| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

異伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

異聞 第四次ティアマト会戦(その6)




帝国暦 486年 9月22日   イゼルローン要塞  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「ルーゲ伯爵……。彼が軍務尚書エーレンベルク元帥に彼女を艦隊に配属するように要請した」
「……」
ルーゲ伯? 聞いた事の無い名前だ。嫌な感じがした、濡れた手で身体を触られている様な感じだ。この話には何かが有る。

「ルーゲ伯は一人では無かった。彼が提出した要請書には連名している貴族がいた。マリーンドルフ伯爵、ヴェストパーレ男爵夫人、ヴァルデック男爵、コルヴィッツ子爵、ハイルマン子爵……」
「!」
「どうした? 先程から黙っているが。卿らしくないな」
フレーゲル男爵が笑っている。何処か暗い感じのする笑みだ。

「間違いではないのか? 第一、卿は何故それを知っている?」
「間違いではない、軍務省には知り合いが居る。その人物に確認したから間違いではない」
「しかし、ヴァルデック男爵、コルヴィッツ子爵、ハイルマン子爵と言えば……」

俺の言葉の後をフレーゲル男爵が続けた。
「そう、コンラート・ヴァレンシュタイン、ヘレーネ・ヴァレンシュタインを殺した連中だ。いや、殺したと言われている連中だな、何と言っても犯人は捕まっておらず事件は迷宮入りだ」

皮肉たっぷりな口調だ。しかし、殺したと言われている連中? 妙な言い方だ。実際には殺していないのか?
「分からないな、何がどうなっている」
俺の言葉にフレーゲル男爵が笑い出した。失礼な奴だ、睨みつけると益々笑い声を大きくした。

「そう睨むな、これから話すことを聞けばもっと分からなくなる」
「何だと……」
キルヒアイスに視線を向けた。困惑した様な表情をしている、本当は自分でもフレーゲル男爵に問い質したいだろう。だがそれをすれば男爵は不愉快になるに違いない、それで遠慮している、不便な事だ……。フレーゲル男爵に視線を戻すと相変わらずニヤニヤ笑っていた。お前が詰まらない特権意識を持っていなければ……。

「軍務尚書はルーゲ伯達の要求を断った」
「断った?」
フレーゲル男爵が頷く。
「当然だろう、女性士官を前線に出すなど帝国五百年の歴史の中で一度もなかったことだ。貴族が数人集まって要求したからと言って受け入れると思うか?」

こちらを小馬鹿にした様な口調で楽しそうに話すフレーゲル男爵にはムカついたが言っている事はもっともだ。しかし、だからこそ納得がいかない。
「だが少佐はビッテンフェルト少将の艦隊に配属されている……」
俺が問いかけるとフレーゲル男爵が頷いた。

「ルーゲ伯は軍務尚書に断られた後、国務尚書に会っている」
「国務尚書? リヒテンラーデ侯か」
「そうだ、それも極秘にだ」
思わずキルヒアイスと顔を見合わせた。キルヒアイスも驚いている。ルーゲ伯がリヒテンラーデ侯に極秘に会った? どういう事だ? 国務尚書に極秘で会うなど簡単にできる事ではない。ルーゲ伯とはそれが出来る実力者ということか。 それほどの人物が少佐の後ろにいる? ますます分からない。確かにフレーゲル男爵の言うとおりだ。

「新無憂宮の南苑の一室で二人は有っていた。その事に気付いた人間が私に教えてくれたのだ。彼の話では二人の声が大きくてそれで気付いたらしい。話の内容は分からなかったが怒鳴り合いに近い話し合いだったようだ」
「……」
ルーゲ伯とリヒテンラーデ侯が極秘に会っていた、怒鳴り合い……。

「実を言うと私が最初に知ったのはこれなのだ。それで不思議に思ってルーゲ伯の行動を調べた」
そしてルーゲ伯がリヒテンラーデ侯に会う前に軍務尚書に有った事を知った。そういう事か……。

「つまり国務尚書が軍務尚書に圧力をかけ、ヴァレンシュタイン少佐を転属させた……」
フレーゲル男爵が満足そうに笑みを浮かべている。良く出来ました、とでも褒めたいのだろう、一々癇に障る奴だ。

「残念だな。半分は正しいが、あとの半分は誤りだ。エーレンベルク元帥は国務尚書の圧力に屈しなかった」
「……」
「しかし、その後少佐は転属している」
「……つまり軍務尚書、エーレンベルク元帥を動かした人間が他に居るという事か」

俺の言葉にフレーゲル男爵が頷いた。軍務尚書は国務尚書の意向に従わなかった。そして国務尚書は他の誰かを使って軍務尚書を動かした……。一体誰だ? 国務尚書が動かせる人物、そして軍務尚書を動かした人物……、その二つの交わるところに居るのは……、まさか……、有り得ない、しかし有り得ない事と言い切れるのか……。

キルヒアイスを見た。顔が強張っている。おそらく俺と同じ事を考えたのだろう。フレーゲル男爵に視線を戻した。男爵もじっと俺を見ている。もう笑ってはいない。
「有り得ぬ事ではある。しかし……、他には考えられぬ……」
「陛下が、……動いた……」
「そういう事であろうな」
俺の言葉にフレーゲル男爵が頷いた。口調も呟く様な口調に変わっている。

少しの間、誰も話さなかった。どうも腑に落ちない。ルーゲ伯爵は何故そこまで少佐のために尽力するのか? そしてリヒテンラーデ侯、国務尚書が何故それに協力するのか……。しかもフリードリヒ四世を動かした……、ヴァレンシュタイン少佐には何が有る……。

「どうだ、分からぬであろう」
「確かに……、キルヒアイス、どう思う」
問いかけてからしまったと思った。キルヒアイスも困った様な顔をしている。フレーゲル男爵が笑い出した。
「構わぬぞ、私に遠慮は無用だ。たまには平民の意見も役に立つかもしれん」

相変わらず嫌な奴だ、だがこれでキルヒアイスも話に加われる。
「キルヒアイス、お前の考えは」
「私も分かりません。ただ、二つ気になる事が有ります。一つはヴァルデック男爵、コルヴィッツ子爵、ハイルマン子爵が少佐の転属に関係していたという事。もう一つはルーゲ伯爵、マリーンドルフ伯爵とヴァレンシュタイン少佐の関わりです」

キルヒアイスの指摘に同感だ、だが俺にはもう一つ疑問が有る。この話と今回の一件、何処で繋がるのだ? さっぱり話が見えてこない。
「ヴァレンシュタイン少佐の両親を殺したのはヴァルデック男爵達では無いのか……、あるいはその贖罪か……」

「さあ、どちらであろうな。だがヴァルデック男爵達がヴァレンシュタイン少佐と関わりが有るのは事実だ。問題は関わりが見えぬルーゲ伯、マリーンドルフ伯であろう、違うかな」
フレーゲル男爵の言う通りだ。一体何故両家は少佐のために動く……。何らかの関わりが有るはずだ。

「フレーゲル男爵、卿、調べたのか」
俺の問いかけに男爵は眼で笑った。“当たり前だ”とでも言っているようで面白くなかった。一々癇に障る奴だ。

「ルーゲ伯については直ぐ分った。伯は九年前、司法尚書を務めている」
「九年前……、九年前と言えば……」
「ラインハルト様、少佐の御両親が亡くなられた時です」
「うむ」
「それとルーゲ伯とコンラート・ヴァレンシュタインは個人的に友誼が有ったらしい」

なるほど、コンラートは弁護士、ルーゲ伯は司法尚書か……。個人的な友誼というがかなり親しかったのかもしれない。
「問題はマリーンドルフ伯だ。これがなかなか分からなかった……」
「だが分かったのだろう」
「うむ」
得意そうな顔をするな、ムカつくだろう。水を飲むな、早く話を進めろ!

「マリーンドルフ伯爵家とヴァレンシュタイン少佐の間には直接は何の関わりもない。問題はキュンメル男爵家だった」
「キュンメル男爵家?」
聞いた事のない名前だ。キルヒアイスを見たが彼も訝しげな顔をしている。心当たりが無いのだろう。

フレーゲル男爵は俺達が困惑する様子を見ても笑わなかった。
「卿が知らぬのも無理はない。キュンメル男爵家はマリーンドルフ伯爵家とは親戚関係に有る家だ。当主は未だ十代だが生まれつき病弱でな、宮中には一度も出た事が無い。長くは無いな、まず三年、良くて五年といったところだろう。誰も相手にはせん……」
「……」
なるほど、それでか……。

「当然だがそんな有様では領地経営など出来ん。先代のキュンメル男爵は自分が死ぬ時、親族の一人であるマリーンドルフ伯爵に後見を頼んだ。それが問題だった」
「問題? マリーンドルフ伯爵は誠実な人物だと聞いているが?」
俺の隣でキルヒアイスも頷く。おかしなことにフレーゲル男爵も頷いた。何が問題だ?

「その通り、伯には問題が無い。問題は伯が後見をする事を不愉快に思った人物が居る事だ」
「それは……」
「カストロプ公」
「カストロプ公……、財務尚書か……、しかし何故……」

「カストロプ公爵家もキュンメル男爵家とは親戚関係に有ったのだ。こういう場合、公爵でもあり、政府閣僚でもあるカストロプ公に後見を頼むのが普通だ。卿もローエングラム伯爵家を継承する身、良く覚えておくのだな。家と家の繋がりというのは厄介なのだ。もっとも卿を親族として認める人間がいるかどうか……」
「余計な御世話だ!」
フレーゲル男爵が笑い出した。顔には皮肉な笑みを浮かべている。嫌な奴だ、本当に嫌な奴だ。

「笑うのは止めろ! カストロプ公は」
フレーゲル男爵が手を上げて俺を止めた。
「そう怒るな、卿の言いたい事は分かる。カストロプ公は強欲な男だ。公に後見を頼めば、あっという間にキュンメル男爵家は無くなり、男爵は飢え死にしただろう。短い命が更に短くなるわけだ。先代のキュンメル男爵の判断は正しい。しかしカストロプ公が恥をかかされたのも事実だ、面白くは無かっただろうな」
「……」

なるほど、そういうものか。貴族というのは面倒なものだ。信頼されたければ信頼されるだけの人間になれば良い。それもせずに不満に思うとは……。
「マリーンドルフ伯爵はキュンメル男爵の頼みを引き受けた。しかし不安だったのだろう、どうすれば良いか友人であったヴェストパーレ男爵に相談した……」

「フレーゲル男爵、随分と詳しいが本当なのか」
「キュンメル男爵家に勤めていた人間に聞いた話だ。まず信じて良い」
気を悪くするかと思ったがそうでもなかった、詰らん。そう思ったらフレーゲル男爵がニヤリと笑った。俺の考えなど御見通しだと言いたいらしい、とことん馬が合わない。しかしこれでマリーンドルフ伯爵家とヴェストパーレ男爵家が繋がった。妙なところで繋がりが有る。

「相談を受けたヴェストパーレ男爵は自分の弁護士であったコンラート・ヴァレンシュタインをマリーンドルフ伯爵に紹介した。そして伯はコンラートをキュンメル男爵家の顧問弁護士にした」
「……では」
俺の言葉にフレーゲル男爵が頷いた。
「そうだ、マリーンドルフ伯爵家とヴァレンシュタインはキュンメル男爵家を通して繋がっていたのだ」

繋がりは分かった。しかし何度も思うがそれが今回の一件とどう繋がりが有るのかが分からない……。男爵がここまで話すという事は何らかの形でヴァレンシュタイン少佐が今回の一件に絡んでいるはずだ。しかしどうにも見えてこない。そう思っているとキルヒアイスが口を開いた。

「宜しいでしょうか……。そうなりますとコンラート・ヴァレンシュタインは相続問題を抱える二つの貴族の家の顧問弁護士をしていた事になります」
「その通りだな」
妙だな、フレーゲルが嬉しそうにキルヒアイスに答えている。

「ラインハルト様、コンラート・ヴァレンシュタイン、ヘレーネ・ヴァレンシュタインを殺したのはカストロプ公かもしれません。カストロプ公はリメス男爵家の騒動を隠れ蓑にキュンメル男爵家の財産を狙った。そしてその罪をヴァルデック男爵達に押し付けた……」
「馬鹿な……」

あの事件の真犯人はカストロプ公、財務尚書だというのか……。信じられない思いでキルヒアイスを、そしてフレーゲル男爵を見た。キルヒアイスは暗い表情を、そしてフレーゲル男爵は嘲笑を浮かべている。そして身を乗り出し囁くように俺に話しかけてきた。

「その通りだ。確証は無いがヴァルデック男爵達はヴァレンシュタイン夫妻を殺していない可能性が有る。そう考えるともう一つの可能性が出てくる……」
「可能性とは」
「似ていると思わぬか?」
「似ている?」
フレーゲルが片頬を歪めた、冷笑だろう。腹が立つよりも嫌な予感の方が強かった。

「鈍い奴め、今回の一件にだ。叔父上もリッテンハイム侯も今回の一件には無関係だ。しかし卿が死ねば当然だが疑いは叔父上達に向く。否定すればするほど疑いは叔父上達に向くだろう。そして真犯人は素知らぬふりをして裏で笑っているだろうな」
「!」

顔が強張るのが分かった。有り得ないとは言えない、しかし腑に落ちない点は有る。
「だが何故だ? 何故カストロプ公はそんな事をする?」
俺の声も何時の間にか囁くような声になっていた。そしてフレーゲル男爵が低く笑う。

「とことん鈍い奴だな」
「何だと!」
「分からんか、カストロプ公は卿らを怖れたのだ。卿、ヴァレンシュタイン少佐、ルーゲ伯爵、マリーンドルフ伯爵、ヴェストパーレ男爵夫人、ヴァルデック男爵、コルヴィッツ子爵、ハイルマン子爵、リヒテンラーデ侯爵、そして……」

「そして……」
フレーゲル男爵が薄く笑いを浮かべた。
「そして、グリューネワルト伯爵夫人……」
「……馬鹿な」
「カストロプ公は卿らの繋がりを怖れたのだ」
呆然とする俺とキルヒアイスの前でフレーゲル男爵だけが声を上げて笑っていた……。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧