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乱世の確率事象改変

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幕間 ~雛に秋恋、詠は月へと~

 ほど良く酔いの熱が身体を包めば頭もふわふわと柔らかに。
 一番に酔ったのは月だった。元々がそんなに強くない彼女ではあったが、今回は久しぶりの宴会ということもあって早々に眠ってしまった。
 片づけは自分たちでしておくと言ってくれた彼らの言葉に甘えて、秋斗は三人とともに自室に帰ってきた。
 何処か緊張した面持ちの詠と雛里。彼の腕の中では月がすやすやと慎ましい寝息を立てて服をぎゅっと握りしめている。
 詠も雛里も少しばかり飲みすぎた。頭が鈍くなって、眠気も多々あった。目の前の寝台に倒れこみたいくらいに。それでもやはり、久しぶりということもあって緊張しているらしい。
 今から秋斗とたくさん話をしようと思っていたのだ。徐晃隊との楽しい時間は好きだが、秋斗個人との時間は彼女達にとってやはり別物。惚れたモノ負けの恋わずらいは、彼女達の鼓動を鈍った頭であっても早めさせるに足りる。

「おやすみ、ゆえゆえ」

 彼女達の内心を知る由もない秋斗は、ふわり、と優しく月を寝台に寝かせて、そっと服を握りしめている手を解いた。艶やかな銀糸を撫で梳けば彼女の表情が僅かに綻んだ気がした。
 まるで兄にようだな、と二人は思う。仲睦まじい恋仲の男女というよりかは、今はそちらの方がしっくり来る。
 例えばそこに自分を置き換えて考えてみても、やはり今の彼では……否、黒麒麟であっても、きっと兄妹のように見られるのではなかろうか、と。
 きゅ……と月が彼の服を再び掴んだ。それもまた、妹の所作に見えて仕方ない。
 ゆっくりと彼女をあやすように頭を撫でながら、秋斗は二人に声をかけた。

「さて……どうやって寝てたのか分からんのだが」

 いつもなら話しながら寝入っていたし、場所は決まっている。秋斗が端で雛里を抱きしめて、詠が雛里の隣で月が一番奥。
 なんとなくだが、詠は月を秋斗の横にしてあげたくなった。ほんの少しだけ頬を淡く染めて、チクリと痛む胸に気付かない振りをしつつ詠が口を開く。

「あんたが真ん中に行きなさい。月と雛里に挟まれるカタチでいいわ」
「……できれば端がいい」
「却下よ。寝相が悪くないのは知ってる。それにこの城だと昔みたいに暗殺の類を気にすることもないんだから」

 緊急の事態となった時に彼が守れるように、そんな位置づけでもあった。
 苦い顔をした秋斗は悩む。さすがに少女二人に挟まれるのはよろしくない。月を動かそうとした彼であったがしかし……雛里がそれを許さなかった。
 わたわたと寝台に上がって、彼女はころりと人ひとり分の隙間を開けて寝転がる。そうして、彼の目をじっと見つめた。
 たじろぎながら、秋斗はため息を一つ。

「断るって選択肢は……無いんだよな?」
「これで記憶が戻るかもしれない、でしょ?」

 出来ることは全て試してみるべきだと誰でも思う。戻りたいと願うなら逃げ場など無い。
 降参というように、秋斗は両手を挙げて首を振った。寝台に上がり込んで、月と雛里の真ん中に収まった。

「腕、広げなさいよ。そのままじゃ身体痛くなっちゃうでしょ? 枕の間に入れてくれたら首のとこになってどっちもが楽って……あいつも言ってた」

 彼がいつも気に掛けていた事を話して、漸く詠も寝台に上がる。
 四日に一度だけ、彼が悪夢にうなされないように、壊れてしまわぬようにと過ごした優しい時間を再び。
 彼としては跳ねる心臓を抑えようと必死なのだが、雛里は慣れたモノで秋斗にぎゅうと抱き着いた。
 寝ているはずの月も、いつも詠に抱きしめられているからか彼に抱き着いた。

 カチコチと緊張から固まってしまった彼の様子が宵闇の中でも伝わってくる。
 詠はそれが可笑しくて小さく噴き出した。

「ふふ……意識しちゃってるんだ」

 偶には苛めていいだろう……そう詠は思う。ほんの小さな悪戯心が華開く。女として、なんてことは考える暇も無かった詠だが、そういう風に苛めて見たくなった。
 当たり前のことだが彼は男で詠達は女。恋仲であればどういった事をするようになるのかは、劉備軍時代に女同士で知識を深めたりもしている。
 だがしかし、彼女の声には少し妖艶さが足りない。そうした誘いの駆け引きをするには、圧倒的に経験が足りないのだ。

 さらに言えば、一応、彼も現代人として暮らしてきた過去がある。普通の人として暮らしてきた以上は恋もしているし、ありふれた恋愛経験もあり、女の子にお持て成しされる店に人付き合いで行ったりと駆け引きの遣り方も学んでいる。そも、通常の男子学生を過ごしたモノなら、女の子にモテたい時期を経験したモノが大半、彼も例外なく。
 だからだろう、彼女の言い方に些細な違和感を覚え、詠が仕掛ける悪戯は子供の児戯に等しく思えた。

「そりゃこんな可愛い女の子に囲まれて寝るなんて有り得ない経験だし、男としちゃあ緊張の一つもするさ」
「じゃあ、もしもよ? ボク達が華琳みたいな……ほら、あんな感じだったらどうする?」

 はっきり言えばいいけどやはり恥ずかしいから言えない。自分のことをそんな軽い女に見られたくないとも思うからではあるが、やはり慣れていないからボロが出る。
 いや、酒のせいもあるかもしれない。きっとそうなのだ。普段の詠ならこれほど踏み込まないはず。自分がどれだけのことを言い出しているのか気付かないのだから、やはり酒の力は恐ろしい。
 彼がどう返すか、探りを入れてもどう返されるかなど決まっている。

「あー……そん時は全力で逃げるかな。俺は迫られただけでそういう関係にはなりたくないし、誰かのもんにもなるつもりも無い」

 一寸、雛里が抱きつく腕に力が籠る。

「恋愛ってのでさ、互いが互いの所有物になるって考え方はあるって知ってる。片方だけの所有物って在り方も政治の渦中に居たらよくあることだろう。きっと前者は甘くて蕩けるような関係で、後者は何処か難しくなりやすい関係だろうけど……俺は自然と惹かれあった後に、偶に寄り掛かり合いながら自分勝手に返し合ったり分かり合ったりする関係の方が好きだよ」

 否定はしない。肯定もしない。いつもの如くその上に自分の意見を乗せるだけ。
 人それぞれ、千差万別の恋があって当然。生娘のようにソレに対する理想を語る彼ではあるが、自分の意見は曲げたくない。
 ただ、そんなことを話されただけで、恋も友情も、どちらも秋斗にとっては変わらない……雛里も詠もそう読み取れた。こうして、話をずらされる。
 意見を言われるということは、彼女達も意見を言えるということ。それが否定にしろ、肯定にしろ、である。哀しきかな軍師の性。

「それは……恋と呼べるのでしょうか?」
「さあ、どうだろ。
 友情のなれの果てかもしれないし、家族に向けるモノに似た感情なのかもしれない。でも家族ってほら、お互いが所有物な関係なんかじゃなくないか? 恋が実ればそのうち家族になる。その時は互いが所有物なんかでいちゃいけない、と俺は思う……いや、所有物としてなんか絶対に欲しくない、が個人的な気持ちとしては正しいかな?」

 相も変わらず不可思議な思考をする、と二人共が思った。

――分からねぇよなぁ。

 首を傾げた二人に、彼は苦笑を零した。其の答えは、男なら誰でも持ってる感情で、誰でも持ってる願い。ただ単なる所有物とは違い、独占欲のような言い表しやすいモノでも無い。

「徐晃隊と同じ想いが似たような答えさ。何を於いても守り抜きたい。命を捨てても、他の何を対価として支払っても、だ。
 要はモノみたいに扱いたくないんだよ。黙ってついて来いとか俺のもんだ、とかよく聞くけど、好きな相手にそういっちまう男ってのは女を自分勝手に守りたいもんなんじゃねぇかな。等価交換で成り立つ関係でもなくて、相手が一をくれても十や百を返したい。自分勝手でわがままで、それでも相手を想ってるような……そんなのがいいなぁって思う」

 つまりは、何処まで行っても秋斗は自分勝手に想うということ。尽くすタイプで合わせるカタチ。愛しいモノに対して自分を捧げるというよりかは寄り添い与えたい、そんな人間。
 自分の欲よりも相手が優先でありながら、それが自分の為でもあるというおかしな思考回路。友達であれ、恋人であれ、彼にとってそれは変わらないらしい。人々はそれをなんというのか。

――それって……あんたは好きになった人間を家族みたいに想うってことじゃない。だからボクはあんたのこと……月に似てるって感じてたんだ。

――白蓮さんとの関係が一番の理想形。だって……どっちも同じような想い方をする人だった……だから……

 まるで今を生きる民を愛していた夜天の王のように。まるでコツコツと積み上げ続けて平穏を築いた白馬の王のように。
 だからか、と詠と雛里は納得した。似たような想い方をする月と白蓮は、普通の人間のような恋にはまず落ちない。
 恋というモノを一足飛びしてしまっている。一歩踏み出すこともせずに身を引いたりするのは臆病というより思いやり。それは恋というよりも、愛情といった方が正しいのかもしれない。

 華琳は女の子に恋をするし、自分が欲しいと思えば手に入れる性質である。生きとし生ける人々への愛情は誰よりも深いが、彼女の場合は恋もしていると言えよう。

 秋斗のような考え方を愚かと取るか大人と取るかは人によりけり。
 想われるモノは家族と同じで、そのように想いを寄せられる事がどれだけ暖かいモノか、人というモノは後になってみなければ気付かないのがほとんど。幽州の民ですら、白蓮を失って初めて気付けたのだから。
 しかれども、淡くて甘い果実を食むような恋をしたいのが乙女というイキモノで、いつまでもそれに浸っていたいのも大多数の女の性。

 彼の価値観は、恋する少女達には少しばかり早過ぎた。
 もやもやと翳りが浮かぶ。いいことだとは思う、暖かくて居心地がいいとは思う、それでもやはり……。

「ま、ただの一意見だ。女の子は好きなように恋したらいい。全力全開でやればいいさ」

 此処で彼女達の気持ちを考えない彼でもなく、いつものように他者に結論を委ねるだけに留めた。
 同意など求めないのが秋斗で、同意するモノとだけ過ごしたいなどと甘い事を考えないのが彼。
 他人との距離感は近く遠く、例え家族であろうと深入りしない。皆が考えてそれぞれの気持ちを大切にしてほしい……記憶を失っていても根っこの所は変わらない男であった。

 雛里がきゅっと抱きついた。
 こんな考え方をする男だから、彼は自分の命を投げ捨てずにいられない。それが哀しいのに、やはり彼女はその在り方を愛おしく思う。
 人はそんなに弱くない。徐晃隊にしても、兵士達にしても、華琳にしても曹操軍の者達にしても、そして……自分達にしても、想いを宿すから人は強いのだ。
 誰かに寄り掛かることが弱さの全てではない。誰かと手を繋ぐことが強さの全てでも無い。そも、弱さと蔑まれる利己主義でさえ、自己への愛で強さを上げるではないか、と。

 嗚呼、と雛里は思う。

――人は強い。弱いときがあるだけで、人は一人で、誰かの為に強くなれる。だってその証明が……此処に居る。

 彼は弱い人だと、彼女は思っていた。その“慢心”が彼を壊すに至ったはずなのに。彼はいつでもその在り方を曲げずにいたはずなのに。
 他者が支えたから強かったのではない。彼は皆を想うから強く成れた。それだけが彼の力だった。

 だから、と思う。

――初めから人間を弱いと決めつけてた私達は、傲慢に過ぎる。

 優位に立っているから言える言葉で、それは見下しと言うモノだ。
 弱るときもあろう。絶望するときもあろう。それでも結局立つのは自分自身だけで、人間は“一人で決めて”生きるしかない。変われるのは自分で、ほんの少し切片を貰うだけ。
 誰かと出会えたから強くなれるのでもなくて、それでもと踏ん張れるのが人間、だからこそ、成長という伸び代を誰もが持っている。

――出会った時の私でさえ、彼は強いと認めてくれた。やっぱりこの人は……変わらない人。

 初めの出会いから彼は彼女に教えていた。自分が変わろうと足掻き乗り越えようともがくから強いのだと。
 そして、雛里のように変わろうとする心も、秋斗や華琳のように変わらない事を選択するのも、それ即ち人の強さ。

 暖かい温もりを思い出して、彼女の心は幸せに満たされた。胸に埋めた瞳から涙が滲んだことに誰も気付かない。雛里本人でさえ。

――“あなた”に出会えて、本当に良かったです。

 優しく頭を撫でてくれる手は大きくて、昔の彼と同じ手つき。暖かくて、心地よくて、幸せで……ドクンと心臓が跳ね打った。
 鼓動が早鐘を打つのはいつ以来だろうか。彼が居たあの時から、こんな気持ちになった事は無い。
 彼女はコレを知っている。甘い甘いあの時と同じく、この焦燥感ともどかしさと幸福感は変わらない。

 彼女はまた……恋に落ちた。

 もやもやしたモノが湧くのは、きっと今も愛しい彼のことを想っているから。秋斗を別人だと思いたいから。

 記憶が無いから別人だと頭で振り切ろうとしても、やはり秋斗は秋斗だったから、もうどうしようもない。いつでも変わらない大バカなその男に惚れてしまった時点で負けであろう。
 彼女が惹かれたのは秋斗の強さ、彼女が愛しく想ったのは他者のことばかり考える自分勝手な優しさ。彼女が一人の人としても女としても隣を歩きたいと思えたのは、絶対に曲がらない一人で歩けるその芯の強さ故に。
 成り立ちも在り方も黒麒麟と同じなのだから、彼女が恋に落ちないわけが無く。

 軽い女かもしれない、そんなことを考えて嫌気が増す。こればかりは仕方ない。愛しいモノが記憶を失うなど、そうある事態では無いのだから。
 それに、彼女が二回も好きになったのは彼だからこそ。他の誰でも、きっとこうはならなかった。

「あわわ……」

 せめて誤魔化す為にと、彼女は振り向いて詠をぎゅうと抱きしめた。

「む、すまん。頭を撫でるクセは治さねぇとな」

 雛里の心は読み取れず、いつも詠に叱られている事を思い出した。
 無自覚だから性質が悪い。どこぞの昇龍のような貶して楽しむ呆れの声は、今は無い。

「もう……あんたってホント……呆れるわ」

 そう言いながら不満そうな声と、寄せられた眉。詠は僅かにだが、頭を撫でられる雛里が羨ましい。
 いつもなら怒っている所なのに、拍子抜けするような態度だったからか、秋斗も不審げに眉を寄せた。
 気付かない鈍感男とは違って、雛里は彼の手を取って詠の頭を撫でた。

「ぅあっ!? ちょ、な、なにすんの雛里!?」
「い、悪戯でし」
「ボクは別に頭なんか撫でて欲しくないっ!」

 それは撫でて欲しかったと言っているような返答になるのだが、慌てふためく彼女は気付かない。
 無理矢理振りほどくわけにもいかなくて、どうしたらいいか分からずに悩む秋斗は、雛里と詠のやり取りを見るだけしか出来なかった。

「やめっ、ひなりーっ! やめなさいっってば!」

 思わず出た大きな声に、彼の隣の小さな少女が身じろいだ。

「ん……」

 その小さな声を聞いて、詠は急いで自分の口を塞ぐ。雛里も彼の手を放して真一文字に口を引き結んだ。
 もぞもぞと動いて、月はまた彼の胸に頬を寄せる。すやすや、すやすやと優し寝息が聞こえ始めた所で、彼女達も秋斗もほっと息を付いた。
 沈黙は静かに場を支配する。月明かりだけが差し込む窓辺の寝台の上、やはりソレを打ち破るのは彼だった。

「そろそろ寝るかね」
「そ、そうね」
「はひ……あわ……」

 安らいで幸せそうに寝ている彼女は、今日の話を聞いていない。罪悪感も少しばかりあった。彼が気恥ずかしい恋愛沙汰の価値観などを饒舌に語る事態なんて無かった事だったのだから、自分達が特別だと感じてしまうのも詮無きこと。
 誰ともなく、声を出した。

「おやすみ」
「おやすみなさい」
「ん、おやすみ」

 不思議な関係は穏やかに。
 跳ねる鼓動は確かにあるけれど、深くはなれない曖昧さ。

――ボク達が恋をしていても、あんたは家族や友達のように想ってるだけ。今は昔の延長線だと思う。でもね秋斗、前のあんただって雛里だけには……絶対にもっと大きな感情を持ってたのよ?

 壊したくないぬるま湯の間柄で、この先に発展するには今は居ない大バカ者が必要だった。二人の幸せな姿を見たいと、詠は心の底より感じている。それはきっと、秋斗の言っていたことに似ていた。

 ゆっくりと目を閉じた。
 恋心と愛情が同居する心を覗き込んだ少女が、二人。ゆっくりと育まれてきた彼女達の心は、少しずつ少しずつ大人になっている。
 暖かな温もりの中で、彼女達は次第に微睡みの果てに落ちて行った。












 二人から静かな寝息が聴こえ始めた頃に、彼は優しい微笑みを浮かべて雛里の頭を撫でやり、ぽつりと言葉を零した。

「確かに俺と黒麒麟は同じだ。似たような価値観のままでお前さん達に接してたと思う。
 でもやっぱり……君だけは特別な存在だったんだと思うよ」

 蒼い髪の少女に聞こえない時に、彼は黒麒麟の気持ちを予測して話す。伝わらないことに意味があるから。

「気持ちが繋がった時にさ、“好きだ”なんて言わなかったんじゃねぇかな?」

 彼にだけ分かる言の葉で、彼にだけ分かるその時の心。
 自分の役割を放棄してでもその子の幸せを願い、自分の命を使い果たしてでもその子の平穏を願った。

「黒麒麟は間違いなく……お前さんを愛してたよ」

 誰にも零さない本心は誰の心か。
 たった一人だけ、心の底からの笑顔で居て欲しいと思うその少女が、彼にとって特別でないわけもなく。
 そして彼にとって、今のこの場所が自分のモノとは思えないのは必然で。
 バレないように、嘘をつく。自分の心は知らない振り。気付かない振りだけが上手くなって、彼の渇望は色濃く深く染まり行く。

「どうか、君が幸せに暮らせますように」

 記憶を失っても、やはり彼は――――
















 蛇足    ~朔夜に帳落ち風吹きて~



 声を出して話し、四人の時間を邪魔をするのは野暮というモノ。だから、三人の少女達はおやすみを合図に静かにその場を後にした。
 そうしてついた夜の食堂で、彼女達の会議が始まる。
 風と朔夜と稟であった。

「はいー。第一回、除け者にされた軍師達の会議なのですよー」

 わーっと自分で言って自分で盛り上がるのは風であった。
 桂花は華琳とお楽しみ中。雛里と詠は彼と寝台の上。では自分達は……そう考えると哀しいが、彼女達は気にしない。

「月姉様は、軍師ではないですが。
 でも風ちゃんの邪魔さえ、なければ……秋兄様のお布団の中で私が、“すたんばい”していたはずなのに……」
「ふしだらはダメですよー? 朔夜ちゃんは期待しすぎなのです。
 どれだけ願っても、『やん、すけべー、あっはんうっふんぎっこんばったん、なんて展開には成り得ません。さすがに女の子が下着姿で待っていたら不能でへたれなお兄さんでもケダモノに大変身するんです……なんてそんなのは甘い認識かとー。ねー、稟ちゃん?」

 ぶぅたれる少女はジト目で風を見た。
 面白そうだからと華琳は放っていたが、そこそこ秋斗のことを気に入っている風としてはその暴挙は許さない。軽く秋斗を貶しつつ、すかさず稟の答え辛い話題を振る。

「……」

 ただ、答えは無い。
 目を瞑って眼鏡を上げた動作のまま、彼女は眉を寄せて目を瞑っている。違和感はない。鼻から血を流していなければ。
 哀しきかな。彼女の妄想力は今回の事を盗み聞きしている時は抑えられても、それが終われば解き放たれる。
 噴水のように噴出さないだけマシではあるが、可愛い女の子が鼻血を流しながら停止しているのも、これはコレでホラーである。

「おねむのようですねー。しょうがないので二人で始めましょうか」
「稟ちゃんはこうなると長いですから、それが、懸命です」

 慣れた動きで稟の鼻に詰め物をして、彼女は手を口に当てて笑った。
 同意した朔夜も同じく、意地の悪い笑みを浮かべた。

「まず初めに、朔夜ちゃんは義妹になった事が間違いだと思うのですよ」
「なんですか、嫉妬ですか。妹ならではの、距離で秋兄様にくっつける私が羨ましいんですね」
「お兄さんは絶対に対象に見ないと言っているのですが。どれだけくっついても揺らがない鈍感さんですからねー」
「友達以上に発展するわけも、無い風ちゃんこそどうなんですか。それらしい発言でのらりくらりと気を引こうとしてる姿なんて、はっきり言って望みが無いです」
「風はお兄さんのお友達ですよー。朔夜ちゃんみたいにがっつく必要は無いのです」

 朔夜はむぅっと口を尖らせた。
 実のところ秋斗に一番信頼を寄せられているのは風である。
 友達関係を早くに確立した彼女は、軍師達の中で彼に一番近い。助言もするし冗談も言い合うし……朔夜としては面白くないのだ。
 恋でもしているのではないかと当たりを付けていたのだが、このように軽く流してはっきりしない。
 それでいて朔夜に対してアドバイスのようなモノをするのだから性質が悪い。

「……秋兄様に、惚れてるとかじゃないんですか?」
「ふふふ、お兄さんとは大人の関係という奴なのですよ」
「あ、有り得ませんっ! 確かに仕事上は、関わりが深いですけど無いはずです!」
「おやおや、朔夜ちゃんはどんな関係を妄想したんですか? 気になりますねー」

 冗談っぽく口にしてまたぼかす。
 朔夜の一番苦手なタイプだった。
 本心を引き出せない。絶対に言わない。風の心の防壁を突破できるモノなどそう居ない。
 何より、人をからかうのが大好きな風に勝とうと思う方が間違いである。

「ぐぬぬ……最近の風ちゃんはいじわるに、磨きがかかり過ぎ、です」
「華琳様の軍も変わってきましたからー。風も楽しんでいいかなと思いまして」
「……馬の一族への交渉役には最適です」

 がらりと話を変えた。このまま話ても収穫が得られないと思った。自分の勝てる土俵なら、というのもある。

「逃げましたね朔夜ちゃん。まあ、風は大人ですから乗ってあげましょう。手を抜く気はありませんよー」

 クスクスと彼女は笑った。碧色の瞳が冷たく輝いていた。
 合わせるように、朔夜はにやりと口を引き裂いた。

「当然、です。あの人も、公孫賛と劉備を心理的に追い詰めるんですから」
「稟ちゃんは彼女と一緒に孫呉を追い詰めますしねー。華琳様は風達に随分と楽しいことを用意してくれたのです」

 彼女達にとって、言葉を刃と化せるこれからの行動は甘い果実のようなモノ。
 風は西涼に、秋斗は蜀に、稟は孫呉に。敵対勢力との前哨戦は言の葉の刃から。相手の拠って立つ場所を突き崩して、そうして全てに於いて打倒する。

「馬の一族は漢の忠臣を、謳っているようですが、月姉様を助けに向かわなかった時点で終わってます。知っていて見捨てたモノと、知っていて救いに向かったモノ、どちらが忠臣で、どちらが王の器が大きいかなど分かり切っていますからね。あの一族は所詮、勝てる方についただけの、くだらないガラクタです。帝の忠臣でもなく、漢の忠臣でもない……そんな旧きモノには消えて貰うに限ります」
「朔夜ちゃんは月ちゃんも大好きですからねー。怒ってるのは分かりますが……まあ、その辺りはしっかりと風が尋ねて来てあげますよー……」

 たおやかに、風は目を細めた。のんびりとした視線に鋭さを乗せて、朔夜の藍瞳を見据える。

「……新しく産声を上げる覇王の妹と一緒に」

 静かな夜の底で軍師二人は、くすくす、くすくすと小さく笑い合った。

「それでも秋兄様は、渡しません」
「どうぞどうぞー。風は縛り付けるような器の狭いことはしませんのでー」
「大人ぶってもダメです。風ちゃんも所詮――――」

 また急にくだらない話に転換した朔夜と、それに乗っかる風。一人は己が業に沈んでいるが、彼女達は楽しい夜を過ごしていた。
 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

女の子は恋をしながら大人になっていく、なんて話。
あと三話で物語を進めます。
それまでは拠点フェイズ的なモノをお許しください。

次はデートと宴会です。

ではまた 
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