隕石
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隕石
「現野さん、このままだと一週間後に隕石が衝突するんだって。」
「最近やたらと騒いでいるよね。大丈夫でしょ。間川くんは衝突すると思うの。」
窓の外は青く暗い。静かなラウンジを暖色の明かりが照らしている。文化祭で使うPOPを書きながら、現野さんは返した。
「いや、俺も衝突なんてしないと思うよ。上手くいってないみたいだけど、軌道を変えるミサイルを打ち上げたってニュースも聞くし、大丈夫だと思ってる。」
本当は衝突するんじゃないかと思っているけど、カッコ悪いから言わない。
「もし、一週間後に世界の終わりがくるとしたら、どうやって過ごす?」
「そうだなぁ……。そういう時って、お店も何もやってないと思うし、世界が終わるとなると、後先考えなくていいから犯罪は横行しそうだし……。家でじっと本を読んだりしているかもね。」
「誰かと一緒に過ごすとか考えないの?」
「地元から離れた私には、昔の思い出を語る友達がいないから、考えてなかった。」
確かに、皆それぞれの時間を過ごしてるなら、地元に帰るなんてとても難しそうだ。俺も多分帰らない。ビデオ電話ができたら家族と一日中つないでいたりするんだろうか。
「間川くんは、なにかあるの?」
「俺かー」
マジックペンで画用紙に大きく『物語研究同好会』と書き終わってから、少し考えて答える。
「考えてみると、自分が好きなことって世界最後の日になかなかできないもんなんだろうな。特に電気とか使えなさそう。だから、俺も似たような感じかな。」
せめてノートパソコンで映画鑑賞くらいか。映画見るとしたらあれかな……。そんなことを考えていると、スマートフォンが振動する。メールの受信、確認すると、急遽アルバイトが入ったという。
「結城がバイトで来られないって。」
「そうなの。 そしたら今日は私達だけかー。」
物語研究同好会の少ないメンバー五人のうちの三人。一人でもいたら、早く終わったかもしれないのに。
「まあでも、順調に進んでいるから、期日までには終わるでしょ。」
「そうだな。出展するものは、物が出来上がるのを待つだけだしな。」
文化祭で出展するのは、書評と自作の小説。後者は二人が書いた短編を一冊にまとめたものだ。現野さんは、そのうちの一人に入っている。俺も書いていたが、思うように進まず、今回は断念。いざ執筆しようとすると、なかなか書けないことを実感した。
「話は戻るんだけど」と言って、現野さんがペンを置いた。両手を前に伸ばして、そのまま上に持ち上げた。
「私、隕石が落ちてきた夢を見たの。」
「それはまたタイムリーな。」
「確か、高校の教室で同好会のみんなと、よくわからないボードゲームをやってた。それでふと外を見ると、隕石が落ちてきていたの。しかもスローモーションで。それで、死ぬんだろうなと思って、そうしたら急にドキドキして。ああ、当たったと思って目を瞑った瞬間、妙にざらついた感触がして、それはとても印象に残って、今でも思い出せる……というか、想像できるっていったほうがいいのかも。その後、景色がパッと開けて、見たこと無い公園で、知らない人達とかくれんぼをしていたの。」
不思議な夢の話。身体を伸ばし終えた腕は、肘をテーブルに付けていた。俺は話が気になり、オチはと言わんばかりに「それで?」と聞き返した。
「つまりね。隕石が衝突しても、私達はそれを実感すること無く、そして何もなかったかのように新しく生きていくんだと思う。別に、輪廻転生という流れが絶対にあるとは思ってないけど、何故かそんな気がする。」
「なるほどねー。そうだったらいいなぁ。人生の最後に痛みを感じるのは、嫌だからな。」
「死ぬときは快楽物質がたくさん出てきて気持ちいいっていうのを、何かで見た気もするけどね。まあ、長く話したけど隕石は衝突しないし、世界は終わらないでしょ。」
現野さんはPOP類をしまい、栞を作るための画用紙を取り出した。出展物にスピンを付けるのは、コストが掛かってくるから……という理由とは別に、彼女が好きだからというのもあるかもしれない。
「間川くん、私が話をしていたせいもあるけど、手が止まってるよ。」
言われて、画用紙をみると、黒い文字で『物語研究同好会』と書かれたままだった。
「あ、悪い。これでいいよね。サークル名わかれば。」
「人はデザインを良く見ているからね。頑張って。」
「……はい。」
何もしなければ、隕石が衝突する確立は6割とされている。そして、衝突するところは、俺達が住んでいる場所が挙げられている。それまでに自分ができることは何だろう。そんなことを考えながら、目の前のことをやっていた。
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