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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第21話 君が為

 
前書き
(゜-゜)20話微妙だったので加筆修正と補足いれました 

 
「以上が富士教導隊の戦績となります。」
「如何に後方とはいえ、厚木基地の陽炎乗り(イーグルドライバー)たちは世界的に見ても高レベルの錬度を持つ部隊だ―――それがこうも一方的だとはな。」

 自らの副官からの報告を耳にする一人の妙齢の男性士官。
 その精鍛な顔立ちの左半分を割る稲妻のような大きな傷を残す彼は所感を重々しく口にする―――不知火の強化改修がとんとん拍子で進むのは良い事ではあるが、己の大義にとっては不都合な事実だった。


「また大伴中佐あたりが反対してきそうですね。」
「ああ、優秀な人間が優秀であるがゆえに仇となる―――よくある話だ、嫌なことにな。」

「では、ではどうしましょう?」
「どうにもならんさ、もう不知火の強化型は完成してしまっている。この事実を覆すことはできない―――不完全とはいえ、今迄にない試みのOSと簡易型武御雷とでもいうべき実機、初手は完敗さ。
 それに、不知火Ⅱ型の実戦配備までは運用検証や技術移転・工場開設を合わせるとどうしても数年はかかる。それまで手をこまねいて前線の兵士を見殺しにするわけにもいかない。」

 肩をすくめる男性士官―――不知火乙壱型の改修はよくある段階的能力向上、MSIPSの一つだった。
 しかし、不知火壱型甲は違った、試験運用を行ったのが彼が幼少期からよく知る娘だったのが不味かったのか。
 壱型甲の外装変化は武御雷を一部参考にされていた。
 武御雷の外装の曲線的三次元構造はそれ自体が複雑な空力特性を齎し、それが機体のオペレーション・バイ・ライトが高次元で制御することで高効率稼働と高い運動性能の両立を可能としていた。

 当然、その武御雷を操る彼女の要求仕様は、武御雷が基準になりやすく不知火に量産性などを維持したままで不知火を武御雷に近づける方向性となる。
 それは本来、至難の業だ。それをこうも容易くやってくれるとは、頼もしくもあるが男の政治的要素を含める目的に於いては障害でもある。

「―――今は情報部の動きを知られるわけにはいかん…が、この状態で押し通すとなると苦しい戦いにはなるが、リスクマネジメントや発展性の観念から見ても彼と壱型甲の存在は我々にとっても歓迎すべき存在だよ。」
「それに計画は既に動き出していますし、いくらなんでも大伴中佐を初めとした国粋主義派でも、一方的な契約打ち切りという破廉恥な真似はしないのではないでしょうか?」

「どうだろうな……参謀本部直属という奴の肩書は伊達ではない。それに――私とて、彼らのアメリカ不信の気持ちは良くわかる。
 だが今回のこの取引は日本にとって、この上なく破格だ。アメリカの方針転化も後押しをしてくれている―――この機を逃せば、将来的日本は国際社会で窮地に立たされるだろう。」

「となると、彼の排除も視野にいれては?」

 自分と志を同じくしてくれている副官がやや物騒なことを口にするがそれに対し彼は仰々しく肩をすくめる。

「おいおい、俺が何処にいたのか忘れたのか?――斯衛の精強さは私が一番知っている、生半可に手を出せばこっちの首が飛ぶだけだ。
 それに、こういう人間は我々の計画の後に必要な人間だよ。ただ技術を移転されるだけでは結局、猿真似で終わる。
 ―――それを咀嚼し、飲み込んで消化し血肉とする人間が必要だ。」

「巌谷中佐は彼がそれに値するとお考えなのでしょうか?」
「ああ、奴は見事に94式と00式、異なる人間の思想と発想を消化し、自らの血肉として融合させることに成功させている―――悔しいが、私にはない才能だよ。」

 日本初の国産戦術機、F-4J改 瑞鶴のテストパイロットとして、また大陸派兵の苛烈な前線を潜り抜けた歴戦の猛者たる巌谷。
 友である唯依の父、篁 祐唯と伴に多くの国産兵器を手掛けてきた彼は知っている。衛士と技術者の壁を。
 それを両立させることの難しさ、それは技術者にして衛士であった唯依の父に見てきたのだから。

「私は何時もそうだ、切り開くのではなくその一歩後を歩むことしかできない。」


 かつてF-15イーグルの試験導入の際に、日本はそのアビオニクス・OS・ジェットエンジンなどの戦術機の核心技術に於いて愕然とした差が存在していた。
 しかし、だ。技術の差が分かるというのは近しい技術を持っている場合だけなのだ。

 技術力そのものが拙い場合は、何がすごいのか如何かさえ判別はつかない。
 そして、その技術を自分たちの物とする為、日本帝国は官民一体となって邁進し94式不知火。―――世界に先立っての第三世代戦術機の実戦配備に漕ぎ着けた。

 故に、アメリカの技術によって不知火を強化する場合において重要なのはアメリカの技術の優れているところを読み取り、ピンポイントでそれを日本の物として吸収発展出来る観察眼とセンス、貪欲な強さへの欲求という素養なのだ。

 それは武道に於いて守破離と呼ばれる物であり、武道を極めるのに必要とされる行程だ。
 教えを守り、教えを破り、教えから離れる。
 技術を学び、己がモノとして昇華させるのに必要不可欠でありながら、抜けがちな手順にして真髄を彼は既に知っている。

 そして、本当の意味の守破離の離、完全にアメリカの技術体系からの脱却は自分には出来ない仕儀だ。
 それが、ただの開発衛士……いや、逆に言えば自分の技量を高める事だけで満足してしまった自分の限界なのだ。


「兵士は兵士に過ぎない、技術者もまた技術者に過ぎない―――そう、思っていたのだな。強さへの執念は、そんな壁を簡単にぶち破るか。
 最強の衛士足らんとするものは、また最強の戦術機を求める。そんな単純な理由を忘れていたよ。」
「いえ、実際はそんなモノですよ―――その壁は生半可ではない。」

「凄まじい執念だよ―――まったく、難儀な男と縁を結んだものだ。」
「しかし中佐、篁中尉と彼の婚姻はやはり……政略的な可能性が強いです。」

「ああ、俺たちへの牽制と警告だよ。簡単に言えば人質だ―――俺たちでももう数年は分家連中を抑えられた。その間に篁中尉がXFJ計画で実績を積めば、篁家当主の座は固かっただろう。」

 唯依は篁家次期当主として前線に赴くことが許されず、後方任務ばかりだ。
 初陣の京都防衛線の折とて補給基地の防衛、云わば後方だった。実戦へ赴く前提ではなかったのだ。
 それは今でも変わらない。彼女が希望通り前線へと赴ける可能性は限りなく低い。

 今のような飼い殺しでは、満足な実績を上げる事は出来ず、祐唯と栴納の成した仕儀は報われずに終わる―――そんな状況を打開する起死回生の一策だったのだが、なかなか簡単にはいかない。

「だが、これはアイツが選んだ道だ―――子供の成長は早いな。」

 男―――巌谷 榮二は自分が幼き頃から知る少女によって自身の計画に齟齬が発生し始めていたのを朧気ながら予感するのだった。










「ん……」

 瞼を通しても感じられる茜色。鼻孔を擽る夕暮れの匂い。

「ああ、起こしてしまったか……」
「父様―――」

 声が降ってくる、自分にこんなにも優しい声で語り掛けてくれる(ひと)はきっと父様に違いない――――そう思った唯依。
 だが、その直後だった。脳裏に横浜の空を走る二つの光球、そして光球から生まれる横浜の大地を抉った黒い太陽……G弾のさく裂。

 違う、違う、違う――――父様はもういない。何処にもこの世界のどこにももう居ないのだ。
 ならば誰だ、自分にこんな風に声を掛けてくれる存在は。

「すまんな唯依。」

 ぼやけた視界が鮮明になる。目に入るのは夕焼けに染まった青―――自分の婚約者となったはずの男性(ひと)だった。
 彼は、自分を起こしてしまったという意味か、自分が思い込んでしまった人間と違うという意味か―――或いはその両方。どれともつかない意味の謝罪を口にする。

「忠亮さん―――わっ!?」
「――大人しくしていろ、しばしな。」

 そして気付く、何時の間にか自分の体勢が彼が寝入ってしまう前と入れ替わっていることに。
 自分は男の人に膝枕をされて寝入ってしまっていたのだ。急いで起き上がろうとするもそれは彼に止められる―――物理的に。

 姿勢と体重、それに地力の圧倒的な違いにより強引に膝枕を継続させられた唯依、だがその押さえつける腕が唯依の頭を撫でた。

「むぅ……強引ですよ。」
「たまには強引に迫らんとな――唯依、今日はどうして来たんだ?」

「理由が無いと来ちゃだめですか…?」
「ふっ理由がないと来られないのがお前だろ。―――お前は甘えるのが下手くそだからな。」

 完全にお見通しという奴だった。前からやや見透かされ気味なところはあったが、今回は完璧に白旗を上げるしかない。

「……篁の家がどういう家か、忠亮さんは御存じでしょうか。」
「ああ、よく知っているよ。―――今がどういう状態なのかもな。」

「はい……篁に連なる者たち全てを守る義務が私にはあります。ですが、今の私ではそのお役目は果たせない。
 また、欲に飽くなき者どもにとって私の身はこの上なく好都合なものでしょう。」

 摂家直系の血筋、譜代武家の家格、膨大な資産。
 確かにどれを取っても、欲を持つ者にとっては魅力的だ。

「そして、その簡単な解消法は適当な人間との婚姻。」
「知っていたのですか!?」

「考えるまでもない、昔からよくあることだ―――可能性の提唱なんぞガキの妄想だ。」
「はい……」

 人には生まれや環境、立場がある。その中で己が対峙する運命と戦わなくてはならない――無限の可能性、そんなものはない。
 人は何時だって、各々の運命と対峙する宿命を持っている。その宿業から逃れる事は絶対に出来ない。


「その婚姻、お前は不服なのか?」
「分かりません……ただ、篁の事情に引っ張り込んでしまうのが申し訳なくて、私に何かできないかと―――」

「それは本人に確かめるしかないな――だがな、伴侶を選ぶのならその人間を殺す気でいろ。それが武家に生まれし者の責務だ。」
「分かっています―――だけど!!」


 悲痛な叫び、嫌なのだ苦しいのだ。自分のせいで誰かが傷つくのは、誰かが死ぬのは。
 誰もが笑って往ける世界なんて御伽話だ。空想の世界でしかありえない。そんな物語を信じれるほど盲目暗愚になれればどれ程楽だろう。

 人は誰かを傷つけずには生きていけない、それに気付かないほど愚かにはなれない。

「そうか、ならば(オレ)から言うしかないか―――」
「え……!?」

 不意の言葉、ただ驚きの声を返すしか出来なかった。そんな自分に彼はそっと告げた。

「唯依、(オレ)はお前のために死のう。」
 
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