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至誠一貫

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第二部
第二章 ~対連合軍~
  九十九 ~開戦~

 
前書き
大変長らくお待たせしました。
更新を再開します。

12/25 会話で不自然な箇所を修正しました。 

 
「歳三殿。只今戻りました」
「ご苦労」
 疾風(徐晃)は一礼し、席に着いた。
「それで、敵情は?」
「はい。先陣は曹操殿と孫策殿が、中陣に公孫賛殿と劉ヨウ殿、後陣が袁術殿、袁紹殿らという布陣です」
「精鋭をいきなりぶつけてきましたか……厄介ですね」
「孫策さんは、袁術さんの実質的な麾下という扱いです。恐らく、失っても惜しくはない駒として向かわされたのかと」
 朱里と雛里の言葉に、皆が頷く。
「それだけやあらへん。孫策軍は勇猛果敢、将も揃っとる。それだけ、連中がシ水関を早く抜こうっちゅう意思の表れやと思うで?」
「うむ、霞の推測も正しかろう。敵軍は我ら以上に糧秣事情が厳しい、そうであったな?」
「はい。何分あれだけの大軍、その上にここ数年の不作続きでしたし」
「それに、黄巾党騒乱の余波もあります。兵士さん達がお腹一杯食べられる量を十分に確保できているとは思えません」
「朱里、雛里の調べは間違いないと思われます。輜重を預かるのは袁紹殿との事ですが」
 如何に嵐(沮授)がついていようとも、こればかりは解決するのは困難であろう。
 となれば、当初の予想通りに短期決戦を目論むより他になくなる。
 無論、我らとて余裕がある訳ではない。
 だが、兵の数が少ないという事は、即ち消費する糧秣の量も連合軍に比べると遙かに少ない。
 それに、防衛戦ではあっても完全なる籠城線ではないのだ。
 少なくとも、連合軍がやって来た東以外には敵がおらぬ。
 大量に、とまではいかずとも、多少なりとも補充を試みる事は十分可能でもある。
「朱里。例の物は完成したか?」
「はい。ご主人様が仰せの物を考えまして、何とか間に合わせました」
「よし。お前自身で指揮を執り、敵が攻め寄せたら試して見よ」
「はわわ、わ、私が指揮を?」
「そうだ。軍師は何も私の傍にいるだけが仕事ではないぞ?」
「わ、わかりました。やってみましゅ!……あう」
 また噛んだか。
「雛里は、疾風と共に敵情の把握に努めよ」
「あわわ、わ、私に出来るでしょうか……?」
「出来るかではない、やるのだ。疾風には、いざ戦闘が始まったら将として動いて貰わねばならぬ」
「心配するな雛里。お前は私などとは比較にならぬ頭の良さがある、ちゃんと務まるさ」
「は、はひっ!」
 この二人を連れて行く事には、皆の間に危惧がなかった訳ではない。
 だが、いつまでも自信がないのでは今後戦に同道させられなくなるだけの事。
 多少のしくじりは他の者で補えば良い。
 疾風と霞を将として選んだのは、そのような意味合いも多分にあった。
「せやけど、歳っち」
「何だ」
「ウチは歳っちと一緒に戦えるんは嬉しいねんけど。此所で戦うんやったら、紫苑の方が良かったんちゃうか?」
「……いや、お前を選んだ判断に間違いはないと、今でも思っている」
「そら、ウチは鈴々や恋みたいに猪ちゅう訳やないけどな。歳っちは、そこも買ってくれたんやろ?」
「ああ。だが、まだある」
「何やろ。……あ、もしかして」
 霞は意味ありげにほくそ笑むと、私に腕を絡めてきた。
「ここんとこご無沙汰やったから、ウチの身体が恋しいんか?」
「はわわ、霞さん?」
「あわわ、だ、大胆です……」
「ば、馬鹿者! 何をしている!」
 朱里と雛里は慌てふためき、疾風は霞を引き剥がそうとする。
「何や、焼き餅か?」
「そうではない! 歳三殿が仰せなのはそういう意味ではない!」
「なら、それを説明してくれへんか? せやないと、ウチ離れへんで?」
「ぐっ……全く」
 ゴホン、と疾風は咳払いをした。
「霞、お前以外にこの場にいる将や軍師の顔触れはわかるな?」
「当たり前やろ」
「では、所属はどうだ?」
「……あ」
 ポン、と霞は両手を打った。
「そうか、歳っちはウチを月んトコの代表として選んだっちゅう訳やな?」
「その通り。……そもそも、歳三殿がそのような依怙贔屓をなさる御方だとでも思ったか?」
 疾風は、霞を睨んだ。
「あ、あはは、嫌やわ。ウチが、そんな事考える訳ないやろ」
「ならば、速やかに離れてはどうだ? それ以上、歳三殿に密着せねばならん理由があるなら聞かせて貰うが?」
「あ、せ、せやな」
 漸く、霞は腕を放した。
「ほ、ほなウチちょっと城壁の様子でも見てくるわ!」
 そして、脱兎の如く駆けていく。
「じ、じゃあ私も兵士さんと作戦の確認をやって来ますね」
「わ、私も糧秣の点検を」
 朱里と雛里まで、いそいそと去って行った。
 ……そして、残った疾風は盛大に溜息を一つ。
「全く。歳三殿、何故私の口から言わせたのですか?」
「……気づいておったか」
「当然です。霞は、歳三殿の言葉を聞かぬような者ではありますまい」
「その通りだ。だが、この場でそれが言えるのはお前しかおらぬ」
「……釈然としませんが」
「考えてもみよ。霞は月の麾下ではあるが、我が麾下ではない」
「……それは、そうですが」
「それが、頭ごなしに全てを話せばどうなる。董卓軍の兵が反感を抱くやも知れぬ」
 私の言葉に、疾風が腕組みを解いた。
「そうでしょうか。それは少し、勘ぐり過ぎかと」
「このような時だ、何事も慎重に行わねばなるまい。今は、我らもまた連合軍である事を忘れるな」
「……はい。ですが」
 と、疾風は一転して笑顔を見せた。
「む?」
「一つ、貸しですぞ?」
「……仕方あるまい。覚えておこう」
 思わず、苦笑が浮かんだ。


 そして。
 響き渡る銅鑼の音と、喊声。
 連合軍の一斉攻撃が開始された。
 我々も既に準備を整え、それを待ち受ける。
「ご、ご主人様! 敵が攻めて来ちゃいました!」
「うむ」
 雛里は帽子を押さえながら、私の隣に立った。
 その間にも、敵軍はみるみるうちに城壁へと迫って来る。
「ええか! ウチが合図するまで引きつけるんやで!」
「応っ!」
「徐晃隊、張遼隊に後れを取るでないぞ!」
「応っ!」
 どうやら、士気の心配は無用だな。
「先頭を切って来るのは、夏侯惇さんみたいでしゅ!……あう」
「……噛まずとも良い」
 華琳とて、この攻撃が如何に無謀かは承知の筈。
 それにも関わらず春蘭の投入は、やはり先陣を切ったという事実を知らしめる為か。
 だが、手加減する訳にはいかぬ。
「み、みなしゃん! 構えてくだしゃい!」
 噛みまくりながらも、朱里が懸命に声を上げている。
「敵軍、射程距離に達しました!」
「よっしゃ、放てっ!」
「は、放てっ!」
 霞に次いで朱里の号令と共に、大量の矢が放たれた。
 精密射撃ではないから、命中率など最初から期待していない。
 ……が、敵軍にしてみれば堪ったものではないであろう。
 とにかく、矢の数が膨大なのである。
 一本や二本は防げても、次々に矢が襲ってくるのだからな。
「な、何だこの矢の数は?」
「おい、敵は俺達より少ないんじゃなかったのかよ!」
 忽ち、敵軍に動揺が走る。
「ええい、この程度の矢がなんだ! それでも貴様ら、精兵で鳴らす曹操軍かっ!」
 それでも、春蘭は果敢に突っ込んでくる。
 発奮した敵兵は、続いて城壁へと取り付こうとする。
「よし、落とせっ!」
 待ち構えていた疾風の隊が、満を持して攻撃に移った。
 石や油などを、思い思いに敵の頭上へと降り注いでいく。
 疾風自身も、赤子の頭ほどもある石、いや岩をどんどん投げている。
 ……見た目は華奢でも、やはり名のある将という事を再認識させられる。
 敵軍の被害は増大する一方だが、我が軍は全くの無傷。
 長篠合戦ではないが、兵は三段構えにして交互に前に出させていた。
 如何にこの城壁があろうとも、兵とて人間。
 皆が疲弊すれば、城門とて破られよう。
「その調子です、皆さん!」
 そしてもう一つ。
 朱里に命じて作らせた兵器、連弩。
 弓を人力で一本一本放つよりも、遙かに速く、かつ大量の矢を敵に見舞う事が出来る。
 試みに朱里に問うてみたところ、当人も構想はあったらしく短期間での完成を見た。
 ……私はただ、知識を元にしたまでなのだが、朱里にはひどく尊敬の眼差しで見られてしまったようだ。
 無論、弓兵はただ連弩を操っていればよい訳ではない。
「朱里!」
「はいっ!」
 控えていた弓兵が、一斉に城壁の上に姿を見せる。
 その手には弓矢、そして傍らには赤々と燃える篝火が置かれた。
「構え……放てっ!」
 連弩のようにはいかぬが、それでもかなりの数の火矢である。
 そのうちの一部が振りまかれた油に引火し、敵兵の混乱に拍車をかけた。
「あ、熱い!」
「火を、火を消せ!」
「水、水だっ!」
 こうなれば、最早統制の取れた動きなど望むべくもない。
 指揮官達の制止も空しく、敵兵は散り散りになってしまう。
 と、銅鑼の音が響き渡った。
「ご、ご主人様! 敵が!」
「うむ、引くか」
 だが、手心を加えるつもりはない。
「朱里、霞!」
「は、はいっ!」
「任せとき!」
 手空きの者皆が弓を手に取り、次々に放っていく。
 如何に散り散りになったとは申せ、敵兵の数はまだまだ多い。
 正確に狙わずとも、一人、また一人と矢の餌食になるばかりだ。
「おのれ土方! 出てきて私と勝負しろ!」
 いきり立つ春蘭。
「お呼びですな、歳三様」
「ふっ、春蘭らしいと言えばそれまでだが」
「夏侯惇相手やったら、一騎打ちも悪くないなぁ。機会があったら是非お手合わせ願いたいもんや」
 勝ち戦のせいか、皆にも余裕があるようだ。

「春蘭! 合図が聞こえないのかしら!」
 と、敵陣から二騎が飛び出してきた。
 あれは……華琳と秋蘭か。
「か、華琳様! しかし!」
「何度言わせる気? 下がりなさい!」
「……わ、わかりました」
 春蘭は項垂れて、陣へと向かっていく。
 そして、華琳と秋蘭はそのままこちらへと進んできた。
「ご主人様。どうなさいますか?」
「たった二騎で攻め寄せてくる事もなかろう。だが、構えだけは解くな」
「ぎ、御意です!」
 命じた訳ではないが、疾風と霞が私の傍に立った。
 よもやとは思うが、私が狙撃される事を懸念しての事か。
「歳三! いるのでしょう!」
 やはり、私に何やら言いたいらしいな。
「歳三殿、相手になさいますな」
「せや。罠かも知れへんで?」
「いや、華琳はそのような真似を好まぬ。それに、遅かれ早かれ、私の所在は敵の知るところになるであろう」
 二人は溜息をつき、頭を振った。
「そう仰せになるとは思いましたが」
「まぁ、歳っちやしな」
「すまぬな。応じぬとあれば華琳の事だ、何を言い出すかわからぬ」
 そして、私は居並ぶ兵の前に進み出た。
「私なら此所だ」
 流石に通常の会話のようにとはいかぬが、それでも腹から声を出すだけで互いに聞こえるようだ。
「やっぱりいたわね。久しぶりね」
「ああ。だが、何故私がいると思った?」
「あら。貴方の牙門旗が翻っているじゃない? それが何よりの証拠よ」
「ほう。旗のみ、とは考えなんだか」
「あり得ないわ。歳三がそんな真似をするとは思えないもの」
「ふっ、随分と買われたものだな」
「当然ね。私の兵を此所まで叩きのめすような男なんて、他にはいないでしょう?」
 負け戦にも関わらず、華琳には口惜しさは感じられぬ。
「ま、いいわ。そもそも、こんな馬鹿な作戦じゃ被害が出て当然だものね」
「やはり、袁術の指示か」
「私が、こんな愚劣な真似を進んでする訳がないじゃない。勅令じゃなかったら、そもそもが馬鹿げている事ばかりだけど」
「良いのか? そのように勅令を軽んじても」
「軽んじていたら、最初から出兵なんてしないわよ。……でも、覚悟する事ね」
 華琳は、笑いを収めた。
「いつか、貴方を私の前に跪かせてみせるから。それまで、何としても生き延びる事ね」
「……また、その話か」
「言った筈よ、私は狙った獲物は逃がさないと。隣にいる徐晃と張遼も、勿論同じよ」
「曹操殿、それは適いますまい」
「せやせや。歳っちや月を甘く見たらアカンで?」
 にべもなく撥ね付ける二人に、華琳は苦笑する。
「ふふ、いいわいいわ。その調子で、もっと私を愉しませなさい」
「華琳こそ、降るなら今のうちだぞ?」
「あっはっは、面白い冗談ね。そうね、私を屈服させられたら考えてもいいわ」
「用はそれだけか?」
「ええ。貴方が降伏する、とでも言ってくれれば一番良かったけどね」
「言うだけ無駄、そういう事だ」
「わかっているわ」
「土方様!」
 そこに、兵が駆け寄ってきた。
「何か?」
「はっ!」
 兵は、疾風に何事かを告げた。
「そうか。……ご苦労だった」
「ははっ!」
 疾風はチラ、と華琳に目をやってから、
「どうやら、敵が小細工を図ったようです」
「ほう」
「……このシ水関に通じる、獣道を伝って少数の兵が奇襲をかけてきました」
「何やて? そないな道、あったんかいな?」
 霞の驚きは、どうやら芝居ではないようだ。
「ああ。隈無くこの辺りを調べている最中に見つけた」
「で、どないなった?」
「紫苑の隊が待ち受け、散々に打ち破った。敵は引くもままならず、生き残った者は全員降伏したようだ」
 そういう事か。
「華琳。こうしてやって来たのは、お前の意思か?」
「それもあるわ。でも、袁術が勧めたのよ……どうせ、よからぬ事でも企んでいるんでしょうけど」
「そうか。……ならば、帰って袁術に伝えよ。小細工などお見通しだと、な」
「……ええ、確かに伝えるわ」
 そう言うと、華琳は踵を返した。
「歳っち。……もしかして、知っとったんか?」
「うむ、疾風から聞かされていた。それ故、禀が手を打ったまでの事だ」
「う~ん、やっぱ歳っちには敵わへんなぁ。紫苑やのうてウチ、そないな理由もあったとはなぁ」
「済まんな、霞。敵を欺くには何とやら、でな」
「ま、しゃあない。その代わり、戦が終わったら一杯奢って貰うで?」
「わかったわかった」

 その夜。
「では歳三殿。早速借りを返していただきます」
「……良いのか?」
「はい」
「申しておくが……」
「わかっております。戦の最中、抜け駆けをしたとあっては愛紗や彩(張コウ)らに叱られてしまいますから」
「……ならば、好きにせよ」
「御意」
 疾風が、床を共にする事を望んできた。
 ただし、添い寝以上の事は許されぬという条件付きではあるが。
「ふふ。こうして、歳三殿の隣で眠るのも久方ぶりです」
「……うむ」
「この戦が終わったなら、その時は」
「わかっている」
「……はい」
 自ら申し出ておきながら、顔を赤くする疾風。
 疲れていたのであろう、布団に入ると早々と寝息を立て始めた。
 髪を梳りながら、その寝顔を眺める。
 思えば、疾風は働きずくめ。
 ……女子(おなご)の喜びもそうだが、ゆっくりと休ませてやらねばならぬな。
 疾風のみならず、皆もだが。
 ……さて、私も休むとするか。
 額に軽く口づけをし、私も眼を閉じた。 
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