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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第十六話

 
前書き
貼り出すタイミングを逸してしまった……。本当は前回で出したかったのに、申し訳ない。ということで、駆け出し時代のクレアたんです。藍掛かった黒髪なんていう設定は無かったんや(白目

 

 
 ナチュルは捨て身の大爆発を起こした代償として渾身の精神力を注ぎ込んだため、レイナの手を取った瞬間に思い出したように体が横に倒れ、投げ捨てたバックパックに入っている精神力回復薬(マジック・ポーション)を急遽取ってきて、それを呷った。いくら《神の恵み》と呼ばれた【ヒリング・パルス】と言えど、対象の精神力を回復させることはできない。出来てしまったらクレアは無限に魔法を使える道理になってしまうだろうし、それは神の恩恵(ファルナ)も許さないだろう。
 上半身が下着だけの状態はさすがのナチュルでも遠慮願いたいものであり、バックパックの中にあった鉱石をまとめるための布を取り出して身に着けた。

「ごめんなさい、そろそろ移動したほうが良さそうね」

 二十階層へ行き来していた分、残っていた精神力回復薬も少ししかなかったため、何とか精神力枯渇状態(マインド・ゼロ)は回避できたものの、顔はわずかに青白く未だ体がふらついてしまう。それでもナチュルは構わず逃走を優先した。

 レイナの説明によると、あの花たちは魔力に機敏に反応して、発生源を優先的に狙う習性があるらしい。となると、莫大な魔力を解放させてしまった今、湖畔の方からまた新たな花たちが追いかけてきているかもしれないからだ。
 薙刀を支え棒代わりにし、レイナにアイテムがまだ残っているバックパックを担いでもらった状態で再び逃走を始めたが、一向に花たちが襲ってくる気配は無かった。怪訝に思ったナチュルだったが、すぐに合点がいった。

「そろそろかしら」
「? なにがですか?」
「世界最高峰の魔法よ」

 ナチュルがレイナの聞き返しに予言した瞬間、彼女たちの背後から、正しくは花たちが夢中になって群がっている(リヴィア)から、十八階層のどこからでも感知できるほどの魔力が迸った。
 肌で感じ取った二人が街に振り向いた直後、遠く離れた場所にも届くほどの凄まじい轟音が鼓膜を叩き、大炎の極柱が街の中央から連続して昇った。蒼然とした闇に包まれていた街は一瞬で赤く燃え上がり、さながら星のようだった。上空が鮮やかな紅色に染まりあがり、遂に天蓋にまで届きえた夥しい火の粉が盛大に舞っていく。

「凄まじい火力とレンジですね……」
「魔法に長けた我がエルフ族の中でも最高峰の才能を持った人が使えば、想像に難くないわね」

 ナチュルがエルフ族の里にいたころでもリヴェリアの話題が尽きることは無かった。曰く、過去を振り返っても彼女ほどの才を持った者はいなかった。曰く、我々はその彼女を連れ戻すべきではないか。曰く……。
 王の血統を引くリヴェリアはその肩書きに恥の無い成績を、世界の中心たるオラリオで上げている。Lv.6に到達しえた彼女を、都市という枠組みを越えて世界最強の魔道師と称える者は少なくない。そんなリヴェリアが街の中心で魔法を発動させれば、花たちがどこへ向かうかは一目瞭然だった。

「しばらく安心して移動できるわね……。まぁ、花がどこかに隠れているか解らないから油断だけはしないように」

 かくして、ナチュルとレイナは再び【ロキ・ファミリア】に助けてもらい、無事に十八階層を脱出することができたのだった。



 十八階層に降りるための連絡路を抜ければすぐに十七階層の大広間に出る。この大広間に来た冒険者が名づけた《嘆きの大壁》の手前あたりに、来たときより圧倒的に少ないものの確かにモンスターが再産出リポップされていた。《嘆きの大壁》は十七階層の迷宮の弧王(モンスターレックス)しか産み落とさないという、間の主が眠る壁のことで、この大広間は階層主が産み落とされるときは他のモンスターは出現しない特性を持つため、まだ階層主が目覚める時は来ないことを示唆していた。

 両手で数えられるくらいの数しかいなかったため─これでも十分な脅威であるが─ナチュルとレイナは問題なく切り抜けた。ナチュルにすでに正体が割れつつあるレイナが【水連】を隠す必要が無くなったため、これまでより圧倒的に屠るのに必要な時間と手間が減ったためだ。
 いとも簡単に瞬殺していくレイナを見てナチュルは若干引きつった笑みを浮かべていた。

 関門を切り抜けた二人を遮れるものなどもう無いため、後は遭遇したモンスターを退けるだけの作業に挿げ替わり、無事に地上へ帰還することが出来た。
 今回は魔石集めによる資金調達ではなく、薙刀を打つための素材を集めるためのものだったため、換金所に寄ることなくバベルを出た。
 空に昇る陽は頂上より少し傾いたところで輝いており、バベルを行きかう人ごみは盛んである。

 ナチュルから発注された冒険者依頼クエストはクリアされ、これで晴れてレイナの肩の荷が下りたわけだが、当の本人の気は重いままだった。

「どこか、二人だけになれる場所はありますか」

 【水連】を隠す必要が無くなった原因を、ナチュルに話すと約束したからだ。レイナが自分の正体を隠さなければならなかった主な理由は、前世の名が六十年以上経った今でも知れ渡っていることだった。古代まで歴史を紐解いても、Lv.10に到達したのはクレア・パールスのみ。両手では数え切れないほど偉業を残した伝説の冒険者は迷宮神聖譚ダンジョン・オラトリアにその名を刻んだのだから、未来永劫語り継がれるのは想像に難くない。
 そんな歴史的偉人が再びこの地に現れた、なんて騒ぎになればオラリオ全土に知れ渡るのに一日も要らないだろう。主神セレーネの謎の失踪の原因をオラリオに駐在する神々だと睨んでいるレイナにとって、その騒ぎは百害あって一利無し、一番忌避するべき展開だ。

 人の口に戸は立てられぬという諺が指し示す通り、人がうわさするのを、やめさせようとしてもやめさせることはできない。冒険者やファミリアは情報収集を積極的に行うため、情報伝達の早さは光の速さにも劣らないだろう。噂を防ぐには種を出さないことが最善だ。
 しかし、たった今、ナチュルにその種を渡そうとしているのだ。自分が避けたい状況に必ず発展する噂の種を、自ら進呈する形で。それは気分が重くなるに決まっている。

 一方で、自分の正体を秘匿していたがために瀕死まで追い込んだのも事実。前世であれほど憎んでいた自分の至らなさで引き起こした事態だ。相応の責任を取らなくてはならないと考えた結果だった。

 端麗な顔に気落ちの色を滲ませながら尋ねたレイナに、ナチュルは答えた。

「あるわ。というより、そこに行かないとコレを片付けられないから、行きましょうか」

 多種多様な鉱石が突き破らんばかりに詰め込まれたバックパックを背に背負うナチュルが親指で指し示すと、「ついて来て」と言って長い足でずんずん歩いていった。
 北東のメインストリートに向かって歩いていくナチュルを見て納得いったようにレイナも濃厚な茶色の髪を追いかける。

 北東のメインストリートのわきに連ねるのは酒場などではなく、工具などを専門に取り扱う店だ。道を行く人々が着けているのは煤で黒い跡が付いた作業着で、いかにも職人という風立ちだ。ファミリアに無所属の市民労働者も多く、通りの奥にある大型の工場に入っていくのが伺える。
 オラリオの利益の大本である魔石製品は、この北東の大通りで生産されているのである。
 言うなれば工業特化の大通りには【ヘファイストス・ファミリア】の団員の工房が並んでいるのだ。下っ端の鍛冶師にもバベルにて作品の販売を許している主神は、この工業地域の一部の土地を丸ごと買収して、各団員に工房を与えているのだ。さすがに下っ端や中程の鍛冶師には共有工房が与えられているが、ロゴを刻むことを許されたような主神に実力を認められた鍛冶師には個別の工房が与えられる。
 上級冒険者だけでなく主神からもその腕を高く評価されているナチュルにも個別工房が与えられており、そこならば誰の干渉を受けることは無い。

 通り過ぎる傍から金属を鍛える音が響く細い路地で、ナチュルの足が止まった。

「ここよ」

 メインストリートからさほど離れていない路地に立つナチュルの工房は、周りのものより一回り大きかった。彼女の工房の隣には倉庫も備え付けられており、ポケットから鍵を取り出したナチュルが中に入ってバックパックを逆さまにして中身を箱の中に入れていた。この倉庫も、ナチュル専用の倉庫である。それだけで彼女が凄腕の鍛冶師であることが証明されている。

 空になったバックパックをレイナに返却したナチュルが古ぼけた木戸を開けて─鍵を掛けていなかった─レイナを中に招待した。
 お邪魔しますと断ったレイナは、ナチュルの工房の全貌を見て息を呑んだ。

 壁は薙刀で作られているのか、と思うほど壁に立てかけられていたのだ。鍛冶のことには神経質になると言っていたのは本当のことで、入って右手から全長の長さの昇順に立て掛けられている景色は薙刀専用武器庫のようだ。
 壁のほとんどを薙刀に使っているせいで鍛冶に使う工具を大きな棚に収納しており、中途半端な位置に置かれていた。置く場所はアレだが、棚の中はきちんと整理されており、すぐにでも鍛冶を始めることが出来るようにされていた。
 工房入って一番奥に大きな炉がセットされており、傍に鋳鋼製の金床があった。そこから数歩移動すれば羊皮紙や羽ペンが乱雑に置かれている製図台があり、その床には沢山の丸められた羊皮紙が散らばっている。
 自らも大雑把と評するナチュルの工房は、鍛冶を行うには精緻すぎるほどで、その他は大雑把という具合だった。

「お茶とか出せないけど、勘弁してね」

 レイナが工房の全貌に呆気にとられている内に倉庫から椅子を引っ張り出してきたナチュル。工房の中央に二つ向かい合わせて椅子を置いたナチュルは、入り口の鍵をガチャンと音を立てて掛けた。

「さて、それじゃ、話してくれるかしら」



 正面にこじんまりと座ったレイナと、足を組んで座る私。レイナが幼いというのもあり、さながら私が怒っている絵に見えるが、実際は違う。
 向かい合って座ってから少しの沈黙が工房を包み、外から聞こえる鍛える音が響く中、レイナは意を決したように柳眉を上げて、可憐な唇を動かした。

「これから言うことに、一つの嘘もありません。そのことを信じてもらえない限り話が進まないので、確認させてください」

 背丈の関係上、じっと上目遣いで見つめてくるレイナ。その瞳には、あの時見た底知れない静謐さは無い。ただ一点を目指して進むような力強い光は同じだった。それが、あの花たちを瞬殺してのけた少女と同一人物であることを証明していた。
 首肯で返すとレイナは僅かに目を伏せ、声を潜めるようにして、言った。

「率直に言います。私は、クレア・パールス本人です」

 私は大体のことに対して大雑把であるということを自覚している。レイナがLv.2のトロールを無傷で倒したことに言及しないのもそうだし、会話もそのうちに含まれていて、回りくどい説明など嫌うタイプであるのも自覚している。だからレイナが単刀直入に言ってくれたのは助かったけれど、今回に限って回りくどい説明の方が良かったと思った私だ。
 ぶっ飛んだ発言をしたレイナになんて反応すればいいのか解らず呆けていると、レイナは少し儚げに微笑んだ。

「いきなり歴史の偉人を名乗っても驚くだけですよね。まず証拠を出しましょうか」

 静かに右手が半ばほどまで挙げられ、掌を天井に向けた状態で止まった。その掌に懐から取り出した剥ぎ取りナイフを浅く食い込ませ、白い掌から赤い血を流した。レイナは薄桃色の唇で、世界で一つしかないはずの魔法名を紡いだ。

「【ヒリング・パルス】」
「!?」

 《神の恵み》と呼ばれた魔法は果たして、レイナの掌の傷を跡も残さず緑の燐光と共に消し去った。
 私が夢を持つきっかけとなった人物について、可能な限り調べてきた。その一環として今は無き彼女が設立した冒険者指導施設で交付されていた参考書も集めたし、彼女にまつわる話も集めている。
 【ヒリング・パルス】は中立を謳うギルドが、そして何より本人が認めた専用魔法だ。本来の詠唱式は彼女の発展アビリティによって魔法名に省略され、その絶大な効果と利便性を評価されて《神の恵み》と呼ばれたのだ。
 魔法名はどの魔法に限らず固有のもので、二つとないものだ。レイナがその魔法名を口にし、その魔法が発動したならば、それだけで十分な証明だったと言える。

 加え、私は十八階層で瀕死と言える状態になった。【エクスプロージョン】は発生源が近所というこの上ない欠点を抱えているから高火力と低燃費を誇っていた。その欠点を度外視して最大出力で放ったとなれば、私の体は四肢バラバラになっていても不思議ではない。
 実際に爆風だけで体中の骨が木っ端微塵に砕かれて、副次的に内臓も滅茶苦茶になったはずだ。それだけで、世界最強の魔道師リヴェリアですら完治させるのは不可能の重態だったはず。
 それをたった一瞬で完治されていた時点で、私は薄っすらと予感していた。世界中を探しても、それこそ神の恵みのような治癒魔法は、故クレア・パールスが持っていた魔法しかないはずなのだから。

 頭で理解しても、やはり俄かに信じ難いものだ。何せ、クレア・パールスは数少ない生涯現役の冒険者であり、彼女の葬式に数多くの神が参列したほどだ。ギルド本部の前庭に作られた記念碑モニュメントに、彼女の死を惜しむ追悼の言葉が刻まれているのを私は見ている。
 
 クレア・パールスは過去の大英雄。すでに亡くなった冒険者だ。

 そんな彼女が今、私の目の前に座っている少女として復活した。神々が下界に降臨してから、古代では幻とされていた数々の現象が当然という認識に変わってきている現在だが、復活ないし転生とも言える現象を寛容できるほどではない。死人は死人として割り切られる世界だ。
 
 生きる伝説は、自然の摂理と呼ぶべき死をも超えたというのか。

 世界で唯一の魔法によって治癒されたレイナの手を愕然と見つめる私に、続けてレイナは言う。

「エイナさんから私は無所属と紹介されましたよね?」
「そ、そうね……って、まさか──」
「はい。私は【セレーネ・ファミリア】に所属したままです」

 二度目の衝撃。そのファミリアの名はクレア・パールスの代名詞でもある。彼女が最初で最後のメンバーとしてオラリオから姿を消した、伝説のファミリア。クレア・パールスが冒険者になった理由の一つでもある『主神の顔を立てること』をこれ以上ないレベルで達成したと言えるだろう。

 その主神は俗説では天界に帰ったということらしいけど……。

「私がここオラリオに戻ってきた理由は、セレーネ様と再会することです。しかし、セレーネ様は……」

 その事実を認めたくないことを、裾を握り締める拳が物語っていた。
 
「私が冒険者になった理由はセレーネ様を探すためです。上級冒険者になれば何かと優遇されますし、どこかとパイプも繋げられますし」

 冒険者は実力主義の世界だ。力即ち権力とも言えるだろう。最近の例で言えば【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の追放が、まさにそれだ。つい十五年ほど前までは覇権を握っていた両ファミリアが《隻眼の竜》に壊滅されて、二番手を争っていた【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が両ファミリアをオラリオから追放したのだ。実力があれば権力もある、しかし実力が無ければ権力もない。冒険者とはそういう世界に住む住人だ。

「ちょっと待って。レイナちゃん……いえ、クレアさんはLv.10ということよね」

 【セレーネ・ファミリア】所属ということは、主神セレーネから神の恩恵(ファルナ)を受け続けているということだ。【ヒリング・パルス】はLv.5のときに発現したという話だし、あの移動速度は無駄を削ぎ落としたからと言えど腑に落ちないものがあった。
 私の確かめは、レイナに呆気なく否定された。

「いえ、そこは正真正銘Lv.1なんです。基本アビリティ以外前世のままなんですがね」

 あとレイナでお願いします、と少し悲しそうな笑みで言われた。まあ、確かにLv.10のままだったらあの花たちを片手間に潰すことくらいできただろうし、逃走中も疲れることもなかったはず。
 でも、そうなると移動速度はステイタス頼りではなく、己の体術のみで実現していたことになる。帰還途中で行っていた【水連】なる技術も純然たる体術らしいから、つくづく恐ろしい。

「私も詳しいことは解らないのですが、前世で息を引き取る三日前に【転生】というスキルが前触れ無く発現しまして……」
「そのままの意味だった、ということかしら」
「はい。それでも不可解な点が残ってますし、発動した途端にステイタス欄から消えましたし……」

 死んだ後に新たな生命に魂が宿る。極東辺りで盛んに信仰されている宗教の教えにあった考えだったはずだけど、本当にそういった現象があると解れば教徒は大喜びで更に熱心に信仰することだろう。まあ、そんなスキルは神に最も近づいたクレア・パールスぐらいにしか発現しないだろうが。

 前世の記憶を持っていて、ほとんどのステイタスも引き継いでいる……ってちょっと待った。

「ステイタス欄から消えたって、どうやって確かめたの? あ、神聖文字(ヒエログリフ)を読めるとかかしら」
「当たらずとも遠からず、です。【転生】が消えた直後に発現した【愛情の証】というスキルで神聖文字の完全解析、ステイタスの更新を行えるんです」

 ……何というスキルよ。神たちが全知全能の力を封印した状態でもこの地で崇められている理由の一つ、神の恩恵を司るって、冷静に考えてヤバイスキルなんじゃ……。
 私の懸念が顔に出たのか、レイナはただし自分にしかできませんと補足した。それでも無償で神聖文字を翻訳できるって、専門大学に行かないと出来ない所業なのよね……。

 やはり生きる伝説は格が違ったのだ。

「その、それでなのですが……」
「うん?」
「私がクレア・パールスということは、口外無用としてもらえませんか……?」

 私は理解を超えた話をされて半ば思考が麻痺している状態だが、少し考えれば生きる伝説の復活というのは歴史上最大の事件である。それから話を聞いていくと、神セレーネの失踪は他の神による策略だと睨んでいる彼女からしたら、神セレーネの唯一の崇拝者であるクレア・パールスの復活が表沙汰になるのは何としても避けたい状況だ。
 そのリスクを承知で私に正体を明かしたのは私を信頼しているから、と思うのは自惚れすぎか。

「そういえば、私が薙刀を好きになった根本的な理由を、話してなかったわね」

 会話の流れ的におかしい返答をする私に、首を傾げながら頷いたレイナ。

「小さいころに迷宮神聖譚ダンジョン・オラトリアを読んだ時に、好きになった大英雄がいたのよ。その人が使っていた武器が、薙刀だったからなのよ」

 最初は記憶にある人物リストに検索をかけていたレイナだったが、数秒後に「あ」と小さな声を漏らして耳を赤くさせた。
 つられて頬に熱が帯びるのを自覚しながらも、私は続ける。

「憧れた英雄にお願いされたら、断れないわよ」
「改めて言われると恥ずかしいですね……気づいたらなってたから、あんまり自覚なくて……」

 何せ『私が目指した道が、たまたま英雄に繋がった道だっただけ』と言葉を残してたものね……。一番の理由が主神に報恩するため、二番の理由が主神を立てるため、三番の理由が人々を守るため、それがクレア・パールスが精進した理由だ。

 レイナは「ありがとうございます」と頭を下げた。私としては憧憬だった大英雄が目の前にいるということを認識するのにいっぱいいっぱいだから、頭を下げられたら何て返せば良いのか解らない。

 しかし、本物のクレア・パールスが私の目の前にいるのか……。あまり実感がない。迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)では彼女の容姿は『藍掛かった黒髪を背中まで伸ばした、生涯通して若々しい麗人』としか綴られていないから、全体像は読者の勝手だったせいでレイナとギャップが生じているのもそうだし、やはり『クレア・パールスは死んだ』という大前提が理解を拒んでいるのが大きい。
 神に最も近づいた彼女なら、もはや何があってもそれなりの信憑性は取れるものだが、まさか転生を果たすとは誰も思うまい。

 だけどレイナがクレア・パールスと同一人物だったとすると、レイナの異様な強さ全てに筋が通る。十三歳の少女が出来るはずのない所作ばかりだったし、何より薙刀の捌き方が迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)で綴られている通り神憑っている。本当にクレア・パールスは凡才だったのか、という議論は未だになされているが、その証人である神々は揃って頷いて「ただの少女だった」と断言している。迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)で『常人では一週間も耐えられない努力を一生涯貫き通した』と綴られているから、あの薙刀の捌き方は無窮の努力の果てに辿り着いた境地というわけだ。そういう意味に於いてクレア・パールスは努力の才人であったとも言えよう。

「黄金比は無い……かぁ」

 薙刀が好まれない理由はよく知っている。リーチが長すぎるからではなく、振り回さないといけないからだ。冒険者は数の利で不利を覆そうと考え、パーティを組むようになり、ファミリアという組織を作った。ダンジョンに臨むときも集団なのだから、薙刀のようにぶんぶん振り回す武器は邪魔なことこの上ない。その点同じように柄の長い槍は突きに特化しているため見た目にそぐわずコンパクトだし、穂先の形状によっては薙ぐことだって出来る。冒険者が薙刀を選ぶメリットよりデメリットの方が遥かに大きいのだ。
 クレア・パールスが薙刀を好んでいた理由は、そのデメリットが彼女の場合のみほとんど無くなるからだ。生涯ソロを貫いた彼女に集団戦というのは縁の無い話で、味方に被害が及ぶことはなく、敵から少しでも離れた場所から攻撃できる柄の長い武器こそ彼女にとって最高の武器だったのだ。薙ぐことに特化した薙刀ならば突くことに特化した槍より広いレンジを得られ、少量の力を遠心力で補強することが出来る。

 それが、私が夢見てきた薙刀の実態だったのだ。それを理解しつつも、やはりどこかに黄金比はあるはずだと妄信し続けただけだった。

「私はあると思いますよ」

 バラバラに砕けた夢を、夢を授けてくれた大英雄が一欠片ずつ拾い上げた。

「前世のころお世話になった刀匠が言ってました。『武器に絶対なんか無い。あんなもんは欠陥品だ』と、いつも悪口言ってました」

 私はその欠片を拾う大英雄の姿を見つめることしか出来ない。

「でもこうも言ってました。『武器は使われるために欠陥を抱えている。欠陥がなけりゃ、武器が独りでに動いて、独りでにモンスターをぶっ殺せば済む話だ。そこに俺たち人が介入する余地なんざありゃしねぇ』と」

 子供が抱いた拙い夢を元の形に戻した大英雄は、それを差し出す。

「確かにそうですよね。欠陥が無いなら勝手に動いてもらった方が、本来武器を生み出した理由にかなってます。最後に刀匠は『だから俺たちが世に送り出す武器は全部妥協品に過ぎねぇ。人に使ってもらえるようにわざと欠陥を与えてるんだからな。逆に考えりゃ、人が使えば、それで欠陥は無ぇわけだ。そうなるように、人が使うというピースを当て嵌めれば完成となるように、武器を作れば良い。それが俺たちの言う完璧な武器だ』と言いました」
「欠陥を抱えているのが、完璧……?」
「そうです。99%が完成された武器は、逆に言えば1%は欠陥を抱えています。その1%を埋めるのが使い手です。だから、その1%を限りなく0に近づけていけば、それだけ完璧な武器に近づけるということです。それこそがナチュルさんの言う黄金比じゃないんでしょうか」

 私は刀匠じゃないので偉そうに言えませんが、と付け加えた。そう言いながら、罅が入った歪な夢を差し出してくる。これを追いかけるのが役目だと、差し出してくる。
 輝きを失ったはずのそれには、仄かに光が宿っていた。私はそれを、受け取った。

「……なら、追いかけさせてくれる?」
「?」
「これからも私は薙刀を打っていく。でも私は鍛冶師。作っても使えない。だから、私が作る薙刀を使って、欠陥を埋めてくれる?」

 私の大英雄はニッコリと容姿相応の可憐な笑みを浮かべ、私の手を握った。

「私に出来る限り応援します」

 その手は私が想像していたよりも遥かに大きく、暖かい手だった。



 私の正体を薙刀に賭けて秘密にすると誓ってくれたナチュルに重ねてお礼を言うと「なら早速夢を追いかけなくちゃね」と頬を高潮させながら倉庫からあれこれ素材を引っ張り出し始めた。作業を見てても良いと言ってくれたが、やはり集中できるように席を外させてもらった。

 いやー、まさかナチュルの薙刀好きの原因は私だったのか……。何だか気恥ずかしいなぁ。こんな立派な工房を貰ってるからナチュルの腕も相当だろうし、本当に薙刀の黄金比を見つけ出しちゃいそうだ。

 その点、私の知り合いの刀匠(ウェーランド)には感謝だね。しょっちゅうオーダーメイドを注文しに来る私に嫌味交じりに言ってきた言葉だったけど、同じ鍛冶師として感銘を受ける何かが込められていたようだ。

 今まで独りで隠し事をしていた分、誰かに打ち明けられたのは肩の荷が下りたような気分だ。これからも私の専属鍛冶師として活動してくれると確約してくれたし、ナチュルには本当に助けてもらってばかりだ。
 彼女の夢も応援したいし、何かと素材や資金についてやらないといけないことが私にはある。よっしゃ! 今日は格上としか戦ってないからステイタスの伸びしろも尋常じゃないだろうし、明日あたりはもっと足を伸ばして十八層までソロで行けるようにしよっと!

 ん、そうそう、十八層だけど、大丈夫なのかな? 【ロキ・ファミリア】がいたから問題ないとは思うけど、あの量だ、物量作戦とは規模が大きければ大きいだけ少数派を圧殺できる。いくらリヴェリアの魔法が強力と言えど、それだけ長い詠唱式と膨大な魔力を使わなければならない。かなり苦しい状況だったのではないかな。アイズもいたことだし負けたとは思えないけど、心配でもある。研鑽ついでに様子見もして来よう。

 ……何だかベルも気になってきたな。やっぱり十八階層の異変は、異変の一言で済ませちゃまずい気がする。今日私が直接二十階層まで降りて確かめたけど、やっぱり前世の記憶と合致しない部分が少しだけど見られた。ダンジョンは生きているという俗説に則っていうならば、ダンジョンの中は体内で、冒険者は病原菌のような存在だ。病原菌が蔓延れば体内に異常が生じる。人体で言うなら腫瘍とか癌のように、何かしら変化が起きる。その変化が十八階層だったと考えるならば、他の階層にも皺寄せがあると睨んで当然だ。その皺寄せがダンジョン内の僅かな変化に繋がっているとすれば、中層に限った話ではなくなり深層や上層にも及ぶかもしれない。
 
 杞憂であってほしいなぁ、と思考を打ち止めしながら今日もバベルに足を運ぶのだった。  
 

 
後書き
人物
【ナチュル・ヴェリル】
レイナ・シュワルツの正体を知る人物の一人。憧憬の英雄であることを知り、少し、いや、かなり動転しつつも、実際に会って話をすることが出来て至極ご満悦。
子供のころからの夢を、夢を与えてくれた張本人にぶち壊されたけど、またまた夢を授けてくれたことにより、レイナの専属鍛冶師として活動していくことに。
本人が鍛冶師としての腕を全く誇張しないだけで、実はファミリアの中でも軽く上位にランクインするくらい屈指の凄腕鍛冶師。彼女が薙刀の発想を得るためだけに作った武具を一度着けてみたいと冒険者からクレーム(?)が届くくらいだが、すでにどこかの冒険者たちの手に渡っており、以後作られることはないため聞き入られることはない。本腰入れて作ればそれ以上の性能を宿すとも言えるため、同業者の間ではせっかくの才能が台無しだと残念がられている。もしかするとレイナに頼まれて作るかも。ほとんど無いだろうが。

【ウェーランド】
クレア時代にお世話になっていた無所属の刀匠。刀剣を始めとする様々な武器を作っているが、さすがに薙刀を作った経験は無く、クレアにお願いされて仕方なしに薙刀を作っていた。
知る人ぞ知る名匠。逆に言えばあまり有名でなく、相対的に彼の店と工房も小さい。
その腕は非常に高く、【ヘファイストス・ファミリア】から勧誘を受けていたほど。結局は無所属を貫いていた。
かなりの偏屈者で「喋らなければ最高の刀匠」と言われるくらい災いの元を作る口を持っていた。
後に続く閑話にて登場する。

 
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