたのよ。……つまり、その2つのどちらかを外して、こっそり試してみるなんてこと、彼女がする筈がないのよ!」

 確かに、メインメニューの装備フィギュアに設定されている指輪スロットは、右手と左手に1つずつであり、両方埋まっていれば、新たな指輪は装備出来ないだろう。……だが、それもどうしても証拠としては弱い。
 キリトは、まだ睨んでいる様にグリムロックを視て逃さないリュウキを尻目にそう思った。
 状況の全ては、この男が黒だと言っている。でも、その証拠がないのには変わりない事だから。

「《する筈がない》? 何を言うかと思えば。それは彼の暴論と変わらない主張だよ。それを言うなら、《グリセルダと結婚していた私が、彼女を殺す筈がない》、とまずは言ってもらいたかったよ。高圧的に彼から言われている僕に対して」

 グリムロックは、親指でリュウキを指しながらそう言う。だが……、決して、彼の眼をまた見たりしなかった。だが、その縛りにも限界はあるだろう。自白の可能性が全くないと言う状況で、これ以上束縛をしては置けないからだ。
 
 その時、ヨルコは、そんな彼の言い分に対し囁く様に答えると同時に、首を横に振った。

「いいえ、違うわ。根拠はある。……リーダーを殺した実行犯は、殺害現場となったフィールドに、無価値と判断したアイテムをそのまま放置していった。それを発見したpるえいやーが、幸いリーダーの名前を知ってて、遺品をギルドホームに届けてくれた。だから私達は、ここを……、この墓標をリーダーのお墓にすると決めたとき、彼女の使っていた剣を根元において、耐久度が減少して消滅するのに任せた。でもね、それだけじゃないのよ。みんなには言わなかったけど、私は遺品をもう1つだけ、ここに埋めたの」
 
 言うやいなや、彼女は墓標の裏に跪くと、素手で土を掻き始めた。全員が無言で凝視する中、やがて立ち上がった夜子は右手に乗ったものを差し出した。
 それはじめんから掘り出されたのにも関わらず、月光を受けて銀色に光るごく小さな箱。

「あ……、それは……」
「……永久保存トリンケット」

 トルコの手の中にあるその箱を見たレイナとアスナは小さく叫んだ。ヨルコが示したそれは、マスタークラスの細工師だけが生成できる《耐久値無限》の保存箱。
 大きさが精々10cm四方の為、大きなアイテムは入れられないが、アクセサリ程度であれば、収納は可能だ。そして、自然消滅する事も絶対にない。

 ヨルコは、銀の小箱の蓋を持ち上げた。その白い絹布の上に鎮座するのは、2つの指輪。

「これは、リーダーがいつも右手の中指に装備していた《黄金林檎》の印章(シギル)。同じものを私も持っているから比べればすぐにわかるわ」

 それを戻すと、次にもう一方、黄金に煌く細身の指輪をそっと取り出した。そして、それと同時にヨルコは、溜まっていた涙を弾けんばかりの勢い、形相で告げた。

「そしてこれは……これは! 彼女がいつだって左手の薬指に嵌めていた、あなたとの結婚指輪よ、グリムロック! 内側に、しっかりとあなたの名前も刻んであるわ! ……この2つの指輪がここにあるということは、リーダーは、ポータルで圏外に引き出されて殺されたその瞬間、両手にこれらの装備をしていたという揺るぎない証よ! 違う!? 違うというのなら、反論をしてみせなさいよ!!」

 涙混じりの絶叫が周囲に木霊する。頬には大粒の雫が流れ続ける。
 真っ直ぐにつきつけたその箱を見て、グリムロックは凍りついてしまっていた。最早、言い逃れができない決定的な証拠だったからだ。
 
「何でなのグリムロックっ! 何でリーダーをっ! 奥さんを殺してまで指輪を奪ってお金にする必要があったのっっ!!??」


 ヨルコが、そう訴えた瞬間、頬を伝っていた大粒の涙も、弾けとんだ。そして、その言葉に対するグリムロックの答えは、想像していたそれと違った。

「…………金……?金だって?」

 その笑いに、戸惑っているように眉を寄せるヨルコを見上げ 次いでオレ達を順番に見渡し、グリムロックは乾いた声で笑っていた。そして、左手を振り、メニューウインドウを呼び出すと、短い操作でオブジェクト化させる。

 オブジェクト化させたのは、やや大きめの革袋。

 全員がそれの中身が何なのか、理解出来た。澄んだ金属音がいくつも重なった音、それを訊いて中身が大変な額の金銭だと言う事に。

「これは、あの指輪を処分した金の半分。金貨1枚だって減っちゃいない。………金のためではない。私は……私はどうしても彼女を殺さねばならなかった。彼女がまだ私の妻でいる間に。」

 丸眼鏡を一瞬苔むした墓標に向け、直ぐに視線を外した。

「グリセルダは、現実世界でも私の妻だった」

 その言葉に皆が驚愕を隠せない。小さく口を開ける。鋭く息を呑む。そしてヨルコ達も驚きの色が走っていた。当然だろう……、現実世界での本当の婚約者に手をかけたのだから。

「私にとっては、一切不満の無い理想的な妻だった。夫唱婦随と言う事場は彼女の為にあったとすら思えるほど、可愛らしく、従順でただ一度の夫婦喧嘩すらした事が無かった。だが……共にこの世界に囚われた後……彼女は変わってしまった……」

グリムロックは帽子に隠れた顔をそっと左右に振り低く息を吐いた。

「強要されたデスゲームに怯え、恐れ、竦んだのは私だけだった。いったい、彼女のどこにあんな才能が隠されていたのか……。戦闘力においても状況判断力においても、全てが私よりも大きく上回っていた……。それだけではない。私の反対を押し切って、ギルドを結成し、鍛え始めた。……彼女は現実世界にいるときよりも遥かに充実したようで生き生きとして……その様子を側で見ながら、私は認めざるを得なかった。私の愛した《ユウコ》は消えてしまったのだと。これでは、たとえゲームがクリアされて、現実世界に戻れる日が来たとしても、大人しく従順だった彼女は、ユウコは永遠に戻ってこないのだと」

 前合わせの長衣の肩が小刻みに震える。それが自嘲の笑いなのか、あるいは喪失の悲嘆なのか、皆には判断が出来なかった。囁くような声でそれは更に続く。

「……私の畏れがわかるか? 君らに理解できるかな? もし現実世界に戻った時、ユウコに離婚を切り出されでもしたら……、そんな屈辱に私は耐えることができない。ならば! ならばいっそ、合法的な殺人が可能なこの世界いる間にユウコを! 永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を誰が責められるだろう!?」

 それは、正におぞましい独白だった。
 それが途切れても、暫く言葉を発するものはいない。キリトは、自分の喉からひび割れた声が押し出されるのを聞いた。

「屈辱? 屈辱だと……? 奥さんが言う事を聞かなくなったから、……そんな理由で、奥さんを殺したって言うのか?SAOから解放を願って自分を、そして、こんなにも慕ってくれている仲間がいる人を!そして……いつかは攻略組の一員にもなれただろう人をアンタは……そんな理由で……」

 背中にある剣に走ろうと一瞬震えている右手を、キリトは無意識に左手で抑えていた。……今直ぐ斬り捨てたいと言う衝動に悩まされているのだろう。その手前勝手なその考えに。
 その問いにグリムロックは一笑、そして囁きかけた。

「……そんな理由? 違うな、十分すぎる理由だよ。君達にもいずれわかるさ、探偵諸君。愛情を手に入れ、それが失われようとしたときにね」

 そう口にしたその時だった。
 ヨルコの話、そしてこの男の独白、それを、じっと聞いていたリュウキがピクリと動いた。

「……それはおかしいな」

 そう一言、リュウキは言った。
 アスナとレイナが真っ向から否定しようとしていたが、リュウキが僅かに先に言っていたから、思わず言葉を噤んでいた。

「……オレは、正直愛情と言うものはわからない。沢山の人を視てきても、それだけは 理解できていない。……親が子に抱く、子が親に抱く愛情と言うのはよく判る。……よく判る。だがな、矛盾しているかもしれないが判らなくとも、判る事はあるんだよ」

 リュウキはゆっくりとした足取りでグリムロックの方へと歩み寄る。眼光からの威圧はもう既に解放していた。

「ほう……。所謂、親愛しか知らないお子様が愛情で解る事があるというのかね?」

 全てを認めたグリムロックは、もう何も畏れはなかった。それはあの眼に関してもそうだ。 
 グリムロックは、たとえどんな事を言われても、自分を正当化するだけの理由があると信じて疑っていなかった。だから、リュウキの眼を見たって、もうなんとも感じなかった。

 だが……。

「アンタの話しを聞いて思い浮かんだ言葉があるんだ」

 グリムロックを心底軽蔑するかのような表情で見ながらリュウキは続けた。その眼は、先ほどの様な凶悪な視線ではない。ただ、憐れむ様な 嘆かわしささえ出している様な、そんな眼。

「……何?」

 その思いがけない言葉が飛び少し戸惑っていた。この男もキリトの様に、幼稚な言葉を面並べるだけだと思っていたからだ。腕は立つかも知れない。あの殺人ギルドをも畏れさせる事も、ある意味では納得出来た。
 だが、それはあくまでデジタル世界……仮想空間での強さ。虚構に過ぎない。ただの子供なのだと思っていたのだから。

「……それは、《支配欲》そして《独占欲》。ああ……他にもあった、《所有欲》……だな。確か……愛情と言う言葉は様々な意味を持つらしいが、それらとは似ても似つかない言葉……だろう? 今上げたその3つは。……それとも何だ? 愛情と言うのは、物や人などを自分の勢力下に置いて治めたいという欲望の事や、……自分だけのものにしたいという欲求。自分のひとりじめしたいという欲求の事を言うのか? お前の言う愛情と言うのは。……それが、愛情と言う物の本質だというのか?」

 リュウキは、軽蔑はしている……が、いつも、心底知りたいと言う気持ちも同じく持ち合わせていたのだ。愛情についてを。
 その答えによっては、愛情と言う感情、もちたくないと思ってしまうかもしれなかった。
 子が親に抱く感情、それだけで。……親愛だけで充分だ、と。

「ッッ!!」

 グリムロックは、その言葉を聞いて、まるで身体に電流が走ったかの様な感覚に苛まれた。

 そして動けない、言葉の一つすら出てこない。

 それを聞くまで、例えどんな言葉を言われても返すつもりだった。だが、何故だろうか。目の前の男はただの子供だ。腕が立つだろうが、それはゲーム内での話だ。
 現実世界では……間違いなくただの子供……の筈なんだ。

 いや、だからこそだろうか……?

 その子供の純粋な全く計算の無い、心のままの疑問。……その疑問を聞かれ、全く答えられなかったのだ。



「そんなわけ無いっっ!!」


 グリムロックは答えられない。それに強く答えたのは後ろにいたレイナだった。

「リュウキ君の言うとおりだよっ! ……アンタがグリムロックさんに抱いていたのは愛情なんかじゃない!そんなの……絶対間違ってる!!」
「……レイの言うとおりよ」

 そのレイナの絶叫交じりの恫喝にアスナが加わった。

「間違えているのは貴方。彼の言うとおり愛情は決して支配欲や独占欲、所有欲なんかとは違う。絶対に間違えてる。それに、まだ愛してると言うのなら、その左手の手袋を脱いで見せなさい。グリセルダさんが殺されるその瞬間まで、決して外そうとしなかった指輪を、あなたはもう捨ててしまったのでしょう」

 彼女達の言葉が最後のトドメ一撃だった。
 それは、グリムロックの胸に、どんな剣の、どんな一撃よりも強烈なダメージを精神に与えたのだ。そして、力なく膝をついた。その姿に先ほどまでの威勢のよさは何処にも無かった。

 再び静寂が訪れる。

 誰も動く事は無かったが……その静寂を破ったのが元・黄金林檎メンバーだった。

「キリトさん。リュウキさん。この男の処遇は私達に任せていただけませんか?」

 カインズがグリムロックの右側に、シュミットが左側に立ち、カインズがそう言った。続いてシュミットが答える。

「……勿論 私刑にはかけたりしない。しかし、必ず罪は償わせる」

 そう言った。その落ち着いた声には数秒前まで怯えきった響きはまるでなく、凛とした表情だった。
皆を守る守備隊のリーダーの表情に戻っていた様だ。

「……解った、全部任せる」

 キリトは、大男を見上げて小さく頷く。それはリュウキも同様だった。
 聞きたかった答え、この男からは聞けなかったが、2人から聞けたと、満足をしているようだった。その後は無言で頷き返し、シュミットはグリムロックの右腕をつかんで立たせた。ガクリと項垂れる鍛冶屋をしっかり確保し、『世話になった』と短く残して丘を降りていく。そして、カインズもシュミットをフォローする形で付いて行く。ヨルコは皆の横で立ち止まり深く一礼すると、ちらりと目を見交わし、ヨルコが口を開いた。

「……アスナさん。レイナさん。キリトさん。リュウキさん。本当に、何とお詫びして……何とお礼を言ったらいいか……。本当にありがとうございました」
「いや、最後にあの2つの指輪のことを思い出したヨルコさんのお手柄だよ」
「……だな。見事な最終弁論だった。現実に戻ったら、検事か弁護士が相応しいと思うよ」

 そう言うと、ヨルコはくすりと笑って肩を竦めた。

「いえ……。あの時 グリムロックを引き止めてくれた皆さんとおかげです。……そして、信じてもらえないかもしれませんけど、あの瞬間、リーダーの声が聞こえた気がしたんです。『指輪のことを思い出して』って」
「そうか……」

 言い終えると同時に、再び深く一礼をした。
 そして、シュミットらに続いて丘を降りていく2人を、皆で立ったまま見送り続けた。


 やがて、4つのカーソルが主街区の方向へと消え、荒野の小丘には青い月光と穏やかな夜風だけが残されていた。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧