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メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥

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第二話
  Ⅱ




「しっかし、お前がここに来たがるなんてなぁ・・・。」
 大崎は半眼で鈴野夜を見た。
 鈴野夜はそんな大崎から視線をそらし、冷や汗を流して返した。
「い・・・いや、何だか懐かしくなってね・・・。」
「嘘つけ。あれ、聞いてたんだろ?」
「・・・。」
 鈴野夜は、今更ながらあの時のメフィストの言葉を思い出した。

―そんなの直ぐにバレるって。―

 全くだ・・・。
 大崎は最初、鈴野夜がここに来たいからと誘った時には何も言わなかった。それがどうだろう・・・バスを降りた途端、この有り様だ。
「ごめん・・・。」
 暫くの沈黙の後、居たたまれなくなった鈴野夜は大崎に謝った。
「謝んなくても良いって。心配してくれたんだろ?サンキューな。」
 そう言って大崎はニッと笑った。その笑みにつられて鈴野夜も笑みを浮かべた刹那、いきなり拳骨が炸裂した。
「痛ッ!」
「全く・・・盗み聞きはダメっつったろ?今度からはちゃんと聞けよな。」
「・・・分かりました。ってか、まぁ君みたいになってきたよね・・・。」
 そう言われた大崎は、眉をピクリと動かして鈴野夜を見た。
 そんな大崎に、鈴野夜は再び「ごめん・・・。」と呟くと、そのやり取りが何だか滑稽に思え、二人とも笑い出したのだった。
 さて、ここはとある海辺の小さい町だ。幾つかの工場があり、スーパーとコンビニと些かの娯楽施設が建ち並ぶ、極めて平均的な田舎町と言える。その中には、小さいながらも立派な港があり、漁業も盛んに行われていた。
 そんな町の一角に、その家は建っていた。
「こんにちは~!」
 大崎は戸を開けて中へと声を掛けたが、中から返事は返ってこなかった。
「ねぇ・・・今日って平日だよね?」
「あ・・・。」
 接客業に一般的な曜日感覚は無いため、大崎も鈴野夜もうっかりしていた。
「それじゃ・・・工場の方だよな・・・。」
 二人はそこから離れ、また別の場所へと向かった。
「ってか、田舎だからって・・・鍵くらい掛けろっての・・・。」
「まぁ・・・そうだよね。」
 歩きながら二人で愚痴る。
 そんな彼らは、端から見たらどう見えただろう。180cm前後の男二人が大荷物を持ち、愚痴りながら歩いている。
 一見怪しげな逃避行に見えなくもないが、そんなことをこの二人に言えば、瞬時に張り倒されること請け合いだ。
 暫く歩くと、道の下の方へその工場が見えた。とは言え、それは小さなもので、扱っているのはコンピューターなどの部品が主なのだ。
「こんにちは。」
 工場の扉を開くと、そこには数人の従業員・・・いや、働くおば様方とお婆様方がいた。
 そして、その中に一人だけ中年の男性がいて、その男性が手を休めて二人へと近寄って来た。
「こりゃ誰かと思えば・・・杉ちゃんと雄ちゃんじゃないかね。何か用があって来てるんかい?」
「いや、たまたま通りがかったので、どうしてるかと思って顔を出したんですよ。」
 大崎が苦笑しつつそう返した時、後ろで働いていた女性陣も手を休めて二人を見た。
「あらま・・・ホントだ。」
「そう言えばそうだねぇ。私も分からんかったわ。髪も伸びてるしねぇ。」
 そうして皆が席を立って二人のところへ集まったため、そこで休憩と言うことになった。
 最初に二人へと近寄った男性が瀬田孝だ。
 約十年前、大崎は毎日の様にこの町に来ていた。この小さな工場で、彼女・・・瀬田直美が働いていたからだ。
 彼女と大崎が出会ったのは中学の時だった。大崎は二年、直美は三年だった。
 最初は部活で気の会う仲間みたいなものだったが、高校も一緒となり、大崎が二年の時から付き合い始めた。まるでそれが当たり前だと言うように。
 一つ年上の直美は勉強も出来て顔立ちも良く、付き合い出した時には随分と羨ましがられた。
 直美は大学進学を薦められていたが、早く自立したいと高校卒業後、直ぐにこの工場で働き始めた。
 当時は工場にも多くの仕事があり、従業員も五十人はいた。無論、賃金も高かったのだ。
 一年遅れて大崎も卒業し、彼はデパートの店員として働きながら自動車の免許を取得した。
 二人は一緒に暮らすことを考えていたが、そう容易いことではなかった。そのため、大崎は少しでも直美との時間を持つため、彼女の送り迎えをしていた。そこに時折、鈴野夜とメフィストも顔を出しては他愛もないお喋りをしながらドライブを楽しんだりもしていたのだった。
 この時点で鈴野夜は既に釘宮のところへ間借りしていたが、以前はこの町に住んでいた。大崎が仮免許を取得出来た時、隣に座って指導したのは鈴野夜なのだ。
 鈴野夜の指導は厳しく、標識を厳格に守らせたお陰で今の大崎がある。最初はかなり荒っぽい運転だったのだ・・・。
 さて、話を戻すことにしよう。
「二人とも、今日はこっちに泊まるのかい?」
 孝はそう問った。要は、もう少し長く居られるのかと聞きたいのだ。
「はい。二、三日はこっちにいるつもりです。」
「泊まる宿は決めて来たのかい?」
「いや、これから探そうかと。」
「それじゃうちに泊まれば良い。部屋もあるし、布団はこの間干したばかりだからな。」
 孝がそう言うと、女性陣の一人が口を開いた。それはこの中でも最長老のシズと言うお婆さんだった。
「そんじゃ、今晩は私が飯作りに行くかねぇ。何か食べたもんはあるかい?」
 孫でも見ているみたいにニコニコしながら聞くシズ婆さんに、鈴野夜と大崎は些かたじろいだ。
 丁度その時、誰かのケータイの着信音が響いた。
「おっと・・・電話だ。」
 それは孝のケータイだった。彼はそれをポケットから取り出すと、着信を見て言った。
「おや、瑶子からだな。」
 そう言って出ると、直ぐに話始めた。
 別段どうという話ではないようだが、孝はニッとして瑶子に大崎と鈴野夜が来ていることを話した。
「そうだ。あ?お前来るんか?いや、そう言うんじゃないがな。分かった。母さんにはちゃんと話して来るだぞ?それじゃ、待ってるから。」
 そう言って会話を終了してケータイをしまうと、大崎と鈴野夜に言った。
「瑶子が来るそうだ。あいつは今、家内と実家に行っててな。こりゃ、久々に賑やかな夜になるな。」
 孝が嬉しそうにそう言うや、またもおば様方があれこれと話に花を咲かせていたが、ふと大崎は孝に問い掛けた。
「司君は?」
 その問いに、辺りは一気に張り詰めた空気になってしまった。
 あれだけ騒がしかったおば様方の声は消え失せ、まるで時が止まったかのように動かない。
 そんな緊迫した中、孝は固い表情で大崎に答えた。
「あいつんことは後で話す。さて、二人は先に家行って寛いでいてくれや。二階の東ん部屋は昨日風通ししといたから大丈夫だ。ま、前とちっとも変わっとらんから、二人とも分かるだろ?」
 そう言うと孝は振り返り、女性陣に「ほれ、早く仕事せんと終わらんぞ。」と言って仕事に戻らせたのだった。
 二人は仕事の邪魔と思い、孝に挨拶してその場を離れたのだった。
 大崎と鈴野夜は工場から出ると、散歩がてら海でも行こうと言うことになった。
「あのさぁ・・・荷物だけでも置いてくれば良かったんじゃないか?」
「あ・・・そうだな。まぁ、もうここまで来ちまったしな。」
 そう大崎は返すと、鈴野夜と苦笑した。
 暫く潮騒に耳を傾けながら歩いていると、向こうから犬を散歩させている男性が向かってきた。
 最初は気にもしなかった二人だが、男性が近付くにつれて眉間にシワを寄せ始めた。
「・・・何であいつがここにいるんだ?」
「さぁ・・・。」
 その男性は二人の見知った人物だった。
 二人は知らぬふりをして別方向へ足を向けようとした時、向こうが気付いて走り寄って来たために、大崎と鈴野夜は溜め息を洩らした。
 男性は二十代前半で、髪はダークブラウンに染めている。顔立ちも良く、背も二人と同じ位だった。
「お久しぶりです!こんなところで何してるんですか?」
「洸・・・お前こそ何してんだよ。確か旅行会社に入ったって言ってなかったか?」
 大崎はその男性へと不思議そうに問った。
 この男性は楠木洸。楠木洋の弟で、本来なら大学院にいる筈だった。それがとある事件に巻き込まれ、大学をそのままやめてしまったのだ。本人曰く「飽きた。」のだそうだ。
 大学をやめて直ぐ、彼は旅行会社に入った。元来、彼は旅行好きなため、その気質が役に立っているようだ。その上、五ヵ国を操れる彼は会社の中でも有望株と言うわけだ。
「僕、今は休暇中なんですよ。忙しくなる前に取っておかないと、休めないことの方が多いんで。」
「へぇ・・・こっち住んでんの?」
「はい。去年の秋に出来たばかりなんですよ!」
「・・・。」
 大崎と鈴野夜は眉をピクつかせ、互いに顔を見合わせた。
 洸は・・・まだ二十一歳だ。にも関わらず、家を新築したと言う。この二人は家を建てるどころではないと言うのに・・・。
「そう言えば、お二人は何の用でこちらに?」
「いやぁ・・・そんな大した用じゃねぇんだけどな。」
「だったら、家に泊まりに来て下さいよ!」
 二人は洸のその誘いに危うく乗ってしまうところだったが、鈴野夜は苦笑しつつそれに返した。
「そうしたいのは山々だが、もう宿は決めてあるんだよ。」
「えぇ・・・そうなんですか・・・。」
 何だかやたらとしょんぼりしている。その足元では犬までしょんぼりと項垂れているため、鈴野夜は慌てて付け足した。
「時間があれば寄らせてもらうから!あ、ケータイ番号教えといてよ。」
 鈴野夜がそう言うや、洸は一気に明るくなった。その足元では犬も以下略。
 洸はニコニコしながらケータイを取り出し、早速番号とアドレスを二人へと送信したのだった。
 結局のところ、洸は家を自慢したくて仕方がない・・・と言うことなのだ。
「来てくれたら、きっと春香も喜びますよ!」
 その言葉に、大崎と鈴野夜の表情が凍り付いた。
「えっと・・・まさか結婚したの?」
「はい!」
 二人は唖然とした。何故ならば、式に呼ばれるどころか・・・話さえ聞いてなかったのだ。無論、それを知らせる葉書さえ届いていなかった・・・。
「なぁ・・・雄。お前、聞いてたか?」
「いや、聞いてないぞ。でも・・・半年位前に、まぁ君が誰かの結婚式に出るからって店休んだことがあったじゃないか。あの時のがそうだったんじゃないか?」
「・・・。」
 二人は結婚式どころか・・・以下略。
 さて、二人は洸と暫く話した後、彼と別れて孝の家に向かった。
 家に着いた時、陽はかなり傾いていた。空には星がちらつき始め、夕と夜の淡い境界線が見えていた。
「叔父さん、帰ってる?」
 大崎は戸を開けて家の中へ声を掛けたが、中から返事はなかった。まだ戻ってないようだ。
「そんじゃ、入って待ってるか。」
「そうだな。ここで待ってたら、何だか空き巣みたいに見られかねないしな・・・。」
 そうして二人は中へと入り、昔来ていた部屋へと足を踏み入れたのだった。
 二人は途中、近くにあるコンビニで酒やつまみを買ってたため、酒は台所の冷蔵庫へと入れてきた。そうしたことも昔と同じだ。
 ただ、昔は淑美・・・孝の妻がいて、二人の子供が無邪気にはしゃいでいた。あれから十年・・・ずっとここへ来ることは無かったが、やはりあの時のことを思い出す。
「・・・やっぱ忘れらんねぇよな・・・。」
 夕に染まる景色を眺めながら、ふと大崎は誰に言うでもなく溢した。その意味を知る鈴野夜は、ただ静かに彼の見る景色を共に眺めた。
 暫くすると、また大崎は独り言の様に口を開いた。
「あの時、もし俺が死んでたら・・・こんなことにはならなかったんかな・・・。」
「馬鹿を言うな。」
 その言葉に、鈴野夜は直ぐ様返した。
「私は君が生きていて嬉しい。確かに、二人共無事だったら良かった。だがあの時、既にどうなるかなんて決まっていたんだ。それは自然の理だ。受け入れるにせよそうでないにせよ、後戻りなど出来はしない。ならば、この先をどうより良く生きるかを考えるべきだ。私達に出来ることを精一杯やり遂げる・・・それが生きる者の責務なんじゃないかな。」
 鈴野夜がそこまで言い切った時、不意に大崎が吹き出した。
「・・・ッ!?」
 あまりのことに、鈴野夜は呆気にとられて眉をピクつかせた。
「大崎君・・・。」
「いや、悪い。雄の口からそんなセリフが出るなんて・・・ブッ!」
「失敬なっ!」
 鈴野夜は珍しくプリプリと怒っている。と、そこへ玄関の開く音がしたと思ったら、誰か二階に上がってくる足音がした。
 二人は孝だと思って見ていると、そこには的外れの人物が顔を見せた。
「杉兄!」
「瑶子ちゃん!?」
 顔を見せたのは、孝の娘の瑶子だった。二人は十年ほど会ってなかったため、その成長ぶりに目を丸くした。
「あんなに小さかった瑶子ちゃんが・・・。」
 感無量・・・と言った風に言う大崎に、瑶子は苦笑して返した。
「十年も音沙汰なかったんだから、当たり前でしょ?」
「そりゃそうだ。ってか、随分早かったな。」
「仕事早く終わらせて飛んで来たのよ?全く・・・雄兄も全然連絡くれなかったしね?」
「今度は私か・・・。」
「当たり前でしょ!連絡先も知らせずに行ったから手紙も出せなかったし。本当、寂しかったんだからね!」
「ごめんなさい。」
 そう言った二人の声が重なったため、瑶子は可笑しくなって笑った。本当に会いたかったようだ。
 それから暫くは他愛ない話をとりとめもなくした。
 十年分・・・話題が尽きることはないが、三人はその話題の多さに、逆に時の壁を感じることもあった。
 談笑しているうちに日も落ち、そこへもう一人顔を見せた。
「こんな暗いとこで電気も点けんで、お前達は何しとるんだ。」
 やって来たのは孝だった。孝はそう言って電気を点けて笑っていた。
「後でシズさんと明子さんが来るから、飯は気にするな。今日はゆっくりしてろや。」
「ありがとうございます。」 大崎と鈴野夜がそう答えると、瑶子は何か思い付いた様に口を開いた。
「ねぇ、花火やろうよ。昔は庭でよくやってたんじゃない。」
「そうだなぁ・・・それじゃ、買いに行くか。」
 鈴野夜がそう言うと、瑶子は目を輝かせて「うん!」と返した。未々子供だ。
「それでは、君は残って来訪して下さる奥様方を丁重に持て成してもらわないとね。」
「は!?」
 大崎は失敗したと思った。鈴野夜はわざと先に瑶子に返答し、大崎を買い物に行かせるつもりは無かったのだ。
 要は「話を聞き出せ。」と言うことなのだ。
「分かったよ。そんじゃ、行ってこい。」
 大崎はそう言って二人を送り出したのだった。
 空には月が悠々と輝き、夕暮れの紅は既に藍の端へと追いやられていた。
 遠くに波の音が微かに響き、開いた窓からは穏やかな風が舞い込む。それは残った二人へと何かを促しているようであった。



 
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