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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第十四話 思惑

帝国暦486年 9月15日  オーディン ブラウンシュバイク公爵邸 アントン・フェルナー



「フェルナー大佐」
「はい、何でしょう」
「あの、その、……エーリッヒ様は大丈夫かしら」
ちょっと困った様な戸惑いを浮かべながらエリザベート様が話しかけてきた。婚約者を心配する幼い美少女か……、うーん、なかなか……。憎いぞ、エーリッヒ。

彼は今二万隻の艦隊を率いて訓練に出ている。遠征前の最終訓練というわけだ。訓練に出てから一週間が経つからな、寂しいのかもしれん。ここは一つ明るく励まして差し上げなければ。何と言っても未来の公爵夫人だしブラウンシュバイク公爵家のお嬢様だ。

「大丈夫ですよ、エリザベート様。公はこれまでにも戦場に出ていますから慣れています。それに今回は訓練です、心配はいらないでしょう」
「……」

出来るだけ笑顔で優しく答えたのだがエリザベート様はじっと俺の顔を見ると目を逸らして“ホーッ”と溜息を吐いた。何故だ、何故そんな事をする。それは男の鈍感さに呆れ果てた女のする行為だろう。“こいつ、何にも分かっていない、零点ね”。十五歳の少女にそれをされるなんて、しかも相手は主君筋、とほほ……。

「何か御心配事でもお有りですか?」
落ち着け、ここはスマイルだ。まだ挽回のチャンスは有る。まずは探りを入れるんだ。偵察行動を怠るな! 今度は失敗は許されない。エリザベート様がチラッとこちらを見ると呟く様に話しだした。

「最近エーリッヒ様は元気が無かったから……。ベーネミュンデ侯爵夫人の事がショックだったのかしら……」
なるほど、その件か……。確かに少し元気が無かった。ここは同じ心配をしているというアピールをして仲間意識を持たせる事が肝要だな。

「そうですね、小官もそれは気になっていました。ああいう結果になるとは誰も想像していなかったでしょう。公の責任ではありませんが、処分を言い渡したのは公です。他に方法が無かったかと考えているのかもしれません。公は優しい方ですからね」

エリザベート様が頷いている。“責任は無い”、“優しい”、ここがポイントだな。誰だって婚約者を責められれば面白くないし褒められれば嬉しい。よし、好感度アップ。針路そのまま。

「どうしたらいいのかしら……」
縋る様な口調だ。うむ、ここは下手に慰めを入れず大人の対応をするべきだ。それでこそフェルナー大佐は頼りになると思われるだろう。

「私達には何もできません」
「でも」
「いくら私達が公に責任が無いと言っても公は納得しないでしょう。言えば返って責任を感じてしまいます。公が自らの力で乗り越えなくては」

エリザベート様が“そんな”と言って唇を噛み締めた。うむ、良いぞ、ここでアドバイスだ。
「幸い公は今宇宙に居ます。艦隊訓練は決して簡単ではありません。忙しさがあの事件で思い悩むことを忘れさせてくれるでしょう。オーディンに戻って来るころには元の公に戻っていると思います」

「フェルナー大佐はそう思うの?」
「もちろんです」
「だと良いのだけれど……」
信じたい、信じられるのだろうか、そんな風情だな。よしよし、ここでもう一押しだ。

「それより手紙でも送られては如何です。エリザベート様から手紙が届けば公も喜ぶでしょう」
「そうかしら、喜んでくれるかしら」
少し不安そうだな。ここはにっこりスマイルだ。
「もちろんですとも」

俺の笑顔にエリザベート様も嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうよね、喜んでくれるわよね」
「ええ」
「有難う、フェルナー大佐」

そう言うとエリザベート様がパタパタと走り去っていった。これからビデオレター作りだろう、多分今日一日はかかるに違いない。幸せな気持ちで胸がいっぱいだろうな……。エーリッヒも婚約者からビデオレターを貰えば心が弾むはずだ。うん、俺って良い友達だな。



帝国暦486年 9月22日  フレイア星系 フォルセティ  エーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイク



俺が遠征に率いる予定の艦隊二万隻は現在フレイア星系で訓練中だ。既に訓練に入って二週間が経っている。訓練は順調過ぎるほど順調だと言って良い。出来る部下を持つと楽だよな。あと二週間もすれば訓練を終了出来るだろう。

少し離れた所で参謀長のメックリンガー少将がシュトライト准将、ベルゲングリューン、ビューロー大佐と訓練の打ち合わせをしている。明日から一週間の訓練内容についてだ。基本方針は艦隊を二つに分けての演習になる、彼らは今その詳細を詰めている。そして俺は指揮官席でそれを見ているという状況だ。

戦艦フォルセティ、フォルセティ級の一番艦で俺の乗艦だ。つまり遠征軍の旗艦ということになる。原作だとこの艦はケスラーの乗艦になるんだがこの世界では俺の旗艦になった。まあこの世界のケスラーはラインハルトの参謀長だし問題は無いだろう。

どうも帝国は帝国歴四百八十年代の後半から旗艦級戦艦は高速機能を有するべしという設計思想の元に艦を造っているようだ。フォルセティ級とほぼ同時期にベイオウルフ級、そしてブリュンヒルトやバルバロッサが建造されているがいずれも高速戦艦だ。

俺はこのフォルセティを結構気に入っている。この艦の全高は二百メートルに満たない、車で言えば車体が低いのだ。旗艦級戦艦で全高が二百メートル切るのは極めて少ない、このフォルセティとバルバロッサくらいだろう。それに機関部を後方に集中配置して装甲を強化しているから極めて打たれ強い艦になっている。生き残って指揮を執ると言う点では非常に優れた艦だ。

フォルセティの名前も良い。フォルセティは北欧神話に出てくる司法神だがアース神族の中でも最も賢明で雄弁な神様だ。そして平和を愛する優しい神様でもある。彼は大変尊崇されていたため、非常に厳粛な誓いを立てる際には、彼の名前を以て誓うこととされていたらしい。弁護士を目指した俺にとってはお手本みたいな神様だろう。実際に居るなら会ってみたいもんだ。

原作ではルッツの乗艦スキールニル、ワーレンの乗艦サラマンドルもフォルセティ級だ。確かスキールニルが二番艦でサラマンドルが三番艦だったかな。両艦ともラインハルトに従って戦場を駆け巡った。帝国でも屈指の武勲艦だろう。ちなみに今の両者はまだフォルセティ級を使っていない。

スキールニルやサラマンドルに比べるとフォルセティはあまり戦場で活躍していない。ケスラーが憲兵総監になり地上勤務になったためだ。撃沈はされなかったが武勲には恵まれなかった。この世界ではどうなるか……、出来る事なら原作世界同様撃沈されないで欲しいもんだ。

オーディンに戻るのは十月中旬だな。補給、艦隊の整備を行ってから出撃となるから出撃できるのは大体十一月の初旬といったところか。イゼルローン要塞には遅くとも十二月の中旬頃には着くだろう。イゼルローン要塞で最後の補給を行って出撃か……。

新年のお祝いは間違いなくフォルセティで行うことになるな。いや、問題はそれよりクリスマスだ。エリザベートが残念がるだろう、プレゼントだけでも用意しておくか。フェルナーに頼んで当日渡してもらう……。ケーキは作っておくわけにもいかん。そいつは来年だ。

帰ったらエリザベートが大変だろうな。昨日、オーディンから補給が届いたがその中に彼女からのビデオレターが有った。風邪をひいてないかとかちゃんと食事をしてるかとかピーマンとレバーを残しては駄目だとか色々言っていた。しかし俺って十五歳の女の子にそこまで心配されるほど頼りないかね、ヤン・ウェンリーと同等か? それはちょっと酷いだろう……。

誰かがエリザベートを唆したな。シュトライトは此処にいるからフェルナーか、アンスバッハか……。或いは大公夫妻かな、意外な所でリッテンハイム侯夫妻という線も有るだろう……。

あの髭親父、このあいだ家に来て俺が作った白桃ソースのブランマンジェを食べてたが、髭に白桃ソース付けて御機嫌だったからな。一口毎に“ムフ”、“ムフ”なんて言って喜んでいた。皆大笑いだったがムフムフちゃんを一番笑っていたのは侯爵夫人だった。あの日以来俺の心の中ではムフムフちゃんが奴の呼び名だ。

「閣下、御心配事でもお有りですか?」
「……」
「先程から何かお悩みのようですが……」
ヴァレリーが心配そうな顔で俺を見ている。拙いな、まさかエリザベートとムフムフちゃんの事を考えていたとは言えん。

「遠征の事を考えていました。結構厳しいでしょうね、難しい戦いになる」
「二万隻と言うのは決して少ない戦力とは思いませんが……」
「少なくは有りませんが大きくも有りません。極めて中途半端です、運用し辛い……」

俺の言葉にヴァレリーが困惑した様な表情を見せた。誤魔かそうとして適当な事を言っているつもりは無い、ここ最近の俺の悩みの種はこの二万隻という数字だ。どうにも中途半端としか言いようがない。説明した方が良いかなと考えているとメックリンガーが近づいてきた。ヴァレリーも彼に気付いて表情を改めている。

「閣下、明日からの訓練の詳細がまとまりました。確認をお願いします」
メックリンガーが差し出した資料を受け取り確認する。艦隊を青、赤に二分し青軍は俺が司令官で赤軍はクレメンツが司令官になる。

クレメンツの側には参謀としてシュトライトとビューロー、分艦隊司令官はアイゼナッハとビッテンフェルトが配属される。俺の方はメックリンガーとベルゲングリューン、ワーレン、ルッツか……。

演習内容は輸送部隊の護衛と襲撃。最初は俺が輸送船を護衛しクレメンツが襲撃を行う。終了したら立場を変えてもう一度か……。輸送ルートはフレイア星系からトラーバッハ星系への直線コースか……。航路は整備されていないから奇襲はし易いか。訓練としては良いだろうな。

メックリンガーの後方を見るとビューローとベルゲングリューンが心配そうにこっちを見ていたが俺と視線を合わせると慌てて逸らした。俺って避けられてる? ブラウンシュバイク公爵になったせいかな、ちょっと寂しいよな。今度明るく声をかけてみようかな、でもそれもおかしいよな……。

「問題は無いと思います。クレメンツ副司令官、各分艦隊司令官に通知してください」
「承知しました」
承知しましたと言ったのにメックリンガーは戻ろうとしない。はてね……、何か指示の出し忘れが有ったかな。

「何か?」
俺が問いかけるとメックリンガーが少し照れたような表情を見せた。結構可愛いじゃないか。
「いえ、先程閣下が少佐に運用し辛いとおっしゃっていたのを小耳にはさんだものですから……」

やれやれ、聞かれたか。視線を後方に向ければシュトライト、ビューロー、ベルゲングリューンもこちらを見ている。仕方ないな。
「フィッツシモンズ少佐、同盟軍の正規艦隊で一個艦隊と言えばどの程度の兵力です?」
「大体ですが一万二千隻から一万五千隻、そんなところでしょうか」

「こちらは二万隻、艦隊の規模としてはこちらが大きい。この場合、同盟軍はどう対応すると思います?」
俺の問いかけにヴァレリーはメックリンガーと視線を合わせた。そして俺に視線を戻してから答えた。

「……一個艦隊では劣勢です。ごく普通に考えれば二個艦隊、或いは三個艦隊を動員すると思います」
「その通り、小学生程度の算数が出来ればそうなる。となると二個艦隊なら最低二万四千隻から最大三万隻、三個艦隊なら三万六千隻から四万五千隻を敵は動員するという事です、我々は優勢な敵と戦わなければならない」

俺の言葉にヴァレリーとメックリンガーが頷いた。ヴァレリー、俺が何故憂鬱なのか分かっただろう。向こうは一個艦隊では兵力が劣勢だが全体ではこちらを上回る、そして任務部隊も多い。つまり作戦行動の選択肢はこちらよりも多いのだ。

「確かに閣下の仰る通りです。楽な遠征ではありませんな」
「そうですね、参謀長」
「反乱軍の宇宙艦隊司令長官はドーソン大将と言いましたか、聞いたことのない人物ですが……」
メックリンガーが俺とヴァレリーを交互に見ている。ヴァレリーは同盟に居たからな、情報を知りたいのだろうが俺から答えた方が良いだろう。

「用兵家としては前任者のロボス大将よりも劣るでしょうね。どちらかと言えば後方支援の方が向いていると思いますが、小学生程度の算数が出来ないわけではないでしょう。油断は出来ません」
俺の言葉に皆が笑い声を上げた。別にジョークじゃないんだけどね。

こちらの方針は限られてくるな。敵が味方よりも多い以上正面からの殴り合いなど自殺行為に等しい、取るべき手段は奇襲か各個撃破だ。しかし奇襲にしろ各個撃破にしろ相手の油断、隙を突かなければ難しい……。頭が痛いよ。

今考えてみると原作でラインハルトが二万隻率いて遠征したのはラインハルトの失敗を願っての事だったんだとよく分かる。一万五千隻程度の艦隊を率いさせると同盟側で一個艦隊で迎え撃てば十分だなどとロボス辺りがお馬鹿な事を考えたかもしれない。

その点二万隻ならどう見ても二個艦隊以上出すだろうからラインハルトが不利になるだろうと踏んだわけだ。何も出来ずに帰ってこい、皆で思いっきり笑ってやる、そう思ったんだろうな。実際にメルカッツを始め皆がラインハルトに対し撤退を進言している。

俺の場合は最終テストみたいなもんかな。ブラウンシュバイク公爵家を継ぐのだからこの程度はクリアして欲しいって事だろう。幸い司令部幕僚や分艦隊司令官ではこちらの要望を聞いてもらっているし、皆協力的だから原作のラインハルトよりはましか。

後は実際に現場に行ってからだな。敵が分散してくるなら各個撃破だが問題は一塊になって迎撃してきた時だ。さてどうするか……。



宇宙暦795年10月 5日  自由惑星同盟統合作戦本部 ヤン・ウェンリー



統合作戦本部の本部長室に入ると本部長が無言でソファーの方へ視線を向けた。そちらに座れという事だろう。本人はそのまま机の上に置いた文書に視線を向けている。何か決裁をしているようだ、ソファーに座って本部長を待つ。五分ほどすると本部長が席を立ってこちらにやってきた。

「済まんな、呼び立てておいて待たせてしまった」
「いえ、お気になさらないでください」
本部長がソファーに座る。あまり機嫌は良さそうではない、そのままこちらをじっと見ていたが一つ息を吐くと口を開いた。

「准将、どうかね、そちらの状況は」
「あまり良くありませんね」
宇宙艦隊司令部の状況は良くない、その事は既にキャゼルヌ先輩には何度か伝えている。本部長も承知しているだろう。機嫌が良くないのはその所為だ。

「新司令長官は体面を気にするあまり、笑う事を忘れたようです。ビュコック提督やウランフ、ボロディン提督等の実力、人望の有る提督達とも全然上手くいっていません。その一方でトリューニヒト委員長に近づきたい連中がドーソン司令長官に擦り寄っています」
「……」

「私も避けられています。ドーソン司令長官は私をシトレ本部長が差し向けたスパイだと思っているようです。多分、私が今ここに居る事も誰かが司令長官に教えているでしょう」
溜息を吐かないで欲しい。私が悪い事をしているような罪悪感を感じてしまう。誓って言うが私には非が無い、問題はドーソン大将に、そして彼を宇宙艦隊司令長官に選んだ政府に有る。

「厄介な事になったな」
「ええ、とんでもない事になりました」
シトレ本部長の言葉に私も同意した。全くとんでもない事態になった。まさかヴァレンシュタイン中将がブラウンシュバイク公になるとは……。

最初は何の事か分からなかった。だが事情が分かるにつれ顔が引き攣った事を覚えている。次期皇帝の座を巡って争っていたブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯、そしてその両者を抑えていた政府、軍……。その四者が和解した。

ヴァレンシュタイン中将がブラウンシュバイク公爵家の養子となり、エリザベート・フォン・ブラウンシュバイクと結婚する事でブラウンシュバイク公爵家は後継者争いから降りた。次期皇帝はエルウィン・ヨーゼフ、皇后にザビーネ・フォン・リッテンハイム、そしてエーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイクが重臣として皇帝を補佐する。

これまではフリードリヒ四世の後継者が決まっていなかった事が帝国の最大の弱点だった。皇帝に万一の事が有った場合、次期皇帝の座を巡って内乱が起きる……。前回のアスターテ会戦はその弱点のおかげで助かった。そうでなければ同盟軍はとんでもない損害を受けていたはずだ。しかしもうそれは期待できない……。

「政府のお偉方も頭を痛めているだろう。予測が外れたのだからな」
「そうですね、しかしこれで政府も状況の厳しさを理解したはずです」
「まあ、そうだな」

本来ならドーソン大将が宇宙艦隊司令長官になる事は無かった。彼がその地位に就けたのは帝国が内乱勃発の危機に有り積極的に外征には出られないと政府が判断したからだ。政府はその間に軍を宇宙艦隊を再建しようと考えた。そのためには用兵に自信のある戦意の高い軍人よりも戦争の下手な軍人の方が良いと考えたのだ。

もっとも私と本部長は別だった、危機だからこそ帝国は同盟に攻めかかってくる。内乱になった時、同盟に攻め込まれないように徹底的に同盟を叩きに来る、そう思っていた。そしてその事がドーソン大将への不安へとなっていた……。

「帝国軍は出兵の準備を着々と整えているようだが……」
帝国軍が年内にも軍事行動を起こすだろうという情報はフェザーン経由で同盟に伝わってきた。総兵力二万隻、遠征軍指揮官は帝国軍上級大将エーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイク公爵。

「宇宙艦隊司令部でもそれは認識しています。重要視していますよ」
シトレ本部長が微かに片眉を上げた。疑っているようだが嘘は吐いていない。宇宙艦隊は事態を認識している、但し本部長の認識とは温度差は有る。

「どの程度の兵力を動員するつもりだね」
そんな疑い深そうな声を出さないで欲しい。
「三個艦隊、ドーソン司令長官が指揮を執ります。司令長官の直卒部隊を含めれば総勢四万五千隻程になるでしょう。もうすぐ本部長にも連絡が来ると思いますが……」

シトレ本部長が目を見開いて驚いている。“ほう”と嘆声を上げた。
「宇宙艦隊司令部は、いえドーソン司令長官は張り切っていますよ」
「張り切っている?」
「ええ、相手は若造で艦隊司令官の経験もない素人、一つ手荒に歓迎してやろうと張り切っています」

シトレ本部長が目をパチパチしている。一瞬何を言われたのか分からなかったに違いない。そして本気かと言った表情でこちらを見た。多分本部長は呆れているのだろうがドーソン司令長官は本気だ。そして宇宙艦隊司令部にはそれに迎合している馬鹿参謀達が大勢居る。

「正気かね、ヴァレンシュタイン、いやブラウンシュバイク公はヴァンフリートでは実質一個艦隊を率いたのだろう、彼の所為でこちらは敗退した。それを素人……」
本部長は首を横に振っている。悪い冗談でも聞いた様な気分だろう。

「……皆知っているんです。ドーソン提督が司令長官に就任したのは実力を買われての事ではない、宇宙艦隊を再建するためだと。それが終われば当然ですが用済みになるだろうと。ドーソン司令長官も知っています、そして不満に思っている……」

本部長が顔を顰めた。
「つまり、ここで実績を上げて自分が司令長官に相応しい人間だとアピールしたいという事かね」
「その通りです。幸い敵は一個艦隊、二万隻です。叩くのは難しくないと司令長官は考えて居ます」
「……」

シトレ本部長がまた溜息を吐いた。こめかみのあたりを指でもんでいる。偉くなると悩みも深いか……。平凡が一番だな。
「考え方は間違っていません。大軍を以って少数を叩くのは用兵の常道です。後は集めた戦力をどれだけ有効に使えるかでしょう」

「つまり用兵家としてのセンスが問われるわけか……」
「はい」
そこが問題だろう。相手が相手だ、簡単に勝てるとは思えない。その時、的確な指示が出せるか、或いは参謀の意見を受け入れる事が出来るか……。

「なかなか、前途多難だな」
「まったくです、楽観できません」
その通りだ。溜息交じりの本部長の言葉にこちらも溜息が出た……。






 
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