あわわの辻
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3部分:第三章
第三章
怨霊達もその爪や牙で向かう。互いに噛み合い引き裂き合い殺し合う。血こそ流れはしないがそこにあるのは凄惨な殺し合いであった。鬼達も怨霊達も互いにその数を減らしていく。清明はそれを見てまた式神を放つ。それと共にその腰にある刀を抜くのだった。
「それはまさか」
「左様、破敵の剣だ」
そう従者達に述べる。
「あらゆる邪なものを断ち切るこの剣で。あの者達を切る」
「鬼達だけでは駄目なのですか」
「普通の者達ならばそれでいける」
清明はその破敵の剣を構えながら述べる。
「だがあの者達の怨みは深い。ならばこそ」
「その剣でなければですか」
「よいか」
そこまで話したうえでまた従者達に対して声をかける。
「そこから一歩も出るな。何があろうとも」
「何があろうともですか」
「出れば死ぬ」
一言であった。
「忽ちのうちに怨霊達により八つ裂きにされてしまうぞ」
「忽ちのうちにですか」
「そうなりたくなければ動くな」
そこを念を押す。
「よいな」
「は、はい」
「それではお師匠様」
「全ては私に任せるのだ」
構えを引き絞る。その前にいるのは石川麻呂の霊だった。今まさに清明に向かわんとしていた。
「破っ」
剣を右から左に一閃させる。その両手の爪で上から引き裂こうとしていた石川麻呂の身体はそれで二つに分かれた。そうして苦悶の声と共に黒い霧となって掻き消えたのであった。
「そなた等の怨みはわかる」
清明は石川麻呂を斬った後でこう呟いた。
「だがそれは忘れよ。何時までも持つものではない」
それが彼等に告げる言葉だった。
「そして。迷いを断ち切って成仏するのだ。怨みを忘れられぬのなら私がそれを断ち切ってやろう」
そこまで呟いてまた剣を構える。今度は大津皇子に向かう。そうしてその剣と式神で怨霊達を次々と消し去っていく。最後に残ったのは蘇我入鹿であった。
「やはり残ったのはそなたか」
清明は自分の倍はあろうかという巨大な入鹿を見上げて言った。
「大化の改新、忘れてはおらぬか」
「忘れることがあろうか」
真っ赤な目で清明を見下ろしての言葉であった。やはりその声は地の底から響くようなものであり人の心を凍えさせるには十二分のものであった。
「わしはあの者達により滅ぼされた。この怨みは決して」
「忘れられぬか。当然であろう」
ここでは入鹿の為してきたことには触れはしなかった。それを言っても詮無いことだと清明もわかっていたからである。
「しかしだ。それを忘れよ」
「忘れろというのか」
「怨みは何も生み出しはしない」
それが清明に対する言葉であった。
「だからだ。いいな」
「忘れるなぞ。できようものなら」
その声にさらに怒りが満ちる。既に他の悪霊達も鬼達もいはしない。残っているのは彼等だけである。二人で辻の中央に立っているのだ。
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