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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第16話 雪うさぎ

 不思議な人だ―――

 篁唯依は晴天の下に広がる銀世界をガラス越しに見やりながら思いを巡らせた。
 脳裏に浮かぶのは蒼き軍装に身を包んだ青年。

 まるで獣のような獰猛さと、何処か達観した老いを併せ持つ傷まみれの青年だ。
 彼は世間一般のいう常識という非常にあやふやな価値観に一切引きずられない無常観と、自らの信念、目的を押し通す気概を秘めた――――抜き身の刀のような人間だ。

 ……斑鳩忠亮。
 自分の婚約者となった青年、元は一般から斯衛に入ったが衛士としての才を認められ五摂家へ養子入りした剣術と戦術機の鬼。
 摂家の英雄譚を作るための使い捨ての剣として、政略結婚の道具としても有用な駒―――自分との婚姻が受け入れられたのも、頭首の娘一人だけが残され不安定化した篁家のお家事情の安定化のためという面が大きい。

 彼自身が言っている通り、武勲を評価され五摂家入りが許された彼の生きる場所は戦場だ―――おそらく、自分が篁家次代頭首の婿を真面目に考えなければならない時期には既に死んでいるという算段なのだろう。
 仮に早晩に戦死しても、喪に服しているといえば時間稼ぎにはなる。―――こんなつもりであの話を受け入れたという訳では無いというのに。

「全く、嫌になるな――」

 自分の不甲斐なさに苛立ちさえ覚える。―――もう幾何かもしない内にユーコンに旅立ってしまう自分がせめて彼に出来る事は何なのか。
 それが、自分たちの事情に彼を巻き込んでしまった自分できるせめてもの報いだと思うから。

 きっと、彼はそれは自分が恩に報いているだけだから気にするな。といつもの仏頂面でいうのだろう―――ああ、なんと身勝手。これでは此方が心苦しくなるではないか。


「――――私は、」

  あの時、出雲奪還戦の残敵掃討中のなか、あの漆黒の不知火を見つけ―――そして回収された部隊員たちの遺体の残骸確認に付き添ったとき、彼を見た。
 手足と右目を失い、高熱で魘される彼……あの時、恭子が流石に容態が気になり医者に聞きに行ったとき、それを見てしまった。
 意識朦朧に、麻酔もかけられているだろうに薄らと開けられた左目がどこか安堵したように閉じようとしていた――――このままでは彼が死んでしまうと直感した。

 その眼差しは、やっと終われる……そんな、悲しい終りを連想させる目だった。
 生きたい、でも生きられない。
 そんな見慣れた不条理ではなく、どこか老いを感じさせる物悲しい眼差しだった――――長い道のりを疾走し、磨り減った命がようやくの安らぎを得るような。


 咄嗟の行動だった。自分は彼の残った左手を握っていた――この命が、生きることが苦痛でしかなかったような命がそのまま終わるのが納得できなかった、我慢できなかった。
 ああ、振り返れば憤りにも似た衝動だったのかもしれない。
 生きたくても生きられなかった命があるのに、死ぬことに安堵する命があることが我慢ならなかった。

 そして、医療関係者が使える人工心肺がないと騒いでいる中、自分の心臓を使うことを咄嗟に思いつきその中の一人を捕まえ、それを申し出て彼の命をつないだ。


 なのに、自分は今彼の死を前提に置いた立場に甘んじている―――こんなつもりなど微塵も無かったというのに。

「悔しいな……こんなのじゃ貴女に笑われちゃうかな……山城さん――――」

 彼女ならどうしただろう、彼女ならこの境遇にどう立ち向かっただろう。

「……ダメだ。彼女に何時までも甘えてちゃ。」

 あの人の様に孤高で、凛として在り方に憧れてた。
 彼女の様に強く在りたかった――でも、これは篁唯依の問題だ。

 彼女はもういない、その生き方を模倣しても意味がない。
 元より、唯依の知る彼女の生き方にこういう状況に対処するパターンは存在しない。


「ああ……そっか私、山城さんに甘えてたんだ。」

 自分で口にして気が付いてしまった。
 憧れたから、彼女の様に髪を伸ばし態度も真似てみた―――何時の日か、自分が末期の祈りさえも叶えてやれなかった自分が胸を張って彼女を名前で呼べれる日が来ると。

 そんな日が、もう来るわけも無いと知っていたのに。
 自分は彼女の生き方を真似ることで罪の意識から自分の弱さから逃げたかっただけなのだと―――

「私は―――どうすれば……。」

 脳裏に浮かぶ人たちは何も答えてはくれなかった――――





 翌日―――

 忠亮の屋敷へと赴く唯依。考えは一向に纏まっていない。
 何をすればいいのか、そもそも自分はどういう心で接していいのかさえ分からない。
 だけども、何か……何かと駆り立てられるように彼の屋敷へと足は進んでいた。

 雪が降り積もり、白銀の衣を纏っているかのような風景へと変貌した屋敷。そこで彼女は優しく自分を迎え入れてくれた山口さんに忠亮の居場所を聞く。

「あ……大尉。」

 その場所は中庭、その一面の白雪の景色の中で浮き出る青い軍装の青年。
 彼は、片膝をつき縁側の下に手を伸ばしていた。

 神道の宮司の衣装を色濃く残す斯衛の軍服はどこか幻想的で、彼の纏う静寂の気配と雪景色が妙に合って――――どこか、儚く見えた。

「ん、ああ篁か」

 雪を踏む足音に気づいたのか、振り返った忠亮が静かに唯依の名を呼んだ。

「あの、何をしているんですか?」
「ああ、せっかく雪が降ったからとつい、懐かしくなってな。」

 忠亮の傍らに近寄り、そして腰を落とすと彼が縁側の下に何を見ていたのか唯依もまた見ることとなる。

「あ、雪うさぎ……」
「どうにもぶきっちょな雪うさぎだがな、」

 苦笑する忠亮。片腕ではうまく作れなかったのか、やや歪な雪の塊に葉っぱの耳と、赤い木の実の目をつけられた雪うさぎが縁の下の雪が及ばない辺りに置かれていた。

「可愛いですよ……どこか愛嬌があります。」
「そう言ってもらえると助かる。」

「でも、どうしてこんなところに置いたんですか?他にも置けそうなところはいっぱいあるのに……」
「此処なら、少しは溶けにくいだろ?」

 雪はやがて解けて消える。
 この雪うさぎもまた日の光によって儚くただの水と解けて消ゆるが運命(さだめ)。―――そこには桜と同種のわびさびがある。

 どこか物悲しい情緒が……。

「―――篁、行き成りで悪いがお前も一匹作ってくれ。」
「え、いいですけど……」

 突然の要求に驚く唯依、忠亮はそんな唯依の答えを聞くと自分の作った雪うさぎにへと視線を向けた―――どこか悲しげな眼差しを。

「すまんな、独りで消え逝くのは此奴もきっと寂しいだろうからな。」
「そうですね。―――この子に恋人を作ってあげましょう。」

 こんな顔も出来るのかと少し驚く。慈しみ、優しさ、悲しみの多様な感情の入り混じった深い表情で自分に雪うさぎを作って欲しいという言う忠亮の眼差しに吸い込まれそうだった。

「恋人か……ははっ、篁も女の子らしいな。ロマンチストだ。」
「か、からかわないでください!!!」

「すまんすまん―――ありがとう。」

 その礼とともに向けられた笑顔を見たとき―――ドキリ、と心臓が高鳴った。
 なんて穏やかで、深い微笑み何だろうか。そして、なんと儚かな微笑み何だろうか。

「ん?どうした?」
「い、いえ何でもありません!!」

 つい見つめてしまった。それを指摘され顔が熱くなる。
 そんな気恥ずかしさを誤魔化すためにやや慌てて雪うさぎ製作に取り掛かる唯依。

「変な奴だな……」

 過剰に反応する唯依に若干呆れ顔の忠亮が居たとさ。





「ん、こんな感じかな……?」

 縁の下で日の光から逃れるように寄り添う二匹の雪うさぎの姿が其処にはあった。
 片方はやや歪な形の雪うさぎ、対してそれに寄り添うのは程々の大きさに纏まりつつもなんとなく丸っこい感じが愛らしい雪うさぎだ。


「なんか、此奴は篁に似ているな。」
「え、そうですか?」

 不意に感想を漏らす忠亮に唯依が小首を傾げた。そんな彼女に忠亮は皮肉気に苦笑しつつ肩をすくめた。

「なんとなく、丸っこい感じが似てる。」
「そんなに丸くないですよ、もぅ!」
「丸くなったじゃないか。」

 ふくれっ面になった唯依をからかう忠亮、からかわれた唯依は唇を尖らせる。

「むぅ……貴方は意外と意地悪です。」
「悪かったよ……しかし、もう何日かしたら此奴らも溶けてしまうな。」

 悪戯っ子のような笑みが一転、物悲しくなる哀愁の色を含んだ一言。

「―――また、作ってあげましょう。次の冬にもう一度、その次の冬にも……」
「なんだか、そう聞くと二世の契り繰り返す夫婦の様だな。……雪うさぎの物語か、なにかの童話でありそうだ。」

「ほんとですね。」

 それに対し唯依がまた作って引き合わせてあげようと口にする。
 まるでそれは、仏教の来世でもまた夫婦となる誓いを立てる二世の契りの様だ。冬が来るたびに出会える、春が来るたびにまた来年に逢おうと一緒に溶けて消ゆる。

 儚く、物悲しいながら、優しい物語に見えてくる。
 雪うさぎの物語だ。

 まるで、輪廻転生を繰り返し寄り添い続ける夫婦の物語を短縮しているようでもある。


「しかし、困ったな。」
「何がですか?」

 不意に忠亮が顎を抑え、何か思慮を巡らす。それに疑問を感じる唯依が問うとまるで待ってましたと言わんばかりにニンマリと皮肉気な笑みがそれを迎えた。

「来年も、再来年も一緒に雪うさぎを作りましょう、なんてまるで恋人みたいな物の言い方じゃないか。」
「―――――あ、」

 指摘され気づく、そして顔が瞬間湯沸かし器の様にボンと破裂して湯気を吹き出しそうな勢いで赤く染まる。
 確かに、まるで恋人か仲睦まじい夫婦が口にしそうな会話だ。

「あの!その!そういう意味じゃなくて……」
「そこまで否定されると逆に傷つくぞ。」

「あ!申し訳ありません!!」
「いいさ、分かっているよ。からかっただけだ―――俺のような変人の朴念仁と結婚する女がいるとしたら相当の酔狂か伊達に違いない。」

 自嘲気に皮肉めいた苦笑と共に肩をすくめる忠亮。その言葉と態度にややムッと苛立ちを覚える唯依。

「確かに大変そうですね。大尉も摂家入りした身ですから、何処かしらの女史を妻として迎える日が来るとは思いますが、こうまで自虐的だと苦労しそうです。」
「む、言ってくれるな。」

 すまし顔で心底大変そうだと言わんばかりの溜息の唯依の言葉に今度は忠亮が眉間に皺を寄せる。

「何か相違ありましたか?自分を夫にする女は苦労すると仰ったのは大尉でしょう?」
「確かにな、俺のような戦うことしか能のない社会不適合者の妻になれるのはよっぽどの悪女か―――お前の様にいい女だけだからな。」

「――――――!!!!???」


 勝ち誇った口調で追撃を仕掛けるが、その反撃に脳天を金槌でぶん殴られたかのような衝撃を伴った言葉が囁かれた。
 優勢が転覆し、ぶくぶくと沈没してゆく。もはや回復は不可能だ。
 普通なら気持ち悪いの拒絶の一言を返したくなるが、婚約を知っている唯依からすれば途轍もなく意識させられる言葉だ―――何より、先ほどから胸の高鳴りが煩いくらいのこの状態で言われては最早止めに近い。

「くくっ……!冗談だよ、お前には後五年早い。もうちっと色香をつけて出直してこい。」
「こ、このぉ………っ!!!アンポンタン!!!」

 意地の悪い笑みを浮かべ喉を鳴らす忠亮。そんな彼に活きの良い平手がさく裂したのはその直後――――ごそりと日差しに溶け崩れた雪が屋根から滑り落ち、二人のやり取りを観戦していたスズメが電線から青空に飛び立つのだった。

 
 

 
後書き
ちょこちょこ搭乗予定機体の設定とかを更新してます、よければどぞ


蛇足

スズメ1「ああ!!ケツが痒い!!」
スズメ2「俺たち手が届かないもんな。というか手ないし。」

スズメ3「彼女欲しいぜぇ……」

という会話があったとかなかったとか。 
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