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至誠一貫

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第一部
第五章 ~再上洛~
  五十七 ~英雄、集う~

 数日後、漸く勅使が陣に到着。
 その頃には、馬騰軍も既に洛陽城外に姿を見せていた。
「やはりと申すか、馬の数が多いようだな」
「然様ですな。中原の諸侯と言えども、あれだけの馬はまず揃っていませぬ。あの規模に注ぐのは白蓮殿ぐらいですかな」
 大陸中を見聞した星も、感嘆する事頻りである。
「ただ数が多い訳ではあるまい。それだけ、扱いにも長けているという事でもあろう」
「せや。平原であれと遣り合うんは、ウチかてしんどいで?」
 いつの間にか、霞がそこに立っていた。
「霞ではないか。如何致した?」
「歳っちもつれないなぁ。月が会いたがっとるんやけど、今は勝手に動けへん。せやから、ウチが様子を見に来たっちゅう訳や」
「ふむ。城内の様子も聞きたいところだ。ゆっくりしていくが良い」
「主。ならば折角霞も来た事ですし、一献傾けるというのは如何ですかな?」
 星の場合は、ただ口実が欲しいだけの気もするが……まぁ、良かろう。
「好きにせよ。だが、限度は弁えよ」
 と、星は不服げに口を尖らせた。
「むう、信用ありませぬな。私は、酒で過ちを犯した覚えはありませぬ」
「ウチかて同じや。歳っち、細い事気にしとったら、禿げるで?」
 ……流石に、分が悪いか。
 この二人相手に、酒での不毛な議論をするつもりもない。
「好きにするが良い。私は後で参る」
「あれ、歳っち。何処へ行くんや?」
「捕虜と申すか、間者らしき者を捕らえているのだ。様子を見て参る」
「ふ~ん、面白そうやね。ウチもついて行くわ」
 見世物ではないのだが……言うだけ、無駄か。
「あ、お兄ちゃん」
 今の当番は、鈴々か。
 目を離すなとは申し渡してはあるが、結果、将の誰かがついている格好である。
 確かに暫しは手持ち無沙汰故、特段問題ではないのだが。
 ……一騎当千の猛者が、直々に捕虜の見張りなどと、華琳が見たら呆れ返るであろうが。
「まだ、眠っているようだな」
「そうなのだ。ちょっと退屈になってきたのだ……ふぁぁ」
 そう言って、鈴々は大きく欠伸。
「あはは、鈴々らしいなぁ。せやけど、間者か……どないな奴なんやろ?」
「喋れるようになるには、まだ数日を要するらしい。とにかく、今は回復を待つしかないのだ」
「せやな。あ、顔見てもええか?」
「駄目、と申しても無駄であろう?存分にせよ」
「……ウチ、何や勝手気儘に思われてへんか?」
「万事が、とは言わぬが。だが、相違ないのも事実だな」
「歳っちは、ホンマきっついなぁ。まぁ、ウチかて自覚はしとるけどな」
 苦笑しながら、霞は寝ている間者の顔を覗き込んだ。
 ……と、みるみる顔色が変わるのが見て取れた。
「にゃ? 霞、どうかしたのか?」
「……いや、何でもあらへん。……そないなアホな事、ある訳ない」
 だが、霞の狼狽ぶり、尋常ではない。
「鈴々。目を離すな、良いな?」
「合点なのだ!」
 私は頷くと、霞を連れて天幕を出る。
「霞。顔見知りのようだな?」
「……やっぱ、誤魔化すんは無理やね」
「あれだけはっきり顔に出せば当然であろう。それで、あれは何者なのだ?」
 だが、霞は何やら躊躇ったまま。
「言えぬか?」
「…………」
 私の問いにも、ただ頭を振るばかり。
「ならば、無理にとは申さぬ。だが、あのままにしておく訳にはいかぬ、それだけは申しておくぞ」
「わかっとる。……少し、考えさせて貰えへんか?」
「良かろう」
「……済まんな、歳っち」
 霞は、肩を落としたまま、星の待つ天幕へと歩いて行く。
 ……とりあえず、正体不明からは一歩前進か。
 後は、霞を信じるよりあるまい。


 数刻後。
 示し合わせた訳ではないのだが、華琳と袁紹の両者から、打ち揃っての入城を、と誘いが届いた。
 断る理由もなく、応諾の返答をした矢先。
「申し上げます。馬騰様よりの使者が、お目通りを願っております」
 慌ただしい最中、だが断るのも非礼に当たる。
「わかった。通せ」
「はっ!」
 程なく、使者が姿を見せた。
「目通り、感謝するぞ。あたしが馬騰だ」
 ……この世界は、君主自ら出向くのが普通なのか?
 華琳も睡蓮(孫堅)もそうであったが、公儀では考えられぬ事だ。
 そして、やはり馬騰も女であった。
 すらりと背が高く、それでいて年齢を感じさせぬ人物だ。
 隣にいる少女は、そんな馬騰を見て肩を竦めている。
 どう見ても武官のようだが……かなり遣うな。
「拙者が土方にござる。お初に……」
 と、馬騰は手を振る。
「ああ、堅苦しいのはなしで頼むわ。これからは同僚なんだし、あたしもそういうのは性に合わないんだ」
「……良かろう。貴殿がそれで構わぬのなら」
「そうそう、そんな調子で」
 馬騰は、何度も頷く。
「で、コイツは……ああ、自分で名乗れ」
(ふぇい)様、また面倒になっただけでしょう?」
 呆れたように言う少女。
「いいじゃんか、別に」
「全く……。コホン、失礼しました。自分は鳳徳と申します、お目通りいただき、改めて御礼申し上げます」
 鳳徳……成程な。
 身のこなしに隙がないのも当然か。
 関羽と五分に打ち合ったと言われる豪傑、恐らくはこの者も並の腕ではあるまい。
「丁重な挨拶、痛み入る」
「いえ。自分こそ、噂の御方にお会いできて光栄です」
「お、何だ立子(りーしぇ)一目惚れしちまったか?」
 馬騰がからかうとに、鳳徳は忽ち、顔を赤くする。
「翡様! し、失礼ですよ! 自分はただ、武人としてですね」
「あ~、わかったわかった。そうムキになるなって」
 何とも仲の良い主従だが……用件を忘れてはおるまいな?
「それで馬騰殿。そろそろ入城の刻限故、他に用向きがなければ後にして貰えぬか?」
「おっとそうだった。あのさ、どうせ用件は同じなんだ。一緒に入ろうぜ?」
「私は構わぬが、既に袁紹殿、華琳……曹操殿からも、誘いを受けている。共に、との事ならば、四人で参る事になるが」
 すると馬騰、苦虫を噛み潰したような顔で、
「うへ~、あの二人と一緒かよ。あたし、どっちも苦手なんだよなぁ」
 そう言いながら、頭を掻いた。
「無理にとは申さぬが、先約を破る訳にはいかぬ。後は、貴殿次第だな」
「翡様、どうなさいますか?」
「ったく、これであたしだけ断ったら、ただの馬鹿だって。いいぜ、あたしも乗るとするさ」
 呵々と笑う馬騰。
 些事には拘らぬ性格なのであろう。
「では、暫し待たれよ。私も着替えて参る」
「ん~? 別にあたしは気にしないぜ、此処で着替えちまえば?」
「ふ、翡様! いくら何でも、失礼過ぎですって!」
 慌てて鳳徳が窘めるが、馬騰は平然と笑っている。
「男の裸なんざ、今更気にしねぇよ。これでもあたしは、一児の母親だしな。ま、ネンネの立子にはまだ無理か?」
「ほ、ほっといて下さい! さ、翡様、外で待ちましょう!」
「そんなに引っ張るな。つーか引き摺ってるぞ、おい?」
 喚いたまま、鳳徳に連れ出されて行った。
 ……兎も角、早々に仕度を整えるとしよう。

 程なく、袁紹と華琳がやって来た。
 ……私の陣に集まる必然性がわからぬが、図らずも英雄が三人、顔を揃える格好となった。
「あら、麗羽。久しぶりね」
「ええ、華琳さん。ご無沙汰でしたわ」
「……あら? 麗羽、髪型を変えたようね?」
 華琳が目敏いと言うよりも、気付かぬ方がどうかしている……そのぐらい、変化しているのは確かだ。
 自慢であった筈の、髪を螺旋状にしていたのを止め、小波のように緩やかな感じになっていた。
「なぁ、袁紹さんよ? 一体何があったんだ?」
「ち、ちょっとした心境の変化ですわ。この方が、お手入れも楽ですし」
「心境の変化、ねぇ」
 華琳は、チラと私を見た。
「何か?」
「いえ、何でもないわ。そう、麗羽があれを変えるとはね……」
 そう呟きながら、華琳は自分の髪に触れる。
「これも、貴方の差し金なのかしら? 歳三」
「私は存ぜぬ。そもそも袁紹殿に、そのような事を言える立場にはない」
「そ、そうですわ。土方さんは関係ありませんことよ?」
「ふ~ん、にしちゃ、やけに土方を意識しちゃいないか?」
 にやにやしながら、馬騰が言う。
 袁紹は……顔が真っ赤だ。
「ば、馬騰さん! これはわたくしの一存ですっ!」
「だってさ。で、土方はどう思うんだい?」
「……悪くないのではないか。少なくとも、戦場では今の髪型の方が動きやすかろう」
「そ、そうですわ。名家である袁家当主のわたくしに相応しい装いにしただけですわ、お、おほほほほ」
 と、華琳と馬騰が、揃って溜息をつく。
「……麗羽。無理しない方がいいんじゃない?」
「あたしも同感だな」
「な、なんですの、華琳さんも馬騰さんも! 土方さん、参りましょう!」
 ずんずんと、袁紹は歩き出す。
 ふむ、身のこなしが軽く感じられるようになっただけでも、髪型を変えた効果はあるのかも知れぬな。

 勅使から、供は十名まで、ただし宮城には当人以外、入る事は罷り成らぬ……そう、通達されていた。
 華琳は流琉、袁紹は顔良、馬騰は鳳徳を伴うようだ。
「疾風(徐晃)、お前が供をせよ」
 私は即座に決を下した。
「はっ」
 ……が。
「ご主人様、私では不足ですか?」
「そうなのだ。お兄ちゃんを守るのは、鈴々の役目なのだ!」
 ……こうなる事が明白だった故、敢えて皆に諮らなかったのだが。
「留守を守るのも大事な務め。それに今の洛陽は平穏だ、無用に警戒するまでもあるまい?」
「それはそうですが……」
 まだ、不服なのであろうな。
「申したい事があれば後にせよ。それと、星」
「はい」
「霞を、頼んだぞ?」
「お任せ下さい」
 以心伝心、後は任せるとする。
 ……霞はどうやら、天幕から出てこぬようだ。
「ではではお兄さん、風はご指示通りにやっておきますねー」
「歳三様、行ってらっしゃいませ」
 皆の見送りを受けて、陣を出た。
「ふ~ん、噂に違わないって事かねぇ?」
「……馬騰殿。何か?」
「いやね、土方の許には人材が集まってる、そう聞いていたからさ。てっきり、あたしは女たらしなのかと思ったけど」
「それは違うわ、馬騰。この時代、女より優れた男なんて、砂漠で金を探すよりも困難。貴女なら、よくわかっているわよね?」
「まあね。まだ少ししか見てないけど、土方はそれだけの器量を備えてる、それはわかってきた」
「あら、その程度で土方さんを理解できたおつもりとは、馬騰さんもまだまだですわね」
 妙に勝ち誇ったように、袁紹が言う。
「なんだと?」
「そういう麗羽だって、歳三との付き合い、そんなに長い訳でもないんじゃない? この中じゃ、私が一番長い筈よ」
「華琳さん。わたくしは同じ冀州で、共に郡太守だったのですよ? あなたなどより、接点は多いですわ」
 三者の間で、妙な火花が飛び散り始めた。
 流琉や鳳徳、顔良らは……ただ狼狽するばかりだ。
 一方の疾風は、落ち着いたものだがな。
 ……と思いきや、三人の争いを傍目に、呟いている。
「罪作りですな、歳三殿は」
「……私は、何もしておらぬぞ?」
「ええ、確かに何も。ですが、何もしなくても罪作りです」
 些か、機嫌を損ねたような口ぶりだ。
 ……全く、女子の扱いは殊更難題だ。
 戦場の方が、どれほど気楽かわからぬな。


 広小路を進み、宮城前に到着。
「さて、此所からは私達だけね」
 私も疾風と別れ、宮城の門を潜る。
 そこに、迎えの使者が待ち構えていた。
「皆さん、お待ちしておりました」
 よもや、月自ら参るとはな。
 他の者も同様のようだが……馬騰だけは違う反応を見せた。
「よっ、月。久しぶりだな」
「ふふ、翡さんは相変わらずですね」
「月こそな。案内、宜しく頼むわ」
「はい。お父、いえ土方さん、曹操さんに袁紹さん。どうぞ此方へ」
「董卓さん? 今、土方さんを何と呼ぼうと?」
 聞き咎めたのか、袁紹が眉を寄せる。
「あ、いえ。失礼しました」
「董卓さん。わたくしは、何を仰ろうとしたのかと」
「……麗羽。既に宮中よ、控えなさい」
「華琳さんは黙っていて下さい! わたくしはですね」
 袁紹は、すっかり頭に血が上ってしまっている。
 ……とにかく、この場を収めねばなるまい。
「袁紹殿。宜しいか?」
「土方さんまで……。い、いいですわ、伺いましょう」
「うむ。月の事だが、今は故あって、父娘の契りを結んでいるのだ」
 私がそう言った途端、みるみるうちに、袁紹の顔が青ざめていく。
「本当に? 本当に、そうなんですの?」
「何だい、袁紹は知らなかったのかい? あたしんトコみたいな僻地でさえ、知らされてるぜ?」
「勿論、私も知っているわよ。麗羽、知らぬは貴女だけみたいね」
「そ、そんな……」
 へなへなと、その場で膝をつく袁紹。
「申し訳ありません、お父様。私のせいで……」
「月、お前は何も悪くない。既に公にしている事だ、公私を混同せねば、お前がいつも通りに呼ぶ事は構わぬ筈だ」
「ですが……」
「気にするでない。父の申す事が聞けぬか?」
「……いえ。わかりました」
 漸く、月はいつもの柔和な笑みを浮かべた。
 それにしても袁紹は、何故月の事でこれ程までに衝撃を受けたのであろうか。
 ……わからぬが、言える事は袁紹が未だ、立ち直る気配が見えぬ事だ。
「さて、陛下がお待ちかねであろう。ご一同、参るぞ」
「ああ、だな」
「そうね、行きましょう」
 馬騰と華琳は応えるが、袁紹は未だ、茫然自失のままだ。
 だが、顧みるような真似はせぬ。
 その代わり、背を向けたまま一言だけ、申しておく。
「誰も、手を貸せぬし貸さぬ。今がどのような時か、それを考えられよ」


 謁見の間にて、叙位の時を待つ。
 睡蓮の他、見知らぬ男が二名。
 確かめた訳ではないが、蹇碩と、淳于瓊であろう。
 袁紹は、遅れながらも叙任の場には姿を見せていた。
 そして、玉座には、一度だけ宮中で見かけた弁皇子……いや、新皇帝陛下が鎮座している。
 何処か、居心地が悪そうに。
 その隣には、勝ち気そうな女が立っている。
 恐らくは、この御仁が何皇后なのであろう。
 ……一方、宦官は、蹇碩を除くと姿が見当たらぬようだ。
 やはり、まだまだ確執がある、という事であろうな。

 叙位自体は、滞りなく終わった。
「土方様」
 退出しようとした私は、文官に呼び止められた。
「何用にござる?」
「は。……どうぞ、此方へ」
 そう言って、奥へと案内しようとする。
「用件をお聞かせ願いたい。そうでなければ、同道はお断り致す」
「そ、それは……」
「どうかしたのか、歳三?」
 ずかずかと、睡蓮がやって来た。
「私に用のある御仁がおられるようなのだが、用件を明かして貰えぬのだ」
「ほう。おい貴様、歳三をどうするつもりだ?」
「い、いえ。私はただ、その……」
 しどろもどろになる文官。
「言いたい事があるならはっきり言ったらどうだ? 俺は、奥歯に物が挟まったような言い方は大嫌いなんだよ」
「落ち着け、睡蓮」
「し、しかしだな」
 放っておけば、胸ぐらを掴みかねぬ勢いであった故、私は睡蓮を手で押し止めた。
「何方かは存ぜぬが、用があらば後ほどにしていただきたい。そう、伝えられよ」
「あの、そ、それでは私の役目が果たせません」
「……御免。睡蓮、参ろうか」
「ああ」
 追い縋ろうとする文官を振り切り、私は謁見の間を退出した。
 外では、華琳と馬騰、そして袁紹に月が待っていた。
「遅かったじゃない。何かあったの?」
「さて、な」
 惚けた訳ではないが、華琳は何か企みを思いついたらしい。
「じゃ、これから祝宴というのはどう?」
「おお、酒か。無論、俺は乗ったぞ」
「なら、あたしもだな。洛陽の酒は久しぶりだから楽しみだぜ」
 ……ある意味、わかりやすいなこの二人は。
「麗羽は?」
「わ、わたくしは……。土方さんは、どうされますの?」
「お父様。折角ですし、参りましょう」
「歳三がいなくちゃ話にならんな」
「そうそう。あたしも聞きたい事があるし」
 あっという間に、両側を睡蓮と馬騰に固められてしまった。
「ふっ、どうやら拒否権はないらしい。良かろう」
「ふふ。麗羽、貴女もいらっしゃい。歳三がいるんだから、断る理由なんてないでしょ?」
「ま、まぁ、華琳さんがそこまで仰るのなら」
 先ほどの文官、気にならぬ訳ではないが……今は英雄達との交わりを楽しむとするか。 
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